徒然草 第38章(第230段〜第233段)
五条内裏の妖物と園の別当入道
五条内裏で化けそこねた狐、百日の鯉を切ると言って包丁さばきを見せた園の別当入道と、それを「うるさい」と評した北山入道の言葉から、わざとらしい趣向より自然なふるまいがまさると説く段、知識をひけらかす若者や琵琶の柱を作れと言われて爪を伸ばして見せた男を戒め、誠実で口数少なく人を敬うことを勧める段を収める。

- 1ののの內裏內裏うちにににははは妖物妖物ばけものありけりありけりありけり。。。かたられかたられかたられ侍侍はべりしりしりしははは、、、「「「殿上人殿上人てんじょうびとどもどもども黑戶黑戶くろどにてにてにて棊棊ごをををうちけるにうちけるにうちけるに、、、御簾御簾みすをををかゝげてかゝげてかかげて見見みるものありるものありるものあり。。。たぞとたぞとたぞと見向見向みむきたればきたればきたれば、、、狐人狐人きつねひとのやうについゐてさしのぞきたるのやうについゐてさしのぞきたるのようについいてさしのぞきたるををを、、、あれあれあれ狐狐きつねよととよまれてよととよまれてよととよまれて、、、惑惑まどひひい遁遁にげにけりげにけりげにけり。。。ののの狐狐きつねばけばけばけ損損そんじけるにこそじけるにこそじけるにこそ」」」。。。
- 2「「「ののの別當入道別當入道べっとうにゅうどうははは、、、さうなきさうなきそうなきなりなりなり、、、あるあるある人人ひとのもとにてのもとにてのもとにて、、、いみじきいみじきいみじき鯉鯉こいををを出出いだしたりければしたりければしたりければ、、、皆人皆人みないと別當入道別當入道べっとうにゅうどうののの庖丁庖丁ほうちょうををを見見みばやとばやとばやと思思おもへどもへどもえども、、、たやすくうちたやすくうちたやすくうち出出いでむもいかゞとためらひけるでむもいかゞとためらひけるでむもいかがとためらいけるををを、、、別當入道別當入道べっとうにゅうどうさるさるさる人人ひとにてにてにて、、、このこのこのほどほどほどののの鯉鯉こいををを切切きりりり侍侍はべるるるををを、、、今日今日きょうかきかきかきはべるべきにあらずはべるべきにあらずはべるべきにあらず、、、まげてまげてまげて申申もうしししうけむとてきられけるうけむとてきられけるうけむとてきられける、、、いみじくいみじくいみじくつきづきつきづきつきづきしくしくしく興興きょうありてありてありて人人ひとどもどもども思思おもへりけるとへりけるとえりけると、、、あるあるある人人ひとにかたりにかたりにかたり申申もうされたりければされたりければされたりければ、、、かやうのことおのれかやうのことおのれかようのことおのれははは世世よにににうるさくうるさくうるさく覺覺おぼゆるなりゆるなりゆるなり、、、切切きりぬべきりぬべきりぬべき人人ひとなくばたべなくばたべなくばたべ、、、きらむといひたらむきらむといひたらむきらむといいたらむはははなほよかりなむなほよかりなむなおよかりなむ、、、なんでふなんでふなんでう百日百日ひゃくにちののの鯉鯉こいををを切切きらむぞとのたまひたりしらむぞとのたまひたりしらむぞとのたまいたりし、、、をかしくおぼえしをかしくおぼえしおかしくおぼえし」」」ととと人人ひとのかたりのかたりのかたり給給たまひけるひけるいける、、、いとをかしいとをかしいとおかし。。。
- 3大大おおかたかたかたふるまひてふるまひてふるまいて興興きょうあるよりもあるよりもあるよりも、、、興興きょうなくてなくてなくて安安やすらかなるがまさりたるなりらかなるがまさりたるなりらかなるがまさりたるなり。。。まれびとのまれびとのまれびとの饗應饗應きょうおうなどもなどもなども、、、ついでついでついでをををかしきかしきかしきやうにとりなしたるもやうにとりなしたるもようにとりなしたるも誠誠まことによけれどもによけれどもによけれども、、、たゞそのこととなくてとりたゞそのこととなくてとりただそのこととなくてとり出出いでたるいとよしでたるいとよしでたるいとよし。。。
- 4人人ひとのもののもののものをををとらせたるもとらせたるもとらせたるも、、、ついでなくてこれついでなくてこれついでなくてこれををを奉奉たてまつらむといひたるまことのらむといひたるまことのらむといいたるまことの志志こころざしなりなりなり。。。惜惜おしむよししてこはれむとむよししてこはれむとむよししてこわれむと思思おもひひい、、、のまけわざにのまけわざにのまけわざにことづけことづけことづけなどしたるむづかしなどしたるむづかしなどしたるむずかし。。。
