徒然草 第35章(第209段〜第216段)
よろづの事は頼むべからず
訴訟に負けた者の田を刈る使いの開き直り、喚子鳥の正体、「よろづの事は頼むべからず」と寛大な心を説く第211段、秋の月の美しさ、火鉢の炭の扱い方、想夫恋の名の由来に続き、味噌を肴に酒を酌み交わした北条時頼の質素な夜と、足利義氏の家での簡素なもてなしの話を収める。

- 1人人ひとののの田田たををを論論ろんずるものずるものずるもの、、、、、、「「「そのそのその田田たををを刈刈かりてとれりてとれりてとれ」」」とてとてとて人人ひとをををつかはしけるにつかはしけるにつかわしけるに、、、まづまづまず道道みちすがらのすがらのすがらの田田たをををさへさへさへ刈刈かりもてゆくりもてゆくりもてゆくををを、、、「「「これこれこれははは論論ろんじたまふじたまふじたまう所所ところにあらずにあらずにあらず。。。いかにかくいかにかくいかにかくははは」」」といひければといひければといいければ、、、刈刈かるものどもるものどもるものども、、、「「「其所其所そことてもとてもとても刈刈かるべきことわりなけれどもるべきことわりなけれどもるべきことわりなけれども、、、僻事僻事ひがごとせむとてまかるものなればせむとてまかるものなればせむとてまかるものなれば、、、いづくいづくいずくをををかかか刈刈からざらむらざらむらざらむ」」」とぞいひけるとぞいひけるとぞいいける、、、ことわりいとをかしかりけりことわりいとをかしかりけりことわりいとおかしかりけり。。。
- 2ははは春春はるのものなりとばかりいひてのものなりとばかりいひてのものなりとばかりいいて、、、いかなるいかなるいかなる鳥鳥とりともさだかにしるせるものなしともさだかにしるせるものなしともさだかにしるせるものなし。。。あるあるある眞言書眞言書しんごんしょののの中中なかににに、、、よぶよぶよぶ子鳥子鳥こどりなくときなくときなくときののの法法のりをばをばをば行行おこなふふう次第次第しだいありありあり。。。
- 3これこれこれはははなりなりなり。。。萬葉集萬葉集まんようしゅうののの長歌長歌ちょうかににに、、、「「「霞霞かすみたつながきたつながきたつながき春日春日かすがののの」」」などつゞけたりなどつゞけたりなどつづけたり。。。鵺鳥鵺鳥ぬえどりももも喚子鳥喚子鳥よぶこどりのことざまにかよひてきこゆのことざまにかよひてきこゆのことざまにかよいてきこゆ。。。
- 4萬萬よろずののの事事ことはははたのむべからずたのむべからずたのむべからず。。。愚愚おろかなるなるなる人人ひとはははふかくものふかくものふかくものををを賴賴たのむゆゑにむゆゑにむゆえに、、、怨怨うらみみみ怒怒いかることありることありることあり。。。勢勢いきおいありとてありとてありとて賴賴たのむべからずむべからずむべからず。。。こここはははきものまづきものまづきものまず滅滅ほろぶぶぶ。。。
- 5財多財多たからおおしとてしとてしとて賴賴たのむべからずむべからずむべからず。。。時時ときののの間間まににに失失うしなひやすしひやすしいやすし。。。才才さいありとてありとてありとて賴賴たのむべからずむべからずむべからず、、、孔子孔子こうしももも時時ときににに遇遇あはははずずず。。。德德とくありとてありとてありとて賴賴たのむべからずむべからずむべからず。。。顏回顏回がんかいももも不幸不幸ふこうなりきなりきなりき。。。
- 6君君きみのののをもをもをも賴賴たのむべからずむべからずむべからず。。。誅誅ちゅうをををうくることうくることうくること速速すみやかなりなりなり。。。奴奴やつこしたがへりとてしたがへりとてしたがえりとて賴賴たのむべからずむべからずむべからず。。。そむきそむきそむき走走はしることありることありることあり。。。人人ひとののの志志こころざしをもをもをも賴賴たのむべからずむべからずむべからず。。。
