更級日記 第17章
宇治から初瀬へ、鞍馬と石山
宇治の渡しで『源氏物語』の宇治の姫君たちや浮舟を思い、怪しげな小家に泊まり、東大寺・石上を経て初瀬に参る。夢に稲荷から賜る杉のしるしを見る。帰りは盗人の家に泊まって千年のような一夜を過ごす。以後、春と秋の鞍馬、雨の音と聞こえた石山の谷水と有明の月、野宿した初瀬詣でと、物詣でを重ねる。
- 1むごむごむごにににえええ渡渡わたらららでででつくづくつくづくつくづくととと見見みるるるににに紫紫むらさきののの物語物語ものがたりににに宇治宇治うじののの宮宮みやのののむすめむすめむすめどもどもどもののの事事ことあるあるあるををを、、、いかなるいかなるいかなる所所ところなれなれなればばばそこそこそこにににしもしもしも住住すませませませたるたるたるならならならむむんととと、、、ゆかしくゆかしくゆかしく思思おもひひいししし所所ところぞぞぞかしかしかし、、、げにげにげにをかしきをかしきおかしき所所ところかなかなかなととと思思おもひひいつゝつゝつつ、、、辛辛からうじてうじてうじて渡渡わたりりりててて殿殿とののののさぶらふさぶらふさぶらう所所ところのののうぢうぢうじ殿殿どのををを入入いりりりててて見見みるるるにににももも、、、浮舟浮舟うきふねののの女君女君おんなぎみのののかゝるかゝるかかる所所ところにににやややありありありけむけむけんなどなどなどまづまづまず思思おもひひい出出いでででらるらるらる。。。
- 2夜夜よ深深ふかくくく出出いでででしかしかしかばばば人々人々ひとびと困困こうじじじてててやひろうちやひろうちやひろうちととといふいふいう所所ところにににとゞまりとゞまりとどまりててて物物ものくひくひくいなどなどなどするするするほどほどほどにににしもしもしも供供ともなるなるなるものものものどもどもども「「「かうみやうかうみやうこうみょうののの栗駒山栗駒山くりこまやまにににはははあらあらあらずずずややや、、、日日ひももも暮方暮方くれがたににになりなりなりぬぬぬめりめりめり。。。ぬしぬしぬしたちたちたち調度調度ちょうどとりとりとりおはさうぜよおはさうぜよおわそうぜよややや」」」ととといふいふいうをををいといといと物物もの恐恐おそろしうしうしゅう聞聞きくくく。。。
- 3そのそのその山山やま越越こえええはてゝはてゝはててにへのゝにへのゝにえのの池池いけのののほとりほとりほとりへへへいきいきいき着着つきききたるたるたる程程ほど、、、日日ひははは山山やまののの端端はにににかゝりかゝりかかりにににたりたりたり。。。今今いまははは宿宿やどとれとれとれとてとてとて人々人々ひとびとあかれあかれあかれててて宿宿やど求求もとむるむるむる、、、「「「所所ところはしたはしたはしたにににててていといといとあやしげあやしげあやしげなるなるなる下下げすすすののの小家小家こいえなむなむなんあるあるある」」」ととといふいふいうにににいかゞいかゞいかがはははせせせむむんとてとてとてそこそこそこににに宿宿やどりりりぬぬぬ。。。
- 4皆皆みな人々人々ひとびと京京きょうににに罷罷まかりりりぬぬぬとてとてとてあやしあやしあやしのののをのこをのこおのこ二人二人ふたりぞぞぞ居居いたるたるたる。。。そのそのその夜夜よもももいいいもももねねねずずず。。。このこのこのをのこをのこおのこのののいでいでいで入入いりりりしししありくありくありくををを奧奧おくののの方方かたなるなるなる女女おんなどもどもども「「「などなどなどかくかくかくしししありかありかありかるゝるゝるるぞぞぞ」」」ととと問問とふふうなれなれなればばば「「「否否いなややや、、、心心こころももも知知しらららぬぬぬ人人ひとををを宿宿やどししし奉奉たてまつりりりてててかまかまかまはははしもしもしもひきひきひきぬかぬかぬかれれれなななばばばいかにいかにいかにすすすべきべきべきぞぞぞととと思思おもひひいてててえええねねねでででまはりまはりまわりありくありくありくぞぞぞかしかしかし」」」、、、ととと寢寢ねたるたるたるととと思思おもひひいててていふいふいう。。。聞聞きくくくにににいといといとむくむくしくむくむくしくむくむくしくをかしをかしおかし。。。
