新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1447番
春霞
春霞がたなびきわたる折にこそ、このような山辺は、かいがあるのだった。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕東三条院が女御でいらしたころ、円融院がいつもお渡りになるのを聞きまして、靫負の命婦のもとに贈った歌。
春霞がたなびきわたる折にこそ、このような山辺は、かいがあるのだった。
意訳
春霞がたなびくように帝がおいでくださるこの時こそ、このような山辺の里も、かいがあるというものです。
語釈・文法注
- かひ
- 「峡(山あい)」と「甲斐」を掛ける。
和歌
- 作者
- 藤原兼家(ふじわらのかねいえ) 929–990
藤原師輔の子。摂政・太政大臣に至った。道隆・道長らの父。東三条殿に住んだ。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十六・雑歌上・1447番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「東三條院、女御におはしましける時、圓融院つねにわたり給ひけるを聞き侍りて、靫負の命婦が許につかはしける」(東三条院が女御でいらしたころ、円融院がいつもお渡りになるのを聞きまして、靫負の命婦のもとに贈った歌)。
修辞
- 掛詞
- 「かひ」に「峡」と「甲斐」。
解説
兼家の歌。東三条院は兼家の娘詮子。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、262〜263頁(コマ141)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日