徒然草 第24章(第137段)
花は盛りに
「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」――満開の花や満月だけでなく、散った後や雲間の月にこそ情趣があると説く、『徒然草』を代表する段。賀茂祭の見物に騒ぐ田舎者と都の上品な人との対比を経て、祭の後の大路のさびしさから、人の死の避けがたさへと思いを深めていく。

- 1花花はなははは盛盛さかりににに月月つきはははなきなきなきをををのみのみのみ見見みるものかるものかるものかははは。。。雨雨あめにむかひてにむかひてにむかいて月月つきををを戀戀こひひひ、、、春春はるのゆくへのゆくへのゆくえ知知しらぬもらぬもらぬも、、、なほあはれになさけなほあはれになさけなおあわれになさけふかしふかしふかし。。。咲咲さきぬべききぬべききぬべきほどのほどのほどの梢梢こずえ、、、散散ちりしりしりしをををれたるれたるれたる庭庭にわなどこそなどこそなどこそ見見みどころおほけれどころおほけれどころおおけれ。。。
- 2のことばがきにものことばがきにものことばがきにも、、、「「「花花はな見見みにまかれりけるににまかれりけるににまかれりけるに、、、はやくはやくはやく散散ちりりり過過すぎにければぎにければぎにければ」」」ともともとも、、、「「「さはるさはるさわる事事ことありてまからでありてまからでありてまからで」」」などもなどもなども書書かけるけるけるははは、、、「「「花花はなををを見見みててて」」」といへるにおとれることかといへるにおとれることかといえるにおとれることかははは。。。
- 3花花はなのちりのちりのちり月月つきののの傾傾かたぶぶくぶくぶくををを慕慕したふならひふならひうならいはははさることなれどさることなれどさることなれど、、、人人ひとぞぞぞ「「「このこのこの枝枝えだかのかのかの朶散朶散えだちりにけりりにけりりにけり。。。今今いまははは見所見所みどころなしなしなし」」」などなどなどはははいふめるいふめるいうめる。。。
- 4萬萬よろずののの事事こともももはじめはじめはじめをををはりこそはりこそはりこそをををかしけれかしけれかしけれ。。。男女男女なんにょののの情情なさけもももひとへにあひひとへにあひひとえにあい見見みるるるをばをばをばいふものかいふものかいうものかははは。。。逢逢あはははでやみにしでやみにしでやみにしうさうさうさををを思思おもひひい、、、あだなるちぎりあだなるちぎりあだなるちぎりをををかこちかこちかこち、、、長長ながききき夜夜よをををひとりあかしひとりあかしひとりあかし、、、遠遠とおきききゐゐいをををおもひやりおもひやりおもいやり、、、ががが宿宿やどにむかしにむかしにむかしををを忍忍しのぶこそぶこそぶこそ色色いろこのむとこのむとこのむとはははいいいはははめめめ。。。
- 5望月望月もちづきのくまなきのくまなきのくまなきををを、、、千里千里ちさとののの外外ほかまでながめたるよりもまでながめたるよりもまでながめたるよりも、、、曉近曉近あかつきちかくなりてくなりてくなりて待待まちいでたるがちいでたるがちいでたるが、、、いといといとふかうふかうふこう靑靑あおみたるやうにてみたるやうにてみたるようにて、、、ふかきふかきふかき山山やまののの杉杉すぎののの梢梢こずえににに見見みえたるえたるえたる木木きのまのかげのまのかげのまのかげ、、、うちしぐれたるむらうちしぐれたるむらうちしぐれたるむら雲雲くもがくれのがくれのがくれのほどほどほど、、、またなくあはれなりまたなくあはれなりまたなくあわれなり。。。
- 6などのぬれたるやうなるなどのぬれたるやうなるなどのぬれたるようなる葉葉はののの上上うえにきらめきたるこそにきらめきたるこそにきらめきたるこそ、、、身身みにしみてにしみてにしみて心心こころあらむあらむあらむ友友とももがなともがなともがなと、、、都都みやここひしうおぼゆれこひしうおぼゆれこいしゅうおぼゆれ。。。すべてすべてすべて月花月花つきはなをばをばをばさのみさのみさのみ目目めにてにてにて見見みるものかるものかるものかははは。。。
- 7春春はるははは家家いえををを立立たちさらでもちさらでもちさらでも、、、月月つきののの夜夜よははは閨閨ねやのののうちながらもうちながらもうちながらも思思おもへるこそいとたのもしうへるこそいとたのもしうえるこそいとたのもしゅうをををかしけれかしけれかしけれ。。。よきよきよき人人ひとはははひとへにすけるさまにもひとへにすけるさまにもひとえにすけるさまにも見見みえずえずえず、、、興興きょうずるさまもなほざりなりずるさまもなほざりなりずるさまもなおざりなり。。。
