古典ライブラリー

徒然草 第31章(第177段〜第186段)

松下禅尼と馬乗りの心得

雨の後の鞠の庭に鋸屑を敷いた佐々木入道をほめる人々と、乾いた砂を用意するのが故実だと言った吉田中納言、宝剣の故実を心得た古参の典侍、那爛陀寺の門の向き、さぎちょうやふれふれこゆきの由来、干鮭の献上の是非と、短い故実の段が続き、障子の破れを自ら繕って倹約を教えた松下禅尼、馬の扱いを心得た泰盛と吉田の馬乗りの話を収める。

明り障子の破れた所だけを繕う松下禅尼
第184段、松下禅尼が自ら明り障子を繕う情景。破れた所だけに紙を張り、物を修理して使う心と倹約の大切さを、若い人に伝えようとしている。
  1. 1ののの中書王ちゆうしよわう中書王ちゆうしよわうちゅうしょおうにてにてにて御鞠おほんまり御鞠おほんまりおおんまりありけるにありけるにありけるに、、、雨あめ雨あめあめふりてふりてふりて後のち後のちのちいまだいまだいまだ庭には庭にはにわのかわかざりければのかわかざりければのかわかざりければ、、、いかゞせむといかゞせむといかがせむと沙汰さた沙汰さたさたありけるにありけるにありけるに、、、隱岐入道おきのにふだう隱岐入道おきのにふだうおきのにゅうどう、、、鋸のこぎり鋸のこぎりのこぎりののの屑くづ屑くづくずををを車くるま車くるまくるまににに積つ積つつみておほくみておほくみておおく奉たてまつ奉たてまつたてまつりたりければりたりければりたりければ、、、一庭いつてい一庭いつていいっていににに敷し敷ししかれてかれてかれて泥土でいど泥土でいどでいどのわづらひなかりけりのわづらひなかりけりのわずらいなかりけり。。。
  2. 2「「「とりためけむとりためけむとりためけむ用意ようい用意よういよういありがたしありがたしありがたし」」」ととと人感ひとかん人感ひとかんひとかんじあへりけりじあへりけりじあえりけり。。。このこのこの事こと事ことことをををあるあるある者もの者ものもののかたりいでたりしにのかたりいでたりしにのかたりいでたりしに、、、ののの、、、「「「ののの用意ようい用意よういよういやややはははなかりけるなかりけるなかりける」」」とのたまひたりしかばとのたまひたりしかばとのたまいたりしかば、、、はづかしかりきはづかしかりきはずかしかりき。。。
  3. 3いみじといみじといみじと思おも思おもおもひけるひけるいける鋸のこぎり鋸のこぎりのこぎりののの屑くづ屑くづくず、、、賤いや賤いやいやしくことやうのことなりしくことやうのことなりしくことようのことなり。。。庭には庭にはにわののの儀ぎ儀ぎぎををを奉行ぶぎやう奉行ぶぎやうぶぎょうするするする人ひと人ひとひと、、、かわきかわきかわき砂すな砂すなすなをををまうくるまうくるもうくるははは故實こじつ故實こじつこじつなりとぞなりとぞなりとぞ。。。
  4. 4あるあるある所ところ所ところところのさぶらひどものさぶらひどものさぶらいども、、、內侍所ないしどころ內侍所ないしどころないしどころののの御神樂みかぐら御神樂みかぐらみかぐらををを見み見みみててて人ひと人ひとひとにかたるとてにかたるとてにかたるとて「「「をばをばをばそのそのその人ひと人ひとひとぞもちぞもちぞもち給たま給たまたまへるへるえる」」」などいふなどいふなどいうををを聞き聞きききてきてきて、、、うちなるうちなるうちなる女房にようばう女房にようばうにょうぼうののの中なか中なかなかににに「「「別殿べつでん別殿べつでんべつでんののの行幸ぎやうがう行幸ぎやうがうぎょうこうにににはははののの御劔みはかし御劔みはかしみはかしにてこそあれにてこそあれにてこそあれ」」」ととと忍しの忍しのしのびやかにいひたりしびやかにいひたりしびやかにいいたりし心こころ心こころこころにくかりきにくかりきにくかりき。。。そのそのその人ひと人ひとひとふるきふるきふるきなりけるとかやなりけるとかやなりけるとかや。。。
