新古今和歌集 巻第十四 恋歌四 1239番
絕えぬるか
絶えてしまったのか。せめて影だけでも映っていたら尋ねもしようが、形見の水には水草が生えてしまった。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕入道摂政が長く来なかったころ、鬢をかいて出て行った泔坏の水が、入れたまま残っていたのを見て。
絶えてしまったのか。せめて影だけでも映っていたら尋ねもしようが、形見の水には水草が生えてしまった。
意訳
あの人との仲は絶えてしまったのか。この水に面影だけでも映っていれば尋ねようもあるのに、形見の水には水草が生えてしまった。
語釈・文法注
- 入道摂政
- 藤原兼家。
- ゆするつき
- 髪を洗い整える水を入れる器。
- 水草ゐ
- 水草が生える。
和歌
- 作者
- 藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは) 936?–995
藤原倫寧の娘。藤原兼家の妻で、道綱の母。兼家との結婚生活を綴った『蜻蛉日記』の作者。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十四・恋歌四・1239番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「入道攝政、久しくまうで來ざりける頃、鬢かきて出でけるゆするつきの、水いれながら侍りけるを見て」(入道摂政が長く来なかったころ、鬢をかいて出て行った泔坏の水が、入れたまま残っていたのを見て)。
修辞
- 初句切れ
- 初句切れ。
解説
道綱母の歌。『蜻蛉日記』にも見える。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、227頁(コマ123)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日