古典ライブラリー

竹取物語 第9章

燕の子安貝

中納言石上麻呂は、燕の子安貝を取るため、大炊寮の屋根に足場を組んで家来を登らせるが失敗する。くらつ麻呂の策に従い、自ら籠に乗って燕の巣を探り、何かを握ったところで綱が切れて鼎の上に落ちる。握っていたのは燕の古い糞で、腰を折った中納言は、かぐや姫の見舞いの歌に返歌を書いて息絶えた。

  1. 1中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん石いその石いそのいその上かみ上かみかみののの麿まろ麿まろまろははは、、、家いへ家いへいえにににつかはつかはつかわるゝるゝるるをのこをのこおのこどもどもどもののの許もと許もともとににに「「「つばくらめつばくらめつばくらめののの巢す巢すすくひくひくいたらたらたらばばば告つ告つつげげげよよよ」」」とととのたまふのたまふのたまうををを、、、承うけたまは承うけたまはうけたまわりりりててて「「「何なに何なになにののの料れう料れうりょうにににかかかあらあらあらむむん」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。答こた答こたこたへへえてててのたまふのたまふのたまうやうやうよう「「「燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめのののもたもたもたるるる子こ子ここ安やす安やすやす貝がひ貝がひがいとらとらとらむむん料れう料れうりょうなりなりなり」」」とととののの給たま給たまたまふふう。。。をのこをのこおのこどもどもども答こた答こたこたへへえててて申まう申まうもうすすす、、、「「「燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめををを數あま數あまあま多た多たた殺ころ殺ころころしししててて見み見みみるるるだにだにだにももも腹はら腹はらはらににになきなきなきものものものなりなりなり。。。たゞしたゞしただし子こ子ここ產う產ううむむむ時とき時ときときなむなむなんいかでいかでいかでかかか出いだ出いだいだすすすらむらむらん。。。ととと人ひと人ひとひとだにだにだに見み見みみれれればばば失う失ううせせせぬぬぬ」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。
  2. 2又また又またまた人ひと人ひとひとののの申まう申まうもうすすすやうやうよう「「「大おほ大おほおお炊い炊いいのののいひいひいい炊かし炊かしかしぐぐぐ屋や屋ややののの棟むね棟むねむねのののののの穴あな穴あなあな每ごと每ごとごとににに燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめははは巢す巢すすくひくひくい侍はべ侍はべはべりりり。。。其それ其それそれにににまめまめまめならならならむむんをのこをのこおのこどもどもどもをををゐゐいてててまかりまかりまかりてててをををゆひゆひゆいててて上あ上ああげげげててて窺うかが窺うかがうかがははわせせせむむんにににそこらそこらそこらののの燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめ子こ子ここうまうまうまざらざらざらむむんやはやはやは。。。さてさてさてこそこそこそとらとらとらしめしめしめ給たま給たまたまははわめめめ」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん喜よろこ喜よろこよろこびびびたまひたまひたまいててて「「「をかしきをかしきおかしき事こと事ことことにににもももあるあるあるかなかなかな。。。もとももとももとも得え得ええ知し知ししらららざりざりざりけりけりけり。。。興きよう興きようきょうあるあるあるととと申まう申まうもうしししたりたりたり」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、まめまめまめなるなるなるをのこをのこおのこどもどもども二に二にに十じふ十じふじゅう人にん人にんにんばかりばかりばかり遣つかは遣つかはつかわしししててて、、、ににに上あ上ああげげげすゑすゑすえられられられたりたりたり。。。殿との殿とのとのよりよりよりつかひつかひつかいひまひまひまなくなくなく給たま給たまたまははわせせせててて子こ子ここ安やす安やすやす貝がひ貝がひがいとりとりとりたるたるたるかかかととと問と問ととはははせせせ給たま給たまたまふふう。。。燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめももも人ひと人ひとひとののの數あま數あまあま多た多たたのぼりのぼりのぼり居ゐ居ゐいたるたるたるにににおぢおぢおじててて、、、巢す巢すすにににのぼりのぼりのぼりこここずずず。。。
