大和物語 第3章(第14段〜第25段)
桂のみこと良少将
陽成院や釣殿の宮に召されたまま捨て置かれた女たちの歌、継父の少将と女たちの贈答、二条の御息所と式部卿の宮、桂のみこの月の歌、良少将と監の命婦の「かしは木」と「染め革」、陽成院の二の皇子と俊蔭の娘、念覚法師の松の歌まで、十二の段。
- 1院院いんののの北北きたののの方方かたののの御御おんおとおとおとうとのわらうとのわらうとのわらははは名名なををを、、、いまそかりけりいまそかりけりいまそかりけり。。。成成なり院院いんののの帝帝ていににに奉奉たてまつりけるにおはしまさゞりければりけるにおはしまさゞりければりけるにおわしまさざりければ詠詠よみてみてみて奉奉たてまつりけるりけるりける、、、
- 2「「「年年としははは經經へねどもねどもねども澤澤さわののの池池いけののの玉藻玉藻たまもははは見見みつべかりけりつべかりけりつべかりけり」」」。。。
- 3又又またののの宮宮みやにににののの御御おんといひけるといひけるといいける人人ひとををを召召めしたりけるがしたりけるがしたりけるが又又またもめしなかりければもめしなかりければもめしなかりければ詠詠よみてみてみて奉奉たてまつりけるりけるりける、、、
- 4「「「ならぬならぬならぬ身身みににに置置おくよひのくよひのくよいの白玉白玉しらたまははは光光ひかり見見みえさすものにぞありけるえさすものにぞありけるえさすものにぞありける」」」
- 5ととと詠詠よみてみてみて奉奉たてまつりければりければりければ、、、見見み給給たもうてうてうて「「「あなおもしろのあなおもしろのあなおもしろの玉玉たまののの歌歌うたよみやよみやよみや」」」となむのたまひけるとなむのたまひけるとなむのたまいける。。。
- 6陽陽よう成成なり院院いんのののののの御御おん、、、少將少將しょうしょうのもとにのもとにのもとに、、、
- 7「「「春春はるののの野野のははははるけきながらもはるけきながらもはるけきながらも生生おふるふるふるははは見見みゆるものにぞありけるゆるものにぞありけるゆるものにぞありける」」」。。。
- 8少將少將しょうしょうかへしかへしかえし、、、
- 9「「「春春はるののの野野ぬにおひじとぞにおひじとぞにおいじとぞ思思おもふわすれふわすれうわすれ草草ぐさつらきつらきつらき心心こころののの種種たねしなければしなければしなければ」」」。。。
- 10故故こののの宮宮みやのいでのいでのいではははののの御御おんににに、、、まゝちゝのまゝちゝのままちちの少將少將しょうしょう住住すみけるみけるみけるををを、、、離離はなれてれてれて後後のち、、、女女おんな、、、すゝきにすゝきにすすきに文文ふみをををつけてつけてつけて遣遣やりたりければりたりければりたりければ、、、少將少將しょうしょう、、、
- 11「「「秋風秋風あきかぜになびくになびくになびくははは昔昔むかし見見みしたもとにしたもとにしたもとに似似にてぞてぞてぞ戀戀こいしかりけるしかりけるしかりける」」」
- 12はははののの御御おん、、、かへしかへしかへし、、、
- 13「「「袂袂たもとともしのばざらましともしのばざらましともしのばざらまし秋風秋風あきかぜをををなびくなびくなびく尾花尾花おばなのおどろかさずばのおどろかさずばのおどろかさずば」」」。。。
- 14故故こ式部卿式部卿しきぶきょうのみやすのみやすのみやす所所ところににに絕絕たえたまうてえたまうてえたもうて、、、又又またののの年年としののの睦睦むつ月月つきののの七日七日なぬかののの日日ひ奉奉たてまつりりり給給たもうけるにうけるにうけるに、、、
- 15「「「故鄕故鄕ふるさとととと荒荒あれにしれにしれにし宿宿やどののの草草くさののの葉葉はももも君君きみがためとぞまづがためとぞまづがためとぞまずははは摘摘つみけるみけるみける」」」
- 16とありけりとありけりとありけり。。。
