更級日記 第15章
斎宮の雪の夜と時雨の夜
殿上人は、伊勢の斎宮に勅使として下った冬、雪の月夜に古い女房の弾く琵琶を聞いて以来、冬の雪の夜をこそ愛するようになったと語り、今宵からは時雨の闇夜も心にしみるだろうと言って去る。翌年、内裏で再会した男は時雨の夜を忘れないと言い、作者は琵琶を聞かせるという約束を待ち続けたが、その機会はついに来なかった。
- 1とととあるあるあるにににいみじういみじういみじゅう興興きょうじじじ思思おもひひい煩煩わずらひひいたるたるたるけしきけしきけしきにににててて「「「唐土唐土もろこしなどなどなどにににももも昔昔むかしよりよりより春春はる秋秋あきのののさだめさだめさだめはははえええししし侍侍はべらららざざざなるなるなるををを、、、このこのこのかうかうこうおぼしおぼしおぼしわかわかわかせせせ給給たまひひいけむけむけん御心御心みこころどもどもども思思おもふふうにににゆゑゆゑゆえ侍侍はべらららむむんかしかしかし。。。
- 2我我わががが心心こころのののなびきなびきなびきそのそのそのをりをりおりのののあはれあはれあわれととともももをかしをかしおかしとととももも思思おもふふう事事ことのののあるあるある時時とき、、、やがてやがてやがてそのそのそのをりをりおりののの空空そらのののけしきけしきけしきももも月月つきももも花花はなももも心心こころにににそめそめそめらるゝらるゝらるるにににこそこそこそあべかめれあべかめれあべかめれ。。。春春はる秋秋あきををを知知しらせらせらせ給給たまひひいけむけむけんことことことのののふしふしふしなむなむなんいみじういみじういみじゅう承承うけたまわらららまほしきまほしきまほしき。。。
- 3冬冬ふゆののの夜夜よののの月月つきははは昔昔むかしよりよりよりすさまじきすさまじきすさまじき物物ものののの例例れいにににひかひかひかれれれててて侍侍はべりりりけるけるけるににに、、、又又またいといといと寒寒さむくくくなどなどなどしししてててことことことににに見見みられられられざりざりざりしししををを、、、ののの御裳着御裳着おおんもぎののの勅使勅使ちょくしにににてててくだりくだりくだりしししににに、、、曉曉あかつきにににのぼらのぼらのぼらむむんとてとてとて日日ひごろごろごろ降降ふりりり積積つみみみたるたるたる雪雪ゆきににに月月つきのののいといといとあかきあかきあかきににに旅旅たびののの空空そらとととさへさへさへ思思おもへへえばばば心心こころぼそくぼそくぼそくおぼゆるおぼゆるおぼゆるににに、、、
- 4まかりまかりまかり申申もうしししににに參參まいりりりたれたれたればばばよよよののの所所ところにににももも似似にずずず、、、思思おもひひいなしなしなしさへさへさへけけけおそろしきおそろしきおそろしきににに、、、さべきさべきさべき所所ところににに召召めしししてててののの御代御代みよよりよりより參參まいりりりたりたりたりけるけるける人人ひとののの、、、いといといといみじくいみじくいみじく神神かみさびさびさびふるめいふるめいふるめいたるたるたるけはひけはひけわいののの、、、いといといとよしよしよし深深ふかくくく昔昔むかしののの古古ふることゞもことゞもことども言言いひひいいでいでいでうちうちうち泣泣なきききなどなどなどしししててて、、、ようようよう調調しらべべべたるたるたる琵琶琵琶びわののの御琴御琴おおんことをををさしさしさし出出いでででられられられたりたりたりしししははは、、、
- 5このこのこの世世よののの事事こととととももも覺覺おぼえええずずず、、、夜夜よののの明明あけけけなななむむんもももをしうをしうおしゅう京京きょうのののことことことももも思思おもひひい絕絕たえええぬぬぬばかりばかりばかりおぼえおぼえおぼえ侍侍はべりりりしししよりよりよりなむなむなん、、、冬冬ふゆののの夜夜よののの雪雪ゆきふれふれふれるるる夜夜よははは思思おもひひいしらしらしられれれててて、、、火桶火桶ひおけなどなどなどをををいだきいだきいだきてててももも必必かならず出出いででで居居いてててなむなむなん見見みられられられ侍侍はべるるる。。。
