古典ライブラリー

徒然草 第26章(第142段〜第150段)

荒夷の一言と能をつかむとする人

「子ゆゑにこそ万のあはれは思ひ知らるれ」という荒夷の一言から、民を飢えさせない政治こそ盗みをなくす道だと説く第142段、臨終の様子を飾って語ることへの戒め、「あしあし」を「阿字阿字」と聞いて感涙した明恵上人、人相見の的中、灸と鹿茸の心得、そして下手なうちから上手に交じって励む人こそ名人になるという芸道論までを収める。

川で馬を洗う男を見て、足を止める明恵上人
第144段、川で馬を洗う男の「あし、あし」という声を、「阿字、阿字」と聞いた明恵上人の情景。上人はその言葉に仏の教えを感じ、感涙したと語られる。
  1. 1心こころ心こころこころなしとなしとなしと見み見みみゆるものもゆるものもゆるものも、、、よきよきよきひとことひとことひとことはははいふものなりいふものなりいうものなり。。。あるあるあるのおそろしげなるがのおそろしげなるがのおそろしげなるが、、、かたへにあひてかたへにあひてかたえにあいて、、、「「「御子みこ御子みこみこはははおはすやおはすやおわすや」」」ととと問と問ととひしにひしにいしに「「「一人ひとり一人ひとりひとりももちももちももち侍はべ侍はべはべらずらずらず」」」とこたへしかばとこたへしかばとこたえしかば、、、「「「さてさてさてはもはもはものゝあはれのゝあはれののあわれははは知し知ししりたまはじりたまはじりたまわじ。。。なさけなきなさけなきなさけなき御心みこころ御心みこころみこころにぞものしにぞものしにぞものし給たま給たまたまふらむといとおそろしふらむといとおそろしうらむといとおそろし。。。子こ子ここゆゑにこそゆゑにこそゆえにこそ萬よろづ萬よろづよろずのあはれのあはれのあわれははは思おも思おもおもひひい知し知ししらるれらるれらるれ」」」といひたりしといひたりしといいたりし、、、さもありぬべきさもありぬべきさもありぬべき事こと事ことことなりなりなり。。。
  2. 2ののの道みち道みちみちならでならでならでははは、、、かゝるものゝかゝるものゝかかるものの心こころ心こころこころににに慈悲じひ慈悲じひじいありなむやありなむやありなむや。。。孝養けうやう孝養けうやうきょうようののの心こころ心こころこころなきものもなきものもなきものも、、、子こ子ここもちてこそもちてこそもちてこそ親おや親おやおやののの志こころざし志こころざしこころざしはははおもひおもひおもい知し知ししるなれるなれるなれ。。。世よ世よよをををすてたるすてたるすてたる人ひと人ひとひと、、、なべてなべてなべて多おほ多おほおおかるかるかる人ひと人ひとひとののの、、、よろづによろづによろずにへつらひへつらひへつらい望のぞ望のぞのぞふかきふかきふかきををを見み見みみててて、、、むげにむげにむげに思おも思おもおもひくたすはひがことなりひくたすはひがことなりいくたすわいがことなり。。。
  3. 3そのそのその人ひと人ひとひとののの心こころ心こころこころになりてになりてになりて思おも思おもおもへばへばえば、、、まことにかなしからむまことにかなしからむまことにかなしからむ。。。親おや親おやおやのためのためのため妻子さいし妻子さいしさいしのためにのためにのためにははは、、、耻はぢ耻はぢはじをもをもをも忘わす忘わすわすれぬすみもしつべきことなりれぬすみもしつべきことなりれぬすみもしつべきことなり。。。さればさればされば盜人ぬすびと盜人ぬすびとぬすびとをををいましめいましめいましめ、、、僻事ひがごと僻事ひがごとひがごとをををのみつみせむよりのみつみせむよりのみつみせむよりははは、、、世よ世よよののの人ひと人ひとひとののの飢うゑ飢うゑうえゑずゑずえず寒さむ寒さむさむからぬやうにからぬやうにからぬように、、、世よ世よよをばをばをばおこなおこなおこなはははまほしきなりまほしきなりまほしきなり。。。
  4. 4人恒ひとつね人恒ひとつねひとつねののの產さん產さんさんなきときなきときなきときはははののの心こころ心こころこころなしなしなし。。。人ひと人ひとひときききはははまりてぬすみすまりてぬすみすまりてぬすみす。。。世治よをさま世治よをさまよおさまらずしてらずしてらずしてのくるしみあらばのくるしみあらばのくるしみあらば、、、科とが科とがとがのもののもののもの絕た絕たたゆべからずゆべからずゆべからず。。。人ひと人ひとひとをををくるしめくるしめくるしめ法のり法のりのりををををををかさしめてかさしめてかさしめて、、、それそれそれをををつみなはむことつみなはむことつみなわむこと不便ふびん不便ふびんふびんのわざなりのわざなりのわざなり。。。
  5. 5さていかゞしてさていかゞしてさていかがして人ひと人ひとひとををを惠めぐ惠めぐめぐむべきとならばむべきとならばむべきとならば、、、上うへ上うへうえのののをををごりごりごり費つひや費つひやついやすところすところすところをやをやをやめめめ、、、民たみ民たみたみををを撫な撫ななででで農のう農のうのうをををすゝめばすゝめばすすめば、、、下もと下もともとににに利り利りりあらむことあらむことあらむこと疑うたが疑うたがうたがあるべからずあるべからずあるべからず。。。衣食いしよく衣食いしよくいしょくよのつねなるうへによのつねなるうへによのつねなるうえに、、、ひがことせむひがことせむひがことせむ人ひと人ひとひとをぞをぞをぞまことのまことのまことの盜人ぬすびと盜人ぬすびとぬすびととととはははいふべきいふべきいうべき。。。
