徒然草 第3章(第12段〜第18段)
見ぬ世の友と和歌・旅・清貧
心を許して語り合える友がいないさびしさから、書物の中の昔の人を友とする楽しみへ。和歌の昔と今、旅先で心が改まること、神楽と楽器の音、山寺にこもる清らかさ、そして財を持たずに生きた中国の隠者たちの清貧を語る。

- 1おなじおなじおなじ心心こころならむならむならむ人人ひとととと、、、しめやかにしめやかにしめやかに物物ものがたりしてがたりしてがたりして、、、をかしきをかしきおかしき事事ことももも世世よのののはははかなきかなきかなき事事ことももも、、、慰慰なぐさまむこそまむこそまむこそ嬉嬉うれしかるべきにしかるべきにしかるべきに、、、さるさるさる人人ひとあるまじければあるまじければあるまじければ、、、露露つゆたがはざらむとむかひたがはざらむとむかひたがわざらむとむかい居居いたらむたらむたらむははは、、、ひとりあるひとりあるひとりある心心こころちやせむちやせむちやせむ。。。
- 2たがひにいはむたがひにいはむたがいにいわむほどのほどのほどの事事ことをばをばをば、、、げにとげにとげにと聞聞きくかひあるものからくかひあるものからくかいあるものから、、、いさゝかたがふいさゝかたがふいささかたがう所所ところもあらむもあらむもあらむ人人ひとこそこそこそ、、、我我われはははさやさやさやははは思思おもふなどあらそひにくみふなどあらそひにくみうなどあらそいにくみ、、、さるからさぞともさるからさぞともさるからさぞともうちかたらはゞうちかたらはゞうちかたらわば、、、つれづれつれづれつれづれ慰慰なぐさまめとまめとまめと思思おもへどへどえど、、、げにげにげにははは少少すこしかこつかたもしかこつかたもしかこつかたも、、、我我わとととひとしからざらむひとしからざらむひとしからざらむ人人ひとははは、、、大大おおかたのよしなしごといはむかたのよしなしごといはむかたのよしなしごといわむほどこそあらめほどこそあらめほどこそあらめ、、、まめやかのまめやかのまめやかの心心こころののの友友ともにににははは、、、遙遙はるかにににへだゝるへだゝるへだたる所所ところのありぬべきぞわびしきやのありぬべきぞわびしきやのありぬべきぞわびしきや。。。
- 3ひとりひとりひとり燈燈ともしびのもとにのもとにのもとに文文ふみをををひろげてひろげてひろげて、、、見見みぬぬぬ人人ひとををを友友ともとするこそこよなうとするこそこよなうとするこそこよのう慰慰なぐさむわざなれむわざなれむわざなれ。。。文文ふみはははのあはれなるのあはれなるのあわれなる卷々卷々まきまき、、、老子老子ろうしのことばのことばのことば、、、ののの篇篇へん、、、このこのこの國國くにのののはははかせどものかせどものかせどもの書書かけるもけるもけるも、、、いにしへのいにしへのいにしえのはははあはれなることおあはれなることおあわれなることおほかりほかりほかり。。。
- 4和歌和歌わかこそなほこそなほこそなおをををかしきものなれかしきものなれかしきものなれ。。。、、、いひいひいい出出いづればおもしろくづればおもしろくずればおもしろく、、、おそろしきおそろしきおそろしき猪猪いのしゝものしゝものししも、、、床床とこといへばやさしくなりぬといへばやさしくなりぬといえばやさしくなりぬ。。。
- 5このこのこの頃頃ごろののの歌歌うたははわ、、、一一ひとふしふしふしをををかしくいひかなへたりとかしくいひかなへたりとかしくいいかなえたりと見見みゆるゆるゆるはははあれどあれどあれど、、、ふるきふるきふるき歌歌うたどものやうにいかにぞやどものやうにいかにぞやどものようにいかにぞや。。。言葉言葉ことばののの外外ほかにあはれにけしきにあはれにけしきにあわれにけしき覺覺おぼゆるゆるゆるはははなしなしなし。。。
- 6ががが、、、「「「絲絲いとによるものならなくにによるものならなくにによるものならなくに」」」といへるといへるといえるははは、、、古今集古今集こきんしゅうののの中中なかのののうたくづうたくづうたくづとかやいひとかやいひとかやいい傳傳つたへたれどへたれどえたれど、、、今今いまののの世世よののの人人ひとのよみぬべきことがらとのよみぬべきことがらとのよみぬべきことがらとははは見見みえずえずえず。。。
