竹取物語 第2章
貴公子たちの求婚
かぐや姫の評判を聞いた男たちが求婚に押し寄せるが、最後まで残ったのは色好みの五人の貴公子だった。翁に結婚を勧められたかぐや姫は、志の深さを見るためとして、五人にそれぞれ手に入れるのが難しい宝物を持ってくるよう求める。
- 1世世せ界界かいのののをのこをのこおのこあてあてあてなるなるなるももも賤賤いやしきしきしきももも、、、いかでいかでいかでこのこのこのかぐやかぐやかぐや姫姫ひめををを得得えてててしがしがしがななな見見みてててしがしがしがととと、、、音音おとににに聞聞ききききめでゝめでゝめでて惑惑まどふふう。。。そのそのそのあたりあたりあたりののの垣垣かきにににももも家家いえののの外外とにににもももをるをるおる人人ひとだにだにだにたはたはたわ易易やすくくく見見みるるるまじきまじきまじきものものものををを、、、よるよるよるははは安安やすきききいいいもももねねねずずず、、、闇闇やみののの夜夜よににに出出いでゝでゝでてももも穴穴あなをををくじりくじりくじりこゝこゝここ彼所彼所かしこよりよりより覗覗のぞきききかいまみかいまみかいまみ惑惑まどひひいあへあへあえりりり。。。さるさるさる時時ときよりよりよりなむなむなんとととはははいひいひいいけるけるける。。。
- 2人人ひとののの物物ものととともももせせせぬぬぬところところところににに惑惑まどひひいありありありけけけどもどもども、、、何何なにのののしるししるししるしあるあるあるべくべくべくももも見見みえええずずず。。。家家いえののの人人ひとどもどもどもににに物物ものをををだにだにだに言言いははわむむんとてとてとていひいひいいかくれかくれかくれどもどもども、、、事事ことととともももせせせずずず。。。あたりあたりあたりををを離離はなれれれぬぬぬきんだちきんだちきんだち夜夜よををを明明あかししし日日ひををを暮暮くらすすす人人ひと多多おおかりかりかり。。。おろかおろかおろかなるなるなる人人ひとはははようなきようなきようなきありきありきありきはははよしなかりよしなかりよしなかりけりけりけりとてとてとて、、、來來こずずずなりなりなりにににけりけりけり。。。
- 3そのそのその中中なかににに猶猶なおいひいひいいけるけるけるははは、、、色色いろ好好ごのみみみととといはいはいわるゝるゝるるかぎりかぎりかぎり五五ご人人にん、、、思思おもひひい止止やむむむ時時ときなくなくなく夜夜よる晝晝ひる來來きけりけりけり。。。そのそのその名名な一一ひと人人りははは石石いし作作つくりののの、、、一一ひと人人りははは車車くら持持もちののの、、、一一ひと人人りははは右右う大大だい臣臣じん阿阿あ倍倍べののの、、、一一ひと人人りははは大大だい納納な言言ごん大大おお伴伴ともののの、、、一一ひと人人りははは中中ちゅう納納な言言ごん石石いその上上かみののの麻麻ま、、、たゞたゞただこのこのこの人人ひと々々びとなりなりなりけりけりけり。。。
- 4世世よののの中中なかににに多多おおかるかるかる人人ひとをををだにだにだに、、、少少すこしししもももかたちかたちかたちよしよしよしととと聞聞ききききてててははは、、、見見みまほしうまほしうまほしゅうするするする人人ひと々々びとなりなりなりけれけれければばば、、、かぐやかぐやかぐや姫姫ひめををを見見みまほしうまほしうまほしゅうててて、、、物物ものもももくはくはくわずずず思思おもひひいつゝつゝつつ、、、かのかのかの家家いえににに行行ゆきききてててたゝずみたゝずみたたずみありきありきありきけれけれけれどもどもども、、、かひかひかいあるあるあるべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。ふみふみふみををを書書かきききてててやれやれやれどもどもども返返かえりりりごとごとごともももせせせずずず。。。わびわびわびうたうたうたなどなどなど書書かきききてててやれやれやれどもどもどもかへしかへしかへしもももせせせずずず。。。かひかひかいなしなしなしとととおもへおもへおもえどもどもどもしもつきしもつきしもつきしはすしはすしわすのののふりふりふり、、、みなつきみなつきみなつきののの照照てりりりはたゝくはたゝくはたたくにににもももさはらさはらさわらずずず來來きけりけりけり。。。
