大和物語 第8章(第66段〜第75段)
とし子と千兼、しのづかの駅
夫の千兼を待つとし子の二首、枇杷殿との柏木の贈答、陸奥へ下る忠文の子と監の命婦の別れと、旅先で死んだ男の遅れて届いた手紙、敦慶親王の死と兼盛の追悼、堤の中納言兼輔の見送りと桜の歌まで、十の段。
- 1としとしとし子子こ、、、千兼千兼ちかねををを待待まちけるちけるちける夜夜よ、、、來來こざりければざりければざりければ、、、
- 2「「「さよさよさよ更更ふけてけてけて鳥鳥とりののの鳴鳴なきけるきけるきけるををを君君きみがたゝくとがたゝくとがたたくと思思おもひけるかなひけるかないけるかな」」」。。。
- 3又又またとしとしとし子子こ、、、雨雨あめ降降ふりけるりけるりける夜夜よ千兼千兼ちかねををを待待まちけりちけりちけり。。。雨雨あめにやさはりけむにやさはりけむにやさわりけむ、、、來來こざりけりざりけりざりけり。。。こぼれたるこぼれたるこぼれたる家家いえにていたくにていたくにていたく漏漏もりけりりけりりけり。。。「「「雨雨あめのいたくのいたくのいたく降降ふりしかばえりしかばえりしかばえ參參まいらずなりにきらずなりにきらずなりにき。。。さるさるさる所所ところにいかでにいかでにいかで物物ものししし給給たまひつるひつるいつる」」」といへりければといへりければといえりければ、、、としとしとし子子こ、、、
- 4「「「君君きみををを思思おもひひいひまひまひまなきなきなき宿宿やどとおもへどもとおもへどもとおもえども今宵今宵こよいののの雨雨あめははは漏漏もらぬらぬらぬ間間あいだぞなきぞなきぞなき」」」。。。
- 5殿殿どのよりよりより、、、としとしとし子子こががが家家いえにかしにかしにかしはははぎのありけるぎのありけるぎのありけるををを折折おりにたまへりけりりにたまへりけりりにたまえりけり。。。折折おらせてらせてらせて書書かきつけてきつけてきつけて奉奉たてまつりけるりけるりける、、、
- 6「「「我我わががが宿宿やどをををいつかいつかいつかははは君君きみはははをりにおこせるをりにおこせるおりにおこせる」」」。。。
- 7御御おんかへしかへしかえし、、、
- 8「「「かしかしかしははは木木きにににののの神神かみのましけるのましけるのましけるををを知知しらでぞらでぞらでぞ折折おりしたゝりなさるなりしたゝりなさるなりしたたりなさるな」」」。。。
- 9ががが、、、みちのくのみちのくのみちのくの將軍將軍いくさのきみになりてになりてになりて下下くだりけるりけるりける時時とき、、、それがむすこなりけるそれがむすこなりけるそれがむすこなりける人人ひとををを、、、監監けんののの命婦命婦みょうぶ忍忍しのびてあひびてあひびてあい語語かたらひけりらひけりらいけり。。。うまのうまのうまのははは狩衣狩衣かりぎぬ、、、袿袿うちき、、、などやりたりけるなどやりたりけるなどやりたりける。。。かのえたるかのえたるかのえたる男男おとこ、、、
- 10「「「よひよひによひよひによいよいに戀戀こいしさまさるかりしさまさるかりしさまさるかり衣衣きぬこゝろづくしのものにぞありけるこゝろづくしのものにぞありけるこころずくしのものにぞありける」」」
- 11とよみたりければとよみたりければとよみたりければ女女おんなめでゝめでゝめでて泣泣なきけりきけりきけり。。。
- 12同同おなじじじ人人ひとににに、、、監監けんののの命婦命婦みょうぶをやをやをやりたりければりたりければりたりければ、、、
- 13「「「みちのくのみちのくのみちのくのののの山山やまももろともにこえばわかれのももろともにこえばわかれのももろともにこえばわかれの悲悲かなしからじしからじしからじををを」」」
