古典ライブラリー

徒然草 第34章(第195段〜第208段)

有職故実の聞き書き

田の水で地蔵を洗う久我内大臣、神社での先払いの故実、定額や揚名の官、呂と律の国、呉竹と河竹、退凡と下乗、神無月の由来、靱をかける作法、拷器、起請文の起こり、牛が座敷に上がっても凶事とせずに退けた徳大寺実基、蛇の塚を掘り捨てさせた同じ大臣、経文の紐の結び方と、故実や見聞を次々に書きとめた段を収める。

官庁の座に寝そべった牛を、驚いて見つめる人々
第206段、放れた牛が庁舎の座に上がり、反芻していた情景。実基は怪異として騒がず、牛を持ち主へ返させたと語られる。
  1. 1あるあるあるををを通とほ通とほとおりけるにりけるにりけるに、、、小袖こそで小袖こそでこそでにににきたるきたるきたる人ひと人ひとひと、、、木造きづくり木造きづくりきづくりののの地藏ぢざう地藏ぢざうじぞうををを田た田たたののの中なか中なかなかののの水みづ水みづみずにににおしおしおしひたしてねんごろにあらひけりひたしてねんごろにあらひけりひたしてねんごろにあらいけり。。。心こころ心こころこころえがたくえがたくえがたく見み見みみるるるほどにほどにほどに、、、狩衣かりぎぬ狩衣かりぎぬかりぎぬののの男二三人をとこふたりみたり男二三人をとこふたりみたりおとこふたりみたりいできていできていできて、、、「「「こゝにおはしけりこゝにおはしけりここにおわしけり」」」とてこのとてこのとてこの人ひと人ひとひとををを具ぐ具ぐぐしていにけりしていにけりしていにけり。。。
  2. 2にてぞおはしけるにてぞおはしけるにてぞおわしける。。。よのつねにおはしましけるよのつねにおはしましけるよのつねにおわしましける時とき時ときときははは、、、神妙しんべう神妙しんべうしんみょうにやんごとなきにやんごとなきにやんごとなき人ひと人ひとひとにておはしけりにておはしけりにておわしけり。。。
  3. 3東大寺とうだいじ東大寺とうだいじとうだいじのののののの若宮わかみや若宮わかみやわかみやよりよりより歸座きざ歸座きざきざののの時とき時ときとき、、、源氏げんじ源氏げんじげんじののの公卿くぎやう公卿くぎやうくぎょうまゐられけるにまゐられけるにまいられけるに、、、このこのこの殿大將とのだいしやう殿大將とのだいしやうとのだいしょうにてさきにてさきにてさきをををおはれけるおはれけるおわれけるををを、、、ののの相國しやうこく相國しやうこくしょうこく、、、「「「社頭しやとう社頭しやとうしゃとうにてにてにていかゞいかゞいかが侍はべ侍はべはべるべからむるべからむるべからむ」」」ととと申まう申まうもうされければされければされければ、、、「「「隨身ずゐじん隨身ずゐじんずいじんのののふるまひふるまひふるまいははは、、、兵仗ひやうぢやう兵仗ひやうぢやうひょうじょうののの家いへ家いへいえががが知し知ししることにることにることに候さふら候さふらそうろうふふう」」」とばかりとばかりとばかり答こた答こたこたへへえ給たま給たまたまひけりひけりいけり。。。
  4. 4さてさてさて後のち後のちのちににに仰おほ仰おほおおせられけるせられけるせられけるははは、、、「「「このこのこのををを見み見みみててて、、、ののの說せつ說せつせつをををこそこそこそ知し知ししられざりけれられざりけれられざりけれ。。。眷屬けんぞく眷屬けんぞくけんぞくののの惡鬼惡神あくきあくじん惡鬼惡神あくきあくじんあくきあくじんををを恐おそ恐おそおそるゝゆゑにるゝゆゑにるるゆえに、、、神社じんじや神社じんじやじんじゃにてにてにてははは、、、殊こと殊ことことににに先さき先さきさきをををおふべきことわりありおふべきことわりありおうべきことわりあり」」」とぞとぞとぞ仰おほ仰おほおおせられけるせられけるせられける。。。
