徒然草 第14章(第77段〜第84段)
知ったかぶりと不具の美
世の噂を言いふらす人、流行り言葉を仲間内で使う人、知ったかぶりをする人――話しぶりの品のなさを戒める段に始まり、法師が武を好むことへの批判、凝りすぎた調度のいやみ、「不具なるこそよけれ」という不完全の美、満ちれば欠けるという処世、異国で故郷を恋しがった法顕三蔵を「情ある」とほめた言葉までを集める。

- 1世世よののの中中なかにそのころにそのころにそのころ人人ひとのもてあつかひぐさにいひあへることのもてあつかひぐさにいひあへることのもてあつかいぐさにいいあえること、、、はははあらぬあらぬあらぬ人人ひとののの、、、よくよくよく案內案內あんない知知しりてりてりて、、、人人ひとにもかたりきかせにもかたりきかせにもかたりきかせ、、、問問とひきゝたるこそひきゝたるこそいききたるこそうけられねうけられねうけられね。。。
- 2ことにかたことにかたことにかたひじりひじりひじり法師法師ほうしなどぞなどぞなどぞ、、、世世よののの人人ひとのののうへうへうえはははわがわがわが如如ごとくくく尋尋たずねきゝねきゝねきき、、、いかでかばかりいかでかばかりいかでかばかりははは知知しりけむとりけむとりけむと、、、おぼゆるまでぞいひちらすめるおぼゆるまでぞいひちらすめるおぼゆるまでぞいいちらすめる。。。
- 3今今いまやうのやうのようの事事ことどものめづらしきどものめづらしきどものめずらしきををを、、、いひひろめもてなすこそまたうけられねいひひろめもてなすこそまたうけられねいいいろめもてなすこそまとうけられね。。。世世よににに事事ことふりたるまでふりたるまでふりたるまで知知しらぬらぬらぬ人人ひとははは心心こころにくしにくしにくし。。。今今いまさらのさらのさらの人人ひとなどのあるなどのあるなどのある時時とき、、、、、、物物ものののの名名ななどなどなど心心こころえたるどちえたるどちえたるどち、、、かたかたかたはしはしはしいひかはしいひかはしいいかわし、、、目見目見めみあはせあはせあわせ笑笑わらひなどしてひなどしていなどして、、、心心こころしらぬしらぬしらぬ人人ひとにこゝろえずにこゝろえずにこころえず思思おもはすることはすることわすること、、、世世よなれずよからぬなれずよからぬなれずよからぬ人人ひとのかならずあることなりのかならずあることなりのかならずあることなり。。。
- 4何事何事なにごともももりたゝぬさましたるぞよきりたゝぬさましたるぞよきりたたぬさましたるぞよき。。。よきよきよき人人ひとはははしりたるしりたるしりたる事事こととてとてとて、、、さのみさのみさのみ知知しりがほにやいふりがほにやいふりがおにやいう。。。かたかたかた田舍田舍いなかよりさしいでたるよりさしいでたるよりさしいでたる人人ひとこそこそこそ萬萬よろずののの道道みちににに心心こころえたるよしのえたるよしのえたるよしのさしいらへさしいらへさしいらえはははすれすれすれ。。。
- 5さればさればされば世世よにににはははづかしきかたもあれどづかしきかたもあれどずかしきかたもあれど、、、みづからもいみじとみづからもいみじとみずからもいみじと思思おもへるけしきかたくななりへるけしきかたくななりえるけしきかたくななり。。。よくよくよくわきまへたるわきまへたるわきまえたる道道みちにににははは、、、かならずかならずかならず口口くちおもくおもくおもく、、、問問とはぬかぎりはぬかぎりわぬかぎりはははいはぬこそいみじけれいはぬこそいみじけれいわぬこそいみじけれ。。。
- 6人人ひとごとにごとにごとに我我わががが身身みにににうときうときうとき事事ことをををのみぞのみぞのみぞ好好このめるめるめる。。。法師法師ほうしはははつつつはもはもはものゝのゝのの道道みちをををたてたてたて、、、ははは弓弓ゆみひくすべしらずひくすべしらずひくすべしらず。。。佛法佛法ぶっぽう知知し、、、連歌連歌れんがししし、、、管管かん絃絃げんをををたしなみあへりたしなみあへりたしなみあえり。。。