- 8かたかたかた田舍田舍いなかののの人人ひとこそこそこそ色色いろこくよろづこくよろづこくよろずはもはもはもててて興興きょうずれずれずれ。。。花花はなのもとにのもとにのもとにははは立立たちよりちよりちより、、、あからめもせずまもりてあからめもせずまもりてあからめもせずまもりて、、、酒酒さけのみのみのみ連歌連歌れんがしてしてして、、、はてはてはてははは大大おおきなるえだなるえだなるえだ心心こころなくなくなく折折おりとりぬりとりぬりとりぬ。。。
- 9泉泉いずみにににははは手足手足てあしさしさしさしひたしひたしひたしててて、、、雪雪ゆきにににはははおりたちておりたちておりたちて跡跡あとつけなどつけなどつけなど、、、萬萬よろずののの物物ものよそながらよそながらよそながら見見みることなしることなしることなし。。。さやうのさやうのさようの人人ひとのののしさましさましさま、、、いとめづらかなりきいとめづらかなりきいとめずらかなりき。。。
- 10見見みごといとおそしごといとおそしごといとおそし。。。そのそのそのほどほどほどははは不用不用ふようなりとてなりとてなりとて、、、奧奧おくなるなるなる屋屋やにてにてにて酒酒さけのみものくひのみものくひのみものくい、、、圍碁圍碁いご雙六雙六すぐろくなどなどなど遊遊あそびてびてびて、、、棧敷棧敷さじきにににははは人人ひとをををおきたればおきたればおきたれば、、、「「「わたりわたりわたり候候そうろうふふう」」」といふといふという時時ときににに、、、おのおのおのおのおのおの肝肝きもつぶるゝやうにつぶるゝやうにつぶるるように爭爭あらそひひい走走はしりのぼりてりのぼりてりのぼりて、、、落落おちぬべきまでちぬべきまでちぬべきまで簾張簾張すだれはりいでゝおしあひつゝりいでゝおしあひつゝりいでておしあいつつ、、、一事一事いちじももも見見みもらさじとまもりてもらさじとまもりてもらさじとまもりて、、、とありかゝりととありかゝりととありかかりと物事物事ものごとにいひてわたりにいひてわたりにいいてわたり過過すぎぬればぎぬればぎぬれば「「「又渡又渡またわたらむまでらむまでらむまで」」」といひておりぬといひておりぬといいておりぬ。。。
- 11唯物唯物ただものをををのみのみのみ見見みむとするなるべしむとするなるべしむとするなるべし。。。都都みやこののの人人ひとのゆゝしげなるのゆゝしげなるのゆゆしげなるははは、、、ねぶりていともねぶりていともねぶりていとも見見みずずず。。。若若わかくすゑずゑなるくすゑずゑなるくすえずえなるははは、、、宮仕宮仕みやづかえにたちゐにたちゐにたちい、、、人人ひとののの後後のちにさぶらふにさぶらふにさぶらうははは、、、さまあしくもさまあしくもさまあしくも及及およびかゝらずびかゝらずびかからず、、、わりなくわりなくわりなく見見みむとするむとするむとする人人ひともなしもなしもなし。。。
- 12何何なにとなくとなくとなくかけわたしてなまめかしきにかけわたしてなまめかしきにかけわたしてなまめかしきに、、、明明あけけけ離離はなれぬれぬれぬほどほどほど、、、忍忍しのびてびてびて寄寄よするするする車車くるまどものゆかしきどものゆかしきどものゆかしきををを、、、それかかれかなどそれかかれかなどそれかかれかなど思思おもひよすればひよすればいよすれば、、、牛飼牛飼うしかい下部下部しもべなどのなどのなどの見知見知みしれるもありれるもありれるもあり。。。
- 13をかしくもきらきらしくもをかしくもきらきらしくもおかしくもきらきらしくも、、、さまざまにさまざまにさまざまに行行ゆきかふきかふきかう見見みるもるもるもつれづれつれづれつれづれならずならずならず。。。暮暮くるゝるゝるるほどにほどにほどにははは、、、立立たてならべつるてならべつるてならべつる車車くるまどもどもども、、、所所ところなくなみゐつるなくなみゐつるなくなみいつる人人ひとももも、、、いづかたいづかたいずかたへへへ行行ゆきつらむきつらむきつらむ、、、程程ほどなくまれになりてなくまれになりてなくまれになりて、、、車車くるまどものらうがはしさもすみぬればどものらうがはしさもすみぬればどものろうがわしさもすみぬれば、、、簾簾すだれたゝみもとりたゝみもとりたたみもとりはらひはらひはらい、、、目目めののの前前まえにさびしげになりゆくこそにさびしげになりゆくこそにさびしげになりゆくこそ世世よのためしものためしものためしも思思おもひひい知知しられてあはれなれられてあはれなれられてあわれなれ。。。