- 7そのそのその世世よののの歌歌うたにににはすがたことばこのはすがたことばこのはすがたことばこの類類るいのみおほしのみおほしのみおおし。。。このこのこの歌歌うたにかぎりてかくいひにかぎりてかくいひにかぎりてかくいい立立たてられたるもてられたるもてられたるも知知しりがたしりがたしりがたし。。。源氏物語源氏物語げんじものがたりにににははは、、、ものとものとものとはははなしにとぞかけるなしにとぞかけるなしにとぞかける。。。
- 8新古今新古今しんこきんにににははは、、、「「「のこるのこるのこる松松まつさへさへさえ嶺嶺みねにさびしきにさびしきにさびしき」」」といへるといへるといえる歌歌うたをぞをぞをぞいふなるいふなるいうなるははは、、、まことにまことにまことに少少すこしくだけたるすがたにもやしくだけたるすがたにもやしくだけたるすがたにもや見見みゆらむゆらむゆらむ。。。されどこのされどこのされどこの歌歌うたももも、、、ののの時時ときよろしきよしよろしきよしよろしきよし沙汰沙汰さたありてありてありて、、、後後のちにもことさらににもことさらににもことさらに感感かんじじじ、、、おほせおほせおおせ下下くだされけるよしされけるよしされけるよし、、、ががが日記日記にっきにににははは書書かけりけりけり。。。
- 9歌歌うたののの道道みちのみいにしへにのみいにしへにのみいにしえに變變かわらぬなどいふこともあれどらぬなどいふこともあれどらぬなどいうこともあれど、、、いざやいざやいざや、、、今今いまもよみあへるおなじことばもよみあへるおなじことばもよみあえるおなじことば、、、歌歌うた枕枕まくらももも、、、むかしのむかしのむかしの人人ひとのよめるのよめるのよめるははは更更さらにおなじものにあらずにおなじものにあらずにおなじものにあらず。。。
- 10やすくすなほにしてやすくすなほにしてやすくすなおにして、、、すがたもすがたもすがたも淸淸きよげにあはれもげにあはれもげにあわれも深深ふかくみゆくみゆくみゆ。。。ののののことばこそまたあはれなるのことばこそまたあはれなるのことばこそまたあわれなる事事ことはははおおおほかめれほかめれほかめれ。。。むかしのむかしのむかしの人人ひとははは、、、いかにいひいかにいひいかにいい捨捨すてたることぐさもてたることぐさもてたることぐさも皆皆みないみじくいみじくいみじく聞聞きこゆるにやゆるにやゆるにや。。。
- 11いづくにもあれいづくにもあれいずくにもあれ、、、しばししばししばし旅旅たびだちたるこそめさむるこゝちすれだちたるこそめさむるこゝちすれだちたるこそめさむるここちすれ。。。そのわたりこゝかしこそのわたりこゝかしこそのわたりここかしこ見見みありきありきありき、、、ゐなかびたるゐなかびたるいなかびたる所所ところ、、、山里山里やまざとなどなどなどははは、、、いといといと目目めなれぬことのみぞおなれぬことのみぞおなれぬことのみぞおほかるほかるほかる。。。
- 12都都みやこへたよりもとめてへたよりもとめてへたよりもとめて文文ふみやるやるやる、、、「「「そのそのその事事ことかのかのかの事事こと便宜便宜びんぎにわするなにわするなにわするな」」」などいひやるこそなどいひやるこそなどいいやるこそをををかしけれかしけれかしけれ。。。さやうのさやうのさようの所所ところにてこそよろづににてこそよろづににてこそよろずに心心こころづづづかひせらるれかひせらるれかいせらるれ。。。
- 13持持もてるてるてる調度調度ちょうどまでよきまでよきまでよきはははよくよくよく、、、能能のうあるあるある人人ひとかたちよきかたちよきかたちよき人人ひとももも常常つねよりよりよりはははをかしとこそをかしとこそおかしとこそ見見みゆれゆれゆれ。。。寺社寺社じしゃなどになどになどに忍忍しのびてこもりたるもをかしびてこもりたるもをかしびてこもりたるもおかし。。。