- 17おなじおなじおなじ人人ひと、、、同同おなじみこのじみこのじみこの御許御許もとににに、、、久久ひさしくおはしまさゞりければしくおはしまさゞりければしくおわしまさざりければ、、、秋秋あきのことなりけりのことなりけりのことなりけり、、、
- 18「「「世世よににに經經ふれどこひもせぬれどこひもせぬれどこいもせぬ身身みののの夕夕ゆうさればすゞろにさればすゞろにさればすずろに物物ものののの悲悲かなしきやなぞしきやなぞしきやなぞ」」」
- 19とありければとありければとありければ、、、かへしかへしかへし、、、
- 20「「「夕夕ゆうぐれにぐれにぐれに物思物思ものおもふふう時時ときははは神無月神無月かんなづきわれもわれもわれも時雨時雨しぐれにおとらざりけりにおとらざりけりにおとらざりけり」」」
- 21となむありけるとなむありけるとなむありける。。。心心こころににに入入いらであしくらであしくらであしく詠詠よみみみ給給たもうけるとぞうけるとぞうけるとぞ。。。
- 22故故こ式部卿式部卿しきぶきょうののの宮宮みやをををのみこせちによばひのみこせちによばひのみこせちによばい給給たもうけれどうけれどうけれど、、、おはしまさゞりけるおはしまさゞりけるおわしまさざりける時時とき、、、月月つきのいとおもしろかりけるのいとおもしろかりけるのいとおもしろかりける夜夜よ御文御文おおんふみ奉奉たてまつりりり給給たまへりけるにへりけるにえりけるに、、、
- 23「「「久久ひさかたのかたのかたの空空そらなるなるなる月月つきののの身身みなりせばなりせばなりせば行行ゆくともくともくとも見見みえでえでえで君君きみははは見見みてましてましてまし」」」
- 24となむありけるとなむありけるとなむありける。。。
- 25、、、ののの佐佐すけなりけるころなりけるころなりけるころ、、、監監けんののの命婦命婦みょうぶになむになむになむ住住すみけるみけるみける。。。女女おんなのもとよりのもとよりのもとより、、、
- 26「「「ははは木木きののの森森もりののの下草下草したくさおいぬともおいぬともおいぬとも身身みをををいたづらになさずもあらなむいたづらになさずもあらなむいたずらになさずもあらなむ」」」。。。
- 27かへしかへしかへし、、、
- 28「「「かしかしかしははは木木きののの森森もりののの下草下草したくさおいのよにかゝるおいのよにかゝるおいのよにかかる思思おもひひいはははあらじとぞおもふあらじとぞおもふあらじとぞおもう」」」
- 29となむいひけるとなむいひけるとなむいいける。。。
- 30良少將良少將よしのしょうしょう、、、ののの緒緒おにすべきにすべきにすべき革革かわををを求求もとめければめければめければ、、、監監けんののの命婦命婦みょうぶなむなむなむ「「「わがわがわが許許もとにありにありにあり」」」といひてといひてといいて久久ひさしくしくしく出出いださゞりければさゞりければさざりければ、、、
- 31「「「人人ひとのたのめわたりしそめかのたのめわたりしそめかのたのめわたりしそめかはははののの色色いろののの深深ふかさささををを見見みでやでやでや止止やみなむみなむみなむ」」」
- 32とよめりければとよめりければとよめりければ、、、監監けんののの命婦命婦みょうぶめでくつがへりてめでくつがへりてめでくつがえりて、、、もとめてやりけりもとめてやりけりもとめてやりけり。。。
