徒然草 第36章(第217段〜第219段)
大福長者と横笛の五の穴
富を得る心得を説く大福長者の言葉を書きとめ、その教えは結局、欲を断って貧を憂えないことに通じると論じる第217段、狐に食いつかれた人々の話、横笛の五の穴の音の不快さをめぐる龍秋の考察と、それに対する景茂の反論を収める。

- 1あるあるあるのいはくのいはくのいわく、、、「「「人人ひとはははよろづよろづよろずをををさしおきてさしおきてさしおきて、、、ひたぶるにひたぶるにひたぶるにをををつくべきなりつくべきなりつくべきなり。。。貧貧まずしくてしくてしくてははは生生いけるかひなしけるかひなしけるかいなし。。。富富とめるのみめるのみめるのみををを人人ひととすとすとす。。。德德とくをををつかむとつかむとつかむと思思おもはゞすべからくまづそのはゞすべからくまづそのわばすべからくまずその心心こころづづづかひかひかいををを修行修行しゅぎょうすべしすべしすべし。。。そのそのその心心こころといふといふというははは他他たのことにあらずのことにあらずのことにあらず。。。のおもひにのおもひにのおもいに住住じゅうしてしてして、、、かりにもかりにもかりにも無常無常むじょうををを觀觀かんずることなかれずることなかれずることなかれ。。。これこれこれ第一第一だいいちののの用心用心ようじんなりなりなり。。。次次つぎににに萬事萬事ばんじののの用用ようをををかなふべからずかなふべからずかなうべからず。。。人人ひとののの世世よにあるにあるにある自他自他じたにつけてにつけてにつけて所願無量所願無量しょがんむりょうなりなりなり。。。欲欲よくににに從從したがひてひていて志志こころざしををを遂遂とげむとげむとげむと思思おもはゞはゞわば、、、百萬百萬ひゃくまんののの錢錢ぜにありといふともしばらくもありといふともしばらくもありというともしばらくも住住すすべからずすべからずすべからず。。。ははは止止やむときなしむときなしむときなし。。。財財ざいははは盡盡つくるくるくる期期ごありありあり、、、かぎりあるかぎりあるかぎりある財財ざいをもをもをもちてちてちて、、、かぎりなきかぎりなきかぎりなき願願ねがいににに從從したがふことふことうこと得得うべからずべからずべからず。。。所願所願しょがん心心こころにきざすことあらばにきざすことあらばにきざすことあらば、、、我我われをををほろぼすべきほろぼすべきほろぼすべき惡念惡念あくねんきたれりとかたくきたれりとかたくきたれりとかたく愼愼つつしみおそれてみおそれてみおそれて小用小用しょうようをもをもをもなすべからずなすべからずなすべからず。。。次次つぎににに錢錢ぜにををを奴奴やつこののの如如ごとくしてくしてくして、、、つかひつかひつかい用用もちゐるものとしらばゐるものとしらばいるものとしらば、、、長長ながくくく貧苦貧苦ひんくをををまぬかるべからずまぬかるべからずまぬかるべからず。。。君君きみののの如如ごとくくく神神かみのごとくおそれのごとくおそれのごとくおそれたふとたふととうとみてみてみて、、、從從したがへへえ用用もちゐることなかれゐることなかれいることなかれ。。。次次つぎににに恥恥はじににに臨臨のぞむといふともむといふともむというとも怒怒いかりりり怨怨うらむることなかれむることなかれむることなかれ。。。次次つぎににに正直正直しょうじきにしてにしてにして約約やくをををかたくすべしかたくすべしかたくすべし。。。このこのこの義義ぎををを守守まもりてりてりて利利りをもをもをもとめむとめむとめむ人人ひとははは、、、富富とみののの來來くることることること火火ひのかわけるにつきのかわけるにつきのかわけるにつき、、、水水みずのくだれるにのくだれるにのくだれるに從從したがふがごとくなるべしふがごとくなるべしうがごとくなるべし。。。錢錢ぜにつもりてつもりてつもりて盡盡つきざるきざるきざる時時ときははは聲色聲色せいしょくををを事事こととせずとせずとせず、、、居所居所きょしょをををかざらずかざらずかざらず、、、所願所願しょがんををを成成じょうぜざれどもぜざれどもぜざれども、、、心心こころとこしなへにとこしなへにとこしなえに安安やすくくく樂樂たのししし」」」ととと申申もうしきしきしき。。。