  3. 3かゝるかゝるかかるよしよしよしののの御おほん御おほんおん返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごとををを申まう申まうもうしししけれけれければばば、、、聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、いかゞいかゞいかがすすすべきべきべきとととおぼしめしおぼしめしおぼしめし煩わづら煩わづらわずらふふうににに、、、かのかのかのつかさつかさつかさののの官くわん官くわんかん人にん人にんにんくらつくらつくらつ麿まろ麿まろまろとととまうすまうすもうす翁おきな翁おきなおきな申まう申まうもうすすすやうやうよう、、、「「「子こ子ここ安やす安やすやす貝がひ貝がひがいをををとらとらとらむむんととと思おぼ思おぼおぼしめさしめさしめさばばば、、、たばかりたばかりたばかり申まう申まうもうさささむむん」」」とてとてとて御お御おお前まへ前まへまえににに參まゐ參まゐまいりりりたれたれたればばば、、、中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんひたひひたひひたいををを合あは合あはあわせせせてててむかひむかひむかい給たま給たまたまへへえりりり。。。くらつくらつくらつ麿まろ麿まろまろががが申まう申まうもうすすすやうやうよう「「「このこのこの燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめののの子こ子ここ安やす安やすやす貝がひ貝がひがいははは、、、惡あ惡ああしくしくしくたばかりたばかりたばかりてててとらとらとらせせせ給たま給たまたまふふうなりなりなり。。。さささでででははは得え得ええとらとらとらせせせ給たま給たまたまははわじじじ。。。あなゝひあなゝひあなないにににおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしく、、、廿はた廿はたはた人り人りりののの人ひと人ひとひとののののぼりのぼりのぼりててて侍はべ侍はべはべれれればばば、、、あれあれあれててて寄よ寄よよりりりまうでまうでもうで來こ來ここずずずなむなむなん。。。せせせさせさせさせ給たま給たまたまふふうべきべきべきやうやうようははは、、、このこのこのあなゝひあなゝひあなないををを毀こほ毀こほこぼちちちててて、、、人ひと人ひとひと皆みな皆みなみな退しりぞ退しりぞしりぞきききてててまめまめまめならならならむむん人ひと人ひとひと一ひと一ひとひと人り人りりをををににに載の載ののせせせすゑすゑすえててて、、、綱つな綱つなつなをををかまへかまへかまえててて、、、鳥とり鳥とりとりののの子こ子ここ產う產ううむむむ間あひだ間あひだあいだににに綱つな綱つなつなををを釣つ釣つつりりりあげあげあげさせさせさせててて、、、ふとふとふと子こ子ここ安やす安やすやす貝がひ貝がひがいをををとらとらとらせせせ給たま給たまたまははわむむんなむなむなんよかるよかるよかるべきべきべき」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。
  4. 4中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんのたまふのたまふのたまうやうやうよう「「「いといといとよきよきよきことことことなりなりなり」」」とてとてとてあなゝひあなゝひあなないををを毀こほ毀こほこぼちちちててて、、、人ひと人ひとひと皆みな皆みなみな歸かへ歸かへかえりりりまうでまうでもうできききぬぬぬ。。。中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんくらつくらつくらつ麿まろ麿まろまろにににのたまはくのたまはくのたまわく「「「燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめはははいかなるいかなるいかなる時とき時ときときにににかかか子こ子ここををを產う產ううむむむととと知し知ししりりりててて、、、人ひと人ひとひとをををばばばあぐあぐあぐべきべきべき」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。くらつくらつくらつ麿まろ麿まろまろ申まう申まうもうすすすやうやうよう「「「燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめははは子こ子ここうまうまうまむむんとととするするする時とき時ときときははは、、、尾を尾をおをををさゝげさゝげささげててて七なな七ななななたびたびたびめぐりめぐりめぐりてててなむなむなん產う產ううみみみ落おと落おとおとすすすめるめるめる。。。さてさてさて七なな七ななななたびたびたびめぐらめぐらめぐらむむんをりをりおりひきひきひき上あ上ああげげげててて、、、そのそのそのをりをりおり子こ子ここ安やす安やすやす貝がひ貝がひがいはははとらとらとらせせせ給たま給たまたまへへえ」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん喜よろこ喜よろこよろこびびび給たま給たまたまひひいててて、、、萬よろづ萬よろづよろずののの人ひと人ひとひとにににももも知し知ししらららせせせ給たま給たまたまははわででで、、、みそかみそかみそかにににつかさつかさつかさにににいましいましいましててて、、、をのこをのこおのこどもどもどもののの中なか中なかなかにににまじりまじりまじりてててよるよるよるををを晝ひる晝ひるひるににになしなしなしてててとらとらとらしめしめしめ給たま給たまたまふふう。。。