古典ライブラリー

徒然草 第30章(第175段〜第176段)

酒の功罪

何かにつけて酒を無理強いする世の習いを「心得ぬ」と批判し、酔った人々の醜態を生々しく描き、この世でも後の世でも酒は害をなすと論じながら、一転して月の夜や雪の朝、気のおけない友との酒の楽しさを語る第175段と、清涼殿の黒戸の由来を記す第176段を収める。

雪の朝、親しい友と静かに杯を交わす人々
第175段に語られる、捨てがたい酒の楽しみ。雪の朝、親しい友と心のどかに語り合い、ささやかな杯を交わしている。酒を無理強いすることへの戒めとともに、穏やかな交わりのよさを描く。
  1. 1世よ世よよにににははは心得こころえ心得こころえこころえぬぬぬ事こと事ことことののの多おほ多おほおおきなりきなりきなり。。。ともあるごとにともあるごとにともあるごとにははは、、、まづまづまず酒さけ酒さけさけをををすゝめしひのませたるすゝめしひのませたるすすめしいのませたるををを興きよう興きようきょうとすることとすることとすること、、、いかなるゆゑともいかなるゆゑともいかなるゆえとも心こころ心こころこころえずえずえず。。。飮の飮ののむむむ人ひと人ひとひとののの顏かほ顏かほかおいといといと堪た堪たたへがたげにへがたげにえがたげに眉まゆ眉まゆまゆををを顰ひそ顰ひそひそめめめ、、、人ひと人ひとひとめめめををを謀はか謀はかはかりてりてりて捨す捨すすてむとしてむとしてむとし、、、にげむとするにげむとするにげむとするをををとらへてとらへてとらえてひきとゞめてすゞろにひきとゞめてすゞろにひきとどめてすずろに飮の飮ののませつればませつればませつれば、、、うるはしきうるはしきうるわしき人ひと人ひとひとももも忽たちまち忽たちまちたちまちににに狂人きやうじん狂人きやうじんきょうじんとなりてをこがましくとなりてをこがましくとなりておこがましく、、、息災そくさい息災そくさいそくさいなるなるなる人ひと人ひとひとももも目め目めめののの前まへ前まへまえににに大事だいじ大事だいじだいじののの病者びやうじや病者びやうじやびょうじゃとなりてとなりてとなりて、、、前後ぜんご前後ぜんごぜんごもしらずもしらずもしらず倒たふ倒たふたおれふすれふすれうす。。。
  2. 2祝いは祝いはいわふべきふべきうべき日ひ日ひひなどなどなどはははあさましかりぬべしあさましかりぬべしあさましかりぬべし。。。あくるあくるあくる日ひ日ひひまでまでまで頭かしら頭かしらかしらいたくいたくいたく、、、物もの物ものものくくくはははずによびふしずによびふしずによびうし、、、生しやう生しやうしょうををを隔へだ隔へだへだてたるやうにしててたるやうにしててたるようにして、、、昨日きのふ昨日きのふきのうのことのことのこと覺おぼ覺おぼおぼえずえずえず、、、おほやけわたくしのおほやけわたくしのおおやけわたくしの大事だいじ大事だいじだいじをををかきてわづらひとなるかきてわづらひとなるかきてわずらいとなる。。。
  3. 3人ひと人ひとひとをををしてかゝるめしてかゝるめしてかかるめををを見み見みみすることすることすること慈悲じひ慈悲じひじいもなくもなくもなく禮義れいぎ禮義れいぎれいぎにもそむけりにもそむけりにもそむけり。。。かくからきめにあひたらむかくからきめにあひたらむかくからきめにあいたらむ人ひと人ひとひと、、、ねたくねたくねたく口くち口くちくちをををしとしとしと思おも思おもおもはざらむやはざらむやわざらむや。。。ひとのひとのひとの國くに國くにくににかゝるならひあなりとにかゝるならひあなりとにかかるならいあなりと、、、これらになきこれらになきこれらになき人事にんじ人事にんじにんじにてにてにて傳つた傳つたつたへへえ聞き聞きききたらむきたらむきたらむはははあやしくあやしくあやしく不思議ふしぎ不思議ふしぎふしぎにおぼえぬべしにおぼえぬべしにおぼえぬべし。。。
  4. 4人ひと人ひとひとののの上うへ上うへうえにてにてにて見み見みみたるだにたるだにたるだに心こころ心こころこころうしうしうし。。。思おも思おもおもひひい入い入いいれたるさまにれたるさまにれたるさまに心こころ心こころこころにくしとにくしとにくしと見み見みみししし人ひと人ひとひとももも、、、思おも思おもおもふふう所ところ所ところところなくなくなく笑わら笑わらわらひのゝしりひのゝしりいののしり詞ことば詞ことばことばおほくおほくおおく、、、ううう子こ子ここゆがみゆがみゆがみ紐ひも紐ひもひもはははづしづしずし脛はぎ脛はぎはぎたかくかゝげてたかくかゝげてたかくかかげて用意ようい用意よういよういなきけしきなきけしきなきけしき、、、日ひ日ひひごろのごろのごろの人ひと人ひとひとともともとも覺おぼ覺おぼおぼえずえずえず。。。
  5. 5女をんな女をんなおんなははははははれらかにかきやりれらかにかきやりれらかにかきやり、、、まばゆからずまばゆからずまばゆからず、、、顏かほ顏かほかおうちさゝげてうちさゝげてうちささげてうちうちうち笑わら笑わらわらひひい、、、盃さかづき盃さかづきさかずきもてるもてるもてる手て手ててにとりつきにとりつきにとりつき、、、よからぬよからぬよからぬ人ひと人ひとひとははは肴さかな肴さかなさかなとりてとりてとりて口くち口くちくちにさしあてにさしあてにさしあて、、、みづからもみづからもみずからも食く食くくひたるさまあしひたるさまあしいたるさまあし。。。
