竹取物語 第9章
燕の子安貝
中納言石上麻呂は、燕の子安貝を取るため、大炊寮の屋根に足場を組んで家来を登らせるが失敗する。くらつ麻呂の策に従い、自ら籠に乗って燕の巣を探り、何かを握ったところで綱が切れて鼎の上に落ちる。握っていたのは燕の古い糞で、腰を折った中納言は、かぐや姫の見舞いの歌に返歌を書いて息絶えた。
- 1中中ちゅう納納な言言ごん石石いその上上かみののの麿麿まろははは、、、家家いえにににつかはつかはつかわるゝるゝるるをのこをのこおのこどもどもどもののの許許もとににに「「「つばくらめつばくらめつばくらめののの巢巢すくひくひくいたらたらたらばばば告告つげげげよよよ」」」とととのたまふのたまふのたまうををを、、、承承うけたまわりりりててて「「「何何なにののの料料りょうにににかかかあらあらあらむむん」」」ととと申申もうすすす。。。答答こたへへえてててのたまふのたまふのたまうやうやうよう「「「燕燕つばくらめのののもたもたもたるるる子子こ安安やす貝貝がいとらとらとらむむん料料りょうなりなりなり」」」とととののの給給たまふふう。。。をのこをのこおのこどもどもども答答こたへへえててて申申もうすすす、、、「「「燕燕つばくらめををを數數あま多多た殺殺ころしししててて見見みるるるだにだにだにももも腹腹はらににになきなきなきものものものなりなりなり。。。たゞしたゞしただし子子こ產產うむむむ時時ときなむなむなんいかでいかでいかでかかか出出いだすすすらむらむらん。。。ととと人人ひとだにだにだに見見みれれればばば失失うせせせぬぬぬ」」」ととと申申もうすすす。。。
- 2又又また人人ひとののの申申もうすすすやうやうよう「「「大大おお炊炊いのののいひいひいい炊炊かしぐぐぐ屋屋やののの棟棟むねのののののの穴穴あな每每ごとににに燕燕つばくらめははは巢巢すくひくひくい侍侍はべりりり。。。其其それにににまめまめまめならならならむむんをのこをのこおのこどもどもどもをををゐゐいてててまかりまかりまかりてててをををゆひゆひゆいててて上上あげげげててて窺窺うかがははわせせせむむんにににそこらそこらそこらののの燕燕つばくらめ子子こうまうまうまざらざらざらむむんやはやはやは。。。さてさてさてこそこそこそとらとらとらしめしめしめ給給たまははわめめめ」」」ととと申申もうすすす。。。中中ちゅう納納な言言ごん喜喜よろこびびびたまひたまひたまいててて「「「をかしきをかしきおかしき事事ことにににもももあるあるあるかなかなかな。。。もとももとももとも得得え知知しらららざりざりざりけりけりけり。。。興興きょうあるあるあるととと申申もうしししたりたりたり」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、まめまめまめなるなるなるをのこをのこおのこどもどもども二二に十十じゅう人人にんばかりばかりばかり遣遣つかわしししててて、、、ににに上上あげげげすゑすゑすえられられられたりたりたり。。。殿殿とのよりよりよりつかひつかひつかいひまひまひまなくなくなく給給たまははわせせせててて子子こ安安やす貝貝がいとりとりとりたるたるたるかかかととと問問とはははせせせ給給たまふふう。。。燕燕つばくらめももも人人ひとののの數數あま多多たのぼりのぼりのぼり居居いたるたるたるにににおぢおぢおじててて、、、巢巢すにににのぼりのぼりのぼりこここずずず。。。
- 3かゝるかゝるかかるよしよしよしののの御御おん返返かえりりり事事ごとををを申申もうしししけれけれければばば、、、聞聞きききき給給たまひひいててて、、、いかゞいかゞいかがすすすべきべきべきとととおぼしめしおぼしめしおぼしめし煩煩わずらふふうににに、、、かのかのかのつかさつかさつかさののの官官かん人人にんくらつくらつくらつ麿麿まろとととまうすまうすもうす翁翁おきな申申もうすすすやうやうよう、、、「「「子子こ安安やす貝貝がいをををとらとらとらむむんととと思思おぼしめさしめさしめさばばば、、、たばかりたばかりたばかり申申もうさささむむん」」」とてとてとて御御お前前まえににに參參まいりりりたれたれたればばば、、、中中ちゅう納納な言言ごんひたひひたひひたいををを合合あわせせせてててむかひむかひむかい給給たまへへえりりり。。。