古典ライブラリー

徒然草 第29章(第169段〜第174段)

貝おほひと若き時・老いたる時

「何事の式」という言い方の新古、用もなく人を訪ねて長居する迷惑と気のおけない訪問のうれしさ、貝おおいや碁石はじきのたとえで「ただここもとを正しくすべし」と説く段、若い時と老いた時の心のありようの対比、小野小町の伝説、小鷹の犬のたとえで道を楽しむことの大事を説く段を収める。

手もとの貝に目を配り、貝おおいをする人々
第171段「貝おほひ」の情景。人の袖や膝の陰まで探そうとするより、まず手もとの貝に目を配る。「ただここもとを正しくすべし」という教えにつながっている。
  1. 1「「「何事なにごと何事なにごとなにごとのののといふことといふことということははは、、、後嵯峨ごさが後嵯峨ごさがごさがののの御代みよ御代みよみよまでまでまではははいはざりけるいはざりけるいわざりけるををを、、、近ちか近ちかちかききき程ほど程ほどほどよりいふことばなりよりいふことばなりよりいうことばなり」」」ととと人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべりしにりしにりしに、、、ののの右京大夫うきやうのだいぶ右京大夫うきやうのだいぶうきょうのだいぶ、、、後鳥羽院ごとばのゐん後鳥羽院ごとばのゐんごとばのいんののの御位おほんくらゐ御位おほんくらゐおおんくらいののの後のち後のちのち、、、またまたまたずみしたることずみしたることずみしたることをををいふにいふにいうに、、、「「「世よ世よよののの式しき式しきしきもかはりたることもかはりたることもかわりたることはははなきにもなきにもなきにも」」」ととと書か書かかきたりきたりきたり。。。
  2. 2さしたるさしたるさしたる事こと事ことことなくてなくてなくて、、、人ひと人ひとひとのがりのがりのがり行ゆ行ゆゆくくくはははよからぬことなりよからぬことなりよからぬことなり。。。用よう用ようようありてありてありて行ゆ行ゆゆきたりともきたりともきたりとも、、、そのそのその事こと事ことことはははてなばとくかへるべしてなばとくかへるべしてなばとくかえるべし。。。久ひさ久ひさひさしくしくしく居ゐ居ゐいたるいとむづかしたるいとむづかしたるいとむずかし。。。
  3. 3人ひと人ひとひととむかひたればとむかひたればとむかいたれば、、、詞ことば詞ことばことばおほくおほくおおく、、、身み身みみもくたびれもくたびれもくたびれ、、、心こころ心こころこころもしづかならずもしづかならずもしずかならず。。。萬よろづ萬よろづよろずののの事こと事ことことさはりてさはりてさわりて時とき時ときときをををうつすうつすうつす、、、たがひのためたがひのためたがいのため益えき益えきえきなしなしなし。。。いとはしげにいはむもわろしいとはしげにいはむもわろしいとわしげにいわむもわろし。。。
  4. 4心こころ心こころこころづづづきなきことあらむきなきことあらむきなきことあらむをををりりりははは、、、なかなかそのよしなかなかそのよしなかなかそのよしをもをもをもいひてむいひてむいいてむ。。。おなじおなじおなじ心こころ心こころこころにむかにむかにむかはははまほしくまほしくまほしく思おも思おもおもはむはむわむ人ひと人ひとひとののの、、、つれづれつれづれつれづれにてにてにて、、、「「「いましばしいましばしいましばし、、、今日けふ今日けふきょうははは心こころ心こころこころしづかにしづかにしずかに」」」などいはむなどいはむなどいわむははは、、、このかぎりにこのかぎりにこのかぎりにはははあらざるべしあらざるべしあらざるべし、、、ががが靑あを靑あをあおききき眼まなこ眼まなこまなこ、、、誰たれ誰たれたれもあるべきことなりもあるべきことなりもあるべきことなり。。。
  5. 5そのそのその事こと事ことこととなきにとなきにとなきに人ひと人ひとひとののの來きた來きたきたりてりてりて、、、のどかにのどかにのどかに物もの物ものものがたりしてかへりぬるいとよしがたりしてかへりぬるいとよしがたりしてかえりぬるいとよし。。。またまたまた「「「文ふみ文ふみふみももも久ひさ久ひさひさしくしくしく聞きこ聞きこきこえさせねばえさせねばえさせねば」」」などばかりいひおこせたるいとなどばかりいひおこせたるいとなどばかりいいおこせたるいとうれしうれしうれし。。。
  6. 6をををおほふおほふおおう人ひと人ひとひとののの、、、我わ我わわががが前まへ前まへまえなるなるなるをばをばをばおきておきておきて、、、よそよそよそををを見み見みみわたしてわたしてわたして、、、人ひと人ひとひとののの袖そで袖そでそでのかげのかげのかげ、、、膝ひざ膝ひざひざののの下した下したしたまでまでまで目め目めめをををくばるまにくばるまにくばるまに、、、前まへ前まへまえなるなるなるをばをばをば人ひと人ひとひとにおほはれぬにおほはれぬにおおわれぬ。。。
