徒然草 第25章(第138段〜第141段)
後の葵と家にありたき木
祭が終わるとすぐに葵を取り捨てる人を惜しみ、古歌や『枕草子』を引いて枯れた葵や菖蒲の情趣を語る段、家に植えたい木や草花の好み、死後に財産を残すことの見苦しさ、東国人と都人の気質をめぐる堯蓮上人の言葉を収める。

- 1祭祭まつり過過すぎぬればぎぬればぎぬれば、、、ののの葵葵あおい不用不用ふようなりとてなりとてなりとて、、、あるあるある人人ひとののの御簾御簾みすなるなるなるををを皆皆みなとらせられとらせられとらせられ侍侍はべりしがりしがりしが、、、色色いろもなくおぼえもなくおぼえもなくおぼえ侍侍はべりしりしりしををを、、、よきよきよき人人ひとのしたまふことなればのしたまふことなればのしたまうことなれば、、、さるべきにやとさるべきにやとさるべきにやと思思おもひしかどひしかどいしかど、、、ののの內侍內侍ないしががが、、、
- 2「「「かくれどもかひなきものかくれどもかひなきものかくれどもかいなきものはもはもはもろともにみすのろともにみすのろともにみすの葵葵あおいののの枯葉枯葉かれわなりけりなりけりなりけり」」」
- 3とよめるもとよめるもとよめるも、、、「「「ののの御簾御簾みすににに葵葵あおいのかゝりたるのかゝりたるのかかりたる枯葉枯葉かれわをををよめるよめるよめる」」」よしよしよしののの集集しゅうにかけりにかけりにかけり。。。ふるきふるきふるき歌歌うたのことばがきにのことばがきにのことばがきに、、、「「「枯枯かれたるれたるれたる葵葵あおいにさしてにさしてにさして遣遣つかはしけるはしけるわしける」」」ともともとも侍侍はべりりり。。。
- 4枕草紙枕草紙まくらのそうしにもにもにも、、、「「「こしかたこしかたこしかた戀戀こいしきものしきものしきもの、、、かれたるかれたるかれたる葵葵あおい」」」とかけるこそいみじくなつかしうとかけるこそいみじくなつかしうとかけるこそいみじくなつかしゅう思思おもひよりたれひよりたれいよりたれ。。。鴨長明鴨長明かものちょうめいががが四季四季しきののの物語物語ものがたりにもにもにも「「「玉玉たまだれにだれにだれに後後のちののの葵葵あおいはははとまりけりとまりけりとまりけり」」」とぞかけるとぞかけるとぞかける。。。
- 5おのれとおのれとおのれと枯枯かるゝだにこそあるるゝだにこそあるるるだにこそあるををを、、、名殘名殘なごりなくいかゞとりなくいかゞとりなくいかがとり捨捨すつべきつべきつべき。。。御帳御帳みちょう、、、九月九日九月九日くがつここのか菊菊きくにとりかへらるゝといへばにとりかへらるゝといへばにとりかえらるるといえば、、、さうぶさうぶそうぶははは菊菊きくのののをををりまでもあるべきにこそりまでもあるべきにこそりまでもあるべきにこそ。。。
- 6ののの皇太后宮皇太后宮こうたいこうぐうかくれかくれかくれ給給たまひてのちひてのちいてのち、、、ふるきふるきふるき御帳御帳みちょうののの內內うちににに、、、さうぶさうぶそうぶ藥玉藥玉くすだまなどのなどのなどの枯枯かれたるがれたるがれたるが侍侍はべりけるりけるりけるををを見見みててて、、、「「「をりならぬねをりならぬねおりならぬねをををなほぞかけつるなほぞかけつるなおぞかけつる」」」とととののの乳母乳母めのとのいへるのいへるのいえる返返かえりごとにりごとにりごとに、、、「「「あやめのあやめのあやめの草草くさはははありながらありながらありながら」」」ともともともののの侍從侍從じじゅうがよみしぞかしがよみしぞかしがよみしぞかし。。。
- 7家家いえにありたきにありたきにありたき木木きははは松松まつ、、、櫻櫻さくら。。。松松まつはははもよしもよしもよし。。。花花はなはははひとへなるよしひとへなるよしひとえなるよし。。。八重櫻八重櫻やえざくらははは奈良奈良ならののの都都みやこにのみありけるにのみありけるにのみありけるををを、、、このころぞこのころぞこのころぞ世世よににに多多おおくなりくなりくなり侍侍はべるなるるなるるなる。。。
