古典ライブラリー

徒然草 第9章(第50段〜第54段)

伊勢の鬼と仁和寺の法師たち

伊勢から鬼になった女が来たという噂に都じゅうが騒いだ応長の事件、宇治の里人の作った水車、石清水八幡宮で本殿を拝まずに帰った仁和寺の法師、足鼎をかぶって抜けなくなった法師、稚児を驚かそうと埋めた弁当を盗まれた法師たち――世間の騒ぎと、仁和寺の法師たちの失敗談を集める。

石清水の山麓で拝礼する法師と、山上へ向かう参詣人たち
第52段「仁和寺にある法師」の情景。法師は山麓の社に拝礼して満足するが、ほかの参詣人たちは石清水八幡宮のある山上へと登っていく。
  1. 1のころのころのころ、、、伊勢いせ伊勢いせいせののの國くに國くにくによりよりより女をんな女をんなおんなののの鬼おに鬼おにおにになりたるになりたるになりたるをををゐてのぼりたりといふことありてゐてのぼりたりといふことありていてのぼりたりということありて、、、そのころそのころそのころ二十日はつか二十日はつかはつかばかりばかりばかり、、、日ひ日ひひごとにごとにごとに、、、京白川きやうしらかは京白川きやうしらかはきょうしらかわののの人ひと人ひとひと、、、鬼見おにみ鬼見おにみおにみにとてにとてにとて出い出いいでまどふでまどふでまどう。。。
  2. 2「「「昨日きのふ昨日きのふきのうははは西園寺さいをんじ西園寺さいをんじさいおんじににに參まゐ參まゐまいりたりしりたりしりたりし。。。今日けふ今日けふきょうははは院ゐん院ゐんいんへへへまゐるべしまゐるべしまいるべし。。。たゞたゞただ今いま今いまいまはははそこそこにそこそこにそこそこに」」」などいひあへりなどいひあへりなどいいあえり。。。まさしくまさしくまさしく見み見みみたりといふたりといふたりという人ひと人ひとひともなしもなしもなし。。。上下かみしも上下かみしもかみしもたゞたゞただ鬼おに鬼おにおにののの事こと事ことことのみいひやまずのみいひやまずのみいいやまず。。。
  3. 3そのころそのころそのころ東山ひんがしやま東山ひんがしやまひんがしやまよりよりより、、、へんへまかりへんへまかりへんえまかり侍はべ侍はべはべりしにりしにりしに、、、四條しでう四條しでうしじょうよりかみざまのよりかみざまのよりかみざまの人ひと人ひとひと、、、みなみなみな北きた北きたきたをををさしてさしてさしてはしるはしるはしる。。。「「「一條いちでう一條いちでういちじょう室町むろまち室町むろまちむろまちににに鬼おに鬼おにおにありありあり」」」とのゝしりあへりとのゝしりあへりとののしりあえり。。。
  4. 4今出川いまでがは今出川いまでがはいまでがわののの邊べ邊べべよりよりより見み見みみやればやればやれば、、、院ゐん院ゐんいんののの御棧敷おほんさじき御棧敷おほんさじきおおんさじきのあたりのあたりのあたり、、、更さら更さらさらにににとほりとほりとおりうううべうべうびょうもあらずもあらずもあらず立た立たたちこみたりちこみたりちこみたり。。。「「「はやくはやくはやく跡あと跡あとあとなきなきなき事こと事ことことにににはははあらざめりあらざめりあらざめり」」」とてとてとて人ひと人ひとひとをやをやをやりてりてりて見み見みみするにするにするに、、、大おほ大おほおおかたあへるものなしかたあへるものなしかたあえるものなし。。。
  5. 5暮く暮くくるゝまでかくるゝまでかくるるまでかく立た立たたちさわぎてちさわぎてちさわぎて、、、はてはてはてははは鬪諍とうじやう鬪諍とうじやうとうじょうおこりておこりておこりて、、、あさましきあさましきあさましき事こと事ことことどもありけりどもありけりどもありけり。。。そのころおしなべてそのころおしなべてそのころおしなべて、、、二日三日ふつかみか二日三日ふつかみかふつかみか人ひと人ひとひとのわづらふことのわづらふことのわずらうこと侍はべ侍はべはべりしりしりしをぞをぞをぞ、、、「「「かのかのかの鬼おに鬼おにおにののの虛言そらごと虛言そらごとそらごとははわ、、、このしるしこのしるしこのしるしををを示しめ示しめしめすなりけりすなりけりすなりけり」」」といふといふという人ひと人ひとひとももも侍はべ侍はべはべりしりしりし。。。
