徒然草 第11章(第59段〜第65段)
大事を思ひ立つ人と芋頭の僧都
大事を思い立ったら、ほかのことは捨てて今すぐ取りかかれと説く第59段に続き、芋頭が大好物で、人に従わず自由気ままに生きた盛親僧都の逸話、出産のときの甑落としの由来、延政門院の幼い日の歌、後七日の御修法の武者や車の五緒、高くなった冠のことなどを記す。

- 1をををおもひたゝむおもひたゝむおもいたたむ人人ひとははは、、、さりがたくさりがたくさりがたく心心こころにかゝらむことのにかゝらむことのにかからむことの本意本意ほいをををとげずしてとげずしてとげずして、、、さながらさながらさながら捨捨すつべきなりつべきなりつべきなり。。。しばしこのことしばしこのことしばしこのことはははてゝてゝてて、、、おなじくおなじくおなじくはははかのかのかの事沙汰事沙汰ことさたしおきてしおきてしおきて、、、しかじかのしかじかのしかじかの事事こと、、、人人ひとのあざけりやあらむのあざけりやあらむのあざけりやあらむ、、、行行ゆくくく末難末難すえなんなくしたゝめまうけてなくしたゝめまうけてなくしたためもうけて、、、年年としごろもあればこそあれごろもあればこそあれごろもあればこそあれ、、、そのそのその事待事待ことまたむたむたむほどあらじほどあらじほどあらじ、、、物物ものさわがしからぬやうになどさわがしからぬやうになどさわがしからぬようになど思思おもはむにはむにわむにははは、、、えさらぬことのみいとゞかさなりてえさらぬことのみいとゞかさなりてえさらぬことのみいとどかさなりて、、、事事ことののの盡盡つくるかぎりもなくくるかぎりもなくくるかぎりもなく、、、思思おもひたつひたついたつ日日ひもあるべからずもあるべからずもあるべからず。。。
- 2おほやうおほやうおおよう人人ひとををを見見みるにるにるに、、、すこしすこしすこし心心こころあるきあるきあるきはははははは、、、皆皆みなははは過過すぐめるぐめるぐめる。。。近近ちかききき火火ひなどになどになどに逃逃にぐるぐるぐる人人ひとははは、、、しばしとやいふしばしとやいふしばしとやいう。。。身身みををを助助たすけむとすればけむとすればけむとすれば、、、耻耻はじをもをもをもかへりみずかへりみずかえりみず、、、たからたからたからをもをもをも捨捨すてゝのがれてゝのがれててのがれ去去さるぞかしるぞかしるぞかし。。。
- 3命命いのちははは人人ひとををを待待まつものかつものかつものかははは、、、無常無常むじょうののの來來くることることることははは、、、水火水火すいかのせむるよりもすみやかにのがれがたきもののせむるよりもすみやかにのがれがたきもののせむるよりもすみやかにのがれがたきものををを、、、そのそのその時老時老ときおいたるいたるいたる親親おや、、、いときなきいときなきいときなき子子こ、、、君君きみののの恩恩おん、、、人人ひとのなさけのなさけのなさけ、、、すてがたしとてすてがたしとてすてがたしとて捨捨すてさらむやてさらむやてさらむや。。。
- 4ににに僧都僧都そうずとてとてとて、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき智者智者ちしゃありけりありけりありけり。。。をををこのみてこのみてこのみて多多おおくくひけりくくひけりくくいけり。。。談義談義だんぎののの座座ざにてもにてもにても、、、大大おおきなるなるなる鉢鉢はちにににうづだかくもりてうづだかくもりてうずだかくもりて、、、膝下膝下ひざもとにおきつゝにおきつゝにおきつつ、、、くひながらくひながらくいながら文文ふみをもをもをも讀讀よみけりみけりみけり。。。
- 5煩煩わずらふことあるにふことあるにうことあるにははは、、、七日二七日七日二七日なぬかうたなぬかなどなどなど療治療治りょうじとてこもりとてこもりとてこもり居居いててて、、、おもふやうによきいもがしらおもふやうによきいもがしらおもうようによきいもがしらをををえらびてえらびてえらびて、、、ことにことにことに多多おおくくひてくくひてくくいて、、、萬萬よろずののの病病やまいをををいやしけりいやしけりいやしけり。。。
