大和物語 第9章(第76段〜第87段)
右近と忘らるる身
門を閉ざされて夜通し立ちつくした喜種と桂のみこ、弾正の皇子に見そめられた監の命婦、宇多院の花の宴、季縄の少将の娘右近と権中納言敦忠の恋と「忘らるる身をば思はず」の歌、兼盛と大納言の若菜の贈答、但馬の女との別れまで、十二の段。
- 1のみこののみこののみこの御許御許もとにににががが來來きたりけるたりけるたりけるををを、、、みやすみやすみやす所所ところ聞聞ききつけきつけきつけ給給たもうてうてうて門門もんをををさゝせさゝせささせ給給たもうければうければうければ、、、夜夜よひとよひとよひとよ立立たちちち煩煩わずらひてひていて、、、かへるとてかへるとてかえるとて「「「かくかくかく聞聞きこえええ給給たまへへえ」」」とてとてとて門門もんのののはざまよりいひいれけるはざまよりいひいれけるはざまよりいいいれける、、、
- 2「「「こよひこそこよひこそこよいこそ涙涙なみだののの河河かわにゐるにゐるにいる千鳥千鳥ちどりなきてかへるとなきてかへるとなきてかえると君君きみははは知知しらずやらずやらずや」」」。。。
- 3これもこれもこれも同同おなじみこにじみこにじみこに、、、おなじおなじおなじ男男おとこ、、、
- 4「「「長長ながききき夜夜よををを浦浦うらににに燒燒やくくく鹽鹽しおのけぶりのけぶりのけぶりははは空空そらににに立立たちやのぼらむちやのぼらむちやのぼらむ」」」。。。
- 5かくてかくてかくて忍忍しのびてあひびてあひびてあい給給たもうけるにうけるにうけるに、、、院院いんににに十五夜十五夜じゅうごやせられけるにせられけるにせられけるに「「「參參まいりりり給給たまへへえ」」」とありければとありければとありければ、、、參參まいりりり給給たまふにふにうに、、、「「「院院いんにてにてにてははは逢逢あふまじければふまじければうまじければ、、、せめてせめてせめて今宵今宵こよいはははななな參參まいりりり給給たもうそうそうそ」」」ととゞめけりととゞめけりととどめけり。。。
- 6されどめしなりければえとゞまらでいそぎされどめしなりければえとゞまらでいそぎされどめしなりければえとどまらでいそぎ參參まいりりり給給たもうけれうけれうけれははは、、、よしたねよしたねよしたね、、、
- 7「「「泣泣なきつゝとゞめけむきつゝとゞめけむきつつとどめけむ君君きみはははきみにとこよひしもきみにとこよひしもきみにとこよいしも行行ゆくくく」」」。。。
- 8監監けんののの命婦命婦みょうぶ、、、のののののの命婦命婦みょうぶにてにてにて出出いでたりけるでたりけるでたりけるををを、、、のみこのみこのみこ見見み給給たもうてうてうて俄俄にわかににに惑惑まどひひい懸懸か想想そうしまどひしまどひしまどい給給たもうけりうけりうけり。。。御文御文ふみありけるありけるありける御御おん返事返事へんじににに、、、
- 9「「「うちつけにうちつけにうちつけに惑惑まどふふう心心こころととと聞聞きくからにくからにくからに慰慰なぐさめやすくおもほゆるかなめやすくおもほゆるかなめやすくおもおゆるかな」」」。。。
- 10みこのみこのみこの御歌御歌みゅうたはははいかゞありけむいかゞありけむいかがありけむ、、、忘忘わすれにけりれにけりれにけり。。。
- 11またまたまた同同おなじみこにじみこにじみこに、、、おなじおなじおなじ女女おんな、、、
- 12「「「浦浦うらははは浪浪なみさわがしくありこそさわがしくありこそさわがしくありこそはせめはせめはせめ」」」。。。
- 13院院いんののの花花ばなおもしろかりけるころおもしろかりけるころおもしろかりけるころ、、、南南みなみ院院いんののの君君きみだちこれかれだちこれかれだちこれかれ集集あつまりてまりてまりて歌歌うたよみなどしけりよみなどしけりよみなどしけり。。。右京右京うきょうのかみむねゆきのかみむねゆきのかみむねゆき、、、
- 14「「「來來きててて見見みれどれどれど心心こころもゆかずもゆかずもゆかず故鄕故鄕ふるさとははは昔昔むかしながらのながらのながらの花花はなははは散散ちれどもれどもれども」」」。。。