- 5このこのこの人人ひと々々びと、、、或或ある時時ときははは竹竹たけ取取とりををを呼呼よびびびいでゝいでゝいでて「「「娘娘むすめををを我我われにににたべたべたべ」」」ととと伏伏ふししし拜拜おがみみみ、、、手手てをををすりすりすりのたまへのたまへのたまえどどど「「「己己おのがががなさなさなさぬぬぬ子子こなれなれなればばば心心こころにににももも從從したがははわずずずなむなむなんあるあるある」」」ととといひいひいいててて、、、月月つき日日ひをををおくるおくるおくる。。。かゝれかゝれかかればばばこのこのこの人人ひと々々びと、、、家家いえににに歸歸かえりりりててて物物ものををを思思おもひひい、、、いのりいのりいのりをををししし、、、ぐわんぐわんがんをををたてたてたて、、、思思おもひひいやめやめやめむむんとととすれすれすれどもどもども止止やむむむべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。さりともさりともさりとも遂遂ついにににをとこをとこおとこあはせあはせあわせざらざらざらむむんやはやはやはとととおもひおもひおもいててて、、、賴賴たのみみみをををかけかけかけたりたりたり。。。あながちあながちあながちににに志志こころざしををを見見みえええありくありくありく。。。
- 6これこれこれををを見見みつけつけつけててて、、、翁翁おきなかぐやかぐやかぐや姫姫ひめにににいふいふいうやうやうよう、、、「「「我我わががが子子こののの佛佛ほとけへんへんへんののの人人ひとととと申申もうしししながらながらながら、、、こゝらこゝらここらおほきおほきおおきさささまでまでまで養養やしなひひい奉奉たてまつるるる志志こころざしおろかおろかおろかならならならずずず。。。翁翁おきなののの申申もうさささむむんことことこと聞聞きききき給給たまひひいてててむむんややや」」」ととといへいへいえばばば、、、かぐやかぐやかぐや姫姫ひめ、、、「「「何何なに事事ごとをををかかかのたまはのたまはのたまわむむん事事ことををを承承うけたまわらららざらざらざらむむん。。。へんへんへん化化げののの者者ものにににてててはべりはべりはべりけむけむけん身身みとととももも知知しらららずずず。。。親親おやとととこそこそこそ思思おもひひい奉奉たてまつれれれ」」」ととといへいへいえばばば、、、翁翁おきな「「「嬉嬉うれしくしくしくもももののの給給たまふふうものものものかなかなかな」」」ととといふいふいう。。。
- 7「「「翁翁おきな年年としににに餘餘あまりりりぬぬぬ、、、今日今日きょうとととももも明日明日あすとととももも知知しらららずずず。。。このこのこの世世よののの人人ひとははは、、、男男おとこはははをうなをうなおうなにににあふあふあう事事ことをををすすす、、、女女おんなははは男男おとこににに合合あふふう事事ことをををすすす。。。そのそのその後後のちなむなむなんかどかどかどももも廣廣ひろくくくなりなりなり侍侍はべるるる。。。いかでいかでいかでかかかさるさるさる事事ことなくなくなくてててはははおはしまさおはしまさおわしまさむむん」」」。。。かぐやかぐやかぐや姫姫ひめのののいはくいはくいわく「「「なでふなでふなでうさるさるさることことことかかかしししはべらはべらはべらむむん」」」ととといへいへいえばばば「「「へんへんへん化化げののの人人ひとととといふいふいうともともとも、、、女女おんなののの身身みもちもちもち給給たまへへえりりり。。。翁翁おきなのののあらあらあらむむん限限かぎりりりははは、、、かうかうこうてててもももなむなむなんかしかしかし。。。このこのこの人人ひと々々びとののの年年とし月月つきををを經經へててて、、、かうかうこうのみのみのみみいましみいましみいましつゝつゝつつののの給給たまふふうことことことををを思思おもひひい定定さだめめめててて、、、一一ひと人人り一一ひと人人りにににあひあひあい奉奉たてまつりりり給給たまひひいねねね」」」ととといへいへいえばばば、、、
