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徒然草 第39章(第234段〜第237段)

出雲の獅子狛犬

人にものを尋ねられたら素直に答えよという段、主のない家に妖しいものが住みつくように、主のない心にはさまざまな思いが浮かぶという第235段、獅子と狛犬の向きに感涙した聖海上人が、子どもの悪ふざけだったと知らされる「丹波に出雲といふ所あり」の段、柳筥に物を置く向きの故実を収める。

背中を向け合う獅子と狛犬に感心する聖海上人
第236段、丹波の出雲の社で、背中を向け合う獅子と狛犬を見た聖海上人の情景。深い由来があると思った向きは、子どもたちのいたずらだったと知らされる。
  1. 1人ひと人ひとひとのもののもののものををを問と問ととひたるにひたるにいたるに知し知ししらずしもあらじらずしもあらじらずしもあらじ。。。ありのまゝにいはむありのまゝにいはむありのままにいわむははは、、、心こころ心こころこころまどはすやうにまどはすやうにまどわすように返かへ返かへかえりりり事こと事ことことしたるよからぬことなりしたるよからぬことなりしたるよからぬことなり。。。
  2. 2知し知ししりたることもりたることもりたることも、、、なほさだかにとなほさだかにとなおさだかにと思おも思おもおもひてやひてやいてや問と問ととふらむふらむうらむ。。。又また又またまたまことにまことにまことに知し知ししらぬらぬらぬ人ひと人ひとひともなどかなからむもなどかなからむもなどかなからむ。。。ははは、、、おとなしくおとなしくおとなしく聞きこ聞きこきこえなましえなましえなまし。。。
  3. 3人ひと人ひとひとはははいまだいまだいまだ聞き聞ききききき及およ及およおよばぬことばぬことばぬことををを、、、我わ我わわががが知し知ししりたるまゝにりたるまゝにりたるままに「「「さてもそのさてもそのさてもその人ひと人ひとひとののの事こと事ことことのあさましさのあさましさのあさましさ」」」などばかりいひやりたればなどばかりいひやりたればなどばかりいいやりたれば、、、いかなることのあるにかといかなることのあるにかといかなることのあるにかと推お推おおししし返かへ返かへかえしとひにやるこそしとひにやるこそしといにやるこそ心こころ心こころこころづづづきなけれきなけれきなけれ。。。
  4. 4世よ世よよにににふりぬることふりぬることふりぬることをもをもをも、、、おのづからおのづからおのずから聞き聞ききききき漏もら漏もらもらすこともあればすこともあればすこともあれば、、、覺束おぼつか覺束おぼつかおぼつかなからぬやうになからぬやうになからぬように吿つ吿つつげやりたらむげやりたらむげやりたらむ、、、惡あ惡ああしかるべきことかしかるべきことかしかるべきことかははは。。。かやうのかやうのかようの事こと事ことことはもはもはものなれぬのなれぬのなれぬ人ひと人ひとひとのあることなりのあることなりのあることなり。。。
  5. 5ぬしあるぬしあるぬしある家いへ家いへいえにににははは、、、すゞろなるすゞろなるすずろなる人ひと人ひとひと、、、心こころ心こころこころのまゝにのまゝにのままに入い入いいりくることなしりくることなしりくることなし。。。あるじなきあるじなきあるじなき所ところ所ところところにににははは、、、道行人みちゆきびと道行人みちゆきびとみちゆきびとみだりにみだりにみだりに立た立たたちちち入い入いいりりり、、、狐きつね狐きつねきつねふくろふやうのものもふくろふやうのものもふくろうようのものも、、、人ひと人ひとひとげにせかれねばげにせかれねばげにせかれねば、、、所ところ所ところところえがほにえがほにえがおに入い入いいりすみりすみりすみ、、、形かたち形かたちかたちもあらはるゝものなりもあらはるゝものなりもあらわるるものなり。。。
  6. 6またまたまた鏡かゞみ鏡かゞみかがみにににははは色いろ色いろいろかたちなきゆゑにかたちなきゆゑにかたちなきゆえに、、、萬よろづ萬よろづよろずののの影かげ影かげかげきたりてきたりてきたりてうつるうつるうつる。。。鏡かゞみ鏡かゞみかがみにいろかたちあらましかばにいろかたちあらましかばにいろかたちあらましかば、、、うつらざらましうつらざらましうつらざらまし。。。よくものよくものよくものをををいるいるいる。。。我等われら我等われらわれらががが心こころ心こころこころににに念々ねんねん念々ねんねんねんねんのののほしきまゝにきたりほしきまゝにきたりほしきままにきたりうかぶもうかぶもうかぶも、、、心こころ心こころこころといふものゝなきにやあらむといふものゝなきにやあらむというもののなきにやあらむ。。。
  7. 7心こころ心こころこころにぬしあらましかばにぬしあらましかばにぬしあらましかば、、、胸むね胸むねむねのののうちにうちにうちに若干そこばく若干そこばくそこばくのことのことのことははは入い入いいりきたらざらましりきたらざらましりきたらざらまし。。。