くらつくらつくらつ麿まろ麿まろまろかくかくかく申まう申まうもうすすすをををいといといと痛いた痛いたいたくくく喜よろこ喜よろこよろこびびび給たま給たまたまひひいてててののの給たま給たまたまふふう、、、「「「こゝこゝここににに使つか使つかつかははわるゝるゝるる人ひと人ひとひとにににもももなきなきなきににに願ねが願ねがねがひひいをををかなふるかなふるかなうることことことののの嬉うれ嬉うれうれしさしさしさ」」」ととといひいひいいててて、、、おんぞおんぞおんぞぬぎぬぎぬぎててて給たま給たまたまひひいつつつ。。。更さら更さらさらににに夜よ夜よよさりさりさりこのこのこのつかさつかさつかさにににまうでまうでもうでここことととのたまひのたまひのたまいててて遣つか遣つかつかははわしししつつつ。。。
  5. 5日ひ日ひひ暮く暮くくれれれぬれぬれぬればばば、、、かのかのかのつかさつかさつかさにににおはしおはしおわしててて見み見みみ給たま給たまたまふふうににに、、、まことにまことにまことに燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめ巢す巢すす作つく作つくつくれれれりりり。。。くらつくらつくらつ麿まろ麿まろまろ申まう申まうもうすすすやうやうようににに尾を尾をおをををさゝげさゝげささげてててめぐるめぐるめぐるににに、、、荒あら荒あらあらこここににに人ひと人ひとひとををを載の載ののせせせててて釣つ釣つつりりりあげあげあげさせさせさせててて燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめののの巢す巢すすににに手て手ててをををさしさしさし入い入いいれれれさせさせさせててて探さぐ探さぐさぐるるるににに「「「物もの物ものものもももなしなしなし」」」ととと申まう申まうもうすすすににに、、、中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん「「「惡あ惡ああしくしくしく探さぐ探さぐさぐれれればばばなきなきなきなりなりなり」」」ととと腹はら腹はらはらたちたちたちててて、、、誰たれ誰たれたればかりばかりばかりおぼえおぼえおぼえむむんにににとてとてとて「「「我われ我われわれのぼりのぼりのぼりててて探さぐ探さぐさぐらららむむん」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、籠こ籠ここにににのりのりのりてててつらつらつられれれのぼりのぼりのぼりててて窺うかが窺うかがうかがひひい給たま給たまたまへへえるるるににに、、、燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめ尾を尾をおをををさゝげさゝげささげててていたくいたくいたくめぐるめぐるめぐるににに合あは合あはあわせせせててて、、、手て手ててををを捧ささ捧ささささげげげててて探さぐ探さぐさぐりりり給たま給たまたまふふうににに、、、手て手ててにににひらめるひらめるひらめるものものものさはるさはるさわる時とき時ときときににに「「「われわれわれ物もの物ものもの握にぎ握にぎにぎりりりたりたりたり。。。今いま今いまいまはははおろしおろしおろしてててよよよ。。。翁おきな翁おきなおきなしししえええたりたりたり」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、集あつま集あつまあつまりりりてててとくとくとくおろさおろさおろさむむんとてとてとて、、、綱つな綱つなつなをををひきひきひきすぐしすぐしすぐしててて綱つな綱つなつな絕た絕たたゆるゆるゆる即すなは即すなはすなわちちち、、、やしまやしまやしまののののののうへうへうえにににのけざまのけざまのけざまににに落お落おおちちち給たま給たまたまへへえりりり。。。
  6. 6人ひと人ひとひと々びと々びとびとあさましあさましあさましがりがりがりててて、、、寄よ寄よよりりりててて抱かか抱かかかかへへへ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれりりり。。。御お御おお目め目めめはははしらめしらめしらめにににてててふしふしふし給たま給たまたまへへえりりり。。。人ひと人ひとひと々びと々びとびと御お御おお口くち口くちくちににに水みづ水みづみずをををすくひすくひすくい入い入いいれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。辛から辛からからうじてうじてうじていきいきいきいでいでいで給たま給たまたまへへえるるるににに、、、またまたまた鼎かなへ鼎かなへかなえののの上うへ上うへうえよりよりより、、、手て手ててとりとりとり足あし足あしあしとりとりとりしししてててさげさげさげおろしおろしおろし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。