古典ライブラリー

更級日記 第13章

東山の夏と秋

父の任官がかなわなかった春の歌のやりとり。四月末、一家は東山の家に移る。水鶏、山の井の水、明け方の念仏とほととぎす、月夜に縁先まで来て鳴く鹿、有明の月と、山里の風情を歌に詠む。京に戻ってからも、尼に花の便りを求め、竹の葉に寝覚め、継母の呼び名に歌を寄せる。

  1. 1かへるかへるかえる年とし年としとしむむむ月つき月つきつきののの司召つかさめし司召つかさめしつかさめしににに親おや親おやおやのののよろこびよろこびよろこびすすすべきべきべき事こと事ことことありありありしししにににかひなきかひなきかいなきつとめてつとめてつとめて、、、同おな同おなおなじじじ心こころ心こころこころににに思おも思おもおもふふうべきべきべき人ひと人ひとひとののの許もと許もともとよりよりより「「「さりともさりともさりともととと思おも思おもおもひひいつゝつゝつつ明あ明ああくるくるくるををを待ま待ままちちちうるうるうる心こころ心こころこころもとなさもとなさもとなさ」」」などなどなどいひいひいいててて、、、「「「あくるあくるあくるまつまつまつ鐘かね鐘かねかねのののこゑこゑこえにににももも夢ゆめ夢ゆめゆめさめさめさめててて秋あき秋あきあきのののもゝもゝもも夜よ夜よよのののこゝちこゝちここちせせせしかしかしかななな」」」ととといひいひいいたるたるたる返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごとににに、、、
  2. 2「「「あかつきあかつきあかつきををを何なに何なになににににまちまちまちけむけむけん思おも思おもおもふふうことことことなるなるなるとととももも聞き聞ききかかかぬぬぬかねかねかねののの音おと音おとおとゆゑゆゑゆえ」」」。。。
  3. 3四月うづき四月うづきうづきつごもりつごもりつごもりがたがたがた、、、さるさるさるべきべきべき故ゆゑ故ゆゑゆえありありありてててなるなるなる所ところ所ところところへへへうつろふうつろふうつろう。。。道みち道みちみちのののほどほどほど田た田たたののの苗代水なはしろみづ苗代水なはしろみづなわしろみずまかせまかせまかせたるたるたるももも植う植ううゑゑえたるたるたるももも何なに何なになにとととなくなくなく靑あを靑あをあおみみみ、、、をかしくをかしくおかしく見み見みみえええわたりわたりわたりたるたるたる山やま山やまやまのののかげかげかげくらうくらうくろう前まへ前まへまえちかくちかくちかく見み見みみえええててて、、、心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそくぞぞぞあはれあはれあわれなるなるなる。。。ゆふぐれゆふぐれゆうぐれ水鷄くひな水鷄くひなくいないみじくいみじくいみじくなくなくなく。。。
  4. 4「「「たゝくたゝくたたくととともももたれたれたれかかか水鷄くひな水鷄くひなくいなのののくれくれくれぬるぬるぬるににに山路やまぢ山路やまぢやまじををを深ふか深ふかふかくくくたづねたづねたずねてててはははこここむむん」」」。。。
  5. 5近ちか近ちかちかききき所ところ所ところところなれなれなればばば詣まう詣まうもうでゝでゝでて拜をが拜をがおがみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるにににいといといとくるしけれくるしけれくるしければばば、、、山寺やまでら山寺やまでらやまでらなるなるなる石井いしゐ石井いしゐいしいににによりよりよりててて、、、手て手ててにににむすびむすびむすびつゝつゝつつ飮の飮ののみみみててて、、、このこのこの水みづ水みづみずののの飽あ飽ああかかかずずずおぼゆるおぼゆるおぼゆるかなかなかなととといふいふいう人ひと人ひとひとのののあるあるあるににに、、、
  6. 6「「「おくおくおく山やま山やまやまののの石間いはま石間いはまいわまののの水みづ水みづみずをををむすびむすびむすびあげあげあげててて飽あ飽ああかかかぬぬぬものものものとととははは今いま今いまいまのみのみのみやややしるしるしる」」」