  6. 6人ひと人ひとひとののの終焉しゆうえん終焉しゆうえんしゅうえんのありさまのいみじかりしことなどのありさまのいみじかりしことなどのありさまのいみじかりしことなど、、、人ひと人ひとひとのかたるのかたるのかたるをををきくにきくにきくに、、、たゞしづかにしてたゞしづかにしてただしずかにして亂みだ亂みだみだれずといはゞれずといはゞれずといわば、、、心こころ心こころこころにくかるべきにくかるべきにくかるべきををを、、、愚おろか愚おろかおろかなるなるなる人ひと人ひとひとはははあやしくことなるあやしくことなるあやしくことなる相さう相さうそうををを語かた語かたかたりつげりつげりつげ、、、いひしことばもいひしことばもいいしことばもふるまひもふるまひもふるまいも、、、おのれがおのれがおのれが好この好このこのむむむ方かた方かたかたににに譽ほまれ譽ほまれほまれめなすこそそのめなすこそそのめなすこそその人ひと人ひとひとののの日ひ日ひひごろのごろのごろの本意ほい本意ほいほいにもあらずやとおぼゆれにもあらずやとおぼゆれにもあらずやとおぼゆれ。。。
  7. 7このこのこの大事だいじ大事だいじだいじははは、、、ののの人ひと人ひとひとももも定さだ定さださだむべからずむべからずむべからず。。。博學はくがく博學はくがくはくがくののの士し士ししもももはははかるべからずかるべからずかるべからず。。。おのれおのれおのれ違たが違たがたがふところなくばふところなくばうところなくば、、、人ひと人ひとひとののの見み見みみきくにきくにきくにはははよるべからずよるべからずよるべからず。。。
  8. 8ののの上人道しやうにんみち上人道しやうにんみちしょうにんみちををを過す過すすぎぎぎ給たま給たまたまひけるにひけるにいけるに、、、河かは河かはかわにてにてにて馬むま馬むまうまあらふあらふあらう男をとこ男をとこおとこ、、、「「「あしあしあしあしあしあし」」」といひければといひければといいければ、、、上人しやうにん上人しやうにんしょうにんたちとまりてたちとまりてたちとまりて、、、「「「あなあなあなたふとたふととうとややや。。。ののの人ひと人ひとひとかなかなかな。。。阿字あじ阿字あじあじととと唱とな唱となとなふるぞやふるぞやうるぞや。。。いかなるいかなるいかなる人ひと人ひとひとののの御馬みま御馬みまみまぞぞぞ。。。あまりにあまりにあまりにたふとたふととうとくくく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるははは」」」ととと尋たづ尋たづたずねねね給たま給たまたまひければひければいければ、、、「「「ののの御馬みま御馬みまみまににに候さふら候さふらそうろうふふう」」」ととと答こた答こたこたへけりへけりえけり。。。
  9. 9「「「こここはははめでたきことかなめでたきことかなめでたきことかな。。。にこそあなれにこそあなれにこそあなれ。。。うれしきうれしきうれしき結緣けちえん結緣けちえんけちえんをもをもをもしつるかなしつるかなしつるかな」」」とてとてとて感淚かんるい感淚かんるいかんるいをををのごはれけるとぞのごはれけるとぞのごわれけるとぞ。。。
  10. 10御隨身みずいじん御隨身みずいじんみずいじんののの重躬しげみ重躬しげみしげみ、、、北面ほくめん北面ほくめんほくめんののの下野入道しもつけのにふだう下野入道しもつけのにふだうしもつけのにゅうどう信願しんぐわん信願しんぐわんしんがんををを「「「落馬らくば落馬らくばらくばののの相しやう相しやうしょうあるあるある人ひと人ひとひとなりなりなり。。。よくよくよくよくよくよく愼つゝし愼つゝしつつしみみみ給たま給たまたまへへえ」」」といひけるといひけるといいけるををを、、、いとまことしからずいとまことしからずいとまことしからず思おも思おもおもひけるにひけるにいけるに、、、信願馬しんぐわんむま信願馬しんぐわんむましんがんうまよりよりより落お落おおちてちてちて死し死ししにけりにけりにけり。。。
  11. 11道みち道みちみちににに長ちやう長ちやうちょうじぬるじぬるじぬる一言神いちごんかみ一言神いちごんかみいちごんかみののの如ごと如ごとごとしとしとしと、、、人ひと人ひとひとおもへりおもへりおもえり。。。さてさてさて「「「いかなるいかなるいかなる相しやう相しやうしょうぞぞぞ」」」ととと人ひと人ひとひとののの問と問ととひければひければいければ、、、「「「極きは極きはきわ、、、ののの馬むま馬むまうまををを好この好このこのみしかばみしかばみしかば、、、このこのこの相さう相さうそうをををおほせおほせおおせ侍はべ侍はべはべりきりきりき。。。いつかいつかいつかははは申まう申まうもうししし誤あやま誤あやまあやまりたるりたるりたる」」」とぞいひけるとぞいひけるとぞいいける。。。
  12. 12座主ざす座主ざすざす、、、相者さうじや相者さうじやそうじゃににに逢あ逢ああひたまひてひたまひていたまいて、、、「「「おのれもしおのれもしおのれもし兵仗ひやうぢやう兵仗ひやうぢやうひょうじょうののの難なん難なんなんやあるやあるやある」」」ととと尋たづ尋たづたずねねね給たま給たまたまひければひければいければ、、、相人さうにん相人さうにんそうにん、、、「「「まことにそのまことにそのまことにその相さう相さうそうおはしますおはしますおわします」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。「「「いかなるいかなるいかなる相しやう相しやうしょうぞぞぞ」」」とたづねとたづねとたずね給たま給たまたまひければひければいければ、、、「「「傷害しやうがい傷害しやうがいしょうがいのおそれおはしますまじきのおそれおはしますまじきのおそれおわしますまじき御身おほんみ御身おほんみおおんみにてにてにて、、、假かり假かりかりにもかくおぼしよりてにもかくおぼしよりてにもかくおぼしよりて尋たづ尋たづたずねねね給たま給たまたまふふう。。。これこれこれ旣すで旣すですでにそのあやぶみのきざしなりにそのあやぶみのきざしなりにそのあやぶみのきざしなり」」」ととと申まう申まうもうしけりしけりしけり。。。はたしてはたしてはたして矢や矢ややにあたりてにあたりてにあたりてうせうせうせ給たま給たまたまひにけりひにけりいにけり。。。
