徒然草 第19章(第109段〜第115段)
高名の木のぼりとぼろぼろ
危ないところでなく易しいところで過ちは起こると説く「高名の木のぼり」、負けまいと打てという双六の名人の言葉、囲碁双六を悪事とする聖の言、すべてを捨てて道に向かう決意、老人の見苦しいふるまい、牛飼を叱って主人に頭をぶつけられた為則、師の敵を討つぼろぼろの決闘を収める。

- 1ののの木木きのぼりといひしのぼりといひしのぼりといいし男男おとこ、、、人人ひとをををおきてゝおきてゝおきてて高高たかききき木木きにのぼせてにのぼせてにのぼせて、、、梢梢こずえをををきらせしにきらせしにきらせしに、、、いとあやふくいとあやふくいとあやうく見見みえしえしえしほどほどほどはははいふこともなくていふこともなくていうこともなくて、、、おるゝおるゝおるる時時ときににに軒軒のきだけばかりになりてだけばかりになりてだけばかりになりて、、、「「「あやまちすなあやまちすなあやまちすな。。。心心こころしておりよしておりよしておりよ」」」とことばとことばとことばをををかけかけかけ侍侍はべりしりしりしををを、、、「「「かばかりになりてかばかりになりてかばかりになりてははは、、、飛飛とびおるゝともおりなむびおるゝともおりなむびおるるともおりなむ、、、いかにかくいふぞいかにかくいふぞいかにかくいうぞ」」」ととと申申もうししし侍侍はべりしかばりしかばりしかば、、、「「「そのそのその事事ことににに候候そうろうふふう。。。目目めくるめきくるめきくるめき、、、枝枝えだあやふきあやふきあやうきほどほどほどははは、、、おのれがおそれおのれがおそれおのれがおそれ侍侍はべればればれば申申もうさずさずさず。。。あやまちあやまちあやまちはやはやはやすきすきすき所所ところになりてになりてになりて、、、必仕必仕かならずつかまつることにることにることに候候そうろうふふう」」」といふといふという。。。
- 2あやしきあやしきあやしき下臈下臈げろうなれどもなれどもなれども、、、聖人聖人しょうにんのいましめにかなへりのいましめにかなへりのいましめにかなえり。。。もかたきもかたきもかたき所所ところををを蹴出蹴出けいだしてしてして、、、後後うしろやすくおもへばやすくおもへばやすくおもえば、、、必必かならおつるとおつるとおつると侍侍はべるやらむるやらむるやらむ。。。
- 3ののの上手上手じょうずといひしといひしといいし人人ひとににに、、、そのてだてそのてだてそのてだてををを問問とひひい侍侍はべりしかばりしかばりしかば、、、「「「勝勝かたむとたむとたむとうつべからずうつべからずうつべからず、、、負負まけじとけじとけじとうつべきなりうつべきなりうつべきなり。。。いづれのいづれのいずれの手手てがとくまけぬべきとがとくまけぬべきとがとくまけぬべきと案案あんじてじてじて、、、そのそのその手手てをををつかはずしてつかはずしてつかわずして、、、一一ひとめなりともめなりともめなりとも、、、遲遲おそくまくべきくまくべきくまくべき手手てにつくべしにつくべしにつくべし」」」といふといふという。。。
- 4道道みちををを知知しれるれるれるをををしへしへしへ、、、身身みををををををさめさめさめ國國くにををを保保たもたむたむたむ道道みちもまたしかなりもまたしかなりもまたしかなり。。。
- 5「「「圍碁圍碁いご雙六雙六すぐろくこのみてあかしこのみてあかしこのみてあかし暮暮くらすすす人人ひとははは、、、にもまされるにもまされるにもまされる惡事惡事あくじとぞとぞとぞ思思おもふふう」」」とあるとあるとあるひじりのひじりのひじりの申申もうしゝことしゝことししこと、、、耳耳みみにとゞまりていみじくおぼえにとゞまりていみじくおぼえにとどまりていみじくおぼえ侍侍はべるるる。。。