くらつくらつくらつ麿麿まろががが申申もうすすすやうやうよう「「「このこのこの燕燕つばくらめののの子子こ安安やす貝貝がいははは、、、惡惡あしくしくしくたばかりたばかりたばかりてててとらとらとらせせせ給給たまふふうなりなりなり。。。さささでででははは得得えとらとらとらせせせ給給たまははわじじじ。。。あなゝひあなゝひあなないにににおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしく、、、廿廿はた人人りののの人人ひとののののぼりのぼりのぼりててて侍侍はべれれればばば、、、あれあれあれててて寄寄よりりりまうでまうでもうで來來こずずずなむなむなん。。。せせせさせさせさせ給給たまふふうべきべきべきやうやうようははは、、、このこのこのあなゝひあなゝひあなないををを毀毀こぼちちちててて、、、人人ひと皆皆みな退退しりぞきききてててまめまめまめならならならむむん人人ひと一一ひと人人りをををににに載載のせせせすゑすゑすえててて、、、綱綱つなをををかまへかまへかまえててて、、、鳥鳥とりののの子子こ產產うむむむ間間あいだににに綱綱つなををを釣釣つりりりあげあげあげさせさせさせててて、、、ふとふとふと子子こ安安やす貝貝がいをををとらとらとらせせせ給給たまははわむむんなむなむなんよかるよかるよかるべきべきべき」」」ととと申申もうすすす。。。
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- 6人人ひと々々びとあさましあさましあさましがりがりがりててて、、、寄寄よりりりててて抱抱かかへへへ奉奉たてまつれれれりりり。。。御御お目目めはははしらめしらめしらめにににてててふしふしふし給給たまへへえりりり。。。人人ひと々々びと御御お口口くちににに水水みずをををすくひすくひすくい入入いれれれ奉奉たてまつるるる。。。辛辛からうじてうじてうじていきいきいきいでいでいで給給たまへへえるるるににに、、、またまたまた鼎鼎かなえののの上上うえよりよりより、、、手手てとりとりとり足足あしとりとりとりしししてててさげさげさげおろしおろしおろし奉奉たてまつるるる。。。からうじてからうじてかろうじて「「「御御み心心ここちちちいかゞいかゞいかがおぼるおぼるおぼるさるゝさるゝさるる」」」ととと問問とへへへばばば、、、息息いきののの下下したにににててて「「「ものものものははは少少すこししし覺覺おぼゆれゆれゆれどどど腰腰こしなむなむなん動動うごかかかれれれぬぬぬ。。。されされされどどど子子こ安安やす貝貝がいをををふとふとふと握握にぎりりりもたもたもたれれればばば嬉嬉うれしくしくしく覺覺おぼゆるゆるゆるなりなりなり、、、まづまづまずさしさしさしてててこここ。。。このこのこの貝貝かい顏顏かおみみみむむん」」」ととと御御みぐしぐしぐしもたげもたげもたげててて御御み手手てをををひろげひろげひろげ給給たまへへえるるるににに、、、燕燕つばくらめのののまりまりまりおけおけおけるるる古古ふるくそくそくそををを握握にぎりりり給給たまへへえるるるなりなりなりけりけりけり。。。それそれそれををを見見み給給たまひひいててて「「「あなあなあなかひかひかいなのなのなのわざわざわざややや」」」とととのたまひのたまひのたまいけるけるけるよりよりよりぞぞぞ、、、思思おもふふうにににたがふたがふたがうことことことをををばばば、、、とととはははいひいひいいけるけるける。。。