  5. 5入宋につそう入宋につそうにっそうののの沙門しやもん沙門しやもんしゃもん上人しやうにん上人しやうにんしょうにん、、、一切經いつさいきやう一切經いつさいきやういっさいきょうををを持來ぢらい持來ぢらいじらいしてしてして、、、六波羅ろくはら六波羅ろくはらろくわらのあたりやけのあたりやけのあたりやけ野の野ののといふといふという所ところ所ところところににに安置あんぢ安置あんぢあんじしてしてして、、、殊こと殊ことことににに首楞嚴經しゆれうごんきやう首楞嚴經しゆれうごんきやうしゅりょうごんきょうををを講かう講かうこうじてじてじて、、、ととと號がう號がうごうすすす。。。そのそのその聖ひじり聖ひじりひじりののの申まう申まうもうされしされしされしははは、、、「「「那爛陀寺ならんだじ那爛陀寺ならんだじならんだじははは大門だいもん大門だいもんだいもん北きた北きたきたむきなりとむきなりとむきなりと、、、ののの說と說とととていひつたへたれどとていひつたへたれどとていいつたえたれど、、、西域傳さいゐきでん西域傳さいゐきでんさいいきでん法顯傳ほつけんでん法顯傳ほつけんでんほっけんでんなどにもなどにもなどにも見み見みみえずえずえず、、、さらにさらにさらに所見しよけん所見しよけんしょけんなしなしなし。。。江帥がうそつ江帥がうそつごうそつはははいかなるいかなるいかなる才覺さいかく才覺さいかくさいかくにてにてにて申まう申まうもうされけむされけむされけむ。。。おぼつかなしおぼつかなしおぼつかなし。。。唐土もろこし唐土もろこしもろこしののの西明寺さいみやうじ西明寺さいみやうじさいみょうじははは北きた北きたきたむきむきむき勿論もちろん勿論もちろんもちろんなりなりなり」」」ととと申まう申まうもうしきしきしき。。。
  6. 6ははは、、、正月しやうぐわつ正月しやうぐわつしょうがつにににををを、、、眞言院しんごんゐん眞言院しんごんゐんしんごんいんよりよりよりへへへ出いだ出いだいだしてしてして燒や燒ややきあぐるなりきあぐるなりきあぐるなり。。。法成就ほふじやうじゆ法成就ほふじやうじゆほうじょうじゅののの池いけ池いけいけにこそとにこそとにこそとはやはやはやすすすははは、、、神泉苑しんぜんゑん神泉苑しんぜんゑんしんぜんえんののの池いけ池いけいけをををいふなりいふなりいうなり。。。
  7. 7「「「ふれふれこゆきたんばのこゆきといふふれふれこゆきたんばのこゆきといふふれうれこゆきたんばのこゆきという事こと事ことこと、、、よねよねよね搗つ搗つつきききふるひたるにふるひたるにふるいたるに似に似ににたればたればたれば粉雪こゆき粉雪こゆきこゆきといふといふという。。。たまれこゆきといふべきたまれこゆきといふべきたまれこゆきというべきををを、、、あやまりてたんばのとあやまりてたんばのとあやまりてたんばのとはははいふなりいふなりいうなり。。。かきやかきやかきや木き木ききのまたにとのまたにとのまたにとうたふべしうたふべしうたうべし」」」とあるものしりとあるものしりとあるものしり申まう申まうもうしきしきしき。。。
  8. 8昔むかし昔むかしむかしよりいひけることにやよりいひけることにやよりいいけることにや。。。鳥羽院とばのゐん鳥羽院とばのゐんとばのいんをををさなくおはしましてさなくおはしましてさなくおわしまして、、、雪ゆき雪ゆきゆきののの降ふ降ふふるにかくるにかくるにかく仰おほ仰おほおおせられけるよしせられけるよしせられけるよし、、、のすけがのすけがのすけが日記につき日記につきにっきにかきたりにかきたりにかきたり。。。
  9. 9四條大納言しでうのだいなごん四條大納言しでうのだいなごんしじょうのだいなごん隆親たかちか隆親たかちかたかちか卿きやう卿きやうきょう、、、ををを、、、供御くご供御くごくごにまゐらせられたりけるにまゐらせられたりけるにまいらせられたりけるををを、、、「「「かくあやしきものまゐるやうあらじかくあやしきものまゐるやうあらじかくあやしきものまいるようあらじ」」」ととと人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうしけるしけるしけるををを聞き聞きききてきてきて、、、大納言だいなごん大納言だいなごんだいなごん、、、「「「鮭さけ鮭さけさけといふといふという魚うを魚うをうおまゐらぬことにてあらむにこそあれまゐらぬことにてあらむにこそあれまいらぬことにてあらむにこそあれ、、、鮭さけ鮭さけさけのしらぼしなんでふことかあらむのしらぼしなんでふことかあらむのしらぼしなんでうことかあらむ。。。鮎あゆ鮎あゆあゆのしらぼしのしらぼしのしらぼしはははまゐらぬかまゐらぬかまいらぬかははは」」」ととと申まう申まうもうされけりされけりされけり。。。