- 2そもそもそもそもそもそも人人ひとははは、、、所願所願しょがんををを成成じょうぜむがためにぜむがためにぜむがために財財ざいをもをもをもとむとむとむ。。。錢錢ぜにををを財財ざいとすることとすることとすることははは、、、ねがひねがひねがいをををかなふるがかなふるがかなうるが故故ゆえなりなりなり。。。所願所願しょがんあれどもかなへずあれどもかなへずあれどもかなえず、、、錢錢ぜにあれどもあれどもあれども用用もちゐざらむゐざらむいざらむははは、、、全全まったくくく貧者貧者ひんじゃとおなじとおなじとおなじ。。。
- 3何何なにをををかかか樂樂らくとせむとせむとせむ。。。このおきてこのおきてこのおきてはははたゞたゞただ人間人間にんげんののの望望のぞみををを絕絕たちてちてちて、、、貧貧まずををを憂憂うれふべからずときこえたりふべからずときこえたりうべからずときこえたり。。。欲欲ほをををなしてなしてなして樂樂らくとせむよりとせむよりとせむよりははは、、、しかじしかじしかじ財財ざいなからむになからむになからむにははは。。。
- 4ををを病病やむものむものむもの、、、水水みずににに洗洗あらひてひていて樂樂らくとせむよりとせむよりとせむよりははは、、、病病やまいまざらむにまざらむにまざらむにはしかじはしかじはしかじ。。。こゝにいたりてこゝにいたりてここにいたりてははは貧富分貧富分ひんぷわくところなしくところなしくところなし。。。ははは理即理即りそくにににひとしひとしひとし。。。大欲大欲たいよくははは無欲無欲むよくににに似似にたりたりたり。。。
- 5狐狐きつねははは人人ひとにくひつくものなりにくひつくものなりにくいつくものなり。。。にてにてにて、、、舍人舍人とねりががが寢寢ねたるたるたる足足あしををを狐狐きつねにくはるにくはるにくわる。。。仁和寺仁和寺にんなじにてにてにて夜本寺夜本寺よるほんじののの前前まえをををとほるとほるとおる下法師下法師しもほうしににに、、、狐狐きつね三三みつつつ飛飛とびかゝりてくひつきければびかゝりてくひつきければびかかりてくいつきければ、、、刀刀かたなををを拔拔ぬきてこれきてこれきてこれををを拒拒ふせぐぐぐ間間ま、、、狐二疋狐二疋きつねにひきをををつくつくつく。。。
- 6ひとつひとつひとつはははつきつきつき殺殺ころしぬしぬしぬ。。。二二ふたつつつははは遁遁にげぬげぬげぬ。。。法師法師ほうしはははあまたあまたあまた所所ところくくくはははれながられながられながら、、、ことゆゑなかりけりことゆゑなかりけりことゆえなかりけり。。。
- 7命命めいぜられていはくぜられていはくぜられていわく、、、「「「ははは道道みちにとりてにとりてにとりてはやはやはやんごとなきものなりんごとなきものなりんごとなきものなり。。。先日先日せんじつきたりていはくきたりていはくきたりていわく、、、短慮短慮たんりょのいたりのいたりのいたり極極きわめてめてめて荒涼荒涼こうりょうのことなれどものことなれどものことなれども、、、ののの五五ごののの穴穴あなはははいさゝかいぶかしきいさゝかいぶかしきいささかいぶかしき所所ところののの侍侍はべるかとるかとるかと、、、ひそかにこれひそかにこれひそかにこれををを存存ぞんずずず、、、そのゆゑそのゆゑそのゆえははは、、、干干かんののの穴穴あなははは、、、五五ごののの穴穴あなははは下無調下無調しもむじょうなりなりなり、、、そのそのその間間まににに勝絕調勝絕調しょうぜつじょうをををへだてたりへだてたりへだてたり、、、上上うえののの穴雙調穴雙調あなそうじょう、、、次次つぎににに鳧鐘調鳧鐘調ふしょうじょうをををおきておきておきて、、、夕夕ゆうべののの穴黃鐘調穴黃鐘調あなおうしきじょうなりなりなり、、、そのそのその次次つぎににに鸞鏡調鸞鏡調らんけいじょうをををおきておきておきて中中なかののの穴盤涉調穴盤涉調あなばんしきじょう、、、中中なかととと六六ろくとのあはひにとのあはひにとのあわいに神仙調神仙調しんせんじょうありありあり、、、かやうにかやうにかように間々間々ままにみなにみなにみな一律一律いちりつをををぬすめるにぬすめるにぬすめるに、、、五五ごののの穴穴あなのみのみのみ上上うえのあひだにのあひだにのあいだに調子調子ちょうしをもをもをもたずしてたずしてたずして、、、しかもしかもしかも間間まをををくばることくばることくばることひとしきひとしきひとしき故故ゆえににに、、、そのそのその聲不快聲不快こえふかいなりなりなり、、、さればこのさればこのさればこの穴穴あなををを吹吹ふくくく時時ときはははかならずのくかならずのくかならずのく、、、のけあへぬときのけあへぬときのけあえぬときははは物物ものにあはずにあはずにあわず、、、吹吹ふきききうるうるうる人人ひとかたしとかたしとかたしと申申もうしきしきしき。。。料簡料簡りょうけんのいたりまことにのいたりまことにのいたりまことに興興きょうありありあり。。。をををおそるといふことおそるといふことおそるということ、、、このこのこの事事ことなりなりなり」」」ととと侍侍はべりきりきりき。。。