- 7されどされどされど愚愚おろかなるおのれがなるおのれがなるおのれが道道どうよりよりより、、、なほなほなお人人ひとににに思思おもひあなどられぬべしひあなどられぬべしいあなどられぬべし。。。法師法師ほうしのみにかぎらずのみにかぎらずのみにかぎらず、、、殿上人殿上人てんじょうびと、、、上上うえざまゝでおしなべてざまゝでおしなべてざままでおしなべて、、、武武ぶををを好好このむむむ人人ひとおおおほかりほかりほかり。。。
- 8百百ももたびたびたび戰戰たたかひてひていて百百ももたびたびたび勝勝かつともつともつとも、、、いまだいまだいまだ武勇武勇ぶようののの名名なをををさだめがたしさだめがたしさだめがたし。。。そのそのその故故ゆえははは運運うんににに乘乘じょうじてあだじてあだじてあだをををくだくときくだくときくだくとき、、、勇者勇者ゆうしゃにあらずといふにあらずといふにあらずという人人ひとなしなしなし。。。
- 9兵盡兵盡つわものつききき矢矢やきききはははまりてまりてまりて、、、遂遂ついににに敵敵かたきにくだらずにくだらずにくだらず、、、死死じにをやをやをやすくしてのちすくしてのちすくしてのち、、、はじめてはじめてはじめて名名なをををあらはすべきあらはすべきあらわすべき道道みちなりなりなり。。。生生いけらむけらむけらむほどほどほどははは武武ぶにににほこるべからずほこるべからずほこるべからず。。。
- 10人倫人倫じんりんにとほくにとほくにとおく禽獸禽獸きんじゅうににに近近ちかきききふるまひふるまひふるまい、、、そのそのその家家いえにあらずばにあらずばにあらずば好好このみてみてみて益益えきなきことなりなきことなりなきことなり。。。
- 11屛風屛風びょうぶ障子障子しょうじなどのなどのなどの繪繪えももも文字文字もじ筆樣筆樣ふでようしてしてして書書かきたるがきたるがきたるが、、、見見みにくきよりもにくきよりもにくきよりも、、、宿宿やどのあるじののあるじののあるじの拙拙つたなくおぼゆるなりくおぼゆるなりくおぼゆるなり。。。大大おおかたもてるかたもてるかたもてる調度調度ちょうどにてもにてもにても、、、心心こころおとりせらるゝおとりせらるゝおとりせらるる事事ことはははありぬべしありぬべしありぬべし。。。
- 12さのみよきものさのみよきものさのみよきものををを持持もつべしとにもあらずつべしとにもあらずつべしとにもあらず、、、損損そんぜざらむためとてぜざらむためとてぜざらむためとて、、、品品しななくなくなく見見みにくきさまにしなしにくきさまにしなしにくきさまにしなし、、、めづらしからむとてめづらしからむとてめずらしからむとて、、、用用ようなきなきなき事事ことどもしそへどもしそへどもしそえ、、、わづらはしくこのみなせるわづらはしくこのみなせるわずらわしくこのみなせるをををいふなりいふなりいうなり。。。
- 13ふるめかしきふるめかしきふるめかしきやうにてやうにてようにて、、、いたくことごとしからずいたくことごとしからずいたくことごとしからず、、、つひえもなくてつひえもなくてついえもなくて物物ものがらのよきがよきなりがらのよきがよきなりがらのよきがよきなり。。。
- 14「「「うすものゝうすものゝうすものの表紙表紙ひょうしはははとくとくとく損損そんずるがわびしきずるがわびしきずるがわびしき」」」ととと人人ひとのいひしにのいひしにのいいしに、、、ががが、、、「「「はははかみしもかみしもかみしもはははづれづれずれ、、、軸軸じくははは貝落貝落かいおちてちてちて後後のちこそいみじけれこそいみじけれこそいみじけれ」」」ととと申申もうししし侍侍はべりしこそりしこそりしこそ心心こころまさりておぼえしかまさりておぼえしかまさりておぼえしか。。。