  6. 6聲こゑ聲こゑこえのかぎりのかぎりのかぎり出いだ出いだいだしておのおのしておのおのしておのおの謠うた謠うたうたひひひ舞ま舞ままひひい、、、年老としお年老としおとしおいたるいたるいたる法師召ほふしめ法師召ほふしめほうしめししし出いだ出いだいだされてされてされて、、、黑くろ黑くろくろくくく穢きたな穢きたなきたなききき身み身みみををを肩かた肩かたかたぬぎてぬぎてぬぎて目め目めめををを、、、興きよう興きようきょうじじじ見み見みみるるる人ひと人ひとひとさへさへさえうとましくにくしうとましくにくしうとましくにくし。。。
  7. 7あるあるあるははは又また又またまた我わ我わわががが身み身みみいみじきいみじきいみじき事こと事ことことどもどもども、、、かたはらいたくいひきかせかたはらいたくいひきかせかたわらいたくいいきかせ、、、あるあるあるははは醉ゑ醉ゑえひなきしひなきしいなきし、、、下しも下しもしもざまのざまのざまの人ひと人ひとひとはははのりあひいさかひてのりあひいさかひてのりあいいさかいて、、、あさましくおそろしあさましくおそろしあさましくおそろし。。。
  8. 8はぢがましくはぢがましくはじがましく心憂う心憂ううきことのみありてきことのみありてきことのみありて、、、はてはてはてははは許ゆる許ゆるゆるさぬものどもおしとりてさぬものどもおしとりてさぬものどもおしとりて、、、椽えん椽えんえんよりよりより墮お墮おおちちち馬車むまくるま馬車むまくるまうまくるまよりよりより落お落おおちてあやまちしつちてあやまちしつちてあやまちしつ、、、ものにもものにもものにも乘の乘ののらぬきらぬきらぬきはははははは大路おほぢ大路おほぢおおじをををよろぼひよろぼひよろぼい行ゆ行ゆゆきてきてきて、、、ひぢひぢひじ、、、門もん門もんもんののの下した下したしたなどになどになどに向む向むむきてきてきて、、、えもいはぬえもいはぬえもいわぬ事こと事ことことどもしちらしどもしちらしどもしちらし、、、年老としお年老としおとしおいいい袈裟けさ袈裟けさけさかけたるかけたるかけたる法師ほふし法師ほふしほうしののの、、、小こ小ここわらわらわらはははののの肩かた肩かたかたをををおさへておさへておさえて聞きこ聞きこきこえぬえぬえぬ事こと事ことことどもいひつゝよろめきたるいとどもいひつゝよろめきたるいとどもいいつつよろめきたるいとかはかはかわ。。。
  9. 9かゝることかゝることかかることをををしてもこのしてもこのしてもこの世よ世よよももも後のち後のちのちののの世よ世よよももも、、、益やく益やくやくあるべきわざならばいかゞはせむあるべきわざならばいかゞはせむあるべきわざならばいかがわせむ。。。このこのこの世よ世よよにてにてにてははは過す過すすおほくおほくおおく、、、財ざい財ざいざいををを失うしな失うしなうしなひひい病やまひ病やまひやまいをををまうくまうくもうく。。。ののの長なが長ながながとととはははいへどいへどいえど、、、萬よろづ萬よろづよろずののの病やまひ病やまひやまいははは酒さけ酒さけさけよりこそおこれよりこそおこれよりこそおこれ。。。
  10. 10憂うれへ憂うれへうれえををを忘わす忘わすわするといへどるといへどるといえど、、、醉ゑ醉ゑえひたるひたるいたる人ひと人ひとひとぞぞぞ過す過すすぎにしぎにしぎにしうさうさうさをもをもをも思おも思おもおもひいでゝなくめるひいでゝなくめるいいでてなくめる。。。後のち後のちのちののの世よ世よよははは人ひと人ひとひとののの智惠ちゑ智惠ちゑちえををを失うしな失うしなうしなひひい、、、善根ぜんこん善根ぜんこんぜんこんをやをやをやくことくことくこと火ひ火ひひののの如ごと如ごとごとくしてくしてくして惡あく惡あくあくをををましましまし、、、よろづのよろづのよろずの戒かい戒かいかいををを破やぶ破やぶやぶりてりてりて地獄ぢごく地獄ぢごくじごくにおつべしにおつべしにおつべし。。。
  11. 11酒さけ酒さけさけをををとりてとりてとりて人ひと人ひとひとにのませたるにのませたるにのませたる人ひと人ひとひと、、、ががが間手あひだて間手あひだてあいだてなきものになきものになきものに生うま生うまうまるゝとこそるゝとこそるるとこそ佛ほとけ佛ほとけほとけははは說と說ととききき給たま給たまたまふなれふなれうなれ。。。かくうとましとかくうとましとかくうとましと思おも思おもおもふものなれどふものなれどうものなれど、、、おのづからおのづからおのずから捨す捨すすててて難がた難がたがたきききをををりもあるべしりもあるべしりもあるべし。。。