  7. 7ととといひいひいいたれたれたればばば、、、水みづ水みづみずのむのむのむ人ひと人ひとひと、、、
  8. 8「「「山やま山やまやまののの井ゐ井ゐいのののしづくしづくしずくににににごるにごるにごる水みづ水みづみずよりよりよりもももこここはははなほなほなおあかあかあかぬぬぬ心こころ心こころこころちちちこそこそこそすれすれすれ」」」。。。
  9. 9歸かへ歸かへかえりりりててて夕日ゆふひ夕日ゆふひゆうひさやかさやかさやかにににさしさしさしたるたるたるににに、、、都みやこ都みやこみやこのののかたかたかたももものこりのこりのこりなくなくなく見み見みみやらやらやらるゝるゝるるににに、、、このこのこの雫しづく雫しづくしずくににに濁にご濁にごにごるるる人ひと人ひとひとははは京きやう京きやうきょうにににかへるかへるかえるとてとてとて、、、心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしげしげしげににに思おも思おもおもひひいててて、、、又また又またまたつとめてつとめてつとめて、、、
  10. 10「「「山やま山やまやまののの端は端ははににに入い入いいるるる日ひ日ひひのののかげかげかげははは入い入いいりりりはてゝはてゝはてて心こころ心こころこころぼそくぼそくぼそくぞぞぞながめながめながめやらやらやられれれししし」」」。。。
  11. 11念佛ねんぶつ念佛ねんぶつねんぶつするするする僧そう僧そうそうののの曉あかつき曉あかつきあかつきにににぬかづくぬかづくぬかずく音おと音おとおとののの尊たふと尊たふととうとくくく聞きこ聞きこきこゆれゆれゆればばば、、、戶と戶ととををを押お押おおしししあけあけあけたれたれたればばば、、、ほのぼのほのぼのほのぼの明あ明ああけけけゆくゆくゆくやまぎはやまぎはやまぎわ、、、こぐらきこぐらきこぐらき梢こずゑ梢こずゑこずえどもどもどもきりきりきりわたりわたりわたりててて、、、花はな花はなはな紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじのののさかりさかりさかりよりよりよりももも何なに何なになにとととなくなくなく茂しげ茂しげしげりりりわたれわたれわたればばば、、、空そら空そらそらのののけしきけしきけしきくもらはしくくもらはしくくもらわしくをかしきをかしきおかしきににに、、、杜鵑ほととぎす杜鵑ほととぎすほととぎすさへさへさへいといといと近ちか近ちかちかききき梢こずゑ梢こずゑこずえにににあまたあまたあまたたびたびたびないないないたりたりたり。。。
  12. 12「「「誰たれ誰たれたれににに見み見みみせせせたれたれたれにににきかせきかせきかせむむん山里やまざと山里やまざとやまざとのののこのこのこのあかつきあかつきあかつきもももをちをちおちかへるかへるかえる音ね音ねねももも」」」。。。
  13. 13このこのこの晦日つごもり晦日つごもりつごもりののの日ひ日ひひ、、、谷たに谷たにたにのののかたかたかたなるなるなる木き木ききのののうへうへうえににに杜鵑ほととぎす杜鵑ほととぎすほととぎすかしがましくかしがましくかしがましくないないないたりたりたり。。。
  14. 14「「「都みやこ都みやこみやこにににははは待ま待ままつつつらむらむらんものものものをををほとゝぎすほとゝぎすほととぎす今日けふ今日けふきょうひねもすひねもすひねもすににに鳴な鳴ななきききくらすくらすくらすかなかなかな」」」
  15. 15などなどなどのみのみのみ詠なが詠ながながめめめつゝつゝつつもろとももろとももろともにににあるあるある人ひと人ひとひと「「「唯今ただいま唯今ただいまただいま京きやう京きやうきょうにににももも聞き聞きききききたらたらたらむむん人ひと人ひとひとあらあらあらむむんややや。。。かくかくかくてててながむながむながむらむらむらんととと思おも思おもおもひひいおこすおこすおこす人ひと人ひとひとあらあらあらむむんややや」」」などなどなどいひいひいいててて、、、