- 15一部一部いちぶとあるとあるとある草紙草紙そうしなどのおなじやうにもあらぬなどのおなじやうにもあらぬなどのおなじょうにもあらぬををを、、、見見みにくしといへどにくしといへどにくしといえど、、、僧都僧都そうずががが、、、「「「ものものものをををかならずかならずかならずににに整整ととのへむとするへむとするえむとするははは、、、つたなきものゝすることなりつたなきものゝすることなりつたなきもののすることなり。。。不具不具ふぐなるこそよけれなるこそよけれなるこそよけれ」」」といひしもといひしもといいしも、、、いみじくおぼえしなりいみじくおぼえしなりいみじくおぼえしなり。。。
- 16「「「すべてすべてすべて何何なにもみなもみなもみな事事ことのとゝののとゝののととのほりたるほりたるほりたるはははあしきことなりあしきことなりあしきことなり。。。しのこしたるしのこしたるしのこしたるをををさてさてさてうちおきたるうちおきたるうちおきたるははは、、、おもしろくいきのぶるわざなりおもしろくいきのぶるわざなりおもしろくいきのぶるわざなり。。。內裏造內裏造だいりつくらるゝにもらるゝにもらるるにも、、、必必かならつくりつくりつくりはははてぬてぬてぬ所所ところををを殘殘のこすことなりすことなりすことなり」」」とあるとあるとある人申人申ひともうししし侍侍はべりしなりりしなりりしなり。。。
- 17先賢先賢せんけんののの作作つくれるれるれるののの文文ふみにもにもにも、、、章段章段しょうだんのかけたることのみぞのかけたることのみぞのかけたることのみぞはべるはべるはべる。。。
- 18入道入道にゅうどう左大臣左大臣さだいじん殿殿どの、、、太政大臣太政大臣だいじょうだいじんにあがりにあがりにあがり給給たまはむにはむにわむに、、、何何なにのとゞこほりかおはせむなれどものとゞこほりかおはせむなれどものとどこおりかおわせむなれども、、、めづらしげなしめづらしげなしめずらしげなし。。。ののの上上うえにてやみなむとてにてやみなむとてにてやみなむとて、、、出出い家家けししし給給たまひにけりひにけりいにけり。。。
- 19左大臣左大臣さだいじん殿殿どのこのこのこの事事ことををを甘心甘心かんしんしたまひてしたまひてしたまいて、、、相國相國しょうこくののぞみおはせざりけりののぞみおはせざりけりののぞみおわせざりけり。。。「「「ののの悔悔くいありありあり」」」とかやいふこととかやいふこととかやいうこと侍侍はべるなりるなりるなり。。。月滿月滿つきみちてちてちてははは缺缺かけけけ、、、物盛物盛ものさかりにしてにしてにしてはははおとろふおとろふおとろう。。。萬萬よろずののの事事ことさきのつまりたるさきのつまりたるさきのつまりたるははは、、、やぶれにやぶれにやぶれに近近ちかききき道道みちなりなりなり。。。
- 20ののの天竺天竺てんじくにわたりてにわたりてにわたりて、、、故鄕故鄕ふるさとののの扇扇おうぎををを見見みてててはははかなしみかなしみかなしみ、、、疾疾やまいににに臥臥ふしてしてしてははは漢漢かんののの食食じきををを願願ねがひひい給給たまへることへることえることををを聞聞ききてきてきて、、、「「「さばかりのさばかりのさばかりの人人ひとのむげにこそのむげにこそのむげにこそ心心こころ弱弱よわきけしききけしききけしきををを、、、人人ひとののの國國くににてにてにて見見みえたまひけれえたまひけれえたまいけれ」」」ととと人人ひとのいひしにのいひしにのいいしに、、、弘融弘融こうゆう僧都僧都そうず、、、「「「優優ゆうににに情情なさけありけるありけるありける三藏三藏さんぞうかなかなかな」」」といひたりしこそといひたりしこそといいたりしこそ法師法師ほうしのやうにもあらずのやうにもあらずのようにもあらず心心こころにくゝおぼえしかにくゝおぼえしかにくくおぼえしか。。。
現代語訳
〔第77段〕世の中で、その時分に人が話の種にしてもてはやしていることを、口を出すはずもない人が、よく内情を知っていて、人にも話して聞かせ、問いただしたりしているのは、感心しない。とりわけ片田舎の聖法師などが、世間の人の身の上を自分のことのように尋ねまわり、どうしてここまで知っているのだろうと思われるほどに言いふらすようだ。