- 33陽陽よう成成なり院院いんののののみこのみこのみこ、、、ののの中將中將ちゅうじょうののの女女おんなににに年比年比としごろすみすみすみ給給たもうけるうけるうけるををを、、、女女おんなのみこのみこのみこををを得得え奉奉たてまつりりり給給たもうてうてうて後後のち更更さらにとひにとひにとい給給たまはざりければはざりければわざりければ、、、今今いまはははおはしますまじきなめりとおはしますまじきなめりとおわしますまじきなめりと思思おもひひい絕絕たえてえてえて、、、いといといと哀哀あわれにてにてにて居居い給給たまへりけるにへりけるにえりけるに、、、いといといと久久ひさしくありてしくありてしくありて思思おもひかけぬひかけぬいかけぬほどにおはしましければほどにおはしましければほどにおわしましければ、、、えええ物物ものももも聞聞きこえでえでえで逃逃にげてげてげて戶戶どののの內內うちににに入入いりにけりりにけりりにけり。。。
- 34歸歸かえりりり給給たもうてうてうて、、、みこあしたにみこあしたにみこあしたに「「「などかなどかなどか、、、年頃年頃としごろののの事事ことももも申申もうさむとてさむとてさむとて參參もうでうでうで來來きたりしにりしにりしに隱隱かくれれれ給給たまひにしひにしいにし」」」とありければとありければとありければ、、、詞詞ことばはははなくてかくなむなくてかくなむなくてかくなむ、、、
- 35「「「せかなくにたえとせかなくにたえとせかなくにたえと絕絕たえにしえにしえにし山水山水やまみずのたれしのべとかのたれしのべとかのたれしのべとか聲聲こえををを聞聞きかせむかせむかせむ」」」。。。
- 36先帝先帝せんだいののの御時御時おおんときににに、、、ののの女御女御にょうごうへのうへのうえの御局御局みつぼねにまうのぼりにまうのぼりにもうのぼり給給たもうてうてうて、、、おはしましやするとしたおはしましやするとしたおわしましやするとした待待まちちち給給たもうけるにおはしまさゞりければうけるにおはしまさゞりければうけるにおわしまさざりければ、、、
- 37「「「日日ひぐらしにぐらしにぐらしに君君きみまつまつまつ山山やまのののほとゝぎすとはぬほとゝぎすとはぬほととぎすとわぬ時時ときにぞにぞにぞ聲聲こえもももをををしまぬしまぬしまぬ」」」
- 38となむとなむとなむ聞聞きこえけりえけりえけり。。。
- 39比叡比叡ひえののの山山やまにににといふといふという法師法師ほうしのやまごもりにてありけるにのやまごもりにてありけるにのやまごもりにてありけるに、、、早早はよううう死死しにけるがにけるがにけるが、、、ににに松松まつののの木木きののの枯枯かれたるれたるれたるををを見見みててて、、、
- 40「「「ぬしもなきぬしもなきぬしもなき宿宿やどののの枯枯かれたるれたるれたる松松まつ見見みればればれば千代千代ちよ過過すぎにけるぎにけるぎにける心心こころちこそすれちこそすれちこそすれ」」」
- 41ととと詠詠よみければみければみければ、、、かのかのかの室室しつにとまりたりけるにとまりたりけるにとまりたりける弟子弟子でしどもあはれがりけりどもあはれがりけりどもあわれがりけり。。。このこのこの念覺念覺ねんがくはははとしとしとし子子こがせうとなりけりがせうとなりけりがしょうとなりけり。。。
現代語訳
〔第14段〕本院の北の方の妹で、童名をおおつぼねという人がいらっしゃった。陽成院の帝にさし上げたが、帝がおいでにならなかったので、よんでさし上げた歌、
「一年もたっていないのに、猿沢の池の玉藻(帝に忘れられて身を投げた采女)のことが、わたしにも思い知られることです」。
〔第15段〕また、釣殿の宮が若狭の御という人をお召しになったが、二度とはお召しにならなかったので、よんでさし上げた歌、
「人の数にも入らないわが身に置いた宵の白玉(涙)は、光を見せる――その光で、あなたへの思いが見えることでしょう」
とよんでさし上げたところ、宮はご覧になって「なんとおもしろい、玉の歌よみよ」とおっしゃった。
〔第16段〕陽成院のすけの御が、継父の少将のもとに、
「春の野ははるか遠くまで広がっていますが、そこに忘れ草の生えているのはよく見えるものですね(あなたの心変わりは、はっきり分かります)」。
少将の返し、
「春の野に忘れ草など生えるまいと思います。あなたを忘れるような、つらい心という種はないのですから」。
