古典ライブラリー

更級日記 第19章

夫の死と阿弥陀仏の夢

病に伏しがちになった作者は、ようやく信濃守に任じられた夫を送り出す。翌年夫は帰京するが、秋に病んで十月に亡くなる。初瀬の鏡に映った泣き伏す影こそ自分の運命だったと悟り、物語にふけって信心を怠った生涯を悔いる。ただ一つの頼みは、かつて夢に見た阿弥陀仏の来迎の約束だった。訪ねて来た甥に「姨捨」の歌を詠み、ひとり荒れた家で日記は終わる。

  1. 1世よ世よよののの中なか中なかなかにににとにかくにとにかくにとにかくに心こころ心こころこころのみのみのみ盡つ盡つつすすすににに、、、宮仕みやづかへ宮仕みやづかへみやづかえとてもとてもとてもことことことはははひとすぢひとすぢひとすじににに仕つか仕つかつかうまつりうまつりうまつりつかつかつかばばばややや。。。いかゞいかゞいかがあらあらあらむむん。。。時々ときどき時々ときどきときどき立た立たたちちちいでいでいでばばば何なに何なになになるなるなるべくべくべくもももなかなかなかめりめりめり。。。
  2. 2年とし年としとしはははやゝやゝややはたはたはた過す過すすぎぎぎ行ゆ行ゆゆくくくにににわかわかしきわかわかしきわかわかしきやうやうようなるなるなるもももつきなうつきなうつきのうおぼえおぼえおぼえなげかなげかなげかるゝるゝるるうちうちうちににに、、、身み身みみののの病やまひ病やまひやまいいといといと重おも重おもおもくくくなりなりなりててて、、、心こころ心こころこころにににまかせまかせまかせててて物詣ものまうで物詣ものまうでものもうでなどなどなどせせせししし事こと事ことことももも、、、得え得ええせせせずずずなりなりなりたれたれたればばば、、、わくらはわくらはわくらわののの立た立たたちちち出い出いいでででももも絕た絕たたえええてててながらふながらふながらうべきべきべき心こころ心こころこころちちちもももせせせぬぬぬまゝまゝままににに、、、
  3. 3幼をさな幼をさなおさなききき人々ひとびと人々ひとびとひとびとをををいかにいかにいかにもももいかにいかにいかにももも我わ我わわがががあらあらあらむむん世よ世よよににに、、、見み見みみおくおくおく事こと事ことこともももがながながなとととふしふしふしおきおきおき思おも思おもおもひひいなげきなげきなげき賴たの賴たのたのむむむ。。。人ひと人ひとひとのののよろこびよろこびよろこびののの程ほど程ほどほどををを、、、心こころ心こころこころもとなくもとなくもとなく待ま待ままちちち嘆なげ嘆なげなげかかかるゝるゝるるににに、、、秋あき秋あきあきににになりなりなりててて待ま待ままちちちいでいでいでたるたるたるやうやうようなれなれなれどどど、、、思おも思おもおもひひいしししにににはははあらあらあらずずずいといといとほいほいほいなくなくなく口くち口くちくちをしをしおし。。。
  4. 4親おや親おやおやのののをりをりおりよりよりより立た立たたちちち歸かへ歸かへかえりりりつゝつゝつつ見み見みみししし東路あづまぢ東路あづまぢあずまじよりよりよりははは近ちか近ちかちかきききやうやうようににに聞きこ聞きこきこゆれゆれゆればばばいかゞいかゞいかがはははせせせむむんにににててて、、、程ほど程ほどほどもももなくなくなくくだるくだるくだるべきべきべき事こと事ことことどもどもども急いそ急いそいそぐぐぐににに、、、門出かどで門出かどでかどではははむすめむすめむすめなるなるなる人ひと人ひとひとののの新あたら新あたらあたらしくしくしく渡わた渡わたわたりりりたるたるたる所ところ所ところところににに八月はづき八月はづきはづき十餘日とをかあまり十餘日とをかあまりとおかあまりにににすすす。。。後のち後のちのちののの事こと事ことことはははしらしらしらずずず。。。そのそのそのほどほどほどのののありさまありさまありさまははは物もの物ものもの騒さわ騒さわさわがしきがしきがしきまでまでまで人ひと人ひとひと多おほ多おほおおくくくいきほひいきほひいきおいたりたりたり。。。