〔第78段〕当世風の珍しいことを言いふらして、もてはやすのも、また感心しない。世間で言い古されるまで知らない人は奥ゆかしい。新参の人などがいる時に、仲間内で言い慣れている言葉や物の名などを、わかっている者同士で端だけ言い交わし、目を見合わせて笑ったりして、事情を知らない人にわけのわからない思いをさせるのは、世慣れない、教養のない人が必ずすることである。
〔第79段〕何事も、深入りしていないふうでいるのがよい。よい人は、知っていることでも、そう知ったかぶりをして言うだろうか。片田舎から出てきた人こそ、あらゆる道に通じているような受け答えをするものだ。だから、聞いていて気恥ずかしくなるほどの所もあるが、自分でもすばらしいと思っている様子が、見苦しい。よく心得ている道については、必ず口が重く、問われない限りは言わないのがすばらしい。
〔第80段〕だれもが、自分の身に縁遠いことばかりを好むものだ。法師は武士の道を立て、東国の武士は弓を引く術も知らずに、仏法を知ったような顔をし、連歌をし、管絃をたしなみ合っている。けれども、おろそかにしている自分の本来の道より、なお人に侮られることだろう。法師だけに限らず、上達部や殿上人、上流の人々まで、おしなべて武を好む人が多い。百度戦って百度勝っても、まだ武勇の名は定めがたい。そのわけは、運に乗じて敵を打ち破るときは、勇者でないと言う人はいないからである。兵が尽き矢が尽きて、ついに敵に降らず、いさぎよく死んだ後に、はじめて名をあらわすべき道である。生きている間は、武を誇ってはならない。人の道から遠く、鳥獣に近いふるまいで、その家柄でないならば、好んでも益のないことである。
〔第81段〕屏風や障子などの絵も文字も、見苦しい筆つきで書いてあるのは、それ自体が見にくいというよりも、家の主人の品格が劣って思われるものだ。だいたい持っている道具類によっても、人柄が見劣りされることはあるだろう。むやみに良い物を持つべきだというのではない。いたまないようにといって、品なく見苦しいように作り、珍しくしようとして、不要なものをつけ加え、わずらわしいほど趣向をこらしたのを言うのである。古風なようで、あまり仰々しくなく、費用もかからず、品質のよいのがよいのだ。
〔第82段〕「羅の表紙は早くいたむのが困る」と人が言ったところ、頓阿が「羅は上下がほつれ、螺鈿の軸は貝が落ちてからこそすばらしい」と申しましたのは、感心させられた。何冊かでひとそろいの草紙などが同じ体裁でないのを見苦しいと言うが、弘融僧都が「物を必ずひとそろいに整えようとするのは、つたない者のすることだ。ふぞろいなのがよいのだ」と言ったのも、すばらしいと思われた。「すべて、何でもみな整っているのはよくないことだ。やり残したところを、そのままにしておくのは、おもしろく、先々まで続いてゆくものである。内裏をお造りになるときも、必ず造り終えない所を残すものだ」と、ある人が申しました。先賢の作った仏典や漢籍などにも、章や段の欠けているものが多くございます。
〔第83段〕竹林院入道左大臣殿(西園寺公衡)は、太政大臣にお上がりになるのに何の差しさわりがおありになろうか(いや、何の差しさわりもない)けれども、「珍しくもない。一の上(左大臣)でやめておこう」といって、出家なさった。洞院左大臣殿(藤原実泰)も、このことに感心なさって、太政大臣の望みをお持ちにならなかった。「亢龍の悔いあり」とかいうことがございます。月は満ちれば欠け、物は盛んになれば衰える。万事、行きつくところまで行ってしまったものは、破滅に近い道である。
〔第84段〕法顕三蔵が天竺に渡って、故郷の扇を見ては悲しみ、病に伏しては中国の食事を望まれたということを聞いて、「あれほどの人が、ひどく気弱な様子を、異国でお見せになったものだ」と人が言ったところ、弘融僧都が「優しく情のある三蔵だなあ」と言ったのは、法師らしくもなく、奥ゆかしく思われた。
意訳
〔第77段〜第79段〕世間の噂に通じていることを自慢する法師、流行り言葉で仲間内だけ笑い合う人、田舎から来て何でも知っているようにふるまう人。ほんとうに物を知る人は、知っていても口が重く、問われなければ言わない。知識のひけらかしへの戒めである。