  10. 10人ひと人ひとひとつくつくつく牛うし牛うしうしをばをばをば角つの角つのつのをををきりきりきり、、、人ひと人ひとひとくふくふくう馬むま馬むまうまをばをばをば耳みゝ耳みゝみみをををきりてそのしるしとすきりてそのしるしとすきりてそのしるしとす。。。しるししるししるしをををつけずしてつけずしてつけずして人ひと人ひとひとをやをやをやぶらせぬるぶらせぬるぶらせぬるははは、、、ぬしのとがなりぬしのとがなりぬしのとがなり。。。人ひと人ひとひとくふくふくう犬いぬ犬いぬいぬをばをばをば養やしな養やしなやしなひひい飼か飼かかふべからずふべからずうべからず。。。これみなとがありこれみなとがありこれみなとがあり。。。のいましめなりのいましめなりのいましめなり。。。
  11. 11時賴ときより時賴ときよりときよりののの母はは母ははははははは、、、とぞとぞとぞ申まう申まうもうしけるしけるしける。。。守かみ守かみかみをををいれいれいれ申まう申まうもうさるゝことありけるにさるゝことありけるにさるることありけるに、、、障子しやうじ障子しやうじしょうじのやぶればかりのやぶればかりのやぶればかりををを、、、禪尼ぜんに禪尼ぜんにぜんに手て手ててづからづからずから小刀こがたな小刀こがたなこがたなしてしてして、、、きりまはしつゝはられければきりまはしつゝはられければきりまわしつつわられければ、、、せうとのせうとのしょうとの義景よしかげ義景よしかげよしかげ、、、そのそのその日ひ日ひひのけいめいしてのけいめいしてのけいめいして候さふら候さふらそうらひけるがひけるがいけるが、、、「「「給たま給たまたまはははりてりてりて、、、なにがしなにがしなにがし男をとこ男をとこおとこにににはらせはらせはらせ候さふら候さふらそうらはむはむわむ。。。さやうのさやうのさようの事こと事ことことににに心こころ心こころこころえたるものにえたるものにえたるものに候さふら候さふらそうろうふふう」」」ととと申まう申まうもうされければされければされければ、、、「「「そのそのその男尼をとこあま男尼をとこあまおとこあまががが細工さいく細工さいくさいくによもまさりによもまさりによもまさり侍はべ侍はべはべらじらじらじ」」」とてなほとてなほとてなお一間ひとま一間ひとまひとまづゝづゝずつはられけるはられけるはられけるををを、、、義景よしかげ義景よしかげよしかげ「「「皆みな皆みなみなをををはりかへはりかへはりかえ候さふら候さふらそうらはむはむわむははは、、、遙はるか遙はるかはるかにたやすくにたやすくにたやすく候さふら候さふらそうろうふべしふべしうべし。。。まだらにまだらにまだらに候さふら候さふらそうろうふもふもうも見苦みぐる見苦みぐるみぐるしくやしくやしくや」」」とかさねてとかさねてとかさねて申まう申まうもうされければされければされければ、、、「「「尼あま尼あまあまももも後のち後のちのちはははさわさわとさわさわとさわさわとはりかへむとはりかへむとはりかえむと思おも思おもおもへどもへどもえども、、、今日けふ今日けふきょうばかりばかりばかりはははわざとかくてあるべきなりわざとかくてあるべきなりわざとかくてあるべきなり。。。物もの物ものものははは破やぶ破やぶやぶれたるれたるれたる所ところ所ところところばかりばかりばかりををを修理しゆり修理しゆりしゅりしてしてして用もち用もちもちゐることぞとゐることぞといることぞと若わか若わかわかききき人ひと人ひとひとににに見み見みみならはせてならはせてならわせて、、、心こころ心こころこころづづづけむためなりけむためなりけむためなり」」」ととと申まう申まうもうされけるされけるされける、、、いとありがたかりけりいとありがたかりけりいとありがたかりけり。。。