  5. 5廿七日にじふしちにち廿七日にじふしちにちにじゅうしちにちにににくだるくだるくだるににに男をとこ男をとこおとこなるなるなるはははそひそひそいてててくだるくだるくだる。。。紅くれなゐ紅くれなゐくれないのののうちうちうちたるたるたるににに萩はぎ萩はぎはぎのののあをあをあお紫苑しをん紫苑しをんしおんののの織物おりもの織物おりものおりものののの指貫さしぬき指貫さしぬきさしぬき着き着ききててて太刀たち太刀たちたちはきはきはきてててしりしりしりににに立た立たたちちちてててあゆみあゆみあゆみ出い出いいづるづるずるををを、、、それそれそれももも織物おりもの織物おりものおりもののののあをにびあをにびあおにびいろいろいろののの指貫さしぬき指貫さしぬきさしぬき狩衣かりぎぬ狩衣かりぎぬかりぎぬ着き着ききててて廊らう廊らうろうのののほどほどほどにににててて馬むま馬むまうまにににのりのりのりぬぬぬ。。。
  6. 6のゝしりのゝしりののしりみちみちみちてててくだりくだりくだりぬるぬるぬる後のち後のちのちこよなうこよなうこよのうつれづれつれづれつれづれなれなれなれどどど、、、いといといといたういたういとう遠とほ遠とほとおきききほどほどほどならならならずずずととと聞き聞ききけけけばばば、、、さきざきさきざきさきざきのののやうやうようににに心細こころぼそ心細こころぼそこころぼそくくくなどなどなどははは覺おぼ覺おぼおぼえええででであるあるあるににに、、、送おく送おくおくりりりののの人々ひとびと人々ひとびとひとびと又また又またまたののの日ひ日ひひ歸かへ歸かへかえりりりててて「「「いみじういみじういみじゅうきらきらしうきらきらしうきらきらしゅうててて下くだ下くだくだりりりぬぬぬ」」」などなどなどいひいひいいててて「「「このこのこの曉あかつき曉あかつきあかつきにににいみじくいみじくいみじく大おほ大おほおおきなるきなるきなる人ひと人ひとひとだまだまだまののの立た立たたちちちててて京きやう京きやうきょうざまざまざまへへへなむなむなん來き來ききぬるぬるぬる」」」ととと語かた語かたかたれれれどどど供とも供ともともののの人ひと人ひとひとなどなどなどのののにににこそこそこそはははととと思おも思おもおもふふう。。。ゆゝしきゆゝしきゆゆしきさまさまさまににに思おも思おもおもひひいだにだにだによらよらよらむむんやややははは。。。
  7. 7今いま今いまいまはははいかでいかでいかでこのこのこのわかきわかきわかき人々ひとびと人々ひとびとひとびとおとなびおとなびおとなびさせさせさせむむんととと思おも思おもおもふふうよりよりより外ほか外ほかほかののの事こと事ことことなきなきなきににに、、、かへるかへるかえる年とし年としとしののの四月うづき四月うづきうづきにににのぼりのぼりのぼり來き來ききててて夏なつ夏なつなつ秋あき秋あきあきももも過す過すすぎぎぎぬぬぬ。。。九月ながつき九月ながつきながつき廿五日にじふごにち廿五日にじふごにちにじゅうごにちよりよりよりわづらひわづらひわずらい出い出いいでゝでゝでて十月かんなづき十月かんなづきかんなづき五日いつか五日いつかいつかににに、、、夢ゆめ夢ゆめゆめのののやうやうようににに皆みな皆みなみないでいでいで思おも思おもおもふふう心地ここち心地ここちここち、、、世よ世よよののの中なか中なかなかににに又また又またまた類たぐ類たぐたぐひひいあるあるある事こと事ことこととととももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず。。。
  8. 8初瀨はつせ初瀨はつせはつせににに鏡かがみ鏡かがみかがみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりしししににに、、、伏ふ伏ふふしししまろびまろびまろび泣な泣ななきききたるたるたる影かげ影かげかげののの見み見みみえええけむけむけんはははこれこれこれにににこそこそこそはははありありありけれけれけれ。。。嬉うれ嬉うれうれしげしげしげなりなりなりけむけむけん影かげ影かげかげはははきしかたきしかたきしかたもももなかりなかりなかりききき。。。今いま今いまいま行ゆ行ゆゆくくくすゑすゑすえはははあべいあべいあべいやうやうようもももなしなしなし。。。
