古典ライブラリー

徒然草 第7章(第38段〜第42段)

名利と賀茂の競べ馬

財産・地位・名誉を求めることの愚かさを、段階を追って論じつくす第38段に始まり、法然上人の念仏の言葉、栗しか食べない因幡の娘、賀茂の競べ馬で木の上の法師を見て悟ったこと、鼻の病で鬼のような顔になった僧の話を収める。

賀茂の競べ馬の見物人たちと、木の股で居眠りをする法師
第41段、賀茂の競べ馬の見物風景。人々が柵のそばに集まる中、木の股で居眠りする法師の姿が、命の危うさを忘れて過ごす人のあり方を問いかける。
  1. 1につかはれてにつかはれてにつかわれて、、、しづかなるいとまなくしづかなるいとまなくしずかなるいとまなく、、、一生いつしやう一生いつしやういっしょうをををくるしむるこそおろかなれくるしむるこそおろかなれくるしむるこそおろかなれ。。。財ざい財ざいざいおほければおほければおおければ身み身みみをををまもるにまどしまもるにまどしまもるにまどし。。。害がい害がいがいををを買か買かかひひい煩わづら煩わづらわずらををを招まね招まねまねくなかだちなりくなかだちなりくなかだちなり。。。
  2. 2身み身みみののの後のち後のちのちにににははは金かね金かねかねをををしてしてしてをををさゝふともさゝふともささうとも、、、人ひと人ひとひとのためにぞわづらはるべきのためにぞわづらはるべきのためにぞわずらわるべき。。。愚おろか愚おろかおろかなるなるなる人ひと人ひとひとののの目め目めめをををよろこばしむるたのしみよろこばしむるたのしみよろこばしむるたのしみ、、、またあぢきなしまたあぢきなしまたあじきなし。。。大おほき大おほきおおきなるなるなる車くるま車くるまくるま、、、肥こ肥ここえたるえたるえたる馬むま馬むまうま、、、金玉きんぎよく金玉きんぎよくきんぎょくのかざりものかざりものかざりも、、、心こころ心こころこころあらむあらむあらむ人ひと人ひとひとはははうたてうたてうたて愚おろか愚おろかおろかなりとぞなりとぞなりとぞ見み見みみるべきるべきるべき。。。
  3. 3金こがね金こがねこがねははは山やま山やまやまにすてにすてにすて、、、玉たま玉たまたまははは淵ふち淵ふちふちになぐべしになぐべしになぐべし。。。利り利りりにまどふにまどふにまどうはははすぐれてすぐれてすぐれて愚おろか愚おろかおろかなるなるなる人ひと人ひとひとなりなりなり。。。うづもれぬうづもれぬうずもれぬ名な名ななををを、、、ながきながきながき世よ世よよににに殘のこ殘のこのこさむことあらまほしかるべけれさむことあらまほしかるべけれさむことあらまほしかるべけれ。。。
  4. 4位くらゐ位くらゐくらいたかくやんごとなきたかくやんごとなきたかくやんごとなきをををしもしもしも、、、すぐれたるすぐれたるすぐれたる人ひと人ひとひととやとやとやはははいふべきいふべきいうべき。。。愚おろか愚おろかおろかににに拙つたな拙つたなつたなききき人ひと人ひとひとももも、、、家いへ家いへいえににに生うま生うまうまれれれ、、、時とき時ときときにあへばにあへばにあえば、、、たかきたかきたかき位くらゐ位くらゐくらいにのぼりにのぼりにのぼり驕おごり驕おごりおごりをををきはむるもありきはむるもありきわむるもあり。。。
  5. 5いみじかりしいみじかりしいみじかりし聖人せいじん聖人せいじんせいじん、、、みづからいやしきみづからいやしきみずからいやしき位くらゐ位くらゐくらいにににをををりりり、、、時とき時ときときにあはずしてやみぬるにあはずしてやみぬるにあわずしてやみぬる又また又またまたおほしおほしおおし。。。ひとへにひとへにひとえに高たか高たかたかきつかさきつかさきつかさ位くらゐ位くらゐくらいをををのぞむものぞむものぞむも次つぎ次つぎつぎにおろかなりにおろかなりにおろかなり。。。
  6. 6智惠ちゑ智惠ちゑちえととと心こころ心こころこころこそこそこそ世よ世よよにすぐれたるにすぐれたるにすぐれたるほまれものこさまほしきほまれものこさまほしきほまれものこさまほしきををを、、、つらつらおもへばつらつらおもへばつらつらおもえば、、、譽ほまれ譽ほまれほまれををを愛あい愛あいあいするするするははは人ひと人ひとひとののの聞きこ聞きこきこをををよろこぶなりよろこぶなりよろこぶなり。。。譽ほまれ譽ほまれほまれむるむるむる人ひと人ひとひとそしるそしるそしる人ひと人ひとひとともにともにともに世よ世よよにとゞまらずにとゞまらずにとどまらず。。。
