大和物語 第5章(第39段〜第46段)
蛍の童と人の親の心
婚礼の家の童女に心を寄せた宗于、包んだ蛍に思いを託した桂のみこの童女、源大納言のもとで世のはかなさを語り合って泣いた四人、うわさに悩んで横川に籠もった恵秀法師、娘を入内させた藤原兼輔の「人の親の心は闇に」、平中と閑院の御の贈答まで、八つの段。
- 1伊勢伊勢いせののの守守かみををを、、、中將中將ちゅうじょうののの君君きみにあはせたりけるにあはせたりけるにあわせたりける時時ときににに、、、をばをばをば右京右京うきょうのかみのかみのかみ呼呼よびびび出出いでゝかたらひてでゝかたらひてでてかたらいて、、、あしたによみておこせたりけるあしたによみておこせたりけるあしたによみておこせたりける、、、
- 2「「「おくおくおく露露つゆのののほどほどほどをもをもをも待待またぬたぬたぬ朝顏朝顏あさがおははは見見みずぞなかなかあるべかりけるずぞなかなかあるべかりけるずぞなかなかあるべかりける」」」。。。
- 3桂桂かつらのみこにのみこにのみこに式部卿式部卿しきぶきょうののの宮宮みやすみすみすみ給給たもうけるうけるうける時時とき、、、そのそのその宮宮みやににに侍侍さぶらひけるうなゐなむこのひけるうなゐなむこのいけるうないなむこの男男おとこ宮宮みやをををいとめでたしといとめでたしといとめでたしと思思おもひかけひかけいかけ奉奉たてまつりけるりけるりけるをもをもをもえええ知知しりりり給給たまはざりけりはざりけりわざりけり。。。
- 4螢螢ほたるののの飛飛とびありきけるびありきけるびありきけるををを「「「かれかれかれ捕捕とらへてへてえて」」」とこのとこのとこの童童わらわにのにのにの給給たまはせければはせければわせければ、、、袖袖そでににに螢螢ほたるををを捕捕とらへてへてえて包包つつみてみてみて御覽御覽ごらんせさすとてせさすとてせさすとて聞聞きこえさせけるえさせけるえさせける、、、
- 5「「「つゝめどもつゝめどもつつめども隱隱かくれぬものれぬものれぬものはははののの身身みよりあまれるおもひなりけりよりあまれるおもひなりけりよりあまれるおもいなりけり」」」。。。
- 6源源げん大納言大納言だいなごんののの君君きみののの御許御許もとにとしにとしにとし子子こははは常常つねににに參參まいりけりりけりりけり。。。曹子曹子ぞうししてすむしてすむしてすむ時時ときもありけりもありけりもありけり。。。をかしきをかしきおかしき人人ひとにてよろづのにてよろづのにてよろずの事事ことををを常常つねににに言言いひかはしひかはしいかわし給給たまひにけりひにけりいにけり。。。
- 7徒然徒然つれづれなるなるなる日日ひこのおとゞこのおとゞこのおとど、、、としとしとし子子こ、、、又又またこのむすめこのむすめこのむすめ、、、姉姉あね子子こといひてありけりといひてありけりといいてありけり。。。母母ははににに似似にててて心心こころもをかしかりけりもをかしかりけりもおかしかりけり。。。又又またこのおとゞのこのおとゞのこのおとどの許許もと子子こといふといふという人人ひとありけりありけりありけり。。。
- 8それもそれもそれも物物ものののの哀哀あわれ知知しりていとりていとりていと心心こころをををかしきかしきかしき人人ひとなりけりなりけりなりけり。。。これこれこれ四人四人よたりつどひてつどひてつどいて萬萬よろずののの物語物語ものがたりししし世世よののの中中なかのののはははかなきかなきかなき事事ことせけんのせけんのせけんの哀哀あわれなるなるなる事事こといひいひてかのおとゞのいひいひてかのおとゞのいいいいてかのおとどの詠詠よみみみ給給たもうけるうけるうける、、、
