古典ライブラリー

徒然草 第13章(第71段〜第76段)

そら言の多き世と蟻のごとき人々

名を聞いて思い描く面影と既視感の不思議、多すぎて品のないもの、世に語り伝えることのほとんどがうそであるという考察、蟻のように集まり走りまわる人々の営みのむなしさ、所在なさを嘆かずひとりでいることのよさを説き、華やかな家に出入りする法師を戒める。

都の大路をさまざまな方向へ行き交う人々
第74段の、蟻のように集まり東西南北へ走り回る人々をもとにした情景。都の大路を行き交う姿が、日々の営みと、立ち止まらず過ぎてゆく時間を感じさせる。
  1. 1名な名ななををを聞き聞ききくよりくよりくより、、、やがてやがてやがて面影おもかげ面影おもかげおもかげはははおしおしおしはははからるゝからるゝからるる心こころ心こころこころちするちするちするををを、、、見み見みみるときるときるときははは、、、又また又またまたかねてかねてかねて思おも思おもおもひつるまゝのひつるまゝのいつるままの顏かほ顏かほかおしたるしたるしたる人ひと人ひとひとこそなけれこそなけれこそなけれ。。。ををを聞き聞きききてもきてもきても、、、このごろのこのごろのこのごろの人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえのそこのそこのそこほどにてぞありけむとほどにてぞありけむとほどにてぞありけむと覺おぼ覺おぼおぼえええ、、、人ひと人ひとひとももも今見いまみ今見いまみいまみるるる人ひと人ひとひとののの中なか中なかなかににに思おも思おもおもひよそへらるゝひよそへらるゝいよそえらるるははは、、、誰たれ誰たれたれもかくおぼゆるにやもかくおぼゆるにやもかくおぼゆるにや。。。
  2. 2またいかなるまたいかなるまたいかなるをををりぞりぞりぞ、、、たゞたゞただ今人いまひと今人いまひといまひとのいふことものいふことものいうことも、、、目め目めめににに見み見みみゆるものもゆるものもゆるものも、、、我わ我わわががが心こころ心こころこころのののうちもうちもうちも、、、かゝることのいつぞやありしかとおぼえてかゝることのいつぞやありしかとおぼえてかかることのいつぞやありしかとおぼえて、、、いつといつといつとははは思おも思おもおもひいでねどもひいでねどもいいでねども、、、まさしくありしまさしくありしまさしくありし心こころ心こころこころちのするちのするちのするははは、、、我われ我われわればかりかくばかりかくばかりかく思おも思おもおもふにやふにやうにや。。。
  3. 3いやしげなるものいやしげなるものいやしげなるもの、、、居ゐ居ゐいたるあたりにたるあたりにたるあたりに調度てうど調度てうどちょうどのおほきのおほきのおおき、、、硯すゞり硯すゞりすずりににに筆ふで筆ふでふでのおほきのおほきのおおき、、、ににに佛ほとけ佛ほとけほとけのおほきのおほきのおおき、、、前栽せんざい前栽せんざいせんざいににに石草木いしくさき石草木いしくさきいしくさきのおほきのおほきのおおき、、、家いへ家いへいえのののうちにうちにうちに子孫しそん子孫しそんしそんのおほきのおほきのおおき、、、人ひと人ひとひとにあひてにあひてにあいて詞ことば詞ことばことばのおほきのおほきのおおき、、、にににおほくおほくおおく書か書かかききき載の載ののせたるせたるせたる。。。おほくておほくておおくて見苦みぐる見苦みぐるみぐるしからぬしからぬしからぬははは、、、ののの文ふみ文ふみふみ、、、のちりのちりのちり。。。