  8. 8ににに出雲いづも出雲いづもいずもといふといふという所ところ所ところところありありあり。。。大社おほやしろ大社おほやしろおおやしろををを遷うつ遷うつうつしてめでたくつくれりしてめでたくつくれりしてめでたくつくれり。。。所ところ所ところところなればなればなれば、、、秋あき秋あきあきののの頃ごろ頃ごろごろ上人しやうにん上人しやうにんしょうにん、、、そのそのその外ほか外ほかほかももも人ひと人ひとひとあまたさそひてあまたさそひてあまたさそいて、、、「「「いざたまへいざたまへいざたまえ、、、出雲いづも出雲いづもいずもをををがみにがみにがみに、、、」」」とてとてとて具ぐ具ぐぐしもていきたるにしもていきたるにしもていきたるに、、、各拜おのおのをが各拜おのおのをがおのおのおがみてゆゝしくみてゆゝしくみてゆゆしく信しん信しんしんをををおこしたりおこしたりおこしたり。。。
  9. 9御前おまへ御前おまへおまえなるなるなる、、、背そむ背そむそむきてきてきてうしろざまにうしろざまにうしろざまに立た立たたちたりければちたりければちたりければ、、、上人しやうにん上人しやうにんしょうにんいみじくいみじくいみじく感かん感かんかんじてじてじて、、、「「「あなめでたやあなめでたやあなめでたや。。。このこのこの獅子しし獅子ししししのののたちたちたちやうやうよういとめづらしいとめづらしいとめずらし。。。深ふか深ふかふかきゆゑあらむきゆゑあらむきゆえあらむ」」」となみだぐみてとなみだぐみてとなみだぐみて「「「いかにいかにいかに殿との殿とのとのばらばらばら、、、殊勝しゆしよう殊勝しゆしようしゅしょうののの事こと事ことことははは御覽ごらん御覽ごらんごらんじとがめずやじとがめずやじとがめずや。。。むげなりむげなりむげなり」」」といへばといへばといえば、、、おのおのあやしみておのおのあやしみておのおのあやしみて、、、「「「まことにまことにまことに他た他たたにことなりけりにことなりけりにことなりけり。。。のつとにかたらむのつとにかたらむのつとにかたらむ」」」などいふになどいふになどいうに、、、上人しやうにん上人しやうにんしょうにんなほゆかしがりてなほゆかしがりてなおゆかしがりて、、、おとなしくおとなしくおとなしく物知ものし物知ものしものしりぬべきりぬべきりぬべき顏かほ顏かほかおしたるしたるしたる神官しんぐわん神官しんぐわんしんかんをををよびてよびてよびて、、、「「「このこのこの御社みやしろ御社みやしろみやしろののの獅子しし獅子ししししのたてられやうのたてられやうのたてられよう、、、定さだ定さださだめてならひあることにめてならひあることにめてならいあることに侍はべ侍はべはべらむらむらむ。。。ちとちとちと承うけたまは承うけたまはうけたまわらばやらばやらばや」」」といはれければといはれければといわれければ、、、「「「そのことにそのことにそのことに候さふら候さふらそうろうふふう。。。はべどものはべどものはべどもの仕つかまつ仕つかまつつかまつりけるりけるりける、、、奇怪きくわい奇怪きくわいきかいににに候さふら候さふらそうろうふことなりふことなりうことなり」」」とてさしとてさしとてさし寄よ寄よよりてすゑなほしていにければりてすゑなほしていにければりてすえなおしていにければ、、、上人しやうにん上人しやうにんしょうにんののの感淚かんるい感淚かんるいかんるいいたづらになりにけりいたづらになりにけりいたずらになりにけり。。。
  10. 10箱はこ箱はこはこにすうるものにすうるものにすうるものははは、、、縱たて縱たてたてざまざまざま橫よこ橫よこよこざまざまざま物もの物ものものによるべきにやによるべきにやによるべきにや。。。「「「卷物まきもの卷物まきものまきものなどなどなどはははたてざまにおきてたてざまにおきてたてざまにおきて、、、木き木ききのあはひよりのあはひよりのあわいより紙かみ紙かみかみひねりひねりひねりををを通とほ通とほとおしてゆひつくしてゆひつくしてゆいつく。。。硯すゞり硯すゞりすずりももも縱たて縱たてたてざまにおきたるざまにおきたるざまにおきたる、、、筆ふで筆ふでふでころばずよしころばずよしころばずよし」」」ととと仰おほ仰おほおおせられきせられきせられき。。。
  11. 11ののの家いへ家いへいえののの能書のうじよ能書のうじよのうじょののの人々ひとびと人々ひとびとひとびとははは、、、かりにもかりにもかりにも縱たて縱たてたてざまにおかるゝことなしざまにおかるゝことなしざまにおかるることなし。。。かならずかならずかならず橫よこ橫よこよこざまにざまにざまに居す居すすゑられゑられえられ侍はべ侍はべはべりきりきりき。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第234段〕人が物を尋ねたときに、(相手は)知らないわけでもあるまい。ありのままに言うのは愚かしいと思うのだろうか、相手の心を惑わすような返事をするのは、よくないことである。知っていることでも、なおはっきりさせようと思って尋ねるのだろう。また、本当に知らない人も、どうしていないことがあろうか。すっきりと言い聞かせたなら、穏やかに聞こえるだろう。人がまだ聞いていないことを、自分が知っているままに、「それにしても、あの人のことはあきれたことだ」などとだけ書いてやったので、どういうことがあったのかと、聞き返しにやるのは、いやなものである。世間で知れ渡ったことでも、たまたま聞きもらすこともあるので、不審が残らないように知らせてやるのが、悪いはずがあろうか。このようなことは、世慣れない人のすることである。