  5. 5諸寺しよじ諸寺しよじしょじののの僧そう僧そうそうのみにもあらずのみにもあらずのみにもあらず、、、のののといふことといふことということ延喜式えんぎしき延喜式えんぎしきえんぎしきににに見み見みみえたりえたりえたり。。。すべてすべてすべて數かず數かずかずさだまりたるさだまりたるさだまりたる公人くにん公人くにんくにんののの通號つうがう通號つうがうつうごうにこそにこそにこそ。。。
  6. 6にかぎらずにかぎらずにかぎらず、、、揚名目やうめいのさくわん揚名目やうめいのさくわんようめいのさかんといふものもありといふものもありというものもあり。。。政事要略せいじえうりやく政事要略せいじえうりやくせいじようりゃくにありにありにあり。。。
  7. 7橫川よかは橫川よかはよかわののの行宣法印ぎやうせんほふいん行宣法印ぎやうせんほふいんぎょうせんほういんががが申まう申まうもうしししはべりしはべりしはべりしははは、、、「「「唐土もろこし唐土もろこしもろこしはははののの國くに國くにくになりなりなり、、、律りつ律りつりつののの音おと音おとおとなしなしなし。。。和國わこく和國わこくわこくははは單律たんりつ單律たんりつたんりつののの國くに國くにくににてにてにて、、、呂りよ呂りよりょののの音おと音おとおとなしなしなし」」」ととと申まう申まうもうしきしきしき。。。
  8. 8ははは葉は葉ははほそくほそくほそく、、、ははは竹たけ竹たけたけははは葉は葉ははひろしひろしひろし。。。御溝みかは御溝みかはみかわにちかきにちかきにちかきはははかかかははは竹たけ竹たけたけ、、、仁壽殿じじゆうでん仁壽殿じじゆうでんじじゅうでんののの方かた方かたかたによりてによりてによりて植う植ううゑられたるゑられたるえられたるははは吳竹くれたけ吳竹くれたけくれたけなりなりなり。。。
  9. 9下乘げじよう下乘げじようげじょうののの卒都婆そとば卒都婆そとばそとば、、、外ほか外ほかほかなるなるなるははは下乘げじよう下乘げじようげじょう、、、內うち內うちうちなるなるなるははは退凡たいぼん退凡たいぼんたいぼんなりなりなり。。。
  10. 10十月かんなづき十月かんなづきかんなづきををを月つき月つきつきといひてといひてといいて、、、神事じんじ神事じんじじんじにににはゞかるべきよしはゞかるべきよしはばかるべきよしはははしるしたるものなししるしたるものなししるしたるものなし。。。本文ほんもん本文ほんもんほんもんももも見み見みみえずえずえず。。。たゞしたゞしただし當月諸社たうげつしよしや當月諸社たうげつしよしやとうげつしょしゃののの祭まつり祭まつりまつりなきゆゑになきゆゑになきゆえに、、、このこのこの名な名ななあるかあるかあるか。。。
  11. 11このこのこの月萬つきよろづ月萬つきよろづつきよろずののの神かみ神かみかみたちたちたち、、、太神宮だいじんぐう太神宮だいじんぐうだいじんぐうへへへ集あつま集あつまあつまりりり給たま給たまたまふなどいふふなどいふうなどいう說せつ說せつせつあれどもあれどもあれども、、、そのそのその本說ほんせつ本說ほんせつほんせつなしなしなし。。。さることならばさることならばさることならば、、、伊勢いせ伊勢いせいせにににははは殊こと殊ことことににに祭月さいげつ祭月さいげつさいげつとすべきにとすべきにとすべきに、、、そのそのその例れい例れいれいもなしもなしもなし。。。