- 7かひかひかいにににもももあらあらあらずずずととと見見み給給たまひひいけるけるけるににに、、、御御みこゝちこゝちここちもももたがひたがひたがいててて、、、唐唐から櫃櫃ひつののの蓋蓋ふたににに入入いれれれられられられ給給たまふふうべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。御御お腰腰こしははは折折おれれれにににけりけりけり。。。中中ちゅう納納な言言ごんはははいはけいはけいわけたるたるたるわざわざわざしししててて病病やむむむことことことををを、、、人人ひとににに聞聞きかかかせせせじじじとととししし給給たまひひいけれけれけれどどど、、、それそれそれををを病病やまいにににててていといといと弱弱よわくくくなりなりなり給給たまひひいにににけりけりけり。。。貝貝かいをををえええとらとらとらずずずなりなりなりにににけるけるけるよりよりよりももも、、、人人ひとののの聞聞きききき笑笑わらははわむむんことことことををを、、、日日ひにににそへそへそえててて思思おもひひい給給たまひひいけれけれければばば、、、たゞたゞただににに病病やみみみ死死しぬるぬるぬるよりよりよりももも、、、人人ひとぎゝぎゝぎき耻耻はずかしくかしくかしく覺覺おぼえええ給給たまふふうなりなりなりけりけりけり。。。これこれこれをををかぐやかぐやかぐや姫姫ひめ聞聞ききききてててとぶらひとぶらひとぶらいにににやるやるやる歌歌うた、、、
- 8「「「年年としををを經經へててて浪浪なみ立立たちちちよらよらよらぬぬぬすみよしすみよしすみよしのののまつまつまつかひかひかいなしなしなしととと聞聞きくくくはははまことまことまことかかか」」」
- 9とととあるあるあるをををよみよみよみててて聞聞きかかかすすす。。。いといといと弱弱よわききき心心ここちちちににに頭頭かしらもたげもたげもたげててて、、、人人ひとににに紙紙かみをををもたもたもたせせせててて、、、苦苦くるしきしきしき心心ここちちちにににからうじてからうじてかろうじてかきかきかき給給たまふふう。。。
- 10「「「かひかひかいはははかくかくかくありありありけるけるけるものものものをををわびわびわびはてゝはてゝはてて死死しぬるぬるぬる命命いのちをををすくひすくひすくいやややはははせせせぬぬぬ」」」
- 11ととと書書かきききはてゝはてゝはてて絶絶たえええ入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。これこれこれををを聞聞ききききててて、、、かぐやかぐやかぐや姫姫ひめ少少すこしししあはれあはれあわれとととおぼしおぼしおぼしけりけりけり。。。それそれそれよりよりよりなむなむなん少少すこししし嬉嬉うれしきしきしきことことことをををばばばかひかひかいありありありとととはははいひいひいいけるけるける。。。
現代語訳
中納言石上麻呂は、家に仕える家来たちのもとに「燕が巣を作ったら知らせよ」とおっしゃるので、家来たちは承って「何にお使いになるのでしょうか」と申し上げる。中納言は答えて「燕の持っている子安貝を取るためだ」とおっしゃる。家来たちが答えて申し上げるには、「燕をたくさん殺して見てさえも、腹の中にはないものです。ただし、子を産むときに、どうしてか出すのでしょう。ちょっとでも人が見ると消えてしまいます」と申し上げる。
また別の人が申し上げるには、「大炊寮の飯を炊く建物の棟の束の穴ごとに、燕は巣を作っております。そこに、まじめな家来たちを連れて行って、足場を組んで上らせてのぞかせたら、たくさんの燕の中には子を産まないものがありましょうか。そうしてこそ、お取らせになれましょう」と申し上げる。中納言は喜びなさって、「おもしろいことだなあ。まったく知らなかった。興味深いことを申した」とおっしゃって、まじめな家来たちを二十人ほど遣わして、足場の上に上げて据えておかれた。屋敷からは使いをひっきりなしにお出しになって、「子安貝を取ったか」とお尋ねになる。燕も、人が大勢上っているのを怖がって、巣に上ってこない。
このような事情をご返事申し上げたので、中納言はお聞きになって、どうしたらよいかと思い悩んでいらっしゃると、あの大炊寮の役人の、くらつ麻呂と申す翁が申し上げることには、「子安貝を取ろうとお思いになるなら、よい策を申し上げましょう」と言って御前に参上したので、中納言は額を突き合わせて向かい合いなさった。くらつ麻呂が申し上げるには、「この燕の子安貝は、まずいやり方でお取らせになっています。それではお取らせになれますまい。足場に大げさに二十人もの人が上っておりますので、燕は驚いて寄りつかないのです。なさるべきやり方は、この足場をこわして、人はみな退いて、まじめな人を一人だけ荒籠に乗せて据え、綱を仕掛けておいて、鳥が子を産む間に綱でつり上げさせて、さっと子安貝をお取らせになるのがよいでしょう」と申し上げる。
