徒然草 第7章(第38段〜第42段)
名利と賀茂の競べ馬
財産・地位・名誉を求めることの愚かさを、段階を追って論じつくす第38段に始まり、法然上人の念仏の言葉、栗しか食べない因幡の娘、賀茂の競べ馬で木の上の法師を見て悟ったこと、鼻の病で鬼のような顔になった僧の話を収める。

- 1につかはれてにつかはれてにつかわれて、、、しづかなるいとまなくしづかなるいとまなくしずかなるいとまなく、、、一生一生いっしょうをををくるしむるこそおろかなれくるしむるこそおろかなれくるしむるこそおろかなれ。。。財財ざいおほければおほければおおければ身身みをををまもるにまどしまもるにまどしまもるにまどし。。。害害がいををを買買かひひい煩煩わずらををを招招まねくなかだちなりくなかだちなりくなかだちなり。。。
- 2身身みののの後後のちにににははは金金かねをををしてしてしてをををさゝふともさゝふともささうとも、、、人人ひとのためにぞわづらはるべきのためにぞわづらはるべきのためにぞわずらわるべき。。。愚愚おろかなるなるなる人人ひとののの目目めをををよろこばしむるたのしみよろこばしむるたのしみよろこばしむるたのしみ、、、またあぢきなしまたあぢきなしまたあじきなし。。。大大おおきなるなるなる車車くるま、、、肥肥こえたるえたるえたる馬馬うま、、、金玉金玉きんぎょくのかざりものかざりものかざりも、、、心心こころあらむあらむあらむ人人ひとはははうたてうたてうたて愚愚おろかなりとぞなりとぞなりとぞ見見みるべきるべきるべき。。。
- 3金金こがねははは山山やまにすてにすてにすて、、、玉玉たまははは淵淵ふちになぐべしになぐべしになぐべし。。。利利りにまどふにまどふにまどうはははすぐれてすぐれてすぐれて愚愚おろかなるなるなる人人ひとなりなりなり。。。うづもれぬうづもれぬうずもれぬ名名なををを、、、ながきながきながき世世よににに殘殘のこさむことあらまほしかるべけれさむことあらまほしかるべけれさむことあらまほしかるべけれ。。。
- 4位位くらいたかくやんごとなきたかくやんごとなきたかくやんごとなきをををしもしもしも、、、すぐれたるすぐれたるすぐれたる人人ひととやとやとやはははいふべきいふべきいうべき。。。愚愚おろかににに拙拙つたなききき人人ひとももも、、、家家いえににに生生うまれれれ、、、時時ときにあへばにあへばにあえば、、、たかきたかきたかき位位くらいにのぼりにのぼりにのぼり驕驕おごりをををきはむるもありきはむるもありきわむるもあり。。。
- 5いみじかりしいみじかりしいみじかりし聖人聖人せいじん、、、みづからいやしきみづからいやしきみずからいやしき位位くらいにににをををりりり、、、時時ときにあはずしてやみぬるにあはずしてやみぬるにあわずしてやみぬる又又またおほしおほしおおし。。。ひとへにひとへにひとえに高高たかきつかさきつかさきつかさ位位くらいをををのぞむものぞむものぞむも次次つぎにおろかなりにおろかなりにおろかなり。。。
- 6智惠智惠ちえととと心心こころこそこそこそ世世よにすぐれたるにすぐれたるにすぐれたるほまれものこさまほしきほまれものこさまほしきほまれものこさまほしきををを、、、つらつらおもへばつらつらおもへばつらつらおもえば、、、譽譽ほまれををを愛愛あいするするするははは人人ひとののの聞聞きこをををよろこぶなりよろこぶなりよろこぶなり。。。譽譽ほまれむるむるむる人人ひとそしるそしるそしる人人ひとともにともにともに世世よにとゞまらずにとゞまらずにとどまらず。。。
- 7傳傳つたへへえ聞聞きかむかむかむ人人ひとまたまたすみやかにまたまたすみやかにまたまたすみやかに去去さるべしるべしるべし。。。誰誰たれをををかかかはぢはぢはじ誰誰たれにかにかにか知知しられむことられむことられむことをををねがはむやねがはむやねがわむや。。。譽譽ほまれはははまたまたまた毀毀そしりのもとなりのもとなりのもとなり。。。身身みののの後後のちののの名名なのこりてのこりてのこりて更更さらににに益益えきなしなしなし。。。