- 5すべてすべてすべて人人ひとははは無智無能無智無能むちむのうになるべきものなりになるべきものなりになるべきものなり。。。あるあるある人人ひとののの子子こののの見見みざまなどあしからぬがざまなどあしからぬがざまなどあしからぬが、、、父父ちちののの前前まえにてにてにて人人ひととものいふとてとものいふとてとものいうとてののの文文ふみをををひきたりしひきたりしひきたりし、、、さかしくさかしくさかしくははは聞聞きこえしかどもえしかどもえしかども、、、ののの前前まえにてにてにてはははさらずともとおぼえしなりさらずともとおぼえしなりさらずともとおぼえしなり。。。
- 6又又またあるあるある人人ひとののの許許もとにてにてにて、、、琵琶法師琵琶法師びわほうしののの物語物語ものがたりをををきかむとてきかむとてきかむとて、、、琵琶琵琶びわををを召召めしよせたるにしよせたるにしよせたるに、、、ひとつひとつひとつ落落おちたりしかばちたりしかばちたりしかば、、、「「「作作つくりてつけよりてつけよりてつけよ」」」といふにといふにというに、、、あるあるある男男おとこののの中中なかにあしからずとにあしからずとにあしからずと見見みゆるがゆるがゆるが、、、「「「ふるきふるきふるき柄柄えありやありやありや」」」などいふなどいふなどいうををを見見みればればれば、、、爪爪つめをををおほしたりおほしたりおおしたり。。。
- 7琵琶琵琶びわなどなどなど彈彈ひくにこそくにこそくにこそ、、、めくらめくらめくら法師法師ほうしののの琵琶琵琶びわ、、、そのそのその沙汰沙汰さたにもおよばぬことなりにもおよばぬことなりにもおよばぬことなり、、、道道みちににに心心こころえたるよしにやとかたはらいたかりきえたるよしにやとかたはらいたかりきえたるよしにやとかたわらいたかりき。。。「「「ひさくのひさくのひさくの柄柄えははは木木きとかやいひてとかやいひてとかやいいて、、、よからぬものによからぬものによからぬものに」」」とぞあるとぞあるとぞある人仰人仰ひとおおせられしせられしせられし。。。
- 8わかきわかきわかき人人ひとははは、、、すこしのすこしのすこしの事事こともよくもよくもよく見見みえわろくみゆるなりえわろくみゆるなりえわろくみゆるなり。。。
- 9よろづのとがあらじとよろづのとがあらじとよろずのとがあらじと思思おもはゞはゞわば、、、何事何事なにごとにもまことありてにもまことありてにもまことありて、、、人人ひとをををわかずうやうやしくわかずうやうやしくわかずうようやしく、、、詞詞ことばすくなからむにすくなからむにすくなからむにはしかじはしかじはしかじ。。。男女老少男女老少なんにょろうしょうみなさるみなさるみなさる人人ひとこそよけれどもこそよけれどもこそよけれども、、、殊殊ことにわかくかたちよきにわかくかたちよきにわかくかたちよき人人ひとのことのことのことうるはしきうるはしきうるわしきははは、、、忘忘わすれがたくれがたくれがたく思思おもひつかるゝものなりひつかるゝものなりいつかるるものなり。。。
- 10よろづのとがよろづのとがよろずのとがははは馴馴なれたるさまにれたるさまにれたるさまに上手上手じょうずめきめきめき、、、所所ところえたるけしきしてえたるけしきしてえたるけしきして、、、人人ひとをををないがしろにするにありないがしろにするにありないがしろにするにあり。。。
現代語訳
〔第230段〕五条の内裏には化け物がいた。藤大納言殿がお話しになりましたことには、「殿上人たちが黒戸で碁を打っていたところ、御簾をかかげて見ている者がいる。『だれだ』とふり向くと、狐が人のようにひざまずいてのぞいていたのを、『あれは狐だ』と騒がれて、うろたえて逃げてしまった。未熟な狐が化けそこなったのだろう」と。
〔第231段〕「園の別当入道は、並ぶ者のない料理の名人である。ある人のもとで、すばらしい鯉を出したところ、だれもが別当入道の包丁さばきを見たいと思ったが、軽々しく言い出すのもどうかとためらっていたのを、別当入道は心得た人で、『このごろ百日の鯉を切っておりますので、今日欠かすわけにはまいりません。ぜひともいただいて』と言って切られたのは、たいそうその場にふさわしく、おもしろいと人々は思ったと、ある人が北山太政入道殿(西園寺実兼)にお話し申しあげたところ、『そういうことは、私はたいそうわずらわしく思う。「切る人がいなければ、ください。切りましょう」と言ったのなら、なおよかったろう。何の百日の鯉を切ることがあろうか』とおっしゃったのを、おもしろく思った」と、ある人がお話しになったのは、たいそうおもしろい。だいたい、趣向をこらしておもしろいよりも、おもしろみはなくても穏やかなのがまさっているのである。客人のもてなしなども、ついでをおもしろいようにこしらえたのも、まことによいけれども、ただ何ということもなく出したのが、たいそうよい。人に物を与えるのも、ついでなどなく、「これを差しあげよう」と言ったのが、まことの志である。惜しむふりをして求められようと思い、勝負の負けわざにかこつけたりしているのは、いやみである。