- 6おまへおまへおまえたちたちたちももも必必かならずさささおぼすおぼすおぼすゆゑゆゑゆえ侍侍はべらららむむんかしかしかし。。。さらばさらばさらば今宵今宵こよいよりよりよりはははくらきくらきくらき闇闇やみののの夜夜よのののしぐれしぐれしぐれうちうちうちせせせむむんははは又又また心心こころにににしみしみしみ侍侍はべりりりなななむむんかしかしかし。。。齋宮齋宮さいぐうののの雪雪ゆきののの夜夜よにににおとるおとるおとるべきべきべき心地心地ここちもももせせせずずずなむなむなん」」」などなどなどいひいひいいててて別別わかれれれにににししし後後のちははは誰誰たれとととしらしらしられれれじじじととと思思おもひひいしししををを、、、
- 7又又またののの年年としののの八月八月はづきににに內內うちへへへいらいらいらせせせ給給たまふふうににに、、、夜夜よもすがらもすがらもすがら殿上殿上てんじょうにににててて御遊御遊おおんあそびありありありけるけるけるににに、、、このこのこの人人ひとののの侍侍さぶらひひいけるけるけるもももしらしらしらずずず。。。そのそのその夜夜よはははしもしもしもにににあかしあかしあかしててて細殿細殿ほそどのののの遣戶遣戶やりどををを押押おしししあけあけあけててて見見み出出いだしししたれたれたればばば曉曉あかつきがたがたがたののの月月つきのののあるあるあるかかかなきなきなきかかかにににをかしきをかしきおかしきををを見見みるるるににに、、、履履くつののの聲聲こえ聞聞きこえええてててどどど經經きょうなどなどなどするするする人人ひともももありありあり。。。
- 8讀經讀經どきょうののの人人ひとはははこのこのこの遣戶口遣戶口やりどぐちににに立立たちちちとまりとまりとまりててて物物ものなどなどなどいふいふいうににに答答こたへへえたれたれたればばば、、、ふとふとふと思思おもひひい出出いでゝでゝでて「「「時雨時雨しぐれののの夜夜よこそこそこそ片時片時かたとき忘忘わすれれれずずず戀戀こいしくしくしく侍侍はべれれれ」」」ととといふいふいうににに、、、ことことこと長長なごううう答答こたふふうべきべきべきほどほどほどならならならねねねばばば、、、
- 9「「「なになになにさささまでまでまでおもひおもひおもい出出いでででけむけむけんなほざりなほざりなおざりののの木木きののの葉葉はにににかけかけかけししし時雨時雨しぐればかりばかりばかりををを」」」
- 10ととともももいひいひいいやらやらやらぬぬぬををを、、、人々人々ひとびと又又また來來きあへあへあえばばばやがてやがてやがてすべりすべりすべり入入いりりりてててそのそのその夜夜よさりさりさりまかでまかでまかでにににしかしかしかばばば、、、もろとももろとももろともなりなりなりししし人人ひと尋尋たずねねねててて返返かへししししししたりたりたりしししなどなどなどももも後後のちにににぞぞぞ聞聞きくくく。。。
- 11ありありありししし時雨時雨しぐれのののやうやうようならならならむむんににに、、、いかでいかでいかで琵琶琵琶びわのののねねねのののおぼゆるおぼゆるおぼゆるかぎりかぎりかぎり彈彈ひきききててて聞聞きかかかせせせむむんとととなむなむなんあるあるあるととと聞聞きくくくににに、、、ゆかしくゆかしくゆかしくてててわれわれわれもももさるさるさるべきべきべき折折おりををを待待まつつつににに更更さらににになしなしなし。。。
- 12春春はるごろごろごろのどかのどかのどかなるなるなる夕夕ゆうつかたつかたつかたまゐりまゐりまいりたりたりたりととと聞聞ききききててて、、、そのそのその夜夜よもろとももろとももろともなりなりなりししし人人ひととととゐざりゐざりいざり出出いづるづるずるににに外外とににに人々人々ひとびとまゐりまゐりまいり內內うちにににももも例例れいののの人々人々ひとびとあれあれあればばばいでいでいでまかでまかでまかでいりいりいりぬぬぬ。。。あのあのあの人人ひともももさささややや思思おもひひいけむけむけん、、、しめやかしめやかしめやかなるなるなる夕夕ゆうぐれぐれぐれををを推推おししし量量はかりりりててて參參まいりりりたりたりたりけるけるけるににに、、、騒騒さわがしかりがしかりがしかりけれけれければばばまかづまかづまかずめりめりめり。。。