- 8これこれこれをををねがふもねがふもねがうも次次つぎにおろかなりにおろかなりにおろかなり。。。たゞししひてたゞししひてただししいて智智ちをもをもをもとめとめとめ、、、賢賢けんをををねがふねがふねがう人人ひとのためにいはゞのためにいはゞのためにいわば、、、智惠智惠ちえいでゝいでゝいでてはははいつはりありいつはりありいつわりあり。。。才能才能さいのうはははののの增長增長ぞうちょうせるなりせるなりせるなり。。。
- 9傳傳つたへてへてえて聞聞きききき、、、學學まなびてびてびて知知しるるるはははまことのまことのまことの智智ちにあらずにあらずにあらず、、、いかなるいかなるいかなるをををかかか智智ちといふべきといふべきというべき。。。ははは一條一條いちじょうなりなりなり。。。いかなるいかなるいかなるをををかかか善善ぜんといふといふという。。。ののの人人ひとははは智智ちもなくもなくもなく德德とくもなくもなくもなく、、、功功こうもなくもなくもなく、、、名名なもなしもなしもなし。。。
- 10誰誰たれかかか知知しりりり誰誰たれかつたへむかつたへむかつたえむ。。。これこれこれ德德とくをををかくしかくしかくし愚愚ぐををを守守もるにあらずるにあらずるにあらず、、、もとよりもとよりもとより賢愚賢愚けんぐ得失得失とくしつのさかひにのさかひにのさかいに居居おらざればなりらざればなりらざればなり。。。まよひのまよひのまよいの心心こころをもをもをもちてちてちて、、、名利名利みょうりののの要要ようををを求求もとむるにかくのごとしむるにかくのごとしむるにかくのごとし。。。萬事萬事ばんじはははみなみなみな非非ひなりなりなり。。。いふにたらずいふにたらずいうにたらず、、、ねがふにたらずねがふにたらずねがうにたらず。。。
- 11あるあるある人人ひと上人上人しょうにんににに、、、「「「念佛念佛ねんぶつのときのときのとき睡睡ねぶりにおかされてにおかされてにおかされて、、、行行ぎょうををを怠怠おこたりりり侍侍はべることることること、、、いかゞしてこのさはりいかゞしてこのさはりいかがしてこのさわりをやをやをやめめめ侍侍はべらむらむらむ」」」ととと申申もうしければしければしければ、、、「「「目目めののの覺覺さめたらむめたらむめたらむほどほどほど、、、念佛念佛ねんぶつししし給給たまへへえ」」」とこたへられたりけるいととこたへられたりけるいととこたえられたりけるいとたふとたふととうとかりけりかりけりかりけり。。。
- 12またまたまた「「「往生往生おうじょうははは、、、一定一定いちじょうとおもへばとおもへばとおもえば一定一定いちじょう、、、不定不定ふじょうとおもへばとおもへばとおもえば不定不定ふじょうなりなりなり」」」といはれけりといはれけりといわれけり。。。これもこれもこれもたふとたふととうとししし。。。またまたまた「「「うたがひながらもうたがひながらもうたがいながらも念佛念佛ねんぶつすればすればすれば往生往生おうじょうすすす」」」ともいはれけりともいはれけりともいわれけり。。。これもまたこれもまたこれもまたたふとたふととうとししし。。。
- 13因幡因幡いなばののの國國くにににに、、、何何なにののの入道入道にゅうどうとかやいふものゝむすめとかやいふものゝむすめとかやいうもののむすめ、、、かたちよしとかたちよしとかたちよしと聞聞ききてきてきて、、、人人ひとあまたいひわたりけれどもあまたいひわたりけれどもあまたいいわたりけれども、、、このむすめたゞこのむすめたゞこのむすめただ栗栗くりをををのみのみのみ食食くひてひていて、、、更更さらににに米米よねのたぐひのたぐひのたぐいをををくはざりければくはざりければくわざりければ、、、「「「かゝることやうのものかゝることやうのものかかることようのもの、、、人人ひとににに見見みゆべきにあらずゆべきにあらずゆべきにあらず」」」とてとてとて親親おやゆるさゞりけりゆるさゞりけりゆるさざりけり。。。
- 14五月五日五月五日さつきいつか加茂加茂かも馬馬うまををを見侍見侍みはべりしにりしにりしに、、、車車くるまののの前前まえににに雜人雜人ぞうにんたちたちたち隔隔へだてゝてゝてて見見みえざりしかばえざりしかばえざりしかば、、、おのおのおりておのおのおりておのおのおりてののの際際きわによりたれどによりたれどによりたれど、、、ことにことにことに人人ひとおほくたちこみておほくたちこみておおくたちこみて分分わけけけ入入いりぬべきりぬべきりぬべきやうもなしやうもなしようもなし。。。