  9. 9廿三日にじふさんにち廿三日にじふさんにちにじゅうさんにち、、、はかなくはかなくはかなくももも煙けぶり煙けぶりけぶりににになすなすなすににに、、、去年こぞ去年こぞこぞののの秋あき秋あきあきいみじくいみじくいみじくしししたてたてたてかしづかかしづかかしずかれれれててて、、、うちうちうちそひそひそいててて下くだ下くだくだりりりしししををを見み見みみやりやりやりしししををを、、、いといといと黑くろ黑くろくろききききぬきぬきぬのののうへうへうえにににゆゝしげゆゝしげゆゆしげなるなるなる物もの物ものものををを着き着ききててて、、、車くるま車くるまくるまのののともともともににになくなくなくなくなくなく歩あゆ歩あゆあゆみみみ出い出いいででで行ゆ行ゆゆくくくををを見み見みみいだしいだしいだしててて思おも思おもおもひひい出い出いいづるづるずる心こころ心こころこころちちち、、、すべてすべてすべてたとへたとへたとえかたかたかたなきなきなきまゝまゝままににに、、、やがてやがてやがて夢路ゆめぢ夢路ゆめぢゆめじににに惑まど惑まどまどひひいてててぞぞぞ思おも思おもおもふふうにににそのそのその人ひと人ひとひとやややみみみにににけむけむけんかしかしかし。。。
  10. 10昔むかし昔むかしむかしよりよりよりよしなきよしなきよしなき物語ものがたり物語ものがたりものがたり歌うた歌うたうたののの事こと事ことことをををのみのみのみ心こころ心こころこころにににしめしめしめててて、、、夜晝よるひる夜晝よるひるよるひる思おも思おもおもひひいててて行おこな行おこなおこなひひいをををせせせましかましかましかばばば、、、いといといとかゝるかゝるかかる夢ゆめ夢ゆめゆめののの世よ世よよををを見み見みみずずずもももやややあらあらあらましましまし。。。
  11. 11初瀨はつせ初瀨はつせはつせにににてててまへまへまえのののたびたびたびははは稻荷いなり稻荷いなりいなりよりよりより賜たま賜たまたまふふうしるししるししるしののの杉すぎ杉すぎすぎよよよとてとてとてなげなげなげ出い出いいでででられられられしししををを、、、いでいでいでしししまゝまゝままににに稻荷いなり稻荷いなりいなりににに詣まう詣まうもうでででたらたらたらましかましかましかばばばかゝらかゝらかからずずずやややあらあらあらましましまし。。。
  12. 12年とし年としとしごろごろごろ天あま天あまあまてるてるてる御神おほんかみ御神おほんかみおおんかみををを念ねん念ねんねんじじじ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれととと見み見みみゆるゆるゆる夢ゆめ夢ゆめゆめははは人ひと人ひとひとののの御乳母おほんめのと御乳母おほんめのとおおんめのととてとてとて內うち內うちうちわたりわたりわたりにににありありあり。。。帝みかど帝みかどみかど后きさき后きさききさきののの御おほん御おほんおおんかげかげかげににに隱かく隱かくかくるるるべきべきべきさまさまさまをををのみのみのみ、、、夢ゆめ夢ゆめゆめときときときもももあはせあはせあわせしかしかしかどもどもども、、、そのそのその事こと事ことことはははひとつひとつひとつかなはかなはかなわででで止や止ややみみみぬぬぬ。。。
  13. 13唯ただ唯ただただ悲かな悲かなかなしげしげしげなりなりなりととと見み見みみししし鏡かがみ鏡かがみかがみののの影かげ影かげかげのみのみのみたがはたがはたがわぬぬぬあはれあはれあわれににに心こころ心こころこころ憂う憂ううししし。。。かうかうこうのみのみのみ心こころ心こころこころににに物もの物ものもののののかなふかなふかなうかたかたかたなうなうのうててて止や止ややみみみぬるぬるぬる人ひと人ひとひとなれなれなればばば、、、功德くどく功德くどくくどくもももつくらつくらつくらずずずなどなどなどしししてててたゞよふたゞよふただよう。。。