- 8他日他日たじつにににががが申申もうししし侍侍はべりしりしりしははは、、、「「「ははは調調しらべおほせてもちたればべおほせてもちたればべおおせてもちたれば、、、たゞたゞただ吹吹ふくばかりなりくばかりなりくばかりなり。。。笛笛ふえはははふきながらふきながらふきながら、、、息息いきのののうちにてかつしらべもてゆくものなればうちにてかつしらべもてゆくものなればうちにてかつしらべもてゆくものなれば、、、穴穴あなごとにごとにごとに口傳口傳くでんののの上上うえにににををを加加くわへてへてえて心心こころををを入入いるゝことるゝことるること、、、五五ごののの穴穴あなのみにかぎらずのみにかぎらずのみにかぎらず。。。ひとへにのくとばかりもひとへにのくとばかりもひとえにのくとばかりも定定さだむべからずむべからずむべからず。。。あしくあしくあしく吹吹ふけばいづれのけばいづれのけばいずれの穴穴あなもこゝろよからずもこゝろよからずもこころよからず。。。上手上手じょうずはははいづれもいづれもいずれも吹吹ふきあはすきあはすきあわす。。。呂律呂律りょりつのものにかなはざるのものにかなはざるのものにかなわざるははは人人ひとのとがなりのとがなりのとがなり。。。器器うつわののの失失しつにあらずにあらずにあらず」」」ととと申申もうしきしきしき。。。
現代語訳
〔第217段〕ある大金持ちが言うには、「人は万事をさしおいて、ひたすらに富を得るべきである。貧しくては生きているかいがない。富んでいる者だけを人とする。富を得ようと思うなら、何よりもまず、その心構えを修行すべきである。その心というのは、ほかのことではない。人の世はいつまでも変わらないという思いに身を置いて、かりにも無常を観じてはならない。これが第一の心得である。次に、あらゆることの用を満たそうとしてはならない。人がこの世に生きていると、自分のことにも人のことにも、願いは限りない。欲に従って思いを遂げようと思えば、百万の銭があっても、しばらくもとどまらないだろう。願いはやむ時がない。財産は尽きる時がある。限りある財産で、限りない願いに従うことはできない。願いが心にきざしたら、自分を滅ぼす悪念がやって来たと、かたく慎み恐れて、小さな用事も満たしてはならない。次に、銭を召使いのように使うものと思っていては、長く貧苦をまぬかれることはできない。主君のように、神のように恐れ尊んで、思いのままに使ってはならない。次に、恥ずかしい目にあっても、怒り恨んではならない。次に、正直で、約束を固く守るべきである。この道理を守って利益を求める人は、富がやって来ることは、火が乾いたものにつき、水が低い所に流れるようであるにちがいない。銭が積もって尽きない時は、酒宴や音楽・女色にふけらず、住まいを飾らず、願いを満たさなくても、心はいつまでも安らかで楽しい」と申した。
そもそも人は、願いを満たそうとして財産を求める。銭を財とするのは、願いをかなえるからである。願いがあってもかなえず、銭があっても使わないのは、まったく貧しい者と同じである。何を楽しみとするのだろう。この教えは、ただ人間の欲望を断って、貧しさを憂えるなということと聞こえる。欲望を満たして楽しみとするよりは、財産のないのにこしたことはない。悪性のできものを病む者が、水で洗って気持ちよいとするよりは、病まないのにこしたことはない。ここに至っては、貧と富の区別もない。究極の悟りは、迷いの凡夫と等しい。大欲は無欲に似ている。
〔第218段〕狐は人に食いつくものである。堀川殿で、舎人が寝ている足を狐に食われた。仁和寺で、夜、本寺の前を通る下法師に、狐が三匹飛びかかって食いついたので、刀を抜いてこれを防ぐうちに、狐二匹を突いた。一匹は突き殺した。二匹は逃げた。法師はあちこち食われながら、大事にはいたらなかった。