からうじてからうじてかろうじて「「「御み御みみ心ここ心ここここちちちいかゞいかゞいかがおぼるおぼるおぼるさるゝさるゝさるる」」」ととと問と問ととへへへばばば、、、息いき息いきいきののの下した下したしたにににててて「「「ものものものははは少すこ少すこすこししし覺おぼ覺おぼおぼゆれゆれゆれどどど腰こし腰こしこしなむなむなん動うご動うごうごかかかれれれぬぬぬ。。。されされされどどど子こ子ここ安やす安やすやす貝がひ貝がひがいをををふとふとふと握にぎ握にぎにぎりりりもたもたもたれれればばば嬉うれ嬉うれうれしくしくしく覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆるなりなりなり、、、まづまづまずさしさしさしてててこここ。。。このこのこの貝かひ貝かひかい顏かほ顏かほかおみみみむむん」」」ととと御み御みみぐしぐしぐしもたげもたげもたげててて御み御みみ手て手ててをををひろげひろげひろげ給たま給たまたまへへえるるるににに、、、燕つばくらめ燕つばくらめつばくらめのののまりまりまりおけおけおけるるる古ふる古ふるふるくそくそくそををを握にぎ握にぎにぎりりり給たま給たまたまへへえるるるなりなりなりけりけりけり。。。それそれそれををを見み見みみ給たま給たまたまひひいててて「「「あなあなあなかひかひかいなのなのなのわざわざわざややや」」」とととのたまひのたまひのたまいけるけるけるよりよりよりぞぞぞ、、、思おも思おもおもふふうにににたがふたがふたがうことことことをををばばば、、、とととはははいひいひいいけるけるける。。。
  7. 7かひかひかいにににもももあらあらあらずずずととと見み見みみ給たま給たまたまひひいけるけるけるににに、、、御み御みみこゝちこゝちここちもももたがひたがひたがいててて、、、唐から唐からから櫃ひつ櫃ひつひつののの蓋ふた蓋ふたふたににに入い入いいれれれられられられ給たま給たまたまふふうべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。御お御おお腰こし腰こしこしははは折を折をおれれれにににけりけりけり。。。中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんはははいはけいはけいわけたるたるたるわざわざわざしししててて病や病ややむむむことことことををを、、、人ひと人ひとひとににに聞き聞ききかかかせせせじじじとととししし給たま給たまたまひひいけれけれけれどどど、、、それそれそれををを病やまひ病やまひやまいにににててていといといと弱よわ弱よわよわくくくなりなりなり給たま給たまたまひひいにににけりけりけり。。。貝かひ貝かひかいをををえええとらとらとらずずずなりなりなりにににけるけるけるよりよりよりももも、、、人ひと人ひとひとののの聞き聞ききききき笑わら笑わらわらははわむむんことことことををを、、、日ひ日ひひにににそへそへそえててて思おも思おもおもひひい給たま給たまたまひひいけれけれければばば、、、たゞたゞただににに病や病ややみみみ死し死ししぬるぬるぬるよりよりよりももも、、、人ひと人ひとひとぎゝぎゝぎき耻はづ耻はづはずかしくかしくかしく覺おぼ覺おぼおぼえええ給たま給たまたまふふうなりなりなりけりけりけり。。。これこれこれをををかぐやかぐやかぐや姫ひめ姫ひめひめ聞き聞きききききてててとぶらひとぶらひとぶらいにににやるやるやる歌うた歌うたうた、、、
  8. 8「「「年とし年としとしををを經へ經へへててて浪なみ浪なみなみ立た立たたちちちよらよらよらぬぬぬすみよしすみよしすみよしのののまつまつまつかひかひかいなしなしなしととと聞き聞ききくくくはははまことまことまことかかか」」」
  9. 9とととあるあるあるをををよみよみよみててて聞き聞ききかかかすすす。。。いといといと弱よわ弱よわよわききき心ここ心ここここちちちににに頭かしら頭かしらかしらもたげもたげもたげててて、、、人ひと人ひとひとににに紙かみ紙かみかみをををもたもたもたせせせててて、、、苦くる苦くるくるしきしきしき心ここ心ここここちちちにににからうじてからうじてかろうじてかきかきかき給たま給たまたまふふう。。。
  10. 10「「「かひかひかいはははかくかくかくありありありけるけるけるものものものをををわびわびわびはてゝはてゝはてて死し死ししぬるぬるぬる命いのち命いのちいのちをををすくひすくひすくいやややはははせせせぬぬぬ」」」
  11. 11ととと書か書かかきききはてゝはてゝはてて絶た絶たたえええ入い入いいりりり給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。これこれこれををを聞き聞きききききててて、、、かぐやかぐやかぐや姫ひめ姫ひめひめ少すこ少すこすこしししあはれあはれあわれとととおぼしおぼしおぼしけりけりけり。。。それそれそれよりよりよりなむなむなん少すこ少すこすこししし嬉うれ嬉うれうれしきしきしきことことことをををばばばかひかひかいありありありとととはははいひいひいいけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