  12. 12世よ世よよををを治をさ治をさおさむるむるむる道儉約みちけんやく道儉約みちけんやくみちけんやくををを本もと本もともととすとすとす。。。女性によしやう女性によしやうにょしょうなれどもなれどもなれども聖人しやうにん聖人しやうにんしょうにんののの心こころ心こころこころにかよへりにかよへりにかよえり。。。天下てんか天下てんかてんかをををたもつたもつたもつほどのほどのほどの人ひと人ひとひとををを子こ子ここにてもたれけるにてもたれけるにてもたれける、、、誠まこと誠まことまことにたゞにたゞにただ人ひと人ひとひとにににはははあらざりけるとぞあらざりけるとぞあらざりけるとぞ。。。
  13. 13泰盛やすもり泰盛やすもりやすもりははは、、、さうなきさうなきそうなき馬乘むまのり馬乘むまのりうまのりなりけりなりけりなりけり。。。馬むま馬むまうまをををひきいださせけるにひきいださせけるにひきいださせけるに、、、足あし足あしあしををををををゆらりとゆらりとゆらりと超こ超ここゆるゆるゆるををを見み見みみてててははは、、、「「「これこれこれはははいさめるいさめるいさめる馬むま馬むまうまなりなりなり」」」とてとてとて鞍くら鞍くらくらをををおきかへさせけりおきかへさせけりおきかえさせけり。。。
  14. 14またまたまた足あし足あしあしををを延の延ののべてしきみべてしきみべてしきみををを蹴け蹴けけあてぬればあてぬればあてぬれば、、、「「「これこれこれはははにぶくしてあやまちあるべしにぶくしてあやまちあるべしにぶくしてあやまちあるべし」」」とてとてとて乘の乘ののらざりけりらざりけりらざりけり。。。道みち道みちみちををを知し知ししらざらむらざらむらざらむ人ひと人ひとひと、、、かばかりおそれなむやかばかりおそれなむやかばかりおそれなむや。。。
  15. 15吉田よしだ吉田よしだよしだととと申まう申まうもうすすす馬乘むまのり馬乘むまのりうまのりののの申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべりしりしりしははは、、、「「「馬むま馬むまうまごとにこごとにこごとにこはははきものなりきものなりきものなり。。。人ひと人ひとひとののの力爭ちからあらそ力爭ちからあらそちからあらそふべからずとふべからずとうべからずと知し知ししるべしるべしるべし。。。乘の乘ののるべきるべきるべき馬むま馬むまうまをばをばをばまづよくまづよくまずよく見み見みみててて、、、强つよ强つよつよききき所ところ所ところところ弱よわ弱よわよわききき所ところ所ところところををを知し知ししるべしるべしるべし。。。次つぎ次つぎつぎににに轡鞍くつわくら轡鞍くつわくらくつわくらののの具ぐ具ぐぐににに危あやふ危あやふあやうきことやあるときことやあるときことやあると見み見みみててて、、、心こころ心こころこころにかゝることあらばにかゝることあらばにかかることあらば、、、そのそのその馬むま馬むまうまををを馳は馳ははすべからずすべからずすべからず。。。このこのこの用意ようい用意よういよういををを忘わす忘わすわすれざるれざるれざるををを、、、馬乘むまのり馬乘むまのりうまのりとととははは申まう申まうもうすなりすなりすなり。。。これこれこれ秘藏ひさう秘藏ひさうひそうのことなりのことなりのことなり」」」ととと申まう申まうもうしきしきしき。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第177段〕鎌倉の中書王(宗尊親王)の御所で蹴鞠の会があったとき、雨が降った後でまだ庭が乾かなかったので、どうしようかと相談していたところ、佐々木隠岐入道が、鋸の屑を車に積んでたくさん献上したので、庭一面に敷かれて、泥の不都合はなかった。「取りためておいた用意は、めったにないことだ」と、人々は感心し合った。このことをある者が話したところ、吉田中納言が、「乾いた砂の用意はなかったのか」とおっしゃったので、恥ずかしかった。すばらしいと思っていた鋸の屑は、下品で変わったものだったのだ。庭の儀式をとり行う人が、乾いた砂を用意しておくのは故実だということだ。