  6. 6ののの御池みいけ御池みいけみいけににに、、、ののの水みづ水みづみずをををまかせられむとてまかせられむとてまかせられむとて、、、大井おほゐ大井おほゐおおいののの土民どみん土民どみんどみんにおほせてにおほせてにおおせて、、、水車みづぐるま水車みづぐるまみずぐるまををを作つく作つくつくらせられけりらせられけりらせられけり。。。おほくのあしおほくのあしおおくのあしをををたまひてたまひてたまいて、、、數日すじつ數日すじつすじつにいとなみにいとなみにいとなみ出いだ出いだいだしてかけたりけるにしてかけたりけるにしてかけたりけるに、、、大おほ大おほおおかためぐらざりければかためぐらざりければかためぐらざりければ、、、とかくなほしけれどもとかくなほしけれどもとかくなおしけれども、、、終つひ終つひついにまはらでいたづらにたてりけりにまはらでいたづらにたてりけりにまわらでいたずらにたてりけり。。。
  7. 7さてさてさて宇治うぢ宇治うぢうじののの里人さとびと里人さとびとさとびとををを召め召めめしてこしらへさせられければしてこしらへさせられければしてこしらえさせられければ、、、やすらかにゆひてまゐらせたりけるがやすらかにゆひてまゐらせたりけるがやすらかにゆいてまいらせたりけるが、、、おもふやうにめぐりておもふやうにめぐりておもうようにめぐりて、、、水みづ水みづみずををを汲く汲くくみみみ入い入いいるゝことめでたかりけりるゝことめでたかりけりるることめでたかりけり。。。
  8. 8よろづにそのよろづにそのよろずにその道みち道みちみちををを知し知ししれるものれるものれるものははは、、、やんごとなきものなりやんごとなきものなりやんごとなきものなり。。。
  9. 9にあるにあるにある法師ほふし法師ほふしほうし、、、年とし年としとしよるまでよるまでよるまでををををををがまざりければがまざりければがまざりければ、、、心こころ心こころこころうくおぼえてうくおぼえてうくおぼえて、、、あるあるある時思ときおも時思ときおもときおもひたちてひたちていたちて、、、たゞたゞただ一人ひとり一人ひとりひとりかちよりまうでけりかちよりまうでけりかちよりもうでけり。。。高良かうら高良かうらこうらなどなどなどををを拜をが拜をがおがみてみてみて、、、かばかりとかばかりとかばかりと心得こころえ心得こころえこころえてかへりにけりてかへりにけりてかえりにけり。。。
  10. 10さてさてさて傍かたはら傍かたはらかたわらののの人ひと人ひとひとににに逢あ逢ああひてひていて、、、「「「年とし年としとしごろごろごろ思おも思おもおもひつるひつるいつる事こと事ことことはははたしたしたし侍はべ侍はべはべりぬりぬりぬ。。。聞き聞きききしにもすぎてきしにもすぎてきしにもすぎてたふとたふととうとくこそおはしけれくこそおはしけれくこそおわしけれ。。。そもそもそも參まゐ參まゐまいりたるりたるりたる人ひと人ひとひとごとにごとにごとに山やま山やまやまへへへのぼりしのぼりしのぼりしははは、、、何事なにごと何事なにごとなにごとかありけむかありけむかありけむ、、、ゆかしかりしかどゆかしかりしかどゆかしかりしかど、、、神かみ神かみかみへへへまゐるこそまゐるこそまいるこそほいなれとほいなれとほいなれと思おも思おもおもひてひていて、、、山やま山やまやままでまでまでははは見み見みみずずず」」」とぞいひけるとぞいひけるとぞいいける。。。すこしのすこしのすこしの事こと事ことことにもにもにも、、、はははあらまほしきことなりあらまほしきことなりあらまほしきことなり。。。
  11. 11これもこれもこれも仁和寺にんわじ仁和寺にんわじにんなじのののほふほふほう師し師しし、、、童わらは童わらはわらわののの法師ほふし法師ほふしほうしにならむとするなごりとてにならむとするなごりとてにならむとするなごりとて、、、おのおのあそぶことありけるにおのおのあそぶことありけるにおのおのあそぶことありけるに醉ゑ醉ゑえひてひていて興きよう興きようきょうににに入い入いいるあまりるあまりるあまり、、、をををとりてとりてとりて頭かしら頭かしらかしらにかづきたればにかづきたればにかずきたれば、、、つまるやうにするつまるやうにするつまるようにするををを、、、鼻はな鼻はなはなをををおしおしおしひらめひらめひらめててて、、、顏かほ顏かほかおをををさしさしさし入い入いいれてれてれて舞ま舞ままひひい出い出いいでたるにでたるにでたるに、、、滿座まんざ滿座まんざまんざ興きよう興きようきょうににに入い入いいることかぎりなしることかぎりなしることかぎりなし。。。