- 5つとめてつとめてつとめてそこそこそこををを立立たちちちててて東大寺東大寺とうだいじににによりよりよりててて拜拜おがみみみ奉奉たてまつるるる。。。いそのかみいそのかみいそのかみももも誠誠まことにににふりふりふりにににけるけるける事事こと思思おもひひいやらやらやられれれてててむげむげむげににに荒荒あれれれはてはてはてにににけりけりけり。。。
- 6そのそのその夜夜よ山山やまのへのへのへととといふいふいう所所ところののの寺寺てらににに宿宿やどりりりててて、、、いといといと苦苦くるしけれしけれしけれどどど經經きょうすこしすこしすこし讀讀よみみみ奉奉たてまつりりりてててうちうちうち休休やすみみみたるたるたる夢夢ゆめににに、、、いみじくいみじくいみじくやんごとなくやんごとなくやんごとなく淸淸きよらららなるなるなる女女おんなのののおはするおはするおわするにににまゐりまゐりまいりたれたれたればばば、、、風風かぜいみじういみじういみじゅう吹吹ふくくく、、、見見みつけつけつけてててうちうちうち笑笑えみみみててて、、、何何なにしししにににおはしおはしおわしつるつるつるぞぞぞととと問問とひひいたまへたまへたまえばばば、、、いかでいかでいかでかかかはははまゐらまゐらまいらざらざらざらむむんととと申申もうせせせばばば、、、そこそこそこはははうちうちうちにににこそこそこそあらあらあらむむんとととすれすれすれ、、、はかせはかせはかせののの命婦命婦みょうぶをををこそこそこそよくよくよくかたらはかたらはかたらわめめめとととのたまふのたまふのたまうととと思思おもひひいててて、、、
- 7嬉嬉うれしくしくしくたのもしくたのもしくたのもしくててていよいよいよいよいよいよ念念ねんじじじ奉奉たてまつりりりててて、、、初瀨川初瀨川はつせがわなどなどなどうちうちうち過過すぎぎぎてててそのそのその夜夜よ御寺御寺みてらにににまうでまうでもうでつきつきつきぬぬぬ、、、祓祓はらえなどなどなどしししてててのぼるのぼるのぼる、、、三日三日みかさぶらひさぶらひさぶらいててて曉曉あかつきまかでまかでまかでむむんとてとてとてうちうちうちねぶりねぶりねぶりたるたるたるよさりよさりよさり、、、御御みだうだうどうのののかたかたかたよりよりより、、、すはすはすわよりよりより賜賜たまはるはるわるしるししるししるしののの杉杉すぎよよよとてとてとて物物ものををを投投なげげげ出出いづるづるずるやうやうようにににするするするににに、、、うちうちうち驚驚おどろきききたれたれたればばば、、、夢夢ゆめなりなりなりけりけりけり。。。
- 8曉曉あかつき夜夜よふかくふかくふかく出出いでゝでゝでてえええとまらとまらとまらねねねばばば奈良坂奈良坂ならざかのののこなたこなたこなたなるなるなる家家いえををを尋尋たずねねねててて宿宿やどりりりぬぬぬ。。。これこれこれもももいみじげいみじげいみじげなるなるなる小家小家こいえなりなりなり。。。「「「こゝこゝここはははけしきけしきけしきあるあるある所所ところなめりなめりなめり。。。ゆめゆめゆめいぬいぬいぬななな、、、れうかいれうかいりょうかいののの事事ことあらあらあらむむんににに。。。あなあなあなかしこかしこかしこ、、、おびえおびえおびえさわがせさわがせさわがせ給給たまふふうななな。。。息息いきもももせせせでででふさふさふさせせせ給給たまへへえ」」」ととといふいふいうををを聞聞きくくくにににももも、、、いといといといみじういみじういみじゅう侘侘わびしくしくしくおそろしうおそろしうおそろしゅうててて、、、夜夜よををを明明あかすすすほどほどほど千歲千歲ちとせををを過過すぐすぐすぐすこゝちこゝちここちすすす。。。
- 9辛辛からうじてうじてうじて明明あけけけたつたつたつほどほどほどににに見見みれれればばば盜人盜人ぬすびとののの家家いえなりなりなり。。。あるじあるじあるじののの女女おんな、、、「「「けしきけしきけしきあるあるある事事ことをををしししてててなむなむなんありありありけるけるける」」」ととといふいふいう。。。いみじういみじういみじゅう風風かぜののの吹吹ふくくく日日ひ宇治宇治うじのののわたりわたりわたりをををするするするににに、、、網代網代あじろいといといと近近ちこうううこぎこぎこぎよりよりよりたりたりたり。。。
