徒然草 第4章(第19段〜第22段)
折節のうつりかはり
春から冬、年の暮れから元旦まで、四季の移り変わりのそれぞれに情趣があることを、行事や風物を連ねて描く有名な段に始まり、空の名残を惜しむ世捨て人の言葉、月や水の流れが心を慰めること、昔の物や言葉を慕う尚古の心を語る。

- 1をりふしのをりふしのおりふしのうつりかはるこそものごとにあはれなれうつりかはるこそものごとにあはれなれうつりかわるこそものごとにあわれなれ。。。「「「物物もののあはれのあはれのあわれははは秋秋あきこそまされこそまされこそまされ」」」ととと人人ひとごとにいふめれどごとにいふめれどごとにいうめれど、、、それもさるものにてそれもさるものにてそれもさるものにて今一今一いまひときききははは心心こころもももうきたつものうきたつものうきたつものははは、、、春春はるのけしきにこそあめれのけしきにこそあめれのけしきにこそあめれ。。。
- 2鳥鳥とりのこゑなどもことののこゑなどもことののこえなどもことの外外ほかににに春春はるめきてめきてめきて、、、のどやかなるのどやかなるのどやかなる日日ひかげにかげにかげに垣根垣根かきねののの草草くさもえもえもえ出出いづるころよりづるころよりずるころより、、、やゝやゝやや春春はる深深ふかくかすみわたりてくかすみわたりてくかすみわたりて、、、花花はなもやうやうけしきだつもやうやうけしきだつもようようけしきだつほどこそあれほどこそあれほどこそあれ、、、をりしもをりしもおりしも雨風雨風あめかぜうちつゞきてうちつゞきてうちつづきて、、、心心こころあわだゝしくあわだゝしくあわだたしく散散ちりすぎぬりすぎぬりすぎぬ。。。
- 3靑葉靑葉あおばになりゆくまでになりゆくまでになりゆくまで、、、よろづによろづによろずに唯心唯心ただこころをををのみぞなやますのみぞなやますのみぞなやます。。。ははは名名なにこそおへれにこそおへれにこそおえれ、、、なほなほなお梅梅うめのにほひにぞいにしへのことものにほひにぞいにしへのことものにおいにぞいにしえのことも立立たちかへりちかへりちかえり戀戀こいしうしうしゅう思思おもひいでらるゝひいでらるゝいいでらるる。。。
- 4山吹山吹やまぶきのきよげにのきよげにのきよげに、、、藤藤ふじのおぼつかなきさましたるすべておもひすてがたきことおほしのおぼつかなきさましたるすべておもひすてがたきことおほしのおぼつかなきさましたるすべておもいすてがたきことおおし。。。「「「のころのころのころ、、、、、、若葉若葉わかばののの梢梢こずえすゞしげにすゞしげにすずしげに繁繁しげりゆくりゆくりゆくほどこそほどこそほどこそ世世よのあはれものあはれものあわれも人人ひとののの戀戀こいしさもまされしさもまされしさもまされ」」」ととと人人ひとのおほせられしこそのおほせられしこそのおおせられしこそ實實げにさるものなれにさるものなれにさるものなれ。。。
- 5五月五月さつきあやめあやめあやめふくふくふくころころころ、、、早苗早苗さなえとるころとるころとるころ、、、のたゝくなどのたゝくなどのたたくなど心心こころぼそからぬかぼそからぬかぼそからぬかははは。。。六月六月みなづきのころあやしきのころあやしきのころあやしき家家いえににに夕夕ゆうがほのがほのがおの白白しろくくく見見みえてえてえて、、、かやりびかやりびかやりびふすぶるふすぶるふすぶるもあはれなりもあはれなりもあわれなり。。。
- 6ばらへまたばらへまたばらえまたをををかしかしかし。。。七夕七夕たなばたまつるこそなまめかしけれまつるこそなまめかしけれまつるこそなまめかしけれ。。。やうやうやうやうようよう夜夜よさむになるさむになるさむになるほどほどほど、、、雁雁かりなきてなきてなきて來來くるころるころるころ、、、萩萩はぎののの下葉色下葉色したばいろづくづくずくほどほどほど、、、田田たかりかりかりほすほすほすなどなどなど、、、とりあつめたることとりあつめたることとりあつめたることははは秋秋あきのみぞおのみぞおのみぞおほかるほかるほかる。。。
- 7またまたまたのあしたこそのあしたこそのあしたこそをををかしけれかしけれかしけれ。。。いひつゞくればいひつゞくればいいつづくれば、、、みなみなみな源氏物語源氏物語げんじものがたり、、、枕草紙枕草紙まくらのそうしなどになどになどに事事ことふりにたれどふりにたれどふりにたれど、、、おなじおなじおなじ事事ことまたまたまた今今いまさらにいはじとにもあらずさらにいはじとにもあらずさらにいわじとにもあらず。。。