- 8吉野吉野よしのののの花花はな、、、ののの櫻櫻さくら、、、皆皆みなひとへにてこそあれひとへにてこそあれひとえにてこそあれ、、、八重櫻八重櫻やえざくらはははことやうのものなりことやうのものなりことようのものなり。。。いとこちたくねぢけたりいとこちたくねぢけたりいとこちたくねじけたり。。。栽栽うゑずともありなむゑずともありなむえずともありなむ。。。遲櫻遲櫻おそざくらまたすさまじまたすさまじまたすさまじ。。。
- 9蟲蟲むしのつきたるものむづかしのつきたるものむづかしのつきたるものむずかし。。。梅梅うめはははしろきしろきしろき、、、うすうすうす紅梅紅梅こうばい、、、一重一重ひとえなるがとくなるがとくなるがとく咲咲さきたるもきたるもきたるも、、、かさなりたるかさなりたるかさなりたる紅梅紅梅こうばいののの、、、にほひめでたきもみなにほひめでたきもみなにおいめでたきもみなをををかしかしかし。。。
- 10おそきおそきおそき梅梅うめははは櫻櫻さくらににに咲咲さきあひてきあひてきあいて、、、おぼえおとりけおされておぼえおとりけおされておぼえおとりけおされて、、、枝枝えだににに萎萎しおみつきたるこゝろうしみつきたるこゝろうしみつきたるこころうし。。。「「「一重一重ひとえなるがまづなるがまづなるがまず咲咲さきてきてきて散散ちりたるりたるりたるははは、、、心心こころとくとくとくをををかしかしかし」」」とてとてとてははわ、、、なほなほなお一重梅一重梅ひとえうめをををなむなむなん軒近軒近のきちかくうゑられたりけるくうゑられたりけるくうえられたりける。。。
- 11京極京極きょうごくののの屋屋やののの南南みなみむきにむきにむきに、、、今今いまももも二本二本ふたもとはははべるめりべるめりべるめり。。。柳柳やなぎまたまたまたをををかしかしかし。。。卯月卯月うづきばかりのわかばかりのわかばかりのわか楓楓かえで、、、すべてすべてすべて萬萬よろずののの花紅葉花紅葉はなもみじにもまさりてめでたきものなりにもまさりてめでたきものなりにもまさりてめでたきものなり。。。
- 12橘橘たちばな、、、桂桂かつら、、、いづれもいづれもいずれも木木きはもはもはものののふりふりふり大大おおきなるよしきなるよしきなるよし。。。草草くさははは山吹山吹やまぶき、、、藤藤ふじ、、、杜若杜若かきつばた、、、撫子撫子なでしこ、、、池池いけにににははは蓮蓮はちす、、、秋秋あきののの草草くさははは荻荻おぎ、、、薄薄すすき、、、、、、萩萩はぎ、、、女郞花女郞花おみなえし、、、藤袴藤袴ふじばかま、、、しししをををににに、、、われもかうわれもかうわれもこう、、、苅萱苅萱かるかや、、、りんだうりんだうりんどう、、、菊菊きく、、、黃菊黃菊きぎくももも、、、蔦蔦つた、、、葛葛かずら、、、朝顏朝顏あさがお、、、いづれもいといづれもいといずれもいと高高たかからずからずからず、、、さゝやかなるさゝやかなるささやかなる垣垣かきにしげからぬよしにしげからぬよしにしげからぬよし。。。
- 13このこのこの外世外世ほかよにまれなるものにまれなるものにまれなるもの、、、唐唐からめきたるめきたるめきたる名名なのきゝにくゝのきゝにくゝのききにくく、、、花花はなももも見見みなれぬなどなれぬなどなれぬなど、、、いとなつかしからずいとなつかしからずいとなつかしからず。。。大大おおかたかたかた何何なにもめづらしくありがたきものもめづらしくありがたきものもめずらしくありがたきものははは、、、よからぬよからぬよからぬ人人ひとのもてのもてのもて興興きょうずるものなりずるものなりずるものなり。。。さやうのものなくてありなむさやうのものなくてありなむさようのものなくてありなむ。。。
- 14身死身死みししてしてして財財たからのこることのこることのこることははは智者智者ちしゃのせざるところなりのせざるところなりのせざるところなり。。。よからぬものたくよからぬものたくよからぬものたくはははへおきたるもつたなくへおきたるもつたなくへおきたるもつたなく、、、よきものよきものよきものははは心心こころをををとゞめけむととゞめけむととどめけむとはははかなしかなしかなし。。。