  12. 12しばしかなでゝしばしかなでゝしばしかなでて後のち後のちのちぬかむとするにぬかむとするにぬかむとするに、、、おおおほかたぬかれずほかたぬかれずほかたぬかれず。。。酒宴しゆえん酒宴しゆえんしゅえんことさめてことさめてことさめて、、、いかゞはせむとまどひけりいかゞはせむとまどひけりいかがわせむとまどいけり。。。とかくすればとかくすればとかくすれば、、、首くび首くびくびのまはりかけてのまはりかけてのまわりかけて血ち血ちちたりたりたり、、、たゞはれにたゞはれにただわれに腫は腫ははれみちてれみちてれみちて、、、息いき息いきいきもつまりければもつまりければもつまりければ、、、うちわらむとすれどうちわらむとすれどうちわらむとすれど、、、たやすくたやすくたやすかわれわれわれずずず。。。
  13. 13響ひゞ響ひゞひびきてきてきて堪た堪たたへがたかりければへがたかりければえがたかりければ、、、かなかなかなはははですべきですべきですべきやうなくてやうなくてようなくて、、、三足みつあし三足みつあしみつあしなるなるなる角つの角つのつのののの上うへ上うへうえにににをををうちかけてうちかけてうちかけて、、、手て手ててをををひきひきひき杖づゑ杖づゑづえをををつかせてつかせてつかせて、、、京きやう京きやうきょうなるなるなる醫師くすし醫師くすしくすしのがりゐてのがりゐてのがりいて行ゆ行ゆゆきけるきけるきける。。。
  14. 14道みち道みちみちすがらすがらすがら、、、人ひと人ひとひとのあやしみのあやしみのあやしみ見み見みみることかぎりなしることかぎりなしることかぎりなし。。。醫師くすし醫師くすしくすしのもとにさしのもとにさしのもとにさし入い入いいりてりてりて、、、むかひむかひむかい居ゐ居ゐいたりけむありさまたりけむありさまたりけむありさま、、、さこそことやうなりけめさこそことやうなりけめさこそことようなりけめ。。。ものものものをををいふもいふもいうも、、、くゞもりくゞもりくぐもり聲こゑ聲こゑこえににに響ひゞ響ひゞひびきてきてきて聞きこ聞きこきこえずえずえず。。。
  15. 15「「「かゝることかゝることかかることははは文ふみ文ふみふみにもにもにも見み見みみえずえずえず、、、傳つた傳つたつたへたるへたるえたる敎をしへ敎をしへおしえもなしもなしもなし」」」といへばといへばといえば、、、またまたまた仁和寺にんわじ仁和寺にんわじにんなじへへへかへりてかへりてかえりて、、、親した親したしたしきものしきものしきもの老お老おおいたるいたるいたる母はゝ母はゝははなどなどなど、、、枕上まくらがみ枕上まくらがみまくらがみによりによりにより居ゐ居ゐいててて泣な泣ななききき悲かな悲かなかなしめどもしめどもしめども、、、聞き聞ききくらむともおぼえずくらむともおぼえずくらむともおぼえず。。。
  16. 16かゝるかゝるかかるほどにあるものゝいふやうほどにあるものゝいふやうほどにあるもののいうようははは、、、「「「たとひたとひたとい耳鼻みみはな耳鼻みみはなみみわなこそこそこそきれきれきれうすうすうすともともとも、、、命いのち命いのちいのちばかりばかりばかりはははなどかなどかなどか生い生いいきざらむきざらむきざらむ。。。たゞたゞただ力ちから力ちからちからをををたてゝたてゝたてて引ひ引ひひききき給たま給たまたまへへえ」」」とてわらのしべとてわらのしべとてわらのしべをををまはりにさしまはりにさしまわりにさし入い入いいれてれてれて、、、かねかねかねをををへだてゝへだてゝへだてて、、、首くび首くびくびもちぎるばかりもちぎるばかりもちぎるばかり引ひ引ひひきたるにきたるにきたるに、、、耳鼻みみはな耳鼻みみはなみみわなはははかけかけかけうけうけうけながらぬけにけりながらぬけにけりながらぬけにけり。。。からきからきからき命いのち命いのちいのちまうけてまうけてもうけて、、、久ひさ久ひさひさしくやみしくやみしくやみ居ゐ居ゐいたりけりたりけりたりけり。。。