- 14となむいひけるとなむいひけるとなむいいける。。。さてさてさて堤堤つつみなるなるなる家家いえににに住住すみけるみけるみける。。。さてさてさて鮎鮎あゆをををなむなむなん取取とりてやりけるりてやりけるりてやりける。。。
- 15「「「加茂加茂かも川川がわののの瀨瀨せにににふすふすふす鮎鮎あゆのいのいのいををを取取とりてりてりて寢寢ねてこそてこそてこそ明明あかせかせかせ夢夢ゆめににに見見みえつやえつやえつや」」」。。。
- 16かくてこのかくてこのかくてこの男男おとこみちのくへみちのくへみちのくえ下下くだりけるりけるりける。。。たよりにつけてたよりにつけてたよりにつけて哀哀あわれなるなるなる文文ふみどもおこせけるどもおこせけるどもおこせけるををを、、、道道みちにてやまひしてなむにてやまひしてなむにてやまいしてなむ死死しにけるとにけるとにけると聞聞ききてきてきて、、、女女おんないといといと哀哀あわれとなむとなむとなむ思思おもひけるひけるいける。。。
- 17かくかくかく聞聞ききてきてきて後後のち、、、のののうまやといふうまやといふうまやという所所ところよりたよりにつけてよりたよりにつけてよりたよりにつけて哀哀あわれなるなるなる事事ことどもどもどもををを書書かきたるきたるきたる文文ふみをををなむもてなむもてなむもて來來きたりけるたりけるたりける。。。いとかなしくていとかなしくていとかなしくて「「「これこれこれはははいつのぞいつのぞいつのぞ」」」ととと問問とひければひければいければ、、、使使つかいののの久久ひさしくなりてもてしくなりてもてしくなりてもて來來きたるになむありけるたるになむありけるたるになむありける。。。女女おんな、、、
- 18「「「しのづかしのづかしのづかのののうまやうまやうまやうまやうまやうまやととと待待まちわびしちわびしちわびし君君きみはははむなしくなりぞしにけるむなしくなりぞしにけるむなしくなりぞしにける」」」
- 19ととと詠詠よみてなむみてなむみてなむ泣泣なきけるきけるきける。。。わらわらわらはははにてにてにて殿上殿上てんじょうしてしてして七七しちといひけるといひけるといいけるををを、、、かうぶりしてかうぶりしてこうぶりしてにおりてにおりてにおりて、、、、、、親親おやののの供供ともにいくになむありけるにいくになむありけるにいくになむありける。。。
- 20故故こ式部卿式部卿しきぶきょうののの宮宮みやうせうせうせ給給たもうけるうけるうける時時ときははは、、、きさらぎのつごもりきさらぎのつごもりきさらぎのつごもり、、、花花はなののの盛盛さかりになむありけるになむありけるになむありける。。。堤堤つつみののの中納言中納言ちゅうなごんののの詠詠よみみみ給給たもうけるうけるうける、、、
- 21「「「咲咲さきにほひきにほひきにおい風風かぜまつまつまつほどのほどのほどの山山やまさくらさくらさくら人人ひとののの世世よよりよりよりははは久久ひさしかりけりしかりけりしかりけり」」」。。。
- 22三條三條さんじょうののの右右みぎのおとゞののおとゞののおとどの御御おんかへしかへしかえし、、、
- 23「「「はるばるのはるばるのはるばるの花花はなははは散散ちるともるともるとも咲咲さきぬべしまたきぬべしまたきぬべしまた逢逢あひがたきひがたきいがたき人人ひとののの世世よぞぞぞうきうきうき」」」
- 24おなじおなじおなじ宮宮みやおはしましけるおはしましけるおわしましける時時とき、、、亭子亭子ていじ院院いんににに住住すみみみ給給たもうけりうけりうけり。。。このこのこの宮宮みやののの御許御許もとににに兼兼かね盛盛もり參參まいりけりりけりりけり。。。召召めししし出出い。。。うせうせうせ給給たもうてうてうて後後のちかのかのかの院院いんををを見見みるにいとあはれなりるにいとあはれなりるにいとあわれなり。。。池池いけのいとおもしろきにのいとおもしろきにのいとおもしろきに、、、哀哀あわれなりければよみけるなりければよみけるなりければよみける、、、