- 6明日明日あすははは遠國遠國おんごくへへへ赴赴おもむくべしとくべしとくべしと聞聞きかむかむかむ人人ひとににに、、、心心こころしづかになすべからむわざしづかになすべからむわざしずかになすべからむわざをばをばをば人人ひといひかけてむやいひかけてむやいいかけてむや。。。俄俄にわかののの大事大事だいじをもをもをもいとなみいとなみいとなみ、、、切切せちににに歎歎なげくこともあるくこともあるくこともある人人ひとははは、、、他他たののの事聞事聞こときききき入入いれずれずれず、、、人人ひとののの愁喜愁喜しゅうきをもをもをもとはずとはずとわず、、、とはずとてなどやととはずとてなどやととわずとてなどやと恨恨うらむるむるむる人人ひともなしもなしもなし。。。
- 7さればさればされば年年としもやうやうたけもやうやうたけもようようたけ、、、病病やまいにもまつはれにもまつはれにもまつわれ、、、いはむやいはむやいわむや世世よをもをもをも遁遁のがれたらむれたらむれたらむ人人ひと、、、又又またこれにこれにこれに同同おなじかるべしじかるべしじかるべし。。。人間人間にんげんののの儀式儀式ぎしき、、、いづれのいづれのいずれの事事ことかかか去去さりがたからぬりがたからぬりがたからぬ。。。
- 8世俗世俗せぞくのもだしがたきにしたがひてのもだしがたきにしたがひてのもだしがたきにしたがいて、、、これこれこれをををかならずとせばかならずとせばかならずとせば、、、ねがひもおほくねがひもおほくねがいもおおく、、、身身みもくるしくもくるしくもくるしく、、、心心こころのいとまもなくのいとまもなくのいとまもなく、、、一世一世いっせははは雜事雜事ぞうじののの小節小節しょうせつにさへられてにさへられてにさえられて空空むなしくしくしく暮暮くれなむれなむれなむ。。。
- 9れれれ途途みちとほしとほしとおし。。。吾吾わががが生旣生旣しょうすでにににたりたりたり。。。諸緣諸緣しょえんをををすべきすべきすべき時時ときなりなりなり。。。信信しんをもをもをも守守まもらじらじらじ。。。禮義禮義れいぎをもをもをも思思おもはじはじわじ。。。このこのこの心心こころをもをもをもたざらむたざらむたざらむ人人ひとははは、、、ものぐるひともいへものぐるひともいへものぐるいともいえ。。。
- 10うつゝなしうつゝなしうつつなし、、、なさけなしともおもへなさけなしともおもへなさけなしともおもえ。。。そしるともくるしまじそしるともくるしまじそしるともくるしまじ。。。譽譽ほまれむるともむるともむるとも聞聞ききいれじきいれじきいれじ。。。
- 11四十四十よそじにもあまりぬるにもあまりぬるにもあまりぬる人人ひとののの色色いろめきたるかためきたるかためきたるかた、、、おのづからおのづからおのずから忍忍しのびてあらむびてあらむびてあらむはははいかゞはせむいかゞはせむいかがわせむ。。。ことにことにことにうちうちうち出出いでゝでゝでて男女男女なんにょのことのことのこと、、、人人ひとのののうへうへうえをもをもをもいひたわるゝこそいひたわるゝこそいいたわるるこそ似似にげなくげなくげなく見見みぐるしけれぐるしけれぐるしけれ。。。
- 12大大おおかたきゝにくゝかたきゝにくゝかたききにくく見見みぐるしきことぐるしきことぐるしきこと、、、老人老人ろうじんののの若若わかききき人人ひとにまじはりてにまじはりてにまじわりて、、、興興きょうあらむとものいひたるあらむとものいひたるあらむとものいいたる。。。數數かずならぬならぬならぬ身身みにてにてにて世世よのおぼえあるのおぼえあるのおぼえある人人ひとををを、、、へだてなきさまにいひたるへだてなきさまにいひたるへだてなきさまにいいたる。。。