〔第178段〕ある所の侍たちが、内侍所の御神楽を見て人に話すときに、「宝剣をあの方がお持ちになっていた」などと言うのを聞いて、御簾の内の女房の中で、「別殿への行幸のときには、昼の御座の御剣でございますよ」と小声で言ったのは、奥ゆかしかった。その人は、古参の典侍であったとかいうことだ。

〔第179段〕宋に渡った僧の道眼上人は、一切経を持ち帰って、六波羅のあたりの焼野という所に安置して、とりわけ首楞厳経を講じて、那爛陀寺と名づけた。その聖が申されたことには、「那爛陀寺は大門が北向きであると、江帥の説として言い伝えているが、『西域伝』や『法顕伝』などにも見えず、まったく典拠がない。江帥はどういう考えで申されたのだろうか。不審である。唐土の西明寺は、北向きであることは言うまでもない」と申した。

〔第180段〕さぎちょうは、正月に打った毬杖を、真言院から神泉苑へ出して焼き上げるのである。「法成就の池にこそ」とはやすのは、神泉苑の池を言うのである。

〔第181段〕「『降れ降れ粉雪、たんばの粉雪』ということは、米を搗いてふるったのに似ているので、粉雪と言う。『たまれ粉雪』と言うべきところを、まちがえて『たんばの』と言うのである。『垣や木の股に』と歌うのがよい」と、ある物知りが申した。昔から言っていたことだろうか。鳥羽院が幼くいらっしゃって、雪の降るときにこのようにおっしゃったということが、讃岐典侍の日記に書いてある。

〔第182段〕四条大納言隆親卿が、干鮭というものを天皇のお食事に差しあげられたのを、「このような卑しいものを召しあがることはあるまい」と人が申したのを聞いて、大納言は、「鮭という魚を召しあがらないというのならともかく、鮭の素干しが何の差しつかえがあろう。鮎の素干しは召しあがらないことがあろうか」と申された。

〔第183段〕人を突く牛は角を切り、人をかむ馬は耳を切って、そのしるしとする。しるしをつけないで人をけがさせたのは、持ち主の罪である。人をかむ犬は、養い飼ってはならない。これらはみな罪になる。律の戒めである。

〔第184段〕相模守時頼の母は、松下禅尼と申しあげた。守(時頼)をお招きすることがあったときに、すすけた明り障子の破れた所だけを、禅尼が自分で小刀を使って切りまわしながら張っておられたので、兄の城介義景が、その日の世話をしようとしてお仕えしていたが、「いただいて、何某という男に張らせましょう。そういうことに心得のある者でございます」と申しあげたところ、「その男は、尼の細工にまさりはしますまい」と言って、なおも一こまずつ張っておられたのを、義景が「全部を張り替えましたほうが、はるかにたやすうございましょう。まだらになっていますのも、見苦しいのではありませんか」と重ねて申しあげたので、「尼も後でさっぱりと張り替えようと思うけれど、今日だけは、わざとこうしておくべきなのです。物は破れた所だけを修理して使うものだと、若い人に見習わせて、気づかせるためなのです」と申されたのは、まことにめったにない立派なことであった。世を治める道は、倹約を基本とする。女性であるけれども、聖人の心に通じている。天下を保つほどの人を子として持たれたのは、まことに普通の人ではなかったということだ。

〔第185段〕城陸奥守泰盛は、並ぶ者のない馬乗りであった。馬を引き出させたときに、足をそろえて敷居をひらりと越えるのを見ては、「これは気の荒い馬だ」と言って、鞍を置きかえさせた。また、足を伸ばして敷居にけつまずくと、「これは鈍くて、事故を起こすだろう」と言って乗らなかった。道を知らない人が、これほど用心するだろうか。

