徒然草 第26章(第142段〜第150段)
荒夷の一言と能をつかむとする人
「子ゆゑにこそ万のあはれは思ひ知らるれ」という荒夷の一言から、民を飢えさせない政治こそ盗みをなくす道だと説く第142段、臨終の様子を飾って語ることへの戒め、「あしあし」を「阿字阿字」と聞いて感涙した明恵上人、人相見の的中、灸と鹿茸の心得、そして下手なうちから上手に交じって励む人こそ名人になるという芸道論までを収める。

- 1心心こころなしとなしとなしと見見みゆるものもゆるものもゆるものも、、、よきよきよきひとことひとことひとことはははいふものなりいふものなりいうものなり。。。あるあるあるのおそろしげなるがのおそろしげなるがのおそろしげなるが、、、かたへにあひてかたへにあひてかたえにあいて、、、「「「御子御子みこはははおはすやおはすやおわすや」」」ととと問問とひしにひしにいしに「「「一人一人ひとりももちももちももち侍侍はべらずらずらず」」」とこたへしかばとこたへしかばとこたえしかば、、、「「「さてさてさてはもはもはものゝあはれのゝあはれののあわれははは知知しりたまはじりたまはじりたまわじ。。。なさけなきなさけなきなさけなき御心御心みこころにぞものしにぞものしにぞものし給給たまふらむといとおそろしふらむといとおそろしうらむといとおそろし。。。子子こゆゑにこそゆゑにこそゆえにこそ萬萬よろずのあはれのあはれのあわれははは思思おもひひい知知しらるれらるれらるれ」」」といひたりしといひたりしといいたりし、、、さもありぬべきさもありぬべきさもありぬべき事事ことなりなりなり。。。
- 2ののの道道みちならでならでならでははは、、、かゝるものゝかゝるものゝかかるものの心心こころににに慈悲慈悲じいありなむやありなむやありなむや。。。孝養孝養きょうようののの心心こころなきものもなきものもなきものも、、、子子こもちてこそもちてこそもちてこそ親親おやののの志志こころざしはははおもひおもひおもい知知しるなれるなれるなれ。。。世世よをををすてたるすてたるすてたる人人ひと、、、なべてなべてなべて多多おおかるかるかる人人ひとののの、、、よろづによろづによろずにへつらひへつらひへつらい望望のぞふかきふかきふかきををを見見みててて、、、むげにむげにむげに思思おもひくたすはひがことなりひくたすはひがことなりいくたすわいがことなり。。。
- 3そのそのその人人ひとののの心心こころになりてになりてになりて思思おもへばへばえば、、、まことにかなしからむまことにかなしからむまことにかなしからむ。。。親親おやのためのためのため妻子妻子さいしのためにのためにのためにははは、、、耻耻はじをもをもをも忘忘わすれぬすみもしつべきことなりれぬすみもしつべきことなりれぬすみもしつべきことなり。。。さればさればされば盜人盜人ぬすびとをををいましめいましめいましめ、、、僻事僻事ひがごとをををのみつみせむよりのみつみせむよりのみつみせむよりははは、、、世世よののの人人ひとののの飢飢うえゑずゑずえず寒寒さむからぬやうにからぬやうにからぬように、、、世世よをばをばをばおこなおこなおこなはははまほしきなりまほしきなりまほしきなり。。。
- 4人恒人恒ひとつねののの產產さんなきときなきときなきときはははののの心心こころなしなしなし。。。人人ひときききはははまりてぬすみすまりてぬすみすまりてぬすみす。。。世治世治よおさまらずしてらずしてらずしてのくるしみあらばのくるしみあらばのくるしみあらば、、、科科とがのもののもののもの絕絕たゆべからずゆべからずゆべからず。。。人人ひとをををくるしめくるしめくるしめ法法のりををををををかさしめてかさしめてかさしめて、、、それそれそれをををつみなはむことつみなはむことつみなわむこと不便不便ふびんのわざなりのわざなりのわざなり。。。
- 5さていかゞしてさていかゞしてさていかがして人人ひとををを惠惠めぐむべきとならばむべきとならばむべきとならば、、、上上うえのののをををごりごりごり費費ついやすところすところすところをやをやをやめめめ、、、民民たみををを撫撫なででで農農のうをををすゝめばすゝめばすすめば、、、下下もとににに利利りあらむことあらむことあらむこと疑疑うたがあるべからずあるべからずあるべからず。。。衣食衣食いしょくよのつねなるうへによのつねなるうへによのつねなるうえに、、、ひがことせむひがことせむひがことせむ人人ひとをぞをぞをぞまことのまことのまことの盜人盜人ぬすびととととはははいふべきいふべきいうべき。。。