- 7かならずかならずかならず變變へんずずず。。。約約やくをもをもをも賴賴たのむべからずむべからずむべからず。。。信信しんあることすくなしあることすくなしあることすくなし。。。身身みをもをもをも人人ひとをもをもをも賴賴たのまざればまざればまざれば、、、是是ぜなるなるなる時時ときはははよろこびよろこびよろこび、、、非非ひなるときなるときなるときはははうらみずうらみずうらみず。。。
- 8左右廣左右廣そうひろければさはらずければさはらずければさわらず、、、前後遠前後遠ぜんごとおければければければふさがらずふさがらずふさがらず、、、せばきせばきせばき時時ときはははひしげくだくひしげくだくひしげくだく。。。心心こころををを用用もちゐることすこしきにしてゐることすこしきにしていることすこしきにして、、、きびしききびしききびしき時時ときははは物物ものにさかひにさかひにさかい爭爭あらそひやぶるひやぶるいやぶる。。。
- 9ゆるくしてやはらかなるときゆるくしてやはらかなるときゆるくしてやわらかなるときははは、、、一毛一毛いちもうももも損損そんせずせずせず。。。人人ひとははは天地天地てんちののの靈靈れいなりなりなり。。。天地天地てんちはははかぎるところなしかぎるところなしかぎるところなし。。。人人ひとののの性性じょうなんぞことならむなんぞことならむなんぞことならむ。。。寛大寛大かんだいにしてにしてにして窮窮きわまらざるときらざるときらざるときははは、、、喜怒喜怒きどこれにさはらずしてこれにさはらずしてこれにさわらずして、、、物物もののためにわづらはずのためにわづらはずのためにわずらわず。。。
- 10秋秋あきののの月月つきはははかぎりなくめでたきものなりかぎりなくめでたきものなりかぎりなくめでたきものなり。。。いつとてもいつとてもいつとても月月つきはははかくこそあれとてかくこそあれとてかくこそあれとて思思おもひわかざらむひわかざらむいわかざらむ人人ひとはははむげにむげにむげに心心こころうかるべきことなりうかるべきことなりうかるべきことなり。。。
- 11御前御前おまえのののににに火火ひをををおくときおくときおくときははは、、、火箸火箸ひばししてしてしてはははさむことなしさむことなしさむことなし。。。土器土器かわらけよりたゞちによりたゞちによりただちにうつすべしうつすべしうつすべし。。。さればころびおちぬやうにさればころびおちぬやうにさればころびおちぬように心心こころえてえてえて、、、炭炭すみををを積積つむべきなりむべきなりむべきなり。。。
- 12八幡八幡やわたののの御幸御幸ごこうににに、、、供奉供奉ぐぶのののをををきてきてきて、、、手手てにてにてにて炭炭すみをををさゝれければさゝれければさされければ、、、あるあるある有職有職ゆうそくののの人人ひと、、、「「「白白しろきものきものきものををを着着きたるたるたる日日ひははは、、、火箸火箸ひばしををを用用もちゐるくるしからずゐるくるしからずいるくるしからず」」」ととと申申もうされけりされけりされけり。。。
- 13といふといふという樂樂がくははは、、、女男女男おんなおとこををを戀戀こふるゆゑのふるゆゑのふるゆえの名名なにににはははあらずあらずあらず。。。もともともとははは相府蓮相府蓮しょうふれん、、、文字文字もじのかよへるなりのかよへるなりのかよえるなり。。。晉晉しんののの、、、大臣大臣おとどとしてとしてとして家家いえににに蓮蓮はちすををを植植うゑてゑてえて愛愛あいせしときのせしときのせしときの樂樂らくなりなりなり、、、これよりこれよりこれより大臣大臣おとどををを蓮府蓮府れんぷといふといふという。。。
- 14ももも廻鶻廻鶻かいこつなりなりなり。。。廻鶻國廻鶻國かいこつこくとてえびすのことてえびすのことてえびすのこはははききき國國くにありありあり。。。そのそのその夷漢夷漢えびすかんににに伏伏ふしてしてして後後のちにきたりてにきたりてにきたりて、、、おのれがおのれがおのれが國國くにののの樂樂たのしみををを奏奏そうせしなりせしなりせしなり。。。