  13. 13灸治きうぢ灸治きうぢきゅうじあまたあまたあまた所ところ所ところところになりぬればになりぬればになりぬれば、、、神事じんじ神事じんじじんじにけがれありといふことにけがれありといふことにけがれありということ、、、近ちか近ちかちかくくく人ひと人ひとひとのいひのいひのいい出いだ出いだいだせるなりせるなりせるなり。。。格式等きやくしきとう格式等きやくしきとうきゃくしきとうにもにもにも見み見みみえずえずえず。。。
  14. 14四十以後しじふいご四十以後しじふいごしじゅういごののの人ひと人ひとひと、、、身み身みみににに灸きう灸きうきゅうをををくくくはははへてへてへてををを燒や燒ややかざればかざればかざれば、、、上氣じやうき上氣じやうきじょうきのことありのことありのことあり。。。かならずかならずかならず灸きう灸きうきゅうすべしすべしすべし。。。
  15. 15ををを鼻はな鼻はなはなにあてゝにあてゝにあてて嗅か嗅かかぐべからずぐべからずぐべからず。。。ちひさきちひさきちいさき蟲むし蟲むしむしありてありてありて、、、鼻はな鼻はなはなよりよりより入い入いいりてりてりて腦なづき腦なづきなずきをををはむといへりはむといへりはむといえり。。。
  16. 16能のう能のうのうをををつかむとするつかむとするつかむとする人ひと人ひとひと、、、よくせざらむよくせざらむよくせざらむ程ほど程ほどほどははは、、、なまじひになまじひになまじいに人ひと人ひとひとにしられじにしられじにしられじ。。。うちうちうちうちうちうちよくよくよく習なら習ならならひひい得え得ええてさしてさしてさし出い出いいでたらむこそいとでたらむこそいとでたらむこそいと心こころ心こころこころにくからめとにくからめとにくからめと常つね常つねつねにいふめれどにいふめれどにいうめれど、、、かくいふかくいふかくいう人一藝ひといちげい人一藝ひといちげいひといちげいもならひもならひもならい得う得ううるるる事こと事ことことなしなしなし。。。
  17. 17いまだいまだいまだ堅固けんご堅固けんごけんご、、、上手じやうず上手じやうずじょうずののの中なか中なかなかにまじりてにまじりてにまじりて譏そし譏そしそしりりり笑わら笑わらわらはるゝにもはるゝにもわるるにも耻は耻ははぢずぢずじず、、、つれなくすぎてたしなむつれなくすぎてたしなむつれなくすぎてたしなむ人ひと人ひとひと、、、天性てんせい天性てんせいてんせいそのそのその骨こつ骨こつこつなけれどもなけれどもなけれども、、、道みち道みちみちになづまずになづまずになずまず妄みだり妄みだりみだりにせずしてにせずしてにせずして、、、年とし年としとしをををおくればおくればおくれば、、、堪能かんのう堪能かんのうかんのうのたしなまざるよりのたしなまざるよりのたしなまざるよりははは終つひ終つひついににに上手じやうず上手じやうずじょうずののの位くらゐ位くらゐくらいにいたりにいたりにいたり、、、德とく德とくとくたけたけたけ人ひと人ひとひとにゆるされてならびなきにゆるされてならびなきにゆるされてならびなき名な名ななをををうることなりうることなりうることなり。。。
  18. 18天下てんか天下てんかてんかのものゝのものゝのものの上手じやうず上手じやうずじょうずといへどもといへどもといえども、、、はじめはじめはじめははは不堪ふかん不堪ふかんふかんのきこえもありのきこえもありのきこえもあり、、、無下むげ無下むげむげののの瑕瑾かきん瑕瑾かきんかきんもありきもありきもありき。。。されどもそのされどもそのされどもその人ひと人ひとひと、、、道みち道みちみちのおきてたゞしくのおきてたゞしくのおきてただしく、、、これこれこれををを重おも重おもおもくしてくしてくして放埒はうらつ放埒はうらつほうらつせざればせざればせざれば、、、世よ世よよののの博士はかせ博士はかせはかせにてにてにて萬人ばんにん萬人ばんにんばんにんののの師し師ししとなることとなることとなること、、、諸道しよだう諸道しよだうしょどうかはるべからずかはるべからずかわるべからず。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第142段〕情けを知らないように見える者でも、よい一言は言うものである。ある荒々しい東国武士で恐ろしげなのが、そばの人に向かって、「お子さんはおありか」と尋ねたので、「一人も持っておりません」と答えたところ、「それでは、物のあわれはおわかりにならないだろう。情けのないお心でいらっしゃるだろうと、たいそう恐ろしい。子があるからこそ、あらゆる情けが思い知られるのだ」と言ったのは、いかにももっともなことである。肉親の恩愛の道でなくては、このような者の心に慈悲が生まれようか。親孝行の心のない者も、子を持ってこそ、親の心は思い知るものである。