- 9「「「いひつゝもいひつゝもいいつつも世世よははははかなきはかなきはかなきををを形見形見かたみにににははは哀哀あわれといかでといかでといかで君君きみににに見見みえましえましえまし」」」
- 10ととと詠詠よみみみ給給たもうければうければうければ誰誰たれももも誰誰たれももも返返かえしはせでしはせでしわせで、、、集集あつまりてよゝとなむまりてよゝとなむまりてよよとなむ泣泣なきけるきけるきける。。。しかりけるものどもにこそしかりけるものどもにこそしかりけるものどもにこそはははありけれありけれありけれ。。。
- 11法師法師ほうしののの、、、あるあるある人人ひとののの御御おん仕仕つこうまつりけるうまつりけるうまつりけるほどにほどにほどに、、、とかくとかくとかく世世よののの中中なかにいふにいふにいう事事ことありければありければありければ詠詠よみたりけるみたりけるみたりける、、、
- 12「「「さとさとさとはははいふいふいう山山やまにににはははさわぐさわぐさわぐ白白しろ雲雲くもののの空空そらにににはははかなきかなきかなき身身みとやなりなむとやなりなむとやなりなむ」」」
- 13となむありけるとなむありけるとなむありける。。。又又またこのこのこの人人ひとののの御許御許もとににに詠詠よみたりけるみたりけるみたりける、、、
- 14「「「朝朝あさぼらけわがぼらけわがぼらけわが身身みははは庭庭にわのしもながらのしもながらのしもながら何何なにををを種種たねにてこゝろおひけむにてこゝろおひけむにてこころおいけむ」」」。。。
- 15このこのこの大大だいとくとくとく、、、坊坊ぼうにしけるにしけるにしける所所ところののの前前まえをををなむせさせけるなむせさせけるなむせさせける。。。そのけづりくづにそのけづりくづにそのけずりくずに書書かきつけゝるきつけゝるきつけける。。。
- 16「「「錐錐きりするするするのたくみのたつのたくみのたつのたくみのたつ木木ぎおとのあなかしがましなぞやおとのあなかしがましなぞやおとのあなかしがましなぞや世世よののの中中なか」」」
- 17などいひておこなひしになどいひておこなひしになどいいておこないしに「「「深深ふかききき山山やまににに入入いりなむとすりなむとすりなむとす」」」ととと言言いひていきにけりひていきにけりいていきにけり。。。ほどほどほどへてへてへていづくにかあらむといづくにかあらむといずくにかあらむと言言いひてひていて「「「深深ふかききき山山やまににに籠籠こもりりり給給たまひぬとありしひぬとありしいぬとありしはははいづくぞいづくぞいずくぞ」」」ととと言言いひひい遣遣やりりり給給たまひたりければひたりければいたりければ、、、
- 18「「「何何なにばかりばかりばかり深深ふかくもあらずくもあらずくもあらず世世よのつねののつねののつねの比叡比叡ひえをををととと見見みるばかりなりるばかりなりるばかりなり」」」
- 19となむとなむとなむ言言いひたりけるひたりけるいたりける。。。川川がわといふといふという所所ところにあるなりけりにあるなりけりにあるなりけり。。。
- 20同同おなじじじ人人ひとににに、、、あるあるある人人ひと、、、「「「山山やまへへへのぼりのぼりのぼり給給たまふべきふべきうべき日日ひははは遠遠とおくやあるくやあるくやある。。。いつぞいつぞいつぞ」」」といへりければといへりければといえりければ、、、
- 21「「「登登のぼりゆくりゆくりゆく山山やまののの雲雲くもゐのゐのいの遠遠とおければければければ日日ひももも近近ちかくなるものにぞありけるくなるものにぞありけるくなるものにぞありける」」」
- 22とぞとぞとぞ言言いひおこせたりけるひおこせたりけるいおこせたりける。。。かくのみよからぬかくのみよからぬかくのみよからぬ事事ことのあるがのあるがのあるがうへにいできければうへにいできければうえにいできければ、、、
