新古今和歌集 巻第五 秋歌下 452番
過ぎて行く
過ぎていく秋の形見として、雄鹿は自分の鳴く声も惜しいのだろうか。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕祐子内親王の家の歌合の後で、鹿の歌を詠みました時の歌。
過ぎていく秋の形見として、雄鹿は自分の鳴く声も惜しいのだろうか。
意訳
去っていく秋の名残として、雄鹿は自分の鳴き声さえも惜しむように鳴いているのだろう。
語釈・文法注
- 形見
- 思い出のよすが。
和歌
- 作者
- 藤原長家(ふじわらのながいえ) 1005–1064
藤原道長の子。権大納言に至った。御子左家の祖で、藤原定家の曽祖父にあたる。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第五・秋歌下・452番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「祐子內親王の家の歌合の後、鹿の歌よみ侍りけるに」(祐子内親王の家の歌合の後で、鹿の歌を詠みました時の歌)。
解説
長家の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、79〜80頁(コマ49)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日