中納言石上麻呂は、家に仕える家来たちのもとに「燕が巣を作ったら知らせよ」とおっしゃるので、家来たちは承って「何にお使いになるのでしょうか」と申し上げる。中納言は答えて「燕の持っている子安貝を取るためだ」とおっしゃる。家来たちが答えて申し上げるには、「燕をたくさん殺して見てさえも、腹の中にはないものです。ただし、子を産むときに、どうしてか出すのでしょう。ちょっとでも人が見ると消えてしまいます」と申し上げる。

また別の人が申し上げるには、「大炊寮の飯を炊く建物の棟の束の穴ごとに、燕は巣を作っております。そこに、まじめな家来たちを連れて行って、足場を組んで上らせてのぞかせたら、たくさんの燕の中には子を産まないものがありましょうか。そうしてこそ、お取らせになれましょう」と申し上げる。中納言は喜びなさって、「おもしろいことだなあ。まったく知らなかった。興味深いことを申した」とおっしゃって、まじめな家来たちを二十人ほど遣わして、足場の上に上げて据えておかれた。屋敷からは使いをひっきりなしにお出しになって、「子安貝を取ったか」とお尋ねになる。燕も、人が大勢上っているのを怖がって、巣に上ってこない。

このような事情をご返事申し上げたので、中納言はお聞きになって、どうしたらよいかと思い悩んでいらっしゃると、あの大炊寮の役人の、くらつ麻呂と申す翁が申し上げることには、「子安貝を取ろうとお思いになるなら、よい策を申し上げましょう」と言って御前に参上したので、中納言は額を突き合わせて向かい合いなさった。くらつ麻呂が申し上げるには、「この燕の子安貝は、まずいやり方でお取らせになっています。それではお取らせになれますまい。足場に大げさに二十人もの人が上っておりますので、燕は驚いて寄りつかないのです。なさるべきやり方は、この足場をこわして、人はみな退いて、まじめな人を一人だけ荒籠に乗せて据え、綱を仕掛けておいて、鳥が子を産む間に綱でつり上げさせて、さっと子安貝をお取らせになるのがよいでしょう」と申し上げる。