〔第17段〕故式部卿の宮に仕えた出羽の御のもとに、継父の少将が通っていたが、離れてのち、女が薄に手紙をつけて送ったので、少将が、
「秋風になびく尾花は、昔見たあなたの袂に似ていて、恋しく思われます」。
出羽の御の返し、
「袂だなどとしのんでくださることもなかったでしょう。秋風になびく尾花で、わたしがお便りしなかったなら」。
〔第18段〕故式部卿の宮(敦慶親王)が、二条の御息所のもとに通わなくなって、翌年の正月七日に、御息所が若菜をさし上げなさった時の歌、
「あなたのお越しがなくて、故郷のように荒れてしまった宿の草の葉も、あなたのためと思って、まず摘んだのです」
とあった。
〔第19段〕同じ人(二条の御息所)が、同じ親王のもとに、長く親王がおいでにならなかったので――秋のことであった――、
「世の中に暮らしていても、恋もしない身なのに、夕方になると、わけもなく物悲しいのはどうしてでしょう」
とあったので、親王の返し、
「夕暮れに物思いをする時は、十月の時雨にも、わたしの涙は劣らないほどです」
とあった。気乗りしないで、まずくおよみになったのだということだ。
〔第20段〕故式部卿の宮に、桂のみこがひたすら思いを寄せていらっしゃったが、宮がおいでにならなかった時、月のたいへん美しかった夜にお手紙をさし上げなさった、その歌、
「もしわたしが空の月の身であったなら、行くとも見えずに、あなたの姿を見ていられるでしょうに」
ということであった。
〔第21段〕良少将が兵衛佐であったころ、監の命婦のもとに通っていた。女のもとから、
「柏木の森の下草(わたし)が年老いても、このままむなしく捨ててしまわないでほしい」。
返し、
「柏木の森の下草が老いる世に――あなたが老いるまで、これほど深く思う気持ちは、ほかにないと思います」
と言った。
〔第22段〕良少将が、太刀の緒にするための革を探していたので、監の命婦が「わたしのところにある」と言って、長いあいだ出さなかったので、
「浮気な人が当てにさせ続けた染め革の、その色の深さ(あなたの心の深さ)を見ないまま終わるのでしょうか」
とよんだので、監の命婦はすっかり感心して、革を探して贈った。
〔第23段〕陽成院の二の皇子が、俊蔭の中将の娘のもとに長年通っていらっしゃったが、女五の宮をお迎えになってからは、全くお訪ねにならなくなったので、娘は、もうおいでになることはあるまいとあきらめて、たいそう悲しく暮らしていらっしゃった。ところがずいぶんたってから、思いがけない時においでになったので、娘は何も申し上げられず、逃げて戸の内に入ってしまった。皇子はお帰りになって、翌朝「どうして、長年の積もる話をしようと参ったのに、隠れてしまわれたのか」とおっしゃったので、言葉はなくてこう返した。
「せき止めたわけでもないのに、ぷっつりと絶えてしまった山の水です。誰に偲べといって、声をお聞かせしましょう」。
〔第24段〕先帝(醍醐天皇)の御代に、右大臣の女御が、帝の御局に参上なさって、おいでにならないかと心待ちにしていらっしゃったのに、おいでにならなかったので、
「一日じゅうあなたを待つ、待つ山のほととぎすは、訪れてくれない時にこそ、声を惜しまずに鳴くのです」
と申し上げた。
〔第25段〕比叡の山に念覚という法師が山ごもりしていたが、師匠でいらっしゃった大徳が早く亡くなって、その僧房に松の木の枯れているのを見て、
「主もいなくなった宿の枯れた松を見ると、千年もの時が過ぎてしまった心地がする」
とよんだので、その僧房に残っていた弟子たちはしみじみと心を打たれた。この念覚はとし子の兄であった。
意訳
〔第14・15段〕帝や親王に一度だけ召され、そのまま忘れられた女たち。おおつぼねは、帝の愛を失って猿沢の池に身を投げた采女(第150段)の伝説を引いて、自分も同じ身の上だと訴えた。若狭の御は、「数ならぬ身」が流す涙を白玉にたとえ、その光で思いを分かってほしいとよんだ。宮は歌の出来には感心したものの、それで心を動かしたわけではなさそうである。
