徒然草 第15章(第85段〜第89段)
偽りても賢を学ぶと猫また
偽りであっても賢をまねる人は賢人であると説く第85段に始まり、焼かれた三井寺の僧への秀句、酒に酔った下男が義兄の僧を斬った事件、時代の合わない道風筆の朗詠集を秘蔵する人、猫またに襲われたと思ったら飼い犬だった連歌法師の話を収める。

- 1人人ひとののの心心こころすなほならねばすなほならねばすなおならねば、、、いつはりなきにしもあらずいつはりなきにしもあらずいつわりなきにしもあらず。。。されどおのづからされどおのづからされどおのずから正直正直しょうじきののの人人ひと、、、などかなからむなどかなからむなどかなからむ。。。おのれすなほならねどおのれすなほならねどおのれすなおならねど、、、人人ひとののの賢賢けんををを見見みてててうらやむうらやむうらやむはははよのつねなりよのつねなりよのつねなり。。。
- 2いたりていたりていたりて愚愚おろかなるなるなる人人ひとははは、、、たまたまたまたまたまたま賢賢けんなるなるなる人人ひとををを見見みてこれてこれてこれをををにくむにくむにくむ。。。大大おおきなるきなるきなる利利りをををえむがためにえむがためにえむがために、、、すこしきのすこしきのすこしきの利利りをををうけずうけずうけず、、、いつはりかざりていつはりかざりていつわりかざりて名名なををを立立たてむとすとぞしるてむとすとぞしるてむとすとぞしる。。。
- 3おのれがおのれがおのれが心心こころにたがへるによりてこのあざけりにたがへるによりてこのあざけりにたがえるによりてこのあざけりをををなすにてなすにてなすにて知知しりぬりぬりぬ。。。このこのこの人人ひとはははののの性性せいうつるべからずうつるべからずうつるべからず。。。いつはりていつはりていつわりて小利小利しょうりをもをもをも辭辭じすべからずすべからずすべからず。。。
- 4かりにもかりにもかりにも愚愚ぐをををまなぶべからずまなぶべからずまなぶべからず。。。狂人狂人きょうじんのまねとてのまねとてのまねとて大路大路おおじをををはしらばはしらばはしらば、、、すなすなすなはははちちち狂人狂人きょうじんなりなりなり。。。惡人惡人あくにんのまねとてのまねとてのまねとて人人ひとをををころさばころさばころさば惡人惡人あくにんなりなりなり。。。ををを學學まなぶぶぶははは驥驥きのたぐひのたぐひのたぐい、、、ををを學學まなぶぶぶははは舜舜しゅんののの徒徒となりなりなり。。。僞僞いつわりてもりてもりても賢賢けんをををまなばむまなばむまなばむををを賢賢けんといふべしといふべしというべし。。。
- 5中納言中納言ちゅうなごんははわ、、、風月風月ふうげつののの才才さいににに富富とめるめるめる人人ひとなりなりなり。。。一生精進一生精進いっしょうしょうじんにてにてにて讀經讀經どきょううちしてうちしてうちして、、、ののの圓伊圓伊えんい僧正僧正そうじょうととと同宿同宿どうしゅくしてしてして侍侍はべりけるにりけるにりけるに、、、ににに三井寺三井寺みいでらやかれしときやかれしときやかれしとき、、、坊主坊主ぼうずにあひてにあひてにあいて、、、「「「御坊御坊ごぼうをばをばをば寺法師寺法師てらほうしとこそとこそとこそ申申もうしつれどしつれどしつれど、、、寺寺てらはははなければなければなければ、、、いまよりいまよりいまよりははは法師法師ほうしとこそとこそとこそ申申もうさめさめさめ」」」といはれけりといはれけりといわれけり。。。いみじきいみじきいみじき秀句秀句しゅうくなりけりなりけりなりけり。。。
- 6下部下部しもべににに酒酒さけのますることのますることのますることははは心心こころすべきことなりすべきことなりすべきことなり。。。宇治宇治うじににに住住すみけるみけるみける男男おとこ、、、京京きょうにににとてなまめきたるとてなまめきたるとてなまめきたる遁世遁世とんせいののの僧僧そうををを、、、こじうとなりければつねにこじうとなりければつねにこじゅうとなりければつねに申申もうしむつびけりしむつびけりしむつびけり。。。