  17. 17にいみじきちごのありけるにいみじきちごのありけるにいみじきちごのありけるををを、、、いかでさそひいかでさそひいかでさそい出いだ出いだいだしてしてして遊あそ遊あそあそばむとたくむばむとたくむばむとたくむ法師ほふし法師ほふしほうしどもありてどもありてどもありて、、、能のう能のうのうあるあそびあるあそびあるあそび法師ほふし法師ほふしほうしどもなどかたらひてどもなどかたらひてどもなどかたらいて、、、風流ふりう風流ふりうふりゅう、、、ねんごろにいとなみねんごろにいとなみねんごろにいとなみ出い出いいでゝでゝでて、、、箱風情はこふぜい箱風情はこふぜいはこふぜいのものにしたゝめのものにしたゝめのものにしたため入い入いいれてれてれて、、、ののの岡をか岡をかおかののの便びん便びんびんよきよきよき所ところ所ところところにににうづみおきてうづみおきてうずみおきて、、、紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじちらしかけなどちらしかけなどちらしかけなど、、、思おも思おもおもひよらぬさまにしてひよらぬさまにしていよらぬさまにして、、、御所ごしよ御所ごしよごしょへへへ參まゐ參まゐまいりてりてりて、、、ちごちごちごをををそゝのかしそゝのかしそそのかし出い出いいでにけりでにけりでにけり。。。
  18. 18うれしくうれしくうれしく思おも思おもおもひてひていて、、、こゝかしここゝかしこここかしこ遊あそ遊あそあそびめぐりてびめぐりてびめぐりて、、、ありつるありつるありつる苔こけ苔こけこけののの筵むしろ筵むしろむしろになみゐてになみゐてになみいて、、、「「「いといといとうこそこうじにたれうこそこうじにたれうこそこうじにたれ。。。あはれあはれあわれ紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじををを燒や燒ややかむかむかむ人ひと人ひとひともがなもがなもがな。。。しるしあらむしるしあらむしるしあらむ僧そう僧そうそうたちたちたち、、、いのりいのりいのり試こころ試こころこころみられよみられよみられよ」」」などいひしろひてなどいひしろひてなどいいしろいて、、、埋うづ埋うづうずみつるみつるみつる木き木ききのもとにのもとにのもとに向むか向むかむかひてひていて、、、數珠ずず數珠ずずずずおしすりおしすりおしすり、、、印いん印いんいんことごとしくむすびいでなどしてことごとしくむすびいでなどしてことごとしくむすびいでなどして、、、いらなくいらなくいらなくふるまひてふるまひてふるまいて、、、木き木ききののの葉は葉ははをををかきのけたれどかきのけたれどかきのけたれど、、、つやつやものもつやつやものもつやつやものも見み見みみえずえずえず、、、所ところ所ところところのたがひたるにやとてのたがひたるにやとてのたがいたるにやとて、、、堀ほり堀ほりほりらぬらぬらぬ所ところ所ところところもなくもなくもなく山やま山やまやまをををあされどもなかりけりあされどもなかりけりあされどもなかりけり。。。
  19. 19埋うづ埋うづうずみけるみけるみけるををを人ひと人ひとひとののの見み見みみおきておきておきて、、、御所ごしよ御所ごしよごしょへへへ參まゐ參まゐまいりたるりたるりたる間ま間ままににに盜ぬす盜ぬすぬすめるなりけりめるなりけりめるなりけり。。。法師ほふし法師ほふしほうしどもことどもことどもこと葉は葉ははなくてなくてなくて、、、聞き聞きききにくゝいさかひきにくゝいさかひきにくくいさかい腹はら腹はらはらだちてだちてだちて歸かへ歸かへかえりにけりりにけりりにけり。。。あまりにあまりにあまりに興きよう興きようきょうあらむとすることあらむとすることあらむとすることははは、、、必かならず必かならずかならずあいなきものなりあいなきものなりあいなきものなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第50段〕応長のころ、伊勢国から、女が鬼になったのを連れて上京してきたといううわさがあって、そのころ二十日ほど、毎日、京や白川の人が鬼を見に行くといって、うろうろと出歩いた。「昨日は西園寺に参っていたそうだ」「今日は院の御所へ参るだろう」「ただ今はどこそこに」などと言い合っていた。たしかに見たという人もいない。身分の高い者も低い者も、ただ鬼のことばかり言いやまない。そのころ、東山から安居院のあたりへ参りましたところ、四条から北の方の人が、みな北をさして走っていく。「一条室町に鬼がいる」と大声で騒ぎ合っている。今出川のあたりから見やると、院の御桟敷のあたりは、まったく通れそうもないほど人が立てこんでいた。「やはり根も葉もないことではなさそうだ」と思って、人をやって見させたが、だれも鬼に会った者はいない。日が暮れるまでこうして騒ぎたてて、しまいには喧嘩が起こって、あきれるような事件もあった。そのころ、どこでも人が二、三日病気になることがありましたのを、「あの鬼のうそ話は、この前兆を示していたのだ」と言う人もいました。