〔第16・17段〕継父の少将と、二人の女の贈答。すけの御は「忘れ草が生えているのがよく見える」と相手の心変わりをとがめ、少将は「忘れる種などない」と答える。出羽の御は、別れた少将に薄を送って気を引き、少将が「尾花はあなたの袂に似て恋しい」と言うと、「わたしが送らなければ思い出しもしなかったくせに」と返した。
〔第18・19段〕通ってこなくなった敦慶親王に、二条の御息所は正月の若菜に心を添え、秋には「恋もしていないのに夕暮れは悲しい」と、恋とは言わずに恋しさを訴えた。親王の返歌は、語り手に「気のない、まずい歌」と評されている。歌の出来ばえで心の深さを測るのが、この物語の目である。
〔第20段〕思いを寄せる親王がつれない夜、桂のみこは「月なら、気づかれずにあなたを見ていられるのに」とよんだ。空からそっと見守る月に、かなわぬ恋の切なさを託している。
〔第21・22段〕監の命婦と良少将。年上の命婦が「年老いても見捨てないで」とよむと、少将は「これほどの思いはほかにない」と答える。染め革をなかなか渡さない命婦には、「浮気なあなたの心の色の深さを見ないで終わるのか」と、革の「色」に恋心を掛けて皮肉った。うまい歌に負けて、命婦は革を探し出した。
〔第23段〕新しい妻を迎えて足が遠のいた皇子が、久しぶりに訪れると、女は隠れてしまった。翌朝の歌は「せき止めたわけでもないのに途絶えた山の水――今さら誰のために声を出せましょう」。会わないことで、捨てられた悲しみと誇りとを示したのである。
〔第24段〕帝の訪れを待ちわびる女御は、自分を「待つ山のほととぎす」にたとえ、来てくれない時ほど声をあげて泣くのだと訴えた。
〔第25段〕亡き師の僧房に枯れた松。千年の長寿のしるしであるはずの松が枯れたのを見て、念覚は、師を失った時の長さと心の空白を「千代過ぎにける心ち」と表した。
語釈・文法注
- 本院の北の方
- 左大臣藤原時平(本院の大臣)の妻。在原棟梁の娘で、もとは藤原国経の妻だった。
- おほつぼね
- その妹の童名。
- 陽成院の帝
- 陽成天皇(868〜949、在位876〜884)。退位後も長く生きた。
- 猿澤の池
- 奈良の興福寺の南の池。帝の寵愛を失った采女が身を投げたという伝説がある(第150段)。
- あらたまの
- 「年」にかかる枕詞。
- 釣殿の宮
- 光孝天皇の皇子、是忠親王の子の源某とも、陽成天皇の皇子元良親王とも言われ、未詳。
- 若狭の御
- 女房の名。
- 數ならぬ身
- 人の数にも入らない身。自分を卑下していう。
- すけの御
- 陽成院に仕えた女房。「すけ」は典侍か。
- まゝちゝの少將
- 継父である少将。人物は未詳。
- 忘草
- 萱草(かんぞう)。身につけると憂いを忘れるとされ、歌では人を忘れる心のたとえ。
- いではの御
- 出羽の御。故式部卿の宮に仕えた女房。
- 尾花
- 薄の穂。風に揺れるさまが、人を招く袖にたとえられた。
- 故式部卿の宮
- 宇多天皇の皇子、敦慶親王(887〜930)。第8段の「中務の宮」と同じ人。
- 二條のみやす所
- 醍醐天皇の女御、藤原和香子とも言われ、未詳。
- 若菜
- 正月七日に若菜を摘んで食べ、長寿を祈った。
- 桂のみこ
- 宇多天皇の皇女、孚子内親王。敦慶親王の異母妹。恋多き皇女として描かれる。
- 良少將
- 良岑義方(よしみねのよしかた)。良岑玄利の子とも。監の命婦と深い仲だった。
- 兵衞の佐
- 兵衛府の次官。
- かしは木の森
- 柏木の森。大和国の歌枕とも。柏の木には葉守の神が宿るとされた。兵衛府の唐名「柏木」を響かせ、兵衛佐の少将を言う。
- 太刀の緒
- 太刀を腰に帯びるための革ひも。
- あだ人
- 浮気な人。不誠実な人。
