更級日記 第18章
宮の友と和泉への旅
暮らしに不足もなく、作者は子の成長と夫の昇進を願いながら物詣でを楽しむ。越前に下った旧友との雪の贈答、西山の奥の桜、太秦での入相の鐘、宮仕えの友との磯の歌のやりとり、筑前に下った友を夢に見た月の歌。秋には和泉に下り、高浜の遊女、住吉の浦の夕べを見て、帰りの大江の浦で嵐に遭う。
- 1何事何事なにごとももも心心こころにににかなはかなはかなわぬぬぬ事事こともももなきなきなきまゝまゝままににに、、、かやうかやうかようににに立立たちちち離離はなれれれたるたるたる物物ものまうでまうでもうでをををしししてててももも道道みちのののほどほどほどををををかしをかしおかしとととももも苦苦くるしししとととももも見見みるるるににに、、、おのづからおのづからおのずから心心こころももも慰慰なぐさめめめ、、、さりともさりともさりともたのもしうたのもしうたのもしゅうさしさしさしあたりあたりあたりてててなげかしなげかしなげかしなどなどなど覺覺おぼゆるゆるゆる事事ことどもどもどもないないないまゝまゝままににに、、、唯唯ただをさなきをさなきおさなき人々人々ひとびとをををいつしかいつしかいつしか思思おもふふうさまさまさまにににしししたてゝたてゝたてて見見みむむんととと思思おもふふうににに、、、年月年月としつきののの過過すぎぎぎ行行ゆくくくををを心心こころもとなくもとなくもとなく、、、たのむたのむたのむ人人ひとだにだにだにひとひとひとのののやうやうようなるなるなるよろこびよろこびよろこびしししてててはははとととのみのみのみ思思おもひひい渡渡わたるるる心心こころちちちたのもしたのもしたのもしかしかしかし。。。
- 2いにしへいにしへいにしえいみじういみじういみじゅうかたらひかたらひかたらい夜晝夜晝よるひる歌歌うたなどなどなどよみよみよみかはしかはしかわしさむらふさむらふさむらう人人ひとののの、、、ありありありありありありてててもももいといといと昔昔むかしのののやうやうようにににこそこそこそあらあらあらねねね、、、絕絕たえええずずずいひいひいいわたるわたるわたる。。。越前越前えちぜんののの守守かみのののよめよめよめにににてててくだりくだりくだりしししががが、、、かきかきかき絕絕たえええ音音おともももせせせぬぬぬににに、、、辛辛からうじてうじてうじてたよりたよりたより尋尋たずねねねててて、、、これこれこれよりよりより、、、
- 3「「「たえたえたえざりざりざりししし思思おもひひいももも今今いまははは絕絕たえええにににけりけりけりこしこしこしのののわたりわたりわたりののの雪雪ゆきのののふかさふかさふかさににに」」」。。。
- 4ととといひいひいいたるたるたるかへりごとかへりごとかえりごとににに、、、
- 5「「「ののの雪雪ゆきのののしたしたしたなるなるなるさゞれさゞれさざれいしいしいしののの中中なかのののおもひおもひおもいははは消消きえええむむんものものものかはかはかは」」」。。。
- 6やよひやよひやよいのののついたちついたちついたちごろごろごろににに西山西山にしやまののの奥奥おくなるなるなる所所ところにににいきいきいきたるたるたる、、、人人ひと目目めももも見見みえええずずずのどのどのどのどのどのどとととかすみかすみかすみわたりわたりわたりたるたるたるににに、、、あはれあはれあわれににに心心こころぼそくぼそくぼそく花花はなばかりばかりばかり咲咲さきききみだれみだれみだれたりたりたり。。。
- 7「「「里里さととほみとほみとおみあまりあまりあまりおくおくおくなるなるなるやまやまやま路路じにににははは花花はな見見みにににとてもとてもとても人人ひとこここざりざりざりけりけりけり」」」。。。
- 8世世よののの中中なかむつかしうむつかしうむつかしゅう覺覺おぼゆるゆるゆるころころころ、、、うづまさうづまさうずまさにににこもりこもりこもりたるたるたるににに、、、宮宮みやにににかたらひかたらひかたらい聞聞きこゆるゆるゆる人人ひとののの御許御許おおんもとよりよりより文文ふみあるあるある、、、返返かえりりり事事ごと聞聞きこゆるゆるゆるほどほどほどににに鐘鐘かねのののおとおとおとののの聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、