  14. 14さすがさすがさすがににに命いのち命いのちいのちははは憂う憂ううきききにににももも絕た絕たたえええずずずながらふながらふながらうめれめれめれどどど、、、後のち後のちのちののの世よ世よよもももおもふおもふおもうにににかなはかなはかなわずずずぞぞぞあらあらあらむむんかしかしかしとととぞぞぞうしろめたきうしろめたきうしろめたきににに、、、たのむたのむたのむことことことひとつひとつひとつぞぞぞありありありけるけるける。。。
  15. 15天喜てんぎ天喜てんぎてんぎ三年さんねん三年さんねんさんねん十月かんなづき十月かんなづきかんなづき十三日じふさんにち十三日じふさんにちじゅうさんにちののの夜よ夜よよののの夢ゆめ夢ゆめゆめににに、、、居ゐ居ゐいたるたるたる所ところ所ところところののの屋や屋ややのののつまつまつまののの庭には庭にはにはにににたちたちたち給たま給たまたまへへえりりり、、、さだかさだかさだかにににははは見み見みみえええ給たま給たまたまははわずずず、、、霧きり霧きりきり一重ひとへ一重ひとへひとえへだゝれへだゝれへだたれるるるやうやうようににに透す透すすきききててて見み見みみえええ給たま給たまたまふふうををを、、、せめてせめてせめてたえまたえまたえまににに見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれればばば、、、
  16. 16蓮華れんげ蓮華れんげれんげののの座ざ座ざざのののつちつちつちをををあがりあがりあがりたるたるたる高たか高たかたかさささ三四尺さんししやく三四尺さんししやくさんししゃく、、、佛ほとけ佛ほとけほとけののの御み御みみたけたけたけ六尺ろくしやく六尺ろくしやくろくしやくばかりばかりばかりにににててて金色こんじき金色こんじきこんじきにににひかりひかりひかりかゞやきかゞやきかがやき給たま給たまたまひひいててて、、、御手みて御手みてみて片かた片かたかたつつつ方かた方かたかたをををばばばひろげひろげひろげたるたるたるやうやうようににに、、、いまいまいま片かた片かたかたつつつ方かた方かたかたにににはははゐんゐんいんををを作つく作つくつくりりり給たま給たまたまひひいたるたるたるををを、、、
  17. 17ことことこと人びと人びとびとののの目め目めめにににははは見み見みみつけつけつけ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららずずず、、、我わ我わわ一人ひとり一人ひとりひとり見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるににに、、、さすがさすがさすがにににいみじくいみじくいみじくけけけおそろしけれおそろしけれおそろしければばば簾垂すだれ簾垂すだれすだれのののもともともと近ちか近ちかちかくくくよりよりよりてててもももえええ見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららねねねばばば、、、佛ほとけ佛ほとけほとけ、、、さささはははこのこのこのたびたびたびははは歸かへ歸かへかえりりりてててのちのちのちににに迎むか迎むかむかへへえににに來こ來ここむむんとととのたまふのたまふのたまう聲こゑ聲こゑこえ、、、我わ我わわががが耳みみ耳みみみみひとつひとつひとつににに聞き聞ききききき居ゐ居ゐいててて人ひと人ひとひとはははえええ聞き聞きききききつけつけつけずずずととと見み見みみるるるににに、、、うちうちうち驚おどろ驚おどろおどろきききたれたれたればばば十四日じふよつか十四日じふよつかじゅうよっかなりなりなり。。。
