徒然草 第12章(第66段〜第70段)
鳥をつける枝と岩本・橋本
岡本関白に鳥を枝につけて献上するよう命じられた鷹飼武勝が語る、鷹狩の獲物を献ずる作法。賀茂の岩本社と橋本社の祭神をめぐる老宮司の答え、大根に守られた押領使、豆と豆殻の声を聞いた書写上人、琵琶の柱をめぐる不思議な出来事を収める。

- 1さかりなるさかりなるさかりなる紅梅紅梅こうばいののの枝枝えだににに鳥一雙鳥一雙とりひとつがいをををそへてそへてそえて、、、このこのこの枝枝えだにつけてにつけてにつけて參參まいらすべきよしらすべきよしらすべきよし、、、ののの武勝武勝たけかつににに仰仰おおせられたりけるにせられたりけるにせられたりけるに、、、「「「花花はなににに鳥鳥とりつくるすべつくるすべつくるすべ知知しりりり候候そうらはずはずわず、、、一枝一枝ひとえだににに二二ふたつつくることもつつくることもつつくることも存存ぞんじじじ候候そうらはずはずわず」」」ととと申申もうしければしければしければ、、、ににに尋尋たずねられねられねられ、、、人々人々ひとびとにとはせにとはせにとわせ給給たまひてひていて、、、またまたまた武勝武勝たけかつににに、、、「「「さらばさらばさらば己己おのががが思思おもはむやうにつけてまゐらせよはむやうにつけてまゐらせよわむようにつけてまいらせよ」」」ととと仰仰おおせられたりければせられたりければせられたりければ、、、花花はなもなきもなきもなき梅梅うめののの朶朶えだににに、、、一一ひとつつつをををつけてつけてつけて參參まいらせけりらせけりらせけり。。。
- 2武勝武勝たけかつがまうしがまうしがもうし侍侍はべりしりしりしははは、、、「「「柴柴しばののの枝枝えだ、、、梅梅うめののの枝枝えだ、、、つぼみたるとつぼみたるとつぼみたると、、、散散ちりたるとにつくりたるとにつくりたるとにつく。。。などにもつくなどにもつくなどにもつく。。。枝枝えだののの長長ながさささ七尺七尺しちしゃく、、、或或あるいははは六尺六尺ろくしやく、、、かへしかへしかへし刀五分刀五分かたなごぶににに切切きるるる。。。枝枝えだのなかばにのなかばにのなかばに鳥鳥とりをををつくつくつく。。。つくるつくるつくる枝枝えだふまするふまするふまする枝枝えだありありあり。。。しじらしじらしじら藤藤ふじのわらぬにてのわらぬにてのわらぬにて二所二所ふたところつくべしつくべしつくべし。。。藤藤ふじのさきのさきのさきははは、、、うちうちうち羽羽はのたけにくらべてのたけにくらべてのたけにくらべて切切きりてりてりて、、、牛牛うしののの角角つののやうにたわむべしのやうにたわむべしのようにたわむべし。。。初雪初雪はつゆきのあしたのあしたのあした枝枝えだををを肩肩かたにかけてにかけてにかけて、、、中門中門ちゅうもんよりよりよりふるまひてまゐるふるまひてまゐるふるまいてまいる。。。みぎりのみぎりのみぎりの石石いしをををつたひてつたひてつたいて、、、雪雪ゆきにあとにあとにあとをををつけずつけずつけず、、、おほひのおほひのおおいの毛毛けををを少少すこしかなぐりちらしてしかなぐりちらしてしかなぐりちらして、、、二棟二棟ふたむねののの御所御所ごしょののの高欄高欄こうらんによせかくによせかくによせかく。。。錄錄ろくをををいださるればいださるればいださるれば、、、肩肩かたにかけてにかけてにかけて拜拜はいしてしりぞくしてしりぞくしてしりぞく。。。初雪初雪はつゆきといへどもといへどもといえども、、、沓沓くつのののはははなのかくれぬなのかくれぬなのかくれぬほどのほどのほどの雪雪ゆきにににはははまゐらずまゐらずまいらず。。。あまおほひのあまおほひのあまおおいの毛毛けをををちらすことちらすことちらすことははは、、、鷹鷹たかはははよわごしよわごしよわごしをををとることなればとることなればとることなれば、、、御御おん鷹鷹たかのとりたるよしなるべしのとりたるよしなるべしのとりたるよしなるべし」」」ととと申申もうしきしきしき。。。