  7. 7傳つた傳つたつたへへえ聞き聞ききかむかむかむ人ひと人ひとひとまたまたすみやかにまたまたすみやかにまたまたすみやかに去さ去ささるべしるべしるべし。。。誰たれ誰たれたれをををかかかはぢはぢはじ誰たれ誰たれたれにかにかにか知し知ししられむことられむことられむことをををねがはむやねがはむやねがわむや。。。譽ほまれ譽ほまれほまれはははまたまたまた毀そしり毀そしりそしりのもとなりのもとなりのもとなり。。。身み身みみののの後のち後のちのちののの名な名ななのこりてのこりてのこりて更さら更さらさらににに益えき益えきえきなしなしなし。。。
  8. 8これこれこれをををねがふもねがふもねがうも次つぎ次つぎつぎにおろかなりにおろかなりにおろかなり。。。たゞししひてたゞししひてただししいて智ち智ちちをもをもをもとめとめとめ、、、賢けん賢けんけんをををねがふねがふねがう人ひと人ひとひとのためにいはゞのためにいはゞのためにいわば、、、智惠ちゑ智惠ちゑちえいでゝいでゝいでてはははいつはりありいつはりありいつわりあり。。。才能さいのう才能さいのうさいのうはははののの增長ぞうぢやう增長ぞうぢやうぞうちょうせるなりせるなりせるなり。。。
  9. 9傳つた傳つたつたへてへてえて聞き聞ききききき、、、學まな學まなまなびてびてびて知し知ししるるるはははまことのまことのまことの智ち智ちちにあらずにあらずにあらず、、、いかなるいかなるいかなるをををかかか智ち智ちちといふべきといふべきというべき。。。ははは一條いちでう一條いちでういちじょうなりなりなり。。。いかなるいかなるいかなるをををかかか善ぜん善ぜんぜんといふといふという。。。ののの人ひと人ひとひとははは智ち智ちちもなくもなくもなく德とく德とくとくもなくもなくもなく、、、功こう功こうこうもなくもなくもなく、、、名な名ななもなしもなしもなし。。。
  10. 10誰たれ誰たれたれかかか知し知ししりりり誰たれ誰たれたれかつたへむかつたへむかつたえむ。。。これこれこれ德とく德とくとくをををかくしかくしかくし愚ぐ愚ぐぐををを守も守ももるにあらずるにあらずるにあらず、、、もとよりもとよりもとより賢愚けんぐ賢愚けんぐけんぐ得失とくしつ得失とくしつとくしつのさかひにのさかひにのさかいに居を居をおらざればなりらざればなりらざればなり。。。まよひのまよひのまよいの心こころ心こころこころをもをもをもちてちてちて、、、名利みやうり名利みやうりみょうりののの要えう要えうようををを求もと求もともとむるにかくのごとしむるにかくのごとしむるにかくのごとし。。。萬事ばんじ萬事ばんじばんじはははみなみなみな非ひ非ひひなりなりなり。。。いふにたらずいふにたらずいうにたらず、、、ねがふにたらずねがふにたらずねがうにたらず。。。
  11. 11あるあるある人ひと人ひとひと上人しやうにん上人しやうにんしょうにんににに、、、「「「念佛ねんぶつ念佛ねんぶつねんぶつのときのときのとき睡ねぶり睡ねぶりねぶりにおかされてにおかされてにおかされて、、、行ぎやう行ぎやうぎょうををを怠おこた怠おこたおこたりりり侍はべ侍はべはべることることること、、、いかゞしてこのさはりいかゞしてこのさはりいかがしてこのさわりをやをやをやめめめ侍はべ侍はべはべらむらむらむ」」」ととと申まう申まうもうしければしければしければ、、、「「「目め目めめののの覺さ覺ささめたらむめたらむめたらむほどほどほど、、、念佛ねんぶつ念佛ねんぶつねんぶつししし給たま給たまたまへへえ」」」とこたへられたりけるいととこたへられたりけるいととこたえられたりけるいとたふとたふととうとかりけりかりけりかりけり。。。