- 13「「「かしまみてかしまみてかしまみてなるとなるとなるとののの浦浦うらにににこがれこがれこがれ出出いづるづるずるこゝろこゝろこころはははへへえきききややや磯磯いそのののあまあまあま人人びと」」」
- 14とととばかりばかりばかりにににてててやみやみやみにににけりけりけり。。。あのあのあの人人ひとがらがらがらもももいといといとすくよかすくよかすくよかににに世世よのののつねつねつねならならならぬぬぬ人人ひとにににててて、、、そのそのその人人ひとはははかのかのかの人人ひとににになどなどなどもももたづねたづねたずね問問とははわででで過過すぎぎぎぬぬぬ。。。
現代語訳
と(同僚が)詠んだので、(男は)たいそうおもしろがって、思案するようすで、「唐土などでも、昔から春と秋の優劣はつけられないそうですのに、このようにお決めになったお二人のお心を思うと、きっとわけがあるのでしょう。
自分の心が引かれて、そのときに、しみじみとも趣深いとも思うことがあると、そのまま、そのときの空のようすも、月も花も、心に深く染みこむものなのでしょう。春と秋をお選びになったわけを、ぜひうかがいたいものです。
冬の夜の月は、昔から興ざめなものの例に引かれていましたし、またたいそう寒いので、とくに見ることもなかったのですが、斎宮の御裳着の勅使として(伊勢へ)下ったとき、明け方に都へ上ろうとして、何日も降り積もった雪に月がたいそう明るく照っていて、旅の空だとさえ思うと心細く思われたところに、
いとまごいのために参上すると、ほかの所とは違って、気のせいか恐ろしいほど神々しいのに、しかるべき所に召されて、円融院の御代から仕えていた女房が、たいそう神さびて古風なようすで、たいそう由緒ありげに、昔の古い話をして泣いたりして、よく調律した琵琶の御琴を差し出されたときは、
この世のこととも思われず、夜が明けてしまうのも惜しく、京のことも思い捨ててしまいそうに思われましたが、それ以来、冬の雪の降った夜はしみじみと思い知られて、火桶などを抱えてでも、必ず縁先に出て眺めずにはいられません。
あなたがたも、きっとそうお思いになるわけがおありでしょう。それでは、今夜からは、暗い闇の夜の時雨の降るのが、また心にしみることでしょう。斎宮の雪の夜に劣るとも思われません」などと言って別れたあと、(わたしが)誰とは知られまいと思っていたのに、
翌年の八月に、(宮が)内裏にお入りになったとき、一晩じゅう殿上で管絃のお遊びがあったが、この人がお仕えしていたとも知らなかった。その夜は局で夜を明かして、細殿の遣戸を押しあけて外を見ると、明け方の月がほのかにかかって趣深いのを見ていると、沓の音がして、読経などする人もいる。
読経の人がこの遣戸口に立ち止まって何か話しかけるので、答えると、ふと思い出して、「時雨の夜のことは、片時も忘れず恋しく思っております」と言うので、長々と答えられるような場合でもないので、
「どうしてそれほどまでに思い出してくださったのでしょう。ほんのかりそめに、木の葉にかかった時雨ほどの(あの夜の)ことを」
とも言い終わらないうちに、人々がまた来合わせたので、そのまま奥へすべりこんで、その夜のうちに退出してしまったので、あのときいっしょだった同僚に(男が)たずねて、(同僚が代わりに)返歌をしたことなども、あとで聞いた。
「あの時雨の夜のようなおりに、なんとかして琵琶の音色の覚えているかぎりを弾いて聞かせたい」と言っていたと聞くと、聞きたくて、わたしもしかるべきおりを待っていたが、まったくない。
春ごろ、のどかな夕方に(男が)参上したと聞いて、その夜いっしょだった同僚とにじり出ると、外には人々が参上し、内にもいつもの女房たちがいるので、出かけたものの引き返して奥へ入ってしまった。あの人もそう思ったのだろうか、しっとりとした夕暮れを見はからって参上したのに、騒がしかったので退出したようだ。
「鹿島を見て、鳴門の浦に漕ぎ出すように、こがれて出て来た(わたしの)心をわかってくれただろうか、磯の海人(あの人)は」
とだけ(詠んで)、それきりになった。あの人の人柄もたいそうまじめで、世間並みでない人なので、(わたしも)あの人はどこそこの人だなどとたずねることもしないで過ぎてしまった。
意訳
殿上人は、春秋の優劣は唐土でも決められないと言い、人がどちらを好むかは、その季節に心を動かされた体験によるのだろうと語る。そして自分は冬の雪の夜をこそ愛すると、伊勢の斎宮に下ったときの思い出を語る。