- 8かぐやかぐやかぐや姫姫ひめいはくいはくいわく「「「よくよくよくもももあらあらあらぬぬぬかたちかたちかたちををを、、、深深ふかききき心心こころももも知知しらららででであだあだあだ心心ごころつきつきつきなななばばば、、、のちのちのち悔悔くやしきしきしきことことこともももあるあるあるべきべきべきをををととと思思おもふふうばかりばかりばかりなりなりなり。。。世世よのののかしこきかしこきかしこき人人ひとなりなりなりともともとも、、、深深ふかききき志志こころざしををを知知しらららででではははあひあひあい難難がたしししとととなむなむなん思思おもふふう」」」ととといふいふいう。。。翁翁おきないはくいはくいわく「「「思思おもひひいののの如如ごとくくくももものののたまふたまふたまうかなかなかな。。。そもそもそもそもそもそもいかなるいかなるいかなる志志こころざしあらあらあらむむん人人ひとにににかかかあはあはあわむむんととと思思おぼすすす。。。かばかりかばかりかばかり志志こころざしおろかおろかおろかならならならぬぬぬ人人ひと々々びとにににこそこそこそあめれあめれあめれ」」」。。。かぐやかぐやかぐや姫姫ひめのののいはくいはくいわく「「「何何なにばかりばかりばかりののの深深ふかきききをををかかか見見みむむむととといはいはいわむむん。。。いさゝかいさゝかいささかのののことことことなりなりなり。。。人人ひとののの志志こころざしひとしかひとしかひとしかなりなりなり。。。いかでいかでいかでかかか中中なかにににおとりおとりおとりまさりまさりまさりははは知知しらららむむん。。。五五ご人人にんののの中中なかにににゆかしきゆかしきゆかしき物物もの見見みせせせ給給たまへへえらららむむんににに、、、御御み志志こころざしまさりまさりまさりたりたりたりとてとてとて仕仕つこうううまつらまつらまつらむむんととと、、、そのそのそのおはすおはすおわすらむらむらん人人ひと々々びとににに申申もうししし給給たまへへえ」」」ととといふいふいう。。。「「「よきよきよきことことことなりなりなり」」」とととうけうけうけつつつ。。。
- 9日日ひ暮暮くるゝるゝるるほどほどほど、、、例例れいののの集集あつまりりりぬぬぬ。。。人人ひと々々びと或或あるははわ笛笛ふえををを吹吹ふききき、、、或或あるははわ歌歌うたをををうたひうたひうたい、、、或或あるははわ唱唱しょう歌歌がをををししし、、、或或あるははわををを吹吹ふききき、、、扇扇おうぎをををならしならしならしなどなどなどするするするににに、、、翁翁おきな出出いでゝでゝでていはくいはくいわく「「「忝忝かたじけなくくくもももきたなきたなきたなげげげなるなるなる所所ところににに、、、年年とし月月つきををを經經へててて物物ものししし給給たまふふうことことこときはまりきはまりきわまりたるたるたるかしこまりかしこまりかしこまり」」」ととと申申もうすすす。。。「「「翁翁おきなののの命命いのちけふけふきょうあすあすあすとととももも知知しらららぬぬぬををを、、、かくかくかくのたまふのたまふのたまう君君きん達達だちにににもももよくよくよく思思おもひひい定定さだめめめててて仕仕つこうううまつれまつれまつれととと申申もうせせせばばば、、、深深ふかききき御御み心心こころをををしらしらしらででではははとととなむなむなん申申もうすすす。。。さささ申申もうすすすもももことわりことわりことわりなりなりなり。。。いづれいづれいずれ劣劣おとりりりまさりまさりまさりおはしまさおはしまさおわしまさねねねばばば、、、ゆかしきゆかしきゆかしきものものもの見見みせせせ給給たまへへえらららむむんににに、、、御御み志志こころざしのののほどほどほどははは見見みゆゆゆべしべしべし、、、仕仕つこうううまつらまつらまつらむむんことことことははは、、、それそれそれににになむなむなん定定さだむむむべきべきべきととといふいふいう。。。これこれこれ善善よきききことことことなりなりなり。。。人人ひとののの恨恨うらみもももあるあるあるまじまじまじ」」」ととといへいへいえばばば、、、五五ご人人にんののの人人ひと々々びとももも「「「よきよきよきことことことなりなりなり」」」ととといへいへいえばばば翁翁おきな入入いりりりててていふいふいう。。。