  12. 12十月諸社じふぐわつしよしや十月諸社じふぐわつしよしやじゅうがつしょしゃののの行幸ぎやうかう行幸ぎやうかうぎょうこう、、、そのそのその例れい例れいれいおほしおほしおおし。。。たゞしおほくたゞしおほくただしおおくははは不吉ふきつ不吉ふきつふきつののの例れい例れいれいなりなりなり。。。
  13. 13勅勘ちよくかん勅勘ちよくかんちょっかんののの所ところ所ところところにににかくるかくるかくる作法さほふ作法さほふさほう、、、今いま今いまいまははは絕た絕たたえてえてえて知し知ししれるれるれる人ひと人ひとひとなしなしなし。。。主上しゆしやう主上しゆしやうしゅしょうののの御惱ごなう御惱ごなうごのう、、、大おほ大おほおおかたかたかた世よ世よよののの中なか中なかなかのさわがしきのさわがしきのさわがしき時とき時ときときははは、、、五條ごでう五條ごでうごじょうののの天神てんじん天神てんじんてんじんににに靱ゆき靱ゆきゆきをををかけらるかけらるかけらる。。。鞍馬くらま鞍馬くらまくらまにゆきのにゆきのにゆきの明神みやうじん明神みやうじんみょうじんといふもといふもというも、、、靱ゆき靱ゆきゆきかけられたるかけられたるかけられたる神かみ神かみかみなりなりなり。。。
  14. 14ののの負お負おおひたるひたるいたる靱ゆき靱ゆきゆきををを、、、そのそのその家いへ家いへいえにかけられぬればにかけられぬればにかけられぬれば、、、人ひと人ひとひといでいでいで入い入いいらずらずらず。。。このこのこの事絕ことた事絕ことたことたえてえてえて後のち後のちのち、、、今いま今いまいまののの世よ世よよにににははは封ふう封ふうふうをををつくることになりにけりつくることになりにけりつくることになりにけり。。。
  15. 15犯人はんにん犯人はんにんはんにんををを打う打ううつつつ時とき時ときときははは、、、拷器がうき拷器がうきごうきによせてゆひつくるなりによせてゆひつくるなりによせてゆいつくるなり。。。拷器がうき拷器がうきごうきのやうものやうものようも、、、よするよするよする作法さほふ作法さほふさほうももも今いま今いまいまはははわきまへわきまへわきまえ知し知ししれるれるれる人ひと人ひとひとなしとぞなしとぞなしとぞ。。。
  16. 16比叡山ひえのやま比叡山ひえのやまひえのやまににに大師勸請だいしくわんじやう大師勸請だいしくわんじやうだいしかんじょうのののといふことといふことということははは、、、書か書かかきききはじめはじめはじめ給たま給たまたまひけるなりひけるなりいけるなり。。。起證文きしやうもん起證文きしやうもんきしょうもんといふことといふことということ、、、法曹ほふさう法曹ほふさうほうそうにににはははそのそのその沙汰さた沙汰さたさたなしなしなし。。。いにしへのいにしへのいにしえの聖代せいだい聖代せいだいせいだい、、、すべてすべてすべて起證文きしやうもん起證文きしやうもんきしょうもんにつきてにつきてにつきて行おこな行おこなおこなはるゝはるゝわるる政まつりごと政まつりごとまつりごとはははなきなきなきををを、、、近代きんだい近代きんだいきんだいこのことこのことこのこと流布るふ流布るふるうしたるなりしたるなりしたるなり。。。