  7. 7よくおほふよくおほふよくおおう人ひと人ひとひとはははよそまでわりなくとるとよそまでわりなくとるとよそまでわりなくとるとははは見み見みみえずしてえずしてえずして、、、近ちか近ちかちかきばかりおほふやうなれどきばかりおほふやうなれどきばかりおおうようなれど、、、多おほ多おほおおくおほふなりくおほふなりくおおうなり。。。のすみにのすみにのすみに石いし石いしいしをををたてゝたてゝたててはじくにはじくにはじくに、、、むかひなるむかひなるむかいなる石いし石いしいしをををまもりてまもりてまもりて彈ひ彈ひひくくくはははあたらずあたらずあたらず、、、わがわがわが手て手ててもともともとをををよくよくよく見み見みみててて、、、こゝなるこゝなるここなるをををすぐにすぐにすぐにはじけばはじけばはじけば、、、立た立たたてたるてたるてたる石必いしかならず石必いしかならずいしかならずあたるあたるあたる。。。
  8. 8萬よろづ萬よろづよろずののの事外ことほか事外ことほかことほかにむきてもとむべからずにむきてもとむべからずにむきてもとむべからず。。。たゞこゝもとたゞこゝもとただここもとををを正たゞ正たゞただしくすべししくすべししくすべし。。。がことばにがことばにがことばに、、、「「「好事かうじ好事かうじこうじををを行ゆ行ゆゆじてじてじて前程ぜんてい前程ぜんていぜんていををを問と問ととふことなかれふことなかれうことなかれ」」」といへりといへりといえり。。。
  9. 9世よ世よよををを保たも保たもたもたむたむたむ道みち道みちみちもかくやもかくやもかくや侍はべ侍はべはべらむらむらむ。。。內うち內うちうちををを愼つつし愼つつしつつしまずまずまず、、、輕かろ輕かろかろくほしきまゝにしてみだりなればくほしきまゝにしてみだりなればくおしきままにしてみだりなれば、、、遠國必をんごくかならず遠國必をんごくかならずおんごくかならずそむくそむくそむく時とき時ときとき、、、はじめてはじめてはじめて謀はかりごと謀はかりごとはかりごとをもをもをもとむとむとむ。。。「「「風かぜ風かぜかぜにあたりにあたりにあたり濕しつ濕しつしつににに臥ふ臥ふふしてしてして、、、病やまひ病やまひやまいををを神靈しんれい神靈しんれいしんれいにににうたふるうたふるうたうるはははおろかなるおろかなるおろかなる人ひと人ひとひとなりなりなり」」」ととと醫書いしよ醫書いしよいしょにいへるがごとしにいへるがごとしにいえるがごとし。。。
  10. 10目め目めめののの前まへ前まへまえなるなるなる人ひと人ひとひとののの愁うれ愁うれうれをやをやをやめめめ、、、惠めぐ惠めぐめぐをををほどこしほどこしほどこし、、、道みち道みちみちををを正たゞ正たゞただしくせばしくせばしくせば、、、そのそのその化遠くわとほ化遠くわとほかとおくくく流なが流ながながれむことれむことれむことををを知し知ししらざるなりらざるなりらざるなり。。。ののの行ゆ行ゆゆきてきてきてををを征せい征せいせいせしもせしもせしも、、、軍いくさ軍いくさいくさをををかへしてかへしてかへして德とく德とくとくををを布ぬの布ぬのぬのくにくにくにはしかざりきはしかざりきはしかざりき。。。
  11. 11若わか若わかわかききき時とき時ときときははは血氣內けつきうち血氣內けつきうちけっきうちにあまりにあまりにあまり、、、心物こころもの心物こころものこころものににに動うご動うごうごきてきてきて情欲じやうよく情欲じやうよくじょうよくおほしおほしおおし。。。身み身みみをををあやぶめてあやぶめてあやぶめて碎くだ碎くだくだけけけ易やす易やすやすきこときこときこと、、、珠たま珠たまたまををを走はし走はしはしらしむるにらしむるにらしむるに似に似ににたりたりたり。。。美麗びれい美麗びれいびれいををを好この好このこのみてみてみて財ざい財ざいざいををを費つひや費つひやついやししし、、、これこれこれををを捨す捨すすてゝてゝてて苔こけ苔こけこけののの袂たもと袂たもとたもとにやつれにやつれにやつれ、、、勇いさ勇いさいさめるめるめる心盛こころさかり心盛こころさかりこころさかりにしてものとにしてものとにしてものと爭あらそ爭あらそあらそひひい、、、心こころ心こころこころにににはぢはぢはじうらやみうらやみうらやみ、、、このむこのむこのむ所日々ところひび所日々ところひびところひびににに定さだ定さださだまらずまらずまらず、、、色いろ色いろいろにににふけりふけりふけり情こころ情こころこころにめでにめでにめで、、、行ぎやう行ぎやうぎょうをををいさぎよくしていさぎよくしていさぎよくして百年ももとせ百年ももとせももとせののの身み身みみををを誤あやま誤あやまあやまりりり、、、命いのち命いのちいのちををを失うしな失うしなうしなへるためしねがはしくしてへるためしねがはしくしてえるためしねがわしくして、、、身み身みみのまたくのまたくのまたく久ひさ久ひさひさしからむことしからむことしからむことをばをばをば思おも思おもおもはずはずわず、、、すけるかたにすけるかたにすけるかたに心こころ心こころこころひきてひきてひきて、、、ながきながきながき世語よがたり世語よがたりよがたりともなるともなるともなる身み身みみをををあやまつことあやまつことあやまつことはははわかきわかきわかき時とき時ときときのしわざなりのしわざなりのしわざなり。。。
  12. 12老お老おおいぬるいぬるいぬる人ひと人ひとひとははは精神衰せいしんおとろ精神衰せいしんおとろせいしんおとろへへへ、、、あはくおろそかにしてあはくおろそかにしてあわくおろそかにして感かん感かんかんじじじ動うご動うごうごくくく所ところ所ところところなしなしなし。。。心こころ心こころこころおのづからしづかなればおのづからしづかなればおのずからしずかなれば、、、無益むやく無益むやくむやくのわざのわざのわざをををなさずなさずなさず、、、身み身みみをををたすけてたすけてたすけて愁うれ愁うれうれなくなくなく、、、人ひと人ひとひとのわづらひなからむことのわづらひなからむことのわずらいなからむことををを思おも思おもおもふふう。。。
  13. 13老お老おおいていていて智ち智ちちのわかきのわかきのわかき時とき時ときときにまされることにまされることにまされること、、、若わか若わかわかくしてかたちのくしてかたちのくしてかたちの老お老おおいたるにまされるがごとしいたるにまされるがごとしいたるにまされるがごとし。。。
  14. 14がことがことがこと、、、極きは極きはきわめてさだかならずめてさだかならずめてさだかならず。。。衰おとろ衰おとろおとろへたるさまへたるさまへたるさまははは、、、といふといふという文ふみ文ふみふみににに見み見みみえたりえたりえたり。。。このこのこのがかけりどいふがかけりどいふがかけりどいう說せつ說せつせつあれどあれどあれど、、、高野大師かうやだいし高野大師かうやだいしこうやだいしののの御作ごさく御作ごさくごさくののの目錄もくろく目錄もくろくもくろくににに入い入いいれりれりれり。。。
  15. 15大師だいし大師だいしだいしははは承和じようわ承和じようわじょうわのののはじめにかくれはじめにかくれはじめにかくれ給たま給たまたまへりへりえり。。。小町こまち小町こまちこまちががが盛さかり盛さかりさかりなることそのなることそのなることその後のち後のちのちのことにやのことにやのことにや、、、なほおぼつかなしなほおぼつかなしなおおぼつかなし。。。
  16. 16によきによきによき犬いぬ犬いぬいぬ、、、大鷹おほたか大鷹おほたかおおたかにつかひぬればにつかひぬればにつかいぬれば、、、小鷹こたか小鷹こたかこたかにわろくなるといふにわろくなるといふにわろくなるという。。。大だい大だいだいににに就つ就つつききき小せう小せうしょうをををすつることありすつることありすつることあり、、、まことにしかなりまことにしかなりまことにしかなり。。。人事にんじ人事にんじにんじおおおほかるほかるほかる中なか中なかなかににに、、、道みち道みちみちををを樂らく樂らくらくむよりむよりむより氣味きみ氣味きみきみふかきふかきふかきはははなしなしなし。。。
  17. 17これまことのこれまことのこれまことの大事だいじ大事だいじだいじなりなりなり。。。一ひと一ひとひとたびたびたび道みち道みちみちををを聞き聞きききてこれにきてこれにきてこれに志こころざし志こころざしこころざしさむさむさむ人ひと人ひとひと、、、いづれのわざかすたれざらむいづれのわざかすたれざらむいずれのわざかすたれざらむ。。。何事なにごと何事なにごとなにごとをををかいとなまむかいとなまむかいとなまむ。。。愚おろか愚おろかおろかなるなるなる人ひと人ひとひとといふともといふともというとも、、、かしこきかしこきかしこき犬いぬ犬いぬいぬののの心こころ心こころこころにおとらむやにおとらむやにおとらむや。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第169段〕「『何事の式』ということは、後嵯峨天皇の御代までは言わなかったのを、近ごろから言いだした言葉である」と、ある人が申しましたが、建礼門院右京大夫が、後鳥羽院が御位におつきになった後、また宮中に住んだことを書くのに、「世の式も変わったことはないのにも」と書いている。