- 10かぐやかぐやかぐや姫姫ひめ「「「石石いし作作つくりのののみこみこみこにににははは、、、天天てん竺竺じくににに佛佛ほとけののの御御み石石いしののの鉢鉢はちととといふいふいうものものものありありあり、、、其其それをををとりとりとりててて給給たまへへえ」」」ととといふいふいう。。。「「「車車くら持持もちのののみこみこみこにににははは、、、東東ひんがしののの海海うみににに蓬蓬ほうととといふいふいう山山やまありありあり、、、それそれそれにににしろがねしろがねしろがねををを根根ねとととししし、、、こがねこがねこがねををを莖莖くきとととししし、、、白白しら玉玉たまををを實實みとととしししてててたてたてたてるるる木木きありありあり、、、それそれそれ一一ひと枝枝え折折おりりりててて給給たまはらはらわらむむん」」」ととといふいふいう。。。「「「今今いま一一ひと人人りにににはははもろこしもろこしもろこしにににあるあるある火火ひ鼠鼠ねずみののの裘裘かわごろもををを給給たまへへえ。。。大大おお伴伴ともののの大大だい納納な言言ごんにににははは龍龍たつののの首首くびににに五五ご色色しきににに光光ひかるるる玉玉たまありありあり、、、それそれそれをををとりとりとりててて給給たまへへえ。。。石石いその上上かみののの中中ちゅう納納な言言ごんにににははは、、、つばくらめつばくらめつばくらめのののもたもたもたるるる子子こ安安やす貝貝がい一一ひとつつつとりとりとりててて給給たまへへえ」」」ととといふいふいう。。。
- 11翁翁おきな「「「難難かたききき事事ことどもどもどもにににこそこそこそあああなれなれなれ。。。このこのこの國國くににににあるあるある物物ものにににもももあらあらあらずずず。。。かくかくかく難難かたききき事事ことをををばばばいかにいかにいかに申申もうさささむむん」」」ととといふいふいう。。。かぐやかぐやかぐや姫姫ひめ、、、「「「何何なにかかか難難かたからからからむむん」」」ととといへいへいえばばば、、、翁翁おきな「「「とまれとまれとまれかくまれかくまれかくまれ申申もうさささむむん」」」とてとてとて出出いでゝでゝでて「「「かくかくかくなむなむなん。。。聞聞きこゆるゆるゆるやうやうようににに見見みせせせ給給たまへへえ」」」ととといへいへいえばばば、、、みこみこみこだちだちだちかんだちめかんだちめかんだちめ聞聞ききききててて「「「にににあたりあたりあたりよりよりよりだにだにだになななありきありきありきそそそとととやはやはやはののの給給たまははわぬぬぬ」」」ととといひいひいいてててててて皆皆みな歸歸かえりりりぬぬぬ。。。
現代語訳
世の中の男たちは、身分の高い者も低い者も、なんとかしてこのかぐや姫を妻にしたい、会ってみたいと、噂に聞いて恋い慕い、思い乱れる。その家のまわりの垣根のあたりにも、家の門口にも、そこにいる人でさえ容易に姫を見ることはできないのに、夜は安らかに眠りもせず、闇夜に出かけて行っては、垣根に穴をあけ、あちこちからのぞき見をして心を乱し合っている。このときから、求婚することを「よばひ」と言うようになった。
人が相手にもしない所をうろつき回ったけれども、何の効き目もありそうにない。家の者たちにせめて言葉をかけようと話しかけても、相手にしてくれない。それでもあたりを離れない貴公子たちの中には、夜を明かし日を暮らす人が多かった。熱意の浅い人は「無駄な通い歩きはつまらないことだった」と言って、来なくなった。
その中で、なおも言い寄り続けたのは、色好みと言われる者ばかりの五人で、思いをあきらめるときもなく、夜も昼もやって来た。その名は、一人は石作の皇子、一人は車持の皇子、一人は右大臣阿倍御主人、一人は大納言大伴御行、一人は中納言石上麻呂、ただこの人々であった。
この人々は、世間にいくらでもいるような女でさえ、少しでも器量がよいと聞くと会いたがる人々だったので、かぐや姫に会いたくて、食事もとらずに思い続け、あの家に行ってたたずみ歩き回ったけれども、そのかいもありそうにない。手紙を書いて送っても返事もない。恋の悩みを訴える歌などを書いて送っても返歌もない。かいがないとは思うものの、十一月・十二月の雪が降り凍る寒さの中も、六月の日が照りつけ雷が鳴りとどろく暑さの中も、かまわずにやって来た。
