徒然草 第17章(第98段〜第104段)
一言芳談と荒れたる宿の女
『一言芳談』から心にかなった言葉を書き抜いた段に続き、古い唐櫃を作りかえようとした堀川の相国、曲(まがり)で水を飲んだ久我の相国、宣命を忘れた内弁を助けた内記、老衛士又五郎の故実、なぞなぞにされて怒った医師忠守の逸話を並べ、荒れた宿に忍んで通う人と女主人の一夜を物語風に描いて結ぶ。

- 1たふとたふととうとききき聖聖ひじりのいひおきけることのいひおきけることのいいおきけることををを書書かきつけてきつけてきつけて、、、とかやとかやとかや名名なづづづけたるけたるけたる草紙草紙そうしををを見侍見侍みはべりしにりしにりしに、、、心心こころにあひてにあひてにあいて覺覺おぼえしことゞもえしことゞもえしことども、、、
- 2一一ひとしやせまししやせまししやせまし、、、せずやあらましとせずやあらましとせずやあらましと思思おもふことふことうことははは、、、おほやうせぬおほやうせぬおおようせぬはははよきなりよきなりよきなり。。。
- 3一後世一後世ひとつごせををを思思おもはむものはむものわむものははは、、、ひとつももつまじきことなりひとつももつまじきことなりひとつももつまじきことなり。。。本尊本尊ほんぞんにいたるまでにいたるまでにいたるまで、、、よきものよきものよきものをもをもをもつつつ、、、よしなきことなりよしなきことなりよしなきことなり。。。
- 4一遁世者一遁世者ひとつとんせいしゃははは、、、なきになきになきに事事ことかけぬやうかけぬやうかけぬようをををはははからひてからひてからいて過過すぐるぐるぐる、、、最上最上さいじょうのやうにてあるなりのやうにてあるなりのようにてあるなり。。。
- 5ははは下臈下臈げろうになりになりになり、、、智者智者ちしゃははは愚者愚者ぐしゃになりになりになり、、、德人德人とくにんははは貧貧まずになりになりになり、、、能能のうあるあるある人人ひとははは無能無能むのうになるべきなりになるべきなりになるべきなり。。。
- 6一佛道一佛道ひとつぶつどうをををねがふといふねがふといふねがうというははは別別べちのことなしのことなしのことなし。。。いとまあるいとまあるいとまある身身みになりてになりてになりて、、、世世よのことのことのこと心心こころにかけぬにかけぬにかけぬををを第一第一だいいちののの道道みちとすとすとす。。。このこのこの外外ほかもありしもありしもありし事事ことどもおぼえずどもおぼえずどもおぼえず。。。
- 7ののの相國相國しょうこくははは、、、美男美男びなんのたのしきのたのしきのたのしき人人ひとにてにてにて、、、そのそのその事事こととなくとなくとなくををを好好このみたまひけりみたまひけりみたまいけり。。。御子御子みこ基俊基俊もととし卿卿きょうをををになしてになしてになして、、、廳務廳務ちょうむををを行行おこなはれけるにはれけるにわれけるに、、、廳屋廳屋ちょうやののの唐櫃見唐櫃見からびつみぐるしとてぐるしとてぐるしとて、、、めでたくめでたくめでたく作作つくりりり改改あらためらるべきよしめらるべきよしめらるべきよし仰仰おおせられけるにせられけるにせられけるに、、、このこのこのははは上古上古じょうこよりつたはりてよりつたはりてよりつたわりて、、、そのそのそのはじめはじめはじめををを知知しらずらずらず、、、數百年數百年すひゃくねんををを經經へたりたりたり。。。
- 8累代累代るいだいののの公物公物くもつ、、、古弊古弊こえいをもをもをもつてつてつて規模規模きぼとすとすとす。。。たやすくたやすくたやすく改改あらためられがたきよしめられがたきよしめられがたきよし、、、故實故實こじつののの諸官等諸官等しょかんら申申もうしければしければしければ、、、そのそのその事事ことやみにけりやみにけりやみにけり。。。
- 9久我久我こがののの相國相國しょうこくははは、、、殿上殿上てんじょうにてにてにて水水みずをををめしけるにめしけるにめしけるに、、、主殿司主殿司とのもづかさ土器土器かわらけをををたてまつりければたてまつりければたてまつりければ、、、「「「をををまゐらせよまゐらせよまいらせよ」」」とてまがりしてぞめしけるとてまがりしてぞめしけるとてまがりしてぞめしける。。。
