徒然草 第32章(第187段〜第188段)
一事を励むべし
専門家が素人の名人にまさるのは慎重さゆえだという第187段と、説経師になるために馬と早歌を習ううちに年老いた法師の話から、一生のうちで第一の事を定めて、ほかを捨てて一事に励めと説く第188段。雨の中を「ますほの薄」を習いに走り出た登蓮法師の逸話で結ぶ。

- 1よろづのよろづのよろずの道道みちののの人人ひと、、、たとひたとひたといなりといへどもなりといへどもなりといえども、、、堪能堪能かんのうのののののの人人ひとにならぶにならぶにならぶ時時とき、、、必必かならまさることまさることまさることははは、、、たゆみなくつゝしみてたゆみなくつゝしみてたゆみなくつつしみて、、、輕々輕々かるがるしくせぬとしくせぬとしくせぬと、、、偏偏ひとえににに自由自由じゆうなるとのなるとのなるとのひとしからぬなりひとしからぬなりひとしからぬなり。。。
- 2藝能所作藝能所作げいのうしょさのみにあらずのみにあらずのみにあらず、、、大大おおかたのかたのかたのふるまひふるまひふるまい心心こころづづづかひもかひもかいも、、、おろかにしてつゝしめるおろかにしてつゝしめるおろかにしてつつしめるははは得得えののの本本もとなりなりなり。。。たくみにしてたくみにしてたくみにしてほしきまゝなるほしきまゝなるほしきままなるははは失失しつののの本本もとなりなりなり。。。
- 3あるものあるものあるもの子子こををを法師法師ほうしになしてになしてになして、、、「「「學問學問がくもんしてしてしてののの理理ことわりをもをもをもしりしりしり、、、などしてなどしてなどして、、、世世よわたるたづきともせよわたるたづきともせよわたるたずきともせよ」」」といひければといひければといいければ、、、敎敎おしえのまゝにのまゝにのままに說經師說經師せっきょうしにならむためににならむためににならむために、、、まづまづまず馬馬うまににに乘乘のりならひけりりならひけりりならいけり。。。
- 4輿車輿車こしくるまもたぬもたぬもたぬ身身みののの、、、導師導師どうしににに請請うぜられむぜられむぜられむ時時とき、、、馬馬うまなどむかへにおこせたらむになどむかへにおこせたらむになどむかえにおこせたらむに、、、もゝじりにてもゝじりにてももじりにて落落おちなむちなむちなむははは心憂心憂うかるべしとかるべしとかるべしと思思おもひけりひけりいけり。。。次次つぎににに佛佛ほとけ事事ことののの後後のち、、、酒酒さけなどすゝむることあらむになどすゝむることあらむになどすすむることあらむに、、、法師法師ほうしのむげにのむげにのむげに能能よしなきなきなきはははすさまじくすさまじくすさまじく思思おもふべしとてふべしとてうべしとて、、、といふことといふことということををを習習ならひけりひけりいけり。。。
- 5二二ふたつのわざやうやうつのわざやうやうつのわざようよう境境さかいににに入入いりければりければりければ、、、いよいよよくしたくおぼえていよいよよくしたくおぼえていよいよよくしたくおぼえて嗜嗜たしなみけるみけるみける程程ほどににに、、、說經說經せっきょうならふべきならふべきならうべきひまなくてひまなくてひまなくて年年としよりにけりよりにけりよりにけり。。。このこのこの法師法師ほうしのみにもあらずのみにもあらずのみにもあらず、、、世間世間せけんののの人人ひとなべてこのことありなべてこのことありなべてこのことあり。。。