- 8おぼしきおぼしきおぼしき事事こといはぬいはぬいわぬははは腹腹はらふくるゝわざなればふくるゝわざなればふくるるわざなれば、、、筆筆ふでにまかせつゝにまかせつゝにまかせつつ、、、あぢきなきすさびにてあぢきなきすさびにてあじきなきすさびにて、、、かいやりすつべきものなればかいやりすつべきものなればかいやりすつべきものなれば、、、人人ひとののの見見みるべきにもあらずるべきにもあらずるべきにもあらず。。。
- 9さてさてさて冬冬ふゆがれのがれのがれの景色景色けしきこそこそこそ秋秋あきにににはははをををさささをををさささ劣劣おとるまじけれるまじけれるまじけれ。。。汀汀みぎわののの草草くさににに紅葉紅葉もみじいちりとゞまりていちりとゞまりていちりとどまりて、、、霜霜しもいとしろうおけるあしたいとしろうおけるあしたいとしろうおけるあした、、、やりやりやり水水みずよりよりより煙煙けぶりのたつこそのたつこそのたつこそをををかしけれかしけれかしけれ。。。
- 10年年としののの暮暮くれれれはははてゝてゝてて人人ひとごとにごとにごとに急急いそぎあへるぎあへるぎあえる頃頃ころぞまたなくあはれなるぞまたなくあはれなるぞまたなくあわれなる。。。すさまじきものにしてすさまじきものにしてすさまじきものにして、、、見見みるるる人人ひともなきもなきもなき月月つきのさむけくのさむけくのさむけく澄澄すめるめるめる二十日二十日はつかあまりのそらこそあまりのそらこそあまりのそらこそ心心こころぼそきものなれぼそきものなれぼそきものなれ。。。
- 11、、、ののの使使つかいたつなどぞあはれにやんごとなきたつなどぞあはれにやんごとなきたつなどぞあわれにやんごとなき。。。公事公事おおやけごとどもしげくどもしげくどもしげく、、、春春はるのいそぎにとりかさねてのいそぎにとりかさねてのいそぎにとりかさねて、、、もよほしもよほしもよおし行行おこなはるゝさまぞいみじきやはるゝさまぞいみじきやわるるさまぞいみじきや。。。
- 12よりよりよりにつゞくこそおもしろけれにつゞくこそおもしろけれにつづくこそおもしろけれ。。。晦晦つごもりののの夜夜よいたうくらきにいたうくらきにいとうくらきに、、、松松まつどもともしてどもともしてどもともして、、、夜半夜半よわすぐるまですぐるまですぐるまで人人ひとののの門門かどたゝきたゝきたたき走走はしりありきてりありきてりありきて、、、何事何事なにごとにかあらむことごとしくのゝしりてにかあらむことごとしくのゝしりてにかあらむことごとしくののしりて足足あしををを空空そらにまどふがにまどふがにまどうが、、、曉曉あかつきがたよりさすがにがたよりさすがにがたよりさすがに音音おとなくなりぬるこそなくなりぬるこそなくなりぬるこそ年年としのなごりものなごりものなごりも心心こころぼそけれぼそけれぼそけれ。。。
- 13なきなきなき人人ひとのくるのくるのくる夜夜よははは、、、このごろこのごろこのごろ都都みやこにににはははなきなきなきををを、、、あづまのかたにあづまのかたにあずまのかたにはははなほすることにてありしこそあはれなりしかなほすることにてありしこそあはれなりしかなおすることにてありしこそあわれなりしか。。。かくてかくてかくて明明あけゆくけゆくけゆく空空そらのけしきのけしきのけしき、、、昨日昨日きのうにかはりたりとにかはりたりとにかわりたりとははは見見みえねどえねどえねど、、、ひきかへめづらしきひきかへめづらしきひきかえめずらしき心心こころちぞするちぞするちぞする。。。
- 14大路大路おおじのさまのさまのさま松松まつたてわたしてたてわたしてたてわたして、、、華華はなやかにやかにやかにうれしげなるこそまたあはれなれうれしげなるこそまたあはれなれうれしげなるこそまたあわれなれ。。。
- 15なにがしとかやいひしなにがしとかやいひしなにがしとかやいいし世世よすてすてすて人人ひとののの、、、このこのこの世世よののの身身みににに、、、たゞたゞただ空空そらのなごりのみぞのなごりのみぞのなごりのみぞをををしきといひしこそしきといひしこそしきといいしこそ誠誠まことにさもおぼえぬべけれにさもおぼえぬべけれにさもおぼえぬべけれ。。。