この人々は、ある時は竹取の翁を呼び出して「娘を私に下さい」とひれ伏して拝み、手をすり合わせておっしゃるけれども、翁は「自分の生んだ子ではないので、思いどおりにもなりませんで」と言って、月日を送る。こういうわけで、この人々は家に帰って物思いにふけり、神仏に祈り、願を立て、思いをあきらめようとするけれども、あきらめられそうにもない。それでも最後には結婚させないことがあろうかと思って、望みをかけている。むりやりにも熱意を見せて歩き回る。
これを見て、翁がかぐや姫に言うには、「わが子の仏様、あなたは変化の人とは申しながら、これほど大きくなるまでお育てした私の気持ちは並々ではありません。翁の申し上げることを聞いてくださいますか」と言うと、かぐや姫は「どんなことでも、おっしゃることをお受けしないことがありましょうか。変化の者であった身とも知りません。親とこそ思っております」と言うので、翁は「うれしいことをおっしゃるものだ」と言う。「翁は七十を越えました。今日とも明日ともわからない命です。この世の人は、男は女と結婚し、女は男と結婚するものです。そうしてこそ一門も栄えるのです。どうして結婚しないでいられましょう」。かぐや姫が「どうしてそのようなことをいたしましょう」と言うと、翁は「変化の人だとしても、女の身をお持ちです。翁が生きているうちは、このままでもいらっしゃれましょうが。この人々が長い年月、こうしていらしてはおっしゃることをよく考えて、どなたかお一人と結婚なさいませ」と言う。
かぐや姫が言うには、「たいしてよくもない容貌なのに、相手の深い心も知らないで結婚して、その人に浮気心でも起こったら、後で悔しいこともあるだろうと思うだけです。世の中のりっぱな人であっても、深い愛情を確かめないでは結婚しにくいと思います」。翁は「私の思っていたとおりのことをおっしゃる。いったいどのような愛情のある人と結婚しようとお思いか。これほど愛情の並々でない人々ではありませんか」と言う。かぐや姫は「どれほどの深い愛情を見ようというのでもありません。ほんのちょっとしたことです。五人の愛情は同じほどのようです。どうしてその中で優劣がわかりましょう。五人の中で、私の見たい物を見せてくださった方を、愛情がまさっているとしてお仕えいたしましょうと、そこにいらっしゃる方々に申し上げてください」と言う。翁は「それはよいことだ」と引き受けた。
日が暮れるころ、いつものように五人が集まった。ある人は笛を吹き、ある人は歌をうたい、ある人は譜を口ずさみ、ある人は口笛を吹き、扇を鳴らしたりしていると、翁が出てきて言う。「もったいなくもむさくるしい所に、長年お通いくださることは、まことに恐れ多いことでございます」と申し上げる。「翁の命は今日明日とも知れないので、このようにおっしゃる君達にも、よく考えてお仕えしなさいと申しますと、姫は深いお心を知らないでは、と申します。そう申すのももっともです。どなたも優劣がおありにならないので、見たい物を見せてくださった方に、ご愛情のほどは見えるでしょう、お仕えすることはそれによって決めましょう、と申します。これはよいことです。どなたの恨みもないでしょう」と言うと、五人の人々も「それはよい」と言うので、翁は家に入ってそのことを伝える。
かぐや姫は「石作の皇子には、天竺にある仏の御石の鉢という物を取ってきてください」と言う。「車持の皇子には、東の海に蓬萊という山があり、そこに銀を根とし、金を茎とし、真珠を実として立っている木があります。その一枝を折ってきていただきましょう」と言う。「もう一人には、唐土にある火鼠の皮衣をください。大伴の大納言には、龍の首に五色に光る玉があるので、それを取ってきてください。石上の中納言には、燕の持っている子安貝を一つ取ってきてください」と言う。
翁は「難しいことばかりのようだ。この国にある物でもない。このような難しいことをどのように申し上げようか」と言う。かぐや姫が「何が難しいことがありましょう」と言うので、翁は「ともかく申し上げてみよう」と言って出て行き、「このように申しております。申し上げるとおりの物を見せてください」と言うと、皇子たちや上達部は聞いて、「いっそ穏やかに、このあたりを歩き回ることさえしないでくれと、どうしておっしゃらないのか」と言って、うんざりしてみな帰ってしまった。