- 15ことことこと人人ひとのもありけらしのもありけらしのもありけらし。。。
- 16繩繩なわののの少將少將しょうしょうのむすめのむすめのむすめ、、、故故こ宮宮みやにさぶらひけるころにさぶらひけるころにさぶらいけるころ、、、故故こののの君君きみおはしけるおはしけるおわしける。。。たのめたのめたのめ給給たまふふう事事ことなどありけるなどありけるなどありけるををを、、、宮宮みやににに參參まいるるる事事こと絕絕たえてえてえて里里さとにありけるににありけるににありけるに更更さらににに訪訪とひひい給給たまはざりけりはざりけりわざりけり。。。
- 17うちわたりのうちわたりのうちわたりの人人ひと來來きたりけるにたりけるにたりけるに「「「いかにぞいかにぞいかにぞ參參まいりりり給給たまふやふやうや」」」ととと問問とひければひければいければ「「「常常つねにさぶらひにさぶらひにさぶらい給給たまふふう」」」といひければといひければといいければ、、、御文御文おおんふみ奉奉たてまつりけるりけるりける、、、
- 18「「「忘忘わすれじとたのめしれじとたのめしれじとたのめし人人ひとはははありとありとありと聞聞きくいひしくいひしくいいし言言ごんののの葉葉はいづちいづちいずちいにいにいにけむけむけん」」」
- 19となむありけるとなむありけるとなむありける。。。
- 20同同おなじじじ女女おんなののの許許もとににに、、、更更さらににに音音おともせでもせでもせで雉子雉子きじをををなむおこせなむおこせなむおこせ給給たまへりけるへりけるえりける。。。返事返事へんじににに、、、
- 21「「「こまのこまのこまの山山やまににに朝朝あさたつきじよりもかりにたつきじよりもかりにたつきじよりもかりにはははあはじとあはじとあわじと思思おもひしものひしものいしものををを」」」。。。
- 22同同おなじじじ女女おんなうちのうちのうちの曹子曹子ぞうしにすみけるにすみけるにすみける時時とき、、、忍忍しのびてびてびて通通かよひひひ給給たまふふう人人ひとありけりありけりありけり。。。なりければなりければなりければ殿上殿上てんじょうににに常常つねにありけりにありけりにありけり。。。雨雨あめののの降降ふるるる夜夜よ、、、曹子曹子ぞうしののののつらにのつらにのつらに立立たちよりちよりちより給給たまへりけるもへりけるもえりけるも知知しらでらでらで、、、雨雨あめののの漏漏もりければりければりければ筵筵えんををを引引ひきかへすとてきかへすとてきかえすとて、、、
- 23「「「思思おもふふう人人ひと雨雨あめととと降降ふりくるものならばわがもるりくるものならばわがもるりくるものならばわがもる床床とこはははかへさゞらましかへさゞらましかえさざらまし」」」
- 24となむうちとなむうちとなむうち言言いひければいとひければいといければいと哀哀あわれととと聞聞きききき給給たもうてうてうてふとふとふとはひはひはい入入いりりり給給たまひにけりひにけりいにけり。。。
- 25同同おなじじじ女女おんな、、、男男おとこのわすれじとのわすれじとのわすれじと萬萬よろずののの事事ことをををかけてかけてかけて誓誓ちかひけれどひけれどいけれど、、、忘忘わすれにけるれにけるれにける後後のちにいひやりけるにいひやりけるにいいやりける、、、
- 26「「「忘忘わすらるゝらるゝらるる身身みをばをばをば思思おもはずちかひてしはずちかひてしわずちかいてし人人ひとののの命命みことののの惜惜おしくもあるかなしくもあるかなしくもあるかな」」」。。。
- 27かへしかへしかへしはははえええ聞聞きかずかずかず。。。
- 28同同おなじじじ右近右近うこん、、、ののの宰相宰相さいしょうののの君君きみなむすみなむすみなむすみ給給たまふなどふなどうなど言言いひのゝしりけれどそらごとなりければひのゝしりけれどそらごとなりければいののしりけれどそらごとなりければ、、、かのかのかの君君きみににに詠詠よみてみてみて奉奉たてまつりけるりけるりける、、、