〔第186段〕吉田という馬乗りが申しましたことには、「馬はどれも手ごわいものである。人の力では争えないと知るべきである。乗るべき馬を、まずよく見て、強い所と弱い所を知るべきである。次に、轡や鞍などの馬具に危ない所はないかと見て、気にかかることがあれば、その馬を走らせてはならない。この用心を忘れないのを、馬乗りと申すのである。これは秘伝である」と申した。

意訳

〔第177段〜第183段〕雨上がりの鞠の庭に鋸屑を敷いた機転より、乾いた砂を用意しておく故実のほうが正しい。行幸の剣の故実をさりげなく正した老女房。典拠のない説を疑った道眼上人。さぎちょうや「ふれふれこゆき」の由来、干鮭の献上の是非、人を害する牛馬への処置――故実と言葉の由来をめぐる短い段が続く。

〔第184段〕執権北条時頼を招く日、母の松下禅尼は、すすけた障子の破れた所だけを自ら切り張りした。全部張り替えればいいと言う兄に、「物は破れた所だけを繕って使うものと若い人に教えるため」と答えた。倹約こそ世を治める道――『徒然草』の中でもとりわけ有名な、母の教えの逸話である。

〔第185段〕〔第186段〕敷居をひらりと越える馬は気が荒く、けつまずく馬は鈍い――泰盛は馬の一挙手一投足に注意を払った。名人の吉田も、馬は人の力では御せないと知り、馬具の点検を怠らないことこそ馬乗りの秘訣だと言う。名人ほど慎重であるという、兼好の好む主題である。

語釈・文法注

鎌倉の中書王
宗尊親王(1242〜1274)。鎌倉幕府第六代将軍。
佐々木隱岐入道
佐々木政義。近江の武士。
吉田中納言
吉田為経(1210〜1256)。
乾沙
乾いた砂。
寶劔
三種の神器の一つ、草薙の剣。
晝御座
清涼殿の中の、天皇が昼間いる所。
典侍
内侍司の次官。古参の女官。
道眼上人
鎌倉時代の僧。宋に渡り、帰国後に那爛陀寺を開いた。
那爛陀寺
もとはインドにあった仏教の大学問寺の名。
江帥
大江匡房(1041〜1111)。学者。大宰権帥をつとめた。
さぎちやう
左義長。正月十五日に、毬杖などを焼く行事。
ぎちやう
毬杖。毬を打つ杖。
神泉苑
平安京の大内裏の南にあった庭園。
讃岐のすけ
讃岐典侍藤原長子。『讃岐典侍日記』の作者。
からざけ
干鮭。
律
律令の刑法。
相摸守時賴
北条時頼(1227〜1263)。鎌倉幕府第五代執権。
松下禪尼
安達景盛の娘。北条時氏の妻で、経時・時頼の母。
城介義景
安達義景(1210〜1253)。松下禅尼の兄弟。
あかり障子
明り障子。紙を張った、光を通す障子。
城陸奧守泰盛
安達泰盛(1231〜1285)。義景の子。霜月騒動で滅んだ。
しきみ
敷居。

文法

乾沙の用意やはなかりける
「やは」は疑問・反語。乾いた砂の用意はなかったのか。
御劔にてこそあれ
「こそあれ」で強調。御剣でございますよ。
なんでふことかあらむ
「なんでふ」は「なにといふ」のつづまったもの。何の差しつかえがあろうか。
まゐらぬかは
「かは」は反語。召しあがらないことがあろうか。
よもまさり侍らじ
「よも…じ」で、まさか…ないだろう。
かばかりおそれなむや
「な」は強意、「む」は推量、「や」は反語。これほど用心するだろうか。

解説

第177段は、機転を利かせた佐々木入道と、故実を知る吉田中納言とを対比する。兼好自身も最初は感心していたが、故実を知って「はづかしかりき」と恥じている。機転より正しい知識を重んじる兼好の態度がうかがえる。

第184段の松下禅尼の逸話は、『徒然草』の中でもっとも有名な話の一つで、戦前の修身の教科書にも取り上げられた。執権時頼を招く日に、わざと障子の繕いあとを見せることで、倹約の心を教えようとした母の深い配慮が描かれている。兼好は「女性なれども聖人の心にかよへり」と最大級の賛辞を送っている。

第185段と第186段は、馬術の名人の慎重さを描く。第109段の木登りの名人と同じく、名人ほど危険を知り、用心を怠らないという考えが示されている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、834〜836頁(コマ431–432)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日