竹取物語 第4章
蓬萊の玉の枝(一)
車持皇子は筑紫へ湯治に行くと偽って都を離れ、ひそかに戻って匠たちに玉の枝を作らせる。それを持って船旅から帰ったように装い、かぐや姫の家を訪れる。翁は結婚の準備を始め、皇子は蓬萊山にたどり着くまでの苦難の旅を作り話で語る。
- 1車車くら持持もちのののみこみこみこははは心心こころたばかりたばかりたばかりあるあるある人人ひとにににててて、、、おほやけおほやけおおやけにににははは、、、筑筑つく紫紫しののの國國くにににに湯湯ゆあみあみあみににに罷罷まからららむむんとてとてとて、、、暇暇いとま申申もうしししててて、、、かぐやかぐやかぐや姫姫ひめののの家家いえにににははは、、、玉玉たまののの枝枝えとりとりとりににになむなむなんまかるまかるまかるととといはいはいわせせせててて下下くだりりり給給たまふふうににに、、、仕仕つこうううまつるまつるまつるべきべきべき人人ひと々々びと、、、皆皆みな難難な波波にわまでまでまでおくりおくりおくりしししけりけりけり。。。皇皇み子子こいといといと忍忍しのびびびてててとととのたまはのたまはのたまわせせせててて、、、人人ひとももも數數あま多多たゐゐいててておはしまさおはしまさおわしまさずずず。。。近近ちこうううつかうつかうつこう限限かぎりりりしししててて出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。みおくりみおくりみおくりののの人人ひと々々びと、、、見見みまつりまつりまつり送送おくりりりててて歸歸かえりりりぬぬぬ。。。おはしましおはしましおわしましぬぬぬととと人人ひとにににははは見見みえええ給給たまひひいててて、、、三三み日日か許許ばかりありありありててて漕漕こぎぎぎ歸歸かえりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 2かねてかねてかねて事事こと皆皆みな仰仰おおせせせたりたりたりけれけれければばば、、、そのそのその時時とき一一いちのののたくみたくみたくみなりなりなりけるけるける内内うち匠匠たくみ六六ろく人人にんををを召召めしししとりとりとりててて、、、たはたはたわやすくやすくやすく人人ひとよりよりよりくくくまじきまじきまじき家家いえをををつくりつくりつくりててて、、、構構かまへへえををを三三み重重へにににしこめしこめしこめててて、、、たくみたくみたくみ等等らををを入入いれれれ給給たまひひいててて、、、皇皇み子子こももも同同おなじじじ所所ところにににこもりこもりこもり給給たまひひいててて、、、しらしらしらせせせ給給たまひひいつるつるつるかぎりかぎりかぎり十十じゅう六六ろくをををかみかみかみにににくどくどくどをををあけあけあけててて、、、玉玉たまののの枝枝えをををつくりつくりつくり給給たまふふう。。。かぐやかぐやかぐや姫姫ひめのののたまふたまふたまうやうやうようににに、、、違違たがははわずずずつくりつくりつくり出出いでででつつつ。。。いといといと畏畏かしこくくくたばかりたばかりたばかりててて、、、難難な波波にわにににみそかみそかみそかにににもてもてもて出出いでででぬぬぬ。。。
- 3船船ふねににに乘乘のりりりててて歸歸かえりりり來來きにににけりけりけりととと殿殿とのににに告告つげげげやりやりやりててて、、、いといといといたくいたくいたく苦苦くるしししげげげなるなるなるさまさまさましししててて居居い給給たまへへえりりり。。。迎迎むかへへえににに人人ひと多多おおくくく參參まいりりりたりたりたり。。。玉玉たまののの枝枝えをををばばば長長なが櫃櫃びつににに入入いれれれててて、、、物物ものおほひおほひおおいてててもちもちもちててて參參まいるるる。。。いつかいつかいつか聞聞ききききけむけむけん、、、「「「車車くら持持もちのののみこみこみこははは優優う曇曇どんののの花花はな持持もちちちてててのぼりのぼりのぼり給給たまへへえりりり」」」とととのゝしりのゝしりののしりけりけりけり。。。これこれこれをををかぐやかぐやかぐや姫姫ひめ聞聞ききききててて、、、我我われはははこのこのこの皇皇み子子こにににまけまけまけぬぬぬべしべしべしととと胸胸むねつぶれつぶれつぶれててて思思おもひひいけりけりけり。。。
