徒然草 第27章(第151段〜第157段)
資朝卿と機嫌を知ること
五十までに上達しない芸は捨てよという言葉、老僧を尊ぶ人に老いた犬を贈った日野資朝、捕らえられた為兼をうらやんだ資朝、曲がった盆栽をすべて掘り捨てた資朝の三つの逸話、時機を見ることは大切だが死だけは時機を待たないと説く第155段、大饗の故実、形から入れば心も整うという第157段を収める。

- 1あるあるある人人ひとのいはくのいはくのいわく、、、年五十年五十としいそじになるまでになるまでになるまで上手上手じょうずににに至至いたらざらむらざらむらざらむ藝藝げいをばをばをば捨捨すつべきなりつべきなりつべきなり。。。勵勵はげみみみ習習ならふべきゆくふべきゆくうべきゆく末末すえもなしもなしもなし。。。老人老人ろうじんののの事事ことをばをばをば人人ひともえもえもえ笑笑わらはずはずわず、、、衆衆しゅにまじはりたるもあいなくにまじはりたるもあいなくにまじわりたるもあいなく見見みぐるしぐるしぐるし。。。
- 2大大おおかたよろづのしわざかたよろづのしわざかたよろずのしわざははは止止とどめてめてめて、、、暇暇いとまあるこそめやすくあらまほしけれあるこそめやすくあらまほしけれあるこそめやすくあらまほしけれ。。。世俗世俗せぞくのことにたづさはりてのことにたづさはりてのことにたずさわりて、、、生涯生涯しょうがいをををくらすくらすくらすははは下愚下愚かぐののの人人ひとなりなりなり。。。ゆかしくおぼえむことゆかしくおぼえむことゆかしくおぼえむことははは學學まなびびび聞聞きくともくともくとも、、、そのそのその趣趣おもむきををを知知しりなばりなばりなば、、、おぼつかなからずしてやむべしおぼつかなからずしてやむべしおぼつかなからずしてやむべし。。。
- 3もとよりもとよりもとより望望のぞむことなくしてやまむむことなくしてやまむむことなくしてやまむははは、、、第一第一だいいちのことなりのことなりのことなり。。。
- 4靜然靜然じょうねん上人上人しょうにん、、、腰腰こしかゞまりかゞまりかがまり眉眉まゆしろくしろくしろく、、、まことにまことにまことに德德とくたけたるありさまにてたけたるありさまにてたけたるありさまにて、、、內裏內裏うちへへへ參參まいられたりけるられたりけるられたりけるををを、、、、、、「「「あなあなあなたふとたふととうとのけしきやのけしきやのけしきや」」」とてとてとて信仰信仰しんこうのきそくありければのきそくありければのきそくありければ、、、卿卿きょうこれこれこれををを見見みててて、、、「「「年年としのよりたるにのよりたるにのよりたるに候候そうろうふふう」」」ととと申申もうされけりされけりされけり。。。
- 5後日後日ごにちににに、、、犬犬いぬのあさましくのあさましくのあさましく老老おいさらぼひていさらぼひていさらぼいて、、、毛毛けはははげたるげたるげたるをををひかせてひかせてひかせて、、、「「「このけしきこのけしきこのけしきたふとたふととうとくくく見見みえてえてえて候候そうろうふふう」」」とてとてとて內府內府だいうへへへ參參まいらせられたりけるとぞらせられたりけるとぞらせられたりけるとぞ。。。
- 6めしとられてめしとられてめしとられて、、、武士武士ぶしどもどもどもうちかこみてうちかこみてうちかこみて、、、へへへゐてゐていて行行ゆきければきければきければ、、、資朝資朝すけとも卿卿きょう一條一條いちじょうわたりにてこれわたりにてこれわたりにてこれををを見見みててて、、、「「「あなうらやましあなうらやましあのうらやまし。。。世世よにあらむおもひでかくこそあらまほしけれにあらむおもひでかくこそあらまほしけれにあらむおもいでかくこそあらまほしけれ」」」とぞいはれけるとぞいはれけるとぞいわれける。。。