  16. 16「「「山やま山やまやまふかくふかくふかくたれたれたれかかかおもひおもひおもいはははおこすおこすおこすべきべきべき月つき月つきつき見み見みみるるる人ひと人ひとひとはははおほからおほからおおからめめめどもどもども」」」
  17. 17ととといへいへいえばばば、、、
  18. 18「「「ふかきふかきふかき夜よ夜よよににに月つき月つきつき見み見みみるるるをりをりおりははは知し知ししらららねねねどもどもどもまづまづまず山里やまざと山里やまざとやまざとぞぞぞおもひおもひおもいやらやらやらるゝるゝるる」」」。。。
  19. 19曉あかつき曉あかつきあかつきににになりなりなりやややしししぬぬぬらむらむらんととと思おも思おもおもふふうほどほどほどににに、、、山やま山やまやまのののかたかたかたよりよりより人ひと人ひとひとあまたあまたあまた來く來くくるるるおとおとおとすすす。。。驚おどろ驚おどろおどろきききててて見み見みみやりやりやりたれたれたればばば、、、鹿しか鹿しかしかののの椽えん椽えんえんのののもともともとまでまでまで來き來ききてててうちうちうち鳴な鳴なないいいたるたるたる、、、近ちか近ちかちこうううはははなつかしからなつかしからなつかしからぬぬぬものゝものゝものの聲こゑ聲こゑこえなりなりなり。。。「「「秋あき秋あきあきののの夜よ夜よよのののつまつまつまこひこひこいかぬるかぬるかぬる鹿しか鹿しかしかのののねねねはははとほとほとお山やま山やまやまにににこそこそこそきくきくきくべかりべかりべかりけれけれけれ」」」。。。
  20. 20しりしりしりたるたるたる人ひと人ひとひとののの近ちか近ちかちかきききほどほどほどににに來き來ききてててかへりかへりかえりぬぬぬととと聞き聞ききくくくににに、、、
  21. 21「「「まだまだまだ人ひと人ひとひとめめめしらしらしらぬぬぬ山やま山やまやまべべべのののまつかぜまつかぜまつかぜににに音おと音おとおとしししてててかへるかへるかえるものものものとととこそこそこそ聞き聞ききけけけ」」」。。。
  22. 22八月はづき八月はづきはづきににになりなりなりててて廿餘日はつかあまり廿餘日はつかあまりはつかあまりのののあかつきがたあかつきがたあかつきがたののの月つき月つきつき、、、いみじくいみじくいみじくあはれあはれあわれににに山やま山やまやまのののかたかたかたはははこぐらくこぐらくこぐらく、、、瀧たき瀧たきたきののの音おと音おとおとどもどもども似に似ににるるるものものものなくなくなくのみのみのみ詠なが詠ながながめめめられられられててて、、、
  23. 23「「「おもひおもひおもいしるしるしる人ひと人ひとひとににに見み見みみせせせばばばややや山やま山やまやまざとざとざとのののあきあきあきののの夜よ夜よよふかきふかきふかきありあけありあけありあけののの月つき月つきつき」」」。。。
  24. 24京きやう京きやうきょうにににかへりかへりかえり出い出いいづるづるずるにににわたりわたりわたりししし時とき時ときときははは水みづ水みづみずばかりばかりばかり見み見みみえええししし田た田たたどもゝどもゝどもも皆みな皆みなみな苅か苅かかりりりはてゝはてゝはててけりけりけり。。。「「「苗代なはしろ苗代なはしろなわしろののの水みづ水みづみずかげかげかげばかりばかりばかり見み見みみえええししし田た田たたのののかりかりかりはつるはつるはつるまでまでまでながながなが居ゐ居ゐいしししにににけりけりけり」」」。。。