- 4かゝるかゝるかかるほどほどほどににに門門かどををを叩叩たたきききててて、、、車車くら持持もちのののみこみこみこおはしおはしおわしたりたりたりととと告告つぐぐぐ。。。旅旅たびののの御御おん姿姿すがたながらながらながらおはしましおはしましおわしましたりたりたりととといへいへいえばばば、、、逢逢あひひい奉奉たてまつるるる。。。みこみこみこのたまはくのたまはくのたまわく「「「命命いのちををを捨捨すてゝてゝててかのかのかの玉玉たまののの枝枝え持持もちちちてててきたりきたりきたりとてとてとて、、、かぐやかぐやかぐや姫姫ひめににに見見みせせせ奉奉たてまつりりり給給たまへへえ」」」ととといへいへいえばばば、、、翁翁おきなもちもちもちててて入入いりりりたりたりたり。。。このこのこの玉玉たまののの枝枝えににに文文ふみをををぞぞぞつけつけつけたりたりたりけるけるける。。。
- 5「「「いたづらいたづらいたずらににに身身みはははなしなしなしつつつともともとも玉玉たまののの枝枝えををを手手たをらをらおらでででさらにさらにさらに歸歸かえらららざらざらざらましましまし」」」。。。
- 6これこれこれをををもももあはれあはれあわれととと見見みててて居居おるるるににに、、、竹竹たけ取取とりののの翁翁おきな走走はしりりり入入いりりりててていはくいはくいわく「「「このこのこのみこみこみこににに申申もうししし給給たまひひいししし蓬蓬ほう萊萊らいののの玉玉たまののの枝枝えををを一一ひとつつつののの所所ところもももあやしきあやしきあやしき處處ところなくなくなく、、、あやまたあやまたあやまたずずずもてもてもておはしませおはしませおわしませりりり。。。何何なにをををもちもちもちてててかかかとかくとかくとかく申申もうすすすべきべきべきにににあらあらあらずずず。。。旅旅たびののの御御おん姿姿すがたながらながらながら、、、我我わががが御御お家家いえへへへももも寄寄よりりり給給たまははわずずずしししててて坐坐おわしまししまししましたりたりたり。。。はやはやはやこのこのこのみこみこみこにににあひあひあいつかうつかうつこうまつりまつりまつり給給たまへへえ」」」ととといふいふいうににに、、、物物ものもももいはいはいわずずずつらづゑつらづゑつらづえをををつきつきつきててて、、、いみじういみじういみじゅうなげかしなげかしなげかしげげげににに思思おもひひいたりたりたり。。。
- 7このこのこのみこみこみこ「「「今今いまさらさらさら何何なにかかかととといふいふいうべからべからべからずずず」」」ととといふいふいうまゝまゝままににに、、、椽椽えんにににはひはひはいのぼりのぼりのぼり給給たまひひいぬぬぬ。。。翁翁おきなことわりことわりことわりにににおもふおもふおもう。。。「「「このこのこの國國くにににに見見みえええぬぬぬ玉玉たまののの枝枝えなりなりなり。。。このこのこの度度たびはははいかでいかでいかでかかかいなみいなみいなみまうさまうさもうさむむん。。。人人ひとざまざまざまもももよきよきよき人人ひとにににおはすおはすおわす」」」などなどなどいひいひいい居居いたりたりたり。。。かぐやかぐやかぐや姫姫ひめのののいふいふいうやうやうよう「「「親親おやののののたまふのたまふのたまうことことことををを、、、ひたぶるひたぶるひたぶるにににいなみいなみいなみ申申もうさささむむんことことことのののいとほしさいとほしさいとおしさににに、、、得得え難難がたききき物物ものをををゆかしゆかしゆかしとととなむなむなんいひいひいいしししををを、、、かくかくかくあさましくあさましくあさましくもてもてもてくるくるくることことことねたくねたくねたく思思おもひひい」」」。。。翁翁おきなははは閨閨ねやののの內內うちしつらひしつらひしつらいなどなどなどすすす。。。
- 8翁翁おきなみこみこみこににに申申もうすすすやうやうよう「「「いかなるいかなるいかなる所所ところにににかかかこのこのこの木木きははは候候さぶらひひいけむけむけん、、、怪怪あやしくしくしくうるはしくうるはしくうるわしくめでたきめでたきめでたきものものものにににももも」」」ととと申申もうすすす。。。