- 6人人ひとにくはすることなしにくはすることなしにくわすることなし。。。たゞたゞただ一人一人ひとりのみぞくひけるのみぞくひけるのみぞくいける。。。きききはははめてめてめて貧貧まずしかりけるにしかりけるにしかりけるに、、、師匠死師匠死ししょうしにざまににざまににざまに、、、錢錢ぜに二百貫二百貫にひゃっかんととと坊坊ぼうひとつひとつひとつをををゆづりたりけるゆづりたりけるゆずりたりけるををを、、、坊坊ぼうををを百貫百貫ひゃっかんににに賣賣めりてりてりて、、、かれこれかれこれかれこれ三萬疋三萬疋さんまんびきををを芋芋いもがしらのあしとさだめてがしらのあしとさだめてがしらのあしとさだめて、、、京京きょうなるなるなる人人ひとにあづけおきてにあづけおきてにあずけおきて、、、十貫十貫じっかんづゝとりよせてづゝとりよせてずつとりよせて、、、芋魁芋魁いもがしらをををともしからずめしけるともしからずめしけるともしからずめしけるほどにほどにほどに、、、またことようにもまたことようにもまたことようにも用用ようふるふるふる事事ことなくてなくてなくて、、、そのあしみなになりにけりそのあしみなになりにけりそのあしみなになりにけり。。。
- 7「「「三百貫三百貫さんびゃっかんのもののもののものをををまづしきまづしきまずしき身身みにまうけてにまうけてにもうけて、、、かくかくかくはははからひけるからひけるからいける誠誠まことにありがたきにありがたきにありがたき道心者道心者どうしんじゃなりなりなり」」」とぞとぞとぞ人申人申ひともうしけるしけるしける。。。このこのこの僧都僧都そうず、、、あるあるある法師法師ほうしををを見見みててて、、、名名なをををつけたりけりつけたりけりつけたりけり。。。
- 8「「「とととははは、、、何何なにものぞものぞものぞ」」」ととと人人ひとのとひければのとひければのといければ、、、「「「さるものさるものさるものををを我我わももも知知しらずらずらず。。。もしあらましかばもしあらましかばもしあらましかば、、、このこのこの僧僧そうののの顏顏がおににに似似にてむてむてむ」」」とぞいひけるとぞいひけるとぞいいける。。。このこのこの僧都僧都そうずみめよくみめよくみめよく力力ちからつよくつよくつよく、、、大食大食たいしょくにてにてにて、、、能書能書のうじょ、、、學匠學匠がくしょう、、、辯說辯說べんぜつ、、、人人ひとにすぐれてにすぐれてにすぐれて、、、宗宗しゅうののの法燈法燈ほうとうなればなればなれば、、、寺中寺中じちゅうにもにもにも重重おもくおもはれたりけれどもくおもはれたりけれどもくおもわれたりけれども、、、世世よをををかろくかろくかろく思思おもひたるくせものにてひたるくせものにていたるくせものにて、、、よろづよろづよろず自由自由じゆうにしてにしてにして大大おおかたかたかた人人ひとにしたがふといふことなしにしたがふといふことなしにしたがうということなし。。。
- 9出仕出仕しゅっししてしてして饗膳饗膳きょうぜんなどにつくときもなどにつくときもなどにつくときも、、、皆人皆人みないとののの前前まえすゑわたすすゑわたすすえわたすををを待待またずたずたず、、、我我わががが前前まえにすゑぬればにすゑぬればにすえぬれば、、、やがてやがてやがてひとりひとりひとりうちくひてうちくひてうちくいて、、、かへりたければかへりたければかえりたければ、、、ひとりついたちてひとりついたちてひとりついたちて行行ゆきけれきけれきけれ。。。
- 10ひじひじひじももも人人ひとにににひとしくひとしくひとしく定定さだめてくはずめてくはずめてくわず。。。我我わがくひたきときがくひたきときがくいたきとき、、、夜夜よなかにもなかにもなかにも曉曉あかつきにもくひてにもくひてにもくいて、、、ねぶたければねぶたければねぶたければ晝晝ひるもかけこもりてもかけこもりてもかけこもりて、、、いかなるいかなるいかなる大事大事だいじあれどもあれどもあれども、、、人人ひとのいふことのいふことのいうこと聽聽きききき入入いれずれずれず。。。