- 15かゝるかゝるかかるをををりにりにりに、、、むかひなるむかひなるむかいなるののの木木きににに法師法師ほうしののぼりてののぼりてののぼりて木木きのまたについゐてのまたについゐてのまたについいて物見物見ものみるありるありるあり。。。とりつきながらいたうねぶりてとりつきながらいたうねぶりてとりつきながらいとうねぶりて、、、落落おちぬべきちぬべきちぬべき時時ときににに目目めをををさますことさますことさますこと度々度々たびたびなりなりなり。。。
- 16これこれこれををを見見みるるる人人ひとあざけりあざみてあざけりあざみてあざけりあざみて「「「世世よのしれものかなのしれものかなのしれものかな、、、かくかくかく危危あやうききき枝枝えだののの上上うえにてにてにて安安やすききき心心こころありてねぶるらむよありてねぶるらむよありてねぶるらむよ」」」といふにといふにというに、、、我我わががが心心こころにににふとふとふと思思おもひしまゝにひしまゝにいしままに、、、「「「われらがわれらがわれらが生死生死しょうじののの到來到來とうらい唯今唯今ただいまにもやあらむにもやあらむにもやあらむ、、、それそれそれををを忘忘わすれてれてれて物見物見ものみててて日日ひをををくらすくらすくらす、、、愚愚おろかなることなることなることはははなほまさりたるものなほまさりたるものなおまさりたるものををを」」」といひたればといひたればといいたれば、、、前前まえなるなるなる人人ひとどもどもども、、、「「「まことにさにこそまことにさにこそまことにさにこそ候候そうらひけれひけれいけれ。。。最最もっとももも愚愚おろかににに候候そうろうふふう」」」といひてといひてといいて、、、みなみなみな後後うしろををを見見みかへりてかへりてかえりて、、、「「「こゝこゝここへへへいらせたまへいらせたまへいらせたまえ」」」とてとてとて所所ところをををさりてさりてさりて呼呼よびびび入入いれれれ侍侍はべりにきりにきりにき。。。
- 17かかかほどのことわりほどのことわりほどのことわり、、、誰誰たれかかかははは思思おもひよらざらむなれどもひよらざらむなれどもいよらざらむなれども、、、をりからのをりからのおりからの思思おもひかけぬひかけぬいかけぬ心心こころちしてちしてちして、、、胸胸むねにあたりけるにやにあたりけるにやにあたりけるにや。。。人人ひと木石木石ぼくせきにあらねばにあらねばにあらねば、、、時時ときにとりてにとりてにとりて物物ものににに感感かんずることなきにあらずずることなきにあらずずることなきにあらず。。。
- 18唐橋唐橋からはし中將中將ちゅうじょうといふといふという人人ひとののの子子こににに、、、行雅行雅ぎょうが僧都僧都そうずとてとてとて、、、ののの人人ひとののの師師しするするする僧僧そうありけりありけりありけり。。。氣氣いきのあがるのあがるのあがる病病やまいありてありてありて、、、年年としのやうやうたくるのやうやうたくるのようようたくるほどにほどにほどに、、、鼻鼻はなののの中中うちふたがりてふたがりてふたがりて、、、息息いきももも出出いでがたかりければでがたかりければでがたかりければ、、、さまざまにつくろひけれどさまざまにつくろひけれどさまざまにつくろいけれど、、、わづらはしくなりてわづらはしくなりてわずらわしくなりて、、、目眉額目眉額めまゆひたいなどもなどもなども腫腫はれまどひてれまどひてれまどいて、、、うちおほひければうちおほひければうちおおいければ、、、ものもものもものも見見みえずえずえず、、、ののの舞舞まいののの面面めんのやうにのやうにのように見見みえけるがえけるがえけるが、、、たゞおそろしくたゞおそろしくただおそろしく鬼鬼おにののの顏顏がおになりてになりてになりて、、、目目めははは頂頂いただきのかたにつきのかたにつきのかたにつき、、、顏顏かおのののほどほどほど鼻鼻はなになりなどしてになりなどしてになりなどして、、、後後のちははは坊坊ぼうのののうちのうちのうちの人人ひとにもにもにも見見みえずこもりえずこもりえずこもり居居いててて、、、年年とし久久ひさしくありてしくありてしくありて、、、猶猶なおわづらはしくなりてわづらはしくなりてわずらわしくなりて死死しにけりにけりにけり。。。かゝるかゝるかかる病病やまいもあることにこそもあることにこそもあることにこそ。。。
