新古今和歌集 巻第十三 恋歌三 1155番
逢ふまでの
逢うまでの命があればと思ったのは、悔やまれる私の心だなあ。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
逢うまでの命があればと思ったのは、悔やまれる私の心だなあ。
意訳
せめて逢えるまでは命があってほしいと願ったものだ。逢えた今は、もっと生きたいと思う。あんな願いをしたのが悔やまれる。
語釈・文法注
和歌
- 作者
- 西行法師(さいぎょうほうし) 1118–1190
俗名は佐藤義清(のりきよ)。鳥羽院の北面の武士だったが、二十三歳で出家し、諸国を旅して歌を詠んだ。自然と人生の哀感を率直に詠み、『新古今和歌集』に最も多い九十四首が入る。家集に『山家集』がある。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十三・恋歌三・1155番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
解説
西行の歌。底本は初句を「逢ふまでの」とするが、「明日までの」とする本もある。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、211頁(コマ115)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日