- 9「「「しげかりしげかりしげかりしししうきうきうき世世よのののことことことももも忘忘わすららられれれずずず入相入相いりあいののの鐘鐘かねのののこゝろぼそさこゝろぼそさこころぼそさににに」」」
- 10ととと書書かきききてててやりやりやりつつつ。。。うらうらうらうらうらうらとととのどかのどかのどかなるなるなる宮宮みやにににててて、、、同同おなじじじこゝろこゝろこころなるなるなる人人ひと三人三人みたりばかりばかりばかり、、、物語物語ものがたりなどなどなどしししてててまかでゝまかでゝまかでて又又またののの日日ひつれづれつれづれつれづれなるなるなるまゝまゝままににに、、、こひしうこひしうこいしゅう思思おもひひい出出いでででらるれらるれらるればばば、、、二人二人ふたりががが中中なかににに、、、
- 11「「「袖袖そでぬるゝぬるゝぬるるあらあらあらいそいそいそ浪浪なみととと知知しりりりながらながらながらともともともにににかづきかづきかずきをををせせせしししぞぞぞこひしきこひしきこいしき」」」
- 12ととと聞聞きこえええたれたれたればばば、、、
- 13「「「あらあらあら磯磯いそはははあされあされあされどどど何何なにのののかひかひかいなくなくなくてててうしほうしほうしおにににぬるゝぬるゝぬるるあまあまあまのののそでそでそでかなかなかな」」」。。。
- 14いまいまいま一人一人ひとり、、、
- 15「「「みるめみるめみるめ生生おふるふるうる浦浦うらにににあらあらあらずずずばばば荒磯荒磯ありそのののなみまなみまなみまかぞふるかぞふるかぞうるあまあまあまもももあらあらあらじじじををを」」」。。。
- 16同同おなじじじ心心こころにににかやうかやうかようにににいひいひいいかはしかはしかわし、、、世世よののの中中なかののの憂憂うきききもももつらきつらきつらきもももをかしきをかしきおかしきもももかたみかたみかたみににに言言いひひいかたらふかたらふかたらう人人ひと、、、筑前筑前ちくぜんにににくだりくだりくだりててて後後のち、、、月月つきのののいみじういみじういみじゅう明明あかきききににに、、、かやうかやうかようなりなりなりししし夜夜よ、、、宮宮みやにににまゐりまゐりまいりてててあひあひあいてててははは露露つゆまどろままどろままどろまずずずながめながめながめあかしゝあかしゝあかししものものものををを、、、戀戀こいしくしくしく思思おもひひいつゝつゝつつ寢寢ね入入いりりりにににけりけりけり。。。
- 17宮宮みやにににまゐりまゐりまいりあひあひあいててて現現うつつにににありありありしししやうやうようにににてててありありありととと見見みててて、、、うちうちうち驚驚おどろきききたれたれたればばば夢夢ゆめなりなりなりけりけりけり。。。月月つきももも山山やまののの端端は近近ちこうううなりなりなりにににけりけりけり。。。「「「さめさめさめざらざらざらましましましををを」」」ととといとゞいとゞいとどながめながめながめられられられててて、、、
- 18「「「夢夢ゆめさめさめさめてててねざめねざめねざめのののとことことこのののうくうくうくばかりばかりばかり戀戀こいひひいきききとととつげよつげよつげよ西西にしへへへゆくゆくゆく月月つき。。。
- 19さるさるさるべきべきべきようようようありありありててて秋秋あきごろごろごろにににくだるくだるくだるににに、、、淀淀よどととといふいふいうよりよりよりしししててて道道みちのののほどほどほどのののをかしうをかしうおかしゅうあはれあはれあわれなるなるなることことこと言言いひひい盡盡つくすくすくすべうべうびょうもももあらあらあらずずず。。。高濱高濱たかはまととといふいふいう所所ところにににとゞまりとゞまりとどまりたるたるたる夜夜よ、、、いといといとくらきくらきくらきににに夜夜よいたういたういとう更更ふけけけててて舟舟ふねののの楫楫かじののの音音おと聞聞きこゆゆゆとふとふとうなれなれなればばば、、、あそびあそびあそびのののきたるきたるきたるなりなりなりけりけりけり。。。