- 14神樂神樂かぐらこそなまめかしくおもしろけれこそなまめかしくおもしろけれこそなまめかしくおもしろけれ。。。大大おおかたものゝかたものゝかたものの音音おとにににははは笛笛ふえ、、、、、、つねにつねにつねに聞聞ききたききたききたきははは琵琶琵琶びわ、、、。。。
- 15山寺山寺やまでらにかきこもりてにかきこもりてにかきこもりて、、、佛佛ほとけにつかうまつるこそにつかうまつるこそにつこうまつるこそつれづれつれづれつれづれもなくもなくもなく、、、心心こころのにごりもきよまるこゝちすれのにごりもきよまるこゝちすれのにごりもきよまるここちすれ。。。
- 16人人ひとはははおのれおのれおのれをををつゞまやかにしつゞまやかにしつづまやかにし、、、驕驕おごりををを退退しりぞけてけてけて財財ざいをもをもをもたずたずたず、、、世世よをををむさぼらざらむぞいみじかるべきむさぼらざらむぞいみじかるべきむさぼらざらむぞいみじかるべき。。。昔昔むかしよりかしこきよりかしこきよりかしこき人人ひとのとめるのとめるのとめるははは稀稀まれなりなりなり。。。
- 17もろこしにもろこしにもろこしにといひつるといひつるといいつる人人ひとははは、、、更更さらににに身身みにしたがへるたくにしたがへるたくにしたがえるたくははわへへえもなくてもなくてもなくて、、、水水みずをもをもをも手手てしてさゝげてしてさゝげてしてささげて、、、飮飮のみけるみけるみけるををを見見みててて、、、ひさごといふものひさごといふものひさごというものををを人人ひとののの得得えさせたりければさせたりければさせたりければ、、、あるあるある時木時木とききののの枝枝えだにかけたりければにかけたりければにかけたりければ、、、風風かぜにににふかれてなりけるふかれてなりけるふかれてなりけるををを、、、かしがましとてかしがましとてかしがましとて捨捨すてつてつてつ。。。
- 18またまたまた手手てにむすびてぞにむすびてぞにむすびてぞ水水みずももも飮飮のみけるみけるみける。。。いかばかりいかばかりいかばかり心心こころのののうちうちうち涼涼すずしかりけむしかりけむしかりけむ。。。孫晨孫晨そんしんははは冬月冬月とうげつにににふすまなくてふすまなくてふすまなくて、、、藁一束藁一束わらひとつかありけるありけるありけるををを、、、夕夕ゆうべにににはははこれにこれにこれにふしふしふし、、、朝朝あしたにににはははをさめけりをさめけりおさめけり。。。
- 19もろこしのもろこしのもろこしの人人ひとははは、、、これこれこれをををいみじといみじといみじと思思おもへばこそしるしとゞめてへばこそしるしとゞめてえばこそしるしとどめて世世よにもにもにも傳傳つたへけめへけめえけめ。。。これらのこれらのこれらの人人ひとはははかたりもかたりもかたりも傳傳つたふべからずふべからずうべからず。。。
現代語訳
〔第12段〕同じ心を持つような人と、しんみりと話をして、趣のあることも世のはかないことも、隔てなく語り合って心を慰めるのは、うれしいことにちがいないが、そんな人はいるはずもないので、少しも相手の意に背くまいと向かい合っているのは、ひとりでいるような気持ちがするだろう。互いに言いたいようなことを、なるほどと聞く値打ちはあるものの、少しは意見の違うところもあるような人とこそ、「私はそうは思わない」などと言い争い、反発し合い、「だからこうなのだ」と語り合ったなら、所在なさも慰められるだろうと思うが、実際には、少しでも不満を言い合うようなところがあっても、自分と同じ考えではない人は、ひととおりのとりとめもない話をしているうちはよいだろうが、まことの心の友としては、はるかに隔たったところがあるにちがいないのが、わびしいことよ。
〔第13段〕ひとり灯火のもとで書物を広げて、会ったこともない人を友とするのは、この上なく心の慰められることである。書物は、『文選』のしみじみとした巻々、『白氏文集』、『老子』の言葉、『荘子』の篇。この国の博士たちが書いたものも、昔のものはしみじみとした趣のあるものが多い。