- 6人人ひとののの終焉終焉しゅうえんのありさまのいみじかりしことなどのありさまのいみじかりしことなどのありさまのいみじかりしことなど、、、人人ひとのかたるのかたるのかたるをををきくにきくにきくに、、、たゞしづかにしてたゞしづかにしてただしずかにして亂亂みだれずといはゞれずといはゞれずといわば、、、心心こころにくかるべきにくかるべきにくかるべきををを、、、愚愚おろかなるなるなる人人ひとはははあやしくことなるあやしくことなるあやしくことなる相相そうををを語語かたりつげりつげりつげ、、、いひしことばもいひしことばもいいしことばもふるまひもふるまひもふるまいも、、、おのれがおのれがおのれが好好このむむむ方方かたににに譽譽ほまれめなすこそそのめなすこそそのめなすこそその人人ひとののの日日ひごろのごろのごろの本意本意ほいにもあらずやとおぼゆれにもあらずやとおぼゆれにもあらずやとおぼゆれ。。。
- 7このこのこの大事大事だいじははは、、、ののの人人ひとももも定定さだむべからずむべからずむべからず。。。博學博學はくがくののの士士しもももはははかるべからずかるべからずかるべからず。。。おのれおのれおのれ違違たがふところなくばふところなくばうところなくば、、、人人ひとののの見見みきくにきくにきくにはははよるべからずよるべからずよるべからず。。。
- 8ののの上人道上人道しょうにんみちををを過過すぎぎぎ給給たまひけるにひけるにいけるに、、、河河かわにてにてにて馬馬うまあらふあらふあらう男男おとこ、、、「「「あしあしあしあしあしあし」」」といひければといひければといいければ、、、上人上人しょうにんたちとまりてたちとまりてたちとまりて、、、「「「あなあなあなたふとたふととうとややや。。。ののの人人ひとかなかなかな。。。阿字阿字あじととと唱唱となふるぞやふるぞやうるぞや。。。いかなるいかなるいかなる人人ひとののの御馬御馬みまぞぞぞ。。。あまりにあまりにあまりにたふとたふととうとくくく覺覺おぼゆるゆるゆるははは」」」ととと尋尋たずねねね給給たまひければひければいければ、、、「「「ののの御馬御馬みまににに候候そうろうふふう」」」ととと答答こたへけりへけりえけり。。。
- 9「「「こここはははめでたきことかなめでたきことかなめでたきことかな。。。にこそあなれにこそあなれにこそあなれ。。。うれしきうれしきうれしき結緣結緣けちえんをもをもをもしつるかなしつるかなしつるかな」」」とてとてとて感淚感淚かんるいをををのごはれけるとぞのごはれけるとぞのごわれけるとぞ。。。
- 10御隨身御隨身みずいじんののの重躬重躬しげみ、、、北面北面ほくめんののの下野入道下野入道しもつけのにゅうどう信願信願しんがんををを「「「落馬落馬らくばののの相相しょうあるあるある人人ひとなりなりなり。。。よくよくよくよくよくよく愼愼つつしみみみ給給たまへへえ」」」といひけるといひけるといいけるををを、、、いとまことしからずいとまことしからずいとまことしからず思思おもひけるにひけるにいけるに、、、信願馬信願馬しんがんうまよりよりより落落おちてちてちて死死しにけりにけりにけり。。。
- 11道道みちににに長長ちょうじぬるじぬるじぬる一言神一言神いちごんかみののの如如ごとしとしとしと、、、人人ひとおもへりおもへりおもえり。。。さてさてさて「「「いかなるいかなるいかなる相相しょうぞぞぞ」」」ととと人人ひとののの問問とひければひければいければ、、、「「「極極きわ、、、ののの馬馬うまををを好好このみしかばみしかばみしかば、、、このこのこの相相そうをををおほせおほせおおせ侍侍はべりきりきりき。。。いつかいつかいつかははは申申もうししし誤誤あやまりたるりたるりたる」」」とぞいひけるとぞいひけるとぞいいける。。。