- 7あるあるある時時ときむかひにむかひにむかいに馬馬うまをををつかはしたりければつかはしたりければつかわしたりければ、、、「「「はるかなるはるかなるはるかなるほどなりほどなりほどなり。。。口口くちつきのつきのつきの男男おとこにまづにまづにまず一一ひとどせさせよどせさせよどせさせよ」」」とてとてとて酒酒さけをををいだしたればいだしたればいだしたれば、、、さしさしさしうけうけうけさしさしさしうけうけうけ、、、よゝとよゝとよよと飮飮のみぬみぬみぬ。。。
- 8太刀太刀たちうちうちうち佩佩はきてかひがひしければきてかひがひしければきてかいがいしければ、、、たのもしくおぼえてたのもしくおぼえてたのもしくおぼえて、、、召召めししし具具ぐしてゆくしてゆくしてゆくほどにほどにほどに、、、のののほどにてほどにてほどにて、、、ののの兵士兵士ひょうじあまたあまたあまた具具ぐしてしてして逢逢あひたるにひたるにいたるに、、、このこのこの男立男立おとこたちむかひてちむかひてちむかいて、、、「「「日暮日暮ひくれにたるれにたるれにたる山中山中やまなかにあやしきぞにあやしきぞにあやしきぞ。。。とまりとまりとまり候候そうらへへえ」」」といひてといひてといいて、、、太刀太刀たちをををひきひきひき拔拔ぬきければきければきければ、、、人人ひともみなもみなもみな太刀太刀たちぬきぬきぬき矢矢やはははげなどしけるげなどしけるげなどしけるををを、、、具覺坊具覺坊ぐかくぼう手手てをををすりてすりてすりて、、、「「「うつしうつしうつし心心こころなくなくなく醉醉えひたるものにひたるものにいたるものに候候そうろうふふう。。。まげてゆるしまげてゆるしまげてゆるし給給たまはははらむらむらん」」」といひければといひければといいければ、、、おのおのおのおのおのおの嘲嘲あざけりてりてりて過過すぎぬぎぬぎぬ。。。
- 9このこのこの男男おとこ具覺坊具覺坊ぐかくぼうにあひてにあひてにあいて、、、「「「御坊御坊ごぼうははは口惜口惜くちおしきことしたまひつるものかなしきことしたまひつるものかなしきことしたまいつるものかな。。。おのれおのれおのれ醉醉えひたることひたることいたること侍侍はべらずらずらず、、、高名高名こうみょうつかまつらむとするつかまつらむとするつかまつらむとするををを、、、拔拔ぬけるけるける太刀太刀たち空空むなしくなししくなししくなし給給たまひつることひつることいつること」」」といかりてといかりてといかりて、、、ひたきりにひたきりにひたきりに斬斬きりおとしつりおとしつりおとしつ。。。
- 10さてさてさて「「「やまだちありやまだちありやまだちあり」」」とのゝしりければとのゝしりければとののしりければ、、、里人里人さとびとおこりておこりておこりて出出いであへばであへばであえば、、、「「「われこそわれこそわれこそ山山やまだちよだちよだちよ」」」といひてといひてといいてはしりかゝりつゝはしりかゝりつゝはしりかかりつつ斬斬きりまはりけるりまはりけるりまわりけるををを、、、あまたしてあまたしてあまたして手手ておほせおほせおおせうちうちうち伏伏ふせてしばりけりせてしばりけりせてしばりけり。。。
- 11馬馬うまははは血血ちつきてつきてつきて、、、宇治大路宇治大路うじおおじののの家家いえにににはしりはしりはしり入入いりたりりたりりたり。。。あさましくてあさましくてあさましくて、、、男男おとこどもあまたはしらかしたればどもあまたはしらかしたればどもあまたわしらかしたれば、、、具覺坊具覺坊ぐかくぼうははは、、、原原はらにによびにによびにによび伏伏ふしたるしたるしたるををを、、、求求もとめいでゝかきもてめいでゝかきもてめいでてかきもて來來きつつつ。。。
- 12からきからきからき命生命生いのちいきたれどきたれどきたれど、、、腰腰こしきりきりきり損損そんぜられてぜられてぜられて、、、かたかたかたはははになりにけりになりにけりになりにけり。。。