  25. 25十月かんなづき十月かんなづきかんなづきつごもりつごもりつごもりがたがたがたにににあからさまあからさまあからさまににに來き來ききててて見み見みみれれればばば、、、こぐらうこぐらうこぐろうしげりしげりしげりししし木き木ききののの葉は葉ははどもどもどものこりのこりのこりなくなくなく散ち散ちちりりりみだれみだれみだれててて、、、いみじくいみじくいみじくあはれげあはれげあわれげににに見み見みみえええ渡わた渡わたわたりりりててて心こころ心こころこころちちちよげよげよげにににさゞらきさゞらきさざらき流なが流ながながれれれししし水みづ水みづみずももも、、、木き木ききののの葉は葉ははにににうづもれうづもれうずもれててて跡あと跡あとあとばかりばかりばかり見み見みみゆゆゆ。。。
  26. 26「「「水みづ水みづみずさへさへさへにににすみすみすみ絕た絕たたえええにににけりけりけり木き木ききののの葉は葉ははちるちるちるあらしあらしあらしののの山やま山やまやまのののこゝろぼそさこゝろぼそさこころぼそさににに」」」。。。
  27. 27そこそこそこなるなるなる尼あま尼あまあまににに「「「春はる春はるはるまでまでまで命いのち命いのちいのちあらあらあらばばば必かならず必かならずかならずこここむむん。。。花はな花はなはなざかりざかりざかりはははまづまづまずつげよつげよつげよ」」」などなどなどいひいひいいててて歸かへ歸かへかえりりりにににしししををを、、、年とし年としとしかへりかへりかえりててて三月やよひ三月やよひやよい十餘日とをかあまり十餘日とをかあまりとおかあまりににになるなるなるまでまでまで音おと音おとおともももせせせねねねばばば、、、
  28. 28「「「ちぎりちぎりちぎりおきおきおきししし花はな花はなはなのののさかりさかりさかりをををつげつげつげぬぬぬかなかなかな春はる春はるはるやややまだまだまだこここぬぬぬ花はな花はなはなやややにほはにほはにおわぬぬぬ」」」。。。
  29. 29旅たび旅たびたびなるなるなる所ところ所ところところにににきききててて月つき月つきつきのののころころころ竹たけ竹たけたけのののもともともと近ちか近ちかちかくくくててて、、、風かぜ風かぜかぜののの音おと音おとおとににに目め目めめののの覺さ覺ささめめめてててうちうちうちとけとけとけてててねねねられられられぬぬぬころころころ、、、「「「竹たけ竹たけたけののの葉は葉ははのののそよぐそよぐそよぐ夜よ夜よよごとごとごとにににねざめねざめねざめしししててて何なに何なになにととともももなきなきなきにににものものものぞぞぞかなしきかなしきかなしき」」」。。。
  30. 30秋あき秋あきあきのののころころころそこそこそこををを立た立たたちちちてててほかほかほかへへへうつろひうつろひうつろいてててそのそのそのあるじあるじあるじににに、、、
  31. 31「「「いづこいづこいずことととももも露つゆ露つゆつゆのののあはれあはれあわれはははわかれわかれわかれじじじをををあさぢがはらあさぢがはらあさじがはらののの秋あき秋あきあきぞぞぞこひしきこひしきこいしき」」」。。。
  32. 32繼母ままはは繼母ままははままははなりなりなりししし人ひと人ひとひとののの、、、くだりくだりくだりししし國くに國くにくにののの名な名ななををを宮みや宮みやみやにににももも言い言いいははわるゝるゝるるににに、、、ことことこと人びと人びとびとかよはしかよはしかよわしてててのちのちのちももも猶なほ猶なほなおそのそのその名な名ななをををいはいはいわるゝるゝるるととと聞き聞きききききててて、、、親おや親おやおやののの今いま今いまいまはははあいなきあいなきあいなきよしよしよしいひいひいいにににやらやらやらむむんとととあるあるあるににに、、、
  33. 33「「「あさくらあさくらあさくらややや今いま今いまいまははは雲くも雲くもくもゐゐいににに聞き聞ききくくくものものものをををなほなほなお木き木ききのののまろまろまろががが名な名ななのりのりのりをををやややするするする」」」。。。
  34. 34かやうかやうかようにににそこはかとなきそこはかとなきそこはかとなき事こと事ことことををを思おも思おもおもひひいつゞくつゞくつづく。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