- 陽成院の二のみこ
- 陽成天皇の皇子、元平親王(?〜958)。
- 俊蔭の中將
- 藤原俊蔭。
- 女五のみこ
- 醍醐天皇の皇女か。
- 右大臣の女御
- 醍醐天皇の女御、藤原能子(右大臣藤原定方の娘)。
- 念覺
- 比叡山の僧。とし子の兄。
- しとく
- 師匠。師の僧。
- 室
- 僧の住む部屋、僧房。
文法
- いまそかりけり
- 「いまそかり」は「あり」の尊敬語で、いらっしゃる。
- 見つべかりけり
- 「つ」(強意)+「べし」で「きっと見るにちがいない」。ここでは、采女の身の上が自分のことと思い知られる、の意。
- あなおもしろの玉の歌よみや
- 「あな」は感動詞。「の」は同格的に体言を重ねる。
- しのばざらまし…おどろかさずば
- 反実仮想「…ずば…まし」。「わたしが便りをしなかったら、しのびもしなかったでしょう」。
- 故式部卿二條のみやす所に
- 底本は「故式部卿」の下に「の宮」がなく、脇に異本の注記がある。通行本文は「故式部卿の宮、二条の御息所に」。
- 心に入らであしく詠み給うけるとぞ
- 語り手の評言。「とぞ」の下に「言ふ」などが略される。
- 見えで君は見てまし
- 「せば…まし」の反実仮想。「月の身であったなら、見ていられるだろうに」。
- なさずもあらなむ
- 「なむ」は他にあつらえ望む終助詞。「むなしくしないでほしい」。
- めでくつがへりて
- ひどく感心して、ひっくり返るほどほめて。
- 今はおはしますまじきなめり
- 「なめり」は「なるめり」の撥音便の無表記。「もうおいでになることはないのだろう」。
- おはしましやすると
- 「や」は疑問の係助詞。おいでになるかと。
和歌
あらたまの 年は經ねども 猿澤の 池の玉藻は 見つべかりけり
- 詠者
- おおつぼね
- 状況
- 陽成天皇に召されたのち、訪れのない帝に。
修辞
- 本説
- 猿沢の池に身を投げた采女の伝説(第150段)をふまえる。
- 枕詞
- 「あらたまの」が「年」にかかる。
數ならぬ 身に置くよひの 白玉は 光見えさす ものにぞありける
- 詠者
- 若狭の御
- 状況
- 一度召されたきりの釣殿の宮へ。
修辞
- 見立て
- 涙を「白玉」に見立てる。
- 掛詞
- 「置く」に露が「置く」を響かせ、「よひ」に「宵」と「酔ひ」を響かせるとする説もある。
春の野は はるけきながらも 忘草 生ふるは見ゆる ものにぞありける
- 詠者
- すけの御
- 状況
- 継父の少将の心変わりをとがめて。
修辞
- 掛詞
- 「はる」に「春」と「遥か」を重ねる。
- 比喩
- 「忘草」は人を忘れる心。
春の野に おひじとぞ思ふ わすれ草 つらき心の 種しなければ
- 詠者
- 継父の少将
- 状況
- すけの御の歌への返し。
修辞
- 縁語
- 「野」「生ひ」「草」「種」。
秋風に なびく尾花は 昔見し たもとに似てぞ 戀しかりける
- 詠者
- 継父の少将
- 状況
- 別れた出羽の御が薄に付けて送った手紙を見て。
修辞
- 見立て
- 風になびく尾花を、人を招く袖に見立てる。
袂とも しのばざらまし 秋風を なびく尾花の おどろかさずば
- 詠者
- 出羽の御
- 状況
- 少将の歌への返し。
修辞
- 反実仮想
- 「…ずば…まし」で、自分が送らなければ思い出しもしなかっただろうと切り返す。
故鄕と 荒れにし宿の 草の葉も 君がためとぞ まづは摘みける
- 詠者
- 二条の御息所
- 状況
- 通ってこなくなった敦慶親王に、正月七日の若菜を贈って。
修辞
- 本歌
- 「君がため春の野に出でて若菜摘む」(光孝天皇)を思わせる。
世に經れど こひもせぬ身の 夕されば すゞろに物の 悲しきやなぞ
- 詠者
- 二条の御息所
- 状況
- 秋、久しく訪れない親王へ。
修辞
- 反語的表現
- 「恋もせぬ身」と言いながら、恋しさを訴える。