- 10「「「音音おとにににのみのみのみきゝきゝききわたりわたりわたりこしこしこし宇治川宇治川うじがわのののあじろあじろあじろののの浪浪なみもももけふけふきょうぞぞぞかぞふるかぞふるかぞうる」」」。。。
- 11二三年二三年ふたとせみとせ四五年四五年よとせいつとせへだてへだてへだてたるたるたる事事ことををを次第次第しだいもももなくなくなく書書かきききつゞくれつゞくれつづくればばば、、、やがてやがてやがてつゞきつゞきつづきたちたちたちたるたるたる修行者修行者すぎょうざめきめきめきたれたれたれどどどさささにににはははあらあらあらずずず。。。年月年月としつきへだゝれへだゝれへだたれるるる事事ことなりなりなり。。。
- 12日日ひごろごろごろ鞍馬鞍馬くらまににに籠籠こもりりりたりたりたり。。。山際山際やまぎわかすみかすみかすみわたりわたりわたりのどかのどかのどかなるなるなるににに、、、山山やまのののかたかたかたよりよりよりわづかわづかわずかにににところところところなどなどなど堀堀ほりりりもてもてもてくるくるくるもももをかしをかしおかし。。。
- 13いづるいづるいずる道道みちははは花花はなももも皆皆みな散散ちりりりはてはてはてにににけれけれければばば何何なにととともももなきなきなきををを、、、十月十月かんなづきばかりばかりばかりにににまうづるまうづるもうずるににに道道みちのののほどほどほど山山やまのののけしきけしきけしき、、、このこのこのごろごろごろはははいみじういみじういみじゅうぞぞぞまさるまさるまさるものものものなりなりなりけるけるける。。。山山やまのののははは錦錦にしきをををひろげひろげひろげたるたるたるやうやうようなりなりなり。。。たぎりたぎりたぎりててて流流ながれれれゆくゆくゆく水水みず、、、水晶水晶すいしょうをををちらすちらすちらすやうやうようにににわきわきわきかへるかへるかえるなどなどなどいづれいづれいずれにににももも勝勝すぐれれれたりたりたり。。。まうでまうでもうでつきつきつきててて僧坊僧坊そうぼうにににいきいきいき着着つきききたるたるたるほどほどほど、、、かきかきかきしぐれしぐれしぐれたるたるたる紅葉紅葉もみじのののたぐひたぐひたぐいなくなくなくぞぞぞ見見みゆるゆるゆるややや。。。
- 14「「「おくおくおく山山やまのののもみぢもみぢもみじのののにしきにしきにしきほかほかほかよりよりよりもももいかにいかにいかにすぐれすぐれすぐれてててふかくふかくふかくそむそむそむらむらむらん」」」とととぞぞぞ見見みやらやらやらるゝるゝるる。。。二年二年ふたとせばかりばかりばかりありありありててて又又また石山石山いしやまににに籠籠こもりりりたれたれたればばば、、、夜夜よもすがらもすがらもすがら雨雨あめぞぞぞいみじくいみじくいみじく降降ふるるる。。。旅旅たびゐゐいははは雨雨あめいといといとむつかしきむつかしきむつかしきものものものととと聞聞ききききててて、、、蔀蔀しとみ押押おしししあけあけあけててて見見みれれればばば、、、有明有明ありあけののの谷谷たにののの底底そこさへさへさへ曇曇くもりりりなくなくなくすみすみすみわたりわたりわたり、、、雨雨あめととと聞聞きこえええつるつるつるははは、、、木木きののの根根ねよりよりより水水みずののの流流ながるゝるゝるる音音おとなりなりなり。。。
- 15「「「谷川谷川たにがわのののながれながれながれはははあめあめあめととときこゆれきこゆれきこゆれどどどほかほかほかよりよりよりけなるけなるけなるありあけありあけありあけののの月月つき」」」。。。
- 16又又また初瀨初瀨はつせにににまうづれまうづれもうずればばば、、、はじめはじめはじめにににこよなくこよなくこよなく物物ものたのもしたのもしたのもし。。。所々所々ところどころにににまうけまうけもうけなどなどなどしししててていきいきいきもももやらやらやらずずず。。。山城山城やましろののの國國くに柞柞ははそののの杜杜もりなどなどなどににに紅葉紅葉もみじいといといとをかしきをかしきおかしきほどほどほどなりなりなり。。。初瀨川初瀨川はつせがわわたるわたるわたるににに、、、