- 16よろづのよろづのよろずの事事ことははは月見月見つきみるにこそるにこそるにこそ慰慰なぐさむものなれむものなれむものなれ。。。あるあるある人人ひとののの「「「月月つきばかりおもしろきものばかりおもしろきものばかりおもしろきものはははあらじあらじあらじ」」」といひしにといひしにといいしに、、、またまたまたひとりひとりひとり、、、「「「露露つゆこそあはれなれこそあはれなれこそあわれなれ」」」とあらそひしこそとあらそひしこそとあらそいしこそをををかしけれかしけれかしけれ。。。
- 17折折おりにににふればふればふれば何何なにかかかはははあはれならざらむあはれならざらむあわれならざらむ。。。月花月花つきはなはははさらなりさらなりさらなり、、、風風かぜのみこそのみこそのみこそ人人ひとににに心心こころはははつくめれつくめれつくめれ。。。岩岩いわにくだけてにくだけてにくだけて淸淸きよくくく流流ながるゝるゝるる水水みずのけしきこそのけしきこそのけしきこそ時時ときをもをもをもわかずめでたけれわかずめでたけれわかずめでたけれ。。。
- 18「「「日夜日夜にちや東東ひんがしににに流流ながれれれ去去さるるる、、、愁人愁人しゅうじんのためにとゞまることしばらくもせずのためにとゞまることしばらくもせずのためにとどまることしばらくもせず」」」といへるといへるといえる詩詩しををを見侍見侍みはべりしこそあはれなりしかりしこそあはれなりしかりしこそあわれなりしか。。。ももも、、、「「「山澤山澤さんたくにあそびてにあそびてにあそびて魚鳥魚鳥ぎょちょうををを見見みててて心心こころたのしぶたのしぶたのしぶ」」」といへりといへりといえり。。。
- 19人遠人遠ひととおくくく水草水草みずくさきよききよききよき所所ところにさまよひありきたるばかりにさまよひありきたるばかりにさまよいありきたるばかり、、、心慰心慰こころなぐさむことむことむことはははあらじあらじあらじ。。。
- 20何事何事なにごともももふるきふるきふるき世世よのみぞしたはしきのみぞしたはしきのみぞしたわしき。。。いまやういまやういまようはははむげにいやしくこそなりゆくめれむげにいやしくこそなりゆくめれむげにいやしくこそなりゆくめれ。。。かのかのかの木木きののの道道みちのたくみののたくみののたくみの作作つくれるうつくしきれるうつくしきれるうつくしき器器うつわももも、、、古代古代こだいのすがたこそのすがたこそのすがたこそをををかしとかしとかしと見見みゆれゆれゆれ。。。
- 21文文ふみのことばなどぞむかしののことばなどぞむかしののことばなどぞむかしのどもどもどもはははいみじきいみじきいみじき。。。たゞいふことばもたゞいふことばもただいうことばも、、、くちくちくちをををしうこそなりもてしうこそなりもてしゅうこそなりもて行行ゆくなれくなれくなれ。。。「「「いにしへいにしへいにしえははは、、、車車くるまもたげよもたげよもたげよ、、、火火ひかゝげよとこそいひしかゝげよとこそいひしかかげよとこそいいしををを、、、今今いまやうのやうのようの人人ひとははは、、、もてあげよもてあげよもてあげよ、、、かきあげよといふかきあげよといふかきあげよという。。。ののの人數人數にんじゅだてといふべきだてといふべきだてというべきををを、、、たちあかししろくせよといひたちあかししろくせよといひたちあかししろくせよといい、、、ののの御聽聞所御聽聞所ごちょうもんじょなるなるなるをばをばをば、、、御御おんかうのろといふべきかうのろといふべきこうのろというべきををを、、、かうろといふくちかうろといふくちこうろというくちをををししし」」」とぞとぞとぞふるきふるきふるき人人ひとののの仰仰おおせられしせられしせられし。。。
現代語訳
〔第19段〕季節の移り変わるのは、何事につけても情趣がある。「物のあわれは秋がまさっている」とだれもが言うようだが、それももっともなことで、それにもまして一段と心が浮き立つものは、春の景色であるようだ。鳥の声などもことのほか春らしくなって、のどかな日の光に、垣根の草も芽を出すころから、だんだん春も深まって一面に霞がたなびき、花もようやく咲きそうな様子になるちょうどその時、折悪しく雨風が続いて、気ぜわしく散ってしまう。青葉になってゆくまで、何かにつけてひたすら心を悩ませるばかりである。花橘は昔をしのばせるものとして名高いが、やはり梅の香りによって、昔のことも立ち返って恋しく思い出される。山吹がきれいに咲き、藤がぼんやりと咲いている様子など、すべて見捨てがたいことが多い。