  4. 4世よ世よよにかたりにかたりにかたり傳つた傳つたつたふることふることうること、、、まことまことまことはははあいなきにやあいなきにやあいなきにや、、、多おほ多おほおおくくくはははみなそらごとなりみなそらごとなりみなそらごとなり。。。あるにもあるにもあるにも過す過すすぎてぎてぎて人ひと人ひとひとはもはもはものののをををいひなすにいひなすにいいなすに、、、ましてましてまして年月としつき年月としつきとしつきすぎすぎすぎ、、、さかひもさかひもさかいもへだゝりぬればへだゝりぬればへだたりぬれば、、、いひたきまゝにいひたきまゝにいいたきままに語かた語かたかたりなしてりなしてりなして、、、筆ふで筆ふでふでにもにもにも書か書かかきとゞめぬればきとゞめぬればきとどめぬれば、、、やがてやがてやがて定さだ定さださだまりぬまりぬまりぬ。。。
  5. 5道々みちみち道々みちみちみちみちのものゝのものゝのものの上手じやうず上手じやうずじょうずのいみじきのいみじきのいみじき事こと事ことことなどなどなど、、、かたくなゝるかたくなゝるかたくななる人ひと人ひとひとのそののそののその道知みちし道知みちしみちしらぬらぬらぬははは、、、そゞろにそゞろにそぞろに神かみ神かみかみののの如ごと如ごとごとくにいへどもくにいへどもくにいえども、、、道知みちし道知みちしみちしれぬれぬれぬ人ひと人ひとひとはははさらにさらにさらに信しん信しんしんももも起おこ起おこおこさずさずさず、、、音おと音おとおとにきくとにきくとにきくと見み見みみるるる時とき時ときときとととははは、、、何事なにごと何事なにごとなにごともかはるものなりもかはるものなりもかわるものなり。。。
  6. 6かつあらはるゝもかつあらはるゝもかつあらわるるも顧かへり顧かへりかえりみずみずみず、、、口くち口くちくちににに任まか任まかまかせていひちらすせていひちらすせていいちらすははは、、、やがてやがてやがてうきたるうきたるうきたる事こと事ことことときこゆときこゆときこゆ。。。又また又またまた我わ我わわもまことしからずもまことしからずもまことしからずははは思おも思おもおもひながらひながらいながら、、、人ひと人ひとひとのいひしまゝにのいひしまゝにのいいしままに、、、鼻はな鼻はなはなのののははは、、、そのそのその人ひと人ひとひとのそらごとにのそらごとにのそらごとにはははあらずあらずあらず。。。
  7. 7げにげにしくげにげにしくげにげにしく所々ところどころ所々ところどころところどころうちおぼめきうちおぼめきうちおぼめき、、、能よ能よよくくく知し知ししらぬよししてらぬよししてらぬよしして、、、さりながらさりながらさりながら、、、合あは合あはあわせてかたるそらせてかたるそらせてかたるそら言い言いいはははおそろしきことなりおそろしきことなりおそろしきことなり。。。わがためわがためわがため面目めんぼく面目めんぼくめんぼくあるやうにいはれぬるそらあるやうにいはれぬるそらあるようにいわれぬるそら言い言いいははわ、、、人ひと人ひとひといたくあらがはずいたくあらがはずいたくあらがわず。。。
  8. 8皆人みなひと皆人みなひとみないとののの興きよう興きようきょうずるそらごとずるそらごとずるそらごとははは、、、一人ひとり一人ひとりひとりさもなかりしものさもなかりしものさもなかりしものをををといはむもといはむもといわむも、、、せむなくてせむなくてせむなくて聞き聞ききききき居ゐ居ゐいたるたるたるほどにほどにほどに、、、證人しようにん證人しようにんしょうにんにさへなされてにさへなされてにさえなされて、、、いとゞいとゞいとど定さだ定さださだまりぬべしまりぬべしまりぬべし。。。
  9. 9とにもかくにもそらとにもかくにもそらとにもかくにもそら言ごと言ごとごとおほきおほきおおき世よ世よよなりなりなり。。。たゞたゞただ常つね常つねつねにあるにあるにある珍めづ珍めづめずらしからぬことのまゝにらしからぬことのまゝにらしからぬことのままに心こころ心こころこころえたらむえたらむえたらむ、、、よろづたがふべからずよろづたがふべからずよろずたがうべからず。。。下しも下しもしもざまのざまのざまの人ひと人ひとひとのものがたりのものがたりのものがたりははは、、、耳みみ耳みみみみおどろくことのみありおどろくことのみありおどろくことのみあり。。。