- 10あるあるある人人ひと任大臣任大臣にんだいじんののの節會節會せちえのののをををつとめられけるにつとめられけるにつとめられけるに、、、內記內記ないきのもちたるのもちたるのもちたるをををとらずしてとらずしてとらずして、、、堂上堂上どうじょうせられにけりせられにけりせられにけり。。。きききはははまりなきまりなきまりなき失禮失禮しつらいなれどもなれどもなれども、、、たちかへりとるべきにもあらずたちかへりとるべきにもあらずたちかえりとるべきにもあらず、、、思思おもひわづらはれけるにひわづらはれけるにいわずらわれけるに、、、六位六位ろくいののの內記內記ないき康綱康綱やすつな、、、きぬかづきのきぬかづきのきぬかずきの女房女房にょうぼうをををかたらひてかたらひてかたらいて、、、かのかのかの宣命宣命せんみょうをもをもをもたせてたせてたせて、、、しのびやかにしのびやかにしのびやかに奉奉たてまつらせけりらせけりらせけり。。。いみじかりけりいみじかりけりいみじかりけり。。。
- 11尹大納言尹大納言いんのだいなごん光忠光忠みつただ入道入道にゅうどう、、、追儺追儺ついなののの上卿上卿しょうけいをををつとめられけるにつとめられけるにつとめられけるに、、、洞院洞院とういん左大臣左大臣さだいじん殿殿どのににに次第次第しだいををを申申もうししし請請うけられければけられければけられければ、、、「「「男男おとこををを師師しとするよりとするよりとするより外外ほかののの才覺才覺さいかく候候そうらはじはじわじ」」」とぞのたまひけるとぞのたまひけるとぞのたまいける。。。
- 12かのかのかの又五郞又五郞またごろうははは老老おいたるいたるいたる衞士衞士えじのよくのよくのよく公事公事おおやけごとににに馴馴なれたるものにてぞありけるれたるものにてぞありけるれたるものにてぞありける。。。近衞殿近衞殿このえどの着陣着陣ちゃくじんしたまひけるしたまひけるしたまいける時時とき、、、をををわすれてわすれてわすれて外記外記げきをををめされければめされければめされければ、、、火火ひたきてたきてたきて候候そうらひけるがひけるがいけるが、、、「「「まづまづまずひざつきひざつきひざつきをををめさるべくやめさるべくやめさるべくや候候そうろうふらむふらむうらむ」」」ととと忍忍しのびやかにつぶやきけるびやかにつぶやきけるびやかにつぶやきける、、、いとをかしかりけりいとをかしかりけりいとおかしかりけり。。。
- 13大覺寺殿大覺寺殿だいかくじどのにてにてにて、、、近習近習きんじゅののの人人ひとどもなぞなぞどもなぞなぞどもなぞなぞをををつくりてとかれけるところへつくりてとかれけるところへつくりてとかれけるところえ、、、くすしくすしくすし參參まいりたりけるにりたりけるにりたりけるに、、、侍從大納言侍從大納言じじゅうのだいなごん公明公明きんあきら卿卿きょう、、、「「「我我わががが朝朝ちょうのものとものものとものものとも見見みえぬえぬえぬ忠守忠守ただもりかなかなかな」」」となぞなぞにせられけるとなぞなぞにせられけるとなぞなぞにせられけるををを、、、「「「」」」ととと解解ときてきてきて笑笑わらひあはれければひあはれければいあわれければ、、、腹立腹立はらだちてまかりでにけりちてまかりでにけりちてまかりでにけり。。。
- 14荒荒あれたるれたるれたる宿宿やどののの人人ひとめなきにめなきにめなきに、、、女女おんなのののはゞかることあるころにてはゞかることあるころにてはばかることあるころにて、、、つれづれつれづれつれづれととと籠籠こもりりり居居いたるたるたるををを、、、あるあるある人人ひととぶらひとぶらひとぶらい給給たまはむとてはむとてわむとて、、、夕月夜夕月夜ゆうづくよのおぼつかなきのおぼつかなきのおぼつかなきほどにほどにほどに、、、忍忍しのびてたづねておはしたるにびてたづねておはしたるにびてたずねておわしたるに、、、犬犬いぬのことごとしくとがむればのことごとしくとがむればのことごとしくとがむれば、、、げすげすげす女女おんなのいでゝのいでゝのいでて、、、「「「何處何處いずくよりぞよりぞよりぞ」」」といふにといふにというに、、、やがてやがてやがて案內案內あんないさせてさせてさせて入入いりたまひぬりたまひぬりたまいぬ。。。