- 6若若わかきききほどほどほどははは諸事諸事しょじにつけてにつけてにつけて身身みをををたてたてたて、、、大大おおきなるなるなる道道みちをもをもをも成成なししし、、、能能のうをもをもをもつきつきつき、、、學問學問がくもんをもをもをもせむとせむとせむと、、、行行ゆくくく末久末久すえひさしくあらますしくあらますしくあらます事事ことどもどもども、、、心心こころにににはははかけながらかけながらかけながら、、、世世よをををのどかにのどかにのどかに思思おもひてひていてうちうちうち怠怠おこたりつゝりつゝりつつ、、、まづさしあたりたるまづさしあたりたるまずさしあたりたる目目めののの前前まえののの事事ことのみにまぎれてのみにまぎれてのみにまぎれて、、、月日月日つきいをををおくればおくればおくれば、、、ことごとなすことなくしてことごとなすことなくしてことごとなすことなくして身身みははは老老おいぬいぬいぬ。。。
- 7終終ついにものゝにものゝにものの上手上手じょうずにもならずにもならずにもならず、、、思思おもひしやうにひしやうにいしょうに身身みをもをもをももたずもたずもたず、、、とりとりとり返返かえさるゝさるゝさるる齡齡よわいならねばならねばならねば、、、走走はしりてりてりて坂坂さかをををくだるくだるくだる輪輪わののの如如ごとくにくにくに衰衰おとろへへへゆくゆくゆく。。。さればさればされば一生一生いっしょうのののうちにむねとあらまほしからむことのうちにむねとあらまほしからむことのうちにむねとあらまほしからむことの中中なかににに、、、いづれかまさるとよくいづれかまさるとよくいずれかまさるとよく思思おもひくらべてひくらべていくらべて、、、第一第一だいいちのことのことのことををを案案あんじじじ定定さだめてめてめて、、、そのそのその外外ほかははは思思おもひすてゝひすてゝいすてて、、、一事一事いちじををを勵勵はげむべしむべしむべし。。。
- 8一日一日いちにちののの中一時中一時うちいちじののの中中なかにもにもにも、、、あまたのことのきたらむあまたのことのきたらむあまたのことのきたらむ中中なかににに、、、すこしもすこしもすこしも益益やくのまさらむことのまさらむことのまさらむことををを營營いとなみてみてみて、、、そのそのその外外ほかをばをばをばうちすてゝうちすてゝうちすてて大事大事だいじをををいそぐべきなりいそぐべきなりいそぐべきなり。。。
- 9いづいづいず方方かたをもをもをもすてじとすてじとすてじと心心こころにとりもちてにとりもちてにとりもちてははは、、、一事一事いちじももも成成なるべからずるべからずるべからず。。。たとへばたとへばたとえば棊棊ごをををうつうつうつ人人ひと、、、一手一手ひとてもいたづらにせずもいたづらにせずもいたずらにせず、、、人人ひとにさきだちてにさきだちてにさきだちて、、、小小しょうをををすてすてすて大大だいにつくがにつくがにつくが如如ごとししし。。。
- 10それにとりてそれにとりてそれにとりて三三みつのつのつの石石いしをををすてゝすてゝすてて、、、十十とおののの石石いしにつくことにつくことにつくことはやはやはやすしすしすし。。。十十じゅうをををすてゝすてゝすてて十一十一じゅういちにつくことにつくことにつくことはははかたしかたしかたし。。。一一ひとつなりともまさらむかたへこそつくべきつなりともまさらむかたへこそつくべきつなりともまさらむかたえこそつくべきををを、、、十十じゅうまでなりぬればまでなりぬればまでなりぬれば惜惜おしくおぼえてしくおぼえてしくおぼえて、、、多多おおくまさらぬくまさらぬくまさらぬ石石いしにににはははかへにくしかへにくしかえにくし。。。
- 11これこれこれをもをもをも捨捨すてずかれてずかれてずかれをもをもをもとらむととらむととらむと思思おもふふう心心こころににに、、、かれかれかれをもをもをも得得えずこれずこれずこれをもをもをも失失うしなふべきふべきうべき道道みちなりなりなり。。。京京きょうにすむにすむにすむ人人ひと、、、急急いそぎてぎてぎてににに用用ようありてありてありて、、、旣旣すでににに行行ゆきつきたりともきつきたりともきつきたりとも、、、ににに行行ゆきてきてきて、、、そのそのその益益えきまさるべきまさるべきまさるべき事事ことををを思思おもひえたらばひえたらばいえたらば、、、門門かどよりかへりてよりかへりてよりかえりて西山西山にしやまへへへゆくべきなりゆくべきなりゆくべきなり。。。