〔第232段〕すべて人は、無知無能のようにふるまうべきものである。ある人の子で、見た目なども悪くない者が、父の前で人と話をするときに、史書の文を引用したのは、利口そうには聞こえたけれども、目上の人の前では、そうでなくてもよいのにと思われた。
また、ある人のところで、琵琶法師の語りを聞こうとして、琵琶を取り寄せたところ、柱が一つ落ちていたので、「作ってつけよ」と言うと、ある男の中で、悪くはないと見える者が、「古い柄杓の柄はありますか」などと言うのを見ると、爪を伸ばしている。琵琶でも弾くのだろう。盲目の法師の琵琶なのだから、そんな心配をするまでもないことだ。道に心得があるというところを見せたいのだろうかと、はたで見ていて気の毒であった。「柄杓の柄は檜物の木とかいって、よくないものだ」とある方がおっしゃった。若い人は、ちょっとしたことでも、よく見えたり悪く見えたりするものである。
〔第233段〕すべての非難をうけまいと思うなら、何事にも誠実で、人を分けへだてせずに敬い、口数が少ないのに及ぶものはない。男も女も、老人も若者も、みなそういう人がよいけれども、とりわけ若くて容姿のよい人が言葉づかいのきちんとしているのは、忘れがたく心ひかれるものである。すべての非難は、慣れきった様子で上手ぶり、得意顔をして、人をないがしろにすることにある。
意訳
〔第230段〕内裏の碁の場をのぞいていた者は、人に化けそこねた狐だった。宮中の怪異談である。
〔第231段〕料理の名人の園の別当入道は、腕前を見たがる人々の気持ちを察して「百日の鯉を切る願をかけているので」と口実をつけて包丁をふるい、人々を感心させた。だが北山入道は「そんな取りつくろいはうるさい。素直に『切りましょう』と言えばよかった」と評した。凝った趣向より、何気ないふるまいこそよいという考えを、兼好は贈り物やもてなしにも広げて説く。
〔第232段〕親の前で史書を引いて利口ぶる若者、盲目の琵琶法師の琵琶の柱の材料にまで口を出し、伸ばした爪を見せる男――知識や芸をさりげなく見せびらかすことの見苦しさを戒める。
〔第233段〕非難を受けないためには、誠実で、だれにも丁寧で、口数が少ないのが一番だ。とくに若く美しい人の、きちんとした言葉づかいは忘れがたい。非難を招くのは、なれなれしく上手ぶって人を軽んじる態度である。
語釈・文法注
- 五條の內裏
- 五条大宮にあった里内裏。
- 藤大納言殿
- 二条為世(1250〜1338)とされる。兼好の和歌の師。
- 未練の狐
- 化けることに未熟な狐。
- 園の別當入道
- 藤原基氏(1211〜1282)。料理にすぐれた。
- 庖丁者
- 料理人。料理の名人。
- 百日の鯉を切り侍る
- 百日間、毎日鯉を料理するという願をかけていること。
- 北山太政入道殿
- 西園寺実兼(1249〜1322)。
- 勝負のまけわざ
- 勝負に負けた者が、勝った者にごちそうなどをすること。
- 史書
- 歴史書。
- 尊者
- 目上の人。
- ぢう
- 柱。琵琶の弦を支える駒。
- ひさく
- 柄杓。
- ひもの木
- 檜物の木。檜などの薄い板で作る器の材。
文法
- ばけ損じけるにこそ
- 下に「あらめ」などが省略されている。化けそこなったのだろう。
- 見ばやと思へども
- 「ばや」は願望。見たいと思うけれども。
- きらむといひたらむはなほよかりなむ
- 「む」は婉曲、「な」は強意、「む」は推量。切ろうと言ったようなのは、なおよかっただろう。
- さらずとも
- そうでなくても。
- しかじ
- 及ぶまい。それに越したことはない。
解説
第231段は、兼好の美意識をよく表した段である。名人の気のきいた口実を、人々は「つきづきしく興あり」と感心したが、北山入道はそれを「うるさく覚ゆる」と退けた。兼好はこれに賛同し、「大かたふるまひて興あるよりも、興なくて安らかなるがまさりたるなり」と結論する。演出された趣向より自然さを尊ぶ考え方は、第116段の命名論や第81段の調度論とも共通している。
第232段と第233段は、若者のふるまいへの戒めである。知識や技能をさりげなく見せようとする態度を兼好は嫌い、「無智無能になるべき」と言う。これは第79段の「何事も入りたゝぬさましたるぞよき」、第168段の「今は忘れにけりといひてありなむ」とも通じる、謙虚さを重んじる兼好の考えである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、851〜853頁(コマ439–440)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日