- 15ののの宣時宣時のぶとき朝臣朝臣あそん、、、老老おいののちののちののち、、、むかしがたりにむかしがたりにむかしがたりに「「「あるよひのあるよひのあるよいの間間まによばるゝことありしにによばるゝことありしにによばるることありしに、、、やがてとやがてとやがてと申申もうしながらしながらしながら、、、のなくてとかくせしのなくてとかくせしのなくてとかくせしほどにほどにほどに、、、またまたまた使使つかいきたりてきたりてきたりて、、、直垂直垂ひたたれなどのさふらはぬにやなどのさふらはぬにやなどのさうらわぬにや、、、夜夜よなればことやうなりともとくとありしかばなればことやうなりともとくとありしかばなればことようなりともとくとありしかば、、、なえたるなえたるなえたるひたゝれひたゝれひたたれうちうちうちうちうちうちのまゝにてまかりたりしにのまゝにてまかりたりしにのままにてまかりたりしに、、、銚子銚子ちょうしにかはらけとりそへてもてにかはらけとりそへてもてにかわらけとりそえてもて出出いでゝでゝでて、、、このこのこの酒酒さけをををひとりたうべむがさうざうしければひとりたうべむがさうざうしければひとりとうべむがそうぞうしければ申申もうしつるなりしつるなりしつるなり、、、肴肴さかなこそなけれこそなけれこそなけれ、、、人人ひとはははしづまりぬらむしづまりぬらむしずまりぬらむ、、、さりぬべきものやあるといづくまでもさりぬべきものやあるといづくまでもさりぬべきものやあるといずくまでも求求もとめたまへとありしかばめたまへとありしかばめたまえとありしかば、、、をもをもをもとめしとめしとめしほどにほどにほどに、、、臺所臺所だいどころののの棚棚たなににに小土器小土器こかわらけににに味噌味噌みそののの少少すこしつきたるしつきたるしつきたるををを見見み出出いでゝでゝでて、、、これぞこれぞこれぞ求求もとめめめ得得えてさふらふとてさふらふとてさうらうと申申もうしゝかばしゝかばししかば、、、事足事足ことたりなむとてりなむとてりなむとて、、、心心こころよくよくよく數獻數獻すこんにおよびてにおよびてにおよびて、、、興興きょうににに入入いられられられはべりきはべりきはべりき。。。そのそのその世世よにににはははかくこそかくこそかくこそ侍侍はべりしかりしかりしか」」」ととと申申もうされきされきされき。。。
- 16最明寺入道最明寺入道さいみょうじのにゅうどう、、、鶴鶴つるががが岡岡おかののの社參社參しゃさんのついでにのついでにのついでに、、、のののもともともとへへへまづまづまず使使つかいををを遣遣つかわしてしてして、、、立立たちいられたりけるにちいられたりけるにちいられたりけるに、、、あるじまうけられたりけるやうあるじまうけられたりけるやうあるじもうけられたりけるよう、、、一獻一獻いっこんにににはははびびび、、、二獻二獻にこんにえびにえびにえび、、、三獻三獻さんこん止止やみぬみぬみぬ。。。
- 17そのそのその座座ざにににははは亭主夫婦亭主夫婦ていしゅふうふ、、、あるじのあるじのあるじの方方かたののの人人ひとにてにてにて座座ざせられけりせられけりせられけり。。。「「「さてさてさて年年としごとにたまはるごとにたまはるごとにたまわる足利足利あしかがののの染物心染物心そめものこころもとなくもとなくもとなく候候そうろうふふう」」」ととと申申もうされければされければされければ、、、「「「用意用意よういしさふらふしさふらふしさうらう」」」とていろいろのそめとていろいろのそめとていろいろのそめ物三十物三十ものさんじゅう、、、前前まえにてにてにて女房女房にょうぼうどもにどもにどもに小袖小袖こそでににに調調ちょうせさせてせさせてせさせて後後のちにつかにつかにつかはははされけりされけりされけり。。。
- 18そのそのその時見時見ときみたるたるたる人人ひとのちかくまでのちかくまでのちかくまで侍侍はべりしがりしがりしが、、、かたりかたりかたり侍侍はべりしなりりしなりりしなり。。。
現代語訳
