古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第十三 恋歌三 1193番

有明は

西行法師(さいぎょうほうし)

有明の月は、思い出があるのだろうか。横雲の漂っていた明け方の空よ。

詞書
「題しらず」(前の歌と同じ詞書)
作者
西行法師
  1. 1有明ありあけ有明ありあけありあけははは初句
  2. 2思おも思おもおもひひい出で出でであれやあれやあれや二句
  3. 3橫よこ橫よこよこ雲ぐも雲ぐもぐもののの三句
  4. 4漂ただよ漂ただよただよははわれつるれつるれつる四句
  5. 5東雲しののめ東雲しののめしののめののの空そら空そらそら結句

引用の仕方

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現代語訳

有明の月は、思い出があるのだろうか。横雲の漂っていた明け方の空よ。

意訳

有明の月を見ると思い出があるのだろうか。別れの朝、横雲が漂っていた明け方の空が、今もありありと思い出される。

語釈・文法注

思ひ出あれや
思い出があるのだろうか。

和歌

作者
西行法師(さいぎょうほうし) 1118–1190
俗名は佐藤義清(のりきよ)。鳥羽院の北面の武士だったが、二十三歳で出家し、諸国を旅して歌を詠んだ。自然と人生の哀感を率直に詠み、『新古今和歌集』に最も多い九十四首が入る。家集に『山家集』がある。
出典
『新古今和歌集』巻第十三・恋歌三・1193番
歌体
短歌
状況
題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。

修辞

二句切れ
二句切れ。
体言止め
体言止め。

解説

西行の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、218頁(コマ119)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日