翌年の正月の司召に、父が任官の喜びにあずかるはずのことがあったのに、そのかいもなかった翌朝、同じように(任官を)心待ちにしていたはずの人のもとから、「それでもと思いながら、夜が明けるのを待っていた心もとなさ」などと言って、「夜明けを待つ鐘の声にも夢から覚めて、秋の百夜の長さのような心地がしましたよ」と詠んできた返事に、

「何のために暁を待っていたのでしょう。思うことがかなうとも聞かせてくれない鐘の音なのに」。

四月の末ごろ、しかるべきわけがあって東山にある家に移る。道の途中、田に苗代の水を引き入れてあるのも、苗を植えてあるのも、何となく青々として、趣深く見わたされる。山の陰が暗く目の前近くに見えて、心細く、しみじみとしている。夕暮れに水鶏がしきりに鳴く。

「戸をたたくように水鶏が鳴いても、日の暮れたのに、誰がこの山路を深く訪ねて来ようか」。

霊山が近い所なので、参詣して拝み申し上げると、たいそう苦しいので、山寺にある石の井に寄って、手にすくっては飲んで、「この水は、いくら飲んでも飽きないことだ」と言う人がいるので、

「奥山の石間の水をすくい上げて、飽きないものとは、今はじめて知ったのですか(わたしはずっと前から知っていました)」

と詠むと、水を飲んでいた人が、

「山の井の、しずくに濁る水よりも、これ(あなたとの語らい)は、なお飽きない心地がします」。

帰って来て、夕日がはっきりと差しているときに、都の方もすっかり見わたされるが、この「しずくに濁る」と詠んだ人は、京に帰るといって、名残惜しそうに思って、また翌朝、

「山の端に入る夕日の光は入ってしまって、心細く(あなたのいる東山の方を)眺めずにはいられませんでした」。

念仏する僧が明け方に額をつく音が尊く聞こえるので、戸を押しあけると、ほのぼのと明けてゆく山ぎわに、木陰の暗い梢などに霧が一面にかかって、花や紅葉の盛りよりも、何となく茂りわたっているので、空のようすが曇っていて趣深いところに、ほととぎすまでもがたいそう近い梢で何度も鳴いた。

「誰に見せ、誰に聞かせようか。山里のこの明け方の景色も、くり返し鳴くほととぎすの声も」。

この月の末日に、谷の方の木の上で、ほととぎすがやかましく鳴いていた。

「都では待ちこがれているだろうに、ほととぎすは(ここでは)今日一日じゅう鳴き暮らしていることよ」

などとばかり物思いにふけっていると、いっしょにいる人が、「今、京でもほととぎすを聞いている人はいるでしょうか。(わたしたちが)こうして物思いにふけっているだろうと、思いやってくれる人はいるでしょうか」などと言って、

「こんな山深い所まで、誰が思いを寄せてくれるでしょう。月を見る人は多いでしょうけれど」

と詠むので、

「夜更けに月を見るときは(よそのことは)わからないけれど、まず山里のことが思いやられるものです」。

明け方になったろうかと思うころ、山の方から人がたくさん来る音がする。はっとして見やると、鹿が縁先まで来て鳴いているのだった。近くで聞くと、慕わしくない声である。「秋の夜に、妻を恋いかねて鳴く鹿の声は、遠くの山で聞くべきものだったのだ」。

知り合いの人が近くまで来て、(寄らずに)帰ってしまったと聞いて、

「まだ人の訪れも知らない山辺の松風でさえ、音を立てて(訪れたしるしを残して)帰るものと聞いていますのに」。

八月になって、二十日過ぎの明け方の月がたいそうしみじみとして、山の方は木陰が暗く、滝の音などがほかに比べるものもないほどで、ただ眺めずにはいられなくて、

「情趣を解する人に見せたいものだ。山里の秋の夜更けの有明の月を」。

京に帰るとき、(東山に)移ったときは水ばかり見えていた田も、みな刈り取ってしまっていた。「苗代の水に映る影ばかり見えていた田が、刈り終わるまで、長く住んでいたことだ」。

十月の末ごろ、ちょっと(東山に)来てみると、木陰を暗くしていた茂った木の葉が、すっかり散り乱れて、たいそうものさびしく見わたされ、心地よさそうにさらさらと流れていた水も、木の葉に埋もれて、跡ばかりが見える。

「水までも澄むことが絶え、(人も)住まなくなってしまったことだ。木の葉の散る嵐の山の心細さに」。

そこの尼に、「春まで命があったら、必ず来ます。花の盛りには、まず知らせてください」などと言って帰ったのに、年が改まって三月の十日過ぎになるまで便りもないので、

「約束しておいた花の盛りを知らせてくれないのですね。春がまだ来ないのですか、花が咲かないのですか」。

旅先の家に来て、月のころ、竹のそば近くにいて、風の音に目が覚めて、くつろいで眠ることもできないころ、「竹の葉がそよぐ夜ごとに寝覚めして、何ということもないのに、もの悲しいことだ」。

秋のころ、そこを出てよそへ移って、そこの主人に、

「どこでも露のあわれは変わらないでしょうに、(お宅の)浅茅が原の秋が恋しいことです」。

継母だった人が、下った国の名で宮家でも呼ばれていたが、ほかの夫を通わせてからも、やはりその名で呼ばれていると聞いて、父が、今はふさわしくないということを言ってやろうと言うので、