〔第209段〕人の田を自分のものだと争っていた者が、訴訟に負けて、くやしさのあまり、「その田を刈り取ってこい」と言って人をつかわしたところ、(使いの者たちは)まず道すがらの田まで刈っていくので、「これは争っておられる田ではない。どうしてこんなことをするのか」と言うと、刈る者たちは、「その田だって刈ってよい道理はないけれど、無法をしようとして出かけて行く者なのだから、どこを刈らないことがあろうか」と言った。その理屈は、たいそうおもしろかった。
〔第210段〕喚子鳥は春のものだとだけ言って、どういう鳥ともはっきり書いたものはない。ある真言の書物の中に、喚子鳥が鳴くときに招魂の法を行う次第がある。これは鵺である。『万葉集』の長歌に、「霞立つ長き春日の」などと続けて詠んである。鵺鳥も、喚子鳥の様子に通じて聞こえる。
〔第211段〕すべてのことは頼りにしてはならない。愚かな人は深く物を頼りにするので、恨んだり怒ったりすることがある。権勢があるからといって頼りにしてはならない。強い者がまず滅びる。財産が多いからといって頼りにしてはならない。たちまち失いやすい。才能があるからといって頼りにしてはならない。孔子も時勢に恵まれなかった。徳があるからといって頼りにしてはならない。顔回も不幸であった。主君の寵愛も頼りにしてはならない。誅罰を受けることもすみやかである。召使いが従っているからといって頼りにしてはならない。背いて逃げることがある。人の好意も頼りにしてはならない。必ず変わる。約束も頼りにしてはならない。信義のあることは少ない。わが身も人も頼りにしなければ、よい時は喜び、悪い時も恨まない。左右が広ければ差しさわりがなく、前後が遠ければふさがらない。狭い時は押しつぶされて砕ける。心を用いることが狭くて、厳しい時は、物に逆らい、争って破れる。ゆったりとして柔らかな時は、毛一本も損なわない。人は天地の間の霊妙なものである。天地は限りがない。人の本性も、どうして異なろうか。寛大で窮屈でないときは、喜びも怒りもこれに差しさわらず、物のためにわずらわされることもない。
〔第212段〕秋の月は、この上なくすばらしいものである。「いつだって月はこんなものだ」と言って、区別もしないような人は、ひどく情けないことである。
〔第213段〕御前の火鉢に火を入れるときは、火箸ではさむことはしない。土器からじかに移すのがよい。だから、転がり落ちないように心得て、炭を積むべきである。八幡への御幸のときに、お供の人が浄衣を着て、手で炭をつがれたので、ある有職の人が「白いものを着ている日は、火箸を使っても差しつかえない」と申された。
〔第214段〕想夫恋という楽曲は、女が男を恋うるという名ではない。もとは「相府蓮」で、文字が通じているのである。晋の王倹が大臣として、家に蓮を植えて愛したときの楽である。これから大臣を「蓮府」という。廻忽も、もとは「廻鶻」である。廻鶻国といって、夷の強い国がある。その夷が漢に降伏した後に来て、自分の国の楽を奏したのである。
〔第215段〕平宣時朝臣が、年老いてから昔話に、「最明寺入道(北条時頼)が、ある宵のうちにお呼びになったことがあったが、『すぐに』と申しながら、直垂がなくて、あれこれしているうちに、また使いが来て、『直垂などがないのか。夜だから、どんな格好でもよい。早く』とのことだったので、着古した直垂で、ふだんのままで参上したところ、銚子に素焼きの杯を添えて持って出てきて、『この酒を一人で飲むのがもの足りないので、お呼びしたのだ。肴がないが、家の者はもう寝静まっただろう。何か適当なものはないか、どこまでも探してください』とのことだったので、紙燭をともして隅々まで探したところ、台所の棚に、小さな素焼きの皿に味噌が少しついているのを見つけて、『これを見つけてまいりました』と申しあげたところ、『十分だ』と言って、気持ちよく何杯も酌み交わして、ご機嫌でいらっしゃいました。その時代には、このようでございました」と申された。
〔第216段〕最明寺入道が、鶴岡八幡宮に参詣したついでに、足利左馬入道(義氏)のもとへ、まず使いをやって、お立ち寄りになったときに、主人がもてなされた様子は、一献目に打ち鮑、二献目に海老、三献目にかいもちいで終わった。その座には、主人夫婦と、隆弁僧正が主人方の人として座っておられた。(時頼が)「さて、毎年いただく足利の染物が待ち遠しいのですが」と申されたところ、「用意してございます」と言って、色とりどりの染物三十を、目の前で女房たちに小袖に仕立てさせて、後でお届けになった。その時見ていた人が最近までおりましたが、語ったことでございます。
