古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第二十 釈教歌 1925番

われだにも

源信(げんしん)

せめて私だけでもまず極楽に生まれたならば、知る人も知らぬ人も、みな迎えよう。

作者
僧都源信(源信)
  1. 1題だい題だいだいしらずしらずしらず詞書
  2. 2われだにもわれだにもわれだにも初句
  3. 3まづまづまず極樂ごくらく極樂ごくらくごくらくににに二句
  4. 4生う生ううまれなばまれなばまれなば三句
  5. 5知し知ししるもしらぬもるもしらぬもるもしらぬも四句
  6. 6皆みな皆みなみな迎むか迎むかむかへてむへてむえてむ結句

引用の仕方

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現代語訳

せめて私だけでもまず極楽に生まれたならば、知る人も知らぬ人も、みな迎えよう。

意訳

もし私がまず極楽に往生できたなら、知る人も知らない人も、みな迎えに行きましょう。

語釈・文法注

和歌

作者
源信(げんしん) 942–1017
天台宗の僧。比叡山横川に住み、『往生要集』を著して浄土教の基礎を築いた。恵心僧都と呼ばれる。
出典
『新古今和歌集』巻第二十・釈教歌・1925番
歌体
短歌
状況
題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。

解説

源信の歌。

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出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、356頁(コマ188)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日