「朝倉や(あなたのことは)今は遠い宮中のことと聞いていますのに、なお木の丸殿のように(昔の)名のりをしているのですか」。

このように、とりとめもないことを思い続けている。

意訳

父の任官がかなわなかった春、同じく待っていた人と、夜明けの鐘を恨む歌を交わす。受領の家にとって、春の司召は一年の暮らしを左右する一大事だった。

東山の家は、苗代の田や山陰の暗さが目に新しい山里である。水鶏の声、霊山の石の井の水と、作者は山里の暮らしの一つ一つを歌に詠む。山の井の水を飲む人とのやりとりは、友との語らいの楽しさを伝える。

明け方の念仏の声、霧の梢、ほととぎすの声。都では待ちこがれるほととぎすが、ここでは一日じゅう鳴いている。月夜に、京で自分たちを思ってくれる人はいるだろうかと語り合う。山里の美しさの中に、都から離れた寂しさがにじむ。

縁先まで来た鹿の声は、近くで聞くと慕わしくない。歌に詠まれる鹿の声は遠くで聞くものだったと知る。歌の世界と現実の違いに気づく作者の目が、ここにもある。

京に戻ってからも、作者は東山を懐かしむ。冬の東山を訪ねると、木の葉に埋もれた流れに人の住まない寂しさを感じ、春には尼に花の便りを求める。竹の葉ずれに寝覚めし、浅茅が原の秋を恋う。とりとめのない日々を、作者は歌に託して過ごしていた。

継母が、別れたあとも父の任国の名(上総)で呼ばれていることを、父がたしなめようとする。作者は「朝倉や木の丸殿」の古歌をふまえて、もう昔の名のりはやめてはどうかと詠む。

語釈・文法注

東山
京の東の山々。作者の一家が移った家は、霊山(今の京都市東山区)の近くにあった。
靈山
霊山。東山の山の一つで、正法寺(霊山寺)があった。

文法

「かひなきつとめて」
任官がかなわなかった翌朝。
「秋のもゝ夜」
秋の夜を百夜重ねたような長さ。
「たゝくとも」
水鶏の鳴き声は戸をたたく音に似ているとされた。
「今のみやしる」
今はじめて知ったのですか。
「をちかへる」
くり返す。ほととぎすがくり返し鳴くこと。
「さゞらき」
さらさらと音を立てて流れるさま。
「すみ絕えにけり」
「すみ」に「澄み」と「住み」を掛ける。
「くだりし國の名」
継母は夫の任国の名で「上総の大輔」と呼ばれていたとされる。
「あさくらや」
天智天皇の歌と伝える「朝倉や木の丸殿にわがをれば名のりをしつつ行くは誰が子ぞ」(新古今集)をふまえる。

和歌

あくるまつ鐘のこゑにも夢さめて秋のもゝ夜のこゝちせしかな

詠者
同じ心の人
状況
父の任官がかなわなかった翌朝、同じように任官を待っていた人が送ってきた歌。

修辞

誇張
一夜の長さを秋の百夜にたとえる。

あかつきを何にまちけむ思ふことなるとも聞かぬかねの音ゆゑ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
前の歌への返歌。

修辞

掛詞
「なる」に、鐘が「鳴る」と、願いが「成る」を掛ける。

たゝくともたれか水鷄のくれぬるに山路を深くたづねてはこむ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
東山に移った日の夕暮れ、水鶏がしきりに鳴くのを聞いて詠んだ歌。

修辞

見立て
水鶏の声を、人が戸をたたく音に見立てる。
掛詞
「くれ」に日が「暮れ」と、水鶏の鳴き声を響かせる。

おく山の石間の水をむすびあげて飽かぬものとは今のみやしる

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
霊山に参った帰りに、山寺の石の井の水を飲んだ人が「飽きない」と言ったのに応じた歌。

修辞

本歌
紀貫之の「むすぶ手のしづくに濁る山の井のあかでも人に別れぬるかな」(古今集)をふまえる。

山の井のしづくににごる水よりもこはなほあかぬ心ちこそすれ

詠者
水を飲んだ人
状況
作者の歌への返歌。

修辞

本歌
同じく貫之の歌をふまえ、山の井の水より、作者との語らいのほうが飽きないと応える。

山の端に入る日のかげは入りはてゝ心ぼそくぞながめやられし

詠者
水を飲んだ人
状況
京に帰ったその人が、翌朝送ってきた歌。

修辞

情景と心情
夕日の沈むさまに、別れの心細さを重ねる。

誰に見せたれにきかせむ山里のこのあかつきもをちかへる音も

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
明け方、念仏の音に戸をあけると、霧の梢でほととぎすがしきりに鳴いていたときの歌。