- 17「「「初瀨川初瀨川はつせがわ立立たちちちかへりかへりかえりつゝつゝつつたづぬれたづぬれたずぬればばば杉杉すぎのののしるししるししるしもももこのこのこのたびたびたびややや見見みむむん」」」。。。
- 18ととと思思おもふふうもももいといといとたのもしたのもしたのもし。。。三日三日みかさぶらひさぶらひさぶらいてててまかでまかでまかでぬれぬれぬればばば、、、例例れいののの奈良坂奈良坂ならざかのののこなたこなたこなたににに小家小家こいえなどなどなどにににこのこのこのたびたびたびはははいといといとるゐるゐるい廣廣ひろけれけれければばば、、、えええやどるやどるやどるまじうまじうまじゅうててて野中野中のなかにににかりそめかりそめかりそめにににいほいほいお作作つくりりりてててすゑすゑすえたれたれたればばば、、、人人ひとはははたゞたゞただ野野のににに居居いててて夜夜よをををあかすあかすあかす。。。
- 19草草くさのののうへうへうえにににむかばきむかばきむかばきなどなどなどをををうちうちうち敷敷しきききててて、、、うへうへうえににに席席むしろをををしきしきしきててていといといとはかなくはかなくはかなくててて夜夜よををを明明あかすすす。。。頭頭かしらもももしとゝしとゝしととににに露露つゆおくおくおく。。。曉曉あかつきがたがたがたののの月月つきのののいといといといみじくいみじくいみじく澄澄すみみみわたりわたりわたりてててよよよににに知知しらららずずずをかしをかしおかし。。。
- 20「「「ゆくへゆくへゆくえなきなきなき旅旅たびののの空空そらにににもももおくれおくれおくれぬぬぬはははみやこみやこみやこにににててて見見みしししありあけありあけありあけののの月月つき」」」。。。
現代語訳
すぐには渡れないで、つくづくと眺めていると、紫式部の物語(『源氏物語』)に宇治の八の宮の姫君たちのことがあるのを、どんな所だからそこに住ませたのだろうかと、見たく思っていた所だよ、本当に趣深い所だなあと思いながら、やっとのことで渡って、殿(頼通)のお持ちの宇治殿に入って見るにつけても、浮舟の女君はこういう所に住んでいたのだろうかなどと、まず思い出される。
夜深く出発したので、人々は疲れて、やひろうちという所にとどまって食事などしているちょうどそのとき、供の者たちが、「(ここは)有名な栗駒山ではないか。日も暮れがたになったようだ。皆さん、武具をお取りなさいよ」と言うのを、たいそう恐ろしく聞く。
その山を越え終えて、にえのの池のほとりに行き着いたころには、日は山の端にかかっていた。「もう宿をとれ」というので人々が分かれて宿を探すが、「中途半端な所で、たいそう粗末な身分の低い者の小家ならあります」と言うので、しかたがないとそこに泊まった。
(家の者は)みな京に出かけたといって、卑しい男が二人だけいる。その夜も眠れない。この男が出たり入ったりして歩きまわるのを、奥の方にいる女たちが、「どうしてそんなに歩きまわるのか」とたずねるようなので、「いやなに、素性も知らない人をお泊め申して、釜でも引き抜かれたらどうしようと思って、寝られないで見回り歩いているのさ」と、(わたしたちが)寝ていると思って言う。聞くとたいそう気味が悪く、また滑稽でもある。
翌朝そこを出発して、東大寺に寄って拝み申し上げる。石上も、本当に古びてしまったことが思いやられて、すっかり荒れはてていた。
その夜、山の辺という所の寺に泊まって、たいそう苦しいけれど、経を少し読み申し上げて休んだ夢に、たいそう高貴で清らかな女人がいらっしゃるところに参ると、風がたいそう吹いている。(女人は)わたしを見つけてほほえんで、「何をしにいらっしゃったのか」とおたずねになるので、「どうして参らずにいられましょう」と申し上げると、「あなたは宮中に仕えることになるでしょう。博士の命婦とよく親しくしなさい」とおっしゃると夢に見て、
うれしく頼もしくて、いよいよ祈り申し上げて、初瀬川などを過ぎて、その夜御寺(長谷寺)に参り着いた。祓いなどをして(御堂に)上る。三日籠って、明け方に退出しようとしてうとうとと眠った夜、御堂の方から、「さあ、稲荷からくださる霊験の杉だよ」と言って、物を投げ出すようにするので、はっと目が覚めると、夢だった。
