新古今和歌集 巻第六 冬歌 701番
急がれぬ
気ぜわしくならない年の暮れこそ、しみじみとあわれだ。昔は、春の訪れを他人事のように聞いていただろうか。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕百首歌を献上した時の歌。
気ぜわしくならない年の暮れこそ、しみじみとあわれだ。昔は、春の訪れを他人事のように聞いていただろうか。
意訳
年の暮れなのに、新年を迎える準備に心がせかされない。それがなんともあわれだ。昔は、春の訪れを他人事として聞くことなどなかったのに。
語釈・文法注
- 急がれぬ
- 準備に追われない。心がせかされない。
- かは
- 反語。
和歌
- 作者
- 藤原実房(ふじわらのさねふさ) 1147–1225
藤原公教の子。左大臣に至り、のち出家した。三条家の人。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第六・冬歌・701番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「百首の歌奉りし時」(百首歌を献上した時の歌)。
修辞
- 三句切れ
- 三句切れ。
解説
実房の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、122頁(コマ71)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日