  18. 18このこのこの夢ゆめ夢ゆめゆめばかりばかりばかりぞぞぞ後のち後のちのちのののたのみたのみたのみとととしししけるけるけるををを、、、いもといもといもとなどなどなどひとひとひと所ところ所ところところにににててて朝夕あさゆふ朝夕あさゆふあさゆう見み見みみるるるにににかうかうこうあはれあはれあわれににに悲かな悲かなかなしきしきしきことことことののの後のち後のちのちははは、、、所々ところどころ所々ところどころところどころににになりなりなりなどなどなどしししててて、、、誰たれ誰たれたれももも見み見みみゆるゆるゆることことことかたうかたうかとうあるあるあるににに、、、いといといとくらいくらいくらい夜よ夜よよ六ろく六ろくろくはらはらはらにににあああなるなるなる甥をひ甥をひおいのののきたるきたるきたるににに、、、めづらしうめづらしうめずらしゅうおぼえおぼえおぼえててて、、、
  19. 19「「「月つき月つきつきももも出い出いいでゝでゝでてやみやみやみにににくれくれくれたるたるたるににに何なに何なになにとてとてとてこよひこよひこよいたづねたづねたずね來き來ききつつつらむらむらん」」」
  20. 20とととぞぞぞいはいはいわれれれにににけるけるける。。。ねんごろねんごろねんごろにににかたらふかたらふかたらう人ひと人ひとひとののの、、、かうかうこうててて後のち後のちのちおとづれおとづれおとずれぬぬぬににに、、、
  21. 21「「「今いま今いまいまははは世よ世よよにににあらあらあらじじじものものものとととややや思おも思おもおもふふうらむらむらんあはれあはれあわれなくなくなくなくなくなく猶なほ猶なほなおこそこそこそはははふれふれふれ」」」。。。十月かんなづき十月かんなづきかんなづきばかりばかりばかり月つき月つきつきのののいみじういみじういみじゅうあかきあかきあかきををを、、、なくなくなくなくなくなくながめながめながめててて、、、
  22. 22「「「ひまひまひまもももなきなきなきなみだなみだなみだにににくもるくもるくもる心こころ心こころこころにににもももあかしあかしあかしととと見み見みみゆるゆるゆる月つき月つきつきのののかげかげかげかなかなかな」」」。。。
  23. 23年月としつき年月としつきとしつきははは過す過すすぎぎぎかはりかはりかわり行ゆ行ゆゆけけけどどど夢ゆめ夢ゆめゆめのののやうやうようなりなりなりしししほどほどほどををを思おも思おもおもひひい出い出いいづれづれずればばば、、、心地ここち心地ここちここちもももまどひまどひまどい目め目めめもももかきかきかきくらすくらすくらすやうやうようなれなれなればばば、、、そのそのそのほどほどほどのののことことことはははまたまたまたさだかさだかさだかにににもももおぼえおぼえおぼえずずず。。。人々ひとびと人々ひとびとひとびとははは皆みな皆みなみなほかほかほかにににすみすみすみあかれあかれあかれててて、、、故里ふるさと故里ふるさとふるさとにににひとりひとりひとりいみじういみじういみじゅう心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそくかなしくかなしくかなしくててて、、、ながめながめながめあかしあかしあかしわびわびわびててて久ひさ久ひさひさしうしうしゅうおとづれおとづれおとずれぬぬぬ人ひと人ひとひとににに、、、「「「茂しげ茂しげしげりりりゆくゆくゆくよもきよもきよもきががが露つゆ露つゆつゆにににそぼちそぼちそぼちつゝつゝつつ人ひと人ひとひとにににとはとはとはれれれぬぬぬねねねをををのみのみのみぞぞぞなくなくなく」」」。。。
  24. 24尼あま尼あまあまなるなるなる人ひと人ひとひとなりなりなり、、、
  25. 25「「「世よ世よよのののつねつねつねののの宿やど宿やどやどのののよもぎよもぎよもぎにににおもひおもひおもいやれやれやれそむきそむきそむきはてはてはてたるたるたる庭には庭にはにはのののくさむらくさむらくさむら」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