- 12こゝまできつきぬればこゝまできつきぬればここまできつきぬれば、、、このこのこの事事ことをばをばをばまづいひてむまづいひてむまずいいてむ、、、日日ひをををさゝぬことなればさゝぬことなればささぬことなれば、、、西山西山にしやまののの事事ことはははかへりてまたこそかへりてまたこそかえりてまたこそ思思おもひたゝめとひたゝめといたためと思思おもふゆゑにふゆゑにうゆえに、、、一時一時いちじののの懈怠懈怠けだいすなすなすなはははちちち一生一生いっしょうののの懈怠懈怠けだいとなるとなるとなる、、、これこれこれをををおそるべしおそるべしおそるべし。。。
- 13一事一事いちじををを必必かならずずず成成なさむとさむとさむと思思おもはゞはゞわば、、、他他たののの事事ことののの破破やぶるゝるゝるるをもをもをもいたむべからずいたむべからずいたむべからず。。。人人ひとのあざけりのあざけりのあざけりをもをもをも耻耻はづべからずづべからずずべからず。。。萬事萬事ばんじにかへずしてにかへずしてにかえずしてははは一一ひとつのつのつの大事成大事成だいじなるべからずるべからずるべからず。。。
- 14人人ひとのあまたありけるのあまたありけるのあまたありける中中なかにてにてにて、、、あるものあるものあるもの「「「、、、まそほのすゝきなどいふことありまそほのすゝきなどいふことありまそおのすすきなどいうことあり。。。聖聖ひじりこのこのこの事事ことををを傳傳つたへへえ知知しりたりりたりりたり」」」ととと語語かたりけるりけるりけるををを、、、そのそのその座座ざににに侍侍はべりけるがりけるがりけるが聞聞ききてきてきて、、、雨雨あめののの降降ふりけるにりけるにりけるに、、、「「「簑笠簑笠みのかさやあるかしたまへやあるかしたまへやあるかしたまえ。。。かのすゝきのことならひにかのすゝきのことならひにかのすすきのことならいに、、、渡邊渡邊わたのべののの聖聖ひじりのがりのがりのがり尋尋たずねまからむねまからむねまからむ」」」といひけるといひけるといいけるををを、、、「「「あまりにあまりにあまりに物物ものさわがしさわがしさわがし。。。雨雨あめやみてこそやみてこそやみてこそ」」」ととと人人ひとのいひければのいひければのいいければ、、、「「「むげのむげのむげの事事ことをもをもをも仰仰おおせらるゝものかなせらるゝものかなせらるるものかな。。。人人ひとののの命命いのちははは雨雨あめのののはれまはれまはれまをもをもをも待待まつものかつものかつものかははは。。。我我わももも死死しににに聖聖ひじりもももうせなばうせなばうせなば尋尋たずねねね聞聞ききてむやきてむやきてむや」」」とてとてとてはしりはしりはしり出出いでゝでゝでて行行ゆきつゝきつゝきつつ習習ならひひい侍侍はべりにけりとりにけりとりにけりと申申もうししし傳傳つたへたるこそゆゝしくありがたうおぼゆれへたるこそゆゝしくありがたうおぼゆれえたるこそゆゆしくありがとうおぼゆれ。。。
- 15「「「敏敏さときとききとききときはははすなはちすなはちすなわち功功こうありありあり」」」とぞとぞとぞといふふみにもといふふみにもといううみにも侍侍はべるなるるなるるなる。。。このこのこの薄薄すすきをををいぶかしくいぶかしくいぶかしく思思おもひけるやうにひけるやうにいけるように、、、ののの因緣因緣いんえんをぞをぞをぞ思思おもふべかりけるふべかりけるうべかりける。。。
現代語訳