  12. 12またまたまた「「「往生わうじやう往生わうじやうおうじょうははは、、、一定いちぢやう一定いちぢやういちじょうとおもへばとおもへばとおもえば一定いちぢやう一定いちぢやういちじょう、、、不定ふぢやう不定ふぢやうふじょうとおもへばとおもへばとおもえば不定ふぢやう不定ふぢやうふじょうなりなりなり」」」といはれけりといはれけりといわれけり。。。これもこれもこれもたふとたふととうとししし。。。またまたまた「「「うたがひながらもうたがひながらもうたがいながらも念佛ねんぶつ念佛ねんぶつねんぶつすればすればすれば往生わうじやう往生わうじやうおうじょうすすす」」」ともいはれけりともいはれけりともいわれけり。。。これもまたこれもまたこれもまたたふとたふととうとししし。。。
  13. 13因幡いなば因幡いなばいなばののの國くに國くにくにににに、、、何なに何なになにののの入道にふだう入道にふだうにゅうどうとかやいふものゝむすめとかやいふものゝむすめとかやいうもののむすめ、、、かたちよしとかたちよしとかたちよしと聞き聞きききてきてきて、、、人ひと人ひとひとあまたいひわたりけれどもあまたいひわたりけれどもあまたいいわたりけれども、、、このむすめたゞこのむすめたゞこのむすめただ栗くり栗くりくりをををのみのみのみ食く食くくひてひていて、、、更さら更さらさらににに米よね米よねよねのたぐひのたぐひのたぐいをををくはざりければくはざりければくわざりければ、、、「「「かゝることやうのものかゝることやうのものかかることようのもの、、、人ひと人ひとひとににに見み見みみゆべきにあらずゆべきにあらずゆべきにあらず」」」とてとてとて親おや親おやおやゆるさゞりけりゆるさゞりけりゆるさざりけり。。。
  14. 14五月五日さつきいつか五月五日さつきいつかさつきいつか加茂かも加茂かもかも馬むま馬むまうまををを見侍みはべ見侍みはべみはべりしにりしにりしに、、、車くるま車くるまくるまののの前まへ前まへまえににに雜人ざふにん雜人ざふにんぞうにんたちたちたち隔へだ隔へだへだてゝてゝてて見み見みみえざりしかばえざりしかばえざりしかば、、、おのおのおりておのおのおりておのおのおりてののの際きは際きはきわによりたれどによりたれどによりたれど、、、ことにことにことに人ひと人ひとひとおほくたちこみておほくたちこみておおくたちこみて分わ分わわけけけ入い入いいりぬべきりぬべきりぬべきやうもなしやうもなしようもなし。。。
  15. 15かゝるかゝるかかるをををりにりにりに、、、むかひなるむかひなるむかいなるののの木き木ききににに法師ほふし法師ほふしほうしののぼりてののぼりてののぼりて木き木ききのまたについゐてのまたについゐてのまたについいて物見ものみ物見ものみものみるありるありるあり。。。とりつきながらいたうねぶりてとりつきながらいたうねぶりてとりつきながらいとうねぶりて、、、落お落おおちぬべきちぬべきちぬべき時とき時ときときににに目め目めめをををさますことさますことさますこと度々たびたび度々たびたびたびたびなりなりなり。。。
  16. 16これこれこれををを見み見みみるるる人ひと人ひとひとあざけりあざみてあざけりあざみてあざけりあざみて「「「世よ世よよのしれものかなのしれものかなのしれものかな、、、かくかくかく危あやふ危あやふあやうききき枝えだ枝えだえだののの上うへ上うへうえにてにてにて安やす安やすやすききき心こころ心こころこころありてねぶるらむよありてねぶるらむよありてねぶるらむよ」」」といふにといふにというに、、、我わ我わわががが心こころ心こころこころにににふとふとふと思おも思おもおもひしまゝにひしまゝにいしままに、、、「「「われらがわれらがわれらが生死しやうじ生死しやうじしょうじののの到來たうらい到來たうらいとうらい唯今ただいま唯今ただいまただいまにもやあらむにもやあらむにもやあらむ、、、それそれそれををを忘わす忘わすわすれてれてれて物見ものみ物見ものみものみててて日ひ日ひひをををくらすくらすくらす、、、愚おろか愚おろかおろかなることなることなることはははなほまさりたるものなほまさりたるものなおまさりたるものををを」」」といひたればといひたればといいたれば、、、前まへ前まへまえなるなるなる人ひと人ひとひとどもどもども、、、「「「まことにさにこそまことにさにこそまことにさにこそ候さふら候さふらそうらひけれひけれいけれ。。。最もつと最もつともっとももも愚おろか愚おろかおろかににに候さふら候さふらそうろうふふう」」」といひてといひてといいて、、、みなみなみな後うしろ後うしろうしろををを見み見みみかへりてかへりてかえりて、、、「「「こゝこゝここへへへいらせたまへいらせたまへいらせたまえ」」」とてとてとて所ところ所ところところをををさりてさりてさりて呼よ呼よよびびび入い入いいれれれ侍はべ侍はべはべりにきりにきりにき。。。