- 11目覺目覺めさめぬればめぬればめぬれば幾夜幾夜いくよもいねずもいねずもいねず。。。心心こころをををすましてすましてすましてうそぶきありきなどうそぶきありきなどうそぶきありきなど、、、よのつねならぬさまなればよのつねならぬさまなればよのつねならぬさまなれば、、、人人ひとにいとはれずにいとはれずにいとわれず、、、よろづゆるされけりよろづゆるされけりよろずゆるされけり。。。德德とくのいたれりけるにやのいたれりけるにやのいたれりけるにや。。。
- 12御產御產ごさんははは、、、定定さだまれることにまれることにまれることにはははあらずあらずあらず。。。とゞこほるときのまじなひなりとゞこほるときのまじなひなりとどこおるときのまじないなり。。。とゞこほらせとゞこほらせとどこおらせ給給たまはははねばこのことなしねばこのことなしねばこのことなし。。。
- 13下下しもざまよりざまよりざまより事事ことおこりておこりておこりて、、、させるさせるさせる本說本說ほんせつなしなしなし。。。大原大原おおはらののの里里さとのこしきのこしきのこしきをををめすなりめすなりめすなり。。。ふるきふるきふるき寶藏寶藏ほうぞうののの繪繪えににに、、、いやしきいやしきいやしき人人ひとののの子產子產こうみたるみたるみたる所所ところににに、、、こしきおとしたるこしきおとしたるこしきおとしたるをををかきたりかきたりかきたり。。。
- 14いときなくおはしましけるいときなくおはしましけるいときなくおわしましける時時とき、、、院院いんへへへまゐるまゐるまいる人人ひとににに、、、ことづてことづてことづてとてとてとて申申もうさせさせさせ給給たまひけるひけるいける御歌御歌みゅうた、、、
- 15「「「ふたつもじふたつもじふたつもじ牛牛うしののの角角つのもじすぐなもじゆがみもじとぞもじすぐなもじゆがみもじとぞもじすぐなもじゆがみもじとぞ君君きみはははおぼゆるおぼゆるおぼゆる」」」。。。
- 16こひしくこひしくこいしく思思おもひまゐらせひまゐらせいまいらせ給給たまふとなりふとなりうとなり。。。
- 17ののの阿闍梨阿闍梨あざり、、、武者武者むしゃををを集集あつむることむることむること、、、いつとかやいつとかやいつとかや盜人盜人ぬすびとににに逢逢あひにけりひにけりいにけり。。。とのゐとのゐとのい人人ひととてかくことごとしくなりにけりとてかくことごとしくなりにけりとてかくことごとしくなりにけり。。。一一ひととせのとせのとせの相相そうはははこのこのこの修中修中しゅちゅうのありさまにこそのありさまにこそのありさまにこそ見見みゆなればゆなればゆなれば、、、つつつはもはもはものののををを用用もちゐむことおだやかならぬことなりゐむことおだやかならぬことなりいむことおだやかならぬことなり。。。
- 18「「「車車くるまのののはははかならずかならずかならず人人ひとによらずによらずによらず。。。ほどにつけてほどにつけてほどにつけて、、、きはむるつかさきはむるつかさきわむるつかさ位位くらいにいたりぬればにいたりぬればにいたりぬれば、、、のるものなりのるものなりのるものなり」」」とぞあるとぞあるとぞある人人ひとおほせられしおほせられしおおせられし。。。
- 19「「「このごろのこのごろのこのごろの冠冠こうぶりははは、、、昔昔むかしよりよりよりははは遙遙はるかににに高高たかくなりたるなりくなりたるなりくなりたるなり」」」とぞあるとぞあるとぞある人人ひとおほせられしおほせられしおおせられし。。。古代古代こだいののの冠桶冠桶こうぶりおけををを持持もちたるちたるちたる人人ひとははは、、、はたはたはたをををつぎてつぎてつぎて今用今用いまもちふるなりふるなりふるなり。。。
現代語訳