- 14大路見大路見おおじみたるこそたるこそたるこそ祭見祭見まつりみたるにてたるにてたるにてはははあれあれあれ。。。かのかのかの棧敷棧敷さじきののの前前まえををを、、、こゝらこゝらここら行行ゆきかふきかふきかう人人ひとののの見知見知みしれるがあまたあるにてれるがあまたあるにてれるがあまたあるにて知知しりぬりぬりぬ。。。世世よののの人數人數にんじゅもさのみもさのみもさのみはははおおおほからぬにこそほからぬにこそほからぬにこそ。。。
- 15このこのこの人人ひとみなみなみな失失うせなむせなむせなむ後後のち、、、我我わががが身死身死みしぬべきにさだまりたりともぬべきにさだまりたりともぬべきにさだまりたりともほどなくほどなくほどなく待待まちつけぬべしちつけぬべしちつけぬべし。。。大大おおきなるきなるきなる器器うつわものににに水水みずををを入入いれてれてれて、、、細細ぼそききき孔孔あなをををあけたらむにあけたらむにあけたらむに、、、滴滴したたることすくなしといふともることすくなしといふともることすくなしというとも、、、怠怠おこたるまなくるまなくるまなく漏漏もりゆかばりゆかばりゆかば、、、やがてやがてやがて盡盡つきぬべしきぬべしきぬべし。。。
- 16都都みやこのののうちにおほきうちにおほきうちにおおき人人ひと、、、死死しなざるなざるなざる日日ひはははあるべからずあるべからずあるべからず。。。一日一日ひといににに一人二人一人二人ひとりうたりのみならむやのみならむやのみならむや。。。鳥部野鳥部野とりべの、、、、、、さらぬさらぬさらぬ野山野山のやまにもにもにも、、、送送おくるるる數數かずおおおほかるほかるほかる日日ひはははあれどあれどあれど、、、おくらぬおくらぬおくらぬ日日ひはははなしなしなし。。。
- 17さればさればされば棺棺ひつぎをををひさぐものひさぐものひさぐもの、、、作作つくりてりてりてうちおくうちおくうちおくほどなしほどなしほどなし。。。わかきにもよらずわかきにもよらずわかきにもよらず、、、つよきにもよらずつよきにもよらずつよきにもよらず、、、思思おもひかけぬひかけぬいかけぬははは死期死期しごなりなりなり。。。今日今日きょうまでのがれまでのがれまでのがれ來來きにけるにけるにけるははは、、、ありがたきありがたきありがたき不思議不思議ふしぎなりなりなり。。。
- 18しばしもしばしもしばしも世世よをををのどかにのどかにのどかに思思おもひなむやひなむやいなむや。。。子立子立こだてといふものといふものというものををを、、、雙六雙六すぐろくののの石石いしにてつくりてにてつくりてにてつくりて立立たててて並並ならべたるべたるべたるほどほどほどははは、、、とられむこといづれのとられむこといづれのとられむこといずれの石石いしともともとも知知しらねどもらねどもらねども、、、數數かぞへあてゝへあてゝえあてて一一ひとつつつをををとりぬればとりぬればとりぬれば、、、そのそのその外外ほかはははのがれぬとのがれぬとのがれぬと見見みれどれどれど、、、またまたまたまたまたまた數數かぞふればふればうれば、、、かれこれまぬきかれこれまぬきかれこれまぬき行行ゆくくくほどにほどにほどに、、、いづれものがれざるにいづれものがれざるにいずれものがれざるに似似にたりたりたり。。。
- 19つつつはもはもはものゝのゝのの軍軍いくさにいづるにいづるにいずるははは、、、死死しににに近近ちかきこときこときことををを知知しりてりてりて、、、家家いえをもをもをも忘忘わすれれれ身身みをもをもをもわするわするわする。。。世世よをををそむけるそむけるそむける草草くさののの庵庵いおりにににははは、、、しづかにしづかにしずかにをもをもをもてあそびててあそびててあそびて、、、これこれこれをををよそによそによそに聞聞きくとくとくと思思おもへるへるえるはははいといといとはははかなしかなしかなし。。。
- 20しづかなるしづかなるしずかなる山山やまののの奧奧おく、、、無常無常むじょうのかたききほひのかたききほひのかたききおい來來くらざらむやらざらむやらざらむや。。。そのそのその死死しににに臨臨のぞめることめることめること、、、軍軍いくさののの陣陣じんににに進進すすめるにおなじめるにおなじめるにおなじ。。。