- 13貧貧まずしきところにしきところにしきところに酒宴酒宴しゅえんこのみこのみこのみ、、、客人客人まろうどににに饗應饗應きょうおうせむときらめきたるせむときらめきたるせむときらめきたる。。。
- 14のおのおのおほいほいほい殿殿どの、、、嵯峨嵯峨さがへへへおはしけるにおはしけるにおわしけるに、、、川川かわのわたりにのわたりにのわたりに水水みずののの流流ながれたるれたるれたる所所ところにてにてにて、、、王丸御牛王丸御牛おうまるおおんうしををを追追おひたりければひたりければいたりければ、、、あがきのあがきのあがきのまでざゞとかゝりけるまでざゞとかゝりけるまでざざとかかりけるををを、、、爲則爲則ためのり御車御車みくるまのしりにのしりにのしりに候候そうらひけるがひけるがいけるが、、、「「「希有希有きょうののの童童わらわかなかなかな。。。かゝるかゝるかかる所所ところにてにてにて御御おん牛牛うしをばをばをばおふものかおふものかおうものか」」」といひたりければといひたりければといいたりければ、、、おおおほいほいほい殿御殿御どのみけしきけしきあしくなりてけしきあしくなりてけしきあしくなりて、、、「「「おのれおのれおのれ車車くるまやらむことやらむことやらむこと、、、さいさいさい王丸王丸おうまるにまさりてえしらじにまさりてえしらじにまさりてえしらじ。。。希有希有きょうののの男男おとこなりなりなり」」」とてとてとて御車御車みくるまにかしらにかしらにかしらをををうちあてられにけりうちあてられにけりうちあてられにけり。。。
- 15このこのこの高名高名こうみょうのさいわうのさいわうのさいおう丸丸まるははは、、、ののの男男おとこ、、、料料りょうののの御牛飼御牛飼みうしかいぞかしぞかしぞかし。。。このこのこの太秦殿太秦殿うずまさどのににに侍侍はべりけるりけるりける女房女房にょうぼうののの名名などもどもども、、、一人一人ひとりはははひざさちひざさちひざさち、、、一人一人ひとりはははことづちことづちことづち、、、一人一人ひとりははははははうううはははららら、、、一人一人ひとりはははおとおとおとうしとつけられけりうしとつけられけりうしとつけられけり。。。
- 16といふといふという所所ところにてにてにて、、、聚聚あつりてりてりて、、、ののの念佛念佛ねんぶつををを申申もうしけるにしけるにしけるに、、、外外ほかよりよりより入入いりくるぼろぼろのりくるぼろぼろのりくるぼろぼろの、、、「「「もしこのもしこのもしこの中中なかにいろにいろにいろをををししし坊坊ぼうととと申申もうすぼろやおはしますすぼろやおはしますすぼろやおわします」」」ととと尋尋たずねければねければねければ、、、そのそのその中中なかよりよりより、、、「「「いろいろいろをををしこゝにしこゝにしここに候候そうろうふふう。。。かくのたまふかくのたまふかくのたまうはははたぞたぞたぞ」」」ととと答答こたふればふればうれば、、、「「「しらしらしら梵字梵字ぼんじととと申申もうすものなりすものなりすものなり。。。おのれがおのれがおのれが師師しなにがしとなにがしとなにがしと申申もうしゝしゝしし人人ひと、、、東國東國とうごくにていろにていろにていろをををしとしとしと申申もうすぼろにころされけりとすぼろにころされけりとすぼろにころされけりと承承うけたまわりしかばりしかばりしかば、、、そのそのその人人ひとににに逢逢あひひい奉奉たてまつりてりてりて、、、うらみうらみうらみ申申もうさばやとさばやとさばやと思思おもひてひていて尋尋たずねねね申申もうすなりすなりすなり」」」といふといふという。。。