  10. 10よきよきよき人ひと人ひとひとはははあやしきあやしきあやしき事こと事ことことををを語かた語かたかたらずらずらず。。。かくかくかくはははいへどいへどいえど、、、神佛かみほとけ神佛かみほとけかみおとけののの奇特きどく奇特きどくきどく、、、ののの傳記でんき傳記でんきでんき、、、さのみさのみさのみ信しん信しんしんぜざるべきにもあらずぜざるべきにもあらずぜざるべきにもあらず。。。これこれこれははは世俗せぞく世俗せぞくせぞくのそらのそらのそら言こと言ことことをををねんごろにねんごろにねんごろに信しん信しんしんじたるもをこがましくじたるもをこがましくじたるもおこがましく、、、よもあらじなどいふもせむなければよもあらじなどいふもせむなければよもあらじなどいうもせむなければ、、、大おほ大おほおおかたかたかたはははまことしくあひしらひてまことしくあひしらひてまことしくあいしらいて、、、ひとへにひとへにひとえに信しん信しんしんぜずぜずぜず、、、またまたまた疑うたが疑うたがうたがひあざけるべからずひあざけるべからずいあざけるべからず。。。
  11. 11ののの如ごと如ごとごとくにあつまりてくにあつまりてくにあつまりて、、、東西とうざい東西とうざいとうざいにいそぎにいそぎにいそぎ南北なんぼく南北なんぼくなんぼくにににはしるはしるはしる。。。たかきありいやしきありたかきありいやしきありたかきありいやしきあり。。。老お老おおいたるありいたるありいたるあり若わか若わかわかきありきありきあり。。。行ゆ行ゆゆくくく所ところ所ところところありありあり歸かへ歸かへかえるるる家いへ家いへいえありありあり。。。夕ゆふべ夕ゆふべゆうべにいねてにいねてにいねて朝あした朝あしたあしたににに起お起おおくくく、、、いとなむいとなむいとなむ所何事ところなにごと所何事ところなにごとところなにごとぞやぞやぞや。。。
  12. 12生しやう生しやうしょうををを貪むさぼ貪むさぼむさぼりりり利り利りりをもをもをもとめてやむときなしとめてやむときなしとめてやむときなし。。。身み身みみををを養やしな養やしなやしなひてひていて何事なにごと何事なにごとなにごとをををかかか待ま待ままつつつ、、、期ご期ごごするところたゞするところたゞするところただ老らう老らうろうととと死じに死じにじにとにありとにありとにあり。。。そのきたることすみやかにしてそのきたることすみやかにしてそのきたることすみやかにして、、、ののの間ま間ままにとゞまらずにとゞまらずにとどまらず。。。
  13. 13これこれこれををを待ま待ままつつつ間ま間まま、、、何なに何なになにのたのしみかあらむのたのしみかあらむのたのしみかあらむ。。。まどへるものまどへるものまどえるものはははこれこれこれををを恐おそ恐おそおそれずれずれず、、、名利みやうり名利みやうりみょうりにおぼれてにおぼれてにおぼれて先途せんど先途せんどせんどののの近ちか近ちかちかきこときこときことをををかへりみねばなりかへりみねばなりかえりみねばなり。。。愚おろか愚おろかおろかなるなるなる人ひと人ひとひとはははまたこれまたこれまたこれをををかなしぶかなしぶかなしぶ、、、常住じやうぢゆう常住じやうぢゆうじょうじゅうならむことならむことならむことををを思おも思おもおもひてひていて變化へんげ變化へんげへんげののの理ことわり理ことわりことわりををを知し知ししらねばなりらねばなりらねばなり。。。
  14. 14つれづれつれづれつれづれわぶるわぶるわぶる人ひと人ひとひとははは、、、いかなるいかなるいかなる心こころ心こころこころならむならむならむ、、、まぎるゝまぎるゝまぎるる方かた方かたかたなくなくなく、、、たゞたゞただ一人ひとり一人ひとりひとりあるのみこそよけれあるのみこそよけれあるのみこそよけれ。。。世よ世よよにしたがへばにしたがへばにしたがえばののの塵ちり塵ちりちりにににうばゝれてまどひうばゝれてまどひうばわれてまどい易やす易やすやすくくく、、、人ひと人ひとひとにまじはればことばよそのにまじはればことばよそのにまじわればことばよその聞きゝ聞きゝききにしたがひてさながらにしたがひてさながらにしたがいてさながら心こころ心こころこころにあらずにあらずにあらず。。。