  17. 17またまたまた法令ほふりやう法令ほふりやうほうりょうにににははは、、、水火すいくわ水火すいくわすいかにけがれにけがれにけがれをををたてずたてずたてず、、、入物いれもの入物いれものいれものにににはははけがれあるべしけがれあるべしけがれあるべし。。。
  18. 18、、、檢非違使けびゐし檢非違使けびゐしけびいしののの別當べつたう別當べつたうべっとうののの時とき時ときとき、、、中門ちゆうもん中門ちゆうもんちゅうもんにてにてにて使廳しちやう使廳しちやうしちょうののの評定ひやうぢやう評定ひやうぢやうひょうじょうおこなはれけるおこなはれけるおこなわれけるほどにほどにほどに、、、官人くわんにん官人くわんにんかんにん章兼あきかね章兼あきかねあきかねががが牛うし牛うしうしはははなれてなれてなれて、、、大理だいり大理だいりだいりののの座ざ座ざざのののまゆかのまゆかのまゆかの上うへ上うへうえにのぼりてにのぼりてにのぼりて、、、うちうちうち嚙か嚙かかみてみてみて臥ふ臥ふふしたりけりしたりけりしたりけり。。。
  19. 19重おも重おもおもききき怪異けい怪異けいけいなりとてなりとてなりとて、、、牛うし牛うしうしををを陰陽師おんやうじ陰陽師おんやうじおんようじのののもともともとへへへつかはすべきよしつかはすべきよしつかわすべきよし、、、おのおのまうしけるおのおのまうしけるおのおのもうしけるををを、、、父ちゝ父ちゝちちののの相國しやうこく相國しやうこくしょうこくきゝたまひてきゝたまひてききたまいて、、、「「「牛うし牛うしうしににに分別ふんべつ分別ふんべつふんべつなしなしなし。。。足あし足あしあしあればいづくあればいづくあればいずくへへへかかかのぼらざらむのぼらざらむのぼらざらむ。。。尫弱わうじやく尫弱わうじやくおうじゃくののの官人くわんにん官人くわんにんかんにん、、、たまたまたまたまたまたま出仕しゆつし出仕しゆつししゅっしののの微牛びぎう微牛びぎうびぎゅうをををとらるべきとらるべきとらるべきやうなしやうなしようなし」」」とてとてとて牛うし牛うしうしをばをばをばぬしにかへしてぬしにかへしてぬしにかえして、、、臥ふ臥ふふしたりけるしたりけるしたりける疊たゝみ疊たゝみたたみをばをばをばかへられにけりかへられにけりかえられにけり。。。
  20. 20あへてあへてあえて凶事きようじ凶事きようじきょうじなかりけるとなむなかりけるとなむなかりけるとなむ。。。「「「怪け怪けけををを見み見みみてあやしまざるてあやしまざるてあやしまざる時とき時ときときははは、、、あやしみかへりてやぶるあやしみかへりてやぶるあやしみかえりてやぶる」」」といへりといへりといえり。。。
  21. 21龜山殿かめやまどの龜山殿かめやまどのかめやまどのたてられむとてたてられむとてたてられむとて、、、地ぢ地ぢじをををひかれけるにひかれけるにひかれけるに、、、大おほき大おほきおおきなるなるなる蛇數くちなはかず蛇數くちなはかずくちなわかずもしらずこりあつまりたるもしらずこりあつまりたるもしらずこりあつまりたる塚つか塚つかつかありけりありけりありけり。。。