中納言は「たいそうよいことだ」とおっしゃって、足場をこわして、人はみな帰ってきた。中納言がくらつ麻呂におっしゃるには、「燕はどのようなときに子を産むと知って、人を上げたらよいのか」とおっしゃる。くらつ麻呂が申し上げるには、「燕は子を産もうとするときは、尾を上げて七回まわって産み落とすようです。そこで、七回まわるときに引き上げて、そのときに子安貝をお取らせなさいませ」と申し上げる。中納言は喜びなさって、誰にもお知らせにならずに、こっそり大炊寮においでになり、家来たちの中にまじって、夜を昼にして(夜も昼も休まず)取らせなさる。くらつ麻呂がこのように申し上げたのを、たいそうお喜びになっておっしゃるには、「私に仕えている者でもないのに、願いをかなえてくれることのうれしさよ」と言って、お召し物を脱いで褒美としてお与えになった。そして「夜になったら、また大炊寮に参上せよ」とおっしゃって帰しなさった。

日が暮れたので、中納言はあの大炊寮においでになってご覧になると、本当に燕が巣を作っている。くらつ麻呂が申し上げたとおりに、燕が尾を上げてまわるので、荒籠に人を乗せてつり上げさせて、燕の巣に手を差し入れさせて探らせると、「何もありません」と申し上げるので、中納言は「探り方が悪いからないのだ」と腹を立てて、「誰が見つけ方を知っていようか」と言って、「私が上って探ろう」とおっしゃって、籠に乗ってつり上げられて上り、のぞきなさると、燕が尾を上げてしきりにまわるのに合わせて、手を差し上げて探りなさると、手に平たい物がさわったときに、「私は物を握ったぞ。もう下ろしてくれ。翁、やったぞ」とおっしゃって、家来たちが集まって早く下ろそうとして、綱を強く引きすぎて綱が切れると同時に、中納言は八島の鼎の上にあおむけにお落ちになった。

人々はあきれて、近寄って抱きかかえ申し上げた。お目は白目をむいて横になっていらっしゃる。人々がお口に水をすくって入れ申し上げる。やっとのことで息を吹き返しなさったので、また鼎の上から、手を取り足を取りして下ろし申し上げる。やっと「ご気分はいかがですか」と尋ねると、息も絶え絶えに「意識は少しはっきりしているが、腰が動かない。しかし、子安貝をさっと握り持ったので、うれしく思うのだ。まず脂燭をつけて持ってこい。この貝の顔を見よう」と、御頭をもたげて御手を広げなさると、燕のしておいた古い糞を握っていらっしゃったのだった。それをご覧になって、「ああ、貝がないことよ(かいのないことよ)」とおっしゃったことから、期待に反することを「かひなし」と言うようになった。

貝でもないとご覧になったので、ご気分も悪くなって、唐櫃の蓋に入れられて運ばれることもおできにならない。お腰は折れてしまった。中納言は、子供じみたことをして病気になったことを人に聞かせまいとなさったけれど、それが病気のもとになって、たいそう衰弱してしまわれた。貝を取ることができなくなったことよりも、人が聞いて笑うだろうことを日がたつにつれて気になさったので、ただ病気で死ぬよりも、外聞が恥ずかしいとお思いになるのだった。これをかぐや姫が聞いて、お見舞いに送った歌、

