新古今和歌集 巻第十九 神祇歌 1860番
思ふこと
思うことが身に余るまでかなう、鳴る滝がしばらく淀むのを、どうして恨むのだろう。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
思うことが身に余るまでかなう、鳴る滝がしばらく淀むのを、どうして恨むのだろう。
〔左注〕この歌は、わが身の沈んでいることを嘆いて東の方へ下ろうと思い立った人が、熊野の御前で夜通し籠もっていました、その夢に現れたということだ。
意訳
願いは身に余るほどかなうのだから、鳴り落ちる滝の水が少しのあいだ淀むように、今しばらく沈んでいるのを、どうして恨むことがあろう。
語釈・文法注
- なる瀧
- 「成る」と「鳴る滝」を掛ける。
和歌
- 作者
- 読人しらず(よみびとしらず)
作者の名が伝わらない歌。『新古今和歌集』では、『万葉集』の歌や古い歌集から採った歌、伝承の歌などが多い。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十九・神祇歌・1860番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
修辞
- 掛詞
- 「なる」に「成る」と「鳴る」。
解説
左注によると、熊野の神が、不遇を嘆いて東国へ下ろうとした人の夢に現れて詠んだ歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、343頁(コマ181)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日