- 23「「「のがるとものがるとものがるとも誰誰たれかかか着着きざらむぬれごろもあめのざらむぬれごろもあめのざらむぬれごろもあめの下下したにしにしにし住住すまむかぎりまむかぎりまむかぎりははは」」」
- 24といひけりといひけりといいけり。。。
- 25堤堤つつみののの中納言中納言ちゅうなごんののの君君きみ、、、のみこののみこののみこの母母ははみやすんみやすんみやすん所所ところをををうちにうちにうちに奉奉たてまつりけるりけるりける始始はじめににに、、、帝帝みかどはははいかゞいかゞいかが思思おぼしめすらむなどいとかしこくしめすらむなどいとかしこくしめすらむなどいとかしこく思思おもひひい歎歎なげききき給給たもうけりうけりうけり。。。さてさてさて帝帝ていににに詠詠よみてみてみて奉奉たてまつりりり給給たもうけるうけるうける、、、
- 26「「「人人ひとののの親親おやののの心心こころはやはやはやみにあらねどもみにあらねどもみにあらねども子子こをををおもふおもふおもう道道みちにまどひぬるかなにまどひぬるかなにまどいぬるかな」」」。。。
- 27先帝先帝せんだいいといといと哀哀あわれににに思思おぼしめしたりけりしめしたりけりしめしたりけり。。。御御おん返返かえしししはははありけれどありけれどありけれど人人ひとえしらずえしらずえしらず。。。
- 28、、、ののの御御おんににに絕絕たえてえてえて後後のちほどほどほど經經へてあひたりけりてあひたりけりてあいたりけり。。。さてさてさて後後のちににに言言いひおこせたるひおこせたるいおこせたる、、、
- 29「「「うちとけてうちとけてうちとけて君君きみははは寢寢ねつらむつらむつらむ我我われはははしもしもしも露露つゆののの起起おききき居居いてこひにあかしつてこひにあかしつてこいにあかしつ」」」。。。
- 30女女おんな、、、かへしかへしかへし、、、
- 31「「「白白しろ露露つゆのののおきおきおきふしふしふし誰誰たれををを戀戀こひつらむひつらむひつらむ我我われははは」」」。。。
現代語訳
〔第39段〕伊勢守師道の娘を、忠明の中将の君にめあわせた時に、そこにいた童女を右京大夫(源宗于)が呼び出して語らって、翌朝よんで贈った歌、
「置く露の消えるのも待たずにしぼむ朝顔のようなはかない逢瀬なら、かえって見ないほうがよかった」。
〔第40段〕桂のみこのもとに式部卿の宮(敦慶親王)が通っていらっしゃったころ、その宮に仕えていた童女が、この男宮をたいへんすばらしいと思いを寄せ申していたのを、宮はご存じなかった。蛍が飛び回っていたのを、「あれを捕まえて」とこの童女におっしゃったので、汗衫の袖に蛍を捕らえて包み、ご覧に入れるといって申し上げた歌、
「包んでも隠れないものは、夏虫(蛍)の身からあふれ出る火――わたしの身にあまる思いの火でした」。
〔第41段〕源大納言(清蔭)の君のもとに、とし子はいつも参上していた。部屋をもらって住む時もあった。おもしろい人で、いろいろなことをいつも語り合っていらっしゃった。所在ない日に、この大臣、とし子、それにその娘で姉にあたる「あやつ子」という人がいた。母に似て心ばえもおもしろかった。また、この大臣のもとに「よぶ子」という人がいた。これも物の情趣を解し、たいへん心ばえのおもしろい人であった。この四人が集まって、いろいろな話をし、世の中のはかないこと、世間のしみじみとしたことを語り合って、その大臣がおよみになった歌、
「こう言いながらも、世ははかないものだから、わたしの形見としては、あなたがたに、何とかしてあわれと思われたいものだ」
とおよみになったので、誰も誰も返歌はしないで、集まって、おいおいと泣いた。不思議な人々であったことよ。