此所ここ此所ここここののの神かみ神かみかみなりといひてなりといひてなりといいて、、、事こと事ことことのよしのよしのよしををを申まう申まうもうしければしければしければ「「「いかゞあるべきいかゞあるべきいかがあるべき」」」ととと勅問ちよくもん勅問ちよくもんちょくもんありけるにありけるにありけるに、、、「「「ふるくよりこのふるくよりこのふるくよりこの地ぢ地ぢじををを占し占ししめたるものならばめたるものならばめたるものならば、、、さうなくさうなくそうなく堀ほ堀ほほりりり捨す捨すすてられがたしてられがたしてられがたし」」」とみなとみなとみな人申ひとまう人申ひとまうひともうされけるにされけるにされけるに、、、このこのこの大臣一人おとゞひとり大臣一人おとゞひとりおとどひとり、、、「「「王土わうど王土わうどおうどににに居を居をおらむらむらむ蟲むし蟲むしむし、、、皇居くわうきよ皇居くわうきよこうきょををを建た建たたてられむにてられむにてられむに何なに何なになにのたゝりのたゝりのたたりをををかなすべきかなすべきかなすべき。。。鬼神きじん鬼神きじんきじんはははよこしまなしよこしまなしよこしまなし。。。咎とが咎とがとがむべからずむべからずむべからず。。。たゞたゞただ皆みな皆みなみなほりすつべしほりすつべしほりすつべし」」」ととと申まう申まうもうされたりければされたりければされたりければ、、、塚つか塚つかつかをををくづしてくづしてくずして蛇くちなは蛇くちなはくちなわをばをばをば大井川おほゐがは大井川おほゐがはおおいがわににに流なが流ながながしてけりしてけりしてけり。。。更さら更さらさらにたゝりなかりけりにたゝりなかりけりにたたりなかりけり。。。
  22. 22經文きやうもん經文きやうもんきょうもんなどのなどのなどの紐ひも紐ひもひもをををゆふにゆふにゆうに、、、上下かみしも上下かみしもかみしもよりたすきにちがへてよりたすきにちがへてよりたすきにちがえて、、、二ふた二ふたふたすぢのすぢのすじの中なか中なかなかよりよりより、、、わなのかしらわなのかしらわなのかしらををを橫よこ橫よこよこざまにざまにざまにひきひきひき出いだ出いだいだすことすことすことはははつねのことなりつねのことなりつねのことなり。。。さやうにしたるさやうにしたるさようにしたるをばをばをば、、、華嚴院けごんゐん華嚴院けごんゐんけごんいんのののきてなほさせけりきてなほさせけりきてなおさせけり。。。
  23. 23「「「これこれこれはははこのこのこの頃ころ頃ころころやうのことなりやうのことなりようのことなり。。。いとにくしいとにくしいとにくし。。。うるはしくうるはしくうるわしくははは、、、たゞくるくるとたゞくるくるとただくるくると卷ま卷ままきてきてきて、、、上うへ上うへうえよりよりより下しも下しもしもへへへわなのさきわなのさきわなのさきをををさしさしさしはははさむべしさむべしさむべし」」」ととと申まう申まうもうされけりされけりされけり。。。
  24. 24ふるきふるきふるき人ひと人ひとひとにてかやうのことにてかやうのことにてかようのこと知し知ししれるれるれる人ひと人ひとひとになむになむになむ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第195段〕ある人が久我縄手を通ったところ、小袖に大口袴を着た人が、木造の地蔵を田の中の水に浸して、ていねいに洗っていた。わけがわからないと思って見ていると、狩衣の男が二、三人出てきて、「ここにいらっしゃった」と言って、この人を連れて去っていった。久我内大臣殿でいらっしゃったのである。ふだん正気でいらっしゃったときは、殊勝で立派な方でいらっしゃった。

