古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第五 秋歌下 453番

わきてなど

慈円(じえん)

どうしてとりわけ番小屋で田を守る人の袖が萎れるのだろう。稲葉にだけ吹く秋の風ではないのに。

作者
前大僧正慈圓(慈円)
  1. 1攝政太政大臣せつしやうだいじやうだいじん攝政太政大臣せつしやうだいじやうだいじんせっしょうだいじょうだいじんののの家いへ家いへいえののの百首ひやくしゆ百首ひやくしゆひゃくしゅののの歌合うたあはせ歌合うたあはせうたあわせににに詞書
  2. 2わきてなどわきてなどわきてなど初句
  3. 3庵いほ庵いほいおもるもるもる袖そで袖そでそでののの二句
  4. 4しをるらむしをるらむしおるらむ三句
  5. 5稻葉いなば稻葉いなばいなばにかぎるにかぎるにかぎる四句
  6. 6秋あき秋あきあきののの風かぜ風かぜかぜかはかはかは結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕摂政太政大臣(良経)の家の百首歌合で詠んだ歌。

どうしてとりわけ番小屋で田を守る人の袖が萎れるのだろう。稲葉にだけ吹く秋の風ではないのに。

意訳

秋風はどこにでも吹くのに、どうして田の番小屋で番をする人の袖ばかりが涙で萎れるのだろう。

語釈・文法注

わきてなど
とりわけ、どうして。
庵もる
番小屋で田を守る。

和歌

作者
慈円(じえん) 1155–1225
関白藤原忠通の子で、九条兼実の弟、良経の叔父。天台座主を四度務めた。歴史書『愚管抄』を著した。率直で多彩な歌風で、『新古今和歌集』に西行に次ぐ九十二首が入る。家集に『拾玉集』がある。
出典
『新古今和歌集』巻第五・秋歌下・453番
歌体
短歌
状況
詞書「攝政太政大臣の家の百首の歌合に」(摂政太政大臣(良経)の家の百首歌合で詠んだ歌)。

修辞

反語
反語。

解説

慈円の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、80頁(コマ50)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日