〔第42段〕恵秀という法師が、ある人の御験者としてお仕えしていたころ、あれこれと世間でうわさを立てられたので、よんだ歌、
「里ではそう言いうわさしています。山では騒ぐ白雲のように、空にはかなく消える身となってしまうのでしょうか」
ということであった。また、この人(加持をした相手)のもとによんだ歌、
「明け方の庭の霜のように、わが身は消えはしないものの、何を種として、こんな心が生えてきたのでしょう」。
〔第43段〕この大徳は、僧坊にしていた所の前に切懸(板塀)を作らせた。その削りくずに書きつけた歌。
「錐でもむ飛騨の匠の、木を断つ音のように、ああやかましい、どうしたことだ、この世の中は」
などと言って勤行していたが、「深い山に入ろうと思う」と言って去ってしまった。しばらくして、どこにいるのだろうと言って、ある人が「深い山にお籠もりになったとのことだが、どこなのか」と言い送りなさったので、
「どれほども深い所ではありません。世間の人が比叡を外山と見るほどの、その奥にいるだけです」
と言ってよこした。横川という所にいるのであった。
〔第44段〕同じ人に、ある人が「山へお登りになる日はまだ先か。いつなのか」と言ったので、
「登っていく山の雲居は遠いのですが、日のほうは近くなっているのです(日に近い高い山へ、近いうちに登ります)」
と言ってよこした。このように、よくないうわさばかりがますます出てきたので、
「逃れたところで、誰が濡れ衣を着ないことがあろう。雨の下――この天下に住むかぎりは」
と言った。
〔第45段〕堤の中納言(藤原兼輔)の君は、十三の皇子の母御息所(娘の桑子)を内裏にさし上げた初めのころ、帝がどうお思いになるだろうかなどと、たいへんひどく心配して嘆いていらっしゃった。そこで帝によんでさし上げなさった歌、
「人の親の心は闇というわけではないけれど、子を思う道には迷ってしまうものです」。
先帝(醍醐天皇)はたいへんしみじみとお思いになった。御返歌はあったが、人は知らない。
〔第46段〕平中が閑院の御と縁が切れてのち、しばらくたって逢った。その後で言ってよこした歌、
「くつろいで、あなたは寝てしまったでしょう。わたしはといえば、露のように起きたまま、恋しさに夜を明かしたのです」。
女の返し、
「白露のように起きたり寝たりして、誰を恋していたのでしょう。わたしは聞いてもいません。石上(いそのかみ)の古い仲ですもの」。
意訳
〔第39段〕婚礼の夜、宗于は花嫁の家の童女と一夜を過ごした。翌朝の歌は「朝顔のようなはかない逢瀬なら、いっそ会わなければよかった」。後朝の歌の形をとりながら、満たされない思いを訴えている。
〔第40段〕身分違いの片思い。蛍を捕まえてと頼まれた童女は、袖に包んだ蛍の光に託して、「包んでも隠れない身にあまる思い」を打ち明けた。「思ひ」の「ひ」に「火」を掛けた、恋の歌の定番の技法が、蛍という小さな光と美しく重なっている。
〔第41段〕何気ない雑談のはてに、清蔭は「せめてあわれと思われて死にたい」とよんだ。その一首で、四人はそろって泣き出してしまう。語り手は「不思議な人たちだ」と言うが、ことばよりも涙で通じ合う人々の姿が、むしろ印象深い。
〔第42〜44段〕加持をした相手とのうわさを立てられた恵秀法師は、「山の白雲のように消えてしまいたい」と嘆き、騒がしい世を逃れて比叡山の奥の横川に籠もった。それでもうわさはやまず、「この天下に住むかぎり、濡れ衣からは逃れられない」と悟ったようによむ。木を断つ音にたとえた「あなかしがまし」の一首に、世間のうわさへのいら立ちがよく表れている。