〔第59段〕大事(出家)を思い立つ人は、捨てがたく心にかかっていることの本来の目的を遂げないで、そのまま捨ててしまうべきである。「しばらく、このことを終えてから」「どうせなら、あのことを処理しておいて」「これこれのことは、人のあざけりがあるかもしれない、将来に非難が残らないように始末しておいて」「長年こうして過ごしてきたのだから、それが済むのを待つ間くらいはあるだろう」「騒がしくならないように」などと思っていたら、避けられないことばかりがいっそう重なって、事の尽きる限りもなく、思い立つ日もないだろう。おおよそ人を見ると、少し心ある程度の人は、みなこうした予定のうちに一生を過ごしてしまうようだ。近所の火事などで逃げる人は、「ちょっと待って」などと言うだろうか。身を助けようとすれば、恥もかえりみず、財産も捨てて逃げ去るものだ。命は人の都合を待つだろうか。無常がやって来ることは、水や火が攻めてくるよりも速く、逃れがたいものなのに、その時になって、年老いた親、幼い子、主君の恩、人の情けを捨てがたいといって、捨てないでいられようか。
〔第60段〕真乗院に盛親僧都といって、すぐれた学僧がいた。芋頭というものが好きで、たくさん食べていた。談義の席でも、大きな鉢にうず高く盛って、膝もとに置いて、食べながら書物を読んだ。病気になると、七日や十四日など療養と称して部屋にこもり、思いどおりに良い芋頭を選んで、とりわけたくさん食べて、どんな病気も治した。人に食べさせることはない。ただ自分一人だけで食べた。たいへん貧しかったが、師匠が死に際に、銭二百貫と僧坊を一つ譲ったのを、坊を百貫で売って、合わせて三万疋を芋頭の代金と決めて、京にいる人に預けておき、十貫ずつ取り寄せて、芋頭を不足なく召しあがっているうちに、ほかの用に使うこともなくて、その金は全部なくなってしまった。「三百貫ものお金を、貧しい身で手に入れて、このように使ったのは、まことにめったにない道心者だ」と人々は言った。
この僧都が、ある法師を見て、「しろうるり」という名をつけた。「それは何ですか」と人が尋ねたところ、「そんなものは私も知らない。もしあるとしたら、この僧の顔に似ているだろう」と言った。この僧都は、容姿がよく力が強く、大食で、字がうまく、学問があり、弁舌にもすぐれていて、宗派の第一人者だったので、寺の中でも重んじられていたが、世の中を軽んじている変わり者で、何事も自分の思うままにして、ほとんど人に従うということがない。法会に出て饗応の膳につくときも、皆の前に膳が並び終わるのを待たず、自分の前に置かれると、すぐに一人で食べてしまい、帰りたくなると、一人で立ち上がって帰って行った。斎や非時の食事も、人と同じに時を決めて食べることはしない。自分が食べたいときには、夜中にも明け方にも食べて、眠たければ昼間でも戸を閉めてこもり、どんな大事があっても人の言うことを聞き入れない。目が覚めれば、幾晩も寝ない。心を澄まして詩歌を口ずさみながら歩くなど、ふつうではない様子だったが、人に嫌われず、何事も許されていた。徳がきわまっていたからであろうか。
〔第61段〕御出産のときに甑を落とすことは、決まった作法ではない。御胞衣がなかなか出ないときのまじないである。滞りなく出られれば、このことはしない。身分の低い者たちの間から起こったことで、これといった典拠はない。大原の里の甑をお取り寄せになるのである。古い宝蔵の絵に、身分の低い者が子を産んだ所に、甑を落としているのを描いてあった。
〔第62段〕延政門院がまだ幼くていらっしゃったとき、院の御所へ参る人に、伝言としてお託しになったお歌、
「二つ文字、牛の角文字、まっすぐな文字、ゆがみ文字――そのように『こいしく』と、あなた(父院)のことを思っています」。
恋しくお思い申しあげていらっしゃる、という意味である。
〔第63段〕後七日の御修法の阿闍梨が武者を集めることは、いつだったか盗人にあったからである。宿直の者として、こんなに仰々しくなったのである。一年の吉凶のしるしは、この修法の間の様子に表れるというのだから、武士を用いるのはおだやかでないことである。
〔第64段〕「車の五緒は、必ずしも家柄によるものではない。身分に応じて、その家で到達できる最高の官位に至れば、乗るものである」と、ある方がおっしゃった。