〔第219段〕四条黄門(藤原隆資)が仰せになって言うには、「龍秋はその道にかけては尊い者である。先日やって来て言うには、『浅はかな考えで、きわめて軽率なことですが、横笛の五の穴は、少し不審な所があるのではないかと、ひそかに思っております。そのわけは、干の穴は平調、五の穴は下無調で、その間に勝絶調を隔てています。上の穴は双調、次に鳧鐘調を置いて、夕の穴は黄鐘調です。その次に鸞鏡調を置いて、中の穴は盤渉調、中と六との間に神仙調があります。このように、穴と穴の間に、みな一律ずつを置いているのに、五の穴だけは、上の穴との間に調子を持たないで、しかも間隔を等しくとっているので、その音が不快なのです。だから、この穴を吹くときは、必ず口を離して音を下げます。下げきれないときは、ほかの楽器に合いません。うまく吹きこなす人はめったにいません』と申した。その考えの深さは、まことに興味深い。「先達は後生を恐る」ということは、このことである」とおっしゃいました。後日、景茂が申しましたことには、「笙は調律しておいて持っているので、ただ吹くだけである。笛は吹きながら、息の中で同時に調律していくものなので、どの穴にも口伝のうえに、その人の天分を加えて心をこめることは、五の穴だけに限らない。一概に口を離すとだけ決めるべきではない。下手に吹けば、どの穴も心地よくない。上手はどの穴も吹き合わせる。音律が楽器に合わないのは、人の罪である。楽器の欠点ではない」と申した。
意訳
〔第217段〕富を得るには、無常を思わず、欲を抑え、銭を主君のように敬い、怒らず、正直で約束を守れ――大金持ちの説く蓄財の心得は、仏教の教えを裏返したようなものである。兼好は、願いをかなえずに金を貯めるだけなら貧乏と同じだと指摘し、結局この教えは欲を断つことに帰着すると見抜く。「大欲は無欲に似たり」という結びは鮮やかである。
〔第218段〕狐が人に食いつくという話を、堀川殿と仁和寺の二つの実例で記す。
〔第219段〕笛の名手龍秋は、横笛の五の穴だけ音程の間隔が理屈に合わないので音が濁ると分析し、四条隆資はその考えの深さを「後生畏るべし」とほめた。ところが別の楽人景茂は、笛は吹きながら音を整えるもので、上手ならどの穴も合わせられる、音が合わないのは楽器でなく人の罪だと反論する。理論と実践、二人の専門家の意見を並べて、判断を読者にゆだねている。
語釈・文法注
- 大福長者
- 大金持ち。
- 德
- 富。財産。
- 人間常住のおもひ
- 人の世が永遠に変わらないという思い。
- 所願
- 願い。
- 宴飮聲色
- 酒宴と、音楽や女色。
- 癰疽
- 悪性のはれもの。
- 究竟は理即にひとし
- 天台宗の教えで、修行の最終段階(究竟即)は、最初の段階(理即)と本質的に等しいということ。
- 堀川殿
- 堀川家の邸宅。
- 四條黃門
- 四条隆資(1292〜1352)。黄門は中納言の唐名。
- 龍秋
- 豊原龍秋。笙の家の楽人。
- 橫笛
- 雅楽の竜笛。七つの穴があり、それぞれ干・五・上・夕・中・六・次と呼ぶ。
- 平調
- 雅楽の十二律の一つ。以下、下無調・勝絶調・双調・鳧鐘調・黄鐘調・鸞鏡調・盤渉調・神仙調も十二律の名。
- 先達後生をおそる
- 『論語』の「後生畏るべし」による。先輩が、後進の才能を恐れること。
- 景茂
- 大神景茂。笛の家の楽人。
- 笙
- 雅楽の管楽器。十七本の竹管を立てて並べたもの。
- 性骨
- 生まれつきの才能。
文法
- 德をつくべきなり
- 「つく」は、身につける。富を身につけるべきである。
- 得べからず
- できるはずがない。
- 何をか樂とせむ
- 「か…む」は反語。何を楽しみとするのか。
- しかじ財なからむには
- 倒置。財産のないのに及ぶものはない。
- もちたれば
- 底本は「もちたれば」と書く。持っているので。
解説
第217段は、大金持ちの蓄財の心得を長く引用したうえで、兼好が批評を加える構成になっている。長者の教えは、欲を抑え、無常を観じないようにするという、仏教の教えとは正反対の内容だが、兼好は、使わない富は貧乏と同じであり、この教えは結局欲望を断つことにほかならないと読みかえる。最後の「究竟は理即にひとし。大欲は無欲に似たり」は、仏教と老荘の逆説を用いた、兼好らしい結びである。
第219段は、雅楽の横笛の音律についての専門的な議論である。笙の家の龍秋の理論的な分析と、笛の家の景茂の実践的な反論とを並べ、どちらが正しいとも言わずに終わっている。それぞれの専門家の言葉を尊重して書きとめる兼好の態度がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、847〜849頁(コマ437–438)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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