修辞

対句
「誰に見せ」「たれにきかせ」を対にし、景色と声とを並べる。

都には待つらむものをほとゝぎす今日ひねもすに鳴きくらすかな

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
四月の末日、谷の方の木でほととぎすがやかましく鳴いていたときの歌。

修辞

対比
都で待たれるほととぎすと、山里で一日じゅう鳴くほととぎすを対比する。

山ふかくたれかおもひはおこすべき月見る人はおほからめども

詠者
いっしょにいた人
状況
月夜に、京の人は自分たちを思ってくれるだろうかと語り合って詠んだ歌。

修辞

反語
「たれか……べき」で、誰も思ってはくれないと詠む。

ふかき夜に月見るをりは知らねどもまづ山里ぞおもひやらるゝ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
前の歌への返歌。

修辞

慰め
月を見る人はまず山里を思うものだと、相手を慰める。

秋の夜のつまこひかぬる鹿のねはとほ山にこそきくべかりけれ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
明け方、縁先まで来て鳴く鹿の声を聞いて詠んだ歌。

修辞

係り結び
「こそ……けれ」で、遠くで聞くべきものだったと強調する。

まだ人めしらぬ山べのまつかぜに音してかへるものとこそ聞け

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
知り合いが近くまで来ながら寄らずに帰ったと聞いて送った歌。

修辞

掛詞
「まつ」に「松」と「待つ」を掛ける。

おもひしる人に見せばや山ざとのあきの夜ふかきありあけの月

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
八月二十日過ぎの明け方、山陰の暗さと滝の音の中で有明の月を眺めて詠んだ歌。

修辞

名詞止め
「ありあけの月」で結ぶ。
本歌
源信明の「あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に見せばや」(後撰集)をふまえる。

苗代の水かげばかり見えし田のかりはつるまでなが居しにけり

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
東山から京に帰るとき、移ったときは水ばかりだった田がすっかり刈り取られているのを見て詠んだ歌。

修辞

時の経過
田のようすの変化で、東山での長い滞在を表す。

水さへにすみ絕えにけり木の葉ちるあらしの山のこゝろぼそさに

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
十月の末、東山の家を訪ねると、流れが木の葉に埋もれていたのを見て詠んだ歌。

修辞

掛詞
「すみ」に「澄み」と「住み」を掛ける。「あらし」に「嵐」と「荒らし」を響かせる。

ちぎりおきし花のさかりをつげぬかな春やまだこぬ花やにほはぬ

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
東山の尼に花の盛りを知らせてほしいと頼んだのに、三月になっても便りがないので送った歌。

修辞

対句
「春やまだこぬ」「花やにほはぬ」と疑問を重ねる。

竹の葉のそよぐ夜ごとにねざめして何ともなきにものぞかなしき

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
旅先の家で、竹の葉ずれの音に寝覚めして詠んだ歌。

修辞

擬音
「そよぐ」で竹の葉ずれの音を表す。

いづことも露のあはれはわかれじをあさぢがはらの秋ぞこひしき

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
秋に旅先の家を出てよそへ移ったとき、その家の主人に送った歌。

修辞

掛詞
「わかれ」に、区別することと、別れることを響かせる。

あさくらや今は雲ゐに聞くものをなほ木のまろが名のりをやする

詠者
作者(菅原孝標女)
状況
別れた継母が、なお父の任国の名で呼ばれていると聞き、父に言われて送った歌。

修辞

本歌
「朝倉や木の丸殿にわがをれば名のりをしつつ行くは誰が子ぞ」をふまえる。
掛詞
「雲ゐ」に遠い空と宮中を掛ける。

解説

万寿二年(1025)の春から翌年にかけての記事である。父孝標は上総から帰ったあと、しばらく任官できず、一家は東山の家に移った。作者は十八、九歳で、物語と歌に明け暮れる日々を送っていた。

東山の記事は、山里の自然を細やかに描いて、『更級日記』の中でも叙景のすぐれた部分として知られる。ほととぎす、鹿、有明の月と、和歌の伝統的な題材を、作者は実際の体験の中でとらえなおしている。

国文大観の本文では、この章の最後の「かやうにそこはかとなき事を思ひつゞく」のあとに、錯簡のため宮仕えのころの記事が続く(第14章)。通行本文では、このあとに「物詣でをわづかにしても」以下の記事(第7章の後半)と、父の常陸介任官の記事が続く。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(更級日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、480–483頁(コマ252–253)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日