新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1521番
有明の
有明の月の行方を眺めてこそ、野寺の鐘は聞くべきなのだった。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕摂政太政大臣が大将でした時、月の歌五十首を詠ませました時に。
有明の月の行方を眺めてこそ、野寺の鐘は聞くべきなのだった。
意訳
野寺の暁の鐘は、西に傾いていく有明の月の行方を眺めながら聞くべきものだった。
語釈・文法注
和歌
- 作者
- 慈円(じえん) 1155–1225
関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟、良経の叔父。天台座主を四度務めた。歴史書『愚管抄』を著した。率直で多彩な歌風で、『新古今和歌集』に西行に次ぐ九十二首が入る。家集に『拾玉集』がある。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十六・雑歌上・1521番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「攝政太政大臣、大將に侍りし時、月の歌五十首よませ侍りけるに」(摂政太政大臣が大将でした時、月の歌五十首を詠ませました時に)。
解説
慈円の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、278頁(コマ149)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日