- 3花花はなににに鳥鳥とりつけずとつけずとつけずとははは、、、いかなるいかなるいかなる故故ゆえにかありけむにかありけむにかありけむ。。。長月長月ながつきばかりにばかりにばかりに、、、梅梅うめのつくりのつくりのつくり枝枝えだににに雉雉きじをををつけてつけてつけて、、、「「「君君きみがためにとがためにとがためにとをををるるる花花はなははは時時ときしもわかぬしもわかぬしもわかぬ」」」といへることといへることといえること、、、伊勢物語伊勢物語いせものがたりににに見見みえたりえたりえたり。。。作作つくりりり花花はなはははくるしからぬにやくるしからぬにやくるしからぬにや。。。
- 4加茂加茂かもののの橋本橋本はしもとははは、、、業平業平なりいら實方實方さねかたなりなりなり。。。人人ひとのつねにいひまがへのつねにいひまがへのつねにいいまがえ侍侍はべればればれば、、、一一ひととせとせとせ參參まいりたりしにりたりしにりたりしに、、、老老おいたるいたるいたる宮司宮司みやずかさののの過過すぎしぎしぎしををを呼呼よびとゞめてびとゞめてびとどめて尋尋たずねねね侍侍はべりしにりしにりしに、、、「「「實方實方さねかたははは御手洗御手洗みたらしににに影影かげのののうつりけるうつりけるうつりける所所ところととと侍侍はべればればれば、、、橋本橋本はしもとやなほやなほやなお水水みずののの近近ちかければとおぼえければとおぼえければとおぼえはべるはべるはべる。。。、、、
- 5月月つきをををめでめでめで花花はなをををながめしいにしへのやさしきながめしいにしへのやさしきながめしいにしえのやさしき人人ひとはははこゝにありこゝにありここにあり原原はら
- 6とよみたまひけるとよみたまひけるとよみたまいけるははは、、、岩本岩本いわもとののの社社やしろとこそとこそとこそうけたまはりおきうけたまはりおきうけたまわりおき侍侍はべれどれどれど、、、おのれらよりおのれらよりおのれらよりはははなかなかなかなかなかなか御存御存ごぞんじなどもこそさふらじなどもこそさふらじなどもこそさうらはははめめめ」」」といとといとといとうやうやしくいひたりしこそいみじくうやうやしくいひたりしこそいみじくうようやしくいいたりしこそいみじく覺覺おぼえしかえしかえしか。。。
- 7ののの院院いんののの近衞近衞このえとてとてとて、、、集集しゅうどもにあまたどもにあまたどもにあまた入入いりたるりたるりたる人人ひとははは、、、わかゝりけるわかゝりけるわかかりける時時とき、、、常常つねににに百首百首ひゃくしゅののの歌歌うたをををよみてよみてよみて、、、かのかのかの二二ふたつのつのつの社社やしろののの御前御前おまえののの水水みずにてにてにて書書かきてたむけられけりきてたむけられけりきてたむけられけり。。。
- 8まことにやんごとなきまことにやんごとなきまことにやんごとなきほまれありてほまれありてほまれありて、、、人人ひとののの口口くちにあるにあるにある歌歌うたおほしおほしおおし。。。作文作文さくもん詩序詩序しじょなどなどなど、、、いみじくかくいみじくかくいみじくかく人人ひとなりなりなり。。。
- 9筑紫筑紫つくしににに、、、なにがしのなにがしのなにがしのなどいふやうなるものありけるがなどいふやうなるものありけるがなどいうようなるものありけるが、、、おほねおほねおおねをををよろづにいみじきよろづにいみじきよろずにいみじき藥藥くすりとてとてとて、、、朝朝あさごとにごとにごとに二二ふたつつつづゝづゝずつやきてくひけることやきてくひけることやきてくいけること、、、年年とし久久ひさしくなりぬしくなりぬしくなりぬ。。。
- 10あるあるある時館時館ときたちのののうちにうちにうちに人人ひともなかりけるもなかりけるもなかりける隙隙ひまをををはははかりてかりてかりて、、、敵敵かたきおそひおそひおそい來來きたりてかこみりてかこみりてかこみ責責せめけるにめけるにめけるに、、、館館たちのののうちにつうちにつうちにつはもはもはもののの二人二人ふたりいできていできていできて、、、命命いのちををををををしまずしまずしまず戰戰たたかひてひていて、、、皆皆みな追追おひかへしてけりひかへしてけりいかえしてけり。。。