- 12座主座主ざす、、、相者相者そうじゃににに逢逢あひたまひてひたまひていたまいて、、、「「「おのれもしおのれもしおのれもし兵仗兵仗ひょうじょうののの難難なんやあるやあるやある」」」ととと尋尋たずねねね給給たまひければひければいければ、、、相人相人そうにん、、、「「「まことにそのまことにそのまことにその相相そうおはしますおはしますおわします」」」ととと申申もうすすす。。。「「「いかなるいかなるいかなる相相しょうぞぞぞ」」」とたづねとたづねとたずね給給たまひければひければいければ、、、「「「傷害傷害しょうがいのおそれおはしますまじきのおそれおはしますまじきのおそれおわしますまじき御身御身おおんみにてにてにて、、、假假かりにもかくおぼしよりてにもかくおぼしよりてにもかくおぼしよりて尋尋たずねねね給給たまふふう。。。これこれこれ旣旣すでにそのあやぶみのきざしなりにそのあやぶみのきざしなりにそのあやぶみのきざしなり」」」ととと申申もうしけりしけりしけり。。。はたしてはたしてはたして矢矢やにあたりてにあたりてにあたりてうせうせうせ給給たまひにけりひにけりいにけり。。。
- 13灸治灸治きゅうじあまたあまたあまた所所ところになりぬればになりぬればになりぬれば、、、神事神事じんじにけがれありといふことにけがれありといふことにけがれありということ、、、近近ちかくくく人人ひとのいひのいひのいい出出いだせるなりせるなりせるなり。。。格式等格式等きゃくしきとうにもにもにも見見みえずえずえず。。。
- 14四十以後四十以後しじゅういごののの人人ひと、、、身身みににに灸灸きゅうをををくくくはははへてへてへてををを燒燒やかざればかざればかざれば、、、上氣上氣じょうきのことありのことありのことあり。。。かならずかならずかならず灸灸きゅうすべしすべしすべし。。。
- 15ををを鼻鼻はなにあてゝにあてゝにあてて嗅嗅かぐべからずぐべからずぐべからず。。。ちひさきちひさきちいさき蟲蟲むしありてありてありて、、、鼻鼻はなよりよりより入入いりてりてりて腦腦なずきをををはむといへりはむといへりはむといえり。。。
- 16能能のうをををつかむとするつかむとするつかむとする人人ひと、、、よくせざらむよくせざらむよくせざらむ程程ほどははは、、、なまじひになまじひになまじいに人人ひとにしられじにしられじにしられじ。。。うちうちうちうちうちうちよくよくよく習習ならひひい得得えてさしてさしてさし出出いでたらむこそいとでたらむこそいとでたらむこそいと心心こころにくからめとにくからめとにくからめと常常つねにいふめれどにいふめれどにいうめれど、、、かくいふかくいふかくいう人一藝人一藝ひといちげいもならひもならひもならい得得うるるる事事ことなしなしなし。。。
- 17いまだいまだいまだ堅固堅固けんご、、、上手上手じょうずののの中中なかにまじりてにまじりてにまじりて譏譏そしりりり笑笑わらはるゝにもはるゝにもわるるにも耻耻はぢずぢずじず、、、つれなくすぎてたしなむつれなくすぎてたしなむつれなくすぎてたしなむ人人ひと、、、天性天性てんせいそのそのその骨骨こつなけれどもなけれどもなけれども、、、道道みちになづまずになづまずになずまず妄妄みだりにせずしてにせずしてにせずして、、、年年としをををおくればおくればおくれば、、、堪能堪能かんのうのたしなまざるよりのたしなまざるよりのたしなまざるよりははは終終ついににに上手上手じょうずののの位位くらいにいたりにいたりにいたり、、、德德とくたけたけたけ人人ひとにゆるされてならびなきにゆるされてならびなきにゆるされてならびなき名名なをををうることなりうることなりうることなり。。。
- 18天下天下てんかのものゝのものゝのものの上手上手じょうずといへどもといへどもといえども、、、はじめはじめはじめははは不堪不堪ふかんのきこえもありのきこえもありのきこえもあり、、、無下無下むげののの瑕瑾瑕瑾かきんもありきもありきもありき。。。されどもそのされどもそのされどもその人人ひと、、、道道みちのおきてたゞしくのおきてたゞしくのおきてただしく、、、これこれこれををを重重おもくしてくしてくして放埒放埒ほうらつせざればせざればせざれば、、、世世よののの博士博士はかせにてにてにて萬人萬人ばんにんののの師師しとなることとなることとなること、、、諸道諸道しょどうかはるべからずかはるべからずかわるべからず。。。
現代語訳
〔第142段〕情けを知らないように見える者でも、よい一言は言うものである。ある荒々しい東国武士で恐ろしげなのが、そばの人に向かって、「お子さんはおありか」と尋ねたので、「一人も持っておりません」と答えたところ、「それでは、物のあわれはおわかりにならないだろう。情けのないお心でいらっしゃるだろうと、たいそう恐ろしい。子があるからこそ、あらゆる情けが思い知られるのだ」と言ったのは、いかにももっともなことである。肉親の恩愛の道でなくては、このような者の心に慈悲が生まれようか。親孝行の心のない者も、子を持ってこそ、親の心は思い知るものである。