中納言は「たいそうよいことだ」とおっしゃって、足場をこわして、人はみな帰ってきた。中納言がくらつ麻呂におっしゃるには、「燕はどのようなときに子を産むと知って、人を上げたらよいのか」とおっしゃる。くらつ麻呂が申し上げるには、「燕は子を産もうとするときは、尾を上げて七回まわって産み落とすようです。そこで、七回まわるときに引き上げて、そのときに子安貝をお取らせなさいませ」と申し上げる。中納言は喜びなさって、誰にもお知らせにならずに、こっそり大炊寮においでになり、家来たちの中にまじって、夜を昼にして(夜も昼も休まず)取らせなさる。くらつ麻呂がこのように申し上げたのを、たいそうお喜びになっておっしゃるには、「私に仕えている者でもないのに、願いをかなえてくれることのうれしさよ」と言って、お召し物を脱いで褒美としてお与えになった。そして「夜になったら、また大炊寮に参上せよ」とおっしゃって帰しなさった。
日が暮れたので、中納言はあの大炊寮においでになってご覧になると、本当に燕が巣を作っている。くらつ麻呂が申し上げたとおりに、燕が尾を上げてまわるので、荒籠に人を乗せてつり上げさせて、燕の巣に手を差し入れさせて探らせると、「何もありません」と申し上げるので、中納言は「探り方が悪いからないのだ」と腹を立てて、「誰が見つけ方を知っていようか」と言って、「私が上って探ろう」とおっしゃって、籠に乗ってつり上げられて上り、のぞきなさると、燕が尾を上げてしきりにまわるのに合わせて、手を差し上げて探りなさると、手に平たい物がさわったときに、「私は物を握ったぞ。もう下ろしてくれ。翁、やったぞ」とおっしゃって、家来たちが集まって早く下ろそうとして、綱を強く引きすぎて綱が切れると同時に、中納言は八島の鼎の上にあおむけにお落ちになった。
人々はあきれて、近寄って抱きかかえ申し上げた。お目は白目をむいて横になっていらっしゃる。人々がお口に水をすくって入れ申し上げる。やっとのことで息を吹き返しなさったので、また鼎の上から、手を取り足を取りして下ろし申し上げる。やっと「ご気分はいかがですか」と尋ねると、息も絶え絶えに「意識は少しはっきりしているが、腰が動かない。しかし、子安貝をさっと握り持ったので、うれしく思うのだ。まず脂燭をつけて持ってこい。この貝の顔を見よう」と、御頭をもたげて御手を広げなさると、燕のしておいた古い糞を握っていらっしゃったのだった。それをご覧になって、「ああ、貝がないことよ(かいのないことよ)」とおっしゃったことから、期待に反することを「かひなし」と言うようになった。
貝でもないとご覧になったので、ご気分も悪くなって、唐櫃の蓋に入れられて運ばれることもおできにならない。お腰は折れてしまった。中納言は、子供じみたことをして病気になったことを人に聞かせまいとなさったけれど、それが病気のもとになって、たいそう衰弱してしまわれた。貝を取ることができなくなったことよりも、人が聞いて笑うだろうことを日がたつにつれて気になさったので、ただ病気で死ぬよりも、外聞が恥ずかしいとお思いになるのだった。これをかぐや姫が聞いて、お見舞いに送った歌、
「長い年月がたっても波の立ち寄らない住吉の松(待つかい)がないように、貝がなかったと聞きますが、本当ですか」
とあるのを読んで聞かせる。中納言はたいそう弱った気持ちで頭をもたげて、人に紙を持たせて、苦しい中でやっとのことで返歌をお書きになる。
「貝はなかったけれど、このようにお見舞いの歌をいただいて、かいはあったのですね。それならば、思い悩んで死んでゆく私の命を、救ってはくださらないのですか」