- 11いといといと不思議不思議ふしぎにおぼえてにおぼえてにおぼえて、、、「「「日日ひごろこゝにものしごろこゝにものしごろここにものし給給たまふともふともうとも見見みぬぬぬ人々人々ひとびとののの、、、戰戰たたかひしたまふひしたまふいしたまうはははいかなるいかなるいかなる人人ひとぞぞぞ」」」ととと問問とひければひければいければ、、、「「「年來年來としごろたのみてたのみてたのみて、、、あさなあさなめしつるあさなあさなめしつるあさなあさなめしつる土土つちおほねらにさふらふおほねらにさふらふおおねらにさうらう」」」といひてといひてといいて失失うせにけりせにけりせにけり。。。深深ふかくくく信信しんをををいたしぬればいたしぬればいたしぬれば、、、かゝるかゝるかかる德德とくもありけるにこそもありけるにこそもありけるにこそ。。。
- 12ののの上人上人しょうにんははは、、、法華法華ほけ讀誦讀誦どくじゅののの功功こうつもりてつもりてつもりて、、、にかなへるにかなへるにかなえる人人ひとなりけりなりけりなりけり。。。旅旅たびのかりやにのかりやにのかりやに立立たちちち入入いられけるにられけるにられけるに、、、豆豆まめのからのからのからをををたきてたきてたきて、、、豆豆まめををを煮煮にけるけるける音音おとのつぶつぶとなるのつぶつぶとなるのつぶつぶとなるををを聞聞きききき給給たまひければひければいければ、、、「「「うとからぬおのれらしもうとからぬおのれらしもうとからぬおのれらしも、、、うらめしくうらめしくうらめしく、、、われわれわれをばをばをば煮煮にててて、、、からきめからきめからきめををを見見みするものかなといひけりするものかなといひけりするものかなといいけり。。。たかるゝたかるゝたかるる豆豆ずがらのがらのがらのはらはらとはらはらとはらわらと鳴鳴なるるる音音おとははは、、、わがわがわが心心こころよりすることかよりすることかよりすることかははは。。。やかるゝやかるゝやかるるはははいかばかりいかばかりいかばかり堪堪たへがたけれどもへがたけれどもえがたけれども、、、力力ちからなきことなりなきことなりなきことなり。。。かくなかくなかくな恨恨うらみみみ給給たまひそひそいそ」」」とぞきこえけるとぞきこえけるとぞきこえける。。。
- 13元應元應げんおうののの淸暑堂淸暑堂せいしょどうののの御遊御遊ぎょゆうににに、、、はははうせにしころうせにしころうせにしころ、、、菊亭菊亭きくていのおとゞのおとゞのおとどををを彈彈だんじたまひけるにじたまひけるにじたまいけるに、、、座座ざについてまづについてまづについてまず柱柱はしらをををさぐられたりければさぐられたりければさぐられたりければ、、、ひとつひとつひとつ落落おちにけりちにけりちにけり。。。
- 14御御おんをもをもをもちちち給給たまひたるにてひたるにていたるにて、、、つけられにければつけられにければつけられにければ、、、神供神供じんぐののの參參まいるるるほどにほどにほどに、、、よくひてことゆゑなかりけりよくひてことゆゑなかりけりよくいてことゆえなかりけり。。。いかなるいかなるいかなる意趣意趣いしゅかありけむかありけむかありけむ、、、物見物見ものみけるきぬかづきのよりてけるきぬかづきのよりてけるきぬかずきのよりてはははなちてなちてなちて、、、もとのもとのもとの樣樣ようにおきたりけるとぞにおきたりけるとぞにおきたりけるとぞ。。。
現代語訳