〔第235段〕主人のいる家には、関係のない人が勝手に入ってくることはない。主人のいない所には、通りがかりの人がむやみに立ち入り、狐やふくろうのようなものも、人の気配に妨げられないので、わがもの顔に入りこんで住み、木霊などという怪しいものも現れるものである。また、鏡には色や形がないので、あらゆるものの影がやって来て映る。鏡に色や形があったら、映らないだろう。虚空はよく物を入れる。私たちの心に、さまざまな思いが勝手気ままにやって来て浮かぶのも、心というものがないからだろうか。心に主人があったなら、胸の中にこれほど多くのことは入ってこないだろう。

〔第236段〕丹波に出雲という所がある。(出雲の)大社を移して、立派に造ってある。志太の何某とかいう人の領地なので、秋のころ、聖海上人や、そのほかの人も大勢誘って、「さあいらっしゃい。出雲の社にお参りに。ぼたもちをごちそうしましょう」と言って連れて行ったところ、めいめい拝んで、たいそう信心をおこした。御前にある獅子と狛犬が、背中を向け合って後ろ向きに立っていたので、上人はたいそう感心して、「ああすばらしい。この獅子の立ち方は、たいそう珍しい。深いわけがあるのだろう」と涙ぐんで、「どうです、皆さん。このすばらしいことにお気づきになりませんか。それはひどい」と言うので、みな不思議がって、「本当にほかとは違っている。都への土産話にしよう」などと言うので、上人はなおも知りたがって、年配で物を知っていそうな顔をした神官を呼んで、「この御社の獅子の立て方は、きっといわれのあることでございましょう。ちょっとお聞かせいただきたい」と言われたところ、「そのことでございます。いたずらな子どもたちがしたことで、けしからんことでございます」と言って、そばに寄って据えなおして行ってしまったので、上人の感涙はむだになってしまった。