雪の降り積もった明け方、斎宮で円融院の時代から仕える老女房が昔語りをして泣き、琵琶を弾いてくれた。この世のこととも思えず、京へ帰るのも忘れそうだった。それ以来、冬の雪の夜には火桶を抱いてでも外に出て眺めるという。男は、今夜からは時雨の闇夜も心にしみるだろうと言って去る。
翌年八月、作者は内裏の細殿で明け方の月を眺めていて、男と再会する。男は時雨の夜を片時も忘れないと言い、作者は、かりそめの時雨ほどのことをなぜそこまで思い出すのかと歌で応えるが、人が来て奥へ退く。
男が琵琶を聞かせたいと言っていると聞き、作者はその機会を待つ。春の夕暮れ、男が来たと聞いて出てゆくが、人が多くて引き返す。男もまた人が多いので帰ったらしい。すれ違いの思いを詠んだ歌を最後に、二人の縁は途切れる。
作者は相手の名を問うこともなく過ごした。身分も立場も違う二人のあいだに、恋とは呼べない、しかし生涯忘れられない心の交流があった。物語にあこがれた作者が、現実の中で出会ったもっとも物語的なひとときである。
語釈・文法注
- 齋宮
- 伊勢神宮に奉仕する未婚の皇女。天皇の即位ごとに選ばれた。ここでは伊勢の斎宮の御所。
- 圓融院
- 円融天皇(959〜991、在位969〜984)。その御代から仕えていた老女房は、六十年近く斎宮に仕えていたことになる。
文法
- 「えし侍らざなる」
- 「え……ざなる」は不可能。「ざなる」は「ざるなる」の撥音便の撥音を表記しない形。できないそうです。
- 「あべかめれ」
- あるにちがいないようだ。
- 「すさまじき物の例」
- 冬の月は興ざめなものの代表とされた。清少納言も「すさまじきもの、しはすの月夜」と書いたとされる。
- 「まかり申し」
- いとまごい。都へ帰る前に、斎宮にあいさつに参ること。
- 「けおそろしき」
- 何となく恐ろしいほど神々しい。
- 「ど經」
- 読経。
- 「なにさまで」
- どうしてそれほどまでに。
- 「いでまかでいりぬ」
- 底本のまま。出かけたものの、また引っこんでしまったの意に解した。
- 「こゝろはへきや」
- 底本は「へ」と書き、脇に異本の字の注記がある。心は得たか(わかってくれたか)の意に解し、「へ」は「え」と読んだ。
和歌
なにさまでおもひ出でけむなほざりの木の葉にかけし時雨ばかりを
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 翌年八月、内裏で再会した男が「時雨の夜を片時も忘れない」と言ったのに、短く応じた歌。
修辞
- 掛詞
- 「かけし」に、時雨が木の葉にかかることと、言葉をかけたことを掛ける。
- 謙遜
- あの夜のことを、かりそめの時雨ほどのことと言いなす。
かしまみてなるとの浦にこがれ出づるこゝろはへきや磯のあま人
- 詠者
- 作者(菅原孝標女)
- 状況
- 春の夕暮れ、男が来たと聞いて出て行ったが、人が多くて会えずに終わったときの歌。
修辞
- 掛詞
- 「かしま」に地名の「鹿島」と「(人の)かしまし(騒がし)」を、「なると」に「鳴門」と「(会えるように)なる」を、「こがれ」に「漕がれ」と「焦がれ」を掛ける。
- 縁語
- 「浦」「こがれ」「磯」「あま人」。
解説
殿上人が語る斎宮の雪の夜の話は、長暦二年(1038)ごろ、良子内親王が斎宮となったときの裳着の勅使として伊勢に下ったときのことと考えられる。源資通は管絃にすぐれ、琵琶の名手でもあった。
翌年八月の再会は、長久四年(1043)のことで、祐子内親王が内裏に入ったときである。作者は男が琵琶を聞かせてくれる機会を待ったが、ついに実現しなかった。作者はこの人について「世のつねならぬ人」と記すだけで、名前を書いていない。
国文大観の本文では、この章のあとに、晩年の述懐「今はむかしのよしなし心も」が続く(第16章)。通行本文でも同じ順である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、486–487頁(コマ255)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日