〔第66段〕岡本関白殿が、盛りに咲いている紅梅の枝に鳥を一つがい添えて、この枝につけて献上するようにと、御鷹飼の下毛野武勝にお命じになったところ、「花に鳥をつける方法は存じません。一つの枝に二羽つけることも存じません」と申しあげたので、膳部の者にお尋ねになり、ほかの人々にもお聞かせになって、また武勝に、「それでは、お前の思うようにつけて献上せよ」とおっしゃったところ、花もない梅の枝に、一羽をつけて献上した。武勝が申しましたことには、「柴の枝や梅の枝の、つぼみのものと散ったものとにつけます。五葉の松などにもつけます。枝の長さは七尺か六尺、切り返しの刀で五分に切ります。枝の半ばに鳥をつけます。鳥をつける枝と、足を踏ませる枝とがあります。しじら藤の割らないもので二か所をつけるのがよい。藤の先は、火打羽の長さに合わせて切って、牛の角のようにたわめるのがよい。初雪の朝、枝を肩にかけて、中門から威儀を正して参上します。大砌の石を伝って、雪に足跡をつけず、雨覆いの羽毛を少しむしり散らして、二棟の御所の高欄に寄せかけます。禄を出されると、肩にかけて拝礼して退きます。初雪といっても、沓の先が隠れないほどの雪のときには参上しません。雨覆いの羽毛を散らすのは、鷹は獲物の腰のあたりをつかむものなので、御鷹が獲ったことを示すためでしょう」と申した。花に鳥をつけないというのは、どういうわけだったのだろう。九月ごろに、梅の作り枝に雉をつけて、「君がためにと折る花は時しもわかぬ」と詠んだことが、『伊勢物語』に見える。作り花ならさしつかえないのだろうか。
〔第67段〕賀茂の岩本社と橋本社は、業平と実方を祭ったものである。人がいつも取り違えますので、ある年お参りしたときに、年老いた宮司が通りかかったのを呼びとめて尋ねましたところ、「実方は御手洗に影の映った所と申しますので、橋本の方がやはり水に近いので(実方だと)思います。吉水和尚(慈円)が、
月をめで花をながめしいにしへのやさしき人はこゝにあり原
とお詠みになったのは、岩本の社のことだと承っておりますが、私どもよりは、あなた様の方がかえってよくご存じでございましょう」と、たいそう丁重に言ったのは、すばらしいと思われた。今出川院近衛といって、勅撰集などにたくさん歌の入っている人は、若かったとき、いつも百首の歌を詠んで、その二つの社の御前の水で書いて奉納された。まことに尊い名声があって、人の口にのぼる歌が多い。漢詩や詩序なども、みごとに書く人である。
〔第68段〕筑紫に、何とかいう押領使などという者がいたが、大根を何にでもよく効く薬だといって、毎朝二本ずつ焼いて食べることが、長年になった。ある時、館の中に人もいなかった隙をねらって、敵が襲ってきて取り囲んで攻めたところ、館の中に武士が二人出てきて、命を惜しまず戦って、敵をすべて追い返してしまった。たいそう不思議に思われて、「日ごろここにいらっしゃるとも見えない方々が、このように戦ってくださるのは、どういう方ですか」と尋ねたところ、「長年信頼して、毎朝召しあがった大根どもでございます」と言って消えてしまった。深く信心を尽くしていると、このような功徳もあるものなのだ。
〔第69段〕書写山の上人は、法華経を読誦した功徳が積もって、六根清浄を得た人であった。旅の仮屋に立ち寄られたとき、豆の殻を燃やして豆を煮ている音が、ぐつぐつと鳴るのをお聞きになると、「疎遠でもないお前たちが、恨めしいことに、私を煮て、つらい目にあわせることよ、と言っている。焚かれる豆殻がぱちぱちと鳴る音は、『自分の心からすることだろうか。焼かれるのはどれほどたえがたいことか、しかしどうにもならないことなのだ。そのようにお恨みなさるな』と言っているように聞こえた。
〔第70段〕元応の清暑堂の御遊のとき、玄上という琵琶が失われていたころで、菊亭の大臣(藤原兼季)が牧馬という琵琶を弾かれたが、座について、まず柱を手さぐりなさったところ、一つ落ちてしまった。懐に続飯(そくい)を持っていらっしゃったので、それでおつけになったところ、神供の供えられるころには、よく乾いて差しつかえなかった。どういう恨みがあったのだろうか、見物していた衣かずきの女が近寄って柱をはずし、もとのように置いておいたということだ。
意訳
〔第66段〕鷹狩の獲物を枝につけて献上する作法を、鷹飼の武勝が詳しく語る。枝の種類と長さ、鳥のつけ方、雪の朝の参上のしかた、羽毛を少し散らす理由まで――失われつつある故実を、職人の言葉そのままに書きとめた貴重な記録である。