- 29「「「よしよしよし思思おもへへえ海士海士あまののの貝貝かい空空むなしきしきしき名名なをばをばをばたつべしやたつべしやたつべしや君君きみ」」」。。。
- 30むつきのついたちごろむつきのついたちごろむつきのついたちごろ、、、殿殿どのににに兼兼かね盛盛もり參參まいりたりけるにりたりけるにりたりけるに物物ものなどのたまはせてなどのたまはせてなどのたまわせて、、、すゞろにすゞろにすずろに「「「歌歌うたよめよめよめ」」」とのとのとの給給たまひければひければいければふとふとふと詠詠よみたりけるみたりけるみたりける、、、
- 31「「「今日今日きょうよりよりよりはははぎのぎのぎの燒燒や原原はらかきかきかき分分わけてけてけて若菜若菜わかなつまむとたれつまむとたれつまむとたれをををさそはむさそはむさそわむ」」」
- 32とよみたりければになくめでとよみたりければになくめでとよみたりければになくめで給給たもうてうてうて、、、御御おんかへしかへしかえし、、、
- 33「「「片岡片岡かたおかにわらびにわらびにわらび萠萠もえずばたづねつゝえずばたづねつゝえずばたずねつつ心心こころやりにややりにややりにや若菜若菜わかなつまゝしつまゝしつままし」」」
- 34となむよみとなむよみとなむよみ給給たまひけるひけるいける。。。
- 35但馬但馬たじまののの國國くにににに通通かよひけるひけるひける庫庫ごのかみなりけるのかみなりけるのかみなりける男男おとこののの、、、かのかのかの國國くになりけるなりけるなりける女女おんなをををおきておきておきて京京きょうへへへ上上のぼりければりければりければ、、、雪雪ゆきののの降降ふりけるにりけるにりけるに言言いひおこせたりけるひおこせたりけるいおこせたりける、、、
- 36「「「山里山里やまざとににに我我われをををとゞめてわかれとゞめてわかれとどめてわかれ路路じのゆきのまにまにのゆきのまにまにのゆきのまにまに深深ふかくなるらむくなるらむくなるらむ」」」
- 37ととと言言いひたりければひたりければいたりければ、、、
- 38「「「やまざとにやまざとにやまざとに通通かよふふふ心心こころももも絕絕たえぬべしえぬべしえぬべし行行ゆくもとまるもくもとまるもくもとまるも心細心細こころぼそさにさにさに」」」
- 39となむとなむとなむ返返かえしたりけるしたりけるしたりける。。。
現代語訳
〔第76段〕桂のみこのもとに喜種がやって来たのを、母の御息所が聞きつけなさって門を閉めさせなさったので、喜種は一晩じゅう立ちつくして困りはて、帰るときに「こう申し上げてください」と言って、門のすきまから言い入れた歌、
「今夜こそ、涙の川にいる千鳥のように、泣いて帰っていくのだと、あなたはご存じないのですか」。
〔第77段〕これも同じ皇女に、同じ男が、
「長い夜を明かす明石の浦で焼く塩の煙――わたしの思いの煙は、空に立ちのぼっているでしょうか」。
こうして人目を忍んでお逢いになっていたが、院(宇多法皇)で八月十五夜の宴が催された時、「参上なさい」とのお召しがあったので、皇女が参上なさろうとすると、喜種が「院では逢うことができないでしょうから、せめて今夜は参上なさらないでください」と引きとめた。けれども、お召しなので、とどまることもできず、急いで参上なさったので、喜種が、
「高鳥(たかとり)が夜通し泣きながら引きとめたというのに、あなたは院のおそばにと、今夜にかぎって行ってしまうのですね」。
〔第78段〕監の命婦が、朝拝の儀式の威儀の命婦として出ていたのを、弾正の皇子がご覧になって、たちまち心を乱して恋いこがれなさった。お手紙があった、その御返事に、
「急に心が乱れたとお聞きすると、そのお心は、かえって慰めやすいように思われます」。
皇子の御歌はどんなだったか、忘れてしまった。
〔第79段〕また、同じ皇子に、同じ女(監の命婦)が、
「懲りもせずに須磨の浦にもぐって取ろうとする、つらい海松布(みるめ)――逢瀬は、波(うわさ)が騒がしくても、あってほしいものです」。
〔第80段〕宇多院の花が美しかったころ、南院の君たちが誰彼となく集まって、歌をよんだりした。右京大夫宗于が、