〔第187段〕あらゆる道の専門家は、たとえ下手であっても、上手な素人と並ぶとき、必ずまさっているのは、油断なく慎重で、軽々しくしないのと、ひたすら自分勝手にするのとの違いである。芸能や技術だけでなく、ふだんのふるまいや心づかいも、愚かであっても慎重なのは、成功のもとである。たくみであっても勝手気ままなのは、失敗のもとである。
〔第188段〕ある者が子を法師にして、「学問をして因果の道理も知り、説経などをして、生活の手段ともせよ」と言ったので、(子は)教えのままに説経師になるために、まず馬に乗ることを習った。輿や車を持たない身で、導師として招かれたとき、馬などを迎えによこされたら、桃尻で落ちてしまうのは情けないだろうと思ったのである。次に、仏事の後で酒などを勧められることがあるだろうから、法師がまったく芸がないのは、施主が興ざめに思うだろうと思って、早歌ということを習った。二つの芸がだんだん上達してきたので、ますますうまくなりたいと思って打ちこんでいるうちに、説経を習う暇もなくて年をとってしまった。
この法師だけでなく、世間の人はおしなべてこういうことがある。若いうちは、何かにつけて身を立て、大きな道をも成就し、芸も身につけ、学問もしようと、将来長く計画していることを心にはかけながら、一生をのんびりと思って怠りながら、まずさしあたって目の前のことにばかりまぎれて月日を送るので、どれも成し遂げないで身は老いてしまう。ついに何の名人にもならず、思ったように出世もせず、後悔しても取り返せる年齢ではないので、走って坂を下る車輪のように衰えていく。
だから、一生のうちで主として望ましいことの中で、どれがまさっているかとよく比べて、第一のことを考え定めて、そのほかは思い捨てて、一事に励むべきである。一日のうち、一時のうちにも、多くのことがやって来る中で、少しでも益のまさることを行って、そのほかは捨てて、大事を急ぐべきである。どれも捨てまいと心に執着していては、一事も成就しないだろう。たとえば碁を打つ人が、一手もむだにせず、人に先立って、小を捨てて大につくようなものである。それにつけても、三つの石を捨てて十の石につくことはやさしい。十を捨てて十一につくことはむずかしい。一つでもまさっている方へつくべきなのに、十までになってしまうと惜しく思われて、多くはまさらない石には替えにくい。これも捨てず、あれも取ろうと思う心のために、あれも得られず、これも失うことになる道理である。
京に住む人が、急いで東山に用事があって、もう行き着いたとしても、西山に行けば、その益がまさるようなことを思いついたなら、門から引き返して西山へ行くべきである。「ここまで来たのだから、この用事をまず言ってしまおう。日を決めていないことだから、西山のことは帰ってからまた思い立とう」と思うので、一時の怠りが、そのまま一生の怠りとなる。これを恐れるべきである。一事を必ず成し遂げようと思うなら、ほかのことがだめになるのも嘆いてはならない。人のあざけりも恥じてはならない。万事に替えなくては、一つの大事は成就しないだろう。
人が大勢いた中で、ある者が、「ますほの薄、まそほの薄などということがある。渡辺の聖がこのことを伝え知っている」と語ったのを、登蓮法師がその座にいて聞いて、雨が降っていたのに、「蓑や笠はありますか。お貸しください。その薄のことを習いに、渡辺の聖のところへ尋ねて参りましょう」と言ったのを、「あまりにせわしない。雨がやんでから」と人が言ったところ、「とんでもないことをおっしゃるものだ。人の命は、雨の晴れ間を待つものだろうか。自分も死に、聖も亡くなってしまったら、尋ね聞くことができようか」と言って、走り出て行って、習ったのでしたと言い伝えているのは、すばらしく、めったにないことに思われる。「敏ければ、すなわち功あり」と、『論語』という書物にもあるそうです。この薄のことを不審に思ったように、一大事の因縁(成仏の大事)を思うべきであった。