〔第196段〕東大寺の神輿が、東寺の若宮から帰座するとき、源氏の公卿たちが参られたが、この殿(久我内大臣)が大将として先払いをさせておられたのを、土御門の相国が「神社の前で警蹕(先払いの声)はいかがなものでしょうか」と申されたので、「随身のふるまいは、武官の家の者が知っていることです」とだけお答えになった。そして後におっしゃったことには、「この相国は『北山抄』を見て、西宮の説を知られなかったのだ。眷属の悪鬼悪神を恐れるので、神社では特に先払いをするべき理由があるのだ」とおっしゃった。

〔第197段〕諸寺の僧だけでなく、定額の女嬬ということが『延喜式』に見える。すべて、数の定まっている公の役人の通称なのである。

〔第198段〕揚名介に限らず、揚名目というものもある。『政事要略』にある。

〔第199段〕横川の行宣法印が申しましたことには、「唐土は呂の国で、律の音がない。日本は単律の国で、呂の音がない」と申した。

〔第200段〕呉竹は葉が細く、河竹は葉が広い。御溝水に近いのは河竹、仁寿殿の方に寄って植えられているのは呉竹である。

〔第201段〕退凡・下乗の卒塔婆は、外にあるのが下乗、内にあるのが退凡である。

〔第202段〕十月を神無月と言って、神事をはばかるべきだということは、書きしるしたものがない。典拠も見えない。ただし、この月は諸社の祭がないので、この名があるのだろうか。この月、すべての神々が大神宮へお集まりになるなどという説もあるが、その典拠はない。そういうことならば、伊勢ではとりわけ祭の月とするはずなのに、その例もない。十月に諸社へ行幸された例は多い。ただし、多くは不吉の例である。

〔第203段〕勅勘を受けた所に靱をかける作法は、今は絶えて知っている人もない。天皇のご病気や、だいたい世の中の騒がしいときは、五条の天神に靱をかけられる。鞍馬の靱の明神というのも、靱をかけられた神である。看督長の背負った靱をその家にかけられてしまうと、人は出入りしない。このことが絶えて後、今の世では封をつけることになった。

〔第204段〕罪人を笞で打つときは、拷器に寄せて縛りつけるのである。拷器の形も、寄せる作法も、今はわきまえ知っている人はないということだ。

〔第205段〕比叡山に大師勧請の起請文というものは、慈恵僧正が書き始められたのである。起請文ということは、法律家の間では取り上げられない。昔の聖代には、すべて起請文によって行われる政治はなかったのに、近代このことが広まったのである。また、法令では、水や火にけがれを認めず、器物にはけがれがあるとする。

〔第206段〕徳大寺右大臣殿(公孝)が検非違使の別当であったとき、中門で検非違使庁の評定が行われていたときに、官人章兼の牛が放れて、庁舎の中に入り、大理(別当)の座の浜床の上に上って、反芻しながら寝そべっていた。重大な怪異だというので、牛を陰陽師のもとへ送るべきだと、みなが申したのを、父の相国(実基)がお聞きになって、「牛に分別はない。足があるのだから、どこへでも上らないことがあろうか。貧弱な官人が、たまたま出仕に使うやせ牛を、取り上げてよいはずがない」と言って、牛を持ち主に返して、寝そべっていた畳を替えさせられた。まったく凶事はなかったということだ。「怪しいことを見ても怪しまないときは、怪しいことはかえって壊れる」と言われている。

〔第207段〕亀山殿を建てようとして地ならしをされたところ、大きな蛇が数も知れないほど固まり集まっている塚があった。この土地の神だと言って、事情を申しあげたところ、(院が)「どうしたらよいか」とお尋ねになったので、「昔からこの土地を占めているものならば、むやみに掘り捨てることはできません」とみなが申されたのに、この大臣(実基)ひとりが、「王の土地に住む虫が、皇居をお建てになるのに、何のたたりをなすことがあろうか。鬼神は道にはずれたことはしない。とがめることはないだろう。ただ全部掘り捨てるべきだ」と申されたので、塚を崩して、蛇は大井川に流してしまった。まったくたたりはなかった。

〔第208段〕経文などの紐を結ぶのに、上下からたすきにかけ違えて、二筋の間から、輪の頭を横向きに引き出すことは、普通のことである。そのようにしてあるのを、華厳院の弘舜僧正がほどいて直させた。「これはこのごろはやりのやり方だ。たいそう見苦しい。正式には、ただくるくると巻いて、上から下へ輪の先をさしはさむのがよい」と申された。古い人で、このようなことを知っている人でございました。

意訳

〔第195段〕〔第196段〕田の水で地蔵を洗っていた貴人は、正気を失った久我内大臣だった。正気のころには、神社でも先払いをすべき故実を心得ていた立派な人だった。人の心の病と、かつての見識とを対比する、哀切な二段である。