  12. 12月つき月つきつきののの夜よ夜よよ、、、雪ゆき雪ゆきゆきののの朝あさ朝あさあさ、、、花はな花はなはなのもとにてものもとにてものもとにても心こころ心こころこころのどかにのどかにのどかに物語ものがたり物語ものがたりものがたりしてしてして盃さかづき盃さかづきさかずきいだしたるいだしたるいだしたる萬よろづ萬よろづよろずののの興きよう興きようきょうをををそふるわざなりそふるわざなりそうるわざなり。。。つれづれつれづれつれづれなるなるなる日ひ日ひひ、、、思おも思おもおもひのひのいの外ほか外ほかほかににに友とも友ともともののの入い入いいりきてりきてりきて、、、執と執ととりりり行おこな行おこなおこなひたるもひたるもいたるも心慰こころなぐさ心慰こころなぐさこころなぐさむむむ。。。
  13. 13なれなれしからぬあたりのなれなれしからぬあたりのなれなれしからぬあたりの御簾みす御簾みすみすののの中なか中なかなかよりよりより、、、御おん御おんおんくだものみきなどくだものみきなどくだものみきなど、、、よきよきよきやうなるけはひしてやうなるけはひしてようなるけわいして、、、さしさしさし出いだ出いだいだされたるいとよしされたるいとよしされたるいとよし。。。冬ふゆ冬ふゆふゆせばきせばきせばき所ところ所ところところ、、、へだてなきどちさしむかひておほくへだてなきどちさしむかひておほくへだてなきどちさしむかいておおく飮の飮ののみたるいとをかしみたるいとをかしみたるいとおかし。。。
  14. 14旅たび旅たびたびのかりやのかりやのかりや野山のやま野山のやまのやまなどにてなどにてなどにて、、、御肴何みさかななに御肴何みさかななにみさかななになどいひてなどいひてなどいいて、、、芝しば芝しばしばののの上うへ上うへうえにてにてにて飮の飮ののみたるもをかしみたるもをかしみたるもおかし。。。いたういたむいたういたむいとういたむ人ひと人ひとひとののの、、、强し强ししひられてすこしひられてすこしひられてすこし飮の飮ののみたるもいとよしみたるもいとよしみたるもいとよし。。。
  15. 15よきよきよき人ひと人ひとひとのとりわきてのとりわきてのとりわきて、、、今いま今いまいまひとつうへすくなしなどのたまはせたるもひとつうへすくなしなどのたまはせたるもひとつうえすくなしなどのたまわせたるもうれしうれしうれし。。。ちかづかまほしきちかづかまほしきちかずかまほしき人ひと人ひとひとのののにてにてにて、、、ひしひしひしひしひしひしととと馴な馴ななれぬるれぬるれぬる又また又またまたうれしうれしうれし。。。
  16. 16さささはははいへどいへどいえど上戶じやうご上戶じやうごじょうごははは、、、をかしくをかしくおかしく罪つみ罪つみつみゆるさるゝものなりゆるさるゝものなりゆるさるるものなり。。。醉ゑ醉ゑえ所ところ所ところところををを、、、あるじのあるじのあるじのひきあけたるにひきあけたるにひきあけたるに、、、まどひてまどひてまどいてほれたるほれたるほれたる顏がほ顏がほがおながらながらながら、、、、、、物もの物ものものももも着き着ききあへずあへずあえず抱いだ抱いだいだきもちきもちきもち、、、ひきしろひてにぐるひきしろひてにぐるひきしろいてにぐる、、、うしろうしろうしろ手て手てて、、、毛げ毛げげおひたるおひたるおいたるほそほそほそはぎはぎはぎのののほどほどほど、、、をかしくをかしくおかしくつきづきつきづきつきづきししし。。。
  17. 17はははののの御門位みかどくらゐ御門位みかどくらゐみかどくらいにつかせにつかせにつかせ給たま給たまたまひてひていて、、、昔むかし昔むかしむかしたゞたゞただ人ひと人ひとひとにおはしましゝにおはしましゝにおわしましし時とき時ときとき、、、まさなまさなまさな事こと事ことことせさせせさせせさせ給たま給たまたまひしひしいしををを忘わす忘わすわすれれれ給たま給たまたまはははででで、、、常つね常つねつねにいとなませにいとなませにいとなませ給たま給たまたまひけるひけるいける間ま間ままなりなりなり。。。御薪みたきゞ御薪みたきゞみたきぎにすゝけたればにすゝけたればにすすけたれば黑戶くろど黑戶くろどくろどといふとぞといふとぞというとぞ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第175段〕世の中には、合点のいかないことが多いものだ。何かあるたびに、まず酒を勧めて、無理に飲ませるのをおもしろがることは、どういうわけか理解できない。飲む人の顔が、いかにもたえがたそうに眉をしかめ、人目を盗んで捨てようとし、逃げようとするのを捕らえて引きとめ、むやみに飲ませると、きちんとした人もたちまち狂人のようになってばかげたふるまいをし、元気な人も目の前で重病人のようになって、前後もわからず倒れ伏してしまう。祝うべき日などには、あきれたことになるだろう。翌日まで頭が痛く、物も食べずにうめきながら寝ていて、生まれ変わったようにして、昨日のことは覚えておらず、公私の大事を欠いて迷惑をかけることになる。人をこのような目にあわせるのは、慈悲もなく、礼儀にもそむいている。このようにつらい目にあった人は、いまいましく、くやしいと思わないだろうか。よその国にこのような習慣があると、わが国にはないこととして伝え聞いたならば、奇妙で不思議に思うだろう。