〔第65段〕「このごろの冠は、昔よりずっと高くなっている」と、ある方がおっしゃった。古い時代の冠桶を持っている人は、縁を継ぎ足して、今のものに使っているのである。
意訳
〔第59段〕「これを済ませてから」「あれを片づけてから」と思っていると、やるべきことは次々に重なって、出家する日は永遠に来ない。火事のときに「ちょっと待って」と言う人はいない。死は火や水よりも速く迫ってくるのだから、親も子も主君の恩も捨てて、今すぐ大事に取りかかれ。第49段とともに、決断の先送りを強く戒める段である。
〔第60段〕芋頭が大好物で、師匠から受け継いだ遺産をすべて芋につぎこんだ盛親僧都。人の食事の時間に合わせず、眠ければ昼でも寝る、徹底して自由な生き方をしたが、学識と人柄ゆえに許されていた。兼好は、世間の常識にとらわれない奇人に、深い共感を寄せている。
〔第61段〜第65段〕甑落としのまじない、幼い皇女が父をしのんで詠んだ文字遊びの歌、修法の場に武者を置くことへの疑問、牛車の五緒や冠の高さ――故実や宮中の言い伝えにまつわる短い記事が並ぶ。
語釈・文法注
- 大事
- ここでは出家・仏道修行のこと。
- あらまし
- 予定。心づもり。
- 一期
- 一生。
- 眞乘院
- 仁和寺の塔頭の一つ。
- 盛親僧都
- 鎌倉時代後期の真言宗の僧。伝未詳。
- いもがしら
- 芋頭。里芋の親芋。
- しろうるり
- 盛親僧都の造語。何を指すか本人も知らないという。
- ときひじ
- 「斎・非時」。僧が午前中にとる正式の食事(斎)と、午後にとる食事(非時)。
- こしき
- 甑。米を蒸す器。出産の際、胞衣が出ないときに屋根から転がし落とすまじないがあった。
- 御胞衣
- 胎児を包んでいた膜や胎盤。
- 延政門院
- 後嵯峨天皇の皇女、悦子内親王(1259〜1332)。
- 後七日の阿闍梨
- 正月八日から七日間、宮中の真言院で行う後七日御修法の導師。
- 五緖
- 牛車の簾の左右に垂らす五筋の飾りひも。乗る人の身分によって許された。
文法
- 捨てさらむや
- 「や」は反語。捨てないでいられようか、いや捨てざるをえない。
- ときひじも
- 底本どおり。「斎・非時も」の意。
- ひとりついたちて行きけれ
- 「行きけれ」は、上に「こそ」がないのに已然形で結んでいる。底本どおり。
- ふたつもじ
- 「こ」の字。
- 牛の角もじ
- 「い」の字。牛の角のように二本並んだ形から。
- すぐなもじ
- まっすぐな文字で「し」。
- ゆがみもじ
- ゆがんだ文字で「く」。全体で「こいしく」となる。
和歌
ふたつもじ牛の角もじすぐなもじゆがみもじとぞ君はおぼゆる
- 詠者
- 延政門院(悦子内親王)
- 状況
- 幼い延政門院が、父の後嵯峨院の御所へ参る人に託した歌。第62段。
修辞
- 文字遊び(字謎)
- 「こ」「い」「し」「く」の字の形を言い当てさせ、「恋しく」と父を慕う心を伝える。
解説
第59段は、第49段・第155段などとともに、無常の迫りを自覚して今すぐ大事に取りかかれと説く段である。火事の例は具体的で説得力があり、「命は人を待つものかは」という言葉は鋭い。兼好の時代の「大事」は出家を指すが、やるべきことを先延ばしにする人間の心理への洞察として、今も読まれている。
第60段の盛親僧都は、『徒然草』に登場する奇人の中でも、特に印象深い人物である。兼好は、芋頭に財産をつぎこむ奇行も、人に合わせない生活も、すべて「徳のいたれりけるにや」と肯定的に評している。世間の規範から自由に生きることへの、兼好の憧れがうかがえる。
第62段の延政門院の歌は、文字の形を詠みこんだ遊び歌として有名である。幼い皇女の愛らしい機知と、父を慕う思いとがよく伝わる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、786〜789頁(コマ407–408)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日