  17. 17かかかほどのことわりほどのことわりほどのことわり、、、誰たれ誰たれたれかかかははは思おも思おもおもひよらざらむなれどもひよらざらむなれどもいよらざらむなれども、、、をりからのをりからのおりからの思おも思おもおもひかけぬひかけぬいかけぬ心こころ心こころこころちしてちしてちして、、、胸むね胸むねむねにあたりけるにやにあたりけるにやにあたりけるにや。。。人ひと人ひとひと木石ぼくせき木石ぼくせきぼくせきにあらねばにあらねばにあらねば、、、時とき時ときときにとりてにとりてにとりて物もの物ものものににに感かん感かんかんずることなきにあらずずることなきにあらずずることなきにあらず。。。
  18. 18唐橋からはし唐橋からはしからはし中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうといふといふという人ひと人ひとひとののの子こ子ここににに、、、行雅ぎやうが行雅ぎやうがぎょうが僧都そうづ僧都そうづそうずとてとてとて、、、ののの人ひと人ひとひとののの師し師ししするするする僧そう僧そうそうありけりありけりありけり。。。氣いき氣いきいきのあがるのあがるのあがる病やまひ病やまひやまいありてありてありて、、、年とし年としとしのやうやうたくるのやうやうたくるのようようたくるほどにほどにほどに、、、鼻はな鼻はなはなののの中うち中うちうちふたがりてふたがりてふたがりて、、、息いき息いきいきももも出い出いいでがたかりければでがたかりければでがたかりければ、、、さまざまにつくろひけれどさまざまにつくろひけれどさまざまにつくろいけれど、、、わづらはしくなりてわづらはしくなりてわずらわしくなりて、、、目眉額めまゆひたひ目眉額めまゆひたひめまゆひたいなどもなどもなども腫は腫ははれまどひてれまどひてれまどいて、、、うちおほひければうちおほひければうちおおいければ、、、ものもものもものも見み見みみえずえずえず、、、ののの舞まひ舞まひまいののの面めん面めんめんのやうにのやうにのように見み見みみえけるがえけるがえけるが、、、たゞおそろしくたゞおそろしくただおそろしく鬼おに鬼おにおにののの顏がほ顏がほがおになりてになりてになりて、、、目め目めめははは頂いたゞき頂いたゞきいただきのかたにつきのかたにつきのかたにつき、、、顏かほ顏かほかおのののほどほどほど鼻はな鼻はなはなになりなどしてになりなどしてになりなどして、、、後のち後のちのちははは坊ばう坊ばうぼうのののうちのうちのうちの人ひと人ひとひとにもにもにも見み見みみえずこもりえずこもりえずこもり居ゐ居ゐいててて、、、年とし年としとし久ひさ久ひさひさしくありてしくありてしくありて、、、猶なほ猶なほなおわづらはしくなりてわづらはしくなりてわずらわしくなりて死し死ししにけりにけりにけり。。。かゝるかゝるかかる病やまひ病やまひやまいもあることにこそもあることにこそもあることにこそ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔第38段〕名声と利益に使われて、心静かな暇もなく、一生を苦しめるのは愚かなことである。財産が多いと、わが身を守ることがおろそかになる。害を招き、わずらいを呼ぶ仲立ちとなる。死後に、北斗星を支えるほど金を積み上げても、残された人のためにわずらわしいものとなるだろう。愚かな人の目を喜ばせる楽しみも、またつまらない。大きな車、肥えた馬、金や玉の飾りも、心ある人は嫌な、愚かなものだと見るにちがいない。金は山に捨て、玉は淵に投げるべきである。利に迷うのは、とりわけ愚かな人である。