- 17いろいろいろをををししし「「「ゆゝしくもゆゝしくもゆゆしくも尋尋たずねおはしたりねおはしたりねおわしたり、、、さることさることさること侍侍はべりきりきりき。。。こゝにてこゝにてここにて對面對面たいめんしたてまつらばしたてまつらばしたてまつらば、、、道塲道塲どうじょうをををけがしけがしけがし侍侍はべるべしるべしるべし。。。前前まえののの河原河原かわらへへへまゐりあはむまゐりあはむまいりあわむ。。。あなかしこあなかしこあなかしこ。。。わきざしたちわきざしたちわきざしたち、、、いづかたいづかたいずかたをもをもをもみつぎみつぎみつぎ給給たまふなふなうな。。。あまたのわづらひにならばあまたのわづらひにならばあまたのわずらいにならば、、、佛佛ほとけ事事ことのさまたげにのさまたげにのさまたげに侍侍はべるべしるべしるべし」」」といひといひといい定定さだめてめてめて、、、二人河原二人河原ふたりかわらににに出出いであひてであひてであいて、、、心心こころゆくばかりにつらぬきあひてゆくばかりにつらぬきあひてゆくばかりにつらぬきあいて、、、ともにともにともに死死しにけりにけりにけり。。。
- 18ぼろぼろといふものぼろぼろといふものぼろぼろというもの昔昔むかしはははなかりけるにやなかりけるにやなかりけるにや。。。近近ちかききき世世よににに、、、梵論字梵論字ぼろじ、、、梵字梵字ぼんじ、、、漢字漢字かんじなどいひけるものなどいひけるものなどいいけるもの、、、そのそのそのはじめなりけるとかやはじめなりけるとかやはじめなりけるとかや。。。世世よをををすてたるにすてたるにすてたるに似似にててて、、、我執我執がしゅうふかくふかくふかく、、、佛道佛道ぶつどうをををねがふにねがふにねがうに似似にててて、、、鬪諍鬪諍とうじょうををを事事こととすとすとす。。。
- 19放逸無慚放逸無慚ほういつむざんのありさまなれどものありさまなれどものありさまなれども、、、死死じにをををかろくしてかろくしてかろくして、、、少少すこしもなづまざるかたのいさぎよくしもなづまざるかたのいさぎよくしもなずまざるかたのいさぎよく覺覺おぼえてえてえて、、、人人ひとののの語語かたりしまゝにりしまゝにりしままに書書かきつけきつけきつけはははんべるなりんべるなりんべるなり。。。
現代語訳
〔第109段〕木登りの名人と評判だった男が、人を指図して高い木に登らせて梢を切らせたとき、たいそう危なく見えた間は何も言わないで、降りるときに軒の高さほどになってから、「けがをするな。気をつけて降りよ」と言葉をかけましたので、「これくらいの高さになったら、飛び降りても降りられるだろう。どうしてそんなことを言うのか」と申しましたところ、「そのことでございます。目がくらみ、枝が危ないうちは、自分で恐れておりますので申しません。過ちは、易しい所になって、必ずしでかすものでございます」と言う。身分の低い者だけれども、聖人の戒めにかなっている。蹴鞠も、難しい所を蹴り出した後、安心だと思うと、必ず落とすとかいうようでございます。
〔第110段〕双六の名人と評判の人に、その方法を尋ねましたところ、「勝とうと思って打ってはならない。負けまいと思って打つべきである。どの手が早く負けてしまうだろうかと考えて、その手を使わないで、一目でも遅く負けるような手を使うのがよい」と言う。道を心得た者の教えであり、身を修め、国を保つ道もまた同じである。
〔第111段〕「囲碁や双六を好んで日を暮らす人は、四重罪・五逆罪にもまさる悪事だと思う」と、ある聖が申したことが、耳にとどまって、すばらしく思われます。