〔第237段〕柳筥に載せるものは、縦向きか横向きかは、物によるのだろうか。「巻物などは縦向きに置いて、木の間からこよりを通して結びつける。硯も縦向きに置いたのが、筆が転がらなくてよい」と、三条右大臣殿がおっしゃった。勘解由小路の家の能書の人々は、かりにも縦向きに置かれることはない。必ず横向きにお置きになりました。

意訳

〔第234段〕尋ねられたら、知っていることは素直に答えよ。相手は確かめたくて聞いているのかもしれないし、本当に知らないのかもしれない。思わせぶりな書き方で、相手に聞き返させるような手紙も困りものである。

〔第235段〕主人のいない家には狐やふくろうや怪しいものが入りこむ。色も形もない鏡には何でも映る。私たちの心にさまざまな思いが浮かぶのも、心に主人がいないからではないか――心のあり方を、空き家と鏡のたとえで鋭く説いた段である。

〔第236段〕背中合わせに立つ獅子と狛犬を見た聖海上人は、深いいわれがあるにちがいないと感涙し、周りの人も感心して都の土産話にしようと言う。ところが神官は「子どもたちのいたずらです」と言って、すぐに直してしまった。思いこみの滑稽さを鮮やかに描いた、『徒然草』の中でもとくに有名な笑話である。

〔第237段〕柳筥に巻物や硯を置く向きについて、二つの家の作法を記す故実の段である。

語釈・文法注

をこがまし
愚かしい。ばかげている。
うらゝかに
はっきりと。すっきりと。
こだま
木霊。木の精。
虛空
何もない空間。
丹波に出雲といふ所
今の京都府亀岡市の出雲大神宮のあたり。
しだのなにがし
志太の某。伝未詳。
聖海上人
伝未詳。
かいもちひ
掻い餅。ぼたもち、またはそばがきの類。
獅子狛犬
神社の社殿の前に向かい合って置く、一対の獣の像。
都のつと
都への土産。
さがなき
いたずらな。
やない箱
柳筥。柳の細い枝を編んで作った箱。ふたを台にして物を載せる。
三條右大臣殿
三条実重(1260〜1329)とされる。
勘解由小路の家
世尊寺家。藤原行成の子孫で、能書の家。

文法

をこがましとにや
下に「あらむ」が省略されている。愚かしいと思うのだろうか。
聞えなまし
「な」は強意、「まし」は推量。聞こえるだろう。
惡しかるべきことかは
「かは」は反語。悪いことがあろうか、いや悪くない。
うつらざらまし
反実仮想。(色や形があったなら)映らないだろう。
御覽じとがめずや
「や」は疑問・詰問。お気づきになりませんか。

解説

第235段は、心のあり方を説いた思想的な段である。主人のいない家に怪しいものが住みつき、色も形もない鏡に何でも映ることから、雑念が浮かぶのは心に主がないからだと論じる。仏教の「空」の思想をふまえつつ、心に主体を持つことの大切さを説いており、兼好の内省の深さがうかがえる。

第236段は、『徒然草』の中でもっとも親しまれている笑話の一つで、教科書にもよく取り上げられる。獅子と狛犬が背中合わせに立っているのを見て深い意味があると思いこみ、感涙する上人と、それに同調する人々。そこへ神官が「子どものいたずらです」と言って、あっさり直してしまう。結びの「上人の感涙いたづらになりにけり」が見事な落ちとなっている。思いこみや権威への盲従を、笑いのうちに戒めた段である。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、853〜854頁(コマ440–441)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日