現代語訳
〔第137段〕桜の花は満開のときだけを、月はかげりのないときだけを見るものだろうか。雨に向かって見えない月を恋い慕い、簾をおろして家にこもり、春の過ぎゆくのを知らずにいるのも、やはりしみじみとして情趣が深い。今にも咲きそうなころの梢や、花の散りしおれた庭などこそ、見どころが多い。歌の詞書にも、「花見に出かけたところ、もう散ってしまっていたので」とか、「差しつかえることがあって出かけないで」などと書いてあるのは、「花を見て」と書いたのに劣ることがあろうか。花が散り、月が傾くのを惜しむならいはもっともなことだが、ことに物の情趣を解さない人は、「この枝もあの枝も散ってしまった。今はもう見どころがない」などと言うようだ。
何事も、始めと終わりこそおもしろい。男女の恋も、ひたすら逢って契ることだけを言うだろうか。逢わずに終わってしまったつらさを思い、はかない約束を嘆き、長い夜をひとりで明かし、遠い空の下の人を思いやり、浅茅の生い茂る荒れた家で昔をしのぶことこそ、恋の情趣を知るとは言うだろう。満月のかげりのないのを、千里のかなたまで眺めているよりも、明け方近くなって待ちに待って出てきた月が、たいそう深く青みがかったようで、深い山の杉の梢の間に見えている木の間の光や、さっと時雨を降らせる群雲に隠れているさまのほうが、この上なくしみじみとしている。椎柴や白樫などの、ぬれたような葉の上に月の光がきらめいているのは、身にしみて、情趣を解する友がいたらなあと、都が恋しく思われる。
すべて、月や花を、そうむやみに目でばかり見るものだろうか。春は家から出かけなくても、月の夜は寝室の中にいながらも、思いをはせているのこそ、たいそう頼もしく、趣深い。教養のある人は、ひたすら風流に打ちこむ様子にも見えず、楽しむ様子もさりげない。片田舎の人こそ、しつこく何でもおもしろがる。花のもとには身をねじるように近寄り、わき目もふらずに見つめて、酒を飲み、連歌をして、しまいには大きな枝を考えもなく折り取ってしまう。泉には手足をひたし、雪には降り立って足跡をつけるなど、何でもよそながら見るということがない。
そういう人が祭を見物した様子は、たいそう珍しいものだった。「行列の通るのがひどく遅い。それまでは桟敷はいらない」と言って、奥の建物で酒を飲み、物を食べ、囲碁や双六などをして遊び、桟敷には人を置いて見張らせていたので、「お通りです」と言う時に、めいめい肝をつぶすようにして争って走り上り、落ちそうになるほど簾を押し出して押し合いながら、一つも見のがすまいと目を見張って、「ああだ、こうだ」と一つ一つ言い立て、行列が通り過ぎてしまうと、「また次が通るまで」と言っておりてしまう。ただ行列だけを見ようとするのだろう。都の身分ある人は、居眠りをして、ろくに見もしない。若く身分の低い者は、主人の用事に立ったり座ったりし、人の後ろに控えている者は、見苦しく身を乗り出したりもせず、無理に見ようとする人もいない。
何ということもなく葵をかけ渡して優美な中に、夜が明けきらないうちに、ひっそりと寄せてくる車の主が知りたいので、あれかこれかなどと思い寄せると、牛飼や下男などで見知っている者もいる。趣深くも、きらびやかにも、さまざまに行き交うのを見るのも、退屈ではない。日が暮れるころには、立て並べてあった車も、隙間なく並んで座っていた人も、どこへ行ったのだろう、まもなくまばらになって、車の混雑も終わってしまうと、簾や畳も取り払い、目の前でさびしそうになってゆくのこそ、世の無常のためしも思い知られて、しみじみとしている。大路の様子を見てこそ、祭を見たことになるのだ。
あの桟敷の前を、大勢行き交う人の中に、見知った人が多くいることでわかった。世の中の人の数も、それほど多くはないのだ。この人たちがみな死んでしまった後に、自分が死ぬと決まっているとしても、まもなく(その順番を)待ちうけることになるだろう。大きな器に水を入れて、細い穴をあけたとしたら、したたることは少ないといっても、絶え間なく漏れてゆけば、やがて尽きてしまうだろう。都の中に大勢いる人が、死なない日はないはずだ。一日に一人や二人だけであろうか。鳥部野、舟岡、そのほかの野山にも、葬送の数の多い日はあっても、葬送のない日はない。だから棺を売る者は、作って置いておく間もない。若さにもよらず、強さにもよらず、思いがけないのが死期である。今日まで死をのがれてきたのは、めったにない不思議なことである。しばらくでも、この世をのんびりと思っていられようか。