〔第14段〕和歌こそは、やはり趣のあるものである。身分の低い木こりのしわざも、和歌に詠めばおもしろく、恐ろしい猪も「ふす猪の床」と言えば優雅になってしまう。このごろの歌は、一か所だけ気のきいたように言いまとめていると見えるものはあるが、古い歌のように、どうしてあれほどに言葉の外にしみじみとした情趣が感じられるものはない。貫之が「糸によるものならなくに」と詠んだ歌は、『古今集』の中のできのよくない歌だとか言い伝えているけれど、今の世の人が詠めるような作風とは見えない。その時代の歌には、姿も言葉もこういう類のものばかりが多い。この歌に限ってこのように言われているのもわからない。『源氏物語』には「ものとはなしに」と書いている。『新古今集』では、「残る松さへ峰にさびしき」という歌を(できが悪いと)言うそうだが、ほんとうに少しくだけた姿にも見えるだろう。けれどもこの歌も、衆議判の時によろしいということに決まって、後にも(後鳥羽院が)ことさらに感心し、おほめの言葉をくだされたということが、家長の日記には書いてある。歌の道だけは昔と変わらないなどということもあるが、さてどうだろうか、今も詠み合っている同じ言葉や歌枕も、昔の人が詠んだのはまったく同じものではない。素直で穏やかで、姿もきれいで、情趣も深く見える。『梁塵秘抄』の郢曲の言葉こそ、また、しみじみと心を打つことが多いようだ。昔の人は、どんなに無造作に口にした言葉でも、みなすばらしく聞こえるのだろうか。
〔第15段〕どこであっても、しばらく旅に出ているのは、目がさめるような新鮮な気持ちがする。その辺りをあちこち見て歩き、田舎めいた所や山里などは、まことに見慣れないことばかりが多い。都へつてを求めて手紙を送り、「あのことこのこと、ついでがあったら忘れずに」などと言ってやるのはおもしろい。そういう所でこそ、何かにつけて自然と心づかいをするものだ。持っている道具類までも、よいものはいっそうよく見え、才能のある人や容姿のよい人も、ふだんよりすばらしく見える。寺や神社などに人目を忍んでこもっているのもおもしろい。
〔第16段〕神楽こそは優雅でおもしろいものだ。だいたい楽器の音色としては、笛と篳篥。いつも聞きたいのは琵琶と和琴である。
〔第17段〕山寺にこもって仏にお仕えするのは、所在なさもなく、心の濁りも清められるような気持ちがする。
〔第18段〕人はわが身をつつましくして、ぜいたくを退けて財産を持たず、世の中をむさぼらないのが立派なのである。昔から、賢い人で富んでいる者はまれである。中国で許山(許由)といった人は、まったく身につけた蓄えもなくて、水も手ですくって飲んでいたのを見て、ある人がひょうたんというものを与えたところ、ある時木の枝にかけておいたら、風に吹かれて鳴ったので、うるさいといって捨ててしまった。そしてまた手ですくって水を飲んだ。どんなに心の中がすがすがしかったことだろう。孫晨は冬の月に夜具がなくて、藁が一束あったのを、夕方にはそれに寝て、朝には片づけていた。中国の人は、これを立派だと思えばこそ、書きとめて世にも伝えたのだろう。わが国の人なら、語り伝えもしないにちがいない。
意訳
〔第12段〕気の合う友と心おきなく語り合えたらどんなにうれしいか。けれど意見を合わせるだけの相手では一人でいるのと変わらず、少し違う考えの人と議論してこそ楽しいはずなのに、実際には考えの違う人とは心の友になれない――人と真に通じ合うことのむずかしさを、率直に述べている。
〔第13段〕だから書物の中の昔の人を友とする。夜、灯火のもとで『文選』『白氏文集』『老子』『荘子』を読む時間こそ、何よりの慰めである。
〔第14段〕和歌は卑しいものも恐ろしいものも優雅にする。昔の歌は、言葉の外に情趣がある。貫之の歌が古今集の失敗作だといわれるのも、今の人にはとても詠めない姿だと兼好は反論する。同じ歌枕を詠んでも昔の歌は素直で深い。歌人兼好の、王朝の歌への敬愛がよく表れている。
〔第15段〜第17段〕旅に出ると、見慣れない土地の風物に目がさめ、都へ手紙を書くのも楽しく、ふだんより身の回りに気をつかう。神楽の優雅さ、好きな楽器の音色、山寺にこもる心の清らかさ――兼好の好むものが短く並べられている。