明け方、夜深く出発して、(途中に)泊まることもできないので、奈良坂の手前にある家を探して泊まった。これもひどく粗末な小家である。(供の者が)「ここは怪しげな所のようです。決して寝てはいけません。思いがけないことがあるかもしれません。ああ恐ろしい、おびえ騒いだりなさいますな。息もしないで横になっていらっしゃい」と言うのを聞くにつけても、たいそうわびしく恐ろしくて、夜を明かすまでのあいだは、千年を過ごすような気持ちがする。
やっとのことで夜が明けはじめたころに見ると、盗人の家だった。主人の女が、「怪しげなことをしていたのだった」と言う。たいそう風の吹く日、宇治の渡しを渡るとき、網代のすぐ近くまで漕ぎ寄った。
「噂にばかり聞きつづけてきた宇治川の、網代に寄る波も、今日は(日を数えるように)数えることだ」。
二、三年、四、五年と隔たったことを、順序もなく書き続けると、そのまま続けて出歩いている修行者のようだけれど、そうではない。年月の隔たったことなのである。
何日か鞍馬に籠った。山ぎわが一面にかすんでのどかなころに、山の方から、わずかにところ(山芋)などを掘って持ってくるのも趣深い。
(そのときは)帰る道は、花もすっかり散ってしまっていたので何ということもなかったが、十月ごろに参詣すると、道中の山のようすは、このころはずっとすばらしいものだった。山の端は錦を広げたようである。たぎって流れてゆく水が、水晶を散らすようにわきかえっているなど、どれもすぐれている。参り着いて僧坊に入ったころ、さっと時雨の降った紅葉はたぐいなく美しく見えることよ。
「奥山の紅葉の錦は、よそよりも、どうしてこんなにすぐれて深く染まっているのだろう」と、つい眺められる。二年ほどたって、また石山寺に籠ると、一晩じゅう雨がひどく降る。旅先の宿では雨はたいそうやっかいなものと聞いていて、蔀を押しあけて見ると、有明の月が谷の底まで曇りなく照らしわたっていて、雨と聞こえていたのは、木の根から水が流れる音だった。
「谷川の流れは雨のように聞こえるけれど、ほかより格別に澄んだ有明の月であることよ」。
また初瀬に参詣すると、初めてのときに比べて、この上なく頼もしい。所々でもてなしの用意などしてあって、なかなか先へ進めない。山城の国の柞の杜などは、紅葉がたいそう美しいころである。初瀬川を渡るとき、
「初瀬川を、くり返し訪ねてきたので、杉のしるし(霊験)も、このたびこそ見ることができるだろう」。
と思うのも、たいそう頼もしい。三日籠って退出すると、例の奈良坂の手前の小家などには、今度は同行の一行がたいそう多いので、とても泊まれそうになくて、野原の中に仮に庵を作って(女たちを)落ち着かせたので、ほかの人はただ野原にいて夜を明かす。
草の上に行縢などを敷いて、その上にむしろを敷いて、たいそう心もとなく夜を明かす。頭もしっとりと露にぬれる。明け方の月がたいそうすばらしく澄みわたって、世に比べようもなく趣深い。
「行方も知れない旅の空にも遅れずについてきたのは、都で見た有明の月であることよ」。
意訳
宇治の渡しで、作者は『源氏物語』の宇治十帖を思い出す。八の宮の姫君たちや浮舟が住んだのはこんな所かと、物語の舞台を目の前にして心を躍らせる。信仰の旅の途中でも、物語への思いは消えていない。
栗駒山では山賊を警戒し、宿は粗末な小家で、男が「釜を盗まれたら」と見回るのを聞いて、恐ろしくもおかしくも思う。旅の不安とおかしみを、作者は生き生きと書きとめる。
山の辺の寺の夢で、気高い女人が「宮中に仕えることになる。博士の命婦と親しくせよ」と告げる。初瀬では「稲荷から賜る杉のしるし」を投げ出される夢を見る。作者はこれらの夢をよいしるしと受けとめるが、晩年、稲荷に詣でなかったことを悔いることになる(第19章)。
帰りの宿は盗人の家で、作者は千年を過ごすような思いで夜を明かす。宇治の網代の歌で、この初瀬詣では結ばれる。
作者は年月の隔たった物詣でを続けて書いていることを断り、修行者のように歩きまわっていたわけではないと言う。春と秋の鞍馬、雨の音が谷水の音だった石山の有明の月、野宿した初瀬の有明の月と、物詣でのたびに見た自然の美しさが、歌とともに書きとめられる。
語釈・文法注