〔第67段〕賀茂の岩本社と橋本社の祭神について、老宮司は自分の知るところを述べながら、「あなた様の方がよくご存じでしょう」とへりくだった。その謙虚さを兼好は「いみじく」と感じ入る。
〔第68段〕毎朝大根を食べていた押領使の館に敵が攻めてきたとき、見知らぬ二人の武士が現れて追い払い、「毎朝食べていただいた大根です」と言って消えた。信心の功徳を説く、ほほえましい説話である。
〔第69段〕〔第70段〕六根清浄の上人には、煮られる豆と燃やされる豆殻の会話が聞こえた。琵琶の柱を外した見物の女の謎めいた行動。どちらも不思議な話として語られる。
語釈・文法注
- 岡本關白殿
- 近衛家平(1282〜1324)。岡本関白と呼ばれた。
- 御鷹飼
- 鷹狩用の鷹を飼育する役。
- 下毛野の武勝
- 下毛野武勝。代々朝廷の随身や鷹飼をつとめた下毛野氏の人。
- 膳部
- 料理をつかさどる役。
- 五葉
- 五葉の松。
- 火うち羽
- 鷹の翼の付け根の羽。
- 大みぎり
- 大砌。寝殿の前の石畳。
- 雨おほひの毛
- 鳥の背中の、雨をはじく羽。
- 岩本橋本
- 上賀茂神社の末社の岩本社と橋本社。在原業平と藤原実方を祭るとされた。
- 吉水和尙
- 慈円(1155〜1225)。天台座主。歌人で『愚管抄』の著者。吉水に住んだ。
- 今出川の院の近衞
- 今出川院(亀山天皇の中宮)に仕えた女房歌人。
- 押領使
- 地方の治安を担当した武官。
- 土おほね
- 大根。
- 書寫の上人
- 性空(910〜1007)。播磨国の書写山円教寺を開いた。
- 六根淨
- 六根清浄。眼・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚が清らかになり、超人的な能力を得ること。
- 玄上
- 宮中に伝わった琵琶の名器。
- 牧馬
- 宮中に伝わった琵琶の名器。
- そくひ
- 続飯。飯粒をつぶして作った糊。
文法
- とをる花は
- 底本どおり。「と折る花は」で、『伊勢物語』第98段の歌「わが頼む君がためにと折る花は時しもわかぬものにぞありける」の一部。
- こゝにあり原
- 「在原」と「ここにあり」をかける。
- 御存じなどもこそさふらはめ
- 「もこそ」は、…かもしれない、の意。あなた様の方がご存じかもしれません。
- からきめを見するものかなといひけり
- 底本は、上人の聞いた豆の言葉の終わりに「」」を刷らず、「かくな恨み給ひそ」までを一続きにして「」とぞきこえける」で閉じる。
- かくな恨み給ひそ
- 「な…そ」は禁止。そのようにお恨みなさるな。
和歌
月をめで花をながめしいにしへのやさしき人はこゝにあり原
- 詠者
- 慈円(吉水和尚)
- 状況
- 賀茂の岩本社(在原業平を祭る社)で詠んだとされる歌。第67段で、老宮司が岩本社の祭神の根拠として引く。
修辞
- 掛詞
- 「あり原」に「(ここに)あり」と「在原(業平)」をかける。
解説
第66段は、鷹狩の獲物を献上する作法を、鷹飼の口からそのまま記した段である。兼好は故実に深い関心を持ち、こうした職人や専門家の言葉をしばしば書きとめている。最後に「花に鳥つけずとは、いかなる故にかありけむ」と疑問を残し、『伊勢物語』の例を挙げて考えるところに、兼好の学究的な姿勢がうかがえる。
第67段の老宮司の謙虚な態度を、兼好は「いみじく覚えしか」とほめている。自分の知識を誇らず、相手を立てるふるまいは、兼好がくりかえし説く「よき人」の条件である(第79段など)。
第68段と第69段は、仏教説話集に見られるような不思議な話である。第69段の書写上人の話は、中国の曹植の「七歩詩」(豆を煮るに豆殻を燃やす)をふまえたものと考えられている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、789〜791頁(コマ408–409)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日