〔第18段〕財を持たずに生きることこそ尊い。ひょうたんの音さえうるさいと捨てた許由、藁一束で冬を過ごした孫晨のような人を、中国では書き伝えたが、日本ならだれも伝えないだろうと、清貧を尊ばない日本の風潮を皮肉っている。
語釈・文法注
- うらなく
- 心に隔てなく。うちとけて。
- 文選
- 中国、梁の昭明太子が編んだ詩文集。平安時代の貴族の必読書だった。
- 白氏文集
- 唐の白居易(白楽天)の詩文集。平安文学に大きな影響を与えた。
- 南華の篇
- 『荘子』のこと。荘子を南華真人と呼んだことから。
- しづやまがつ
- 身分の低い木こりや山里の人。
- ふすゐの床
- 猪が寝るために草を敷いた寝床。和歌では恋の歌などに使われる優雅な言葉。
- 貫之
- 紀貫之(872ごろ〜945ごろ)。『古今和歌集』の撰者の一人。『土佐日記』の作者。
- 衆議判
- 歌合で、判者を一人に決めず、参加者が話し合って勝負を判定すること。
- 家長が日記
- 源家長の『源家長日記』。家長は後鳥羽院に仕え、新古今集の編纂に関わった。
- 梁塵秘抄
- 後白河院が編んだ今様(当時の流行歌謡)の集。
- 郢曲
- 神楽歌・催馬楽・今様など、雅楽以外の歌謡の総称。
- 篳篥
- 雅楽で使う縦笛。音が大きく鋭い。
- 和琴
- 日本固有の六弦の琴。東琴(あずまごと)とも。
- なりひさご
- ひょうたん。実を乾かして水入れなどに使った。
- 許山
- 底本は「許山」。中国古代の伝説上の隠者、許由のこと。
文法
- 見ぬ人を友とする
- 底本どおり。通行本文は「見ぬ世の人を友とする」。
- 許山
- 底本どおり。通行本文は「許由」で、「由」を「山」と誤った誤植と思われる。
- 露たがはざらむとむかひ居たらむは
- 「露…(打消)」で、少しも…ない。少しも違うまいと向かい合っているようなのは。
- うちかたらはゞ、つれづれ慰まめ
- 「ば」は未然形について仮定条件。「め」は推量の助動詞「む」の已然形で、「こそ」がないのに已然形で結ぶのは、上の「さるから…」を受けた言い方。
- ものとはなしにとぞかける
- 『源氏物語』総角の巻で、この貫之の歌の一節を引いていることをいう。
- これらの人はかたりも傳ふべからず
- 「これらの人」は、ここでは日本の人を指すと解されている。
和歌
糸によるものならなくに別れ路の心細くも思ほゆるかな
- 詠者
- 紀貫之
- 状況
- 『古今和歌集』羈旅歌。友人と別れるときに詠んだ歌。第14段では、古今集のできの悪い歌と言われるこの歌を、今の人には詠めない姿だと兼好が擁護している。
修辞
- 縁語
- 「糸」「よる(縒る)」「細く」が縁語。糸を縒るものではないのに、別れ路が心細い(糸のように細い)と言いかける。
冬の来て山もあらはに木の葉降り残る松さへ峰にさびしき
- 詠者
- 祝部成茂
- 状況
- 『新古今和歌集』冬歌。第14段では、新古今の中で少しくだけた歌と評されるが、衆議判でよしとされ後鳥羽院も感心したと、『源家長日記』を引いて述べる。
解説
第12段と第13段は対になっている。気の合う友を求めながら、現実にはそういう人がいないことを嘆き、その代わりに書物の中の「見ぬ世の人」を友とするという流れである。兼好の孤独と、古典に寄せる深い愛情とが、率直に表れている。
第14段は、歌人兼好の和歌論である。兼好は二条派の歌人で、古い歌の素直で穏やかな姿を重んじた。新古今時代以降の技巧的な歌に対して、古今集の歌の「言葉の外にあはれにけしき覚ゆる」姿をよしとするのは、二条派の考え方にかなっている。
第18段の許由と孫晨の故事は、中国の隠者の清貧の典型として知られる。許由は堯帝から天下を譲ろうと言われて耳を洗ったという伝説でも有名である。兼好は、清貧を尊ぶ中国の風と、それを語り伝えない日本の風とを比べている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(徒然草) 板倉屋書房、明治36年(1903)、767〜769頁(コマ397–398)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日