世を捨てて何事にも身軽な人が、総じて係累の多い人が、何事にもへつらい、欲が深いのを見て、むやみに見下すのはまちがっている。その人の身になって考えれば、ほんとうに切ないことだろう。親のため、妻子のためには、恥をも忘れて、盗みもしかねないことである。だから、盗人を捕らえ、悪事だけを罰するよりは、世の人が飢えず寒くないように、世の中を治めてほしいものだ。人は、決まった財産がないと、決まった心もない。人は窮すると盗みをする。世の中が治まらず、凍えや飢えの苦しみがあれば、罪人は絶えるはずがない。人を苦しめ、法を犯させておいて、それを罰するのは気の毒なことである。では、どのようにして人を恵んだらよいのかといえば、上に立つ者がぜいたくな浪費をやめ、民をいつくしみ農業を勧めれば、下の者に利益があることは疑いない。衣食が人並みであるうえで悪事をする者こそ、ほんとうの盗人と言うべきである。
〔第143段〕人の臨終の様子がすばらしかったことなどを、人が語るのを聞くと、ただ静かで取り乱さなかったと言えば奥ゆかしいのに、愚かな人は、不思議な変わった様子を語り添え、言った言葉もふるまいも、自分の好む方にほめたてるのは、その人の日ごろの本意ではないのではないかと思われる。この臨終という大事は、仏の化身の人でも定めることはできない。博学な人も推し量ることはできない。自分の心に違うところがなければ、人の見聞きすることによるべきではない。
〔第144段〕栂尾の上人が道をお通りになったとき、川で馬を洗う男が「足、足」と言ったので、上人は立ち止まって、「ああ尊いことよ。前世の善根が開いた人だなあ。『阿字、阿字』と唱えているぞ。どなたのお馬か。あまりに尊く思われるが」とお尋ねになったところ、「府生殿のお馬でございます」と答えた。「これはめでたいことだ。阿字本不生ということだ。うれしい結縁をしたものだ」と言って、感涙をおぬぐいになったということだ。
〔第145段〕御随身の秦重躬が、北面の下野入道信願を、「落馬の相のある人だ。よくよく用心なさい」と言ったのを、(信願は)まったく本当とは思わなかったが、信願は馬から落ちて死んでしまった。その道に長じた人の一言は神のようだと、人々は思った。さて「どういう相だったのか」と人が尋ねたところ、「ひどく桃尻で、しかも気の荒い馬を好んだので、この相をあてたのです。いつ申し誤ったことがありましょうか」と言った。
〔第146段〕明雲座主が人相見にお会いになって、「私には、もしや武器による災難があるか」とお尋ねになったところ、人相見は「まことにその相がおありです」と申しあげる。「どういう相か」とお尋ねになると、「傷害の恐れなどおありになるはずもないご身分なのに、かりにもそのようにお考えになってお尋ねになる。これがすでに、その危うさの兆しなのです」と申しあげた。はたして(座主は)矢に当たってお亡くなりになった。
〔第147段〕灸をすえた所が多くなると、神事にけがれがあるということは、近ごろ人が言い出したことである。格式などにも見えない。
〔第148段〕四十歳以上の人は、体に灸をすえるときに三里に灸をしないと、のぼせることがある。必ず(三里に)灸をするのがよい。
〔第149段〕鹿茸を鼻に当てて嗅いではならない。小さい虫がいて、鼻から入って脳を食うという。
〔第150段〕芸を身につけようとする人が、「上手にできないうちは、なまじっか人に知られまい。内々でよく習得してから人前に出るのこそ、たいそう奥ゆかしいだろう」といつも言うようだが、そう言う人は、一芸も習得することはない。まだまったく未熟なうちから、上手な人の中にまじって、けなされ笑われるのも恥じず、平気で過ごして励む人は、生まれつきの才能はなくても、道に停滞せず、勝手なふるまいをしないで年月を送れば、才能があっても励まない人よりは、最後には上手の位に至り、人望も備わり、人に認められて、並ぶもののない名声を得ることである。天下の名人といっても、初めは下手だという評判もあり、ひどい欠点もあった。けれども、その人が道の規律を正しく守り、これを重んじて勝手なふるまいをしなければ、世の手本として万人の師となることは、どの道でも変わるはずがない。