「灌仏会のころ、賀茂祭のころ、若葉の梢が涼しそうに茂ってゆくころこそ、世のあわれも人恋しさもつのるものだ」とある方がおっしゃったのは、ほんとうにそのとおりである。五月、軒に菖蒲をふくころ、早苗をとるころ、水鶏が戸をたたくように鳴くのなど、心細くないことがあろうか。六月のころ、粗末な家に夕顔が白く見えて、蚊遣火がくすぶっているのも趣がある。六月祓もまたおもしろい。七夕を祭るのは優雅である。だんだん夜寒になるころ、雁が鳴いて渡ってくるころ、萩の下葉が色づくころ、早稲田を刈って干すなど、あれこれと趣を集めたことは秋に多い。また野分の翌朝はおもしろい。
こうして言い続けていると、みな『源氏物語』や『枕草子』などに言い古されているけれど、同じことを今さら言うまいというのでもない。思っていることを言わないのは腹がふくれるような気持ちのすることなので、筆にまかせて書いているが、つまらない慰みごとで、破り捨ててしまうべきものだから、人が見るはずのものでもない。
さて、冬枯れの景色は秋にはほとんど劣らないだろう。水際の草に紅葉が散りとどまって、霜がたいそう白く降りた朝、遣水から湯気が立っているのはおもしろい。年が暮れてしまって、だれもが忙しくしているころは、またとなく趣深い。殺風景なものとして見る人もない月が、寒々と澄んでいる二十日過ぎの空は、心細いものである。御仏名、荷前の使が出発することなどは、しみじみと尊い。宮中の儀式が多く、新春の準備と重なって催されるさまは、たいへんなものだ。追儺から四方拝へと続くのはおもしろい。大晦日の夜、ひどく暗い中に、松明をともして、夜中過ぎまで人の家の門をたたいて走り回って、何事だろうか大げさに騒ぎたてて足も地につかないほどにあわてているが、明け方からはさすがに音もしなくなるのは、年の名残も心細い。亡くなった人が帰ってくる夜だといって魂を祭る行事は、このごろ都ではしないが、東国ではやはり行っていたのは、しみじみと心をひかれた。こうして明けてゆく空の様子は、昨日と変わっているとは見えないが、うって変わって新鮮な気持ちがする。大路の様子も、門松を一面に立てて、はなやかにうれしそうなのは、またしみじみとした趣がある。
〔第20段〕何とかいった世捨て人が、「この世に何の束縛もない身だが、ただ空の名残だけが惜しい」と言ったのは、ほんとうにそう思われるにちがいない。
〔第21段〕何事も、月を見ることで心が慰められるものだ。ある人が「月ほどおもしろいものはないだろう」と言ったところ、もう一人が「露こそしみじみとしたものだ」と言い争ったのはおもしろい。折にふれて見れば、何がしみじみとしないことがあろうか。月や花は言うまでもなく、風だけは人の心をひくもののようだ。岩に砕けて清らかに流れる水の様子は、季節を問わずすばらしい。「沅水と湘水は日夜東へ流れ去る。憂いを抱く人のために、しばらくもとどまることはない」という詩を見たときは、しみじみと心を打たれた。嵆康も「山や沢に遊んで、魚や鳥を見ると心が楽しい」と言っている。人里離れて、水や草の清らかな所をさまよい歩くことほど、心の慰められることはないだろう。
〔第22段〕何事も、古い時代のものばかりが慕わしい。当世風のものは、むやみに品が悪くなってゆくようだ。あの木工の職人の作る美しい器も、古風な形こそ趣があると見える。手紙の言葉なども、昔の反古はすばらしい。ふだん口にする言葉も、情けなくなってゆくようだ。「昔は『車もたげよ』『火かかげよ』と言ったのに、今の人は『もてあげよ』『かきあげよ』と言う。主殿寮の役人の『人数だて』と言うべきところを『たちあかし白くせよ』と言い、最勝講の御聴聞所であるのを『御講の廬』と言うべきところを『講廬』と言うのは情けない」と、古老がおっしゃった。
意訳
〔第19段〕春の花、初夏の若葉、梅雨どきの菖蒲や水鶏、夏の夕顔、秋の雁や野分、冬枯れの霜の朝、そして年の暮れの宮中行事から大晦日の喧騒、元旦の門松まで――一年の移ろいを、季節ごとの風物と行事を連ねて描きとおす。『源氏物語』や『枕草子』に言い尽くされたことでも、言わずにいるのは腹がふくれる思いだから書くのだ、という一節も有名である。