世を捨てて何事にも身軽な人が、総じて係累の多い人が、何事にもへつらい、欲が深いのを見て、むやみに見下すのはまちがっている。その人の身になって考えれば、ほんとうに切ないことだろう。親のため、妻子のためには、恥をも忘れて、盗みもしかねないことである。だから、盗人を捕らえ、悪事だけを罰するよりは、世の人が飢えず寒くないように、世の中を治めてほしいものだ。人は、決まった財産がないと、決まった心もない。人は窮すると盗みをする。世の中が治まらず、凍えや飢えの苦しみがあれば、罪人は絶えるはずがない。人を苦しめ、法を犯させておいて、それを罰するのは気の毒なことである。では、どのようにして人を恵んだらよいのかといえば、上に立つ者がぜいたくな浪費をやめ、民をいつくしみ農業を勧めれば、下の者に利益があることは疑いない。衣食が人並みであるうえで悪事をする者こそ、ほんとうの盗人と言うべきである。

〔第143段〕人の臨終の様子がすばらしかったことなどを、人が語るのを聞くと、ただ静かで取り乱さなかったと言えば奥ゆかしいのに、愚かな人は、不思議な変わった様子を語り添え、言った言葉もふるまいも、自分の好む方にほめたてるのは、その人の日ごろの本意ではないのではないかと思われる。この臨終という大事は、仏の化身の人でも定めることはできない。博学な人も推し量ることはできない。自分の心に違うところがなければ、人の見聞きすることによるべきではない。