〔第170段〕たいした用もないのに人のところへ行くのは、よくないことである。用があって行ったとしても、その用が済んだら早く帰るべきである。長居をするのは、たいそうわずらわしい。人と向かい合っていると、言葉も多くなり、体もくたびれ、心も落ち着かない。何事も差しさわりができて時を過ごすのは、お互いのためにならない。(だからといって)いやそうに言うのもよくない。気の進まないことがあるときは、かえってそのわけを言ってしまうのがよいだろう。同じ心で向かい合っていたいと思う人が、所在なさそうにして、「もう少し。今日はゆっくりと」などと言うのは、この限りではないだろう。阮籍の青い眼(気に入った客を迎える目)は、だれにもあるべきことである。何ということもなく人が来て、のんびりと話をして帰っていくのは、たいそうよい。また、「長いことお便りもしなかったので」などとだけ書いてよこしたのは、たいそううれしい。

〔第171段〕貝おおいをする人が、自分の前にある貝をさしおいて、よそを見渡して、人の袖の陰や膝の下まで目を配るうちに、自分の前にある貝は人に取られてしまう。上手に貝を取る人は、よそまで無理に取るようには見えず、近くのものばかり取っているようだが、多く取るのである。碁盤の隅に石を立ててはじくときに、向こうにある石を見つめてはじくと当たらない。自分の手もとをよく見て、ここにある聖目をまっすぐにはじけば、立てた石に必ず当たる。万事、外に向かって求めてはならない。ただ、手もとを正しくすべきである。清献公の言葉に、「よいことを行って、前途を問うてはならない」とある。世を保つ道もこのようなものでございましょう。内を慎まず、軽々しく勝手気ままにして乱れていると、遠国が必ず背くときになって、はじめて対策を求める。「風に当たり、湿った所に寝て、病気になってから神霊に訴えるのは、愚かな人である」と医書に言っているのと同じである。目の前の人の憂いを取り除き、恵みをほどこし、道を正しくすれば、その感化が遠くまで流れていくことを知らないのである。禹が出かけて行って三苗を征伐したのも、軍を返して徳を施すのには及ばなかった。

〔第172段〕若い時は血気が内にあふれ、心が物に動かされて情欲が多い。身を危うくして砕けやすいことは、珠を転がすのに似ている。華美を好んで財を費やし、そうかと思うとそれを捨てて僧衣に身をやつし、勇む心が盛んで物と争い、心に恥じたりうらやんだりして、好むことが日々定まらず、色にふけり、情に溺れ、思い切ったことをして一生を誤り、命を失った例を願わしく思って、わが身が無事に長く保たれることは考えず、好むことに心が引かれて、長く世の語り草になるような身の誤りをするのは、若い時のしわざである。老いた人は精神が衰え、淡白でおおまかになって、感じて動くところがない。心が自然と静かなので、無益なことをせず、身を養って憂いがなく、人の迷惑にならないようにと思う。老いて知恵が若い時にまさっているのは、若い時に容貌が老いた時にまさっているのと同じである。

〔第173段〕小野小町のことは、きわめてはっきりしない。衰えた様子は、『玉造』という書物に見えている。この書物は清行が書いたという説があるが、高野大師(空海)のご著作の目録に入っている。大師は承和の初めにお亡くなりになった。小町の盛りはその後のことではないだろうか。やはりはっきりしない。