- 稻荷
- 稲荷社(伏見稲荷)。京の南の稲荷山にある。参詣者は境内の杉の枝(験の杉)を持ち帰る習わしがあった。
文法
- 「むごに」
- 長いあいだ、すぐには。
- 「紫の物語」
- 紫式部の物語、『源氏物語』。
- 「うぢ殿」
- 宇治殿。藤原頼通の宇治の別荘で、のちに平等院となる。
- 「かうみやうの栗駒山」
- 高名の栗駒山。山賊が出ることで知られた山。
- 「調度とりおはさうぜよ」
- 武具(弓矢)をお取りなさい。「おはさうず」は「おはします」の複数の主語に対する尊敬語。
- 「かまはしも」
- 底本のまま。釜は(盗まれたら)の意に解した。
- 「れうかい」
- 不慮のこと、思いがけない事件の意と解した。
- 「けしきある事をしてなむありける」
- 怪しげなこと(盗み)をして暮らしていたのだった。
- 「けなる」
- 格別な、ことにすぐれた。
- 「るゐ」
- 類(るい)。同行の一行。
- 「むかばき」
- 行縢。旅や狩りのとき、腰から脚をおおった毛皮。
和歌
音にのみきゝわたりこし宇治川のあじろの浪もけふぞかぞふる
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 初瀬詣での帰り、風の強い日に宇治の渡しを渡り、網代のすぐ近くまで舟が漕ぎ寄ったときの歌。
修辞
- 掛詞
- 「わたり」に、宇治川を渡ることと、聞き続けることを掛ける。
- 縁語
- 「宇治川」「あじろ」「浪」「わたり」。
おく山のもみぢのにしきほかよりもいかにすぐれてふかくそむらむ
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 十月に鞍馬に参詣し、時雨にぬれた紅葉の美しさを見て詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 紅葉を錦に見立てる。
- 縁語
- 「にしき」「そむ」。
谷川のながれはあめときこゆれどほかよりけなるありあけの月
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 石山寺に籠った夜、雨と思った音が谷水の音で、有明の月が澄みわたっていたのを見て詠んだ歌。
修辞
- 対比
- 雨のように聞こえる谷川の音と、澄みわたる月とを対比する。
初瀨川立ちかへりつゝたづぬれば杉のしるしもこのたびや見む
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 再び初瀬に参詣し、初瀬川を渡るときに詠んだ歌。
修辞
- 本歌
- 『古今和歌集』の「初瀬川古川野辺に二本ある杉年を経てまたも逢ひ見む二本ある杉」などをふまえ、初瀬と杉を結びつける。
- 掛詞
- 「たち」に川の波が「立ち」とくり返し「立ち帰る」を掛ける。
ゆくへなき旅の空にもおくれぬはみやこにて見しありあけの月
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 初瀬詣での帰り、奈良坂の手前の野に仮の庵を結んで野宿した明け方、澄みわたる有明の月を見て詠んだ歌。
修辞
- 擬人
- 月を、旅に遅れずについてくる者とする。
- 名詞止め
- 「ありあけの月」で結ぶ。
解説
永承元年(1046)の初瀬詣での記事は、宇治、栗駒山、東大寺、石上、山の辺を経て初瀬に至り、帰りに奈良坂の手前で盗人の家に泊まるまで、旅の不安とおかしみを生き生きと伝えている。宇治では、作者が『源氏物語』の宇治十帖の舞台を目にして心を躍らせるようすが印象的である。
このあと作者は、年月の隔たった鞍馬・石山・初瀬への物詣でを続けて書く。作者自身が「次第もなく書きつゞくれば」と断っているように、晩年に記憶をたどりながら書いたことがうかがえる。
国文大観の本文では、この章は第16章に続いて、通行本文と同じ順である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、489–492頁(コマ256–258)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日