世の中のことに、あれこれと心ばかりを尽くしてきたが、宮仕えにしても、もとからひたすらお仕えし続けていたら(どうだったろう)。どうなっていただろうか。ときどき出仕するだけでは、何にもなりそうになかったようだ。

年はしだいに盛りを過ぎてゆくので、若々しくふるまうのも似つかわしくなく思われて嘆いているうちに、体の病気がたいそう重くなって、心にまかせて物詣でなどしていたこともできなくなったので、たまの外出も絶えて、長生きできそうな気持ちもしないままに、

幼い子どもたちを、なんとかして自分の生きているうちに、身の落ち着くのを見届けたいものだと、寝ても覚めても思い嘆いて頼りにしている。夫の任官の喜びの日を、待ち遠しく待ち嘆いていると、秋になって待ちかなったようではあるけれど、思っていたのとは違って、たいそう不本意で残念だ。

父のときから行ったり来たりして見た東国よりは近いように聞こえるので、しかたがないと、まもなく任国に下る準備を急いでいると、門出は娘が新しく移った家で、八月の十日過ぎにする。その後のことは知らない(夢中だった)。その間のようすは、騒がしいほど人が多く、勢いが盛んだった。

二十七日に下るときに、息子は付き添って下る。紅の打衣に、萩襲の青い紫苑色の織物の指貫を着て、太刀を佩いて(父の)後ろに立って歩み出るのを(見送る)。それ(夫)も織物の青鈍色の指貫に狩衣を着て、廊のあたりで馬に乗った。

大騒ぎして下って行ったあと、この上なく所在ないけれど、それほど遠い所でもないと聞くので、以前(父のとき)のように心細くなどは思わないでいると、見送りの人々が次の日帰って来て、「たいそうきらびやかに下っていきました」などと言って、「今朝の明け方、たいそう大きな人魂が立って、京の方へ飛んで来ました」と語るけれど、(一行の)供の人などのだろうと思う。(夫の身に)不吉なことがあるなどとは、思いも寄らなかった。

今は、なんとかしてこの若い子どもたちを一人前にしようと思うよりほかのことはないうちに、翌年の四月に(夫は)上京して来て、夏も秋も過ぎた。九月二十五日から病気になって、十月五日に(亡くなり)、夢のようで、(何も)見えないような心地は、世の中にまたほかに例があることとも思われない。

初瀬に鏡を奉納したとき、伏しころんで泣いている影が見えたというのは、このことだったのだ。うれしそうだったという影は、これまでにもなかった。これから先も、ありそうにない。

二十三日、はかなく(亡骸を)煙にするとき、去年の秋、たいそう着飾らせてかしずかれて、(父に)付き添って下っていったのを見送った(息子)が、たいそう黒い喪服の上に、不吉な(喪の)物を着て、車のお供に泣く泣く歩み出て行くのを見送って思い出す気持ちは、何ともたとえようもないままに、そのまま夢路に迷うようにして思うに、あの人(夫)は(わたしのこの姿を)見ているだろうか。

昔から、つまらない物語や歌のことばかり心にしめないで、夜も昼も(仏を)思って勤行をしていたなら、とてもこんな夢のような(はかない)世の中を見ずにすんだだろうか。

初瀬で、前の参詣のときは、「稲荷からくださる霊験の杉だよ」と言って(夢に)投げ出されたのに、そのまま退出してすぐに稲荷に参詣していたなら、こんなことにはならなかったのではないだろうか。

長年、「天照御神をお祈り申し上げよ」と見た夢は、(わたしが)高貴な方の御乳母となって内裏あたりに仕え、帝や后のご庇護を受けるはずだというようにばかり、夢解きも判じていたけれど、そのことは一つもかなわないで終わってしまった。

ただ悲しそうだと見た鏡の影だけが違わなかったのは、しみじみと情けない。このように、心に思うことのかなう方面もなくて終わってしまった身なので、功徳も積まないで、ただよっている。

それでも命は、つらいことにも絶えずに長らえているようだけれど、来世も思うようにはならないのだろうと気がかりなのに、頼みとすることが一つだけあった。

天喜三年十月十三日の夜の夢に、わたしの住んでいる家の軒先の庭に、阿弥陀仏が立っていらっしゃった。はっきりとはお見えにならず、霧が一重隔てているように透けてお見えになるのを、霧の切れ間から無理にも拝見すると、