- 15こちたくこちたくこちたく多多おおかるましてかるましてかるまして口口くちをををししし。。。「「「我我わこそえめこそえめこそえめ」」」などいふものどもありてなどいふものどもありてなどいうものどもありて、、、あとにあとにあとに爭爭あらそひたるさまあしひたるさまあしいたるさまあし。。。後後のちははは誰誰たれにとこゝろざすものあらばにとこゝろざすものあらばにとこころざすものあらば、、、いけらむうちにぞゆづるべきいけらむうちにぞゆづるべきいけらむうちにぞゆずるべき。。。
- 16朝夕朝夕あさゆうなくてかなはざらむものこそあらめなくてかなはざらむものこそあらめなくてかなわざらむものこそあらめ、、、そのそのその外外ほかははは何何なにももたでぞあらまほしきももたでぞあらまほしきももたでぞあらまほしき。。。
- 17ののの上人上人しょうにんははは、、、俗姓俗姓ぞくしょうははは三浦三浦みゅうらのなにがしとかやのなにがしとかやのなにがしとかや、、、さうなきさうなきそうなき武者武者むしゃなりなりなり。。。故鄕故鄕ふるさとののの人人ひとののの來來きててて物物ものがたりすとてがたりすとてがたりすとて、、、「「「あづまあづまあずま人人ひとこそいひつることこそいひつることこそいいつることはははたのまるれたのまるれたのまるれ。。。都都みやこののの人人ひとはははうけのみよくてうけのみよくてうけのみよくて、、、まことなしまことなしまことなし」」」といひしといひしといいしををを、、、聖聖ひじり「「「それそれそれはははさこそおぼすらめどもさこそおぼすらめどもさこそおぼすらめども、、、おのれおのれおのれははは都都みやこににに久久ひさしくすみてしくすみてしくすみて、、、馴馴なれてれてれて見見みるにるにるに、、、人人ひとののの心心こころおとれりとおとれりとおとれりとははは思思おもひひい侍侍はべらずらずらず。。。なべてなべてなべて心心こころやはらかにやはらかにやわらかに情情なさけあるゆゑにあるゆゑにあるゆえに、、、人人ひとのいふのいふのいうほどのことほどのことほどのこと、、、けやけくいなびがたくけやけくいなびがたくけやけくいなびがたく、、、よろづえいひよろづえいひよろずえいいはははなたずなたずなたず、、、心心こころよわくことよわくことよわくことうけしつうけしつうけしつ。。。僞僞いつわりせむとせむとせむとははは思思おもはははねどねどねど、、、ともしくかなはぬともしくかなはぬともしくかなわぬ人人ひとのみあればのみあればのみあれば、、、おのづからおのづからおのずから本意本意ほいとほらぬこととほらぬこととおらぬこと多多おおかるべしかるべしかるべし。。。吾妻人吾妻人あずまうどははは我我わがかたなれどがかたなれどがかたなれど、、、げにげにげにははは心心こころののの色色いろなくなくなく情情なさけおくれおくれおくれ、、、偏偏ひとえ、、、はじめよりいなといひてはじめよりいなといひてはじめよりいなといいて止止やみぬみぬみぬ。。。にぎはひゆたかなればにぎはひゆたかなればにぎわいゆたかなれば、、、人人ひとにににはははたのまるゝぞかしたのまるゝぞかしたのまるるぞかし」」」とことわられとことわられとことわられ侍侍はべりしこそりしこそりしこそ。。。
- 18このこのこの聖聲聖聲ひじりこえうちゆがみあらあらしくてうちゆがみあらあらしくてうちゆがみあらあらしくて、、、聖敎聖敎しょうぎょうのこまやかなることわりのこまやかなることわりのこまやかなることわり、、、いとわきまへずもやといとわきまへずもやといとわきまえずもやと思思おもひしにひしにいしに、、、このこのこの一言一言ひとことののの後心後心のちこころにくゝなりてにくゝなりてにくくなりて、、、多多おおかるかるかる中中なかににに寺寺てらをもをもをも住持住持じゅうじせらるゝせらるゝせらるるははは、、、かくやはらぎたるところありてかくやはらぎたるところありてかくやわらぎたるところありて、、、そのそのその益益やくもあるにこそとおぼえもあるにこそとおぼえもあるにこそとおぼえ侍侍はべりしりしりし。。。
現代語訳
〔第138段〕「祭が過ぎたから、後の葵は不用だ」と言って、ある人が御簾にかけてあった葵をすべて取らせなさいましたが、趣もなく思われましたのを、教養ある方のなさることだから、そうすべきわけがあるのかと思ったけれど、周防内侍が、