- 15心心こころぼそげなるありさまぼそげなるありさまぼそげなるありさま、、、いかでいかでいかで過過すぐすらむとすらむとすらむと、、、いといといと心心こころぐるしぐるしぐるし。。。あやしきあやしきあやしき板敷板敷いたじきににに、、、しばししばししばし立立たちちち給給たまへるへるえるををを、、、もてしづめたるけはひのもてしづめたるけはひのもてしずめたるけわいの若若わかやかなるしてやかなるしてやかなるして、、、「「「こなたへこなたへこなたえ」」」といふといふという人人ひとあればあればあれば、、、たてあけたてあけたてあけ所所ところせげなるやりせげなるやりせげなるやり戶戶とよりぞよりぞよりぞ入入いりりり給給たまひぬるひぬるいぬる。。。
- 16內內うちのさまのさまのさまはははいたくすさまじからずいたくすさまじからずいたくすさまじからず、、、心心こころにくゝにくゝにくく、、、火火ひはははあなたにあなたにあなたにほのかなれどほのかなれどほのかなれど、、、物物もののきらなどのきらなどのきらなど見見みえてえてえて、、、俄俄にわかにしもあらぬにほひにしもあらぬにほひにしもあらぬにおい、、、いとなつかしういとなつかしういとなつかしゅう住住すみなしたりみなしたりみなしたり。。。
- 17「「「門門かどよくさしてよよくさしてよよくさしてよ。。。雨雨あめもぞもぞもぞふるふるふる。。。御車御車みくるまははは門門もんののの下下もとににに。。。御供御供みともののの人人ひとはははそこそこにそこそこにそこそこに」」」といへばといへばといえば、、、「「「今宵今宵こよいぞやすきいはぬべかめるぞやすきいはぬべかめるぞやすきいわぬべかめる」」」とととうちさゝめくもうちさゝめくもうちささめくも忍忍しのびたれどびたれどびたれど、、、ほどなければほどなければほどなければほのぎこゆほのぎこゆほのぎこゆ。。。
- 18さてこのさてこのさてこのほどのほどのほどの事事ことどもこまやかにどもこまやかにどもこまやかに聞聞きこえええ給給たまふにふにうに、、、夜夜よぶかきぶかきぶかき雞雞とりもなきぬもなきぬもなきぬ。。。こしかたゆくすゑかけてこしかたゆくすゑかけてこしかたゆくすえかけて、、、まめやかなるまめやかなるまめやかなる御物御物おおんものがたりにがたりにがたりに、、、このこのこの度度たびははは雞雞とりももも華華はなやかなるやかなるやかなる聲聲こえにににうちしきればうちしきればうちしきれば、、、明明あけけけはははなるゝにやとなるゝにやとなるるにやと聞聞ききたまへどきたまへどきたまえど、、、夜深夜深よぶかくいそぐべきくいそぐべきくいそぐべき所所ところのさまにもあらねばのさまにもあらねばのさまにもあらねば、、、すこしたゆみすこしたゆみすこしたゆみ給給たまへるにへるにえるに、、、ひましろくなればひましろくなればひましろくなれば、、、忘忘わすれがたきことなどいひてれがたきことなどいひてれがたきことなどいいて、、、立立たちちち出出いでたまふにでたまふにでたまうに、、、梢梢こずえももも庭庭にわもめづらしくもめづらしくもめずらしく靑靑あおみわたりたるみわたりたるみわたりたる、、、卯月卯月うづきばかりのあけぼのばかりのあけぼのばかりのあけぼの、、、艷艷えんにをかしかりしにをかしかりしにおかしかりしをををおぼしいでゝおぼしいでゝおぼしいでて、、、桂桂かつらののの木木きののの大大おおきなるがかくるゝまでなるがかくるゝまでなるがかくるるまで、、、今今いまももも見見みおくりおくりおくり給給たまふとぞふとぞうとぞ。。。
現代語訳
〔第98段〕尊い聖たちが言い残したことを書きつけて、『一言芳談』とか名づけた草子を見ましたところ、心にかなって覚えた言葉。