  15. 15人ひと人ひとひとにたにたにたはははぶれぶれぶれ物もの物ものものにあらそひにあらそひにあらそい、、、一度ひとたび一度ひとたびひとたびはははうらみうらみうらみ一度ひとたび一度ひとたびひとたびはははよろこぶよろこぶよろこぶ、、、そのことさだまれることなしそのことさだまれることなしそのことさだまれることなし。。。分別ふんべつ分別ふんべつふんべつみだりにみだりにみだりに起おこ起おこおこりてりてりて得失とくしつ得失とくしつとくしつやむときなしやむときなしやむときなし。。。まどひのまどひのまどいの上うへ上うへうえにゑへりにゑへりにええり。。。
  16. 16醉ゑひ醉ゑひえいのののうちにうちにうちに夢ゆめ夢ゆめゆめをををなすなすなす。。。はしりていそがはしくはしりていそがはしくはしりていそがわしく、、、ほれてほれてほれて忘わす忘わすわすれたることれたることれたること、、、人皆ひとみな人皆ひとみなひとみなかくのごとしかくのごとしかくのごとし。。。いまだまことのいまだまことのいまだまことの道みち道みちみちををを知し知ししらずともらずともらずとも、、、緣えん緣えんえんををを離はな離はなはなれてれてれて身み身みみををを閑しづか閑しづかしずかにしにしにし、、、事こと事ことことにあづからずしてにあづからずしてにあずからずして心こころ心こころこころををを安やす安やすやすくせむこそくせむこそくせむこそ暫しばら暫しばらしばらくたのしむともいひつべけれくたのしむともいひつべけれくたのしむともいいつべけれ。。。
  17. 17「「「生活しやうくわつ生活しやうくわつしょうかつ、、、人事にんじ人事にんじにんじ、、、伎能ぎのう伎能ぎのうぎのう、、、學問等がくもんとう學問等がくもんとうがくもんとうののの諸緣しよえん諸緣しよえんしょえんをやをやをやめよめよめよ」」」とこそとこそとこそにもにもにもはべれはべれはべれ。。。
  18. 18世よ世よよのおぼえのおぼえのおぼえ華はな華はなはなやかなるあたりにやかなるあたりにやかなるあたりに、、、なげきもよろこびもありてなげきもよろこびもありてなげきもよろこびもありて人ひと人ひとひとおほくゆきとぶらふおほくゆきとぶらふおおくゆきとぶらう中なか中なかなかににに、、、聖法師ひじりほふし聖法師ひじりほふしひじりほうしのまじりてのまじりてのまじりて、、、いひいひいい入い入いいれたゝずみたるこそさらずともとれたゝずみたるこそさらずともとれたたずみたるこそさらずともと見み見みみゆれゆれゆれ。。。
  19. 19さるべきゆゑありともさるべきゆゑありともさるべきゆえありとも、、、法師ほふし法師ほふしほうしははは人ひと人ひとひとにににうとくてありなむうとくてありなむうとくてありなむ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第71段〕名を聞くとすぐに、その人の面影は推し量られるような気がするのに、実際に会ってみると、前もって思っていたとおりの顔をしている人はいないものだ。昔の物語を聞いても、今のあの人の家のあのあたりのことであったろうと思われ、登場人物も、今見ている人の中のだれかになぞらえて思われるのは、だれでもそう感じるのだろうか。また、どういう折であったか、たった今人の言っていることも、目に見えるものも、自分の心の中も、こういうことがいつだったかあったなあと思われて、いつとは思い出せないけれども、たしかにあったような気がするのは、自分だけがこう思うのだろうか。