蓮華の台座の、地面から上がっている高さは三、四尺、仏のお背丈は六尺ほどで、金色に光り輝いていらっしゃって、御手の片方は広げたようにして、もう片方には印を結んでいらっしゃるのを、

ほかの人の目にはお見つけ申し上げることができず、わたし一人が拝見しているが、さすがにたいそう恐れ多いので、簾のそば近くに寄ってもお見申し上げることができないでいると、仏が、「それでは、このたびは帰って、のちに迎えに来よう」とおっしゃる声が、わたしの耳にだけ聞こえて、ほかの人は聞きつけられないと夢に見て、はっと目覚めると、十四日だった。

この夢だけを来世の頼みとしていたが、甥たちなどとも一つ所にいて朝夕会っていたのに、このようなしみじみと悲しいこと(夫の死)のあとは、別々の所に住むようになったりして、誰にも会うことが少なくなったところに、たいそう暗い夜、六角に住んでいる甥が訪ねて来たので、めずらしく思われて、

「月も出ないで、闇に暮れている姨捨(のようなわたし)のところに、どうして今宵訪ねて来てくれたのでしょう」

と、つい詠まれたのだった。親しく語り合っていた人が、こうなってからのち便りをくれないので、

「今はもうこの世にはいないものと思っているのでしょうか。悲しいことに、泣く泣くもまだ生きながらえておりますのに」。十月ごろ、月がたいそう明るいのを、泣く泣く眺めて、

「絶え間なく流れる涙に曇るわたしの心にも、明るく見える月の光であることよ」。

年月は移り変わってゆくけれど、夢のようだったころ(夫の死)を思い出すと、心も乱れ、目の前も暗くなるようなので、そのころのことは、今もはっきりとは覚えていない。人々はみなよそに住み別れて、もとの家にひとり、たいそう心細く悲しくて、物思いに夜を明かしかねて、長く便りをくれない人に、「茂ってゆく蓬の露にぬれながら、誰にも訪ねてもらえず、声をあげて泣いてばかりいます」。

(返事をくれたのは)尼である人で、

「世間並みの家の蓬を思いやってください。(わたしの)世を捨てはてた庭の草むらは、どれほどでしょう」。

意訳

晩年の作者は、宮仕えもひたすら続けていれば違ったかと思い返す。年を重ね、病も重くなり、物詣でもできなくなる。子どもたちの将来を見届けたいと願い、夫の任官を待つ。

夫俊通がようやく信濃守に任じられるが、作者の思っていた国ではなかった。それでも父の任国の東国よりは近いと思いなおし、夫と息子を華やかに送り出す。見送りの人が語った人魂の話を、作者は気にとめなかった。のちに思えば、それが不吉の前兆だった。

翌年四月に帰京した夫は、九月末に病み、十月五日に亡くなる。作者は、初瀬の鏡に映った泣き伏す影はこのことだったと悟る。華やかな影は一度もなかった。去年の秋に美しく装って父に付き添った息子が、黒い喪服で野辺送りの車について歩く姿に、作者の悲しみは極まる。

物語や歌にばかり心を寄せず、勤行をしていたら、稲荷に詣でていたらと、作者は悔いを重ねる。天照御神の夢も、乳母として帝や后に仕える運命と解いていたのに、何一つかなわなかった。ただ悲しい鏡の影だけが当たった。

その中で、ただ一つの頼みは、天喜三年に見た阿弥陀仏の夢だった。金色に輝く阿弥陀仏が庭に立ち、「のちに迎えに来む」と告げる。物語を夢見た少女は、最後に来世の救いを夢に託す。

夫の死後、家族は散り散りになり、作者はひとり残る。闇夜に訪ねて来た甥に、自分を姨捨山に捨てられた老女にたとえる歌を詠む。訪れる人もない荒れた家で、蓬の露に泣く作者と、世を捨てた尼の返歌とで、日記は静かに終わる。

語釈・文法注

阿彌陀佛
阿弥陀如来。西方の極楽浄土の仏で、念仏する人を臨終のときに迎えに来る(来迎)と信じられた。平安時代中期から浄土信仰が広まった。
姨捨
信濃の国の更級にある山。老いた伯母(おば)を山に捨てた男が、月を見て後悔し連れ帰ったという伝説がある。『古今和歌集』の「わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」で知られ、書名『更級日記』はこの歌によるとされる。