- 25「「「池池いけはははなほむかしながらのなほむかしながらのなおむかしながらの鏡鏡かがみにてかげにてかげにてかげ見見みししし君君きみがなきぞかなしきがなきぞかなしきがなきぞかなしき」」」。。。
- 26人人ひとののの國國くにののの守守かみにてにてにて下下くだりけるりけるりけるのののはははなむけなむけなむけををを堤堤つつみののの中納言中納言ちゅうなごんしてしてして待待まちちち給給たもうけるにうけるにうけるに、、、暮暮くるゝまでるゝまでるるまで來來こざりければざりければざりければ言言いひやりひやりいやり給給たもうけるうけるうける、、、
- 27「「「別別わかるべきるべきるべき事事こともあるものもあるものもあるものをををひねもすにひねもすにひねもすに待待まつとてさへもつとてさへもつとてさえも歎歎なげきつるかなきつるかなきつるかな」」」。。。
- 28同同おなじじじ中納言中納言ちゅうなごん、、、かのとのゝかのとのゝかのとのの寢殿寢殿しんでんののの前前まえににに少少すこししし遠遠とおくくく立立たてりけるてりけるてりける櫻櫻さくらををを近近ちかくくくほりほりほり植植うゑゑえ給給たもうけるがうけるがうけるが、、、枯枯かれざまにれざまにれざまに見見みえければえければえければ、、、
- 29「「「宿宿やど近近ちかくうつしてくうつしてくうつして植植うゑしかひもなくまちとほにのみゑしかひもなくまちとほにのみえしかいもなくまちとおにのみ見見みゆるゆるゆる花花はなかなかなかな」」」。。。
- 30同同おなじじじ中納言中納言ちゅうなごん、、、藏人藏人くろうどにてありけるにてありけるにてありける人人ひとののの加加か賀賀がののの守守かみにてにてにて下下くだりけるにわかれりけるにわかれりけるにわかれをををしみけるしみけるしみける夜夜よ、、、中納言中納言ちゅうなごん、、、
- 31「「「君君きみががが行行ゆくこしのくこしのくこしの知知しらねどもゆきのまにまにあとらねどもゆきのまにまにあとらねどもゆきのまにまにあとはははたづねむたづねむたずねむ」」」
- 32となむとなむとなむ詠詠よみみみ給給たもうけるうけるうける。。。
現代語訳
〔第66段〕とし子が千兼を待っていた夜、来なかったので、
「夜が更けて、いなおおせ鳥が鳴いたのを、あなたが戸をたたく音かと思ったことです」。
〔第67段〕また、とし子が、雨の降った夜に千兼を待っていた。雨にさまたげられたのか、来なかった。とし子は壊れかけた家で、ひどく雨が漏った。千兼が「雨がひどく降ったので参れなくなってしまった。そんな家で、どうしていらしたか」と言ってきたので、とし子が、
「あなたを思って、すき間もない(暇もない)家と思っていましたが、今夜の雨は、漏らない所もありませんでした」。
〔第68段〕枇杷殿(藤原仲平)から、とし子の家に柏の木があったのを、折りにおよこしになった。とし子は折らせて、歌を書きつけてさし上げた、
「わたしの家を、いつからあなたは慣れ親しんだ楢柴のように、慣れ顔で折りによこすのでしょう」。
御返し、
「柏の木に葉守の神がいらっしゃるとも知らずに折ってしまった。たたりはしないでおくれ」。
〔第69段〕忠文が陸奥の将軍になって下った時、その息子であった人と、監の命婦がひそかに逢って語らっていた。餞別に、目結(めゆい)くくりの狩衣、袿、幣などを贈った。それを受け取った男が、
「宵ごとに恋しさのまさる狩衣は、心を尽くさせるもの――心づくしの品でした」