〔第144段〕栂尾の上人が道をお通りになったとき、川で馬を洗う男が「足、足」と言ったので、上人は立ち止まって、「ああ尊いことよ。前世の善根が開いた人だなあ。『阿字、阿字』と唱えているぞ。どなたのお馬か。あまりに尊く思われるが」とお尋ねになったところ、「府生殿のお馬でございます」と答えた。「これはめでたいことだ。阿字本不生ということだ。うれしい結縁をしたものだ」と言って、感涙をおぬぐいになったということだ。

〔第145段〕御随身の秦重躬が、北面の下野入道信願を、「落馬の相のある人だ。よくよく用心なさい」と言ったのを、(信願は)まったく本当とは思わなかったが、信願は馬から落ちて死んでしまった。その道に長じた人の一言は神のようだと、人々は思った。さて「どういう相だったのか」と人が尋ねたところ、「ひどく桃尻で、しかも気の荒い馬を好んだので、この相をあてたのです。いつ申し誤ったことがありましょうか」と言った。

〔第146段〕明雲座主が人相見にお会いになって、「私には、もしや武器による災難があるか」とお尋ねになったところ、人相見は「まことにその相がおありです」と申しあげる。「どういう相か」とお尋ねになると、「傷害の恐れなどおありになるはずもないご身分なのに、かりにもそのようにお考えになってお尋ねになる。これがすでに、その危うさの兆しなのです」と申しあげた。はたして(座主は)矢に当たってお亡くなりになった。

〔第147段〕灸をすえた所が多くなると、神事にけがれがあるということは、近ごろ人が言い出したことである。格式などにも見えない。

〔第148段〕四十歳以上の人は、体に灸をすえるときに三里に灸をしないと、のぼせることがある。必ず(三里に)灸をするのがよい。

〔第149段〕鹿茸を鼻に当てて嗅いではならない。小さい虫がいて、鼻から入って脳を食うという。

〔第150段〕芸を身につけようとする人が、「上手にできないうちは、なまじっか人に知られまい。内々でよく習得してから人前に出るのこそ、たいそう奥ゆかしいだろう」といつも言うようだが、そう言う人は、一芸も習得することはない。まだまったく未熟なうちから、上手な人の中にまじって、けなされ笑われるのも恥じず、平気で過ごして励む人は、生まれつきの才能はなくても、道に停滞せず、勝手なふるまいをしないで年月を送れば、才能があっても励まない人よりは、最後には上手の位に至り、人望も備わり、人に認められて、並ぶもののない名声を得ることである。天下の名人といっても、初めは下手だという評判もあり、ひどい欠点もあった。けれども、その人が道の規律を正しく守り、これを重んじて勝手なふるまいをしなければ、世の手本として万人の師となることは、どの道でも変わるはずがない。