人の身の上として見るのさえ情けない。思慮深い様子で奥ゆかしいと見ていた人も、何の考えもなく笑い騒いで口数が多く、烏帽子をゆがめ、紐をはずし、すねを高くまくり上げて、たしなみのない様子は、ふだんの人とも思えない。女は額髪を晴れやかにかきあげ、恥ずかしがりもせず、顔を上げて笑い、杯を持った人の手に取りつき、品のない人は肴を取って人の口に当て、自分も食べている様子は見苦しい。声の限りに出して、めいめい歌い舞い、年老いた法師が呼び出されて、黒く汚い身を肩ぬぎにして、目も当てられないほど身をくねらせて踊るのを、おもしろがって見ている人までいとわしく憎らしい。ある者は、自分がいかに偉いかを、はたで聞いていられないほど言い聞かせ、ある者は酔って泣き、身分の低い者はののしり合い、けんかをして、あきれるほど恐ろしい。恥ずかしく情けないことばかりで、しまいには許されてもいない物を奪い取って、縁側から落ち、馬や車から落ちてけがをする。乗り物にも乗らない身分の者は、大路をよろめき歩いて、土塀や門の下などに向かって、言いようもないことをし散らし、年老いて袈裟をかけた法師が、小童の肩を押さえて、わけのわからないことを言いながらよろめいているのは、たいそう見ていられない。