「長い年月がたっても波の立ち寄らない住吉の松(待つかい)がないように、貝がなかったと聞きますが、本当ですか」

とあるのを読んで聞かせる。中納言はたいそう弱った気持ちで頭をもたげて、人に紙を持たせて、苦しい中でやっとのことで返歌をお書きになる。

「貝はなかったけれど、このようにお見舞いの歌をいただいて、かいはあったのですね。それならば、思い悩んで死んでゆく私の命を、救ってはくださらないのですか」

と書き終えて、息が絶えてしまわれた。これを聞いて、かぐや姫は少しかわいそうにお思いになった。このことから、少しうれしいことを「かひあり」と言うようになった。

意訳

最後の求婚者、石上麻呂は、ほかの四人と違って誠実で、しかも身分の低い者の助言にも素直に耳を傾ける人物として描かれる。しかしその熱心さが裏目に出て、自ら籠に乗って燕の巣を探り、ついに「握った」と叫んだ瞬間に綱が切れて落下する。握っていたのは燕の糞で、腰を折った中納言は、物笑いの種になることを恥じながら衰弱していく。かぐや姫の見舞いの歌に、最後の力をふりしぼって返歌を書き、息絶える。滑稽な失敗談が、ここで初めて死という結末を迎えることで、かぐや姫の心にも「少しあはれ」という変化が生まれる。五人の求婚譚は笑いの中に哀れさを残して閉じられ、物語は帝の求婚へと移っていく。

語釈・文法注

はら〱か
底本の表記のまま(〱は二字の繰り返し)。諸本では「はららかす」(ばらばらに散らす)などとあり、本文に異同がある箇所。
大炊寮
宮中の役所の一つ。諸国から納められた米などを管理し、宮中の儀式や役人の食事を賄った。
つく
「束(つか)」。棟木を支える短い柱。
あぐら
高い所に上るための足場。
あなゝひ
「足場」「足代」。高い所の作業のために組む足場。
あらこ
「荒籠」。目の粗い籠。
かづけ
「被(かづ)く」の連用形。褒美として衣服などを与えること。受けた者はそれを肩にかけて礼をした。
鼎
三本足の金属製の釜。「やしまの鼎」は、大炊寮にあった、八島(日本の国土)の神をまつる八つの鼎とする説がある。
しそく
「脂燭(しそく)」。松の木を細く削って油を塗り、火をともす照明具。
かひなし
「貝無し」と「甲斐無し」(効果がない、期待はずれだ)をかけた語源説話。

文法

「そこらの燕子うまざらむやは」
「やは」は反語。たくさんの燕の中には、子を産まないことがあろうか、いや産むだろう。
「とらしめ給はめ」
係助詞「こそ」を受けて、推量の助動詞「む」が已然形「め」で結ばれている(係り結び)。
「おぼるさるゝ」
底本の表記のまま。「おぼさるる」(お思いになる、ご気分である)の意。
「すくひやはせぬ」
「やは」は反語。救ってはくださらないのか。

和歌

年を經て浪立ちよらぬすみよしのまつかひなしと聞くはまことか

詠者
かぐや姫
状況
子安貝を取りそこねて病床にある中納言に送った見舞いの歌。

修辞

掛詞
「まつ」に「松」と「待つ」、「かひ」に「貝」と「甲斐」をかける。「浪」「すみよし(住吉)」「貝」は海の縁語。

かひはかくありけるものをわびはてゝ死ぬる命をすくひやはせぬ

詠者
石上麻呂
状況
かぐや姫の見舞いの歌に、死の床で書いた返歌。

修辞

掛詞
「かひ」に「貝」と「甲斐」、「すくひ」に「(貝を)掬ひ」と「救ひ」をかける。

解説

石上麻呂は実在の人物で、最終的には左大臣にまで昇った。物語では身分の低い役人の言葉にも素直に従う人物として描かれ、五人の中では比較的好意的に造形されている。それだけに、その死はほかの求婚者の失敗とは違った哀れさを帯びている。

子安貝はタカラガイの一種で、妊婦が手に握ると安産になるとされた。燕が子安貝を持つという伝えは、燕が子を産む(卵を産む)ことと、安産のお守りの貝とを結びつけたものである。

「かひなし」と「かひあり」という対になる語源説明で求婚譚を締めくくり、かぐや姫に「少しあはれ」と思わせることで、これまで人の心を動かされなかった姫に変化のきざしが見えはじめる。次の帝との交流へつながる重要な転換点である。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(竹取物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、15–18頁(コマ11–13)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日