埋もれることのない名を長く後世に残すことこそ望ましいだろう。(しかし)位が高く尊い身分の人を、すぐれた人と言えようか。愚かでつたない人も、よい家に生まれ、時勢にあえば、高い位にのぼり、ぜいたくをきわめることもある。すぐれた賢人や聖人が、自分から低い位にとどまり、時勢にあわずに終わってしまうことも、また多い。ひたすらに高い官職や位を望むのも、その次に愚かなことである。

知恵と心とこそ、世にすぐれた誉れとして残したいものだが、よくよく考えると、誉れを愛するのは、人の評判を喜ぶことである。ほめる人もけなす人も、ともにこの世にとどまらない。伝え聞く人もまた、すぐにこの世を去ってしまうだろう。だれに対して恥じ、だれに知られることを願おうか。誉れはまた、そしりのもとである。死後に名が残っても、まったく益はない。これを願うのも、その次に愚かなことである。

ただし、しいて知恵を求め、賢さを願う人のために言うならば、知恵が出てくると偽りが生まれる。才能は煩悩が増長したものである。伝え聞き、学んで知るのは、まことの知恵ではない。では、何を知恵と言うべきか。可も不可も一つのものである。何を善と言うのか。まことの人は、知恵もなく、徳もなく、功績もなく、名声もない。だれが知り、だれが伝えようか。これは徳を隠し、愚かさを装っているのではない。もともと賢愚や得失という区別の境地にいないからである。迷いの心をもって名利の要を求めると、このようになる。万事はみな非である。言うに足りず、願うに足りない。

〔第39段〕ある人が法然上人に、「念仏のとき眠気におそわれて、行を怠ってしまいますが、どうしたらこの妨げをなくせましょうか」と申しあげたところ、「目が覚めている間、念仏なさい」とお答えになったのは、まことに尊いことだった。また「往生は、確かだと思えば確かであり、不確かだと思えば不確かである」とおっしゃった。これも尊い。また「疑いながらでも念仏すれば往生する」ともおっしゃった。これもまた尊い。

〔第40段〕因幡国に、何とかいう入道の娘が、器量がよいと聞いて、大勢の人が言い寄ったけれども、この娘はただ栗ばかり食べて、まったく米のたぐいを食べなかったので、「このような変わり者は、人に嫁ぐべきではない」といって、親は結婚を許さなかった。

〔第41段〕五月五日、賀茂の競べ馬を見物しましたところ、牛車の前に雑人たちが立ちふさがって見えなかったので、めいめい車からおりて、柵のそばに寄ったが、とりわけ人が多く立てこんでいて、分け入れそうもない。こういう時に、向かいのおうちの木に法師が登って、木の股に腰をかけて見物しているのがいる。木につかまりながら、ひどく居眠りをして、落ちそうになるときに目を覚ますことがたびたびである。これを見る人があざけりあきれて、「とんでもない愚か者だな、こんな危ない枝の上で、よくも安心して眠っていられるものだ」と言うので、私はふと心に思ったままに、「私たちの死がやって来るのは、今すぐかもしれない。それを忘れて見物して日を暮らす愚かさは、あの法師よりまさっているのに」と言ったところ、前にいた人たちが「まったくそのとおりでございます。いちばん愚かでございます」と言って、みな後ろをふり返って、「ここへお入りなさい」と場所をあけて、呼び入れてくれました。これくらいの道理は、だれが思いつかないことがあろうか。けれども、折が折だけに思いがけない気持ちがして、胸にこたえたのだろうか。人は木や石ではないので、時によって物に感じることがないわけではない。