- 13あるものあるものあるもの、、、ののの書書かけるけるけるとてもちたりけるとてもちたりけるとてもちたりけるををを、、、あるあるある人人ひと、、、「「「御相傳御相傳ごそうでんうけることにうけることにうけることにははは侍侍はべらじなれどもらじなれどもらじなれども、、、四條大納言四條大納言しじょうのだいなごんえらばれたるものえらばれたるものえらばれたるものををを、、、道風道風とうふうかゝむことかゝむことかかむこと時代時代じだいやたがひやたがひやたがい侍侍はべらむらむらむ、、、おぼつかなくこそおぼつかなくこそおぼつかなくこそ」」」といひければといひければといいければ、、、「「「さささ候候そうらへばこそへばこそえばこそ世世よにありがたきものににありがたきものににありがたきものにははは侍侍はべりけれりけれりけれ」」」とていよいよとていよいよとていよいよ秘藏秘藏ひぞうしけりしけりしけり。。。
- 14「「「奧山奧山おくやま、、、人人ひとをををくらふなるくらふなるくらうなる」」」ととと人人ひとのいひけるにのいひけるにのいいけるに、、、「「「山山やまならねどもならねどもならねども、、、これらにもこれらにもこれらにも猫猫ねこのののへあがりてねこまたになりてへあがりてねこまたになりてへあがりてねこまたになりて、、、人人ひととることとることとることはははあなるものあなるものあなるものををを」」」といふものありけるといふものありけるというものありけるををを、、、なにあみだなにあみだなにあみだ佛佛ほとけとかやとかやとかや連歌連歌れんがしけるしけるしける法師法師ほうしののの、、、のののほとりにありけるがほとりにありけるがほとりにありけるが聞聞ききてきてきて、、、一人一人ひとりありかむありかむありかむ身身みははは心心こころすべきことにこそとすべきことにこそとすべきことにこそと思思おもひけるころしもひけるころしもいけるころしも、、、あるあるある所所ところにてにてにて夜夜よふくるまでふくるまでふくるまで連歌連歌れんがしてしてして、、、たゞたゞただ一人一人ひとりかへりけるにかへりけるにかえりけるに、、、小川小川こがわのののはははたにてたにてたにて音音おとににに聞聞ききしねこまたきしねこまたきしねこまた、、、あやまたずあやまたずあやまたず足足あしのののもともともとへへへふとふとふと寄寄よりきてりきてりきて、、、やがてかきつくまゝにやがてかきつくまゝにやがてかきつくままに、、、頸頸くびのののほどほどほどをををくはむとすくはむとすくわむとす。。。
- 15肝心肝心きもごころもももうせてうせてうせて、、、防防ふせがむとするにがむとするにがむとするに力力ちからもなくもなくもなく足足あしもたゝずもたゝずもたたず、、、小川小川こがわへへへころびころびころび入入いりてりてりて、、、「「「助助たすけよやけよやけよや、、、ねこまたよやねこまたよやねこまたよやねこまたよやねこまたよやねこまたよや」」」ととと叫叫さけべばべばべば、、、家々家々いえいえよりよりより松松まつどもともしてどもともしてどもともして、、、走走はしりりり寄寄よりてりてりて見見みればればれば、、、このわたりにこのわたりにこのわたりに見知見知みしれるれるれる僧僧そうなりなりなり。。。
- 16「「「こここはははいかにいかにいかに」」」とてとてとて川川かわののの中中なかよりよりより抱抱いだきおこしたればきおこしたればきおこしたれば、、、連歌連歌れんがのののとりてとりてとりて、、、扇小箱扇小箱おうぎこばこなどなどなどふところにふところにふところに持持もちたるもちたるもちたるも水水みずににに入入いりぬりぬりぬ。。。希有希有きょうにしてたすかりたるさまにてにしてたすかりたるさまにてにしてたすかりたるさまにて、、、はふはふはうはははふふふ家家いえににに入入いりにけりりにけりりにけり。。。
- 17飼飼かひけるひけるいける犬犬いぬのくらけれどのくらけれどのくらけれど、、、ぬしぬしぬしををを知知しりてりてりて飛飛とびつきたりけるとぞびつきたりけるとぞびつきたりけるとぞ。。。
現代語訳