〔第51段〕亀山殿の御池に、大井川の水を引き入れようとして、大井の土地の人々に命じて、水車を造らせなさった。たくさんのお金を下さって、何日もかけて造りあげてかけたところ、まったく回らなかったので、あれこれ直したけれど、とうとう回らないで、むだに立っていた。そこで宇治の里人をお呼びになって造らせなさると、たやすく組み上げて差しあげたのが、思いどおりに回って、水を汲み入れることみごとであった。何事につけても、その道を知っている者は、尊いものである。

〔第52段〕仁和寺にいたある法師が、年をとるまで石清水八幡宮を拝んだことがなかったので、情けなく思って、ある時思い立って、たった一人で歩いてお参りした。(山のふもとの)極楽寺や高良社などを拝んで、これだけのものと思いこんで帰ってしまった。さて、仲間の人に会って、「長年思っていたことを果たしました。聞いていた以上に尊くていらっしゃいました。それにしても、参詣する人がみな山へ登っていったのは、何があったのでしょうか、知りたかったけれど、神へお参りするのこそ本来の目的だと思って、山までは見ませんでした」と言った。ちょっとしたことにも、案内者はあってほしいものである。

〔第53段〕これも仁和寺の法師の話。稚児が法師になろうとする名残だといって、みなで遊ぶことがあったときに、酒に酔って興に乗るあまり、そばにあった足鼎を取って頭にかぶったところ、つかえるようになるのを、鼻を押しつぶして顔を差し入れて舞い出たので、満座の人は大喜びであった。しばらく舞ってから抜こうとすると、まったく抜けない。酒宴も興ざめして、どうしたらよかろうと途方にくれた。あれこれするうちに、首のまわりが傷ついて血が流れ、ただもう腫れに腫れあがって、息もつまってきたので、打ち割ろうとするけれど、たやすくは割れない。(たたくと頭に)響いてたえがたかったので、どうしようもなくて、三本足の角の上に帷子をかぶせて、手を引き杖をつかせて、京の医者のところへ連れて行った。道中、人が怪しんで見ることといったらこの上ない。医者のところに入って、向かい合っていたであろうありさまは、さぞ異様だったことだろう。ものを言っても、くぐもった声で響いて聞こえない。(医者が)「こんなことは医書にも見えず、伝えられた教えもない」と言うので、また仁和寺へ帰って、親しい者や年老いた母などが枕もとに寄って泣き悲しむけれど、(本人は)聞こえているとも思えない。そうしているうちに、ある者が言うには、「たとえ耳や鼻がちぎれてなくなっても、命だけはどうして助からないことがあろうか。ただ力いっぱい引っ張りなさい」と言って、わらのしべをまわりに差し入れて、金属から(顔を)へだてて、首もちぎれるほど引っ張ったところ、耳や鼻は欠けて穴があきながら抜けた。危ない命を拾って、長い間病んでいた。