みこみこみこ答答こたへへえてててののの給給たまはくはくわく「「「さきさきさきをとゝしをとゝしおととしのののきさらぎきさらぎきさらぎ十十とお日日かごろごろごろににに、、、難難な波波にわよりよりより船船ふねににに乘乘のりりりててて海海うみ中中なかにににいでゝいでゝいでて、、、行行ゆかかかむむん方方かたももも知知しらららずずず覺覺おぼえええしかしかしかどどど、、、思思おもふふうことことこと成成ならららでででははは、、、世世よののの中中なかににに生生いきききててて何何なにかかかせせせむむんととと思思おもひひいしかしかしかばばば、、、たゞたゞただ空空むなしきしきしき風風かぜににに任任まかせせせてててありくありくありく。。。命命いのち死死しなななばばばいかゞいかゞいかがはははせせせむむん、、、生生いきききてててあらあらあらむむん限限かぎりりりはははかくかくかくありきありきありきててて、、、蓬蓬ほう萊萊らいととといふいふいうらむらむらん山山やまににに逢逢あふふうやややととと、、、浪浪なみにににたゞよひたゞよひただよい漕漕こぎぎぎありきありきありきててて、、、我我わががが國國くにののの內內うちををを離離はなれれれてててありきありきありきめぐりめぐりめぐりしししににに、、、
- 9或或ある時時ときははは浪浪なみ荒荒あれれれつゝつゝつつ海海うみののの底底そこにににももも入入いりりりぬぬぬべくべくべく、、、或或ある時時ときははは風風かぜにににつけつけつけててて知知しらららぬぬぬ國國くににににふきふきふき寄寄よせせせられられられててて、、、鬼鬼おにのののやうやうようなるなるなるものものものいでいでいで來來きててて殺殺ころさささむむんとととしししききき。。。或或ある時時ときにににははは來來こししし方方かたゆくゆくゆく末末すえももも知知しらららずずず、、、海海うみにににまぎれまぎれまぎれむむんとととしししききき。。。或或ある時時ときにににはははかてかてかて盡盡つきききててて草草くさののの根根ねをををくひくひくい物物ものとととしししききき。。。或或ある時時ときにににはははいはいはいわむむん方方かたなくなくなくむくつげむくつげむくつげなるなるなるものものもの來來きててて、、、食食くひひいかゝらかゝらかからむむんとととしししききき。。。或或ある時時ときにににははは海海うみののの貝貝かいをををとりとりとりててて命命いのちをををつぐつぐつぐ。。。旅旅たびののの空空そらににに助助たすくくくべきべきべき人人ひともももなきなきなき所所ところににに、、、いろいろいろいろいろいろののの病病やまいをををしししててて、、、ゆくへゆくへゆくえすらすらすらももも覺覺おぼえええずずず、、、船船ふねののの行行ゆくくくににに任任まかせせせててて、、、海海うみににに漂漂ただよひひいててて、、、
- 10ととといふいふいう辰辰たつののの時時ときばかりばかりばかりににに、、、海海うみののの中中なかににに遙遙はるかににに山山やま見見みゆゆゆ。。。舟舟ふねのののうちうちうちをををなむなむなんせめせめせめててて見見みるるる。。。海海うみののの上上うえににに漂漂ただよへへえるるる山山やまいといといと大大おおきききにににてててありありあり。。。そのそのその山山やまのののさまさまさま高高たかくくくうるはしうるはしうるわし。。。これこれこれややや我我わががが求求もとむるむるむる山山やまならならならむむんととと思思おもへへえどどど、、、さすがさすがさすがにににおそろしくおそろしくおそろしく覺覺おぼえええててて山山やまのののめぐりめぐりめぐりをををさしさしさしめぐらしめぐらしめぐらしててて、、、二二に三三さん日日にちばかりばかりばかり見見みありくありくありくににに、、、天天てん人人にんのののよそひよそひよそいしししたるたるたる女女おんな、、、山山やまののの中中なかよりよりよりいでいでいで來來きててて、、、しろがねしろがねしろがねのののをををもてもてもて水水みずををを汲汲くみみみありくありくありく。。。これこれこれををを見見みててて船船ふねよりよりよりおりおりおりててて、、、このこのこの山山やまののの名名なををを何何なにとととかかか申申もうすすすととと問問とふふうににに、、、女女おんな答答こたへへえててて曰曰いわくくく、、、これこれこれははは蓬蓬ほう萊萊らいののの山山やまなりなりなりととと答答こたふふう。。。是是これををを聞聞きくくくににに嬉嬉うれしきしきしきことことこと限限かぎりりりなしなしなし。。。このこのこの女女おんなににに、、、かくかくかくのたまふのたまふのたまうははは誰誰たれぞぞぞととと問問とふふう。。。我我わががが名名なはははととといひいひいいててて、、、ふとふとふと山山やまののの中中なかににに入入いりりりぬぬぬ。。。