と書き終えて、息が絶えてしまわれた。これを聞いて、かぐや姫は少しかわいそうにお思いになった。このことから、少しうれしいことを「かひあり」と言うようになった。
意訳
最後の求婚者、石上麻呂は、ほかの四人と違って誠実で、しかも身分の低い者の助言にも素直に耳を傾ける人物として描かれる。しかしその熱心さが裏目に出て、自ら籠に乗って燕の巣を探り、ついに「握った」と叫んだ瞬間に綱が切れて落下する。握っていたのは燕の糞で、腰を折った中納言は、物笑いの種になることを恥じながら衰弱していく。かぐや姫の見舞いの歌に、最後の力をふりしぼって返歌を書き、息絶える。滑稽な失敗談が、ここで初めて死という結末を迎えることで、かぐや姫の心にも「少しあはれ」という変化が生まれる。五人の求婚譚は笑いの中に哀れさを残して閉じられ、物語は帝の求婚へと移っていく。
語釈・文法注
- はら〱か
- 底本の表記のまま(〱は二字の繰り返し)。諸本では「はららかす」(ばらばらに散らす)などとあり、本文に異同がある箇所。
- 大炊寮
- 宮中の役所の一つ。諸国から納められた米などを管理し、宮中の儀式や役人の食事を賄った。
- つく
- 「束(つか)」。棟木を支える短い柱。
- あぐら
- 高い所に上るための足場。
- あなゝひ
- 「足場」「足代」。高い所の作業のために組む足場。
- あらこ
- 「荒籠」。目の粗い籠。
- かづけ
- 「被(かづ)く」の連用形。褒美として衣服などを与えること。受けた者はそれを肩にかけて礼をした。
- 鼎
- 三本足の金属製の釜。「やしまの鼎」は、大炊寮にあった、八島(日本の国土)の神をまつる八つの鼎とする説がある。
- しそく
- 「脂燭(しそく)」。松の木を細く削って油を塗り、火をともす照明具。
- かひなし
- 「貝無し」と「甲斐無し」(効果がない、期待はずれだ)をかけた語源説話。
文法
- 「そこらの燕子うまざらむやは」
- 「やは」は反語。たくさんの燕の中には、子を産まないことがあろうか、いや産むだろう。
- 「とらしめ給はめ」
- 係助詞「こそ」を受けて、推量の助動詞「む」が已然形「め」で結ばれている(係り結び)。
- 「おぼるさるゝ」
- 底本の表記のまま。「おぼさるる」(お思いになる、ご気分である)の意。
- 「すくひやはせぬ」
- 「やは」は反語。救ってはくださらないのか。
和歌
年を經て浪立ちよらぬすみよしのまつかひなしと聞くはまことか
- 詠者
- かぐや姫
- 状況
- 子安貝を取りそこねて病床にある中納言に送った見舞いの歌。
修辞
- 掛詞
- 「まつ」に「松」と「待つ」、「かひ」に「貝」と「甲斐」をかける。「浪」「すみよし(住吉)」「貝」は海の縁語。
かひはかくありけるものをわびはてゝ死ぬる命をすくひやはせぬ
- 詠者
- 石上麻呂
- 状況
- かぐや姫の見舞いの歌に、死の床で書いた返歌。
修辞
- 掛詞
- 「かひ」に「貝」と「甲斐」、「すくひ」に「(貝を)掬ひ」と「救ひ」をかける。
解説
石上麻呂は実在の人物で、最終的には左大臣にまで昇った。物語では身分の低い役人の言葉にも素直に従う人物として描かれ、五人の中では比較的好意的に造形されている。それだけに、その死はほかの求婚者の失敗とは違った哀れさを帯びている。
子安貝はタカラガイの一種で、妊婦が手に握ると安産になるとされた。燕が子安貝を持つという伝えは、燕が子を産む(卵を産む)ことと、安産のお守りの貝とを結びつけたものである。
「かひなし」と「かひあり」という対になる語源説明で求婚譚を締めくくり、かぐや姫に「少しあはれ」と思わせることで、これまで人の心を動かされなかった姫に変化のきざしが見えはじめる。次の帝との交流へつながる重要な転換点である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(竹取物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、15–18頁(コマ11–13)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日