〔第80段〕法師が武を好み、武士が仏法や連歌に通じたふりをする――人は自分の本分から遠いことを好むものだ。武勇の名は、生きているうちには定まらない。家柄でもない者が武を好むのは無益だという。
〔第81段〕〔第82段〕凝りすぎて品のない調度はいやみである。一方、ほつれた表紙や貝の落ちた螺鈿の軸こそ味わいがあり、全巻そろわない本もよい。完全に整ったものよりも、欠けたもの、未完のものに美と生命を見いだす――「不具なるこそよけれ」は、日本人の美意識を語るときによく引かれる言葉である。
〔第83段〕〔第84段〕太政大臣になれる身で、あえて左大臣でとどまった公衡と実泰。「満ちれば欠ける」ことを知る賢明さである。故郷の扇を見て泣いた法顕三蔵を、弘融僧都は情ある人とほめた。悟りすました態度より、人間らしい弱さを慈しむ心に、兼好は共感している。
語釈・文法注
- いろふ
- 口を出す。関わる。
- かたほとり
- 片田舎。都から離れた所。
- ことぐさ
- 言い草。口ぐせのように言う言葉。
- 入りたゝぬさま
- 深入りしない様子。
- えびす
- 東国の武士。
- きそく
- 気色。様子。顔つき。
- 上達部
- 三位以上の公卿。
- かたくなゝる
- 見苦しい。洗練されていない。
- うすもの
- 羅。薄く織った絹織物。
- 頓阿
- 鎌倉末〜南北朝の歌僧(1289〜1372)。兼好と並ぶ「和歌四天王」の一人。
- らでん
- 螺鈿。貝殻の内側の光る部分をはめこむ装飾。
- 弘融僧都
- 仁和寺の僧。兼好と交流があった。
- 一具
- ひとそろい。
- 內外の文
- 仏教の書(内典)と、儒教などの書(外典)。
- 竹林院入道左大臣殿
- 西園寺公衡(1264〜1315)。
- 一の上
- 左大臣のこと。太政大臣が名誉職であったため、実際上の首席の大臣。
- 洞院左大臣殿
- 藤原(洞院)実泰(1269〜1327)。
- 亢龍の悔
- 『易経』の言葉。高く上りつめた龍は、もう上れずに悔いることになる。
- 法顯三藏
- 中国、東晋の僧(337〜422ごろ)。陸路でインドに渡り、仏典を持ち帰った。
文法
- うけられね
- 「うく」(受く)は承知する。「られ」は受身、「ね」は打消「ず」の已然形で、「こそ」の結び。感心しない、賛成できない。
- さのみ知りがほにやいふ
- 「や」は反語。そう知ったような顔をして言うだろうか。
- 何のとゞこほりかおはせむなれども
- 「か…む」は反語。何の差しさわりがおありになろうか。
- 心まさりて
- 予想以上にすぐれていると感じて。
解説
第77段から第79段は、知識や情報をひけらかすことへの戒めである。兼好は、本当に物を知る人は控えめで、問われなければ答えないと説く。第79段の「よくわきまへたる道には、かならず口おもく」は、第167段・第168段などとも通じる、兼好の人物観の中心にある考え方である。
第80段は、身分や職分を越えたふるまいを批判する。法師が武を好むのは、当時の僧兵の横行を背景にしている。武勇の名は死後に定まるという考えは、武士の時代を生きた兼好の冷静な観察である。
第82段は、『徒然草』の美意識を代表する段として名高い。頓阿の言葉、弘融僧都の言葉、ある人の言葉と、三つの意見を重ねて、不完全なもの、欠けたものの美しさを語る。この考え方は、第137段の「花は盛りに」とも通じ、のちの茶道の「わび」の美意識の先駆けとも言われる。
第84段の法顕三蔵の話は、中国の『法顕伝』に見えるものである。偉大な求法僧の人間らしい弱さを、弘融は「優に情ありける」とほめた。兼好はそれを「法師のやうにもあらず心にくゝ」と評し、悟りよりも人情を重んじる姿勢を示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、794〜796頁(コマ411–412)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日