「来て見ても心は晴れない。故郷(ここ)では、花は昔のまま散っているけれど」。
ほかの人の歌もあったらしい。
〔第81段〕季縄の少将の娘の右近が、故后の宮(穏子)にお仕えしていたころ、故権中納言(藤原敦忠)の君が通っていらっしゃった。将来を約束なさることなどがあったのに、右近が宮に参ることがなくなって里にいた間、全くお訪ねにならなかった。内裏のあたりの人が来た時に「(権中納言は)どうしていらっしゃる。参内なさるか」と尋ねると、「いつもお仕えしていらっしゃる」と言ったので、お手紙をさし上げた歌、
「忘れまいと約束した人は、無事でいると聞きます。それでは、あの約束の言葉はどこへ行ってしまったのでしょう」
ということであった。
〔第82段〕同じ女のもとに、全く便りもしないで、雉子をおよこしになった。その返事に、
「栗駒の山で朝飛び立つ雉子よりも、仮初めの――狩りの――逢瀬などにはあうまいと思っていましたのに」。
〔第83段〕同じ女が、内裏の局に住んでいた時、ひそかに通っていらっしゃる人がいた。蔵人頭であったので、いつも殿上にいた。雨の降る夜、その人が局の蔀のそばに立ち寄っていらっしゃったのも知らずに、雨が漏ったので筵を裏返すといって、
「恋しい人が雨になって降ってくるのなら、わたしの雨の漏る寝床を裏返したりはしないでしょうに」
とつぶやいたので、男はたいへんいとしいと聞きなさって、さっと這い入っていらっしゃった。
〔第84段〕同じ女が、男が「忘れまい」と、いろいろなものにかけて誓ったのに、忘れてしまったあとに言いやった歌、
「忘れられるわが身のことは何とも思いません。ただ、神かけて誓ったあの人の命が、罰を受けて失われはしないかと、惜しまれることです」。
返歌は聞いていない。
〔第85段〕同じ右近が、桃園の宰相の君が通っていらっしゃるなどと言いはやされたが、うそであったので、その君によんでさし上げた歌、
「どうぞお考えください。海人も拾わない空の貝のように、身に覚えのない空しいうわさを立ててよいものでしょうか、あなた」。
〔第86段〕正月の初めごろ、大納言殿に兼盛が参上した時に、大納言が話をなさって、ふと「歌をよめ」とおっしゃったので、すぐによんだ歌、
「今日からは、荻の焼け野原をかき分けて、若菜を摘もうと、誰を誘いましょう」
とよんだので、大納言はこのうえなく感心なさって、御返歌に、
「片岡に蕨が芽を出していなければ、訪ねて行って、気晴らしに若菜を摘みましょうか」
とおよみになった。
〔第87段〕但馬の国に通っていた兵庫頭であった男が、その国の女を残して京へ上ったので、雪の降った日に女が言ってよこした歌、
「山里にわたしを残して、別れて行く道の雪は、行くにつれて深くなるのでしょう」
と言ったので、
「山里に通う心も絶えてしまいそうです。行く者も留まる者も、心細さにくれるのですから」
と返した。
意訳
〔第76・77段〕桂のみこと喜種の忍ぶ恋。母に門を閉ざされた喜種は、夜通し立ちつくして「涙の川の千鳥のように泣いて帰る」とよみ、八月十五夜には「今夜だけは院へ行かないで」と引きとめる。皇女の身分の重さが、二人の恋をいつもさまたげている。
〔第78・79段〕儀式の場で見そめられた監の命婦は、「急に乱れた心なら、すぐ慰められるでしょう」と、一目惚れの軽さを見抜いた返事をした。それでも次の歌では、「うわさが騒がしくても逢いたい」と、自分から誘うような歌をよんでいる。
〔第80段〕宗于の「来て見ても心は晴れない」。花は昔のままなのに、自分の境遇は昔とちがう――宗于の嘆きは、ここでも変わらない。
〔第81〜85段〕右近の恋。約束しながら訪れなくなった藤原敦忠に、右近は歌を送り続ける。雨漏りの寝床で「恋しい人が雨になって降ってくるなら」とつぶやいた独り言を、ちょうど外にいた男に聞かれる第83段は、偶然が恋を動かすほほえましい場面である。第85段の「忘らるる身をば思はず」は、自分を捨てた男の身を案じる歌として、百人一首にも選ばれた名歌である。
〔第86段〕新年の席で、即座に「若菜を摘みに誰を誘おう」とよんだ兼盛。大納言も「蕨が出ていなければ、わたしが行こう」と応じる。宴の場の即興の歌のやりとりである。