現代語訳
〔第38段〕名声と利益に使われて、心静かな暇もなく、一生を苦しめるのは愚かなことである。財産が多いと、わが身を守ることがおろそかになる。害を招き、わずらいを呼ぶ仲立ちとなる。死後に、北斗星を支えるほど金を積み上げても、残された人のためにわずらわしいものとなるだろう。愚かな人の目を喜ばせる楽しみも、またつまらない。大きな車、肥えた馬、金や玉の飾りも、心ある人は嫌な、愚かなものだと見るにちがいない。金は山に捨て、玉は淵に投げるべきである。利に迷うのは、とりわけ愚かな人である。
埋もれることのない名を長く後世に残すことこそ望ましいだろう。(しかし)位が高く尊い身分の人を、すぐれた人と言えようか。愚かでつたない人も、よい家に生まれ、時勢にあえば、高い位にのぼり、ぜいたくをきわめることもある。すぐれた賢人や聖人が、自分から低い位にとどまり、時勢にあわずに終わってしまうことも、また多い。ひたすらに高い官職や位を望むのも、その次に愚かなことである。
知恵と心とこそ、世にすぐれた誉れとして残したいものだが、よくよく考えると、誉れを愛するのは、人の評判を喜ぶことである。ほめる人もけなす人も、ともにこの世にとどまらない。伝え聞く人もまた、すぐにこの世を去ってしまうだろう。だれに対して恥じ、だれに知られることを願おうか。誉れはまた、そしりのもとである。死後に名が残っても、まったく益はない。これを願うのも、その次に愚かなことである。
ただし、しいて知恵を求め、賢さを願う人のために言うならば、知恵が出てくると偽りが生まれる。才能は煩悩が増長したものである。伝え聞き、学んで知るのは、まことの知恵ではない。では、何を知恵と言うべきか。可も不可も一つのものである。何を善と言うのか。まことの人は、知恵もなく、徳もなく、功績もなく、名声もない。だれが知り、だれが伝えようか。これは徳を隠し、愚かさを装っているのではない。もともと賢愚や得失という区別の境地にいないからである。迷いの心をもって名利の要を求めると、このようになる。万事はみな非である。言うに足りず、願うに足りない。
〔第39段〕ある人が法然上人に、「念仏のとき眠気におそわれて、行を怠ってしまいますが、どうしたらこの妨げをなくせましょうか」と申しあげたところ、「目が覚めている間、念仏なさい」とお答えになったのは、まことに尊いことだった。また「往生は、確かだと思えば確かであり、不確かだと思えば不確かである」とおっしゃった。これも尊い。また「疑いながらでも念仏すれば往生する」ともおっしゃった。これもまた尊い。
〔第40段〕因幡国に、何とかいう入道の娘が、器量がよいと聞いて、大勢の人が言い寄ったけれども、この娘はただ栗ばかり食べて、まったく米のたぐいを食べなかったので、「このような変わり者は、人に嫁ぐべきではない」といって、親は結婚を許さなかった。
〔第41段〕五月五日、賀茂の競べ馬を見物しましたところ、牛車の前に雑人たちが立ちふさがって見えなかったので、めいめい車からおりて、柵のそばに寄ったが、とりわけ人が多く立てこんでいて、分け入れそうもない。こういう時に、向かいのおうちの木に法師が登って、木の股に腰をかけて見物しているのがいる。木につかまりながら、ひどく居眠りをして、落ちそうになるときに目を覚ますことがたびたびである。これを見る人があざけりあきれて、「とんでもない愚か者だな、こんな危ない枝の上で、よくも安心して眠っていられるものだ」と言うので、私はふと心に思ったままに、「私たちの死がやって来るのは、今すぐかもしれない。それを忘れて見物して日を暮らす愚かさは、あの法師よりまさっているのに」と言ったところ、前にいた人たちが「まったくそのとおりでございます。いちばん愚かでございます」と言って、みな後ろをふり返って、「ここへお入りなさい」と場所をあけて、呼び入れてくれました。これくらいの道理は、だれが思いつかないことがあろうか。けれども、折が折だけに思いがけない気持ちがして、胸にこたえたのだろうか。人は木や石ではないので、時によって物に感じることがないわけではない。