〔第85段〕人の心はすなおではないから、偽りがないわけではない。けれども、たまには正直な人も、どうしていないことがあろうか。自分はすなおでなくても、人の賢さを見てうらやむのは世の常である。きわめて愚かな人は、たまたま賢い人を見ると、これを憎む。「大きな利益を得ようとして、小さな利益を受けず、偽り飾って名声を立てようとしているのだ」とそしる。自分の心と違っているから、このようなあざけりをするのだとわかる。この人は、下愚の性質が変わることはないだろう。偽ってでも小さな利益を辞退することはできず、かりにも愚かさをまねてはいけない。狂人のまねだといって大路を走れば、それはそのまま狂人である。悪人のまねだといって人を殺せば、悪人である。千里を走る名馬をまねるのは名馬の仲間であり、舜をまねるのは舜の仲間である。偽ってでも賢人をまねるのを、賢人と言うべきである。
〔第86段〕惟継中納言は、詩歌の才能に富んだ人である。一生精進して経を読んで、寺法師(三井寺の僧)の円伊僧正と同じ宿坊に住んでいたが、文保年間に三井寺が焼かれたとき、坊主の円伊に会って、「御坊を寺法師と申してきましたが、寺がなくなったので、これからは『法師』と申しましょう」と言われた。すばらしい秀句であった。
〔第87段〕下男に酒を飲ませることは、気をつけなければならないことである。宇治に住んでいた男が、京に具覚坊といって、優雅な遁世の僧がいたのを、妻の兄弟だったので、いつも親しくしていた。ある時、迎えに馬をやったところ、(具覚坊は)「遠い道のりだ。馬の口取りの男に、まず一杯飲ませよ」と言って酒を出したので、(男は)何杯も杯を受けて、ぐいぐいと飲んだ。太刀を腰に帯びて頼もしげだったので、心強く思って連れて行くうちに、木幡のあたりで、奈良の法師が兵士を大勢連れているのに出会ったところ、この男が立ち向かって、「日が暮れた山中で怪しいぞ。止まれ」と言って、太刀を引き抜いたので、相手もみな太刀を抜き、矢をつがえなどしたのを、具覚坊が手をすり合わせて、「正気もなく酔っている者でございます。どうかお許しください」と言ったので、みなあざけって通り過ぎた。この男は具覚坊に向かって、「御坊は残念なことをなさったものだ。私は酔ってなどおりません。手柄を立てようとしたのに、抜いた太刀をむだにしておしまいになったことよ」と怒って、めった斬りに斬り落としてしまった。そうして「山賊だ」と大声で騒いだので、里人たちが騒ぎ立って出てくると、「おれこそ山賊だ」と言って走りかかっては斬りまわったのを、大勢で手傷を負わせて打ち倒し、縛りあげた。馬は血まみれになって、宇治大路の(主人の)家に走りこんだ。(主人は)驚きあきれて、下男たちを大勢走らせたところ、具覚坊は、くちなし原にうめきながら倒れていたのを探し出して、かついで連れて来た。危ない命は助かったけれど、腰を斬られて傷つき、不具になってしまった。
〔第88段〕ある者が、小野道風の書いた『和漢朗詠集』だといって持っていたのを、ある人が、「御家伝来のものにけちをつけるつもりはありませんが、四条大納言(藤原公任)が編まれたものを、道風が書くというのは、時代が合わないのではないでしょうか。不審なことです」と言ったところ、「そうでございますからこそ、世にもめずらしいものなのです」と言って、ますます大切にしまっておいた。
〔第89段〕「奥山に猫またというものがいて、人を食うそうだ」と人が言ったところ、「山でなくても、このあたりでも、猫が年をとって猫またになって、人をさらうことがあるそうだ」と言う者がいたのを、何阿弥陀仏とかいう連歌をする法師で、行願寺のあたりに住んでいた者が聞いて、ひとり歩きをする身は気をつけなければならないと思っていたちょうどそのころ、ある所で夜ふけまで連歌をして、ただ一人で帰ったところ、小川のほとりで、うわさに聞いた猫またが、ねらいたがわず足もとへふっと寄ってきて、いきなり飛びつくと同時に、首のあたりに食いつこうとする。肝も心も失せて、防ごうとしても力も出ず、足も立たず、小川へ転がりこんで、「助けてくれ、猫まただ、猫まただ」と叫ぶと、家々から松明をともして走り寄って見ると、このあたりで見知っている僧である。「これはどうしたことか」と言って、川の中から抱き起こすと、連歌の賞品を取って、扇や小箱などを懐に入れていたのも、水につかってしまった。危ういところで助かったという様子で、はうようにして家に入った。(実は)飼っていた犬が、暗いけれども主人とわかって、飛びついたのだということだ。