- 7このこのこの人人ひと、、、ののの門門もんにあまやどりせられたりけるににあまやどりせられたりけるににあまやどりせられたりけるに、、、かたかたかたはもはもはものどもののどもののどもの集集あつまりりり居居いたるがたるがたるが、、、手手てももも足足あしもももねぢゆがみねぢゆがみねじゆがみうちかへりてうちかへりてうちかえりて、、、いづくもいづくもいずくも不具不具ふぐにことやうなるにことやうなるにことようなるををを見見みててて、、、とりどりにたぐひなきくせものなりとりどりにたぐひなきくせものなりとりどりにたぐいなきくせものなり、、、尤愛尤愛もっともあいするにするにするに足足たれりとれりとれりと思思おもひてひていて、、、守守まもりりり給給たまひけるひけるいけるほどにほどにほどに、、、やがてそのやがてそのやがてその興興きょうつきてつきてつきて、、、見見みにくゝいぶせくおぼえければにくゝいぶせくおぼえければにくくいぶせくおぼえければ、、、たゞすなほにめづらしからぬものにたゞすなほにめづらしからぬものにただすなおにめずらしからぬものにはしかずとはしかずとはしかずと思思おもひてひていて、、、かへりてかへりてかえりて後後のち、、、このこのこの間栽木間栽木このあいだうえきををを好好このみてみてみて、、、異異ことやうにやうにように曲折曲折きょくせつあるあるあるをもをもをもとめてとめてとめて、、、目目めもよろこばしめつるもよろこばしめつるもよろこばしめつるははは、、、かのかたかのかたかのかたはははををを愛愛あいするなりけりとするなりけりとするなりけりと、、、興興きょうなくおぼえければなくおぼえければなくおぼえければ、、、鉢鉢はちににに栽栽うゑられけるゑられけるえられける木木きどもどもども、、、みなほりみなほりみなおり棄棄すてられにけりてられにけりてられにけり。。。さもありぬべきことなりさもありぬべきことなりさもありぬべきことなり。。。
- 8世世よにしたがはむにしたがはむにしたがわむ人人ひとははは、、、まづまづまずををを知知しるべしるべしるべし。。。ついであしきことついであしきことついであしきことははは、、、人人ひとののの耳耳みみにもにもにも逆逆さかひひい心心こころにもにもにも違違たがひてそのひてそのいてその事成事成ことならずらずらず。。。さやうのをりふしさやうのをりふしさようのおりふしををを心得心得こころえべきなりべきなりべきなり。。。
- 9たゞしたゞしただし病病やまいをををうけうけうけ子子こうみうみうみ死死しぬることのみぬることのみぬることのみ、、、機嫌機嫌きげんをををはははからずからずからず。。。ついであしとてやむことなしついであしとてやむことなしついであしとてやむことなし。。。のののうつりかはるまことのうつりかはるまことのうつりかわるまことの大事大事だいじははは、、、たけきたけきたけき河河かわのみなぎりのみなぎりのみなぎり流流ながるゝがごとしるゝがごとしるるがごとし。。。
- 10しばしもとゞこほらずしばしもとゞこほらずしばしもとどこおらず、、、たゞちにたゞちにただちに行行おこなひゆくものなりひゆくものなりいゆくものなり。。。さればさればさればにつけてにつけてにつけて、、、かならずかならずかならず果果はたししし遂遂とげむとげむとげむと思思おもはむはむわむ事事ことははは、、、機嫌機嫌きげんをををいふべからずいふべからずいうべからず。。。
- 11とかくのとかくのとかくの用意用意よういなくなくなく、、、足足あしをををふみとゞむまじきなりふみとゞむまじきなりふみとどむまじきなり。。。春春はるくれてくれてくれて後夏後夏のちなつになりになりになり、、、夏夏なつはははてゝてゝてて秋秋あきのくるにのくるにのくるにはははあらずあらずあらず。。。春春はるはやはやはやがてがてがて夏夏なつののの氣氣きをもをもをもよほしよほしよおし、、、夏夏なつよりよりより旣旣すでににに秋秋あきはははかよひかよひかよい、、、秋秋あきはははすなすなすなはははちちち寒寒さむくなりくなりくなり、、、十月十月じゅうがつはははののの天氣天氣てんき、、、草草くさももも靑靑あおくなりくなりくなり梅梅うめもつぼみぬもつぼみぬもつぼみぬ。。。
- 12木木きののの葉葉はののの落落おつるもつるもつるも、、、まづまづまず落落おちてめぐむにちてめぐむにちてめぐむにはははあらずあらずあらず、、、下下したよりきざしつはるによりきざしつはるによりきざしつわるに堪堪たへずしてへずしてえずして落落おつるなりつるなりつるなり。。。迎迎むかふるふるうる氣下氣下きしたにまうけたるゆゑににまうけたるゆゑににもうけたるゆえに、、、待待まちとるついでちとるついでちとるついで甚甚はなわだはやはやはやししし。。。