このようなことをしても、この世でも後の世でも益のあることならば、しかたがない。この世では過ちが多く、財産を失い、病気を招く。百薬の長とはいうけれど、あらゆる病気は酒から起こる。憂いを忘れるというけれど、酔った人こそ、過ぎ去ったつらいことまで思い出して泣くようだ。後の世では、人の知恵を失い、善根を焼くこと火のようで、悪を増し、あらゆる戒を破って、地獄に落ちるにちがいない。「酒を取って人に飲ませた人は、五百回生まれ変わる間、手のない者に生まれる」と、仏は説いておられるのである。

このようにいとわしいと思うものだが、自然と捨てがたい折もあるだろう。月の夜、雪の朝、花のもとでも、心のどかに語り合って、杯を出したのは、あらゆる興を添えるものである。所在ない日に、思いがけず友が訪ねてきて、酒宴をするのも心が慰められる。親しくはない方の御簾の中から、果物や御酒などを、品よくさし出されたのは、たいそうよい。冬、狭い所で炒り物などをして、気のおけない者同士が差し向かいで、たくさん飲んだのは、たいそうおもしろい。旅の仮屋や野山などで、「肴は何か」などと言って、芝の上で飲んだのもおもしろい。ひどく嫌がる人が、強いられて少し飲んだのもたいそうよい。身分の高い方が、とりわけ「もう一杯。少ないね」などとおっしゃるのもうれしい。近づきになりたいと思う人が酒好きで、すっかり打ち解けたのも、またうれしい。そうは言っても、酒飲みは、おもしろく罪の許されるものである。酔いつぶれて朝寝をしているところを、主人が戸を引き開けると、うろたえて寝ぼけ顔のまま、細いもとどりを突き出し、着物も着きらずに抱えて、引きずって逃げる、裾をからげた後ろ姿や、毛の生えた細いすねのあたりが、おかしくて似つかわしい。