意訳
〔第85段〕賢人を見て「名声目当てだ」とけなすのは、愚かな人の心の表れである。狂人のまねをすれば狂人、悪人のまねをすれば悪人。それならば、偽ってでも賢人をまねる人は賢人なのだ。行いこそがその人を決めるという、明快な論理である。
〔第86段〕〔第88段〕寺を焼かれた「寺法師」を、寺がないから「法師」と呼ぼうという秀句。時代が合わないと指摘された「道風筆の朗詠集」を、だからこそ珍しいと秘蔵する持ち主。言葉の機知と、思いこみの滑稽さとを書きとめる。
〔第87段〕主人の家の下男が、酒に酔って奈良法師に喧嘩を売り、止めた具覚坊に逆上して斬りつけ、さらに山賊を名乗って暴れた。「下部に酒のますることは心すべきことなり」という冒頭の戒めどおりの、酒の恐ろしさを伝える事件である。
〔第89段〕猫またの噂を気にしていた法師が、夜道で飛びつかれて川に転げこむが、実は迎えに来た飼い犬だった。思いこみが恐怖を生むさまを、ユーモラスに描いた有名な段である。
語釈・文法注
- 下愚
- ひどく愚かな人。『論語』の「上知と下愚とは移らず」による。
- 驥
- 一日に千里を走るという名馬。
- 舜
- 中国古代の伝説上の聖天子。
- 惟繼中納言
- 平惟継(1266〜1343)。漢詩文にすぐれた。
- 寺法師
- 三井寺(園城寺)の僧。比叡山延暦寺の僧を「山法師」と呼ぶのに対していう。
- 文保に三井寺やかれし
- 文保三年(1319)、延暦寺の僧兵が三井寺を焼いた事件。
- 具覺坊
- 伝未詳。
- 木幡
- 京都府宇治市の地名。京から宇治へ向かう途中にある。
- 奈良法師
- 奈良の興福寺などの僧兵。
- くちなし原
- 宇治の地名か。未詳。
- 小野道風
- 平安中期の書家(894〜966)。三蹟の一人。
- 和漢朗詠集
- 藤原公任(966〜1041)が編んだ、漢詩文の佳句と和歌を集めた書。道風の没後の成立。
- ねこまた
- 猫が年をとって化けたという妖怪。
- 行願寺
- 京都の一条にあった寺。革堂とも。
- 賭物
- 連歌の会で勝者に与える賞品。
文法
- などかなからむ
- 「などか…む」は反語。どうしていないことがあろうか。
- にによび伏したるを
- 「によぶ」は、うめく。うめきながら倒れているのを。
- 御相傳うけることには侍らじなれども
- 御家に伝わった由来にけちをつけるわけではないが、の意と解される。底本どおり。
- 人とることはあなるものを
- 「あなる」は「あるなる」の撥音便「あんなる」の撥音の無表記。「なる」は伝聞。あるそうだ。
- はふはふ
- 這うようにして。やっとのことで。
解説
第85段は、「偽りても賢をまなばむを賢といふべし」という結論で知られる。人の内面の真偽を問うのではなく、行いによって人を判断するという考えは、儒教の教えをふまえたもので、兼好の現実的な人間観をよく表している。
第87段は、酔った下男の凶行を、事件の経過に沿って生々しく描いている。兼好は第175段でも酒の害を長々と論じており、酒に対する関心の深さがうかがえる。
第89段の猫またの話は、『徒然草』の中でもとくに親しまれている段である。噂を聞いて怯えていた法師が、暗がりで飼い犬に飛びつかれて大騒ぎするという筋は、落語のような笑いに満ちている。最後の一文で種明かしをする構成も見事である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、796〜798頁(コマ412–413)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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