- 13生老病死生老病死しょうろうびょうしのののうつりうつりうつり來來くることこれにることこれにることこれに過過すぎたりぎたりぎたり。。。四季四季しきはははなほなほなお定定さだまれるついでありまれるついでありまれるついであり。。。死期死期しごはははついでついでついでをををまたずまたずまたず。。。死死しははは前前まえよりしもよりしもよりしも來來くらずらずらず、、、かねてかねてかねてうしろにせまれりうしろにせまれりうしろにせまれり。。。
- 14人人ひとみなみなみな死死しあることあることあることををを知知しりてりてりて、、、待待まつことしかもつことしかもつことしかも急急きゅうならざるにおぼえずしてならざるにおぼえずしてならざるにおぼえずして來來くるるる。。。沖沖おきののの干潟干潟ひがたはははるかなれどもるかなれどもるかなれども磯磯いそよりよりより潮潮しおののの滿滿みつるがごとしつるがごとしつるがごとし。。。
- 15大臣大臣おとどのののはははさるべきさるべきさるべき所所ところををを申申もうしししうけてうけてうけて行行おこなふふう常常つねのことなりのことなりのことなり。。。ははは、、、東三條殿東三條殿ひがしさんじょうどのにてにてにて行行おこなはるはるわる。。。內裏內裏うちにてありけるにてありけるにてありけるををを申申もうされけるによりてされけるによりてされけるによりて、、、よそへよそへよそえ行幸行幸ぎょうこうありけりありけりありけり。。。
- 16させることのよせなけれどもさせることのよせなけれどもさせることのよせなけれども、、、女院女院にょういんののの御所御所ごしょなどかりなどかりなどかり申申もうすすす故實故實こじつなりとぞなりとぞなりとぞ。。。
- 17筆筆ふでをををとればものかゝれとればものかゝれとればものかかれ、、、樂器樂器がくきをををとればとればとれば音音ねをををたてむとたてむとたてむと思思おもふふう。。。盃盃さかずきをををとればとればとれば酒酒さけををを思思おもひひい、、、賽賽さいををををををおもふおもふおもう。。。心心こころはははかならずかならずかならず事事ことににに觸觸ふれてれてれて來來くるるる。。。
- 18かりにもかりにもかりにも不善不善ふぜんのたのたのたはははぶれぶれぶれをををなすべからずなすべからずなすべからず。。。あからさまにあからさまにあからさまに聖敎聖敎しょうぎょうののの一句一句いっくををを見見みればればれば、、、何何なにとなくとなくとなく前後前後ぜんごののの文文ふみももも見見みゆゆゆ。。。卒爾卒爾そつじにしてにしてにして多年多年たねんののの非非ひををを改改あらたむることもありむることもありむることもあり。。。
- 19かりにかりにかりに今今いまこのこのこの文文ふみをををひろげざらましかばひろげざらましかばひろげざらましかば、、、このこのこの事事ことををを知知しらむやらむやらむや。。。これすなこれすなこれすなはははちふるゝちふるゝちうるる所所ところののの益益えきなりなりなり。。。心心こころさらにさらにさらにをををこらずともこらずともこらずとも、、、佛前佛前ぶつぜんにありてずゞにありてずゞにありてずずをををとりとりとり經經きょうをををとらばとらばとらばをををこたるうちにもこたるうちにもこたるうちにも善業善業ぜんごうおのづからおのづからおのずから修修しゅせられせられせられ、、、散亂散亂さんらんののの心心こころながらもながらもながらもににに座座ざせばせばせば、、、おぼえずしておぼえずしておぼえずしてなるべしなるべしなるべし。。。
- 20もとよりもとよりもとより二二ふたつならずつならずつならず。。。外相外相げそうもしそむかざればもしそむかざればもしそむかざれば、、、內證內證ないしょうかならずかならずかならず熟熟じゅくすすす。。。しひてしひてしいて不信不信ふしんといふべからずといふべからずというべからず。。。あふぎてこれあふぎてこれあうぎてこれをををたふとたふととうとむべしむべしむべし。。。
現代語訳
〔第151段〕ある人が言うには、「五十歳になるまで上手にならないような芸は、捨てるべきである。励んで習うべき将来もない。老人のすることは人も笑うことができず、大勢の中に交じっているのも、似つかわしくなく見苦しい。だいたい、あらゆる仕事はやめて、暇でいるのが見苦しくなく望ましい。世俗のことに関わって一生を暮らすのは、きわめて愚かな人である。知りたいと思うことは学び聞いても、その大体を知ったなら、不審のないところでやめるのがよい。もとから何も望まないでやめてしまうのが、第一である」と。