〔第42段〕唐橋中将という人の子で、行雅僧都といって、教相を人に教える師である僧がいた。のぼせる病気があって、年がしだいにたけてくるにつれて、鼻の中がふさがって、息もしにくくなったので、いろいろと治療したけれど、悪くなって、目・眉・額なども腫れあがり、顔をおおうほどになったので、ものも見えず、二の舞の面のように見えたが、ただもう恐ろしい鬼の顔になって、目は頭のてっぺんの方につき、額のあたりが鼻になったりして、のちには寺の坊の中の人にも会わずにこもっていて、長年たって、ますます悪くなって死んでしまった。こんな病気もあるものなのだ。

意訳

〔第38段〕財産は身をわずらわせるだけ、高い位は愚か者でも運しだいで得られる、名声はほめる人もけなす人もすぐに死んでしまうむなしいもの、知恵さえも偽りを生む――と、人が求めるものを一つずつ否定していき、最後には「万事はみな非なり」と言い切る。仏教と老荘思想をふまえた、『徒然草』の中でもっとも徹底した否定の論である。

〔第39段〕眠くなったら起きている間に念仏すればよい、疑いながらでも念仏すれば往生する――法然の言葉の、無理のないやさしさを尊んでいる。

〔第40段〕〔第42段〕栗しか食べない娘を嫁がせなかった親、鼻の病で鬼のような顔になって世から隠れた僧――奇妙な人や出来事を、論評を加えずに書きとめる段である。

〔第41段〕競べ馬の見物で、木の上で居眠りする法師をみんなが笑う。兼好が「死はいつ来るかわからないのに、見物で日を暮らす私たちのほうが愚かだ」と言うと、人々はなるほどと感心して場所をあけてくれた。だれでもわかる道理でも、時と場合によっては人の胸を打つ。無常の自覚を、軽妙な体験談として語っている。

語釈・文法注

名利
名誉と利益。
北斗をさゝふ
北斗星を支えるほど高く金を積み上げる。白居易の詩句による。
賢人聖人
すぐれた知恵と徳をもつ人。
煩惱
心身を悩ませ、迷わせる欲望や執着。
可不可は一條なり
よいこととよくないことは、一本の筋の上にあって区別できない。『荘子』による。
眞の人
道を体得した人。『荘子』の「真人」による。
法然上人
浄土宗の開祖(1133〜1212)。ひたすら念仏を唱えることを説いた。
くらべ馬
競べ馬。五月五日に賀茂神社(上賀茂神社)で行われた、二頭ずつ馬を走らせて勝負する神事。
埒
馬場の周囲にめぐらした柵。
あふち
樗。センダンの古名。
敎相
真言宗で、教えの理論的な面。実践面の「事相」に対する。
二の舞の面
舞楽「二の舞」で使う、腫れたような顔の面。

文法

まもるにまどし
「まどし」は、乏しい、不十分だ。身を守ることがおろそかになる。
うづもれぬ名を…あらまほしかるべけれ
「こそ」がないのに已然形「べけれ」で結んでいる。底本どおり。通行本文も同じで、上の「名を」の後に「こそ」を補って読むか、「べし」の誤りと見る説がある。
ねがはむや
「や」は反語。願うだろうか、いや願いはしない。
いかゞしてこのさはりをやめ侍らむ
「いかゞして…む」で、どうしたら…だろうか。
人木石にあらねば
白居易の詩「人は木石に非ず、皆情有り」による。

解説

第38段は、名利(名声と利益)を求める心を、財産・地位・名誉・知恵の順に否定していく、論理的な構成をもった段である。それぞれ「すぐれて愚なる人なり」「次におろかなり」「次におろかなり」と段階をつけ、最後に知恵すらも否定して、『荘子』の「真人」の境地を示す。『徒然草』の思想的な中心の一つとされる段である。

第39段の法然の言葉は、『一言芳談』などにも見えるものである。兼好は念仏者ではないが、こうした肩の力の抜けた教えに共感を示している。

第41段は、無常の自覚を説く段だが、説教くさくならず、見物人たちが兼好の言葉に感心して場所をあけてくれたという、ほほえましい結末で終わる。「人木石にあらねば」と結ぶところに、理屈ではなく心で感じることの大切さが表れている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、777〜779頁(コマ402–403)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日