〔第174段〕小鷹狩によい犬を、大鷹狩に使うと、小鷹狩に悪くなるという。大きなことにつき、小さなことを捨てるという道理は、まことにそのとおりである。人間の営みの多い中で、道を楽しむことより味わい深いものはない。これがまことの大事である。一たび道を聞いて、これに志すような人は、どんなわざが捨てられないことがあろうか。何を営もうか。愚かな人といっても、賢い犬の心に劣ってよかろうか。

意訳

〔第169段〕「何事の式」という言い方は新しいと言う人がいたが、右京大夫の家集にすでにその用例がある――兼好の考証的な姿勢がうかがえる短い段である。

〔第170段〕用もないのに人を訪ねて長居をするのは、互いのためにならない。けれども気の合う友が「もう少し」と引きとめてくれるなら別で、ふらりと来てのんびり話して帰る客や、「ご無沙汰していたので」とだけ書いた手紙はうれしい。人づきあいの機微をよくとらえた段である。

〔第171段〕貝おおいで、よその貝ばかり見ていると自分の前の貝を取られる。碁石も、向こうの石を見ていては当たらず、手もとを見てはじけば当たる。政治も同じで、目の前の人を大切にすれば感化は遠くまで及ぶ――「ただここもとを正しくすべし」は、『徒然草』の処世の知恵を代表する言葉である。

〔第172段〕若い時は情熱に動かされて身を誤りやすく、老いては心が静まって無益なことをしない。若さが容貌でまさるように、老いは知恵でまさる――老いを肯定的にとらえた段である。

〔第173段〕〔第174段〕小野小町の晩年の伝説の典拠を考証し、小鷹の犬を大鷹に使うと小鷹に向かなくなるたとえから、大事な道を楽しむためには小さなことを捨てよと説く。

語釈・文法注

式
様子。ありさま。
建禮門院の右京大夫
平安末期の女房歌人。建礼門院徳子に仕えた。平資盛との恋を記した家集『建礼門院右京大夫集』がある。
內ずみ
宮中に住むこと。宮仕え。
阮籍が靑き眼
中国、晋の阮籍は、気に入った客は青い眼(黒目)で迎え、気に入らない客は白い眼で迎えたという故事。
貝をおほふ
貝おおい。貝合わせ。蛤の貝殻を伏せて並べ、対になる貝を探し当てる遊び。
棊盤のすみに石をたてゝはじく
碁石はじき。碁盤の上で碁石を指ではじいて、相手の石に当てる遊び。
ひじりめ
聖目。碁盤の上の九つの黒い点。
淸獻公
中国、宋の趙抃の諡。
禹
中国古代の伝説上の聖王。夏の始祖。
三苗
中国古代の南方の異民族。
小野小町
平安前期の歌人。六歌仙の一人。美女として知られ、晩年に落ちぶれたという伝説がある。
玉造
『玉造小町子壮衰書』。美女が老いて落ちぶれる様子を書いた漢文の書。
淸行
三善清行(847〜918)。
小鷹
小型の鷹(はやぶさなど)を使って小鳥を捕る鷹狩。

文法

かはりたることはなきにも
「世の式も変わったことはないのにも」。『建礼門院右京大夫集』の詞書の一節とされる。
いひてむ
「て」は強意、「む」は適当。言ってしまうのがよいだろう。
かくや侍らむ
「や」は疑問。このようなものでございましょうか。
かけりどいふ說
底本は「かけりど」と刷る。「かけりといふ」の誤植と思われる。
いづれのわざかすたれざらむ
「か…む」は反語。どんなわざが捨てられないことがあろうか(どれも捨てられる)。
かしこき犬の心におとらむや
「や」は反語。劣ってよかろうか、いや劣ってはならない。

解説

第170段は、人を訪ねることのマナーについての段である。用もないのに長居をするのは迷惑だが、気の合う友との語らいや、用件のない便りはうれしいと、兼好は人づきあいの二つの面を描き分けている。

第171段は、貝おおいと碁石はじきという身近な遊びから、「たゞこゝもとを正しくすべし」という処世の原則を導き、さらに政治のあり方にまで広げる。遠くばかり見ずに足もとを固めよという教えは、時代を超えて通用する知恵として知られる。

第172段は、若さと老いを対比する。若さを情熱と破滅の危うさとして、老いを静けさと知恵として描き、「老いて智のわかき時にまされること、若くしてかたちの老いたるにまされるがごとし」と、老いを肯定的にとらえている。第7段で長生きを嫌った兼好とは別の面が見える。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、829〜832頁(コマ428–430)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日