〔第87段〕任期を終えて都へ帰る男と、土地の女の別れ。「行くにつれて雪が深くなる」という女の歌に、別れの道の遠さと、思いの深まりが重なる。
語釈・文法注
- 喜種
- 人名。桂のみこ(孚子内親王)の恋人。
- 桂のみこ
- 孚子内親王。第20段参照。
- 母みやす所
- 孚子内親王の母、宇多天皇の更衣(女御)。
- あかしの浦
- 明石の浦。播磨国の歌枕。「明かし」を掛ける。
- 八月十五夜
- 中秋の名月。宮中や院で月見の宴が催された。
- たかとり
- 鷹(高鳥)か。未詳。
- 朝拜
- 元日に、天皇が大極殿で群臣の拝賀を受ける儀式。
- 威儀の命婦
- 朝拝などの儀式で、天皇の左右に並んで威儀を整える役の命婦。
- 彈正のみこ
- 弾正尹であった親王。宇多天皇の皇子、斉世親王とも、敦固親王とも言われる。
- こりずまの浦
- 「懲りずま」(懲りもせず)に、須磨の浦を掛けた言い方。
- うきみる
- 「浮き海松」に「憂き見る」を掛ける。「みる」は逢う機会(見る目)。
- 宇多院
- 宇多法皇の御所の一つ。
- 季繩の少將
- 藤原季縄(?〜919)。右近の父。
- 右近
- 季縄の娘。穏子に仕えた女房歌人。百人一首に「忘らるる身をば思はず」がある。
- 故きさいの宮
- 醍醐天皇の中宮、藤原穏子。
- 故權中納言
- 藤原敦忠(906〜943)。時平の子。三十六歌仙の一人。百人一首に「逢ひ見ての後の心にくらぶれば」がある。
- 栗こまの山
- 栗駒山。陸奥国の山とも、山城国の栗隈山とも言われる。
- 頭
- 蔵人頭。
- 蔀
- 格子の裏に板を張った戸。
- 桃園の宰相
- 藤原師氏(913〜970)か。桃園に住んだ。
- うつせ貝
- 中身のない空の貝。「空しき」を導く。
- 大納言殿
- 藤原実頼などが考えられ、未詳。
- をぎの燒原
- 荻の焼け野原。春先に野焼きをしたあとの野。
- 兵庫のかみ
- 兵庫寮の長官。
文法
- かく聞え給へ
- 「聞ゆ」は「言ふ」の謙譲語。取り次ぎの人に「こう申し上げてください」と頼む。
- 立ちやのぼらむ
- 「や」は疑問の係助詞、結びは「む」。
- な參り給うそ
- 「な…そ」の禁止。「参り給ひそ」のウ音便。
- 參り給うけれは
- 底本は「給うけれは」と刷る。「給うければ」の意。
- ありこそはせめ
- 「こそ」の結びで「め」。「あってほしい、あるだろう」。
- ありけらし
- 「けらし」は「けるらし」の縮まった形。…であったらしい。
- いづちいにけむ
- 「けむ」は過去推量。どこへ行ってしまったのだろう。
- かへさゞらまし
- 「ならば…まし」の反実仮想。
- ちかひてし
- 「て」は完了「つ」の連用形、「し」は過去「き」の連体形。
- たつべしや君
- 「や」は反語。立ててよいでしょうか、いいえ。
- 若菜つまゝし
- 「ずば…まし」の反実仮想。底本は「つまゝし」と踊り字で書く。
- 深くなるらむ
- 「らむ」は現在推量。
和歌
こよひこそ 涙の河に ゐる千鳥 なきてかへると 君は知らずや
- 詠者
- 喜種
- 状況
- 桂のみこの母に門を閉められ、夜通し立ちつくして帰る時に。
修辞
- 掛詞
- 「なき」に千鳥が「鳴き」と「泣き」を掛ける。
長き夜を あかしの浦に 燒く鹽の けぶりは空に 立ちやのぼらむ
- 詠者
- 喜種
- 状況
- 桂のみこに。
修辞
- 掛詞
- 「あかし」に地名「明石」と「明かし」を掛ける。
- 縁語
- 「焼く」「塩」「けぶり」。
たかとりが よゝに泣きつゝ とゞめけむ 君はきみにと こよひしも行く
- 詠者
- 喜種
- 状況
- 八月十五夜、院に召された桂のみこを引きとめられず。
修辞
- 掛詞
- 「君はきみに」に、恋人の「君」と、院(宇多法皇)の「君」を重ねる。
うちつけに 惑ふ心と 聞くからに 慰めやすく おもほゆるかな
- 詠者
- 監の命婦
- 状況
- 朝拝の儀で自分を見そめた弾正の皇子の手紙への返事。