〔第176段〕黒戸は、小松の帝(光孝天皇)が位におつきになって、昔、臣下でいらっしゃった時に、ご自分で炊事などをなさったのをお忘れにならないで、いつもなさっていた部屋である。薪の煙ですすけたので、黒戸と言うのだということだ。

意訳

〔第175段〕酒の無理強いは、日本にしかない奇妙な習慣だ。酔った人は、上品な人も狂人のようになり、女は人にしなだれかかり、老法師は肩ぬぎで踊り、けんかをし、道ばたで粗相をする。この世では財を失い病を得、後の世では地獄に落ちる――と、酒の害をこれでもかと書きつらねる。

ところが後半で兼好は一転して、月や雪や花のもとで語らいながら飲む酒、ふらりと来た友との酒、冬に狭い部屋で炒り物をつまみながら飲む酒の楽しさを、心をこめて描く。最後は、朝寝を見つかって逃げる酒飲みの後ろ姿を「をかしくつきづきし」と結ぶ。酒の害を知りつくしながら、酒の楽しみも捨てがたい――兼好の人間味があふれる、長く愛されてきた段である。

〔第176段〕清涼殿の黒戸の部屋は、即位前に自分で煮炊きした日々を忘れなかった光孝天皇が使った部屋で、薪の煙ですすけたので黒戸と呼ぶ。故実の由来を記した短い段である。

語釈・文法注

ゑばう子
烏帽子。成人男子がかぶった帽子。
額髮
額の上で左右に分けて垂らした髪。
すぢりたる
「すぢる」は、身をくねらせる。
ついひぢ
築地。土塀。
かはゆし
見ていられないほど気の毒だ。
百藥の長
酒のこと。『漢書』の「酒は百薬の長」による。
五百生
五百回の生まれ変わり。
ものいり
炒り物。豆などを炒ったもの。
上戶
酒の飲める人。酒好き。
あさい
朝寝。
もとゞり
髻。髪を頭の上で束ねたもの。
かひどり
裾を引き上げた姿。
黑戶
清涼殿の北の、細長い部屋。
小松の御門
光孝天皇(830〜887)。即位前、不遇の時代が長かった。

文法

思はざらむや
「や」は反語。思わないだろうか、いや思う。
かゝるならひあなりと
「あなり」は「あるなり」の撥音便の無表記。「なり」は伝聞。あるそうだと。
椽より墮ち
底本は「椽」と書く。縁側。
萬の病は酒よりこそおこれ
「こそ…おこれ」の係り結び。
今ひとつうへすくなし
「もう一杯。少ないではないか」の意と解される。
まさな事
底本どおり。「まさなごと」は、ふつうでないこと。ここでは、身分にふさわしくない炊事などのことをいう。

解説

第175段は、『徒然草』の中でも長大な段で、酒に対する兼好の複雑な思いがよく表れている。前半では、酒の無理強いの悪習と、酔った人々の醜態を、これ以上ないほど具体的に描写する。中盤では、仏教の戒めまで持ち出して酒の害を説く。

ところが後半では一転して、月・雪・花のもとでの酒、友との語らいの酒、旅先の酒などの楽しさを、生き生きと描く。最後の、朝寝を見つかって逃げる酒飲みの姿は、温かいユーモアに満ちている。否定と肯定が一つの段の中で同居しているところに、人間の複雑さをそのまま受け入れる兼好の姿勢がある。

第176段の黒戸の由来は、『大鏡』などにも見える光孝天皇の逸話にもとづく。苦労した若い日を忘れなかった天皇の心を、部屋の名の由来として記している。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、832〜834頁(コマ430–431)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日