- 11そのそのその山山やまををを見見みるるるににに、、、更更さらににに登登のぼるるるべきべきべきやうやうようなしなしなし。。。そのそのその山山やまのののそばつらそばつらそばつらをををめぐれめぐれめぐればばば、、、世世よののの中中なかににになきなきなき花花はなののの木木きどもどもどもたてたてたてりりり。。。こがねこがねこがねしろがねしろがねしろがね瑠瑠る璃璃り色色いろののの水水みず流流ながれれれいでいでいでたりたりたり。。。それそれそれにににはははいろいろいろいろいろいろののの玉玉たまののの橋橋はしわたせわたせわたせりりり。。。そのそのそのあたりあたりあたりににに照照てりりり輝輝かがやくくく木木きどもどもどもたてたてたてりりり。。。そのそのその中中なかにににこのこのこのとりとりとりててて持持もてててまうでまうでもうできききたりたりたりしししははは、、、いといといとわろかりわろかりわろかりしかしかしかどもどもども、、、のたまひのたまひのたまいしししににに違違たがははわましかましかましかばばばとてとてとて、、、このこのこの花花はなををを折折おりりりてててまうでまうでもうできききたるたるたるなりなりなり。。。山山やまははは限限かぎりりりなくなくなくおもしろしおもしろしおもしろし。。。世世よににに譬譬たとふふうべきべきべきにににあらあらあらざりざりざりしかしかしかどどど、、、このこのこの枝枝えををを折折おりりりてててしかしかしかばばば、、、さらにさらにさらに心心こころもとなくもとなくもとなくててて、、、船船ふねににに乘乘のりりりててて追追おい風風かぜふきふきふきててて、、、四四し百百ひゃく餘餘よ日日にちににになむなむなんまうでまうでもうで來來きにににししし。。。大大だい願願がんののの力力ちからにににややや、、、難難な波波にわよりよりより昨日昨日きのうなむなむなん都都みやこにににまうでまうでもうで來來きつるつるつる。。。さらにさらにさらに潮潮しおにににぬれぬれぬれたるたるたる衣衣きぬをををだにだにだに脫脫ぬぎぎぎかへかへかえなななでででなむなむなん、、、たちたちたちまうでまうでもうで來來きつるつるつる」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、
- 12翁翁おきな聞聞ききききててて、、、うちうちうち歎歎なげきききてててよめよめよめるるる、、、
- 13「「「吳吳くれ竹竹たけのののよゝよゝよよのののたけとりたけとりたけとり野野の山山やまにににもももさささやはやはやはわびしきわびしきわびしきふしふしふしをををのみのみのみ見見みししし」」」。。。
- 14これこれこれををを皇皇み子子こ聞聞ききききててて「「「こゝらこゝらここらののの日日ひ頃頃ごろ思思おもひひいわびわびわび侍侍はべりりりつるつるつる心心こころははは、、、今日今日きょうなむなむなんおちおちおちゐゐいぬるぬるぬる」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、かへしかへしかへし、、、
- 15「「「わわわががが袂袂たもとけふけふきょう乾乾かわけけけれれればばばわびしさわびしさわびしさのののちぐさちぐさちぐさのののかずかずかずもももわすらわすらわすられれれぬぬぬべしべしべし」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。
現代語訳
車持の皇子は策略にたけた人で、朝廷には「筑紫の国へ湯治に参ります」と言って休暇を願い出て、かぐや姫の家には「玉の枝を取りに参ります」と言わせて都を下っていかれるので、お仕えする人々はみな難波まで見送った。皇子は「ごく内密に」とおっしゃって、供の者も大勢は連れていらっしゃらない。身近にお仕えする者だけを連れて出発なさった。見送りの人々は、お見送りして都へ帰った。皇子は、出発なさったと人には見せておいて、三日ほどたって船を漕ぎ戻らせなさった。
前もって何もかも命じておかれたので、当時第一の工匠であった内匠寮の工匠六人を呼び寄せて、たやすく人が寄って来られない家を造って、かまどを三重に囲いこめて、工匠たちを入れなさり、皇子も同じ所にこもりなさって、お治めになっている領地すべて、十六か所を合わせた財をつぎこんで、玉の枝をお作りになる。かぐや姫のおっしゃったとおりに、少しも違わず作り上げた。たいそううまくたくらんで、難波にこっそり持ち出した。
