新古今和歌集 巻第五 秋歌下 525番
神南備の
神奈備の三室山の梢はどうなっているだろうか。どの山も時雨の降るころなので。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕秋の歌として詠んだ歌。
神奈備の三室山の梢はどうなっているだろうか。どの山も時雨の降るころなので。
意訳
どの山にも時雨が降るこのごろ、紅葉の名所の三室山の梢は、どれほど美しく色づいていることだろう。
語釈・文法注
- なべての
- すべての。
和歌
- 作者
- 八条院高倉(はちじょういんのたかくら) 生没年未詳(十二世紀後半〜十三世紀前半)
藤原惟方の娘とされ、鳥羽天皇の皇女八条院暲子内親王に仕えた女房。後鳥羽院の歌壇で活躍した。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第五・秋歌下・525番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「秋の歌とてよめる」(秋の歌として詠んだ歌)。
修辞
- 三句切れ
- 三句切れ。
解説
八条院高倉の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、92頁(コマ56)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日