〔第20段〕〔第21段〕世の束縛を捨てた人にも、空の名残だけは惜しい。月、露、風、清らかな水――自然の中に身を置くことこそ、最上の慰めだという。
〔第22段〕器も手紙の言葉も、昔のものがすぐれている。ふだんの言葉づかいまで崩れていくのが情けない――兼好の尚古趣味が、具体的な言葉の例とともに語られる。
語釈・文法注
- 花橘
- 橘の花。「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(古今集)の歌から、昔をしのばせるものとされた。
- 灌佛
- 灌仏会。四月八日、釈迦の誕生を祝って仏像に香水を注ぐ行事。
- まつり
- 賀茂祭(葵祭)。四月の中の酉の日に行われた。
- 水鷄
- 水鶏。初夏の夜に、戸をたたくような声で鳴く鳥。
- 六月ばらへ
- 六月祓(夏越の祓)。六月の晦日に、半年の罪やけがれをはらう行事。
- わさ田
- 早稲田。早く実る稲を植えた田。
- 野分
- 秋の台風。野の草を分けて吹く風の意。
- 御佛名
- 十二月十九日から三日間、宮中で仏の名を唱えて罪を懺悔する法会。
- 荷前
- 年末に、諸国からの貢物の初物を天皇の陵墓に奉ること。その使者を荷前の使という。
- 追儺
- 大晦日の夜、宮中で鬼を追い払う儀式。鬼やらい。
- 四方拜
- 元日の早朝、天皇が天地四方を拝する儀式。
- たままつる
- 魂祭る。大晦日の夜に死者の魂を迎えて祭る行事。
- ほだし
- 人を束縛するもの。妻子や財産など、出家のさまたげとなるもの。
- 沅湘
- 中国の沅水と湘水。洞庭湖に注ぐ。詩は唐の戴叔倫の作。
- 稽康
- 嵆康(223〜262)。中国、魏の竹林の七賢の一人。底本は「稽康」と書く。
- 反古
- 書きそこなって不要になった紙。ここでは昔の人の手紙の書き残し。
- 主殿寮
- 宮中の灯火・薪炭・清掃などをつかさどった役所。
- 最勝講
- 宮中で五月に五日間、金光明最勝王経を講じた法会。
文法
- 紅葉いちりとゞまりて
- 底本どおり。通行本文は「紅葉の散りとどまりて」。底本は「の」を欠き、「い」の字を刷る。
- 春のけしきにこそあめれ
- 「あめれ」は「あるめれ」の撥音便「あんめれ」の撥音の無表記。「こそ」の結び。
- 心ぼそからぬかは
- 「かは」は反語。心細くないことがあろうか、いや心細い。
- 腹ふくるゝわざなれば
- 思うことを言わないでいると、腹がふくれるようで気持ちが悪い、という当時のことわざ的な言い方。『大鏡』にも見える。
- をさをさ劣るまじけれ
- 「をさをさ…(打消)」で、ほとんど…ない。ほとんど劣らないだろう。
- 稽康
- 底本どおり。通行本文は「嵆康」。
解説
第19段は、四季の情趣を一年の順に描いた、『徒然草』を代表する段の一つである。春夏秋冬の風物や年中行事を、時の流れに沿って次々に重ねていく書き方は、『枕草子』の「春はあけぼの」の段を意識している。兼好自身、「みな源氏物語、枕草紙などに事ふりにたれど」と断りながら、それでも書かずにはいられないという。
この段の結び近くにある「おぼしき事いはぬは腹ふくるゝわざなれば、筆にまかせつゝ、あぢきなきすさびにて、かいやりすつべきものなれば、人の見るべきにもあらず」は、序段とともに、兼好が自分の書く行為をどう見ていたかを知る手がかりとなる一節である。
冬の描写では、大晦日の夜の騒がしさから、元旦の朝の静けさとすがすがしさへと移る。東国で大晦日に魂祭をしていたことを「ありしこそあはれなりしか」と過去の体験として語っていることから、兼好には関東に下った経験があったと考えられている。
第22段では、器や手紙と並んで、ふだんの言葉づかいの乱れを嘆く。「車もたげよ」が「もてあげよ」になるといった具体例は、鎌倉時代の宮廷の言葉の変化を伝える資料としても貴重である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、770〜772頁(コマ399–400)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日