〔第72段〕品のないもの。座っているあたりに道具の多いこと。硯に筆の多いこと。持仏堂に仏像の多いこと。庭の植え込みに石や草木の多いこと。家の中に子や孫の多いこと。人に会って口数の多いこと。願文に自分の善行を多く書き連ねること。多くても見苦しくないのは、文車の書物、ごみ捨て場のちり。

〔第73段〕世に語り伝えることは、真実はおもしろくないのだろうか、多くはみなうそである。実際以上に人は話をこしらえて言うものなのに、まして年月がたち、場所も遠く隔たってしまうと、言いたいように語りつくって、文字にも書きとめてしまうと、そのまま事実として定まってしまう。それぞれの道の名人のすばらしいことなど、物の道理のわからない人で、その道を知らない人は、むやみに神のようにほめそやすが、その道を知っている人は、まったく信じもしない。噂に聞くのと実際に見るのとでは、何事も違うものである。

一方ではうそがばれるのもかまわず、口から出まかせに言い散らすのは、すぐに根拠のないことだとわかる。また、自分でも本当らしくないとは思いながら、人の言ったとおりに、鼻のあたりをうごめかして得意げに言うのは、その人がついたうそではない。いかにも本当らしく、ところどころぼかして、よく知らないふりをして、それでいて、つじつまを合わせて語るうそは、恐ろしいものである。自分にとって面目の立つように言われたうそは、人はあまり反論しない。みんなが興じているうそは、自分ひとり「そうではなかったのに」と言うのもしかたがないので、黙って聞いているうちに、証人にまでされて、ますます事実として定まってしまうだろう。とにかく、うその多い世の中である。ただ、いつもある珍しくもないことのままだと心得ておけば、何事もまちがいはないだろう。身分の低い者の話は、耳を驚かすことばかりである。よい人は、怪しいことを語らない。こうは言っても、神仏の霊験や、仏菩薩の化身の伝記を、そうむやみに信じないわけにもいかない。これは、世間のうそを心から信じるのもばかげているし、「まさかそんなことはあるまい」などと言うのもしかたがないので、だいたいは本当のこととして対応し、ひたすら信じこむのでもなく、また疑ったりあざけったりしてはならない。

〔第74段〕蟻のように集まって、東西に急ぎ、南北に走る。身分の高い者もあり、低い者もある。老いた者もあり、若い者もある。行く所もあり、帰る家もある。夜に寝て朝に起きる。いったい何を営んでいるのか。生を貪り、利を求めて、やむ時がない。わが身を養って何を待つのか。期待するのは、ただ老いと死だけである。それがやって来るのは速く、一瞬一瞬のうちにとどまることがない。これを待つ間に、何の楽しみがあろうか。迷っている者はこれを恐れない。名利におぼれて、行く先の近いことを顧みないからである。愚かな人はまたこれを悲しむ。いつまでも変わらないことを願って、変化の理を知らないからである。

〔第75段〕所在なさを嘆く人は、どういう心なのだろう。気を紛らすものもなく、ただひとりでいるのこそよいのだ。世間に従えば、心は外界の塵に奪われて迷いやすく、人と交われば、言葉はよその人の耳を気にして、まったく本心ではなくなる。人とふざけ、物を争い、恨んだり喜んだりして、心が定まることがない。分別がむやみに起こって、損得を考えることがやまない。迷いの上に酔っている。酔いの中で夢を見ている。走りまわって忙しく、ぼんやりして大事なことを忘れているのは、人はみなこのようである。まだ真の道を知らなくても、周りの縁から離れて身を静かにし、世事に関わらないで心を安らかにすることこそ、しばらくは楽しむとも言えるだろう。「生活、人事、伎能、学問などのもろもろの縁をやめよ」と、『摩訶止観』にもあります。