一つ。しようかしまいか、と思うことは、たいていはしないのがよい。
一つ。後世を願う者は、ぬかみその瓶一つも持ってはならない。日ごろ読む経や本尊に至るまで、よい物を持つのはつまらないことである。
一つ。遁世者は、物がなくても不自由しないように工夫して暮らすのが、最上のあり方である。
一つ。身分の高い者は低い者に、知恵のある者は愚かな者に、富んだ者は貧しい者に、才能のある者は無能な者になるべきである。
一つ。仏道を願うというのは、ほかのことではない。暇のある身になって、世の中のことを心にかけないのを第一の道とする。
このほかにもあったことは、覚えていない。
〔第99段〕堀川の相国(久我基具)は、美男で裕福な人で、何かにつけてぜいたくを好まれた。御子の基俊卿を検非違使の別当にして、庁の政務をとらせておられたが、庁舎の唐櫃が見苦しいといって、立派に作り直すようにお命じになったところ、「この唐櫃は大昔から伝わって、その始まりもわからず、数百年を経ています。代々伝わる公の物は、古びていることをもって手本とします。たやすく改めることはできません」と、故実に通じた役人たちが申しあげたので、そのことは取りやめになった。
〔第100段〕久我の相国は、殿上の間で水をお飲みになったとき、主殿司が素焼きの杯を差し上げたところ、「曲(まがり)を持ってまいれ」と言って、曲で飲まれた。
〔第101段〕ある人が、大臣任命の節会の内弁をおつとめになったとき、内記が持っている宣命を受け取らずに、堂上にお上りになってしまった。この上ない失態だが、引き返して受け取るわけにもいかず、思い悩んでおられたところ、六位の内記の康綱が、衣かずきの女房に頼んで、その宣命を持たせて、こっそりとお渡し申しあげさせた。すばらしいことであった。
〔第102段〕尹大納言光忠入道が、追儺の上卿をおつとめになったとき、洞院左大臣殿(藤原実泰)に式次第をお尋ねになったところ、「又五郎を師とするほかに、よい方法はございますまい」とおっしゃった。その又五郎は、年老いた衛士で、朝廷の儀式によく慣れた者であった。近衛殿が着陣なさったとき、膝突を忘れて、外記をお呼びになったところ、(又五郎は)火をたいて控えていたが、「まず膝突をお取り寄せになるべきではございませんか」と小声でつぶやいたのは、たいそうおもしろかった。
〔第103段〕大覚寺殿で、近習の人々がなぞなぞを作って解いておられたところへ、医師の忠守が参上したので、侍従大納言公明卿が、「わが国のものとも見えない忠守だなあ」となぞなぞにされたのを、(人々が)「唐瓶子」と解いて笑い合ったので、(忠守は)腹を立てて退出してしまった。
〔第104段〕荒れた家の人目もない所に、ある女が人目をはばかることがあるころで、所在なく引きこもっていたのを、ある方が見舞おうとして、夕月夜のおぼろげなころに、人目を忍んで訪ねていらっしゃると、犬が大げさに吠えたてるので、下女が出てきて「どちらからですか」と言うので、すぐに取り次がせてお入りになった。心細げな様子で、どうやって暮らしているのだろうと、たいそう気の毒である。粗末な板敷に、しばらくお立ちになっていると、落ち着いた感じの若々しい声で、「こちらへ」と言う人がいるので、開け閉めも窮屈そうな遣戸からお入りになった。
家の中の様子はそれほど殺風景ではなく、奥ゆかしく、灯火は向こうの方にほのかだが、調度の美しさなども見えて、急にたいたのではない香の香りが、たいそう心ひかれるように住みなしている。「門をよく閉めなさい。雨が降るといけない。お車は門の下に。お供の人はどこそこに」と言うと、(供の者たちが)「今夜は安心して眠れるようだ」とささやき合うのも、ひそひそ声だが、狭いのでかすかに聞こえる。さて、このごろのことなどを細やかにお話しになるうちに、夜深い一番鶏も鳴いた。過去のことから将来のことにかけて、心のこもったお話をなさっているうちに、今度は鶏も華やかな声でしきりに鳴くので、夜が明けるのだろうかとお聞きになるが、夜深いうちに急いで帰らなければならない所でもないので、少しゆっくりしておられると、戸の隙間が白んできたので、忘れがたいことなどを言って、お立ち出でになると、梢も庭も目新しく一面に青々としている卯月ごろの明け方が、優美で趣深かったのをお思い出しになって、(その方は)桂の木の大きいのが見えなくなるまで、今でも見送っていらっしゃるということだ。