夕ぐれに 物思ふ時は 神無月 われも時雨に おとらざりけり
- 詠者
- 敦慶親王
- 状況
- 二条の御息所の歌への返し。
修辞
- 見立て
- 涙を時雨にたとえる。
久かたの 空なる月の 身なりせば 行くとも見えで 君は見てまし
- 詠者
- 桂のみこ(孚子内親王)
- 状況
- 月の美しい夜、訪れない敦慶親王に。
修辞
- 枕詞
- 「久かたの」が「空」にかかる。
- 反実仮想
- 「せば…まし」。
かしは木の 森の下草 おいぬとも 身をいたづらに なさずもあらなむ
- 詠者
- 監の命婦
- 状況
- 良少将に。
修辞
- 比喩
- 「森の下草」は自分。「かしは木」は兵衛府の唐名で、兵衛佐の少将を指す。
かしは木の 森の下草 おいのよに かゝる思ひは あらじとぞおもふ
- 詠者
- 良少将
- 状況
- 監の命婦の歌への返し。
修辞
- 掛詞
- 「おい」に「老い」と「生ひ」を響かせる。
あだ人の たのめわたりし そめかはの 色の深さを 見でや止みなむ
- 詠者
- 良少将
- 状況
- 太刀の緒の革をなかなか渡さない監の命婦に。
修辞
- 掛詞
- 「そめかは」に「染め革」と「染川」(筑紫の歌枕)を掛けるとする説がある。
- 縁語
- 「染め」「色」「深さ」。
せかなくに たえと絕えにし 山水の たれしのべとか 聲を聞かせむ
- 詠者
- 俊蔭の中将の娘
- 状況
- 久しぶりに訪れた元平親王から逃げ隠れた翌朝、そのわけを問われて。
修辞
- 比喩
- 途絶えた山水に、絶えてしまった仲をたとえる。
- 縁語
- 「せく」「絶え」「山水」「声(音)」。
日ぐらしに 君まつ山の ほとゝぎす とはぬ時にぞ 聲もをしまぬ
- 詠者
- 右大臣の女御(藤原能子)
- 状況
- 帝の御局で、おいでを待ちわびて。
修辞
- 掛詞
- 「まつ」に「待つ」と「松」を掛ける。「日ぐらし」に「一日中」と蜩を響かせる。
ぬしもなき 宿の枯れたる 松見れば 千代過ぎにける 心ちこそすれ
- 詠者
- 念覚
- 状況
- 亡き師の僧房に、枯れた松を見て。
修辞
- 対照
- 千年を生きるはずの松が枯れたことと、「千代過ぎにける」を対照させる。
解説
この章には、帝や親王に召されたあと捨て置かれた女たち(第14・15段)、通いの途絶えた恋人を待つ女たち(第18〜20・23・24段)の歌が多く並ぶ。平安時代の結婚は男が女のもとへ通う形が基本で、通いが絶えれば関係も終わる。女たちは、歌によって相手の心をつなぎとめようとし、また見捨てられた悲しみを訴えた。
第14段の歌がふまえる猿沢の池の采女の伝説は、この物語の後半(第150段)に語られる。前半の宮廷の歌語りの中に、すでによく知られた伝説が引かれていることは、後半の伝説的な章段が全く別の世界のものではないことを示している。
第18〜20段の敦慶親王は、容姿にすぐれた恋多き皇子で、二条の御息所や桂のみこ(孚子内親王)など多くの女性に思いを寄せられた。第19段の「心に入らであしく詠み給うけるとぞ」という評は、歌の出来ばえを批評する語り手の声で、『大和物語』が、歌の「よしあし」を語り合う場から生まれたことをうかがわせる。
第21・22段の良少将(良岑義方)と監の命婦の話は、のちの章段にも続く。監の命婦は年上の女性として描かれ、歌の巧みさで恋人と渡り合っている。第25段の念覚は、とし子の兄とされ、人物のつながりで話をつなぐ、この物語らしい結び方になっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部四 雑下(大和物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、6〜9頁(コマ7–8)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日