とよんだので、女は感じ入って泣いた。
〔第70段〕同じ人に、監の命婦が山桃を贈ったところ、
「陸奥の安達の山も、一緒に越えるのなら、別れも悲しくないだろうに」
と言った。さて命婦は、堤にある家に住んでいた。そこで鮎を取って贈った歌、
「賀茂川の瀬に伏す鮎のように、寝て夜を明かしてください。夢にわたしが見えましたか」。
こうしてこの男は陸奥へ下った。便りのあるたびに、しみじみとした手紙をよこしていたが、途中で病気になって死んだと聞いて、女はたいへん悲しく思った。こう聞いたあとで、しのづかの駅という所から、便りに託して、しみじみとしたことを書いた手紙を持って来た。とても悲しくて「これはいつのものか」と尋ねたところ、使いが長いあいだたってから持って来たのであった。女は、
「しのづかの駅、駅と、次の便りを待ちわびていたあなたは、むなしくなってしまったのですね」
とよんで泣いた。この男は、童のころ殿上に仕えて大七といったが、元服して蔵人所の雑色におりて、鎮守府の使いを兼ね、親のお供として下っていくのであった。
〔第71段〕故式部卿の宮(敦慶親王)がお亡くなりになった時は、二月の末で、花の盛りであった。堤の中納言(兼輔)がおよみになった歌、
「咲きほこって、散らす風を待っている山桜も、人の命よりは長いことです」。
三条の右大臣(定方)の御返し、
「春ごとの花は散っても、また咲くでしょう。二度と会うことのできない人の世こそつらいのです」
〔第72段〕同じ宮が生きていらっしゃった時、亭子院に住んでいらっしゃった。この宮のもとに兼盛が参上していた。宮は呼び出して何かとお話しになったりしていた。宮がお亡くなりになってのち、その院を見るとたいそう悲しい。池がとても趣深いのに、しみじみとして、よんだ歌、
「池は今も昔のままの鏡であるのに、そこに姿を映していらした君がいないのが悲しい」。
〔第73段〕よその国の守となって下っていく人の送別の宴を、堤の中納言が用意して待っていらっしゃったのに、日が暮れるまで来なかったので、言いやりなさった歌、
「別れなければならないことも悲しいのに、一日じゅう待つということでまで嘆いてしまいました」。
〔第74段〕同じ中納言が、その屋敷の寝殿の前に少し遠く立っていた桜を、近くに掘って植え替えなさったが、枯れそうに見えたので、
「家の近くに移して植えたかいもなく、待ち遠しくばかり見える花であることよ」。
〔第75段〕同じ中納言が、蔵人であった人が加賀の守として下る時に、別れを惜しんだ夜、中納言が、
「あなたが行く越の白山をわたしは知らないけれど、雪の降るままに、その跡をたずねて行こう」
とおよみになった。
意訳
〔第66・67段〕夫を待つとし子。鳥の声を戸をたたく音と聞きちがえるほど待ちわびた夜、雨漏りのする家でひとり過ごした夜。「隙間のない家」と思っていたのは「暇のない」ほどあなたを思っていたから――雨漏りの家を逆手にとって、恨みをしゃれた言葉に変えている。
〔第68段〕柏の木を折りによこした枇杷殿に、とし子は「いつからそんなに慣れ慣れしく」とからかい、枇杷殿は「葉守の神が宿っているとは知らなかった、たたらないでくれ」と降参した。身分の差を越えた、気軽な歌のやりとりである。
〔第69・70段〕陸奥へ下る若者と監の命婦の恋。「狩衣」に「かり(仮)」を、「心づくし」に心を尽くすことと餞別の品を重ねた男の歌に、命婦は泣いた。男は旅の途中で死に、死を知ったあとで、遅れて届いた手紙が来る。「しのづかの駅、駅と次の便りを待っていたのに」と、地名の「うまや」をくり返す命婦の歌に、取り返しのつかない悲しみがこもる。