「かくれどもかひなきものはもろともにみすの葵の枯葉なりけり」
と詠んだのも、「母屋の御簾に葵がかかっている枯葉を詠んだ」ということが、家集に書いてある。古い歌の詞書にも、「枯れた葵にさして贈った」ともある。『枕草子』にも、「過ぎ去った昔が恋しくなるもの、枯れた葵」と書いてあるのは、たいそう心ひかれる思いつきである。鴨長明の『四季物語』にも、「玉だれに後の葵はとまりけり」と書いてある。自然に枯れていくのさえ惜しいのに、どうして名残もなく取り捨ててよかろうか。御帳にかけてある薬玉も、九月九日に菊に取り替えられるというのだから、菖蒲は菊の節句まではかけておくべきなのだろう。枇杷皇太后宮がお亡くなりになった後、古い御帳の中に、菖蒲や薬玉などの枯れたのがありましたのを見て、「折でもないのに根(音)をなおかけていることだ」と弁の乳母が詠んだ返歌に、「あやめの草はありながら」と江侍従が詠んだのであるよ。
〔第139段〕家に植えておきたい木は、松と桜。松は五葉の松もよい。花は一重のものがよい。八重桜は奈良の都にだけあったのを、このごろは世に多くなっているそうです。吉野の花も、左近の桜も、みな一重であるのに、八重桜は変わったものである。たいそう大げさで、ひねくれている。植えなくてもよいだろう。遅桜もまた興ざめである。虫のついたものは気味が悪い。梅は白いのも薄紅梅も、一重のものが早く咲いたのも、八重の紅梅で香りのすばらしいのも、みな趣がある。遅咲きの梅は、桜と咲き合わせて評判が落ち、圧倒されて、枝にしおれてついているのは情けない。「一重のものがまず咲いて散ったのは、気が早くておもしろい」と言って、京極入道中納言(藤原定家)は、やはり一重の梅を軒近くに植えられた。京極の家の南向きに、今も二本あるようです。柳もまた趣がある。四月ごろの若楓は、すべてどんな花や紅葉にもまさってすばらしいものである。橘や桂は、どちらも木は古びて大きいのがよい。
草は山吹、藤、杜若、撫子。池には蓮。秋の草は荻、薄、桔梗、萩、女郎花、藤袴、紫苑、吾亦紅、刈萱、竜胆、菊。黄菊もよい。蔦、葛、朝顔、どれもあまり丈が高くなく、小さな垣にあまり茂っていないのがよい。このほか、世にまれなものや、中国風の名前が聞きなれず、花も見なれないものなどは、まったく親しみがわかない。だいたい、何でも珍しくめったにないものは、品のない人がもてはやすものである。そういうものは、ないほうがよいだろう。
〔第140段〕死後に財産が残ることは、知恵ある人のしないことである。つまらないものを蓄えておいたのもみっともないし、よいものは、執着していたのだろうと思われて情けない。やたらに多いのは、なおさら残念だ。「自分こそもらおう」などと言う者たちがいて、死後に争っているのは見苦しい。死後はだれそれにと心に決めているものがあるならば、生きているうちに譲るべきである。朝夕なくては困るものはしかたがないが、そのほかは何も持たないでいたいものだ。
〔第141段〕悲田院の堯蓮上人は、俗姓は三浦の何某とかいって、並ぶ者のない武士である。故郷の人が来て話をするというので、「東国の人こそ、言ったことは信頼できる。都の人は、引き受けることばかり調子がよくて、誠実さがない」と言ったところ、上人は「あなたはそうお思いになるだろうが、私は都に長く住んで、慣れ親しんで見ると、人の心が劣っているとは思いません。総じて心が柔和で情があるので、人の頼むことを、きっぱりと断りにくく、何事もはっきりと言い切れず、気弱く引き受けてしまうのです。偽ろうとは思わないけれど、貧しくて思うにまかせない人ばかりなので、自然と本意が通らないことが多いのでしょう。東国の人は私の同郷ですが、実のところ心の優しさがなく、情に欠け、ひたすら武骨な者なので、初めから『いや』と言って終わりにしてしまう。(けれども)にぎわって豊かなので、人から頼りにされるのですよ」と道理を説かれましたのは、(立派であった)。この上人は、声がなまって荒々しくて、仏典の細かい道理などわきまえていないのではないかと思っていたが、この一言の後、奥ゆかしく思われて、多くの僧の中で寺の住職をなさっているのは、このように柔和なところがあって、その徳もあるからなのだろうと思われました。