〔第112段〕明日は遠国へ出立するはずだと聞いている人に、心静かにしなければならないようなことを、人は言いかけるだろうか。急な大事を処理し、ひどく嘆き悲しむことのある人は、ほかのことは聞き入れず、人の喜びや悲しみも見舞わない。見舞わないからといって、どうしてかと恨む人もいない。だから、年もしだいにとり、病気にもつきまとわれ、まして世を捨てたような人は、またこれと同じであるはずだ。人間の儀礼は、どれが避けがたくないだろうか。世俗の黙っていられない義理に従って、これを必ずしなければならないとするならば、願いも多く、身も苦しく、心の暇もなく、一生は雑事の小さな義理にさまたげられて、むなしく暮れてしまうだろう。日は暮れ、道は遠い。わが生涯はもう思うにまかせない。もろもろの縁を捨て去るべき時である。信義も守るまい。礼儀も考えまい。この心を持たない人は、狂っているとも言え。正気でない、情けがないとも思え。そしられても苦にしまい。ほめられても耳を貸すまい。
〔第113段〕四十を過ぎた人が、色恋めいたことを、自然と人目を忍んでするのは、しかたがない。ことさらに口に出して、男女のことや人の身の上をも言い戯れるのは、似つかわしくなく見苦しい。だいたい聞き苦しく見苦しいこと。老人が若い人に交じって、おもしろがらせようとして物を言うこと。取るに足りない身で、世間の評判の高い人のことを、親しいように言うこと。貧しい家で酒宴を好み、客にごちそうしようと派手にふるまうこと。
〔第114段〕今出川の大臣殿が嵯峨へいらっしゃったとき、有栖川のあたりで水の流れている所で、牛飼の賽王丸が御牛を追ったところ、牛が足でかいた水が前板までざっとかかったのを、為則が御車の後ろに控えていたが、「とんでもない童だ。こんな所で御牛を追うものか」と言ったところ、大臣殿はご機嫌が悪くなって、「お前は車を進めることについて、賽王丸にまさって知っているはずがあるまい。とんでもない男だ」と言って、(為則の)頭を御車にぶつけさせなさった。この名高い賽王丸は、太秦殿の家来で、天皇の御料の御牛飼であるよ。この太秦殿にお仕えしていた女房の名前は、一人はひざさち、一人はことづち、一人ははうはら、一人はおとうしと名づけられた。
〔第115段〕宿河原という所で、ぼろぼろが大勢集まって、九品の念仏を唱えていたところ、外から入ってきたぼろぼろが、「もしやこの中に、いろをし房と申すぼろはいらっしゃいますか」と尋ねたので、その中から「いろをしはここにおります。そうおっしゃるのはだれだ」と答えると、「しら梵字と申す者です。私の師の何某と申した人が、東国でいろをしと申すぼろに殺されたと承ったので、その人にお会い申して、恨みを晴らしたいと思って、お尋ね申すのです」と言う。いろをしは「よくぞ尋ねていらっしゃった。そういうことがありました。ここでお相手申しては、道場をけがすことになりましょう。前の河原へ参ってお会いしよう。決して、脇にいる方々、どちらにも加勢なさるな。大勢の迷惑になったら、仏事の妨げになりましょう」と言い決めて、二人は河原に出て向き合い、思う存分刺し違えて、ともに死んでしまった。ぼろぼろというものは、昔はいなかったのだろうか。近ごろ、梵論字、梵字、漢字などといった者が、その始まりだったとかいうことだ。世を捨てたように見えて我執が深く、仏道を願うように見えて争いを事とする。勝手気ままで恥知らずなありさまだが、死を軽んじて、少しもこだわらないところが潔く思われて、人が語ったままに書きつけておくのである。
意訳
〔第109段〕木登りの名人は、危ない高い所では何も言わず、軒の高さまで降りてきたときに「気をつけろ」と声をかけた。人は危ない所では自分で用心するが、易しくなって気がゆるんだときに失敗する――「高名の木のぼり」として、もっとも有名な段の一つである。
〔第110段〕〔第111段〕双六の名人は「勝とうと打つな、負けまいと打て」と言う。最悪の手を避け、少しでも負けを遅らせる手を選ぶ――身を修め国を治めるのも同じだと兼好は言う。一方で、囲碁双六に日を暮らすことを大罪以上の悪とした聖の言葉も記す。