〔第197段〜第205段〕定額の女嬬、揚名の官、呂と律、呉竹と河竹、退凡と下乗、神無月の名の由来、靱をかける作法、拷器、起請文の起こり――官職、音楽、宮中の植物、寺の標識、暦、刑罰と、故実の聞き書きが次々に並ぶ。

〔第206段〕〔第207段〕役所に上がりこんだ牛を、怪異として陰陽師に送ろうとする人々に、別当公孝の父実基は「牛に分別はない」と言って持ち主に返した。その実基は、亀山殿の造営地にいた蛇の塚を、「王の土地の虫がたたるはずがない」と掘り捨てさせた。迷信に動じない父子の合理的な態度を、兼好は「怪を見て怪しまざれば怪かえって破る」の言葉とともに伝えている。

〔第208段〕経文の紐の結び方の正しい作法を、古実を知る弘舜僧正の言葉として記す。

語釈・文法注

久我畷
京都の南、久我へ通じるあぜ道。
大口
大口袴。裾の口が大きい袴。
久我內大臣殿
源通基(1240〜1308)。晩年、心の病があったという。
神輿
みこし。
土御門の相國
源定実(1241〜1306)。
警蹕
貴人の通行の際、先払いの者が「おお」「しし」などと声をかけて人を退かせること。
北山抄
藤原公任が著した有職故実の書。
西宮
源高明の著した有職故実の書『西宮記』。
定額
人数の定まっていること。
女嬬
宮中で雑事をつとめた下級の女官。
揚名介
名前だけで、職務も俸禄もない国司の次官。
呂
雅楽の音階の一つ。律と対になる。
吳竹
淡竹の一種。清涼殿の東庭に植えられた。
かは竹
河竹。真竹の一種。
退凡下乘の卒都婆
寺の入口に立てる標識。「下乗」は乗り物から降りよ、「退凡」は凡人は立ち入るな、の意。
かみな月
神無月。陰暦十月。
靱
矢を入れて背負う武具。
看督長
検非違使の下役。犯人の捕縛などをした。
しもと
笞。罪人を打つ細い木の杖。
起證文
起請文。神仏に誓いを立てて書く文書。
慈惠僧正
良源(912〜985)。天台座主。比叡山中興の祖。
德大寺右大臣殿
徳大寺公孝(1253〜1305)。のちに太政大臣。
はまゆか
浜床。帳台の下に置く、方形の台。
にれうち嚙みて
反芻して。
弘舜僧正
華厳院の僧。

文法

おはしましける時は
正気でいらっしゃった時は、の意。
いかゞ侍るべからむ
いかがでございましょうか。
いづくへかのぼらざらむ
「か…む」は反語。どこへ上らないことがあろうか。
何のたゝりをかなすべき
「か…べき」は反語。何のたたりをなすことがあろうか。
父の相國
公孝の父、徳大寺実基(1201〜1273)。太政大臣。第207段の「この大臣」も実基とされる。

解説

第195段から第208段までは、故実や宮中の言い伝えを集めた短い段が連続する部分である。兼好は有職故実に深い関心を持ち、古老の言葉や書物の記事を丹念に書きとめていた。これらの段は、鎌倉時代の宮廷文化を知る資料としても貴重である。

第195段と第196段は、同じ久我内大臣を扱っている。第195段の、心の病に陥った晩年の姿と、第196段の、故実に通じた見識ある姿との対比は、人の世のはかなさを静かに伝えている。

第206段と第207段の徳大寺家の大臣たちは、怪異や祟りを恐れず、合理的に判断した人物として描かれている。「怪を見てあやしまざる時は、あやしみかへりてやぶる」は、中国の古典に由来する言葉で、第91段の迷信批判と通じる兼好の考え方を示している。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、841〜844頁(コマ434–436)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日