〔第45段〕娘を入内させた父の不安。「人の親の心は闇ではないが、子を思う道には迷う」という兼輔の歌は、親心をうたった歌の代表として後世まで愛され、『源氏物語』にもくり返し引かれている。
〔第46段〕別れた女に「あなたは安眠していたろうが、わたしは眠れなかった」と言い寄る平中に、女は「誰を恋して起きていたのやら。わたしは知りません」と切り返した。色好みとして知られた平中の、口先だけの言葉を見抜いた返しである。
語釈・文法注
- 伊勢の守もろみち
- 伊勢守藤原師道か。未詳。
- たゞあきらの中將
- 源忠明か。未詳。
- うなゐ
- 髪をうなじのあたりで切りそろえた童女。
- かざみ
- 汗衫。童女が上に着る衣。
- 夏蟲
- 夏の虫。ここでは蛍。
- あやつ子
- とし子の娘の名。
- よぶ子
- 源清蔭に仕えた女房の名。
- 怪しかりける
- 不思議だ。ここでは、言葉もなく泣き合う人々を、語り手が半ばあきれ、半ば感心して評したもの。
- ゑしう
- 恵秀。比叡山の僧。通行本文では「恵秀」と書く。
- けんざ
- 験者。加持祈祷をして病気などを治す僧。
- きりかけ
- 切懸。板を横に重ねて打ちつけた目隠しの塀。
- ひだのたくみ
- 飛騨の匠。飛騨国から都に出て、宮殿などの造営にあたった大工。腕のよい工匠の代名詞。
- 外山
- 人里に近い山。奥山に対していう。
- よ川
- 横川。比叡山三塔の一つで、最も奥にある。
- 十三のみこ
- 醍醐天皇の皇子、章明親王。母は兼輔の娘、藤原桑子。
- へいちう
- 平中。平貞文(?〜923)。色好みとして名高く、『平中物語』の主人公。
- 閑院の御
- 閑院に住んだ女性。未詳。
- いそのかみ
- 石上。大和国の地名で、「古る」にかかる枕詞。ここでは二人の古い仲をいう。
文法
- 見ずぞなかなかあるべかりける
- 「ぞ」の結びで「ける」。「かえって見ないでいるべきだった」。
- 思ひかけ奉りけるをもえ知り給はざりけり
- 「え…ず」は不可能。宮は童女の思いに気づくことができなかった。
- 御覽せさすとて
- 「御覧ず」の未然形「御覧ぜ」に使役の「さす」が付いた形で、底本は「御覽せさす」と書く。お目にかけようとして。
- 君に見えまし
- 「見ゆ」は(人に)見られる、思われる。「まし」はためらいの意志。
- 怪しかりけるものどもにこそはありけれ
- 「こそ」の結びで已然形「けれ」。語り手の評言。
- なりなむ
- 「な」は強意の助動詞「ぬ」の未然形、「む」は推量。きっと…なってしまうだろう。
- こゝろおひけむ
- 「おひ」は「生ひ」。心が芽生えたのだろうか。底本は「おひ」と書く。
- 誰か着ざらむ
- 「か」は反語。誰が着ないだろうか、誰でも着る。
- あめの下にし
- 「し」は強意の副助詞。
- 思しめすらむ
- 「らむ」は現在推量。今ごろどうお思いになっているだろう。
- きゝおはず
- 底本の表記。「聞き負はず」で、聞いてもいない、の意と解する。
和歌
おく露の ほどをも待たぬ 朝顏は 見ずぞなかなか あるべかりける
- 詠者
- 源宗于
- 状況
- 婚礼の家で語らった童女に、翌朝贈った歌。
修辞
- 比喩
- すぐにしぼむ朝顔に、短い逢瀬をたとえる。
つゝめども 隱れぬものは 夏蟲の 身よりあまれる おもひなりけり
- 詠者
- 桂のみこに仕えた童女
- 状況
- 敦慶親王に頼まれて蛍を汗衫の袖に包み、お目にかけて。
修辞
- 掛詞
- 「おもひ」の「ひ」に蛍の「火」を掛ける。
- 縁語
- 「つつむ」「隠れ」「夏虫」「火」。
いひつゝも 世ははかなきを 形見には 哀といかで 君に見えまし
- 詠者
- 源清蔭
- 状況
- とし子・あやつ子・よぶ子と、世のはかなさを語り合って。
さとはいふ 山にはさわぐ 白雲の 空にはかなき 身とやなりなむ