〔第112段〕旅立つ前日の人や、大事を抱えた人に、だれも雑用を頼まない。年をとった者、世を捨てた者も同じである。義理を果たそうとすれば一生が雑事で終わる。「日暮れ途遠し」――信義も礼儀も捨て、狂人と言われようとかまわない。兼好の、もっとも激しい決意表明である。
〔第113段〕〔第114段〕四十を過ぎて色恋を口にする人、若者に交じっておどける老人、貧しいのに見栄を張る人は見苦しい。牛飼の腕前を知らずに口を出して叱られた為則の話は、専門家への敬意を説く第51段などと通じる。
〔第115段〕念仏の場で師の敵に出会ったぼろぼろは、道場をけがすまいと河原に出て、仲間にも手出しを禁じ、刺し違えて死んだ。我執が深く争いを好む者たちだが、死をいとわない潔さに、兼好は心を動かされている。
語釈・文法注
- 高名の木のぼり
- 木登りの名人として評判の者。
- 鞠
- 蹴鞠。鞠を蹴り上げて地面に落とさないように続ける遊び。
- 雙六
- 盤上で二つのさいころを振って駒を進める遊び。賭けごとにも使われた。
- 四重五逆
- 仏教で、もっとも重い罪。四重は殺生・偸盗・邪淫・妄語、五逆は父母や聖者を殺すなどの五つの罪。
- 日暮れ途とほし
- 年老いて、なすべきことがまだ多く残っている。『史記』の伍子胥の言葉による。
- 蹉跎
- つまずいて思うように進めないこと。時機を失うこと。
- 放下
- すべてを捨て去ること。
- 今出川のおほい殿
- 西園寺兼季(1281〜1339)。菊亭の大臣とも。
- ありす川
- 有栖川。京都の嵯峨を流れる小川。
- さい王丸
- 賽王丸。名高い牛飼。
- 前板
- 牛車の前方の、乗り降りの際に踏む板。
- 太秦殿
- 藤原信清(1159〜1216)とされる。
- 宿河原
- 今の川崎市多摩区の地名。
- ぼろぼろ
- 半僧半俗の放浪の念仏者。のちの虚無僧の起源とされる。
- 九品の念佛
- 極楽往生の九つの等級(九品)に合わせて唱える念仏。
文法
- 飛びおるゝともおりなむ
- 「な」は強意、「む」は推量。飛び降りても降りられるだろう。
- 人いひかけてむや
- 「て」は強意、「む」は推量、「や」は反語。言いかけるだろうか、いや言いかけはしない。
- いづれの事か去りがたからぬ
- 「か」は反語。どれが避けがたくないことがあろうか(どれも避けがたい)。
- ものぐるひともいへ
- 命令形で、言いたければ言え、の意の放任。
- 御けしき
- 底本は「御けしき」と書く。ご機嫌。
解説
第109段の「高名の木のぼり」は、『徒然草』の中でもっとも広く読まれている段の一つで、学校の教科書の定番でもある。危険の中ではなく、安心した時にこそ失敗が起こるという名人の言葉は、身分の低い者の言葉でありながら「聖人のいましめにかなへり」と兼好は評する。蹴鞠の例を添えて、教訓の普遍性を示している。
第110段の双六の名人の言葉も、勝負や処世の知恵として名高い。兼好は、それぞれの道の名人の言葉に普遍的な真理を見いだすことが多く、これは第187段・第188段などにも通じる考え方である。
第112段は、『徒然草』の中で兼好の決意がもっとも強く表れた段である。「日暮れ途遠し。吾が生既に蹉跎たり」は漢籍をふまえた表現で、残された時間の少なさへの切迫した思いがこめられている。
第115段のぼろぼろは、のちの虚無僧の源流とされる。兼好は彼らの生き方を批判しながらも、死を恐れない潔さには強くひかれている。最後の「人の語りしまゝに書きつけはんべるなり」は、自分が見たのではなく聞いた話であることを断る言葉である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、806〜809頁(コマ417–418)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日