- 20人々人々ひとびと興興きょうじじじててて舟舟ふねにににさしさしさしつけつけつけさせさせさせたりたりたり。。。遠遠とおききき火火ひののの光光ひかりににに單衣單衣ひとえぎぬののの袖袖そでながやかながやかながやかににに扇扇おうぎさしさしさしかくしかくしかくしててて歌歌うたうたひうたひうたいたるたるたるいといといとあはれあはれあわれににに見見みゆゆゆ。。。
- 21又又またののの日日ひ山山やまののの端端はににに日日ひのののかゝるかゝるかかるほどほどほど住吉住吉すみよしののの浦浦うらをををずぐずぐずぐ。。。空空そらもももひとつひとつひとつににに霧霧きりりり渡渡わたれれれるるる、、、松松まつののの梢梢こずえももも海海うみのののおもておもておもてももも浪浪なみのののよせよせよせくるくるくる渚渚なぎさのののほどほどほどももも、、、繪繪えににに書書かきききてててもももおよぶおよぶおよぶべきべきべきかたかたかたなうなうのうおもしろしおもしろしおもしろし。。。
- 22「「「いかにいかにいかにいひいひいい何何なににににたとへたとへたとえてててかたらかたらかたらましましまし秋秋あきのののゆふべゆふべゆうべのののすみよしすみよしすみよしののの浦浦うら」」」
- 23ととと見見みつゝつゝつつ綱手綱手つなでひきひきひき過過すぐるぐるぐるほどほどほど、、、顧顧かえりみみみのみのみのみせせせられられられててて飽飽あかかかずずずおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 24冬冬ふゆににになりなりなりててて上上のぼるるるににに大江大江おおえととといふいふいう浦浦うらににに舟舟ふねににに乘乘のりりりたるたるたるににに、、、そのそのその夜夜よ雨雨あめ風風かぜ岩岩いわももも動動うごくくくばかりばかりばかりふりふりふりふゞきふゞきふぶきててて神神かみさへさへさへなりなりなりててて轟轟とどろくくくににに、、、浪浪なみののの立立たちちちくるくるくる音音おとなひなひない、、、風風かぜののの吹吹ふききき惑惑まどひひいたるたるたるさまさまさま、、、おそろしげおそろしげおそろしげなるなるなることことこと命命いのちかぎりかぎりかぎりととと思思おもひひい惑惑まどははわるるる。。。
- 25岡岡をかのののうへうへうえににに舟舟ふねをををひきひきひきあげあげあげててて夜夜よをををあかすあかすあかす。。。雨雨あめはははやみやみやみたれたれたれどどど風風かぜ猶猶なお吹吹ふきききててて舟舟ふねいだざいだざいだざずずず。。。ゆくへゆくへゆくえもももなきなきなき岡岡をかのののうへうへうえににに五六日五六日いつかむいかををを過過すぐすぐすぐす。。。
- 26辛辛からうじてうじてうじて風風かぜいさゝかいさゝかいささかやみやみやみたるたるたる程程ほど、、、舟舟ふねのののすだれすだれすだれまきまきまきあげあげあげててて見見み渡渡わたせせせばばば、、、夕潮夕潮ゆうしおたゞたゞただみちみちみちににに滿滿みちちちくるくるくるさまさまさまとりとりとりもももあへあへあえずずず。。。入江入江いりえのののたづたづたずののの聲聲こえをををしましましまぬぬぬもももをかしくをかしくおかしく見見みゆゆゆ。。。
- 27國國くにののの人々人々ひとびとあつまりあつまりあつまりきききててて「「「そのそのその夜夜よこのこのこの浦浦うらををを出出いでででさせさせさせ給給たまひひいててて石津石津いしづにににつかつかつかせせせ給給たまへへえらららましかましかましかばばば、、、やがてやがてやがてこのこのこの御舟御舟みふねなごりなごりなごりなくなくなくなりなりなりなななましましまし」」」などなどなどいふいふいう。。。心心こころぼそうぼそうぼそう聞聞きこゆゆゆ。。。