ままこ立てというものを、双六の石で作って並べたときは、取られるのがどの石ともわからないが、数えあてて一つを取ると、そのほかはのがれたと見えるが、また数えてゆくと、あれこれと間引かれてゆくうちに、どれも取られずにはすまないのに似ている。兵士が戦に出るときは、死が近いことを知って、家も忘れ、わが身も忘れる。世を捨てた草庵では、静かに庭の水や石を楽しんで、死をよそごとと思っているのは、まことにはかない。静かな山の奥にも、無常という敵が押し寄せてこないことがあろうか。その死に直面していることは、戦場の陣に進み出ているのと同じである。
意訳
花は満開、月は満月だけが美しいのではない。雨の夜に見えない月を思い、散った庭に春をしのぶ心こそ深い。恋も、逢うことより、逢えずに思いをつのらせることにこそ情趣がある。夜明け前に木の間から見える月、時雨の雲に隠れる月――欠けたもの、隠れたもの、過ぎゆくものにこそ美を見いだす美意識は、第82段の「不具なるこそよけれ」と響き合う。
田舎者は花の下で騒ぎ、枝を折り、祭では行列だけを争って見る。都の人はさりげなく、祭そのものより、夜明け前に集まる車や、日暮れに人が去ってゆく大路のさびしさを味わう。
そして兼好は、見物の人ごみに知った顔が多いことから、世の人の数は意外に少なく、水が漏れる器のように、人は毎日死んでいくと思いいたる。若くても強くても死は思いがけず訪れ、草庵に住む者も例外ではない。美の話から無常の話へ、自然に移っていく構成は見事である。
語釈・文法注
- 隈なき
- かげりのない。曇りのない。
- たれこめて
- 簾を垂らして家に閉じこもって。
- 歌のことばがき
- 和歌の前に、詠んだ事情を記した文。詞書。
- かたくなゝる人
- 物の情趣を解さない、無風流な人。
- 淺茅が宿
- 浅茅(丈の低い茅)が生い茂る荒れた家。
- 雲ゐ
- 遠く離れた所。
- 椎柴
- 椎の木。
- 白樫
- 樫の一種。
- ねぢより
- 身をねじるようにして近寄る。
- 祭
- 賀茂祭。
- 棧敷
- 祭の行列を見物するために、道沿いに設けた高い席。
- 葵
- 賀茂祭では、家々の簾や車に葵の葉をかけた。
- 舟岡
- 京都の北にあった葬送の地。船岡山。
- まゝ子立
- 継子立て。碁石を円く並べ、一定の数ごとに取り除いていく遊び。
- 水石
- 庭の池水と石。庭の風景。
文法
- 見るものかは
- 「かは」は反語。見るものだろうか、いやそうではない。
- おとれることかは
- 「かは」は反語。劣ることがあろうか、いや劣らない。
- 色このむとはいはめ
- 「め」は推量の助動詞「む」の已然形で、上の「こそ」の結び。
- 心あらむ友もがな
- 「もがな」は願望。情趣を解する友がいたらなあ。
- 思ひなむや
- 「な」は強意、「む」は推量、「や」は反語。思っていられようか、いや思っていられない。
- 來らざらむや
- 「や」は反語。来ないことがあろうか、必ず来る。
解説
第137段は、『徒然草』の美意識をもっともよく表した段として名高い。「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」という冒頭は、完全なもの、頂点にあるものだけを美しいとする見方を退け、過程や余韻、欠けたものや隠れたものに美を見いだす。この考え方は、第82段の「不具なるこそよけれ」とともに、のちの「わび」「さび」の美意識の源流の一つとされる。
中ほどの賀茂祭の見物の描写では、田舎者の騒々しい見物ぶりと、都の人の落ち着いた態度とを対比する。兼好の言う「よき人」の条件は、情趣を深く感じながらも、それを表に出さないことである。
後半は、祭の後のさびしさから、人の死の不可避へと話が転じる。水の漏れる器のたとえ、ままこ立ての遊びのたとえは、死が一人ずつ確実に訪れることを鮮やかに示している。美の讃美と無常の自覚が一つの段の中で結びついているところに、『徒然草』の思想の深さがある。
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出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、817〜819頁(コマ422–423)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日