〔第71・72段〕敦慶親王の死。兼輔は「散る桜も人の命よりは長い」と嘆き、定方は「花はまた咲くが、人には二度と会えない」と答えた。兼盛は、親王の住んだ亭子院の池を「昔のままの鏡」と見て、映るはずの人の不在を悲しむ。
〔第73〜75段〕兼輔の三つの歌。来ない客を待ちくたびれた嘆き、植え替えて枯れかけた桜、雪の越路へ旅立つ友への別れ。どれも人づきあいの細やかな情を、日常の場面の中で歌にしている。
語釈・文法注
- いなおほせ鳥
- 稲負鳥。秋に鳴く鳥とされるが、どの鳥かは分からない。古今伝授の「三鳥」の一つ。
- 枇杷殿
- 藤原仲平(875〜945)。基経の子で、枇杷殿と呼ばれた屋敷に住んだ。のち左大臣。
- ならしば
- 楢柴。楢の小木。「ならし(慣らし)」を導く。
- 葉守の神
- 柏の木に宿り、葉を守るとされた神。
- 忠文
- 藤原忠文(873〜947)。天慶三年(940)、平将門の乱の征東大将軍となった。ここでは陸奥の将軍(鎮守府将軍)として下ったとする。
- めとりぐゝり
- 「目結(めゆい)括り」か。絞り染めの一種。
- 幣
- 旅の安全を祈って道祖神に手向ける布や紙。
- やまもゝ
- 山桃。夏に赤い実がなる木。
- 安達の山
- 陸奥国安達郡の山。
- しのづかのうまや
- 篠塚の駅。陸奥へ向かう道の宿駅。所在は未詳。
- 大七
- 童殿上していた時の呼び名。
- 藏人所
- 天皇の身辺の雑事をつかさどる役所。ここではその雑色などの下級の職。
- かねのつかひ
- 兼ねの使い。鎮守府の使いを兼ねる意か。
- ものらのたまひ
- 底本の本文。通行本文は「物などのたまひ」。
- 馬のはなむけ
- 送別の宴。旅立つ人の馬の鼻を行く方へ向けて見送った習わしから。
- こしの白山
- 越の国(北陸)の白山。雪の山として歌によまれる。
文法
- 君がたゝくと思ひけるかな
- 「たたく」は戸をたたいて訪れること。
- ひまなき宿
- 「ひま」に「隙」と「暇」を掛ける。
- ならしがほには
- 「がほ」は「顔」で、そのような様子であること。
- ましけるを
- 「ます」は「あり」の尊敬語。
- なさるな
- 「な」は禁止の終助詞。「なさる」は「なす」に尊敬の「る」が付いた形。
- こえばわかれの悲しからじを
- 「ば」は未然形について仮定。「越えるなら、別れも悲しくないだろうに」。
- 夢に見えつや
- 「つ」は完了、「や」は疑問。夢にわたしが見えましたか。
- なりぞしにける
- 「ぞ」の結びで「ける」。
- 召し出でゝものらのたまひ
- 底本の本文。「もの」に「ら」が付いた形は他に例がなく、「物など」の誤りか。
- はるばるの花
- 底本の本文。「はるごと(春毎)の花」とする本もある。春ごとに咲く花の意に解した。
- 待つとてさへも
- 「さへ」は添加。別れの悲しみに加えて、待つことまでも。
和歌
さよ更けて いなおほせ鳥の 鳴きけるを 君がたゝくと 思ひけるかな
- 詠者
- とし子
- 状況
- 夫の千兼を待って、来なかった夜。
君を思ひ ひまなき宿と おもへども 今宵の雨は 漏らぬ間ぞなき
- 詠者
- とし子
- 状況
- 雨の夜に来なかった千兼の言い訳に答えて。
修辞
- 掛詞
- 「ひま」に「隙」と「暇」、「思ひ」の「ひ」に「火」を響かせる。
- 対照
- 「ひまなき」と「漏らぬ間ぞなき」。
我が宿を いつかは君が ならしばの ならしがほには をりにおこせる
- 詠者
- とし子
- 状況
- 枇杷殿が柏の枝を折りによこしたので。
修辞
- 序詞
- 「ならしばの」が同音の「ならし」を導く。
- 掛詞
- 「をり」に「折り」と「居り」を響かせる。
かしは木に 葉守の神の ましけるを 知らでぞ折りし たゝりなさるな
- 詠者
- 枇杷殿(藤原仲平)
- 状況
