古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1539番

秋を經て

慈円(じえん)

秋を経て月を眺める身となった。五十年の闇を、何を嘆くのだろう。

作者
前大僧正慈圓(慈円)
  1. 1五十首ごじつしゆ五十首ごじつしゆごじっしゅののの歌うた歌うたうためしゝめしゝめしし時とき時ときとき詞書
  2. 2秋あき秋あきあきををを經へ經へへててて初句
  3. 3月つき月つきつきををを眺なが眺ながながむるむるむる二句
  4. 4身み身みみとなれりとなれりとなれり三句
  5. 5五十いそぢ五十いそぢいそじののの闇やみ闇やみやみををを四句
  6. 6何なに何なになに歎なげ歎なげなげくらむくらむくらむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕五十首歌をお召しになった時に。

秋を経て月を眺める身となった。五十年の闇を、何を嘆くのだろう。

意訳

幾度も秋を経て、月を眺める身となった。五十年の迷いの闇を、何を今さら嘆くことがあろう。月が照らしてくれるのだから。

語釈・文法注

和歌

作者
慈円(じえん) 1155–1225
関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟、良経の叔父。天台座主を四度務めた。歴史書『愚管抄』を著した。率直で多彩な歌風で、『新古今和歌集』に西行に次ぐ九十二首が入る。家集に『拾玉集』がある。
出典
『新古今和歌集』巻第十六・雑歌上・1539番
歌体
短歌
状況
詞書「五十首の歌めしゝ時」(五十首歌をお召しになった時に)。

修辞

三句切れ
三句切れ。

解説

慈円の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、281頁(コマ150)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日