〔第54段〕仁和寺の御室に、すばらしい稚児がいたのを、何とかして誘い出して遊ぼうとたくらむ法師たちがいて、芸のできる遊び法師たちなどを仲間に入れて、しゃれた弁当箱のようなものを心をこめてこしらえ、箱のようなものに詰め入れて、双の岡の都合のよい所に埋めておいて、紅葉を散らしかけるなど、思いもよらない様子にしておいて、御所へ参って、稚児を誘い出した。うれしく思って、あちこち遊びまわって、さっきの苔の筵に並んで座って、「ひどく疲れてしまった。ああ、紅葉を焼いて酒を温めてくれる人がいればなあ。霊験のある僧たちよ、祈ってごらんなさい」などと言い合って、埋めた木のもとに向かって、数珠を押しもみ、印をおおげさに結んだりして、仰々しくふるまって、木の葉をかきのけたけれど、まったく何も見えない。場所がちがうのかと、掘らない所もないほど山中を探しまわったけれど、なかった。埋めるのを人が見ていて、御所へ参っている間に盗んだのであった。法師たちは言葉もなく、聞き苦しく言い争い、腹を立てて帰ってしまった。あまりに趣向をこらそうとすることは、必ずつまらない結果になるものである。

意訳

〔第50段〕伊勢から鬼女が来たといううわさで、都じゅうが二十日も鬼を探して走り回り、喧嘩まで起きたが、だれ一人実際に見た者はいなかった。うわさに踊らされる群衆の姿を、兼好は自分も人をやって確かめさせた体験を交えて、冷静に書きとめている。

〔第51段〕大井の人が何日かけても回らなかった水車を、宇治の里人はあっさりと組み上げた。専門家の知恵の尊さを説く。

〔第52段〕石清水八幡宮は男山の山上にあるのに、ふもとの末社を拝んで本殿と思いこみ、山に登る人々を不思議に思いながら帰ってきた法師。「すこしの事にも、先達はあらまほしきことなり」の教訓で名高い。

〔第53段〕〔第54段〕宴会で足鼎をかぶって踊り、抜けなくなって耳と鼻を失いかけた法師。稚児を驚かせようと弁当を埋めて、まじないで掘り出す芝居をするつもりが、だれかに盗まれていた法師たち。仁和寺の法師たちの失敗談は、悪ふざけや凝りすぎた趣向の末路を、笑いとともに描く。

語釈・文法注

應長
鎌倉時代の年号(1311〜1312)。
安居院
京都の大宮通の東、今出川の北にあった天台宗の寺。
龜山殿
後嵯峨上皇が嵯峨に造った御所。のち亀山上皇が住んだ。今の天龍寺のあたり。
大井川
京都の嵐山のふもとを流れる川。大堰川。
仁和寺
京都の御室にある真言宗の寺。宇多天皇が開いた。兼好は近くの双ヶ岡に住んだことがある。
石淸水
石清水八幡宮。京都府八幡市の男山の山上にある神社。
極樂寺高良
石清水八幡宮の山のふもとにあった極楽寺と、末社の高良社。
先達
その道の先輩。案内者。
あしがなへ
足鼎。三本の足のついた金属製の器。湯を沸かしたり物を煮たりする。
帷子
裏地のない夏の衣。
御室
仁和寺のこと。また、そこに住む法親王。
雙の岡
双ヶ岡。仁和寺の南にある丘。兼好が住んだところ。
わりご
破子。中に仕切りのある弁当箱。

文法

あらざめり
「あらざるめり」の撥音便「あらざんめり」の撥音の無表記。ないようだ。
とほりうべうもあらず
「うべう」は「得べく」のウ音便。通ることができそうにもない。
ほふ師
底本は「ほふ師」と書く。法師。
さこそことやうなりけめ
「さこそ…けめ」は、さぞ…だったろう。過去の推量「けむ」の已然形で、「こそ」の結び。
などか生きざらむ
「などか…む」は反語。どうして生きないことがあろうか、きっと助かる。

解説

第50段の鬼の騒ぎは、応長元年(1311)の実際の出来事と考えられている。「まさしく見たりといふ人もなし」と、だれも見ていないのにうわさだけが広がるさまを、兼好は冷めた目で記している。最後に「この病のしるしを示すなりけり」と言う人がいたと書き添えるのは、うわさを後からこじつける人の心理までとらえていて、おもしろい。

第52段から第54段までは、仁和寺の法師たちの失敗談である。兼好は仁和寺に近い双ヶ岡に住んだことがあり、寺の内情に通じていた。第52段の「すこしの事にも、先達はあらまほしきことなり」は、『徒然草』の中でもっともよく知られた言葉の一つで、学校の教科書にもよく取り上げられる。

第53段の足鼎の話は、笑い話であると同時に、命にかかわる失敗でもある。兼好は笑うだけでなく、母親が枕元で泣き悲しむ場面まで書いている。第54段は「あまりに興あらむとすることは、必あいなきものなり」と結び、凝りすぎた趣向への戒めとしている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、782〜784頁(コマ405–406)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日