こりずまの 浦にかづかむ うきみるは 浪さわがしく ありこそはせめ
- 詠者
- 監の命婦
- 状況
- 弾正の皇子に。
修辞
- 掛詞
- 「こりずま」に「懲りずま」と「須磨」、「うきみる」に「浮き海松」と「憂き見る」を掛ける。
- 縁語
- 「浦」「かづく」「みる」「浪」。
來て見れど 心もゆかず 故鄕は 昔ながらの 花は散れども
- 詠者
- 源宗于
- 状況
- 宇多院の花の宴で。
忘れじと たのめし人は ありと聞く いひし言の葉 いづちいにけむ
- 詠者
- 右近
- 状況
- 里にいる間、訪れなくなった藤原敦忠に。
修辞
- 縁語
- 「言の葉」の「葉」と「散る」(いにけむ)。
栗こまの 山に朝たつ きじよりも かりにはあはじと 思ひしものを
- 詠者
- 右近
- 状況
- 便りもないまま雉子をよこした敦忠に。
修辞
- 掛詞
- 「かり」に「狩」と「仮(かりそめ)」を掛ける。
思ふ人 雨と降りくる ものならば わがもる床は かへさゞらまし
- 詠者
- 右近
- 状況
- 雨漏りのする局で、筵を裏返しながらのひとりごと。
修辞
- 反実仮想
- 「ならば…まし」。
- 掛詞
- 「もる」に「漏る」と「守る」を響かせる。
忘らるゝ 身をば思はず ちかひてし 人の命の 惜しくもあるかな
- 詠者
- 右近
- 状況
- 「忘れない」と誓った男に忘れられて。『拾遺和歌集』恋四に入り、百人一首にも選ばれた。
修辞
- 発想
- 誓いを破った者は神罰を受けるという考えをふまえ、自分を捨てた男の命を案じる。
よし思へ 海士のひろはぬ うつせ貝 空しき名をば たつべしや君
- 詠者
- 右近
- 状況
- 桃園の宰相との身に覚えのないうわさを立てられて、その宰相に。
修辞
- 序詞
- 「海士のひろはぬうつせ貝」が「空しき」を導く。
今日よりは をぎの燒原 かき分けて 若菜つまむと たれをさそはむ
- 詠者
- 平兼盛
- 状況
- 正月、大納言に歌を所望されて即座に。
片岡に わらび萠えずば たづねつゝ 心やりにや 若菜つまゝし
- 詠者
- 大納言
- 状況
- 兼盛の歌への返し。
修辞
- 反実仮想
- 「ずば…まし」。
山里に 我をとゞめて わかれ路の ゆきのまにまに 深くなるらむ
- 詠者
- 但馬の女
- 状況
- 京へ上る男に、雪の日に。
修辞
- 掛詞
- 「ゆき」に「雪」と「行き」を掛ける。
やまざとに 通ふ心も 絕えぬべし 行くもとまるも 心細さに
- 詠者
- 兵庫頭の男
- 状況
- 但馬の女の歌への返し。
解説
この章の中心は、右近の一連の話(第81〜85段)である。右近は藤原季縄の娘で、醍醐天皇の中宮穏子に仕えた女房歌人。恋の相手の「故権中納言」は藤原敦忠で、時平の子、美男で歌と管絃にすぐれた人であった。第84段の「忘らるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな」は『拾遺和歌集』に入り、藤原定家の百人一首にも選ばれた。
この歌は、捨てられた恨みの歌とも、なお相手を思う歌とも読める。神に誓って約束を破った者は罰を受けるとされた時代に、「自分のことはいいが、あなたの命が心配だ」と言うのは、皮肉とも、深い愛情とも受け取れる。『大和物語』は、この歌の背景を具体的な恋のいきさつとして伝えており、百人一首の歌の理解にも欠かせない。
第83段の右近の独り言の歌は、偶然聞いた男の心を動かし、その場で恋が成就するという、歌物語らしい一場面である。歌が相手に届くことで状況が変わるという話は、『大和物語』に多い型の一つである。
第76・77段の桂のみこと喜種の話は、皇女という高い身分の女性の恋を描いている。皇女の結婚は厳しく制限されており、身分の低い男との恋は人目を忍ぶものとならざるをえなかった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、22〜25頁(コマ15–16)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日