「船に乗って帰って来た」と自分の屋敷に知らせてやって、ひどく疲れ苦しそうな様子をして座っていらっしゃる。迎えに人が大勢参上した。玉の枝を長櫃に入れて、覆いをかけて持って参る。いつ聞いたのだろうか、「車持の皇子は優曇華の花を持って都へ上られた」と大騒ぎした。これをかぐや姫は聞いて、「私はこの皇子に負けてしまいそうだ」と胸がつぶれる思いをした。
そうしているうちに門をたたいて、「車持の皇子がいらっしゃいました」と告げる。「旅のお姿のままいらっしゃいました」と言うので、翁がお会いする。皇子がおっしゃるには、「命を捨てて、あの玉の枝を持ってきたと言って、かぐや姫にお見せしてください」と言うので、翁が持って入った。この玉の枝に手紙がつけてあった。
「たとえこの身をむなしく滅ぼしてしまっても、玉の枝を手に折り取らないでは、けっして帰ってはこなかったでしょう」
この歌をも感心して見ていると、竹取の翁が走りこんで言うには、「この皇子にお願いなさった蓬萊の玉の枝を、一つとしておかしな所もなく、注文どおりに持っていらっしゃった。何を理由にあれこれ申せましょう。旅のお姿のまま、ご自分のお屋敷へもお寄りにならずにいらっしゃったのです。早くこの皇子と結婚してお仕えなさい」と言うと、姫は何も言わずに頬杖をついて、ひどく嘆かわしそうに考えこんでいる。
この皇子は「今となっては、何かと言うべきではない」と言うやいなや、縁側に這い上りなさった。翁はもっともなことだと思う。「この国では見られない玉の枝だ。今度はどうして断り申し上げられようか。人柄もよい方でいらっしゃる」などと言っている。かぐや姫が言うには、「親のおっしゃることを、ひたすらお断りするのが気の毒なので、手に入れにくい物を見たいと言ったのに、このように意外にも持ってきたことが、くやしく思われて」。翁は寝所の中を整えたりする。
翁が皇子に申し上げる。「どのような所にこの木はあったのでしょうか。不思議なほどに美しく、すばらしいものですね」と申し上げる。皇子が答えておっしゃるには、「一昨年の二月十日ごろに、難波から船に乗って海の中に出て、行く方角もわからないように思われたけれど、望みがかなわなくてはこの世に生きていても何になろうと思ったので、ただ当てもなく風に任せて進んでいった。命が尽きてしまったらそれまでのこと、生きている限りはこうして進んで、蓬萊とかいう山に出会えるだろうかと、波に漂い漕ぎめぐって、わが国の内を離れて航海していったところ、
ある時は波が荒れて海の底にも沈んでしまいそうになり、ある時は風に吹かれて見知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のような者が出てきて殺そうとした。ある時は、来た方角も行く先もわからなくなり、海で行方知れずになりかけた。ある時は食料が尽きて草の根を食べ物とした。ある時は言いようもなく気味の悪いものが来て、食いかかろうとした。ある時は海の貝を取って命をつないだ。旅の空で助けてくれる人もいない所で、さまざまな病気にかかって、行く先さえもわからず、船の進むにまかせて海を漂って、
五百日目という日の辰の刻(午前八時ごろ)ごろに、海の中に、はるかに山が見える。船の中から目をこらして見る。海の上に漂っている山は、たいそう大きい。その山の姿は高く美しい。これこそ自分が探し求める山だろうと思ったが、やはり恐ろしく思われて、山のまわりを漕ぎめぐらせて、二、三日ほど見て回っていると、天人の装いをした女が山の中から出てきて、銀の椀を持って水を汲んで歩いている。これを見て船から下りて、「この山の名を何と申しますか」と尋ねると、女は「これは蓬萊の山です」と答える。これを聞いて、うれしいことこの上ない。この女に「そうおっしゃるあなたはどなたですか」と尋ねる。女は「私の名はほうかんるり」と言って、すっと山の中に入ってしまった。
