古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1438番

哀れなり

源雅信(みなもとのまさざね)

しみじみと思われる。昔の人を思うと、昨日の野辺に御幸なさったでしょうか。

作者
一條左大臣(源雅信)
  1. 1圓融院ゑんゆうゐん圓融院ゑんゆうゐんえんゆういん、、、位くらゐ位くらゐくらいさりさりさり給たま給たまたまひてひていて後のち後のちのち、、、船岡ふなをか船岡ふなをかふなおかににに子日ねのひ子日ねのひねのひしたまひけるにしたまひけるにしたまいけるに參まゐ參まゐまいりてりてりて、、、あしたにあしたにあしたに奉たてまつ奉たてまつたてまつりけるりけるりける詞書
  2. 2哀あは哀あはあわれなりれなりれなり初句
  3. 3昔むかし昔むかしむかしののの人ひと人ひとひとををを二句
  4. 4思おも思おもおもふにふにうにははは三句
  5. 5きのきのきのふのふのうの野邊のべ野邊のべのべににに四句
  6. 6御幸みゆき御幸みゆきみゆきせましやせましやせましや結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕円融院が譲位なさった後、船岡で子の日の遊びをなさった時に参上して、翌朝に差しあげた歌。

しみじみと思われる。昔の人を思うと、昨日の野辺に御幸なさったでしょうか。

意訳

しみじみと感慨深いことです。昔の帝の子の日の御幸を思うと、昨日のような野辺へのお出ましは、在位のころにはなかったでしょうに。

語釈・文法注

船岡
京都の船岡山。

和歌

作者
源雅信(みなもとのまさざね) 920–993
敦実親王の子。左大臣に至った。娘の倫子は藤原道長の妻。
出典
『新古今和歌集』巻第十六・雑歌上・1438番
歌体
短歌
状況
詞書「圓融院、位さり給ひて後、船岡に子日したまひけるに參りて、あしたに奉りける」(円融院が譲位なさった後、船岡で子の日の遊びをなさった時に参上して、翌朝に差しあげた歌)。

修辞

初句切れ
初句切れ。

解説

雅信の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、260頁(コマ140)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日