意訳
〔第98段〕念仏者たちの言葉を集めた『一言芳談』から、兼好が共感した五つの言葉を抜き出す。迷ったらしない、物を持たない、ないものはないままに暮らす、高い者は低く、智者は愚者になれ、暇な身になって世事を忘れよ――遁世者の心得の要点である。
〔第99段〜第103段〕古い唐櫃こそ大切だと退けられた堀川相国の改造計画、土器ではなく曲を所望した久我相国、宣命を忘れた内弁をさりげなく助けた内記、老衛士に故実を学べと言った左大臣、なぞなぞで「唐瓶子」とからかわれて怒った医師――宮中の人々の逸話が続く。
〔第104段〕荒れた家にひっそりと暮らす女を、ある貴人が忍んで訪ねる。下女の応対、女房の若やいだ声、ほのかな灯火と香の香り、一番鶏と明け方の別れ、そして帰り道に桂の大木が見えなくなるまでふり返る男。物語の一場面のような、王朝風の恋の情景である。
語釈・文法注
- 一言芳談
- 法然門下などの念仏者の言葉を集めた書。鎌倉時代の成立。
- 糂汰甁
- ぬかみそを入れる瓶。
- 持經本尊
- ふだん読む経と、拝む仏像。
- 上臈
- 身分の高い人。もとは修行を積んだ高僧。
- 堀川の相國
- 久我基具(1232〜1297)。太政大臣。
- 過差
- ぜいたく。分を越えた華美。
- 大理
- 検非違使の別当の唐名。
- 唐櫃
- 脚のついた、ふたつきの大きな箱。
- まがり
- 曲。木の皮を曲げて作った器。
- 內辨
- 節会のとき、承明門の内で儀式をとりしきる役の公卿。
- 宣命
- 天皇の命令を、和文まじりの宣命体で書いた文書。
- 又五郞
- 朝廷の儀式に詳しかった老衛士。
- ひざつき
- 膝突。儀式の際に、地面にひざまずくとき敷く小さな敷物。
- 忠守
- 丹波忠守。宮中の医師。中国から渡来した医家の子孫とされる。
- 唐甁子
- 唐風の徳利(瓶子)。「瓶子」に「平氏」をかけ、中国系の出の「忠守」を、平家の「忠盛」になぞらえてからかった。
文法
- しやせまし、せずやあらまし
- 「まし」はためらいの意志。しようかしら、しないでおこうかしら。
- 古弊をもつて規模とす
- 古びていることを手本とする。
- 又五郞男を師とするより外の才覺候はじ
- 又五郎という男を師とするほかに知恵はございますまい。
- めさるべくや候ふらむ
- お取り寄せになるべきではございませんか。
- 今宵ぞやすきいはぬべかめる
- 「い」は「寝(い)」で、眠り。今夜は安心して眠れるようだ。「べかめる」は「べかるめる」の撥音便の無表記。
解説
第98段は、『一言芳談』の言葉を書き抜いたものである。兼好が念仏者の教えに強く共感していたことがわかる。とくに「しやせまし、せずやあらましと思ふことは、おほやうせぬはよきなり」は、迷ったときの判断の基準として、今も引かれる言葉である。
第99段から第103段は、宮中の故実にまつわる逸話である。第99段では、古いものこそ尊いという考えが、役人たちの言葉として語られ、第22段などの兼好の尚古趣味と響き合う。第103段の「唐瓶子」は、平忠盛が「伊勢平氏は酢瓶(すがめ)なり」とからかわれた『平家物語』の話を下敷きにした言葉遊びである。
第104段は、『徒然草』の中でももっとも物語的な段で、『源氏物語』の夕顔の巻などを思わせる。主人公の「ある人」がだれかは書かれていないが、兼好自身の体験を物語風に書いたものとも、聞いた話を書きとめたものともいわれる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、801〜803頁(コマ414–415)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日