文法

「ひとすぢに仕うまつりつかばや」
底本のまま。ひたすらお仕えしていたら(よかったか)の意に解した。
「やゝはた過ぎ行く」
底本は「はた」と書き、脇に異本の字の注記がある。通行本文は「ややさだ過ぎゆく」で、盛りの年を過ぎるの意。
「わくらはの立ち出で」
たまの外出。「わくらは」は、たまたま、まれにの意。
「人のよろこび」
夫の任官の喜び。夫橘俊通は天喜五年(1057)に信濃守に任じられた。
「皆いで思ふ心地」
底本のまま。通行本文は「見ないで思ふ」(見えないで思う、の意か)などとされ、本文に乱れがあるとみられる。
「その人やみにけむかし」
底本のまま。あの人(夫)は見ていたであろうか、の意に解した。
「夢ときもあはせしかども」
夢解き(夢の吉凶を判じる人)も、そのように判じたけれど。
「ゐんを作り」
印を結ぶ。仏が手の指で形を作ること。
「六はら」
底本は「六はら」と書く。通行本文は「六角」で、京の六角小路のあたりと解される。
「よもき」
底本は清音で書く。「よもぎ(蓬)」。荒れた家のたとえ。

和歌

月も出でゝやみにくれたる姨捨に何とてこよひたづね來つらむ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
夫の死後、ひとり暮らす家に、暗い夜、甥が訪ねて来たときに思わず詠んだ歌。

修辞

本歌
「わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」(古今集)をふまえる。
見立て
夫に先立たれた自分を、姨捨山に捨てられた老女にたとえる。
掛詞
「やみにくれ」に、闇に暮れることと、悲しみにくれることを掛ける。

今は世にあらじものとや思ふらむあはれなくなく猶こそはふれ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
夫の死後、便りをくれなくなった親しい人に送った歌。

修辞

掛詞
「なくなく」に「泣く泣く」と「無く無く」を、「ふれ」に「経れ(過ごす)」を響かせる。

ひまもなきなみだにくもる心にもあかしと見ゆる月のかげかな

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
十月ごろ、明るい月を泣く泣く眺めて詠んだ歌。

修辞

対比
涙に曇る心と、明るく見える月とを対比する。

茂りゆくよもきが露にそぼちつゝ人にとはれぬねをのみぞなく

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
家族と離れてひとり暮らす家で、長く便りをくれない人に送った歌。

修辞

掛詞
「ね」に、声をあげて泣く「音」と、蓬の「根」を響かせる。
見立て
茂る蓬で、訪れる人もない荒れた家を表す。

世のつねの宿のよもぎにおもひやれそむきはてたる庭のくさむら

詠者
尼である人
状況
作者の歌への返歌。世を捨てた尼の庵の荒れようを詠んで応えた。

修辞

対比
世間並みの家の蓬と、世を背いた尼の庭の草むらとを対比する。

解説

夫橘俊通は天喜五年(1057)七月に信濃守に任じられ、八月二十七日に任国へ下った。翌康平元年(1058)四月に帰京したが、九月に病み、十月五日に五十七歳で亡くなった。作者は五十一歳だった。

作者は夫の死に、初瀬の鏡の夢(第9章)の悲しい影を思いあわせ、物語や歌に心を奪われて信心を怠った生涯を悔いる。若い日の夢がすべて外れ、悲しい予言だけが当たったという述懐は、物語にあこがれた少女の一生をしめくくる言葉として重い。

阿弥陀仏の来迎の夢は天喜三年(1055)、夫の死の三年前のことである。作者はこの夢だけを来世の頼みとして、日記を書き終えている。最後の「姨捨」の歌は、書名『更級日記』のゆかりとされる。日記はこのあと、康平二年(1059)ごろまでの記事で終わる。

国文大観の本文では、この章は第18章に続いて、通行本文と同じ順である。底本には通行本文と違う所や乱れのある所があり、底本どおりに翻刻して文法注に断った。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、495–498頁(コマ259–261)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日