- 詠者
- 恵秀
- 状況
- 験者として仕えた相手とのうわさを立てられて。
修辞
- 掛詞
- 「さと」に「里」と「さ(そう)と」を掛ける。
- 対句
- 「さと」と「山」を対にする。
朝ぼらけ わが身は庭の しもながら 何を種にて こゝろおひけむ
- 詠者
- 恵秀
- 状況
- うわさの相手に贈って。
修辞
- 掛詞
- 「しも」に「霜」と「下」を響かせる。
- 縁語
- 「庭」「種」「生ひ」。
錐する ひだのたくみの たつ木おとの あなかしがまし なぞや世の中
- 詠者
- 恵秀
- 状況
- 僧坊の前に作らせた切懸の削りくずに書きつけて。
修辞
- 序詞
- 「錐するひだのたくみのたつ木おとの」が「かしがまし」を導く。
何ばかり 深くもあらず 世のつねの 比叡を外山と 見るばかりなり
- 詠者
- 恵秀
- 状況
- 籠もった場所を尋ねられて。
登りゆく 山の雲ゐの 遠ければ 日も近くなる ものにぞありける
- 詠者
- 恵秀
- 状況
- 山に登る日を尋ねられて。
修辞
- 掛詞
- 「日」に「(登る)日」と天の「日」を掛ける。
のがるとも 誰か着ざらむ ぬれごろも あめの下にし 住まむかぎりは
- 詠者
- 恵秀
- 状況
- うわさがいっそう広まって。
修辞
- 掛詞
- 「あめ」に「雨」と「天(あめ)」を掛ける。
- 縁語
- 「ぬれごろも」「雨」。
人の親の 心はやみに あらねども 子をおもふ道に まどひぬるかな
- 詠者
- 藤原兼輔
- 状況
- 娘の桑子を醍醐天皇に入内させたころ、帝に。『後撰和歌集』雑一にも入る。
修辞
- 縁語
- 「やみ」「道」「まどふ」。
うちとけて 君は寢つらむ 我はしも 露の起き居て こひにあかしつ
- 詠者
- 平中(平貞文)
- 状況
- 縁の切れていた閑院の御と久しぶりに逢ったあとで。
修辞
- 掛詞
- 「おき」に露が「置き」と「起き」を掛ける。
白露の おきふし誰を 戀ひつらむ 我はきゝおはず いそのかみにて
- 詠者
- 閑院の御
- 状況
- 平中の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「おき」に「置き」と「起き」を掛ける。
- 枕詞
- 「いそのかみ」は「古る」にかかる枕詞で、古い仲であることを言う。
解説
第40段の蛍の歌は、『大和物語』の中でもよく知られた一首である。身分の低い童女が、仕える家の主の恋人である親王に思いを寄せる。言葉で打ち明けることのできない恋を、袖に包んだ蛍の光に託したところに、この段の美しさがある。「思ひ」の「ひ」に「火」を掛けるのは恋の歌の常套だが、実際に蛍を包んで差し出すという動作が、その掛詞に生きた形を与えている。
第42〜44段の恵秀法師は、験者として加持にあたった相手(女性であろう)との関係をうわさされた。僧のスキャンダルは当時もしばしば話題になったが、この物語は、うわさに追われて山の奥へ逃れる法師の心を、彼の歌を通して同情的に描いている。
第45段の藤原兼輔の歌は、親の子への愛を「心の闇」と表した歌として名高く、『源氏物語』には二十数回も引かれるといわれる。兼輔は紫式部の曽祖父にあたり、その娘桑子が醍醐天皇の更衣として章明親王を生んだ。
第46段の平中(平貞文)は、在原業平と並ぶ色好みとされた人物で、この物語の後半の第103段で、その代表的な話が語られる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、12〜14頁(コマ10–11)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日