意訳
かぐや姫の美しさは評判になり、身分を問わず多くの男が屋敷のまわりに群がる。しかし姫は誰にも姿を見せず、やがて熱の冷めた者は去っていき、色好みで知られる五人の貴公子だけが残る。翁は老い先短い身として、姫に結婚を強く勧める。姫は「相手の心の深さがわからないまま結婚して後悔したくない」と答え、五人に世にもまれな宝物を求める。これは表向きは愛情を試すための課題だが、実際には誰とも結婚しないための巧みな拒絶でもある。人の世の結婚の論理を語る翁と、それに縛られない姫の対比が、ここからの求婚譚全体を方向づけている。
語釈・文法注
- しがな
- 願望の終助詞。〜したいものだ。「得てしがな」は妻にしたいものだ、「見てしがな」は会いたいものだ、の意。
- よばひ
- 求婚すること。「呼ばふ」(呼び続ける)の名詞形。ここでは「夜這ひ」と結びつけた語源説話になっている。
- 石作のみこ
- 石作皇子。モデルとして、壬申の乱の功臣多治比嶋(丹比真人)が挙げられることがある。石作氏は丹比氏と同族。
- 車持のみこ
- 車持皇子。藤原不比等の母が車持氏の出であることから、不比等がモデルとされる。
- 右大臣阿倍のみうし
- 阿倍御主人(635〜703)。実在の人物で、文武天皇の時代に右大臣となった。
- 大納言大伴のみゆき
- 大伴御行(?〜701)。実在の人物で、大納言となった。
- 中納言石上の麻呂
- 石上麻呂(640〜717)。実在の人物で、大納言・右大臣・左大臣を歴任した。
- ふりこほり
- 雪が降り凍ること。「しもつき・しはす」(十一月・十二月)の厳寒をいう。
- へん化
- 「変化(へんげ)」。神仏などが仮に人の姿となってこの世に現れたもの。
- なゝそぢ
- 七十歳。「そぢ」は十を単位として数える語。
- いますかり
- 「あり」「をり」の尊敬語。いらっしゃる。
- うそ
- 口笛。口をすぼめて息を吹き、音を出すこと。
- 蓬萊
- 中国の伝説で、東方の海上にあるとされる仙山。不老不死の仙人が住むという。
- おいらか
- おだやかなさま、すなおなさま。ここでは、遠回しな難題など出さずに、はっきりと、の意。
- うんじ
- 「倦(う)んず」の連用形。いやになる、うんざりする。
文法
- 「さる時よりなむよばひとはいひける」
- 言葉の由来を説く語源譚の形。五人の求婚譚の結びにも同じ形の語源説明がくり返される。
- 「見まほしう」
- 希望の助動詞「まほし」の連用形「まほしく」のウ音便。会いたく。
- 「聞き給ひてむや」
- 完了(強意)の助動詞「つ」の未然形「て」+推量の助動詞「む」+疑問の係助詞「や」。きっと聞いてくださるでしょうか。
- 「あひ奉り給ひね」
- 「ね」は完了の助動詞「ぬ」の命令形。結婚なさってしまいなさい。
- 「なありきそ」
- 副詞「な」と終助詞「そ」で禁止を表す「な〜そ」の形。歩き回ってくれるな。
解説
五人の求婚者のうち、阿倍御主人・大伴御行・石上麻呂の三人は、天武・持統・文武天皇の時代の実在の高官である。石作皇子・車持皇子にもモデルがあるとされ、とくに車持皇子は藤原不比等を風刺したものとする説が有名である。物語の舞台は、奈良時代以前の飛鳥・藤原京の時代に設定されているといえる。
五つの難題(仏の御石の鉢・蓬萊の玉の枝・火鼠の皮衣・龍の首の玉・燕の子安貝)は、いずれもインド・中国の伝説や仏典に由来する、この世に実在しないか入手不可能な宝物である。難題を課して求婚者を試す話は、チベットの「斑竹姑娘」など、アジア各地の説話にも類例が知られている。
「よばひ」の語源説明は、本来「呼ばふ(呼び続ける)」から来た語を、夜に忍んで行くことに結びつけた言葉遊びであり、『竹取物語』の滑稽で機知に富んだ語り口をよく表している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部三 雑上(竹取物語) 板倉屋書房、明治36年(1903)、2–4頁(コマ5–6)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日