〔第152段〕西大寺の静然上人が、腰がかがみ、眉が白く、まことに徳の高そうな様子で、内裏へ参上されたのを、西園寺内大臣殿が「ああ、尊いお姿だ」と言って、信仰する様子であったので、資朝卿がこれを見て、「年をとっているだけでございます」と申しあげた。後日、むく犬のひどく老いさらばえて、毛のはげたのを引かせて、「このお姿は尊く見えます」と言って、内大臣殿へ差しあげられたということだ。
〔第153段〕為兼大納言入道が捕らえられて、武士たちが取り囲んで六波羅へ連れて行ったところ、資朝卿が一条のあたりでこれを見て、「ああ、うらやましい。この世に生きた思い出には、こうありたいものだ」と言われた。
〔第154段〕この人(資朝)が、東寺の門で雨宿りをされたとき、体の不自由な者たちが集まっていたが、手も足もねじれ曲がり、反り返って、どこもかしこも普通でなく、異様な姿をしているのを見て、それぞれにたぐいのない変わり者で、大いに愛するに足りると思って、見つめていらっしゃるうちに、やがてその興味もなくなって、見苦しく不快に思われたので、ただすなおで珍しくないものに及ぶものはないと思って、帰ってから、このごろ植木を好んで、奇妙に曲がりくねっているのを求めて目を楽しませていたのは、あの体の不自由な者を愛するのと同じであったと、興ざめに思われたので、鉢に植えておられた木々を、すべて掘って捨ててしまわれた。もっともなことである。
〔第155段〕世の中に従って生きようとする人は、まず時機を知らなければならない。時機の悪いことは、人の耳にも逆らい、心にもそむいて、その事は成就しない。そういう折々を心得るべきである。ただし、病気にかかること、子を産むこと、死ぬことだけは、時機をはからない。時機が悪いからといって、やむことはない。生まれ、とどまり、変わり、滅びるという移り変わりの、まことの大事は、激しい川がみなぎり流れるようなものである。しばらくもとどこおらず、ただちに進んでいくものである。だから、仏道においても俗事においても、必ずやり遂げようと思うことは、時機を言ってはならない。あれこれと準備をせず、足を止めてはならないのである。
春が暮れてから夏になり、夏が終わってから秋が来るのではない。春はそのまま夏の気配をもよおし、夏のうちからすでに秋は通い、秋はそのまま寒くなり、十月は小春の天気で、草も青くなり、梅もつぼみをつける。木の葉が落ちるのも、まず落ちてから芽ぐむのではない。下から芽ぐんでくる力に耐えきれずに落ちるのである。迎える気が下に用意されているので、待ちうけて交代する順序はたいそう速い。生・老・病・死の移り来ることは、これ以上である。四季にはまだ決まった順序がある。死期は順序を待たない。死は前からばかり来るのではない。前もって背後に迫っている。人はみな死があることを知っていて、待つことがそれほど切迫していないうちに、思いがけずやって来る。沖の干潟ははるかに遠いのに、磯の方から潮が満ちてくるようなものである。
〔第156段〕大臣の大饗は、しかるべき所を借り受けて行うのが普通のことである。宇治左大臣殿(藤原頼長)は、東三条殿で行われた。内裏であったのを(大饗の場所として)申し受けられたので、(天皇は)よそへ行幸なさった。これといった縁故がなくても、女院の御所などを借り申しあげるのが故実だということだ。
〔第157段〕筆を取ると何か書きたくなり、楽器を取ると音を立てようと思う。杯を取ると酒を思い、さいころを取ると、筒を打とうと思う。心は必ず、事物に触れて起こってくる。かりにも、よくない遊びをしてはならない。ちょっと仏典の一句を見ると、何となく前後の文も目に入る。ふとしたことで、長年の誤りを改めることもある。かりに今この書物を広げなかったら、このことを知っただろうか。これがすなわち、触れることの益である。心がまったく起こらなくても、仏前にいて数珠を取り、経を取れば、怠っているうちにも善業は自然と修められ、散り乱れた心のままでも、座禅の床に座れば、思わず知らず禅定に入るだろう。事と理とは、もともと二つではない。外の姿がもし(仏道に)背かなければ、内の悟りは必ず熟する。しいて不信だと言ってはならない。仰いでこれを尊ぶべきである。
意訳
〔第151段〕五十を過ぎて上達しない芸は捨て、知りたいことはあらましを知ればやめよ。何も望まないのが一番だ、というある人の言葉である。第150段の芸道論と対になり、老いてからの身の処し方を示している。