- 28「「「荒荒あるゝるゝるる海海うみににに風風かぜよりよりよりさきさきさきににに舟出舟出ふなでしししててていしづいしづいしづののの浪浪なみととときえきえきえなななましかましかましかばばば」」」。。。
現代語訳
何事も心にかなわないということもないままに、このように遠く離れた所への物詣でをしても、道中を趣深いとも苦しいとも見るうちに、自然と心も慰められ、それでも頼もしく、さしあたって嘆かわしいと思われることもないままに、ただ幼い子どもたちを、早く思いどおりに育て上げて見たいと思うにつけても、年月の過ぎてゆくのがもどかしく、頼みとする人(夫)だけでも人並みの任官の喜びをしてくれたらとばかり思い続ける気持ちは、頼もしいことだ。
昔、たいそう親しく語り合い、夜も昼も歌などを詠み交わした人が、時が過ぎて、昔のようではないけれど、絶えず便りをくれていた。(その人が)越前守の嫁として下ったが、すっかり便りもなくなったので、やっとのことでつてを探して、こちらから、
「絶えることのなかった(あなたの)思いも、今は絶えてしまったのですね。越路のあたりの雪の深さのために」。
と詠んだ返事に、
「白山の雪の下にあるさざれ石の中の火のように、わたしの心の中の思いは消えたりするものでしょうか」。
三月の初めごろ、西山の奥にある所に行ったところ、人の姿も見えず、のどかに一面かすんでいて、しみじみと心細く、花だけが咲き乱れていた。
「里が遠いので、あまりに奥にある山路には、花見にといっても人は来ないのだなあ」。
世の中がわずらわしく思われるころ、太秦に籠っていると、宮家で親しくしていただいている人のもとから手紙が来た。返事を書き申し上げているときに鐘の音が聞こえたので、
「わずらわしかったつらい世の中のことも忘れられません。入相の鐘の心細さに」
と書いて送った。うららかにのどかな宮家で、同じ心の友三人ほどで語り合ったりして退出して、次の日、所在ないままに恋しく思い出されたので、二人の友に、
「袖がぬれる荒磯の波(宮仕え)と知りながら、ともに潜いた(ともに仕えた)ことが恋しいことです」
と申し上げたところ、
「荒磯は探してみても何のかいもなくて、潮にぬれる海人の袖ですね(宮仕えは甲斐もなく、涙に袖をぬらすばかりです)」。
もう一人は、
「海松布の生える浦(あなたに会えるところ)でなかったら、荒磯の波間を数える海人もいないでしょうに(あなたに会えるからこそ宮仕えもするのです)」。
同じ心でこのように歌を詠み交わし、世の中のつらいことも悲しいことも楽しいことも、互いに語り合った人が、筑前に下ったあと、月がたいそう明るいので、こういう夜には宮家に参って会っては、少しも眠らずに眺め明かしたものなのにと、恋しく思いながら寝入ってしまった。
宮家に参って会い、現実にあったときのようにしていると夢に見て、はっと目覚めると夢だった。月も山の端近くに傾いていた。「覚めないでいればよかったのに」と、いっそう物思いにふけって、
「夢が覚めて、寝覚めの床が浮くほど(涙を流して)恋しく思ったと告げておくれ、西へゆく月よ。
しかるべき事情があって、秋ごろ和泉の国に下ったが、淀という所から(舟で下る)道中の、趣深くしみじみとしたことは、言い尽くせそうもない。高浜という所に泊まった夜、たいそう暗い中、夜がすっかり更けてから、舟の櫓の音が聞こえるというので(たずねると)、遊女がやって来たのだった。
人々はおもしろがって、(遊女の舟を)こちらの舟に寄せさせた。遠くの火の光に、単衣の袖を長々と見せて、扇で顔を隠して歌をうたっているのは、たいそうしみじみと見える。
次の日、山の端に日がかかるころ、住吉の浦を通る。空も一つに霧がかかり、松の梢も、海の面も、波の寄せてくる渚のあたりも、絵に描いても及ばないほど趣深い。
「どのように言い、何にたとえて語ればよいだろう。この秋の夕べの住吉の浦を」
と眺めながら、綱手を引いて通り過ぎるあいだ、ふり返ってばかりいて、見飽きない思いがする。