その山を見ると、まったく登れそうにない。その山の斜面のすそを回ってみると、この世にはない花の木々が立っている。金・銀・瑠璃色の水が山から流れ出ている。そこには色とりどりの玉でできた橋が渡してある。そのあたりに照り輝く木々が立っている。その中で、ここに取って持ってまいりましたのは、たいそう見劣りのするものでしたが、姫のおっしゃった物と違っていてはいけないと思い、この花の枝を折ってまいったのです。山はこの上なくすばらしい。この世のものにたとえようもありませんでしたが、この枝を折ってしまったので、いっそう気がせいて、船に乗って追い風が吹いて、四百余日で帰ってまいりました。大願の力でしょうか、難波から昨日都に帰ってまいりました。潮に濡れた衣さえ脱ぎかえないで、こちらへ参上したのです」とおっしゃるので、
翁はこれを聞いて、感嘆して詠んだ歌、
「代々竹を取ってきた私も、野山でこれほどつらい目(節)にばかりあったことがあったでしょうか」
これを皇子は聞いて、「長い間思い悩んでおりました心は、今日すっかり落ち着きました」とおっしゃって、返歌、
「涙に濡れた私の袂も今日は乾いたので、これまでの数々のつらさも、きっと忘れてしまうでしょう」とおっしゃる。
意訳
二人目の車持皇子は、石作皇子よりはるかに手のこんだ偽装をする。都を離れたふりをしてすぐに戻り、腕利きの工匠を閉じこめて本物そっくりの玉の枝を作らせ、長旅から戻ったばかりのように疲れた姿で現れる。さらに、嵐・鬼・飢え・病と次々に襲う苦難、そして天女に出会って蓬萊山にたどり着くまでの冒険を、見てきたかのように語ってみせる。翁はすっかり信じて寝所の支度を始め、かぐや姫は「負けてしまう」と追いつめられる。巧みな嘘が成功しかけるこの場面は、次章での破綻をいっそうおかしく、痛快にするための仕掛けになっている。
語釈・文法注
- つかうつまる
- 底本の表記のまま。「つかうまつる(仕うまつる)」の誤りか。お仕えする。
- 十六そ
- 「十六所」。皇子の領地十六か所の意とするのが通説。「かみにくどをあけて」は本文に乱れがあるとされ、「竈(くど)を上に開けて」とする説などがある。
- 優曇華
- 仏典で、三千年に一度だけ花を開くとされる想像上の植物。きわめてまれなことのたとえ。
- いほか
- 「五百日(いほか)」。五百日目。
- かなまり
- 「金椀」。金属製の椀。
- ほうかむるり
- 天女の名。「宝冠瑠璃(ほうかんるり)」などと解されるが未詳。
文法
- 「おはしましぬと人には見え給ひて」
- 出発なさったと人には見せかけておいて。皇子の偽装の始まり。
- 「歸らざらまし」
- 「まし」は反実仮想の助動詞。(手に入れなかったら)帰ってこなかっただろう。
- 「蓬萊といふらむ山」
- 「らむ」は伝聞・婉曲の助動詞。蓬萊とかいう山。
- 「違はましかば」
- 「ましかば」は反実仮想の仮定。(姫の言葉と)違っていたら(困る)。
和歌
いたづらに身はなしつとも玉の枝を手をらでさらに歸らざらまし
- 詠者
- 車持皇子
- 状況
- 偽の玉の枝に添えて、命がけで手に入れたかのように詠んだ歌。
吳竹のよゝのたけとり野山にもさやはわびしきふしをのみ見し
- 詠者
- 竹取の翁
- 状況
- 皇子の苦難の旅の話に心を打たれて詠んだ歌。
修辞
- 縁語・掛詞
- 「呉竹」「よ(節)」「ふし(節)」は竹の縁語。「よゝ」に「代々」と「節々」、「ふし」に「節」と「折節(つらい目)」をかける。
わが袂けふ乾ければわびしさのちぐさのかずもわすられぬべし
- 詠者
- 車持皇子
- 状況
- 翁の歌に答えて、苦労が報われたと詠んだ歌。
解説
車持皇子の玉の枝の話は、五つの難題の中でもっとも長く、物語の山場の一つである。皇子のモデルとされる藤原不比等は、律令国家の基礎を築いた有力政治家で、その人物を偽りと策略の人として描いているところに、作者の批判精神を読みとる説もある。
皇子の語る航海の苦難は「或時は〜」をくり返す対句的な文体で、緊迫した冒険談に仕立てられている。架空の旅をいかにも本当らしく語るこの部分は、物語の中に「作り話」が入れ子になっている点で興味深い。
「十六そをかみにくどをあけて」は古来難解な箇所で、諸本によって本文が異なる。当サイトの本文は底本の表記に従い、解釈は語注に一説を示した。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(竹取物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、5–8頁(コマ6–8)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日