新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1944番
おしなべて
すべてむなしい空だと思っていたのに、藤が咲いたので紫の雲となった。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕普門品、「心念不空過」。
すべてむなしい空だと思っていたのに、藤が咲いたので紫の雲となった。
意訳
空はただむなしいものだと思っていたが、藤の花が咲くと紫の雲のように見える。観音を念じる心はむなしくはならないのだ。
語釈・文法注
- 心念不空過
- 心に念じればむなしく過ぎることはない。
- 紫の雲
- 瑞雲。
和歌
- 作者
- 慈円(じえん) 1155–1225
関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟、良経の叔父。天台座主を四度務めた。歴史書『愚管抄』を著した。率直で多彩な歌風で、『新古今和歌集』に西行に次ぐ九十二首が入る。家集に『拾玉集』がある。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第二十・釈教歌・1944番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「普門品、心念不空過」(普門品、「心念不空過」)。
修辞
- 体言止め
- 体言止め。
解説
慈円の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、360頁(コマ190)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日