〔第42段〕唐橋中将という人の子で、行雅僧都といって、教相を人に教える師である僧がいた。のぼせる病気があって、年がしだいにたけてくるにつれて、鼻の中がふさがって、息もしにくくなったので、いろいろと治療したけれど、悪くなって、目・眉・額なども腫れあがり、顔をおおうほどになったので、ものも見えず、二の舞の面のように見えたが、ただもう恐ろしい鬼の顔になって、目は頭のてっぺんの方につき、額のあたりが鼻になったりして、のちには寺の坊の中の人にも会わずにこもっていて、長年たって、ますます悪くなって死んでしまった。こんな病気もあるものなのだ。
意訳
〔第38段〕財産は身をわずらわせるだけ、高い位は愚か者でも運しだいで得られる、名声はほめる人もけなす人もすぐに死んでしまうむなしいもの、知恵さえも偽りを生む――と、人が求めるものを一つずつ否定していき、最後には「万事はみな非なり」と言い切る。仏教と老荘思想をふまえた、『徒然草』の中でもっとも徹底した否定の論である。
〔第39段〕眠くなったら起きている間に念仏すればよい、疑いながらでも念仏すれば往生する――法然の言葉の、無理のないやさしさを尊んでいる。
〔第40段〕〔第42段〕栗しか食べない娘を嫁がせなかった親、鼻の病で鬼のような顔になって世から隠れた僧――奇妙な人や出来事を、論評を加えずに書きとめる段である。
〔第41段〕競べ馬の見物で、木の上で居眠りする法師をみんなが笑う。兼好が「死はいつ来るかわからないのに、見物で日を暮らす私たちのほうが愚かだ」と言うと、人々はなるほどと感心して場所をあけてくれた。だれでもわかる道理でも、時と場合によっては人の胸を打つ。無常の自覚を、軽妙な体験談として語っている。
語釈・文法注
- 名利
- 名誉と利益。
- 北斗をさゝふ
- 北斗星を支えるほど高く金を積み上げる。白居易の詩句による。
- 賢人聖人
- すぐれた知恵と徳をもつ人。
- 煩惱
- 心身を悩ませ、迷わせる欲望や執着。
- 可不可は一條なり
- よいこととよくないことは、一本の筋の上にあって区別できない。『荘子』による。
- 眞の人
- 道を体得した人。『荘子』の「真人」による。
- 法然上人
- 浄土宗の開祖(1133〜1212)。ひたすら念仏を唱えることを説いた。
- くらべ馬
- 競べ馬。五月五日に賀茂神社(上賀茂神社)で行われた、二頭ずつ馬を走らせて勝負する神事。
- 埒
- 馬場の周囲にめぐらした柵。
- あふち
- 樗。センダンの古名。
- 敎相
- 真言宗で、教えの理論的な面。実践面の「事相」に対する。
- 二の舞の面
- 舞楽「二の舞」で使う、腫れたような顔の面。
文法
- まもるにまどし
- 「まどし」は、乏しい、不十分だ。身を守ることがおろそかになる。
- うづもれぬ名を…あらまほしかるべけれ
- 「こそ」がないのに已然形「べけれ」で結んでいる。底本どおり。通行本文も同じで、上の「名を」の後に「こそ」を補って読むか、「べし」の誤りと見る説がある。
- ねがはむや
- 「や」は反語。願うだろうか、いや願いはしない。
- いかゞしてこのさはりをやめ侍らむ
- 「いかゞして…む」で、どうしたら…だろうか。
- 人木石にあらねば
- 白居易の詩「人は木石に非ず、皆情有り」による。
解説
第38段は、名利(名声と利益)を求める心を、財産・地位・名誉・知恵の順に否定していく、論理的な構成をもった段である。それぞれ「すぐれて愚なる人なり」「次におろかなり」「次におろかなり」と段階をつけ、最後に知恵すらも否定して、『荘子』の「真人」の境地を示す。『徒然草』の思想的な中心の一つとされる段である。
第39段の法然の言葉は、『一言芳談』などにも見えるものである。兼好は念仏者ではないが、こうした肩の力の抜けた教えに共感を示している。
第41段は、無常の自覚を説く段だが、説教くさくならず、見物人たちが兼好の言葉に感心して場所をあけてくれたという、ほほえましい結末で終わる。「人木石にあらねば」と結ぶところに、理屈ではなく心で感じることの大切さが表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、777〜779頁(コマ402–403)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日