冬になって上京するとき、大江という浦で舟に乗ったところ、その夜、雨や風が岩も動くほど降り荒れて、雷までも鳴りとどろくので、波の打ち寄せる音や、風の吹き荒れるようすが恐ろしいことは、命もこれまでかと思いまどわずにはいられない。
岡の上に舟を引き上げて夜を明かす。雨はやんだけれど、風はなお吹いていて舟を出さない。行く先もない岡の上で五、六日を過ごす。
やっとのことで風が少しおさまったころ、舟の簾を巻き上げて見わたすと、夕潮がどんどん満ちてくるようすは、取るものも取りあえないほどである。入江の鶴が声を惜しまず鳴くのも趣深く見える。
国の人々が集まって来て、「あの夜この浦をお出になって、石津にお着きになっていたら、そのままこのお舟は跡かたもなくなっていたでしょう」などと言う。心細く聞こえる。
「荒れる海に、風より先に舟出をして、石津の波と消えていたなら(どうなっていただろう)」。
意訳
晩年の作者は、暮らしに大きな不足もなく、子の成長と夫の昇進を願いながら物詣でを楽しんでいた。「たのむ人だにひとのやうなるよろこびしては」は、受領の妻として、夫が国司に任じられることを願う心である。
越前に下った旧友と雪にちなむ歌を交わし、西山の奥で人知れず咲く桜を詠み、太秦で入相の鐘に心細さを詠む。宮仕えはやめても、宮家の友との交わりは続いていた。
宮家の友三人の歌のやりとりは、宮仕えを荒磯の海女の仕事にたとえ、つらくてもともに過ごした日々を恋しむ。作者にとって宮仕えの最大の喜びは、心の通う友を得たことだった。
筑前に下った友を夢に見て目覚め、西へ傾く月に、恋しさを伝えてほしいと詠む。友のいる西の空へ向かう月に、思いを託す歌である。
和泉への旅では、高浜の遊女、住吉の浦の秋の夕べと、少女時代の上京の旅を思わせる情景が続く。住吉の浦の美しさは、言葉にも絵にも尽くせないという。帰りの大江の浦では嵐に遭い、もし舟を出していたら波に消えていたと聞いて、命拾いを実感する。
語釈・文法注
- 白山
- 加賀・越前の国境にある山。雪の深い山として歌に詠まれた。
- 和泉
- 和泉の国(今の大阪府南部)。作者の兄定義が和泉守だったので、それを訪ねたとされる。
文法
- 「たのむ人」
- 頼みとする人。夫の橘俊通。
- 「さむらふ人」
- 底本のまま。「さぶらふ人」に同じ。
- 「こしのわたり」
- 越路のあたり。越前を含む北陸地方。
- 「入相の鐘」
- 日暮れに寺でつく鐘。
- 「かづきをせし」
- 海女が水に潜ること。宮仕えのたとえ。
- 「夢さめて…西へゆく月。」
- 底本はこの歌の終わりに「」」を刷らない。
- 「聞ゆとふなれば」
- 「とふ」は「といふ」の約。聞こえるというので。
- 「住吉の浦をずぐ」
- 底本は「ずぐ」と刷る。「すぐ(過ぐ)」の誤植とみられる。
- 「舟いだざず」
- 底本は「いだざず」と刷る。「いださず(出さず)」の誤植とみられる。
- 「とりもあへず」
- 取るものも取りあえないほど、すばやく。
和歌
たえざりし思ひも今は絕えにけりこしのわたりの雪のふかさに
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 越前守の嫁として下った旧友から便りが絶えたので、つてを探して送った歌。
修辞
- 掛詞
- 「こし」に「越(越前)」と「越し」を掛ける。
- 対句的表現
- 「たえざりし」と「絕えにけり」を対照させる。
白山の雪のしたなるさゞれいしの中のおもひは消えむものかは
- 詠者
- 越前に下った旧友
- 状況
- 作者の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「おもひ」に「思ひ」と「火」を掛ける。さざれ石の中の火は、石を打てば出る火。
- 反語
- 「消えむものかは」で、消えはしないと詠む。
里とほみあまりおくなるやま路には花見にとても人こざりけり