意訳
〔第138段〕祭が終わったからと葵をすぐ取り捨てるのは味気ない。周防内侍の歌、古歌の詞書、『枕草子』の「こしかた恋しきもの、かれたる葵」、長明の『四季物語』と、先人の言葉を次々に引いて、枯れたものにも情趣があることを示す。第137段の美意識を、具体的な風習に即して語った段である。
〔第139段〕庭木は松と桜、桜は一重がよく、八重桜はくどい。梅は早咲きの一重が趣深いと定家も愛した。草花は丈が低く、垣に控えめに茂るのがよい。珍しい外来の花は品のない人が好むもの――兼好の庭の好みは、素朴で控えめなものに向いている。
〔第140段〕死後に財産を残すのは見苦しい。遺産をめぐる争いを招く。譲りたいものは生きているうちに譲り、日用品のほかは何も持たないのがよい。
〔第141段〕東国の武士出身の堯蓮上人は、「都の人は口先ばかりで誠がない」という同郷人に、「都の人は情が深いから断りきれず、貧しいから約束が果たせないのだ。東国人は情に欠けるが、豊かだから頼りにされるのだ」と答えた。見かけによらぬ思慮深さに、兼好は感服している。
語釈・文法注
- 後の葵
- 賀茂祭が終わった後の葵。祭の日に家々の簾などにかけた。
- 周防の內侍
- 平安後期の女房歌人。百人一首の「春の夜の夢ばかりなる」の作者。
- 母屋
- 寝殿造りの建物の中心部分。
- 家の集
- 個人の歌集。家集。
- くすだま
- 薬玉。五月五日に、香料を入れた袋に菖蒲や蓬を添え、五色の糸を垂らしたもの。邪気を払うとされた。
- 枇杷の皇太后宮
- 藤原妍子(994〜1027)。三条天皇の中宮。
- 辨の乳母
- 妍子に仕えた女房歌人。
- 江の侍從
- 大江匡衡の娘。歌人。
- 五葉
- 五葉の松。
- 左近の櫻
- 紫宸殿の前の東側に植えられた桜。
- 京極入道中納言
- 藤原定家(1162〜1241)。
- きちかう
- 桔梗。
- 悲田院
- 貧しい人や孤児を収容した施設。のち寺となった。
- 堯蓮上人
- 三浦氏出身の僧。伝未詳。
- ことうけ
- 人の頼みを引き受けること。
- すくよか
- 無骨なさま。
文法
- さるべきにや
- 下に「あらむ」が省略されている。そうすべきわけがあるのだろうか。
- いかゞとり捨つべき
- 「いかゞ…べき」は反語。どうして取り捨ててよかろうか。
- 栽ゑずともありなむ
- 「な」は強意、「む」は適当。植えなくてもよいだろう。
- ことわられ侍りしこそ
- 「こそ」の下に「いみじけれ」などが省略されている。
和歌
かくれどもかひなきものはもろともにみすの葵の枯葉なりけり
- 詠者
- 周防内侍
- 状況
- 母屋の御簾にかかった葵の枯葉を詠んだ歌(『周防内侍集』)。第138段で、祭の後の葵にも情趣があることの証として引かれる。
修辞
- 掛詞
- 「かく」に「(葵を)掛く」と「斯く」、「葵」に「逢ふ日」、「かひなき」に「甲斐なき」をかけ、逢うことのかなわない恋のむなしさを、枯れた葵に託す。
解説
第138段は、第137段の「花は盛りに」の美意識を、賀茂祭の葵という具体例で展開した段である。兼好は、自分の感覚を裏づけるために、周防内侍、清少納言、鴨長明などの先人の言葉を次々に引く。古典に通じた兼好らしい、考証的な書き方である。
第139段は、兼好の好きな木と草花を列挙した段である。八重桜を「こちたくねぢけたり」と嫌い、一重の花を好む趣味は、第137段・第82段などと同じく、華美より素朴を尊ぶ美意識の表れである。定家の一重梅の逸話は、和歌の家の伝承として兼好が聞き知っていたものだろう。
第141段の堯蓮上人の言葉は、東国と都の人の気質の違いを、経済的な事情まで含めて分析したもので、鋭い人間観察として評価が高い。兼好は、荒々しい外見の上人が、実は深い思いやりを持っていたことに感じ入り、人を見かけで判断してはならないことを示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、819〜822頁(コマ423–425)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日