意訳
〔第187段〕下手な専門家が上手な素人にまさるのは、慎重さの違いである。器用でも気ままにやれば失敗し、不器用でも慎重なら成功する。
〔第188段〕説経師を目指した法師は、迎えの馬から落ちないよう乗馬を習い、宴席で芸がないと困るので早歌を習い、それに夢中になるうちに肝心の説経を学ばずに年老いた。人はだれでも、目の前のことにまぎれて大事を先延ばしにし、坂を転がる車輪のように老いていく。だから人生で第一のことを決め、ほかは捨てて一事に励め――碁で小を捨てて大につくように、東山に着いても西山の方が大事なら引き返すように。
雨の中、薄の名の秘説を聞くためにすぐ走り出た登蓮法師は、「人の命は雨の晴れ間を待たない」と言った。このように、人生の一大事を求めるべきだった――と、兼好は自分自身への悔いをこめて結ぶ。『徒然草』の中でもっとも長く、もっとも切実な人生論の一つである。
語釈・文法注
- 不堪
- 下手なこと。
- 非家の人
- その道の家の者でない人。素人。
- 因果の理
- 原因と結果の道理。仏教の根本の教え。
- 說經
- 経の意味を人々に説き聞かせること。
- 檀那
- 寺に布施をする信者。施主。
- 早歌
- 鎌倉時代に武士の間で流行した歌謡。宴曲とも。
- 東山
- 京都の東の山々。
- 西山
- 京都の西の山々。
- ますほのすゝき
- 穂の長い薄の一種とされる。まそほの薄(赤い穂の薄)とともに、歌学の秘説とされた。
- わたのべの聖
- 摂津国の渡辺(今の大阪市)に住んだ聖。伝未詳。
- 登蓮法師
- 平安後期の歌僧。
- 論語
- 孔子とその弟子の言行録。「敏則有功」は陽貨篇の言葉。
- 一大事の因緣
- 仏がこの世に現れた最大の目的。人々を悟りに導くこと。ここでは、人が生死の迷いを離れることをいう。
文法
- ひとしからぬなり
- 同じでないのである。
- 落ちなむは心憂かるべし
- 「な」は強意、「む」は婉曲。落ちてしまうようなのは情けないだろう。
- とり返さるゝ齡ならねば
- 「るる」は可能。取り返すことのできる年齢ではないので。
- 尋ね聞きてむや
- 「て」は強意、「む」は推量、「や」は反語。尋ね聞くことができようか、いやできない。
- 思ふべかりける
- 「べかり」は当然、「ける」は気づき・詠嘆。思うべきであったのだ。
解説
第188段は、『徒然草』の中でもっとも長い段の一つで、人生論の中心をなす。説経師を目指した法師の滑稽な失敗談を入り口にして、だれもが陥る「先延ばし」の心理を鋭く分析し、一生で第一のことを定めて一事に励めと説く。碁のたとえ、東山と西山のたとえは、具体的でわかりやすい。
最後の登蓮法師の逸話は、和歌の秘説を求める熱意を、仏道を求める心のたとえとして用いている。「人の命は雨のはれまをも待つものかは」は、第59段の「命は人を待つものかは」とも響き合う。結びの「一大事の因緣をぞ思ふべかりける」の「けり」には、兼好自身の悔恨がこめられているとも読める。
第187段は、第188段の前置きのような位置にある。器用さより慎重さ、才能より謙虚な努力を重んじる考えは、第150段・第167段などにも共通している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、836〜839頁(コマ432–433)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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