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 三月の初め、西山の奥の人気のない所で、花だけが咲き乱れているのを見て詠んだ歌。
修辞
- ミ語法
- 「とほみ」で、遠いのでの意を表す。
しげかりしうき世のことも忘られず入相の鐘のこゝろぼそさに
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 太秦に籠っていたとき、宮家の友からの手紙に返事を書いていて、入相の鐘を聞いて詠んだ歌。
修辞
- 倒置
- 理由の「入相の鐘のこゝろぼそさに」を末尾に置く。
袖ぬるゝあらいそ浪と知りながらともにかづきをせしぞこひしき
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 宮家で友と語り合って退出した翌日、二人の友に送った歌。
修辞
- 見立て
- 宮仕えを、荒磯で潜く海女の仕事に見立てる。
- 縁語
- 「袖ぬるゝ」「あらいそ」「浪」「かづき」。
あら磯はあされど何のかひなくてうしほにぬるゝあまのそでかな
- 詠者
- 宮家の友
- 状況
- 作者の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「かひ」に「貝」と「甲斐」を掛ける。
- 縁語
- 「あら磯」「あされ」「かひ」「うしほ」「あま」。
みるめ生ふる浦にあらずば荒磯のなみまかぞふるあまもあらじを
- 詠者
- もう一人の宮家の友
- 状況
- 作者の歌への返歌。
修辞
- 掛詞
- 「みるめ」に海藻の「海松布」と「見る目(会うこと)」を掛ける。
- 反実仮想
- 会える所でなかったら、宮仕えなどしないと詠む。
夢さめてねざめのとこのうくばかり戀ひきとつげよ西へゆく月
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 筑前に下った友を夢に見て目覚め、西へ傾く月を見て詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 「うく」に、涙で床が「浮く」と「憂く」を掛ける。
- 擬人
- 西へゆく月に、筑前の友への伝言を頼む。
いかにいひ何にたとへてかたらまし秋のゆふべのすみよしの浦
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 和泉へ下る途中、霧のたちこめる秋の夕べの住吉の浦を見て詠んだ歌。
修辞
- 名詞止め
- 「すみよしの浦」で結ぶ。
- 反語的な疑問
- 言葉にもたとえにも尽くせない美しさを表す。
荒るゝ海に風よりさきに舟出していしづの浪ときえなましかば
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 和泉からの帰り、大江の浦で嵐に遭い、出航していたら石津で遭難していたと国の人に聞いて詠んだ歌。
修辞
- 反実仮想
- 「ましかば」で、もし舟出していたらと詠み、下の句を言いさして余情を残す。
- 掛詞
- 「いしづ」に地名の「石津」を詠みこむ。
解説
この章は、天喜年間(1053〜1058)ごろ、作者四十代後半の記事とされる。宮仕えから離れても、作者は宮家の友と歌を詠み交わし、物詣でを楽しむ穏やかな日々を送っていた。
和泉への旅は、兄の菅原定義が和泉守として赴任していたのを訪ねたものと考えられる。淀川を舟で下り、住吉の浦を経て和泉に至る旅で、帰りの大江の浦(淀川の河口付近)で嵐に遭った。
国文大観の本文では、この章は第17章に続いて、通行本文と同じ順である。底本には誤植と思われる字(ずぐ・いだざず)があり、底本のまま翻刻して文法注に断った。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、492–495頁(コマ258–259)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日