意訳
〔第142段〕荒くれ者の東国武士が「子を持ってこそ情けがわかる」と言った。だから、妻子のためにへつらう人を世捨て人が見下すのはまちがいだ。盗みは貧しさから生まれるのだから、罰するより先に、人々が飢えず凍えない世の中にすべきだ――孟子の「恒産なくして恒心なし」を引いて為政者の責任を説く、『徒然草』の中でも社会への関心がとくに強く表れた段である。
〔第143段〕臨終の様子を奇瑞で飾って語るのは、かえって故人の本意に背く。静かに取り乱さなかったと言えば十分だ。
〔第144段〕馬を洗う男の「あしあし(足を上げろ)」を、密教の「阿字」と聞いて感涙した明恵上人。尊い勘違いともいえるが、何を聞いても仏の教えに結びつける上人の純粋さが伝わる、ほほえましい逸話である。
〔第145段〕〔第146段〕桃尻なのに荒馬を好む人の落馬を予言した随身、武器の災難を心配すること自体が凶兆だと言った人相見。専門家の言葉の的確さを、二つの例で示す。
〔第147段〜第149段〕灸とけがれの俗説、四十を過ぎたら三里に灸をすえよ、鹿茸を嗅ぐと虫が脳を食う――身体と養生にまつわる短い記事である。
〔第150段〕「うまくなってから人前に出よう」と言う人は、結局何も身につかない。下手なうちから上手な人に交じり、笑われても恥じずに続ける人こそ、才能がなくても最後には名人になる。どんな名人も初めは下手だった――芸道を志す人への励ましとして、今もよく引かれる段である。
語釈・文法注
- 荒夷
- 荒々しい東国武士。
- 恩愛の道
- 親子・夫婦などの肉親の愛情。
- するすみ
- 身軽で、係累のないこと。
- ほだし
- 人を束縛するもの。家族など。
- 恒の產
- 一定の財産。生業。『孟子』の「恒産なき者は恒心なし」による。
- 凍餒
- 凍えと飢え。
- 權化
- 仏や菩薩が、人々を救うために仮に人の姿で現れたもの。
- 栂尾の上人
- 明恵上人高弁(1173〜1232)。京都の栂尾の高山寺を開いた華厳宗の僧。
- 宿執開發
- 前世からの善根が、この世で花開くこと。
- 阿字
- 梵字の最初の字「阿」。密教では万物の根源を表すとされる。
- 阿字本不生
- 阿字が表す、万物は本来生じも滅びもしないという真理。
- 府生
- 六衛府などの下級の官。
- 秦の重躬
- 御随身の秦氏の一人。
- もゝじり
- 桃尻。馬に乗るとき、尻が鞍に落ち着かないこと。
- 沛艾
- 馬が荒々しく跳ね回ること。
- 明雲座主
- 天台座主の明雲(1115〜1183)。木曽義仲の法住寺殿襲撃の際、流れ矢にあたって死んだ。
- 三里
- 膝頭の下の外側にあるつぼ。
- 鹿茸
- 鹿の袋角。漢方薬として使われた。
- かたほなる
- 未熟な。
文法
- 慈悲ありなむや
- 「な」は強意、「む」は推量、「や」は反語。慈悲が生まれようか、いや生まれない。
- おこなはまほしきなり
- 「まほし」は願望。治めてほしいものである。
- 疑あるべからず
- 疑いがあるはずがない。
- いつかは申し誤りたる
- 「かは」は反語。いつ申し誤ったことがあろうか。
- 人にしられじ
- 「じ」は打消意志。人に知られまい。
解説
第142段は、荒々しい東国武士の一言から話を起こし、世を捨てた人が家族持ちを見下すことを戒め、さらに盗みの原因を貧しさに求めて、為政者の責任を論じる。「衣食よのつねなるうへに、ひがことせむ人をぞまことの盗人とはいふべき」という結論は、儒教の徳治思想をふまえながら、民の生活への深い共感を示している。
第144段の明恵上人は、兼好が深く尊敬した高僧である。馬子の言葉を真言と聞き誤る話は、一見滑稽だが、何事にも仏の教えを見いだす上人の純粋な信仰心を、兼好は温かく描いている。
第150段は、芸道論として名高い。完成してから人前に出ようとする完璧主義を退け、未熟なうちから上手に交じって努力し続けることを説く。「天下のものの上手といへども、はじめは不堪のきこえもあり」という言葉は、学びの途中にいる人への励ましとして、今もよく引用される。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、822〜824頁(コマ425–426)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日