意訳
〔第209段〕訴訟に負けた男の使いは、関係ない田まで刈り始め、「どうせ無法をしに来たのだから、どこを刈っても同じだ」とうそぶいた。開き直りの理屈のおかしさを、兼好は「をかし」と評する。
〔第210段〕春の鳥とされる喚子鳥の正体を、真言の書や万葉集をもとに鵺だと推定する考証の段である。
〔第211段〕権勢も財産も才能も徳も、主君の寵愛も人の好意も約束も、すべて頼りにならない。頼まなければ恨むこともない。心を広く柔らかく保てば何ものにも損なわれない――頼るものを次々に否定し、寛大な心の境地へと導く、思想的な重みのある段である。
〔第212段〜第214段〕いつも同じ月だと思う人の情けなさ、御前の火鉢に炭をつぐ作法、想夫恋と廻忽の名の由来を記す短い段である。
〔第215段〕〔第216段〕執権北条時頼は、夜に家臣を呼び出して、台所で見つけた味噌を肴に酒を酌み交わした。足利義氏の家での饗応も、鮑・海老・かいもちいだけの簡素なものだった。鎌倉の武家政権の最盛期を支えた人々の質素な暮らしぶりを、昔話として伝える。
語釈・文法注
- うたへ
- 訴え。訴訟。
- 喚子鳥
- 古歌に詠まれた春の鳥。どの鳥を指すか、古来諸説がある。
- 鵺
- 夜に寂しい声で鳴く鳥。トラツグミとされる。
- 招魂の法
- 死者の魂を招き寄せる密教の修法。
- 寵
- 主君の特別な愛顧。
- 火爐
- 火鉢。
- 淨衣
- 神事などに着る白い衣服。
- 想夫戀
- 雅楽の曲名。
- 王儉
- 南朝斉の宰相(452〜489)。
- 廻忽
- 雅楽の曲名。
- 平の宣時朝臣
- 北条(大仏)宣時(1238〜1323)。
- 最明寺入道
- 北条時頼。出家して最明寺に住んだ。
- 直垂
- 武士の礼服。
- しそく
- 紙燭。こよりや細い木に油をしみこませた、手に持つ灯火。
- 足利左馬入道
- 足利義氏(1189〜1254)。足利氏の当主。
- うちあはび
- 打ち鮑。鮑の肉を薄く切って干したもの。
- かいもちひ
- 掻い餅。ぼたもちとも、そばがきともいう。
- 隆辨僧正
- 隆弁(1208〜1283)。鶴岡八幡宮の別当。
文法
- いづくをか刈らざらむ
- 「か…む」は反語。どこを刈らないことがあろうか。
- 人の性なんぞことならむ
- 「なんぞ…む」は反語。どうして異なろうか。
- ことやうなりとも
- 変わった様子であっても。どんな格好でも。
- 調せさせて
- 「調ず」は、仕立てる。
解説
第211段は、『徒然草』の思想を代表する段の一つである。権勢・財産・才能・徳・主君の寵愛・召使い・人の志・約束と、人が頼りにするものを次々に挙げて否定し、何ものにも頼らない境地を説く。後半の「左右広ければさはらず、前後遠ければふさがらず」以下は、老荘思想の影響が強く、心を広く柔軟に保つことの大切さを説いている。
第215段の北条時頼の逸話は、『徒然草』の中でもとりわけ有名な話である。最高権力者でありながら、夜中に家臣を呼んで、台所の味噌をなめながら酒を飲むという質素さと、気さくな人柄がよく伝わる。第184段の時頼の母・松下禅尼の話と合わせて、鎌倉武士の倹約の美風を伝える逸話として、長く語り継がれてきた。
第216段も時頼の話で、足利義氏の家での饗応が質素であったことを伝える。「その時見たる人のちかくまで侍りしが、かたり侍りしなり」と、伝聞の経路まで記しているのは、兼好の記録者としての誠実さを示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、844〜847頁(コマ436–437)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日