〔第76段〕世間の評判のはなやかなあたりに、悲しみごとも喜びごともあって、人が大勢訪れる中に、聖や法師がまじって、取り次ぎを頼んで立っているのは、そうでなくてもよいのにと思われる。しかるべきわけがあっても、法師は人と疎遠であるのがよいだろう。

意訳

〔第71段〕名前から思い描いた顔と実際の顔は違う。昔の物語の舞台や人物を、身近な場所や人に重ねてしまう。そして、今のこの瞬間を前にも経験したような気がする――いわゆる既視感を、七百年前に書きとめた段として知られる。

〔第72段〕道具、筆、仏像、庭石、子孫、口数、願文の善行――多すぎると品がない。多くて見苦しくないのは書物とごみだけ、というしゃれた結びが利いている。

〔第73段〕世の言い伝えはほとんどがうそだ。話は大きくなり、書きとめられると事実になる。うその種類を細かく分類したうえで、ありふれたことのままに受けとめるのがよいと説く。ただし神仏の霊験は、むやみに信じも疑いもせず、ほどよく接せよという。兼好の冷静な合理精神と、信仰への敬意とが同居している。

〔第74段〕〔第75段〕人々は蟻のように走りまわって生を貪るが、行きつく先は老いと死だけである。所在なさを嘆く必要はない。人と交われば心は乱れるから、ひとりでいることこそよい。『摩訶止観』を引いて、世の縁を断つことを勧める。

〔第76段〕にぎやかな権勢家の家に、法師が出入りしているのは見苦しい。法師は世間から離れているべきだ。

語釈・文法注

昔物語
昔の物語。また、昔の出来事を語った話。
持佛堂
自分が日ごろ拝む仏(持仏)を安置する堂や部屋。
願文
神仏に願いごとを書いて奉る文。
作善
寺を建てたり仏像を作ったりする善行。
文車
書物を運ぶための車。
塵塚
ごみ捨て場。
おごめきて
「おごめく」は、得意げに鼻をうごめかす。
つまづま
話の端々。つじつま。
權者
仏や菩薩が人の姿をとってこの世に現れたもの。権化。
蟻の如くにあつまりて
人々の営みを蟻にたとえる。
念々
一瞬一瞬。
心外の塵
心の外の、心を汚すもの。世俗の事柄。
摩訶止觀
中国、隋の天台大師智顗の説いた書。天台宗の根本の書の一つ。

文法

顏したる人こそなけれ
「こそ…けれ」の係り結び。顔をしている人はいないものだ。
我ばかりかく思ふにや
「や」の下に「あらむ」が省略されている。自分だけがこう思うのだろうか。
まことはあいなきにや
真実はおもしろくないからだろうか。
つまづま合せてかたる
話のつじつまを合わせて語る。
ありなむ
「な」は強意、「む」は適当。…のがよいだろう。

解説

第71段の後半は、今でいう既視感(デジャ・ヴュ)の体験を書きとめたものとして有名である。兼好は「我ばかりかく思ふにや」と自問しているが、誰もが経験する感覚を、これほど的確に言い表した古典の文章は珍しい。

第73段は、うそや噂の生まれ方、広まり方を分析した段である。人が話を大きくする心理、書かれたものが事実として固定される過程、自分に都合のよいうそは否定されないこと、みんなが楽しんでいるうそに異を唱えにくいことなど、現代にも通じる鋭い観察が並ぶ。最後に神仏については信じも疑いもしない中庸の態度を示すのは、兼好のバランス感覚をよく表している。

第74段と第75段は、漢文調の対句を重ねて、世俗の営みのむなしさを説く。第75段の「つれづれわぶる人は、いかなる心ならむ」は序段の「つれづれなるままに」と響き合い、所在なさはむしろ心を静める好機であるという兼好の考えを示している。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、791〜793頁(コマ409–410)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日