- とし子の歌への返し。
よひよひに 戀しさまさる かり衣 こゝろづくしの ものにぞありける
- 詠者
- 忠文の子
- 状況
- 陸奥へ下るにあたり、監の命婦から餞別の狩衣などを贈られて。
修辞
- 掛詞
- 「かり」に「狩」と「仮」、「こころづくし」に「心尽くし」と「筑紫」を響かせるとする説もある。
みちのくの 安達の山も もろともに こえばわかれの 悲しからじを
- 詠者
- 忠文の子
- 状況
- 監の命婦から山桃を贈られて。
加茂川の 瀨にふす鮎の いを取りて 寢てこそ明かせ 夢に見えつや
- 詠者
- 監の命婦
- 状況
- 鮎を取って忠文の子に贈って。
修辞
- 掛詞
- 「い」に鮎の「魚(いを)」と「寝(い)」を掛ける。
- 序詞
- 「加茂川の瀬にふす鮎の」が「いを」を導く。
しのづかの うまやうまやと 待ちわびし 君はむなしく なりぞしにける
- 詠者
- 監の命婦
- 状況
- 男の死を知ったあとで、旅の途中の駅から出された手紙が届いて。
修辞
- 掛詞
- 「うまや」に「駅(うまや)」と「(来る)まや」を響かせる説がある。
- 反復
- 「うまやうまや」のくり返し。
咲きにほひ 風まつほどの 山さくら 人の世よりは 久しかりけり
- 詠者
- 藤原兼輔
- 状況
- 敦慶親王が花の盛りに亡くなった時。
はるばるの 花は散るとも 咲きぬべし また逢ひがたき 人の世ぞうき
- 詠者
- 藤原定方
- 状況
- 兼輔の歌への返し。
修辞
- 対照
- 毎年咲く花と、二度と会えない人を対照させる。
池はなほ むかしながらの 鏡にて かげ見し君が なきぞかなしき
- 詠者
- 平兼盛
- 状況
- 敦慶親王の亡くなったのち、その住んだ亭子院の池を見て。
修辞
- 見立て
- 池の水面を鏡に見立てる。
別るべき 事もあるものを ひねもすに 待つとてさへも 歎きつるかな
- 詠者
- 藤原兼輔
- 状況
- 任国へ下る人の送別の宴に、日が暮れるまで相手が来なくて。
宿近く うつして植ゑし かひもなく まちとほにのみ 見ゆる花かな
- 詠者
- 藤原兼輔
- 状況
- 寝殿の前に植え替えた桜が枯れそうになって。
君が行く こしの白山 知らねども ゆきのまにまに あとはたづねむ
- 詠者
- 藤原兼輔
- 状況
- 加賀守として下る人との別れの夜に。『古今和歌集』離別にも入る。
修辞
- 掛詞
- 「ゆき」に「雪」と「行き」を掛ける。
- 縁語
- 「白山」「雪」「跡」。
解説
第69・70段は、監の命婦と忠文の子の恋と死別の話で、この物語の前半の中でも物語性の豊かな段である。旅の途中で恋人が死んだと聞いたあとに、生前に書かれた手紙が届くという設定は、時間のずれが生む悲しみを鮮やかに描いている。藤原忠文は、平将門の乱の征東大将軍となった人物として知られる。
第66・67段のとし子と夫の藤原千兼の話は、待つ女の歌の典型である。とし子は、恨みをそのまま言わず、鳥の声や雨漏りといった身近なものを題材に、機知のきいた歌で相手に訴える。第68段の枇杷殿藤原仲平とのやりとりにも、とし子の物おじしない人柄がよく表れている。
第71〜75段は、敦慶親王の死を悼む歌と、藤原兼輔(堤の中納言)の歌を集めている。兼輔の邸は賀茂川の堤にあり、紀貫之や凡河内躬恒などの歌人が集まる文芸のサロンでもあった。第75段の「君が行く越の白山」の歌は『古今和歌集』離別歌に入っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、20〜22頁(コマ14–15)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日