意訳

〔第142段〕荒くれ者の東国武士が「子を持ってこそ情けがわかる」と言った。だから、妻子のためにへつらう人を世捨て人が見下すのはまちがいだ。盗みは貧しさから生まれるのだから、罰するより先に、人々が飢えず凍えない世の中にすべきだ――孟子の「恒産なくして恒心なし」を引いて為政者の責任を説く、『徒然草』の中でも社会への関心がとくに強く表れた段である。

〔第143段〕臨終の様子を奇瑞で飾って語るのは、かえって故人の本意に背く。静かに取り乱さなかったと言えば十分だ。

〔第144段〕馬を洗う男の「あしあし(足を上げろ)」を、密教の「阿字」と聞いて感涙した明恵上人。尊い勘違いともいえるが、何を聞いても仏の教えに結びつける上人の純粋さが伝わる、ほほえましい逸話である。

〔第145段〕〔第146段〕桃尻なのに荒馬を好む人の落馬を予言した随身、武器の災難を心配すること自体が凶兆だと言った人相見。専門家の言葉の的確さを、二つの例で示す。

〔第147段〜第149段〕灸とけがれの俗説、四十を過ぎたら三里に灸をすえよ、鹿茸を嗅ぐと虫が脳を食う――身体と養生にまつわる短い記事である。

〔第150段〕「うまくなってから人前に出よう」と言う人は、結局何も身につかない。下手なうちから上手な人に交じり、笑われても恥じずに続ける人こそ、才能がなくても最後には名人になる。どんな名人も初めは下手だった――芸道を志す人への励ましとして、今もよく引かれる段である。

語釈・文法注

荒夷
荒々しい東国武士。
恩愛の道
親子・夫婦などの肉親の愛情。
するすみ
身軽で、係累のないこと。
ほだし
人を束縛するもの。家族など。
恒の產
一定の財産。生業。『孟子』の「恒産なき者は恒心なし」による。
凍餒
凍えと飢え。
權化
仏や菩薩が、人々を救うために仮に人の姿で現れたもの。
栂尾の上人
明恵上人高弁(1173〜1232)。京都の栂尾の高山寺を開いた華厳宗の僧。
宿執開發
前世からの善根が、この世で花開くこと。
阿字
梵字の最初の字「阿」。密教では万物の根源を表すとされる。
阿字本不生
阿字が表す、万物は本来生じも滅びもしないという真理。
府生
六衛府などの下級の官。
秦の重躬
御随身の秦氏の一人。
もゝじり
桃尻。馬に乗るとき、尻が鞍に落ち着かないこと。
沛艾
馬が荒々しく跳ね回ること。
明雲座主
天台座主の明雲(1115〜1183)。木曽義仲の法住寺殿襲撃の際、流れ矢にあたって死んだ。
三里
膝頭の下の外側にあるつぼ。
鹿茸
鹿の袋角。漢方薬として使われた。
かたほなる
未熟な。

文法

慈悲ありなむや
「な」は強意、「む」は推量、「や」は反語。慈悲が生まれようか、いや生まれない。
おこなはまほしきなり
「まほし」は願望。治めてほしいものである。
疑あるべからず
疑いがあるはずがない。
いつかは申し誤りたる
「かは」は反語。いつ申し誤ったことがあろうか。
人にしられじ
「じ」は打消意志。人に知られまい。

解説

第142段は、荒々しい東国武士の一言から話を起こし、世を捨てた人が家族持ちを見下すことを戒め、さらに盗みの原因を貧しさに求めて、為政者の責任を論じる。「衣食よのつねなるうへに、ひがことせむ人をぞまことの盗人とはいふべき」という結論は、儒教の徳治思想をふまえながら、民の生活への深い共感を示している。

第144段の明恵上人は、兼好が深く尊敬した高僧である。馬子の言葉を真言と聞き誤る話は、一見滑稽だが、何事にも仏の教えを見いだす上人の純粋な信仰心を、兼好は温かく描いている。

第150段は、芸道論として名高い。完成してから人前に出ようとする完璧主義を退け、未熟なうちから上手に交じって努力し続けることを説く。「天下のものの上手といへども、はじめは不堪のきこえもあり」という言葉は、学びの途中にいる人への励ましとして、今もよく引用される。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、822〜824頁(コマ425–426)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日