〔第152段〜第154段〕腰の曲がった老僧を尊ぶ人に、老いさらばえた犬を贈った資朝。捕らえられて引かれていく為兼を「うらやましい」と言った資朝。異形の人々を見て、自分が好んでいた曲がった盆栽の悪趣味に気づき、すべて掘り捨てた資朝。後醍醐天皇の側近で、のち倒幕計画で処刑された日野資朝の、権威におもねらない鋭い気性を伝える三つの逸話である。
〔第155段〕世渡りには時機を見ることが大切だが、病・出産・死だけは時機を待たない。季節は、春が終わってから夏が来るのではなく、春の中にすでに夏がきざしている。木の葉は、下から芽が押し上げるから落ちる。死も前からではなく、すでに背後に迫っていて、沖の干潟が遠いと思っているうちに磯から潮が満ちるように来る――季節の移り変わりの鋭い観察から無常を説く、名高い段である。
〔第156段〕〔第157段〕大臣の大饗の場所の故実を記したあと、形から入る効用を説く。筆を持てば書きたくなり、経を開けば一句が目に入る。心がこもらなくても、仏前で数珠を持てば善は自然に修められる。外の形が整えば、心も熟していく――修行への、現実的で温かな励ましである。
語釈・文法注
- 西大寺靜然上人
- 奈良の西大寺の僧。
- 西園寺內大臣殿
- 西園寺実衡(1290〜1326)。
- 資朝卿
- 日野資朝(1290〜1332)。後醍醐天皇の側近。正中の変で佐渡に流され、のち処刑された。
- むく犬
- 毛のふさふさした犬。
- 爲兼大納言入道
- 京極為兼(1254〜1332)。歌人。京極派の中心。正和五年(1316)に六波羅に捕らえられ、土佐に流された。
- 六波羅
- 鎌倉幕府の六波羅探題。京都の治安と西国の支配を担当した。
- 東寺
- 京都の九条にある真言宗の寺。教王護国寺。
- 機嫌
- 時機。ころあい。
- 生住異滅
- すべての物が、生じ、とどまり、変化し、滅びる四つの相。
- 眞俗
- 仏道(真)と世俗(俗)。
- 小春
- 陰暦十月。春のように暖かい日があるのでいう。
- 大饗
- 大臣に任ぜられたときなどに催す大宴会。
- 宇治左大臣殿
- 藤原頼長(1120〜1156)。保元の乱で敗死した。
- だうたむ
- 「筒打たむ」で、双六のさいころを筒に入れて振ること。
- 繩床
- 座禅のための腰掛け。
- 禪定
- 心を一つに集中して、静かに真理を観ずること。
- 事理
- 個々の現象(事)と、普遍の真理(理)。
文法
- やまむは、第一のことなり
- 「む」は婉曲。やめてしまうようなのが第一である。
- かくこそあらまほしけれ
- 「まほし」は願望。「こそ…けれ」の係り結び。
- 足をふみとゞむまじきなり
- 「まじ」は打消当然。足を止めてはならないのである。
- ひろげざらましかば、この事を知らむや
- 反実仮想。広げなかったら、このことを知っただろうか(知らなかっただろう)。
- をこらずとも
- 底本は「をこらず」と書く。「起こらず」。
解説
第152段から第154段は、日野資朝の逸話三つである。資朝は後醍醐天皇の側近として倒幕計画に加わり、正中の変(1324)で佐渡に流され、元弘二年(1332)に処刑された。権威を笑い、権力に捕らえられる者をうらやむ資朝の姿は、兼好の筆によって鋭くも魅力的に描かれている。第154段の盆栽の話は、異形のものを好む心への反省として、第116段などの兼好の美意識とも通じる。
第155段は、四季の移り変わりの観察から無常を説いた、『徒然草』の中でもとくに評価の高い段である。「春暮れて後夏になり、夏果てて秋の来るにはあらず」と、季節が前の季節の中から生まれてくることを指摘し、死もまた前から来るのではなく、すでに背後に迫っていると説く。最後の「沖の干潟はるかなれども、磯より潮の満つるがごとし」は、見事なたとえとして知られる。
第157段は、外の形から心が整うという考え方を示す。「事理もとより二つならず」は仏教の言葉だが、形と心の関係についての洞察は、学びや習慣一般にも通じる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、824〜827頁(コマ426–427)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日